第七話 全力疾走
次の日、ギルドタグを受け取りに、ギルドに向かう春虎に、ウィリアムとユリウスが一緒に行くと言ってきた。
二人は、今回の仕事の事務的な手続きのためだと言って、一緒に向かうことになった。
今回も、受付の女性はウィリアムに見惚れてから、ギルドマスターを呼びに行った。
ユリウスが言うには、受付の女性が見惚れるのはいつものことだという。
「顔だけはいいからな。あの程度の会話では、残念な中身は露見しない」
「副船長は、船長に厳しいですね」
「まぁ、腐れ縁の所為で私掠船の副船長になったようなもんだからな」
「腐れ縁ですか?」
「あいつとは幼馴染って言う間柄だ」
「そうなんですか!」
「ああ。あいつは、子供の時から今と全く変わらない。あいつのフォローをしている間に、いつの間にかこんなことに……」
「副船長は、船乗りになりたくなかったんですか?」
ユリウスが、あまりにも項垂れた表情だったので、本当は船に乗りたくなかったのではないかと思い、思わず聞いてしまった。
それを聞いたユリウスは苦笑いの表情で答えてくれた。
「何だろうな、別に乗りたくなかったわけでもないが、昔の俺達からは想像もできなかったな」
「そうなんですか?」
「ああ。昔の俺達は、なんて言うか他人だったからな」
「他人ですか?」
「そう、友達でもなく、知人でもない。全くの赤の他人だ。それが、ちょっとした理由で、仲良くなった。それで、あっという間にこの状態だ」
「何の話だ?」
いつの間にか、近くに来ていたウィリアムは何の話だと聞いてきたが、ユリウスはこの話はここまでだとばかりに、話を終わらせた。
「何でもない。それより、ギルマスは?」
「何だよ~。二人だけで楽しそうに……」
「別に、そんなんじゃない」
「ふーん」
「本当に、面倒くさいなお前」
「ひどっ!!ハルトラ今の聞いたか。ひどくないか?」
二人に挟まれる形で、どう答えていいのか困っていると、フレッドが現れて、助け船を出してくれたのだった。
「痴話喧嘩は自分の船に戻ってからにしろ!さっさとこっちに来い!!」
◆◇◆◇
フレッドに怒鳴られた二人は、大人しく昨日の会議室に移動した。
部屋に入るなり、フレッドは自分の隣に座るように春虎に言った。そして、ギルドタグを渡し、向かいの席に座る二人に書類を渡し確認するように言った。
春虎は、仕事の話の邪魔になるからと、部屋を出ようとしたが、フレッドに引きとめられた。
「坊、別にここにいてもいいぞい」
「でも、お仕事の話の邪魔じゃないですか?」
「大丈夫だ。それに、今は書類の確認をさせてるからの、菓子でも食いながら儂の相手をしてくれると嬉しいのう」
そう言って、春虎に紅茶とクッキーを勧めた。
春虎は、迷った末にソファーに座り直して大人しくクッキーをかじった。
「どうだ?美味しいか?」
「美味しいです」
クッキーを両手で持ち、リスのようにカリカリと食べる姿をみて、その場にいた三人は頬を緩めた。
その小動物的な食べ方が、見た目美少年の春虎にとても似合っていたのだ。
クッキーを食べ終わることには、仕事の話は終わっていた。
春虎は、ただ、クッキーを食べているだけだったが、その場の空気を和ませ、いつもなら揉めている報告も、円滑に進めることが出来たのだった。
これで、今回のギルドでの報告はすべて終わったと、ギルドから出ようとした時、フレッドからストップがかかった。
「ちょっと待て!!」
「どうしたじじい?」
「提督がお前達に会いに来ると連絡があった」
その言葉を聞いたウィリアムとユリウスは、阿吽の呼吸で春虎を抱えてギルドを飛びだした。
そして、引きとめるフレッドを振り切りウィリアムは言った。
「俺達は、既にギルドを立ち去った後だったーー!!」
春虎は、ウィリアムに小脇に抱えられながら、疑問を口にした。
「あの……。大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「えっと、提督?って人が会いに来るんじゃ?」
「残念ながら、俺達は既にギルドを立ち去った後だったので、何も知らない」
「えっと、会いたくない人なんですか?」
「……」
「副船長もこれでいいんですか?」
「……」
二人は、微妙な表情をして何も言わずにギルドから距離を取ることだけを考えた。
そう、二人は提督に会いたくないという一心で、無心で走ったのだった。
◆◇◆◇
今まで見たことが無い二人の必死な姿に、何も言わずに小脇に抱えられたまま過ごすこと数分。どこかの広場で二人は足を止めた。
「ここまでくれば……」
「そうだな。ところで、そろそろハルトラを降ろしてやれ」
そう言われて、小脇に抱えていた存在に気が付いたと言った様子で春虎を地面に下ろした。
「すまんすまん。あまりにも抱えやすかったんでな!!」
「別にいいですけど……。ところでここは?」
「はぁ、随分遠くまで来たようだな」
ユリウスは、ため息を吐きながらいった。それに対して、ウィリアムはニカリと笑って返した。
「まぁ、必死だったしな。それよりも丁度いい。食材の買い出しがしたいって言ってただろ?この近くに商店街があるから寄って行こう」
こうして、予定外ではあるが食材の買い出しをする為、商店街に向かうこととなった。
立ち寄った商店街は活気にあふれていた。
人は生き生きとし、食材は新鮮。
春虎は、元の世界と似たような食材と、似ているが全く違う食材、全然似ていないが、同じ味の食材を見て心から楽しみながら店を回った。
店でこの食材はどんな味?どんな料理に合う?と店員に話しかける春虎に、話しかけられた店員は、相好を崩して味見を勧めた。更に、購入した際に、大量のおまけも付けてくれたりもした。
理由は二つあった。
一つは、保護者の存在。ウィリアムとユリウスはこの港に来た時には、この商店街で大量に物資を買いだししていたため、いつもおまけをしてくれる店が殆どだった。
しかし、今までもおまけをしてくれるところはあったが、ここまでではない。
それは、二つ目の理由。
目の保養。可愛らしい美少年が無邪気に買いもの。更にそれを、美青年と、好青年が微笑ましげに見つめる姿は、眼福だった。
その光景を見たいと、いつもよりおまけに力が入る店員のことを責められる人間はいまい。
いつものように、購入したものは船まで運ぶように手配をして三人で船に戻ろうとした時、災厄は訪れた。
そう、二人が何故ここまで全力で逃げてきたのか。
それは、会いたくない人物から逃れるため。
しかし、その人物は今まで狙った獲物を逃したことが無いのが自慢だという人物だった。
「よう、何か面白いことでもあったか?それなら俺も混ぜてくれよ?」
今まさに、船に戻ろうとしたタイミングであった。
その声に、恐る恐る振り返るウィリアムとユリウス。一体なんだという表情で振り返る春虎。
そこには、よく日に焼けた、スキンヘッドの偉丈夫が仁王立ちで立っていたのだった。
振り返ったウィリアムは、引きつった表情で言った。
「てっ、提督……」