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第七十五話 兄

 三人が幼稚な言い合いをしていると、再び扉が勢いよく開いた。

 

 開かれた扉を見ると、そこには一人の美しい女性が腕を組み仁王立ちしていた。

 彼女は、部屋の中を一瞥した後にエドアルトールに目を留めると彼に無言で近づいて、その頭を拳骨で殴打した。

 それはもう容赦のない拳骨だった。

 

 エドアルトールは、頭を抑えて蹲った。

 

「痛たたた~。酷いよヨル。頭が割れてしまうよ」

「あら?残念。割るつもりでしたのに」


 エドアルトールにヨルと呼ばれた女性は本気で、頭が割れなかったことを残念そうにしていた。

 そのことに、その場にいた人間は全員が表情を引きつらせていた。

 しかし、春虎だけは別の意味で引きつった表情をしていた。

 

 そんな部屋中がドン引きしている中、ヨルはそれを全く気にすることもなく自然な動作で春虎に近づいた。

 

「うふふ。可愛らしい子ね。あんな、バイ菌の塊のような変態に近寄られてさぞ気持ち悪かってことでしょう。わたしが消毒をしてあげないといけないわね」


 そう言って、引きつった表情で固まる春虎をふわりと優しく包み込むように抱きしめた。

 そして、春虎に表情が見えないことをいいことに、その光景を見て固まる、ウィリアム、ユリウス、レオールに向かって勝ち誇った表情を見せた。

 

 それを見た三人は同じことを思ったのだ。

 

 ―――何だこの女は!!そしてこのムカつく表情!!

 

 秋護はというと、普段ならユリ展開に大騒ぎしているところなのだが、何故か背筋が凍ったように寒々しく震えが止まらなかった。

 

 春虎は、徐々に抱きしめる力を強くするヨルに抵抗するようにもがくが、ビクトもしなかった。

 

(こっ、これはまずい!!どうして?なんで?)


 混乱した春虎は、無意味にもがいていると、ヨルがニヤニヤとだらしない顔をし始めたことに、ウィリアムたちは気がついて戦慄した。

 

 ―――この女……。まさか変態なのか!?

 

 傍から見れば、嫌がる美少年を無理やり抱きしめて、ニヤニヤしている危ない女性にしか見えなかったのだ。

 

 しかし、残念なイケメンのウィリアムは、自分ですら抱きしめたことのない春虎があんなにギューギューに抱きしめられている姿を見て、羨ましいと嫉妬の炎が燃え上がったのだ。

 

「おい!うちのクルーに何をうらy、じゃなかった。何をしているんだ!!離れろ痴女め!!」


 そう言って、ヨルから春虎を開放するため、間に入ろうとしたが、間に入ることすらできなかった。

 

(なっ!何だこの女のこの力?びくともしない……だと?)


 それはそうだった。ウィリアムより、強く力もある春虎の力を持ってしても逃れることの出来ないくらいの力なのだから、ウィリアムがそれに割って入る事など当然無理な話だった。

 

 それでも、ウィリアムはぐぬぬ~と情けない声が聞こえそうな様子でなんとか二人を引き離そうとした。

 

 春虎は、そんな無力なウィリアムを見てよくわからない感動を覚えていた。

 

(船長……、わたしよりも力がないのにそれでも諦めないなんて、すごい執念だ。でも、どうしてそんなに必死になってくれるの?)


 ウィリアムの必死な姿を見た春虎は、覚悟を決めた。

 そう、これから起こるだろうアホみたいな展開にだ。

 

 春虎は、ヨルの腕の中で静かに深呼吸をした。

 そして、お腹に力を込めて足を踏ん張り、思いっきり仰け反ってからヨルの頭部に自分の頭を打ち付けた。

 

 ゴッ!!!

 

 ものすごい鈍い音が応接室に鳴り響いた。

 

 そして、少し涙目になった春虎は顔を赤くして目の前のヨルに怒鳴りつけた。

 

『馬鹿にい!!!』


 日本語での叫びだったため、秋護以外は理解できないと言った表情をしていたが、意味を理解した秋護は表情を引きつらせた。

 

(えっ?今、にいって……。まさか、春虎ちゃんのシスコン兄さん?でも、どう見ても女の人に見えるけど?そう言えば、春虎ちゃんは忍者って……)


 そこまで考えた秋護は、目の前の美しい女性が本当は男であることを受け入れた。

 

