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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
戴冠式
22/85

一話 元砲撃部隊隊長ブライ、胎動

昼下がりの城下町、大人子供 垂髫載白(すいちょうたいはく)にて賑わう街中を気温はひんやり冷たさを感じさせるにも関わらず薄いシャツと長ズボン一着で堂々と闊歩する男が一人。


沿道で宴を楽しむ者やすれ違う子供達そこそこの厚着の風貌の中白い半袖シャツ男は意外と目立つ。


そしてその男はすれ違う人々が己に一瞬だけ目を向け無視し過ぎ去っていくというルーティンを気にしないこともない様子。


「はぁ~~~ぁ、あのクソ妹が俺の服を全部売り捌きやがったからなぁ...」


わざと大きめの声でぼやき決して己の下策では無いことを強調する。


男の名はブライ、そしてその(はなぶさ)が向く先は一直線王城。

そして輓近(ばんきん)迄兵士として忠誠を誓っていた...




✝️






✝️






~第4戦紀113年3/15~


第5次王権脱出戦争も佳境に入り、雌雄が決しつつあった。


(ザギさんが帰って来ない...ま、まぁ彼女は俺達をほったらかして勝手に戦ってるんだろうけどな、)


砲撃部隊隊長のブライは五角天であったザギの下僕たる部下として王朝に与していた。


しかし"モロク"の妙技により砲撃部隊の価値は無いと判断し、諸悪の根元であるモロクの討伐に向かったザギの帰りを待っている状況。


「たっ、頼む...俺達の命が懸かってるんだよぉ!」


砲撃部隊の兵士達はもはや何の意味も成さぬ砲台設置用として城壁に開けた展望から草原を俯瞰しながら必死に手を合わせている。


「クソ...もうだめだ...もう皆粛清されるんだ...!」


ブライは展望で茜色の空に向かって神頼みする兵士達の後ろを歩き回りながら考えていた。


(こいつらが必死になるのも無理はない...砲撃部隊が機能していないのは王の耳にも入っている筈。即ち私達は今功をもたらさぬ"粛清対象"だ。)


「なぁ、ザギさんが帰って来なかったらよぉ、もうどの道死ぬならよぉ、玉砕覚悟で王朝に反旗を翻そう!そうしよう!俺らの手で王を殺せ...」


こう呟きかけた兵士の胸ぐらをブライは思い切り掴んだ。


「何を寝惚けたことを言っている...!一度忠誠を誓ったなら命を懸けてでも筋を徹すのだろうが!」


体格は平均的であったブライだがトレーニングをしていた為に小柄な兵士の胸ぐらを上に持ち上げ体を浮かすことは容易であった。


だがすぐ怒りは収まり、兵士は地に足をついた。


「ねっ、ねぼけてるのはお前だっ!何もしてない癖に隊長の肩書きだけで...お前の価値観を押し付けるんじゃねぇ!」


周りの兵士達は息を呑んでその様子を凝視している。


(ここは冷静になった方がいい...落ち着けブライ、落ち着け私...)


「......確かに価値観を押し付けるのは悪かった、だが私は一度忠誠を誓ったならその誓った対象が滅ぶまで(つか)え尽くす。それは倫理観でもあるだろう。」


ブライは展望へと歩き、空を俯仰した。

仄日は雲に棚引き(やが)て傾く。


戦いが繰り広げられた草原ではいつの間にか生存者がほぼ居なくなったのか闘いは終了していた。その代わりに屍が累累と二重にも三重にも重なり血を交換し合って居た。


(夕日に赤い草原か...臭いさえ何とかなれば戦場での美しい景色と言えたろう...)


「...おい、倫理観なんて曖昧な言葉はねえだろ。そんなことで上手く纏められたような気になるなよ...」


先程の兵士がばらけた胸の(ぼたん)を整えながら論じる。


「我々に最早倫理なんて考える隙は残っていないらしい。」


ブライは後方の兵士の方を向き、自分の後ろに向けて親指で指差す。


指差す先に見える光景は砲撃部隊の連中を絶望へと引き摺り込むものだった。


「あ...れは...あ、れはああああああああああ!」


一人の兵士がついに(たが)を外す。


そう、その時刻は革命軍参謀、サルタがザギを殺しその身ぐるみを見せしめにしながら草原を渡り歩いていた時刻。


熱心に死体を回収する男達と共に兵士達の目に映ったのは無論帰還を信じ待ちわびていた味方の無惨な末期。


「ザ、ザギさんの服...だよな...」


兵士達は尻餅をついて動けなくなっていたり体の震えがピークに達している者や半狂乱状態になり壁に額を打ち付けている者さえ居た。


壁はゴツゴツした石故、既に額からはマグロの叩きの様、肉片がだらしなく飛び出て居る。


「落ち着け!取り敢えず落ち着け!」


ブライだけは冷静に事を見つめていた。


「粛清が確定したのに落ち着いていられるわけねぇだろぉぉぉ!」


そう言うと兵士は20kg近い砲弾を両手で真上に放り、己の頭上に落下させた。


一瞬だけ場が凍り付く。

頭蓋が割れた死体が転がる程度で場が凍るのは、この兵士達が如何に戦場をくぐってきていないかが窺い知れる。


「落ち着け...まだ道はある。よく考えろ。」


兵士の一人が口を開く。どうやら正気に戻ったようだ。


「ザギは五角天だった。そのザギが殺られた、ということは相手には五角天を殺せる奴がいるということにならないか?」


周りにへたりこんでいた兵士達は顔を上げた。


「たっ、確かにそうだ!王朝が負ける可能性もあるってことか...」



(もうこいつらは己の命を忠誠の上に置いてしまっている...

