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きっかけは些細なことだった。
庭園にある段差に気づかず足を引っ掛け、転んだ。
ただ、それだけのこと。
普通ならば怪我をするほどのものでもないし、ちょっと恥ずかしい思いをして終了。
けれど、その日は違った。
「ナタリー様!? 大丈夫ですか!?」
私の側付きの侍女であるユーリが焦ったように駆け寄ってくる。
あれ……わたくし、なにをしていたんだっけ……。
優しく体を抱き起こされながら、ぼやけた視界がチカチカと瞬く。
私はナタリー・ブローニュ。
この間5歳の誕生日を迎えた公爵家の長女だ。
私を溺愛する両親と、お兄様。そしてまだ産まれたばかりの弟。
何の不自由もなく、ただ幸せな日々を過ごしてきた……はずだ。
それなのに、頭の中に『何か』がものすごい勢いで流れ込んでくる。
私――ナタリーが住まうヴィスルツ王国とは全く違う景色に、言葉に、音。
知らない? ううん、私は知っている。
頭の中を侵略する『何か』。
これは私がナタリーとして生を受ける前の記憶だ。
「お医者様を呼んでください! ナタリー様が!」
焦るユーリの声を最後に、私は視界を閉ざす。
そのまま意識を手放して、私は記憶の中へ溺れていった。