第六話 見た目詐欺
「いい度胸だな。自分の仕事を人に押し付けておいてな」
そう言って、部屋に入ってきたのは、ゴールデン・ウルフの副船長を務める、ユリウス・ブラックだった。
ユリウスは、ウィリアムよりも少し背が高くがっしりとした体つきをしていた。肌は日に焼けて浅黒く、少し硬めの黒髪は短く切られている。青い目は、鋭くウィリアムを睨みつけていた。
ユリウスの思わぬ登場で、ウィリアムは焦った表情でいい訳を始めた。
「べっ、別に押しつけた訳じゃないぞ。俺は、効率的な男なだけだ。早く出来る人間がやったほうが効率がいいだろうが!!」
「ほう。それで?」
「えっと、だな……」
「ん?お前は?」
ユリウスは、春虎の方を見て、見たこともない子供が何故ここに?と、顔を向けてきた。
まさか、自分のことを忘れてしまったのではないかと、慌てて挨拶をした。
「副船長、保護して、船に乗せてもらっていた春虎です」
春虎の言葉を聞いて、驚いた表情をしてユリウスは言った。
「ハルトラ?あの、小汚いガキか!!随分印象が変わったな」
「だよなぁ。俺も、船に乗せた時、あんまり汚かったから、シャワーを使わせたら、実はこんなに可愛らしい美少年でびっくりした。お前は、ずっと海賊船に乗ってたし、初めてこの姿を見たんなら、そりゃ、驚くよな」
「はぁ、それでなんでここにハルトラが?」
「うちのクルーにする為に登録に来た」
「は?」
「えっ?」
ウィリアムの言葉に、ユリウスは驚き、ユリウスが驚いたことに春虎は驚いた。
(まさか、船長……、副船長にこのこと伝えていなかったの?)
まさかの展開にその場が凍りついた。
「あっれ~、言ってなかったっけ?」
「初耳だ。それに、こんな年端もいかない子供を乗せるのは反対だ」
「ああ、そこは大丈夫。これでも、15歳らしい」
「嘘をつくな!こんなに小さいんだぞ、よくても12歳くらいだ」
「腹黒、馬鹿船長は嘘は言っておらんて」
「副船長、ボク本当に15歳なんです」
フレッドと春虎の言葉を聞いて、一瞬「マジか……」と言う表情を見せつつも、年齢のことは納得したユリウスは、何故船に乗りたいのか春虎に聞いてきた。
春虎は、ウィリアムにも言ったように、故郷に帰るために、願いの叶う宝珠を見つけたいということと、願いを叶える権利をもらうために、一員に加えてもらういたいということを話した。
春虎の話を聞いて、最初は乗船を認めないという考えだったユリウスは、事情を聞いて考えを変えた。
「分かった。それじゃぁ、食事係として頼んだぞ」
「はい。精一杯務めさせていただきます」
こうして、ユリウスにも船に乗ることを許可してもらい、仕事のあるウィリアムをギルドに残して、春虎とユリウスは船に戻ることになった。
二人並んで、船まで戻る間、一言の会話もなく、お互いに何を話せばいいのか分からない空気の中船までたどり着いた。
船に戻ると、まだ仕事があるというユリウスは、さっさとどこかに行ってしまった。
春虎は、自分の新しい居場所となった台所に向かった。
今日の夕食はどうしようかと、残っている材料を確認していると、台所にウィリアムとユリウスがやってきた。
「よっ!今日の晩飯はなんだ?」
「えっと、材料があまりないので、あり合わせでシチューにしようかと」
「いいね~」
「ウィル……」
「ユーリ、悪い。ここに来るとつい、メニューが気になって」
「はぁ。ハルトラは、全属性の適性持ちと検査結果に出たんだってな?」
ユリウスの問いに、春虎はあいまいに答えた。
「はあ。そうみたいですね?」
「お前の故郷に魔法が無かったことは聞いた。だから、実感が湧かないのもなんとなくは理解している。だが、適性があると分かったからには、使いこなせるように俺が教えてやるからな」
何故か、ユリウスはやる気満々で春虎に宣言した。
春虎としては、忍術があるから、別に魔法が使えなくても不便はないという考えからあまり乗り気ではなかったが、ユリウスのやる気に満ちた空気に圧倒されていた。
すると、ユリウスがここまでやる気な理由をウィリアムが教えてくれた。
「悪いな、ユーリはこう見えて魔法馬鹿なんだよ」
「おい、こう見えてとはどういう意味だ?」
「いやぁ、お前って、どっちかって言うと、魔法よりも肉体派っぽい見た目してるじゃん?」
「体格がいい方なのは認める。だが、見た目詐欺のお前に言われたくない」
「見た目詐欺?」
謎ワードがユリウスの口から出たため、春虎は小首を傾げた。
ウィリアムは、小首を傾げた春虎が可愛かったため、思わず抱きつきながら愚痴った。
「酷いんだぜ。何故か、見た目詐欺って言われるんだ」
春虎は、ウィリアムに抱きつかれ、頬ずりされながらも、それを全く気にせずに、ユリウスに理由を聞くことにした。
「どうして見た目詐欺なんですか?」
「ウィルは、見た目は美青年と言っても過言ではない容姿をしているよな?」
「そうですね、見た目は美青年だと思います」
「それだ」
「なるほど。理解しました」
そう、ウィリアムは見た目美青年だが、しゃべるとその残念な中身が露呈してしまう。そのため、見た目詐欺なのだ。
ウィリアムの中身を知らない、女性達はその容姿から、氷の船長や氷結の騎士などと呼び、キャーキャー言っているのだから、ウィリアムの残念な中身を知っているものからすると、見た目詐欺なのである。
二人の何も言わずとも理解し合った空気に、ウィリアムはなんだか気にいらない気持ちになった。
何とも言えない、もやもやが胸の中に広がった。それを振り払うかのように、さらに春虎をギュッと抱きしめた。
そんなウィリアムの行動を見て、ため息を吐きつつユリウスは言った。
「そんなに強くしたら、可哀そうだろうが」
「悪い!痛かったか?」
ユリウスに言われて、はっとしたウィリアムはすぐに腕の力を緩めて春虎に謝ってきた。
その姿を見て、ユリウスは思った。
(はぁ、変なことにならなければいいのだが……。もう、手遅れな気はするのは気のせいか?)
ユリウスは、ウィリアムの行動に不安を感じつつも、深く考えないようにした。
深く考えると、恐ろしいことになりそうな気がしたからだ。
ただし、ユリウスの予感は、ある意味最悪な形で的中することになるとは、誰も思いはしなかった。