第四話 ギルド
ウィリアムは、春虎から船に乗せて欲しいと言われて、にんまりとした顔をした。
「そうか、そうか」
何故か嬉しそうな顔をしたウィリアムに、微妙な顔をした乗組員の男が言った。
「はぁ、こんな子供に手を出したら大変っすよ?ほどほどにっす」
「ばっ!手を出す訳ないだろ!!」
「あの……、ボクは船長に何かされるんですか?」
二人の会話についていけなかった春虎は、思わずといった感じで話しに割って入った。
「何もしないから、安心しろ」
「そうっす。船長は、オチビの顔が好きなだけで、同性のそれも男に手を出すほど残念な人じゃないっす。それに、船長は、女性にもてもてなので、その辺は安心っす」
「おい、それはフォローなのか?それとも俺をけなしているのか?」
「全力のフォローっす!!」
「えっと、船長はボクの顔が好きなんですか?」
「おお。ドストライクだ!!女だったら、猛烈にアピールしてるくらいにな。残念ながら、お前は男だったから、アピールはしないけどな」
「はぁ」
「そうそう、船長が、初めてまともにオチビの顔を見た時のあれは傑作だったっすね」
「俺もびっくりしたよ。あんな小汚いガキが、こんな美少年だったなんてなぁ」
そう、初めてゴールデン・ウルフに春虎が乗った日、船内の案内が終わった後に、汚れを落とすようにとシャワー室に案内され、シャワーで綺麗になった姿を見た、ゴールデン・ウルフの乗組員一同は思った。
―――あの小汚いガキがものすごい美少年だった!!
汚れを落とした春虎が、船長であるウィリアムに最初にお礼を言いに行った時、ウィリアムは最初、それが春虎だと気が付かなかった位だった。
回想に浸っていたウィリアムに春虎は、自分は乗せてもらえるのか改めて問いかけた。
「船長、それでボクは乗せてもらえるんですか?」
「ああ、いいぞ。お前には引き続き、食事係を頼みたい」
「分かりました。それじゃ、港についたら食材をいろいろ買い足したいです」
「あぁ、それなんだが、次の航海は一週間後位になると思う」
「そうですか……」
「俺も早く、あの地図が本物なのか確かめに行きたいんだが、今回の仕事の報告と、お前をギルドに加入させる必要もあって、すぐにとはいかないんだよ」
「?」
春虎が、訳が分からないといった顔をしていたことに気が付いたウィリアムは、さらに説明を付け加えた。
「こう見えて、俺達は私掠船だからな。お偉いさんに、報告やら、後始末やらがある」
「しりゃくせん?」
「お?知らないか」
「はい」
「私掠免許状をもった船。つまり、簡単に言うと国に海賊行為を認められているってことだな。私掠免許状がない状態で、海賊行為をすれば、海軍か私掠船に捕まるという訳だ。まぁ、うちの国に限った話で、他国で海賊行為をすれば、その国の海軍に追われるけどな」
「そうなんですか」
「安心しろ。前にも言ったが、俺達はトレジャーハントがメインで、国からの依頼が無い限り海賊行為は基本しない」
「基本しないということは、依頼が無くてもすることはあるんですか?」
「まぁ、たまにな……」
「あまり深く聞かない方がいいみたいですね」
「悪いな。その時が来たら話すよ」
「はい。それと、ギルドというのは?」
春虎は、微妙な顔をするウィリアムには深く聞くことはせずに話を変えることにした。ウィリアムは、話が変わったことで、表情を元に戻して、ギルドについての説明をした。
「さっきも言ったが、俺達は、海賊行為を国に認められている状態だ。その船に、身元不明の怪しい人間を乗せることはできないって国の方針で、クルーは国に報告する必要がある。そのために、ギルドに申請をして加入させる必要がある」
「あの、ボクみたいな身元が定かではない人間も加入できるんですか?」
「安心しろ。申請すれば誰でも簡単に加入できる」
「申請ですか?」
春虎が不安な思いを顔に出したのを見てウィリアムは安心させるように笑いかけながら言った。
「簡単な検査と質疑応答ってところだ」
「検査と質疑応答……」
「たく、そんなに不安がるな。俺も付いていくから安心しろ」
ウィリアムが付いて来てくれると聞いた春虎は、とたんに不安が吹き飛んで行くのを感じた。この短期間で、頼れるのはウィリアムだけだと思っていたのだから、不安も吹き飛ぶのは当然だった。
短い間だが、全く知らない世界に一人きりのところに、いろいろと世話を焼いてくれる存在に寄りかかってしまうのも仕方ないと言えよう。
こうして、港についてからの予定が決まった。
仕事の報告はギルドで行っているということで、春虎のギルド加入の手続きも同時に進めようということで、港についてすぐにウィリアムと一緒にギルドに向かうことになった。
「それじゃ、俺はハルトラを連れてギルドに行ってくる。ユーリには拿捕した者達の移送と捕まっていた乗員の手続きをするように伝えてくれ」
「了解っす。副船長に伝えておくっす」
短いやり取りの後に、港のすぐ近くにあるというギルドに向かった。
到着したギルドは、立派な三階建ての建物だった。
中に入ると、沢山の人で賑わっていた。
ウィリアムは、空いている窓口に行き、受付の女性に言った。
「ゴールデン・ウルフのウィリアムが来たと、ギルマスに伝えてくれるか?」
