第四十二話 家
レオールの家は王立図書館から10分程歩いた場所にあった。そこにあったのは、庭付きの二階建ての普通の家だった。控えめに言って、貴族の家にしては小さな家だったため、ウィリアムとユリウスは以外に思ったが敢えて口には出さなかった。
しかし、この世界に詳しくない上に、貴族がどの様な存在なのか今ひとつ分かっていない秋護は思ったことをそのまま口にした。
「思ったより、小さい。貴族?」
レオールは秋護の言葉に、苦笑いしながらもこの家について説明した。
「この家は、私のもので間違いない。私は、家を出て侯爵家とは関係なく生活をしている。家は兄が継ぐから、私は好きにさせてもらっている。あまり広い家では一人で暮らすには不便だから、手頃な家を買った。普段は通いのホームメイドが家のことをやってくれている」
レオールの説明を聞いた秋護は「へ~」と、わかったのか、そうでないのか微妙な返事を返した。
普通の家と言っても、庶民の裕福層クラスの家だった。二階建てでテラスも付いている。庭も、きちんと手入れされていて、季節の花々が咲き誇っていた。
中も、大きめのリビングはには座り心地の良さそうなソファーがあり、そこから庭の花々を見ることができた。ダイニングに、キッチン、バスルームもそれぞれ広く間取りが取られている。
書斎や客室もあり、中にはいって部屋を見て回っていた秋護は楽しそうに探検気分で春虎を連れ回していた。
客室も複数あり、今回は一人一部屋が割り当てられた。
それぞれの部屋を決めた後に、ダイニングに向かうとそこにはすでに夕食が用意されていた。
通いのホームメイドが用意してくれた食事だとレオールは全員に説明した。
その日のメニューは、パン(硬い)とスープ(薄味)とサラダ(ただの野菜)とステーキ(ただ焼いただけ)といった内容だった。
全員が、無言で食事をした。ただひたすら、眼の前の食事を噛んで飲み込んだ。
しかし、秋護はこれが苦行でしかなく、つい泣き言を言ってしまった。日本から来た秋護には、美味しくない食事が辛すぎたのだ。
「マズイ。カタイ。ウスイ。ツライ……」
秋護の本当に辛そうな、悲しそうな言葉と表情に同意するように、ウィリアムとユリウスは無言で頷いた。レオールは慣れているため、ただ苦笑いをするだけだった。
春虎は、修行で兵糧丸を食べて飢えをしのいだこともあり、食べられればいいという考えの持ち主でもあったので、何も言わずに黙々と食事をしていた。
味のしない食事を食べていると、昔もこんなことがあったと少し懐かしくなった春虎は、当時のことを思い出していた。
まだ、中忍の頃ただひたすら忍術の修行に明け暮れ、食事も兵糧丸で済ませていた春虎に、教育係だった揚羽がある日説教をしたのだ。
「美味しくない食事に慣れるのは良くないわ。これは、必要に迫られたときに口にするもので、普段の生活ではきちんと美味しいものを食べて栄養を付けないと。ただでさえ、いろいろと小さいのに、大きくなれないわよ」
と、説教をされたのだ。その時、春虎の全身、特に胸部ら辺を見ながら大きくなれないと言った揚羽の胸部を見返した春虎は、もう美味しくない食事は控えることにしようと心に決めたのだった。
しかし、時すでに遅しだったようで、背も胸部もいつまで経っても成長してくれなかった。
ただし、揚羽曰く「わたしも、高校に入ってからいろいろと大きくなったから(多分)大丈夫よ!!」という言葉を信じて、美味しい食事に気を配るようになったのだった。
その過程で、自分で色々と作れるようになっていった。
最近は、男の子の格好をしていたので、すっかり忘れていたが、まだ自分には成長の余地があるということを思い出した春虎は、食事の手を止めた。
(まずい。このままだと、まな板……。だめだめ、諦めるな。まだ、きっと希望はある……はず!!)
思い立ったら即行動ということで、全員が黙々と食事をしていたにも関わらず、全く皿の上は減っていない状況をみて、全員の皿を回収してキッチンに向かった。
キッチンに着いた春虎は、恐ろしいことに調味料が塩と砂糖位しかないことに表情を引きつらせた。
気を取り直して、亜空魔術でしまっておいた調味料を取り出し軽く味を整えて、包丁を入れて肉を焼き直す。すでに焼きすぎで硬いので、温め直す程度ではあるが。
次に、サラダには、手早く作ったドレッシングを掛けて、細かく切ってカリカリに焼いたベーコンを散らす。
スープも温め直しながら、作り置いていたブイヨンを入れて胡椒を振る。具が少ないので、ジャガイモを剥いて、時間がないのすぐ熱が通るように小さめに切って入れる。
パンは、少し柔らかくするために本当は霧吹きで水をかけたいところだが、ここにはないので仕方なくスライスしたパンに水の魔術で霧状にした水分を軽く掛けてから上にガーリックバターを塗ってカリカリに焼く。
全員分の食事をリメイクさせてから、直ぐにダイニングに戻った。
食事中に、何も言わずに皿を奪われる形となった四人は困惑顔ではあったがダイニングで春虎のことを待っていてくれた。
それを見て、自分が何も言わずに皿を奪ったことを思い出し、自分の行動を反省する。
(しまった、自分の考えに夢中になって説明をし忘れていた……。気をつけよう)
一人反省会を終えた春虎は、全員に頭を下げてから説明した。
「突然ごめんなさい。でも、どうしてもこのままでは(自分の成長的に)いけないと思って……。時間がなかったので、少しだけ手を加えただけですけど多少はマシになっていると思うので召し上がってください。それと、明日からは僕が食事の準備をしますね。これは絶対です。誰がなんと言おうと、僕が食事を管理します」
そう言って、これからの食事は自分に任せるようにと強めの口調で全員に向けて言ったのだった。




