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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
seen_革命後の日々
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二話 史

「ここからは二手に分かれて3階部を攻略しよう。」


「私が右を行くからアドラとモロクは左を行ってくれ。一通り見終えたらここで再度集合だ。王室は皆で視察しよう。」


「了解。」

モロクは不貞腐れた顔のアドラを強引に左廊下へと引っ張って行った。


「さて、あの阿呆にもモロクが同伴することで少しは安心できるな。」

右廊下は如何にも前王朝時代ほとんど使われていなかったろう雰囲気を立ち上らせていた。


埃とクモの巣が張り巡らされ、一面雪景色である。


(嫌だな...ハウスダストの独特なこの臭い...)


一つ目の扉へ差し掛かる。


一体どれ程の間ほったらかしにされていたのか、云十年、云百年?

木製の扉は一毫の生活感を感じさせず、代替にと万鈞のアルカイックさを帯びている。


(中も手入れされていないのだろう、念のためにと殺虫スプレーを持参して正解だった。)


ドアノブの埃を払うと、古拙的な饕餮(とうてつ)文がありありと刻まれ、その凹凸がサルタの(たなごころ)をひんやりと冷やす。


(固い...)


サルタは壁に手を突っ張らせ、一息にドアをぶち開ける。


中の空気は生暖かく、朽木の薫風が解放された奴隷のように大はしゃぎで吹き過ぐ。


(書斎...か?)


本棚が両壁に向き合う形で配置され、本がびっしりと陳列されていた。


本の厚さはある程度の規則性を保ち、埃の上からは判別し兼ねるが若干の浮き出た色を見るにおおよそ十五冊周期のシリーズ作品が多いらしい。


サルタは左上に陳列された本の背表紙の埃を指で掻き分けた。

一冊一冊は軽い辞典程の厚さであった。




───先史~空前史───




(これはおそらく歴史文献だな...


空前の時代は殆ど情報が無いと聞いていたが...これが"一部の情報元"、初めてお目にかかる...)


ページを捲る。


1ページ目は編纂者直筆の"本書の定義付け"の端書きである。


(文から判断するにこの編纂者でさえ相当古い人物だな...)




───先史、我々創造物の史を纏める程 烏滸(おこ)がましいことはこの上無いだろうと自戒の念をここに記し、我々が神たる"カジャ"の蘊戒(うんかい)我が身の呪詛への恩赦を乞い願うばかりである徒然の日々の乾坤を覗き先蹤(せんしょう)の一端を孑遺(げつい)す。


以為(おもえら)く先史 濫觴(らんしょう)朝暾(ちょうとん)の蓋然性たるや炳乎(へいこ)たらぬ所あれども口伝にて紡がれし先史の記憶も何時ぞや立所に厭飫に帰すか端倪(たんげい)すべからざる虞にして一筆断って置く。


時に先史とは前述の我々神の創造物が瀛寰(えいかん)に蔓延る以前の史。

大地に遺された址を吟味し勘定す而已(のみ)道標。

神とは我々を創造する絶対理論であり否定は許されざる物となり天地開闢から熾天劫末まで全てを観得る存在。


先史時代において語るべきは何時よりか我々の脳漿に芽生えし神の実感たるや。

この大地が創造されしはおおよそ50億の(むかし)。神が誘掖(ゆうえき)が入らぬ下等生物が繁茂し────


サルタは得意の速読を駆使し先史時代の記述を一通り見終えた。

量の割には然程 (やぶさ)かでは無かった。


なんせサルタが幼い頃の王朝においては学校なるものが存在せず、学を識ることなく成長した。

現在は"学校"は存在するものの、戦術やまだ未開拓の数論に重きを置くばかりで"歴史"は疎か且つ曖昧な教科となっている。


(前々から学制の改革を考えていたがこれは貴重な材料になる。


今において子供達が学ぶべきは戦術等ではなく歴史だ。


そして"神"の存在を識り心を成熟させるべきだろう。)



サルタは黙々と読み進め、空前の記述に差し掛かった。


───時に空前とは我々創造物出現より第一王朝とされる現在の王朝が創成されるまでの空白期間。空白期間の期間は数千年という説やたった十年程という説など様々な憶測が飛び交う。欠史も欠史、これに関しては知識人さえも傍らで手を(こまね)くしか無い。


先史の終末は我々創造物の介入と考えられているが、その"先史"、"空前"の定義さえも誰が設けた物かも定かでは無く、ただ世代から世代へ言い伝えられている。


現在最も有力となる説を紹介する。

「空前の定義は"空の前"であり正に神たる空の前にこの大地を我々創造物が統べるの羈絆(きはん)を締結し始まった物となる。」

証明も否定も出来ないが不可解なのはこの根蔕(こんたい)の地を創造物が統べることに何の意義があるのか、我々の叡智を雄に超越した境地であり神の意思を創造物たる我々が判然化せんこそ烏滸がましく現にこの書を認めるまで神を御意向に辿り着くことなく荏苒(じんぜん)としてきたのは我々であろう......



......(つらつら)空前について俗説を語ってきたが正に神の意思を()すには最早 蝉蛻(せんぜい)し悟道を往くしかないのだろう。



───第一戦紀253年、此処に。

                 マルドゥクス・ザイン


              -第一巻終-


「ぉ-ぃ...」


「おいメガネェ!返事しやがれ!」


アドラの怒号に我に返った。


(つい本に夢中になってしまった...

もうこんな時間か...)


「すまない、読書に現を抜かしていたようだ。」


「チッ、もうこっちのフロアも見終わったぞ。」


「サルタ、これは何の本だ?」

モロクがそこら中の本を見ながら訊く。


「...歴史書だ、、、」


(何故前王朝はこの部屋を放置していたのだ...これは半ば教育の革命を担うとも言えるぞ。


先史と空前の記述でこの一冊...ということは後の十冊程は第一王朝の話になるのか、これは学ぶべき点がてんこ盛りだ。)


サルタは手に持っていた本を棚に戻し、部屋を後にした。

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