そう言われた受付の女性は、ウィリアムの顔に見とれた後に、赤くなって慌てて答えた。
「ロメオ様ですね。ギルドマスターを呼んできますので、少々お待ちください」
「よろしく頼むな」
受付の女性が席をはずしてすぐに、一人の男が現れた。
「おお、馬鹿船長。今回の仕事は随分早かったの」
「誰が、馬鹿船長だ!じじい!!」
「ほれ、二階の会議室で話を聞く。ついて来い」
「話を聞けじじい!!」
二人のやり取りに唖然とする春虎を他所に、二人というか、ウィリアムが一方的に喧嘩をしながら、二階にある会議室に向かっていった。
春虎は、二人が見えなくなってから、慌てて後を追った。
通された部屋は、会議室というよりも応接室といった感じで、大きなテーブルと、それを挟むようにして三人掛けのソファーがある部屋だった。
春虎は、ウィリアムの隣に座って目の前の男を見た。
その男は、とても大柄で筋肉で服がはち切れるのではないかと思えた。歳は40代くらいで、明るい印象の男だった。
春虎が、じっと見つめていることに気が付いた男は、二カっと笑いかけてきた。
「今日は、腹黒じゃなく、可愛いのを連れておるの」
「ああ、こいつを船に乗せるから、ギルドに加入させるために連れてきた。ハルトラ、このじじいはこれでも、ギルドマスターだ」
目の前の男をギルドマスターだと紹介されて、春虎は慌てて挨拶をした。
「ご挨拶が遅くなってすみません。ボクは、ハルトラ・ツバキです。よろしくお願いします」
「ハルトラだな。儂はフレッドだ。小さいのに挨拶もできるとは、えらいぞ。どこぞの馬鹿船長はものを知らんからな。坊はそうなるなよ」
「じじいは、事あるごとに俺をけなさないと会話が出来ないのかよ!!」
「それじゃぁ、簡単な質問をいくつかするからの。難しい質問はないと思うから、気楽に答えてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
「おい!!無視かよ!!」
フレッドは、ウィリアムの事をいないものとし、春虎に向かって気軽に答えるようにと、話を始めた。
「まず、歳から聞こうかの」
「15歳です」
「「15歳!!」」
春虎の答えに、二人は同時に驚きの声を上げた。
春虎は、周りに実年齢よりも下に見られていた事は、気が付いていたが、ここまで驚かれるとは思っていなかったので、逆に驚き、今まで幾つに見られていたのか気になったので聞いてみた。
「あの、ボクのこと今まで幾つ位に見てたんですか?」
「10歳くらいだな」
「儂もその位だと思ったぞ」
「ははは……」
まさかの答えに春虎は、乾いた笑い声を上げた。
「まぁ、年の割にしっかりしているとは思ったが、15歳なら納得だ」
「15歳なら、船に乗せても問題あるまいて。それじゃぁ、次の質問だが、出身地は?」
「日本です」
「ニホン?聞いたことないの?」
「はい。えっと、とても遠いところのようです」
「そうか。坊は、魔法適性はあるのか?」
「魔法適性ですか?ボクのいたところには、魔法が無かったので、適性はないと思います」
「なるほど、後で適性を調べるでの。次の質問が最後だ。オイシイリンゴノパイノミセヲシッテイルカ?」
最後の質問と言ったフレッドは、フランス語に非常によく似た、しかし微妙な訛りのある言葉で質問してきた。
春虎は、この質問にどう答えるべきか一瞬悩み、素直にフランス語で返すことにした。
「ココニキタノハ、ハジメテナノデ、オイシイオミセハ、ワカリマセン」
質問をしておきながら、答えが返ってくるとは思っていなかったフレッドは驚いた表情で春虎にいった。
「ははは!!これは、凄い逸材じゃ。多少、発音に違和感はあるが間違いなく、ラジタリウス王国語じゃ」
「ラジタリウス王国語?」
「何じゃ、自分が喋った言葉がどこの言葉か知らんのか?」
「えっと、ボクのしゃべった言葉はフランス語と言うんですが?今のはフランス語ではないのですか?」
「多少の、言い回しの違いはあったが、ラジタリウス王国語じゃった。不思議なもんじゃ」
「ふ~ん。まぁ、どこの言葉でも、通じれば問題ないんじゃないのか?」
「まぁ、そうではあるが……」
「世界は広いってことだ。悩んでも仕方ない。悩むと禿げるぞ」
「儂は禿げとらんわい!!」
不思議なことに、フランス語とよく似た言葉を話す国があるということだった。もしかすると、他にも元の世界と似た言葉の話す国があるのかもしれないと春虎は考えた。
しかし、たとえ同じ言葉を話す国があったとしても、元の世界とは別の国と言うことであれば、考えてもしかたがないと考えていると、フレッドが話しかけてきた。
「他国の言葉が分かるのであれば、私掠船乗りになるよりも役所やギルドで働いた方が安定した生活が出来るぞい?」
一生ここで暮らすのであれば、その選択肢もあっただろう。しかし、春虎は、元の世界に帰ることを第一としていたので、折角の提案ではあったが、断ることにした。
「いえ、ボクは船長の船に乗せてもらって願いが叶う宝珠を見つけたいんです」
「そうか。まぁ、気が変わったらいつでもきな」
「はい。ありがとうございます」
「いいさ、いいさ。それじゃ、魔法適性の検査をするかの。準備をするからちと、待ってくれ」
そう言って、フレッドは検査に必要な道具を取りに部屋を出ていった。