7
「普通に抱っこしてあげればいいのですわ。こうして優しく触れて、抱きかかえるのです」
「おお……お前、すげーな」
「動物には人の心が伝わるとお母様が言っていました。この人は自分を傷つける、この人は優しくしてくれる、というのを感じ取るみたいです」
「へえ……」
「ですからきっと、ジーク様のお心が子猫にも伝わるはずですわ」
「えっ、うわ、おい!」
ジーク様の腕の中に子猫を渡すと、慌てながらもジーク様は優しく抱きとめる。
まるで壊れ物を扱うように優しくそっと触れて、表情を緩ませた。
「見た目より、ちいさい」
緊張しているのか、少したどたどしくなった口調でジークが呟く。
その様が可愛くて愛しくて、思わず抱きしめそうになる手を必死で抑えた。
「にゃー……」
「見てください、ジーク様。安心しきって鳴いているのですわ」
「そ、そうなのか……?」
「にゃあ」
「……よかった」
目元を和らげた表情の優しさに、胸の奥がキュンと音を立ててしまう。
恋をしないと固く誓っているのに、それでもなおときめかされるなんて……さすが攻略対象様だ。
油断は禁物だな。うん。
「で、どこを探しに行くんだよ?」
ジークの声に、ハッと目的を思い出す。
そういえば母猫を探さなきゃいけないんだっけ。
「人が多いところにいるとは考えにくいですし、あちらの方に行くのはいかがでしょうか?」
「東宮の方か。確かにあっちはあんま人いねーだろうな」
「あら、ジーク様は王宮にお詳しいのですね」
「親と何度か来てる」
そういえばジークのお父様ってこの国の宰相を務めてるんだっけ。
アランとも幼馴染設定だったし、王宮に詳しいのも納得がいく。
「では案内はジーク様にお任せします。それではしゅっぱ――」
「こんなところで何をしているんだい」
出発進行! と言いかけた言葉は、背後からの声に遮られる。
振り返って、私は絶句した。
太陽の光に弾けるような金髪。
まるで宝石のように透き通り不思議な美しさを持つ碧眼。
幼いながらに美少年ぶりを遺憾なく発揮する男の子――
名前を聞かなくたってわかる。
彼はこの国の第一王子――アラン・ヴィスルツ王太子だ。
剣技、魔法、知識、何においても完璧な彼は『ときめきヴィスルツ魔導学園☆』のメイン攻略対象だった。
ストーリー序盤は優しい王子様っぷりで「困ったときに助け合うのは当然だろう」と手を差し伸べ、「君なら大丈夫。乗り越えられるはずだ」と優しく慰めてくれて、「君には笑顔が1番似合う」と共に喜んでくれる最高にして最上のキャラだ。
けれどそれは王子としての仮の姿。
ストーリー中盤でわかる彼の本性は、ドSでクズだ。
偶然本性を見てしまったヒロインに対し、「他言しないように、喉潰しちゃおうかな」とニッコリ笑顔を浮かべるスチルでは、誰もが新しい扉をノックした。
ちなみに私は腹黒萌えはないので、扉の先に踏み込むことはなく覗き見程度で済んだ。
ストーリー序盤の王子様キャラどこ行った???あれは夢だったのか??と誰もが目を疑うくらい豹変したアランは、「こんな問題もわからないの? 頭にうじ虫でも湧いてる?」「ねえ、生きてて恥ずかしくない?」と、ヒロインをことあるごとに言葉責めしてくる二重人格の腹黒王子になる。
優しい時の声と意地悪な時の声の変化もまた、アランの人気の秘密だ。
二重人格になった理由は確か、物心ついた時からなんでもできてしまうせいで、楽しいことがなく、逆にこんな簡単なこともできないなんて自分以外の人間はなんて無能なのだとひねくれてしまった……とかだった気がする。
ちっとも可愛げのない子供だ。
ちなみにゲームの中のナタリーは彼の本性を知ることなく婚約していた。
ナタリーの存在に辟易としていたアランはヒロインに恋をし、さらにナタリーが疎ましくなり、自分の手を汚すことなく彼女を陥れる。
ま、ナタリーもヒロインに散々嫌がらせしてたから自業自得だけど……。
きっと王子の本性を知っていたら、あんなに必死にならなかったと思うの。