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「で、主役が直々に俺たちを呼びにきてくれたのかよ」
「うん。だって挨拶しようにも、君たちが行方不明だって大騒ぎだったから」
「「えっ!?」」
「だから早く戻ろうね」
「で、殿下のお手を煩わせてしまったなんて、申し訳ございません」
「気にしないで。君とはゆっくり話したいと思っていたから、ちょうどよかった。挨拶の後にまたじっくり話をさせてね。僕がどうして子猫を殺すと思ったのかとか」
ニッコリ笑顔に背筋が凍る。
根に持っていらっしゃる!!
全力でこの場から逃げ出したい衝動に駆られながら、私は出会う予定ではなかったジークとアランと共に、会場へと戻ることになったのだった。
会場に戻るとすぐに、涙を浮かべたお母様に抱きしめられた。
忘れがちだけどうちの両親は過保護なのだ。
19歳の私にとっては外出くらい大したことではないけれど、ナタリーにとってはほぼ初めての遠出。その先で迷子になれば、いくら王宮といえど心配しない親はいないだろう。
そんなお母様の優しい心をちょいとばかり利用して、私は「早く帰りたい」と駄々をこねた。
迷子になって怖がっているのだろうと察してくれたお母様は、アランの誕生日の挨拶が終わるのとほぼ同時に会場を出て、帰路へとついてくれた。
帰りの馬車で、お母様に抱かれながらホッと安堵の息をつく。
脳裏に蘇るのは、アランの最後の言葉。
――挨拶の後にまたじっくり話をさせてね。僕がどうして子猫を殺すと思ったのかとか
あれは殺害予告に相違ない。
あのまま会場に残っていたら、きっと真実を吐くまで拷問されていたことだろう。
アランとはそういう男なのだ。
ヒロインにだったらきっと、優しい部分を見せるんだろうけど。
腹黒王子と呼ばれるアランも、ヒロインに恋をしてからは変わる。
溺愛王子となり、ヒロイン大好きマンと化すのだ。
「君の吐息ひとつ、誰にも奪われたくない」と珍しく真剣な眼差しで訴えてキスするスチルは、ジュダ推しの私でも揺らいだほどだ。
何より、あんなにバカにしてたくせにまんまとヒロインに落ちたアランに「しめしめ」と内心で思わずにはいられなかった。
アランはゲーム内で不動の人気投票1位なのだが(もちろん私の中での不動の一位はジュダくんである)、何より人気なのは彼目線だ。
付き合ってからも澄ました顔でバカにしてきて意地悪さは変わらないくせに、彼目線ではヒロインの一挙一動に(もしや天界から舞い降りた天使なのか?)(かわいいという言葉は神がヒロインのために作ったのだろう)(あーかわいいかわいいかわいいかわいい)と偏差値3の思考を巡らせていることが判明する。
もちろんそんな偏差値3っぷりを見せるのはヒロインの前だけだ。
つまり、彼の本当の優しさが私に向けられることはない。
最推しのゲームで何年もヒロインをしてきた身としては正直切ないけれど、それもこれも私がヒロインとして生まれなかったせいなのだから仕方ない。
せっかく出会えても、声を聞けても、私は彼に嫌われ疎まれる運命なのだ。
前世の記憶が目覚めた頃から覚悟はしていたけれど、大好きな世界に転生したというのに、嫌われ役というのはなんとも悲しいものだ。
本当は仲良くなって側で観察していたいけど、命には代えられない。
ま、今日は偶然顔を合わせたけど、もう出会うこともそうないだろう。
明日からはこれまで通り、屋敷にこもって過ごそう……。
はあ。ジュダくんと出会った時はもっと切ないのかな。
でもジュダくんだったら同じ空気を吸えるだけで白米5合は食べられる。
ショタジュダくんを想像しただけでヨダレが出てきたので、こっそりお母様のドレスで拭っておいた。