第九話 宴
重い足を引きずるようにして、王宮に向かった二人は、多少は待つことになると思っていたが、王宮についてすぐに謁見が許された。
謁見の間に入り、片膝をついた状態で頭を下げ女王が来るのを待つ。
少しすると、謁見の間に女王が入ってくると同時に、ウィリアム達に向かってものすごい圧が掛かった。
女王が王座に座った後に、頭を下げた状態のまま挨拶をする。
「女王陛下、ゴールデン・ウルフの船長、ウィリアム・ロメオ並びに、副船長のユリウス・ブラック。ご挨拶に参りました」
ウィリアムの挨拶を聞いて、女王は二人に面を上げる事を許可した。
「うん。面を上げよ。今回の依頼も見事であった」
女王の許可を得たため顔を上げた二人は、女王から凄い眼力で見られているのを見てしまい早く帰りたいと同時に考えた。
いつも、女王は褒めていたとしても、鋭い眼光で見てきたのだ。
そして、船での様子を聞きたがるのだ。
二人は、特に痛くはないが、腹を探られているようでいい気分ではない。
さらに今回は、耳が早い女王が春虎の事まで嗅ぎつけてきたので、途中から冷や汗が止まらなかった。
「それで、拾った美少年を何故挨拶に連れてこないのだ?」
今まで新しいクルーを紹介するために連れてきたことはなかったため、女王からそのような発言があるとは思わず、硬直する二人。
返答に困っていると、女王の補佐役を務める宰相が微妙な表情で言った。
「陛下、それは酷な事でございます。今まで、新しいクルーはギルドからの報告で済ませていますし」
「草からの報告だと、大層な眼福だと言っておった。私も是非見てみたいと思うのは仕方あるまい」
「はぁ、公私の区別を……」
「ふん。これ位の楽しみが無いと、こんな仕事やってられん。燃料が必要なのだよ?分かるか?燃料が無いと何事も萌えられん。自給自足もいいが、刺激が欲しいのだよ。民もきっと望んでいる」
「陛下……」
女王との謁見の際にいつも聞く謎単語に慣れた二人は、特に何も言うこともなく二人の会話を聞いていた。
すると、女王はいいことを思い付いたとばかりに、さらに眼力を強めて言った。
「よし、久しぶりに宴を開く!!現在港に停泊中の私掠免許状持ちの船長以下主だったクルーと海軍関係者を招集せよ」
「かしこまりました。直ぐに手配いたします」
そう言って、宰相は謁見の間を出て行った。
取り残された、ウィリアム達はまさかの事態に困惑した。
それに追い打ちを掛ける様に女王は言った。
「お前達は、このまま王宮に留まり、宴の時間まで待機を命じる。新しいクルーの出頭はこちらで使いを出すから、ゆるりと待て」
そう言って、唖然とする二人を置いて心持軽い足取りで謁見の間を出て行ったのだった。
その場に残された二人は、メイドの案内で時間まで待つようにと別の部屋に通されたが、これからのことを考えて頭を抱えたのだった。
◆◇◆◇
一方、謁見の間をでた女王は、自室に戻り先ほどまでの威厳が嘘のように、ベッドにダイブして転がり出した。
護衛のために控えている戦闘メイドはいつもの発作だと慣れた様子だった。
しかし、女王付きの専属メイドは違った。
「陛下!やりましたね!!久しぶりの燃料投下の予感がしますよ!!」
「そうだろう、そうだろう!!しかし、いつみてもあの二人はいいな!!特に、ウィリアムの細い腰がたまらん!!筆が捗る!!」
「と、いうことは新作ですかエリリ先生!!」
「うむ。それも三冊はいけそうな予感がする!」
「ウホ!!これは、民が喜びます」
「ああ~、早く美少年を見たい~。新規開拓の予感がする」
「まさか、新しいカプが爆誕ですか!!」
「本人を見てみないことには分からんが、恐らくそうなる予感しかない。草からの話では、じゅるり。おっと、いかん。それでは、宴に向けて準備にかかるか」
そう言って、一瞬で緩んだ表情を元に戻して、準備のために部屋を出て行ったのだった。
◆◇◆◇
別室で待機していた二人は、次々と他の船の船長並びに副船長が到着するの用意されたお茶を飲みながら見ていた。
すると、何故かドレイクが春虎を連れてやってくるのが見えた。
二人は飲んでいたお茶を勢いよく噴出した。
周りにいた、他の船の船長達は何事かと二人を見たが、その時にはすでにこの場を離れた後だった。
二人は、ものすごい速さで春虎とドレイクの元に向かった。
「おい!提督、何でハルトラと一緒なんだ!!」
「提督!!勝手に、うちのクルーに何してるんですか!!」
「いやなに、どうせ今日は宴が開かれると思ってな。それに、陛下はハー坊の事を見たがると踏んで、準備して参上した訳さ」
