第六十八話 金糸雀亭
特別訓練を無事乗り越えたゴールデン・ウルフの面々は、久しぶりのサングリッドの港が見えると、喜びの声を上げた。
港についた時間が、夕方だったため魔導書の写しを王城に持っていくのは明日にすることにしたウィリアムは、クルー船員を連れて行きつけの飯屋に行くことにした。
本当は、春虎の作るご飯が食べたいところだったが、普段クルー全員に美味しい料理を振る舞ってくれる春虎に休んでもらうために、飯屋に行くことにしたのだ。
街の中心部にある行きつけの飯屋は、【金糸雀亭】と言った。
優しく温かい女将と無口な大将の夫婦二人で店を切り盛りしている。
店は何時も繁盛していて、ゴールデン・ウルフ以外の私掠船乗りたちもよくこの店を利用していた。
金糸雀亭は、美味しいだけじゃなく、量も多く男達にとって最高の飯屋だった。
その日は、ウィリアムの奢りということで、クルーたちは遠慮なく、大いに飲んで食べた。
秋護もクルーたちと一緒になって、楽しそうに酒を酌み交わしていた。
そんな中、春虎は一人カウンター席に座って女将と料理について情報交換をしていた。
傍目に見れば、母と子のような二人を見て、普段無口で無表情な大将も口元をニマニマさせていた。
夫婦に子供はまだいなく、そろそろ欲しいと思っているが中々子宝に恵まれていない。
大将は、楽しそうな妻の顔を見て、生まれてくる子供は妻に似た子がいいと思ったが、妻に似れば確実に男達の目に止まってしまい、最悪すぐに嫁に行ってしまうと考え一人焦っていた。
しかし、男だった場合は、自分のような無骨な男になってしまうのではないかと、それはそれで頭を抱える大将だった。
そんな一人百面相をしている旦那を見た女将は、小首を傾げていた。
「まぁまぁ。あの人ったら珍しく百面相しているわ」
「百面相ですか?そうは見えないですが?」
女将の言葉を聞いた春虎は、難しい顔をしている大将を見て首を傾げた。どう見ても百面相している様な表情ではなかったからだ。
春虎の言葉を聞いた女将は、面白そうにクスクスと笑っていった。
「ふふふ。夫婦だからかな?あの人のことなら他の人がわからないようなことでも気が付いちゃうのよね~」
「そうなんですか?」
「そうなんです。あの人ったら、あの無口で無表情なところがあるから、周りに誤解されやすいのよね~。でも、結構情熱的なところもあってね~」
「仲良しなんですね」
「はい。仲良しなんですよ~。でもね~、中々子供に恵まれなくて……。私も、あの人も欲しいとは思っているんだけどね~。と言っても授かりものだからね~」
「そうなんですか……。そう言えば前に家の手伝いでとあるご婦人とお話をした時に、バランスの良い食事といい睡眠、適度な運動がいいって話を聞いたような?」
春虎の、思い出しながらの言葉に女将はぐっと身を乗り出して話に食いついてきた。
「それ本当!!ちょっと詳しく聞きたいわ!!」
「えっ?でも、聞きかじった程度ですし、これで確実に授かるわけでも……」
「それでもよ!!他に何かあればもっと教えて!!そうだ!!とっておきのジュースとお菓子も出すから」
そう言って、女将は一旦キッチンに入って、程なく戻ってきた。その両手には、沢山の焼き菓子とジュースを乗せたトレイがあった。
女将は、カウンター越しではなく、カウンターの椅子に座ってじっくりと話を聞くつもりのようで、その手にはメモ用紙と筆が握られていた。
春虎は、栄養バランスの取れた食事のメニューといくつかのレシピを教えて、睡眠時間や月経のサイクルなどについても話した。
お店で働いているために適度な運動は問題ないと判断し軽い説明で済ませた。
女将は、中でも食事についての話にものすごく興味を示した。
「ありがとう!!聞いたことを試して頑張るわね!!」
「はい!!応援しています。あっ!!そう言えば、和食もいいって何かで聞いたような?」
「ワショク?」
「えっと、僕の故郷の料理です。そうだ、キッチンを少し貸してもらってもいいですか?」
「えっ?それはいいけど?」
突然の提案に、驚きつつも女将は使用の許可を出した。
春虎は、早速女将とともにキッチンに向かった。
女将は、大将に春虎にキッチンを貸してあげてと言ってから、ホールに戻っていった。
春虎は、大将にペコリと頭を下げてから挨拶をした。
「こんばんは。僕はゴールデン・ウルフのクルーで春虎といいます。女将さんに食べてほしい物があって、少しキッチンを使わせてもらいますね」
春虎の言葉を聞いた大将は、首を縦に振って了承の意思を示した。
亜空魔術でしまっていたお米やお味噌、お醤油などの材料を出して、キッチンにあった鍋でご飯を炊いた。
炊いている間に、船で釣った魚を干物にしていたものを焼いて、味噌汁も作る。鰹節で出汁をとって具には、わかめと自家製の豆腐を入れた。
そして、趣味で漬けている漬物もいくつか取り出して小皿に盛り付ける。キッチンにあったほうれん草を少し分けてもらって手早くおひたしも作って簡単な魚定食が完成した。
炊きたての御飯はツヤツヤとしていて、とても美味しそうに炊けていた。
盛り付けて、大将から借りたトレイに乗せてカウンター席に戻った。
カウンター席に戻った春虎は、ニコニコしながら女将に言った。
「女将さん。これが和食です。どうぞ召し上がってください」
初めて見る料理に女将は興味津々で、匂いを嗅いだ。
「なんだか不思議な匂いね。でも、なんだかお腹がすく匂いだわ?」
そう言ってから、トレイに一緒に添えられていたスプーンとフォークを使って魚定食を食べ始めた。
ひとくち食べてから、目を見開いた。しかし何も言わずに、無言で食べ進めていった。
全てキレイに平らげた女将は、興奮したように春虎に詰め寄って言った。
「美味しすぎるわ!!特にこの小皿にあった、歯ごたえのあるお野菜!!これと白くて柔らかい料理を一緒に食べるのが最高よ!!ねぇ、うちの子にならない?看板息子として、いづれ生まれる、妹か、弟と私達と楽しく暮らしましょう!!ええ、そうしましょう!!もし、私がまだ結婚していなかったら、是非にで既成事実を作って、籍を入れているところよ!!」
興奮した女将の声はどんどん大きくなり、その声を聞いた店内は、静まり返った。
そして、プロポーズまがいのセリフは、静まり返った店内に響き渡った。
そのため、店にいたゴールデン・ウルフの面々と大将は、女将が春虎にグイグイと迫ってプロポーズのような言葉を告げているところを唖然とした表情で聞いていたのだった。
因みに、女将は二十代の美しい容姿をした女性で、美少年に見える春虎とは、きれいなお姉さんとショタっ子に見えていた。
秋護はきれいなお姉さんとショタも好きな腐男子なので、まさに好物のシチュエーションだったためこころの中で叫んだ(つもりだった)。
「キターーー!!おねショタキターーー!!!!!」