 ヨル、いや。弥生はいたがる素振りもあまり見せずに嬉しそうに額を擦りながら、秋護を見て、凶悪な笑みを浮かべた。

 その笑みを見た秋護は、何故か蘇る悪夢に背筋が凍った。

 

 秋護にとって過去に葬り去ったはずの恐ろしい記憶が蘇ってきて、ガタガタと体が震え冷や汗が止まらなかった。

 

 そんな秋護に気がついた弥生は更に凶悪な悪魔のような表情で笑った。

 

 その表情を見て、秋護は頭を殴られたような感覚に陥ったのだ。そして、気がついたのだ。目の前の男が自分の恐れている最悪最強の男だということに。

 

『よう。久しぶりだな後輩』


 その言葉を聞いた秋護は、自分の身を守るため意識を飛ばした。

 

 

 知らない言葉で、春虎たち三人が何かを話したかと思うと、急に秋護が白目を向いて倒れたことに応接室にいた者は度肝を抜かれたのだった。

 しかし、惨劇は始まったばかりだっただの。

 

「秋護さーん!!死なないでーーーー!!バカバカバカ」


 春虎は、弥生の言葉を聞いた秋護が倒れたことに驚き、死んではいないが、何故か死なないでと叫んでいた。

 そして、この事態を引き起こしたであろう兄が、楽しそうにしているのを見て、無駄だとは知りつつもその胸を拳でポカポカと殴打した。

 

 あまりの展開について行けなくなっていたレオールだったが、春虎が女性の胸を殴打していると勘違いしたため、春虎を止めるために近づいた。

 

「リア……。いくら何でも、女性の胸をそう、叩くものではないよ」


 傍から見れば、弥生をかばった様に見えるレオールの行動だったが、弥生にすれば余計なお世話であった。

 可愛い妹とのスキンシップに水をさされたのだ。

 最凶のシスコンである弥生は、レオールにだけ聞こえる様に、地を這うような低い声で言った。

 

「てめぇ。俺の大事なはるこを気安く、呼んでんじゃねぇよ。もぐぞ。それに、俺は、はるこのお兄ちゃんだからな。お前が出る幕はないんだよ」


 そこまで言った後に、レオールに向かって凶悪な悪人面を向けた。

 言われたことが頭に浸透したレオールは、事実を受け止めることが出来ず、自分の心を守るために意識を飛ばした。

 

 秋護の次にレオールも白目を向いて倒れたため、事態の恐ろしさにユリウスは背筋が凍りついた。

 

 そんなユリウスとバッチリ目があった弥生は、ユリウスを鼻で笑い飛ばした。

 そして、自分の使役する幻獣を使って、ユリウスに言葉を届けた。

 

「腹黒副船長さん。今までご苦労だったな。これからは俺が、自分で大事なはるこを守るからお前は用済みだよ」


 ユリウスに届けられた声は、幻獣を通したことで凄みが増していた。更に、幻獣のからのプレッシャーに意識を飛ばした。

 

 ウィリアムには、目があっただけでユリウスがやられたように見えた。

 この女に勝てる自信はないと、分かっていたが愛おしい春虎が、魔女の手の内にあると思うと、勝てない戦であっても挑む他になかった。

 

 そして、ウィリアムも見事に撃沈した。

 

 弥生はウィリアムが挑んできたことを、面白がる表情で見ていたが、実は腹の中が煮えくり返りそうになっていた。

 ヘタレのくせに大切な春虎に好意を寄せるなど、万死に値すると。

 

 容赦のない弥生は、ウィリアムを挑発するような表情で眺めてから、言い放った。

 ただし、春虎には聞かれないようにその耳を塞いでからだ。

 

「お前のような、顔だけでヘタレで残念な男には絶対はるこは渡さん」

「貴様のような破廉恥な女にそんなこと言われる筋合いはない!!」

「ふん。貴様の目は節穴か?」

「なんだと!!どういう意味だ!!」

「ふっ。どういう意味もない。俺は、はるこの兄だからな!!つまり俺ははるこの保護者様だから、口をはさむ権利がある。方やお前はただの、はるこが所属する船の船長と言うだけの存在!!!」

「おっ、おにいさま?」

「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない!!このゴミ虫が!!!」


 ウィリアムは、鈍い頭で言われた内容を反芻した。そして、弥生に言われたことを理解した瞬間、意識を飛ばしたのだった。

 

 こうして、最悪の形で春虎の兄である椿弥生はウィリアムたちとの出会いを果たしたのだった。

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