提督に連れられた春虎は、新しい洋服に身を包んで登場したのだ。
確かに、現在の春虎の手持ちの洋服では王宮に上がるのには相応しいものは一着もなかったが、自分の船のクルーの衣装のことで口を出されたくはなかった。
時間を見つけて、新しい服を買いに行く予定だったウィリアムはムッとしながらも新しい装いの春虎が、さらに可愛く見えて少し動揺していた。
春虎は、シンプルな白いシャツに、黒いハーフパンツ。腰には、鮮やかな紅い布を巻いていた。シンプルながら、どれも上質な布地で出来た最上級のものだった。
ウィリアムが無言で春虎を見つめていると、困り顔の春虎が説明をしてきた。
「船長すみません。おじ様が、どうしてもこの服を着て欲しいというので断れなくて……。それに、王宮からの召喚もあって、勝手にお言葉に甘えてしまいました」
ウィリアムの態度から怒っていると勘違いした春虎は、頭を下げた。しかし、それよりもウィリアムには聞き捨てならない事があった。
「おい、提督。おじ様ってなんだ?」
「ん?最初はドレイク提督と呼ばれていたんだが、もっと親しげに呼んで欲しくてな。おじちゃんって言うようにお願いしたんだが、なんやかんやでおじ様呼びになった。これも悪くないな!!」
「鼻の下を伸ばすな!!」
「別に減るもんじゃないしいいだろうが!!」
言い争っている二人を他所に、ユリウスは春虎に他に何かなかったか確認をしていた。
「贈られたのはこの一式だけか?」
「はい。他にもあったみたいなんですが、丁重にお断りしました。新しい服は、今持っているものがあるので必要ないです。もし、今後必要になったら自分でお金をためて購入します」
「分かった。今の服は、たしか他のクルーのお下がりを自分で繕ったんだったな?」
「はい。もらったのはいいんですが、全部大きすぎて」
「ふむ。それなら、明日にでも新しい普段着をいくつか購入しに行こうか」
「えっ?別にいいですよ」
「いや、継ぎはぎだらけの服だと、うちの船の威信に関わる。クルーにきちんとした恰好をさせるのも副船長の仕事だ」
「なるほど。確かにクルーがみすぼらしい恰好をしていたら、周りに舐められてしまいますよね」
「そう言うことだ」
「分かりました。でも、お金が……」
「そこはいい。今回は俺が持つ。ただし、次の給金を渡す時にその分を少し差し引くがな」
「分かりました。ありがとうございます」
そうこうしている間に、宴の開始となったので、一同は広間に移動することになった。
春虎は、移動する間に、この宴についてどういうものなのかユリウスに質問することにした。
「そうだな、私掠船乗りと海軍の懇親会のようなものだな。それと、宴で集まった者同士で、情報交換したりとな。女王陛下の気紛れでたまに開かれる。」
「なるほど」
会場に付くと、沢山の料理が並べられているのが目に入った。
立食式で、お酒も用意されていた。
会場に入った船乗りたちは思い思いに、過ごした。
これもいつものことだ。
いつも、主催者の女王は遅れてやってきたのだ。
春虎は、珍しい料理に舌鼓を打った。
春虎が、夢中で料理にパクついていると、情報交換から戻ってきたウィリアムがいつもの調子で口を開けた。
「ハルトラ、美味しそうだな。一口くれ。あー」
「船長は、仕方のない人ですね。自分で取ってくればいいじゃないですか」
そう言いつつ、皿にあった肉をフォークで刺してウィリアムの開いた口に入れた。
「ん~。流石は王宮の料理だ。旨いな。まぁ、俺はお前の料理も大好きだけどな」
「褒めても何も出ないですよ」
そんなやり取りをしていると、ものすごいプレッシャーを感じた。
春虎は何故か、背筋が凍るような寒気も同時に感じていた。
謎のプレッシャーと寒気を感じたため、ウィリアムに相談しようとしたが、ウィリアムも同様に思ったようで、同時に目があった。
無言で見つめ合っていると、さらにプレッシャーが強くなった。
「船長……」
「分からん。ただ、不思議と敵意は感じない」
「はい。でも……。物凄く悪寒がしますね」
「安心しろ。俺は、ゴールデン・ウルフの船長だぞ。何かあってもお前を守ってやるさ」
そう言って、春虎の肩を抱き寄せた。しかし、さらに強まるプレッシャー。
「ありがとうございます。でも、ボクは船長よりも強いと思いますよ?」
「言ったな?それじゃぁ、今度手合わせでもするか?」
「いいですよ」
そんなことを話していると、急に謎のプレッシャーが霧散した。
不思議に思っていると、情報交換から戻ってきたユリウスが近寄ってきて言った。
「そろそろ、陛下がいらっしゃるようだ」