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何してるんだろう?
近寄ってみると、気づいた男の子が顔を上げる。
わお。イケメン。
幼いながらもキリッとした目元が、凛とした意志の強さを見せる。
でも私、なんとなくこの顔に見覚えあったような。
「なんだよ、ジロジロ見んな」
「わたくしたち、どこかで会ったことありましたっけ」
「はあ? ねーよ」
お口の悪い男の子だ。驚いてさらに見つめる。
うん、この口調にも覚えがある。
「ねえ、お名前は?」
「ジーク・フロムダート」
「やっぱり!!!!!!」
大声をあげた私に、男の子がビクっと肩を揺らす。
――ジーク・フロムダート。
フロムダート公爵一家の長男で、ゲーム内ではクール系騎士として登場する。
言葉数が少なく、嫌われているのかもと危惧するヒロインに不器用な優しさを見せ、ヒロインことユーザーを虜にする天然タラシだ。
言って欲しい言葉をなかなか言ってくれないくせに、ここぞという時にデロ甘なセリフを吐くことから、キュン死に多発テロと呼ばれていた。
まさか、攻略対象とここで会うなんて。
いや、普通に考えれば王子の誕生パーティーなんて、有力貴族がこぞって来る。
そこに彼らがいないはずもないのだ。
ううう、どうして気づけなかったんだろう!
最推しではないが、イケメン具合に胸がときめきかけてしまった。
ナタリー、忘れてないわよね。4年半前の決意を。
攻略対象には『恋をしない』これに尽きる!!
「おい、お前なに黙ってる。やっぱりって、何がだ」
不審な眼差しを向けて来るジーク。
ゲームでは無口だったけれど、子供ゆえかその影はない。
「い、いえ。ただの思い出しやっぱりですわ」
「思い出しやっぱり? なんだそれ」
「ジーク様はここで何をしていたのですか」
「べつに。興味ねーから、暇つぶしてた」
言いながら、ジークが背中に何かを隠す。
んん? なんだろ。
右側から覗き込もうとすると、隠すようにジークが右に動く。
仕方なく左側から覗き込もうとすると、今度はジークが左に動いた。
「何を隠しているんですの」
「か、関係ねーだろ」
「でも気になりますもの」
「いいから向こうでマカロンでも食って――にゃー」
「にゃー?」
聞こえた声に首をかしげる。
「ジーク様は語尾に『にゃー』とつけるのですか?」
「はあ!? だ、断じて違う! こ、こいつだ」
観念したように、ジーク様は体を避ける。
彼の背中に隠されていたのは、可愛らしい子猫だった。
あーーーそうだった。
ジーク様は無類の猫好きだった。
ヒロインと仲を深める最初のスチルでも、今みたいにこっそり猫と過ごしているところをヒロインに見つかるシーンだった。
「猫、好きなの?」と尋ねるヒロインに「……ただの毛玉だ」と照れたジークが斜め上の回答をするのだ。
そしてヒロインに懐く猫をあまりに羨ましそうに眺めて来るので、「触りたいの?」と聞けば、いつもは大剣を振り回している無骨な手で、まるで真綿に触れるように優しくそっと撫でようとして、手を引っ込めてしまう。
そう「……俺が触れても、傷つけないだろうか」と困った瞳で。
そのシーンに、何にもの乙女が身悶えした。ちなみに私もその1人だ。
垂れてきそうなヨダレをジュルッと吸って、ジークと向き合う。
「どこかから忍び込んでしまったのかしら」
「わかんねーけど、城のやつらに見つかったら追い出されちまう」
「え?」
「こんな小さいのに、一人で生きてけねーだろ」
ジークの言う通り、王宮にいることが見つかれば、外に追い出されてしまうだろう。
そうなれば、往来の多い街中で子猫が生き延びるのは難しい。
母猫がいればいいんだけど……。
そこまできて、ピンと来る。
「そうだ! わたくしたちでお母様を探してあげましょう!」
「は?」
「王宮に1匹で入ってきたとは考えづらいでしょう? きっと母猫もいるはずです」
「そうかもしれねーけど、パーティーは……」
「そうと決まったら早速探検ですわ!」
戸惑うジークを置いて立ち上がる。
実は入った時から、探検してみたくてたまらなかったのよね!
あのヴィスルツ王国の王宮なんて!生の設定資料集みたいなもんだ。
やる気満々の私に比べ、ジークは困ったように子猫を見つめている。
「どうかされたのですか?」
「い、いや、こいつも連れて行きてーけど、どう触っていいのかわからない」
こ、これは……!!!!!
スチルシーンがふっと頭の中に再び蘇る。
萌えを隠しきれないまま、私は再びジークの前にかがんだ。