三話 ディスペンサリー
第5戦期創成年1/8───
この日は、路地裏の住人にとって最早戴冠式の日以上に大事な日となっている。
路地裏の社会、それは元来形成されてきた裏の社会であり表の文化に反駁するカウンターカルチャーの世界。
この一帯の裏社会を牛耳るグループがBonoboであり王城からそう遠くない城下町の中に堂々と拠点を構えている。
そしてこのBonoboこそが大麻販売の聖地、ディスペンサリーであるhemp roadの運営を行っているグループである。
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「hemp roadの日がやって参りました。」
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薄暗い地下にある一室。
トーチが二本立てられその間に坐する影が、側近らしき男を呼ぶ。
そして耳打ちをする。
「なあ上人、ディスペンサリーの視察をして来い。」
「了解。他に注文はあるか、アナーキー。」
"上人"という男はどっしりと鎮座する男に話しかける。
「注文か。強いて言うとすると...今回の競りの目玉に『月の石』が出るらしい。運営の関係者だと周りに悟られないことを最優先として出来ればこちらも競り落とせ。」
「それと...もう分かっているだろうがお前を含むBonoboのトップは大麻厳禁だ。毒味役を連れて行けよ。」
そう告げると、男は煙草をふかした。
「時刻は11時。約2時間後から始まるな...」
上人は地下室から出、適当にその辺から毒味役を二人程連れて城下町の地上へ。
「急にどういったご用件で?上人さん、」
毒味役の一人が話しかける。タンクトップ姿で肩に大層な刺青を施している。
「私は訳あって大麻を嗜むことは出来なくてな、君らに毒味をしてもらう。」
少し歩くと、拓けた所に出た。
見渡すと、話し合いに都合の良さそうなカフェテリアが見えたので上人はそこを指差す。
「あそこで話をしよう。ディスペンサリー開店まではまだ2時間弱ある。」
カフェの中に入ると、店員の女が席へと案内する。
見た目関係無くここ一帯の人間には殆どを裏社会の人間だと疑ってかかるべきだと言う。
テーブル席へと案内された一行、毒味役の男が店員に喫煙は大丈夫か問う。
普段なら禁煙の場でも構わず喫煙を行うだろうに前に目上が居ると裏社会の人間には似つかわしくない改まった態度をとるのだ。
店員は即答で全席喫煙可だと。
「...君達二人には先程言った通り毒味役をしてもらう。
アナーキーからの指令で私は『月の石』を含め色々と購入するつもりだ。」
月の石の名前を聞いて毒味役の二人は驚嘆する。
「つ、月の石って、グラム15万カジャはくだらないとかいう...」
「そうだ。それに今回は競りの形式だからさらに値が張るだろうな。」
上人が正面の席に目をやると、もう一人の毒味役が熱心に葉っぱをグラインドしている。
「おい、おまっ、気が早すぎるだろ...ここはカフェだぜ?」
咄嗟に毒味役が毒味役を止めようとする。
「構わんよ。私の前だからといって固くなる必要はない。それに...」
上人が周りに目線を送ると、周りの席の人間はボングをカップに突き刺し煙を吸っていたり、ジョイントを咥えている者も居た。
「あれ、本当だ、よくよく見ると皆吸ってるじゃん。」
「気づかなかったのはここが"路地裏仕様"、つまり煙を充満させない設備だったからだな。」
耳をよく済ませば会話の声の中で咳き込む音も聞こえてくる。
「...で、君その葉は何の品種だ?」
上人は正面の男に問いかける。
「これはkosher kushだぜ。前回のhemp roadで売り切れギリギリで買えたんだ。」
男は紙で粉末状の葉を巻きながら答える。
「えっkosher kush?いいなぁ、俺にもちょっと分けてくれよ。」
「駄目だ。欲しけりゃ今回のhemp roadで買えよ。」
と言うと巻き終えたジョイントに火を付け、美味そうに吸う。
「プハッ!このフルーティな味わいが堪らないね!
...あぁー来た来た、」
男は先程の落ち着いた様子からはうって変わりテンションが上がってきた様子だ。
「何で上人さんはやらねえんで?この楽しみを知らないなんて、人生損だぜ?」
ニタニタしながら上人を見上げる。
「仮にもBonoboのトップがそんな状態だと組織が持たないだろう。」
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hemp roadが開演された。
会場内は意外にもアングラな臭いは無く、コーヒーショップや普通の飲食店等も立ち並ぶ中、出店がそれぞれの大麻を出品している。
地上一階、二階、そして地下一階フロアに分かれていて、基本的には地上の一二階がディスペンサリーの中心となる。地下は競りに参加する人間のみ入ることが出来る。
上人と毒味役二人は地上一階を闊歩していた。
一階と二階に天井の隔たりはなく、解放感のある会場。
上人がまず目を付けたのは、大麻の中でも相当量の人気を誇る品種、grandaddy purple。
試食が用意されていたので、毒味役に指示を送る。
会場にいる参加者はそれぞれ自分のジョイントやボングを持っているか、その手の道具はなければ会場で支給されている。
カフェにて吸い損ねた方の男がボングを取り出し、gurandaddy purpleのバッツを載せ、点火する。
水を通すことにより柔和な味わいと煙の量を引き立たせる事が出来る。
男は一通り吸い終えた。
「感想は?」
「bad batchやでこりゃあ。」
店頭に立っていた男が怪訝そうな顔をする。
今、己が売っている大麻の試食をした人から"質が悪い"と言われては仕方ない。
「おい、店の人がいるんだぞ...」
カフェでの吸引から素面に戻った男が試食した毒味役の肩を持って店から遠ざける。
「これは失礼しました。
このgurandaddy purple、10グラム買います。」
上人は店の人に30万カジャの札束を渡し、袋を受け取った。
そしてブリブリになった毒味役を連れて大麻珍道中を再開した。
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上人達が出歩くフロアにて、一組の男女が隠密行動という名の任務を行っていた。
「革命軍として私達が暗躍してた頃何度が耳にはしてたけど、来たのは初めて...」
アンジェラが辺りを見回しながら話しかける。
「あの頃は裏社会とも隣り合わせだったからな。しかしこの催しも今回で最後だ。」
サルタは慣れないサングラスの為抜き足差し足で歩いている。
「ねぇ、そんなにしてまでサングラスかける必要ないんじゃない?アウトローで眼鏡の人、最近は増えてきてる感じするしさ。」
言われて見れば、会場にいる人々もサングラスより眼鏡の方が心なしか多く見える。
「しかし...私の顔が割れている場合、見つかる危険性が...」
「大丈夫よ、だってサルタ、大して顔に特徴ないじゃん。」
アンジェラはサルタの顔を除き込む。
(素直に安心していいのかこれは...)
サルタはしぶしぶサングラスを外す。
「...しかしすごい量の大麻ねえ、」
「これが一つのカルチャーとして成立する程だ。これを廃止する法律を通すのは至難の技だろう。」
サルタは試食用に置いてあるバッツ(固体)を手に取り匂いを嗅ぐ。
「え?そんなことして大丈夫なの?」
「問題ない。大麻は熱を通さないと効力を発揮しないからな。」
こうして二人がディスペンサリーを渡り歩いていると...
「競りの時間がやって参りました~!参加者の方は階段で、地下一階までお越し下さ~い!」
ガイ・フォークスの面を被った運営(Bonobo)の者と思しき男、女が声かけを始めた。
「来た。今回の任務の肝だ、気を引き締めるぞアンジェラ。」
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「おい二人共、メインディッシュの時間だ。起きろ。」
上人が爆睡している二人の毒味役を起こす。