でもそれは仕方の無い事なのだろうか、現に忠誠を説いた私でさえ己の命が惜しくなりつつある...)


ブライは頭を抱えた。


(しかし、どれだけ王朝軍が弱っていてもこいつらごときが反乱を起こした所で勝ち目は無いだろうに...それを分かっていて自ら命を擲つのか、それとも己の生存の、その一筋の可能性に命を賭けている...)



「隊長、この期に及んでまだ王朝に忠誠を誓いますか。

もう私達に残された道は一つしかない筈。」


兵達を正気に戻した兵士がブライの肩に手を置き話かける。


「今から革命軍に忠誠を誓えばいいんですよ、私達はそうしたんだ。」


「私は...」


ブライは肩に載った手を振りほどいた。


「...私は何も言わない...だが君達の反乱にも協力はしない。」


すっかり辺りは暗闇に包まれ、微かに松明の(かがり)火が揺らめくのみ。


「そうですか。


...ならば皆、粛清を呑んだ隊長は放り王を殺しに行くぞ!」


声こそ囁きではあったがその内には業火たる意志が秘められていた。





✝️







✝️







~第4戦紀113年3/16、及び第5戦紀創成年1/1~


結局、王と王族諸家の当主や主要閣はこぞって隣国へ亡命。


私は王城から抜け出し、革命軍から身を隠すことによって難を逃れた。


あの兵士達は勿論 鏖殺(おうさつ)されていた。

私を誘ったあの兵士は屍に成って尚目は半開きであり私は目が合った気がしたが、無論生気の無い空虚な目だ。





✝️






✝️






そして今に至る。


前王朝では兵士への待遇が良くなかったが俺は隊長に就いていた為に金には困らなかったもののクソ妹のお陰で今や手元不如意の状態。


あの日から俺はスタンスも変えた。


一人称も変え、物事の捉え方も変えた。

あの屍の山を見ていたら命、命と一喜一憂していたあの兵士達が滑稽に思える。


そして俺は今、新王朝の兵役募集ポスターを眺めている。


(どうやら王城は修理中らしいな。)


王城は相当数の男達により戦痕を着実に消してつつあった。


ブライは募集のポスターの周辺に貼られたポスターへと目をやる。


「...戴冠式か。」


(そう言えば近所でも噂になってたな。明後日か、気が向いたら見に行ってみるか。)


「それと...?


なんだこれ、通天流?格闘技か何かの道場か?


...640年の歴史?開祖は御存命だ?とんだデマだな...」


ブライは募集のポスターに目を戻す。


(そんなことはどうでもよくてだな、)


「えーっと、戴冠式の次の日か。覚えておかないと、それと...これだな。」


ブライは事前に書いておいた兵役受験を受ける為に必要な書類をズボンのポケットから出した。


「受付受付は、と。」


その書類を脇にある施設の中の受付に持っていく。


「受験生の方ですね!」

座っていたのは、正装をした若い女性。

少し薄茶色ぽいショートカット、口元に(ほくろ)が一つ。


にこやかに応対してくる。


「はい、お願いします。」


ブライは書類を手渡す。


「では...」

踵を返し帰路につこうとした時、


「あっ、待って下さい!」


不意に呼び止められ、少し辟易する。


「ここだけの話、貴方の代は兵役受験生の第一期生にあたるんですよぉ。

しかし、試験官も昔この受験に合格した人が行うことになってるんです。」


女性は何かブライの察しを待つかのような表情でブライを見つめる。


「じゃあ、俺達一期生の採点を行う試験官は誰が...」


ブライは顎を撫でる。


「そこなんです!察しがいいですねえ!実のところ、今回の試験官は革命軍として先の戦争でも実際に戦った、謂わばベテランの方々が務められるんです。だから採点はひょっとしたら厳しくなるかも...」


「成程、しかしまぁ採点が手厳しいかどうかは例年との比較で分かることであって今回が仮に厳しかった場合は次の試験の採点が比較的甘くなるだけでね?」


ブライは少しポジティブ思考の好青年を意識しウイットの効いた事を言う。


「はえ~、その捉え方は新しいですねえ、しかも、第一期生は合格すれば第一期生という肩書きも付いてくる!」


女性はぞいのポーズをとった。


「一期生の肩書きって、何か特典があるんですか?」


「い、いえ特にこれといって無いですけど...一期生って他と比べて何か貫禄ありません?」


女性はブライが見事に忘れかけていた受験カードを手渡した。


「当日はこれと、このカードに書いてある物を持参して、ここへ来てください。健闘を祈ってますよっ!」


「ハイ、頑張ります」


ブライは二つの戦いを心の中で感じた。

受験戦争と恋愛戦争である。

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