第三話 ゴールデン・ウルフ
ゴールデン・ウルフの船長と名乗った青年はニカリと春虎に笑いかけた。
「俺の自己紹介はすんだことだし、今度は少年の名前を教えてくれないか?」
海賊船でもそうだったが、何故か今回も男の子だと間違えられた。しかし、春虎は訂正するのが面倒だったので、性別については何も言わないことにした。
「春虎です」
「ハル・トラか。珍しいファミリーネームだな」
「違います。ファミリーネームは椿です。ファーストネームが春虎です」
「ハルトラ・ツバキだな」
「はい」
「それにしても、随分汚れちまってるな。水は貴重だから仕方ないとしても、もう少し身ぎれいにしないと女の子にもてないぞ」
(別に、もてなくてもいいし。それに、本当は忍術で綺麗にできたけど、あまりきれいだと不自然だし、船の乗員に合わせた汚れレベルだし……)
「別に……。もてたくないし」
「くくくっ、そうだ。ハルトラは俺の船に来い。喜べ、シャワーが使えるぞ」
「いえ、水は貴重なものだと理解しているので、港まで我慢します」
「子供が遠慮するもんじゃない。それに、俺の船は最新の魔道技術が採用されているから問題ないぞ」
「マドウギジュツ?」
(変だな、一部意味が分からない言葉が……。魔道技術?って聞こえたような気がしなくもないんだけど)
「なんだ?少年は魔道技術に疎いのか?」
「えっと、ボクの住んでいた所にはなかったので知らないです」
「へぇ、随分田舎から来たんだな」
「……」
「それなら、尚更俺の船に乗れ。俺が魔道技術についていろいろ教えてやるよ」
こうして、春虎はゴールデン・ウルフで保護されることになった。
◆◇◆◇
海賊船から、ゴールデン・ウルフに乗り換えて最初に船の案内をされた時に、魔道技術についてウィリアムから聞かされた。
簡単に言うと、その名の通り魔術を使って、水や火などの生活に必要な物を出しているというのだ。
そのことを聞いて、タイムスリップではなく別の世界に来たことが分かった。
なんと、この世界は魔法がある世界だというのだ。
ただし、誰でも魔法が使えるわけではないらしく、魔法が使えない人たちのために、魔道技術が発展し、それを使って生活をしているというのだ。
元の世界で言うところの科学のようなものだと春虎は考え、すぐに順応していった。
船を乗り換えてから、数日はお客様扱いされていたが、ただ乗せてもらうのは悪いと、手伝いを名乗りでいたところ、食事係をすることになった。
本来船のコックを務めていた人物がいたが、歳を理由に船を下りてしまい、現在は乗組員全員で当番制にしていたそうだが、全員が調理下手で限界に近付いていたところだったという。
ゴールデン・ウルフは、魔道技術のお陰で、船内で火を使った料理を作ることが出来た。
詳しい仕組みは分からないが、火の術式を使ったもので、実際に火が出るわけではないので、船内での調理に使えるという訳だ。
元の世界で言うところのIHコンロのようなものだ。
最初に、ウィリアムに何か仕事をしたいといった時に、料理が出来るか訊かれて、「多少は……」と答えたところ、試しに作ってみるように言われて、キッチンにある材料からジャガイモのスープとグラタンとパンを提供したところ、乗組員全員に「毎日お前の料理が食いたい!!」と、涙ながらに迫られたので、快く引き受けるにいたったのだ。
それからは、キッチンが春虎の居場所となった。
ただし、いつも誰かしらキッチンにつまみ食い、改め手伝いに誰かしらがいる状態だった。
そして、一番入り浸っているのが、この船の船長だったりする。
「船長、お仕事はいいんですか?」
「大丈夫。ユーリがやってくれてる」
「はぁ、それなら他にすることは?」
「ある!!」
「なら、することをきちんとしてください」
「おお。それじゃ、あー」
そう言って、ウィリアムは春虎に向かって口を大きく開けた状態で、何かを待つように目を瞑った。
「……」
「あーーーー」
無視をしていると、さらに口を大きく開けた。
「はぁ、なんですか?」
「だから、あーんだよ。俺のすることは、味見だ!!だから、その美味しそうな匂いのする丸い形状のものを口に入れてくれ」
「分かりました。ただし、ご飯の時に、その分を減らしますからね」
「えっ!!」
「えっ!!じゃ、ありません。人数分しか作っていないので当然です」
「ハルトラ君、俺はこの船の船長です」
「そうですね」
「そうです。なので、俺に多くください!!」
「ダメです。食事は全員平等にです」
そんな、いつものやりとりをしていると、キッチンに掛け込んで来るものがあった。
「船長!!奴ら地図を持っていたようです。それで、副船長がそのことで話したいって……。はぁ。またですか……」
そう言って、春虎を構うウィリアムを残念な人を見る目でみた乗組員は、話は伝えたとばかりにその場を去っていった。
春虎は、地図という言葉が気になったので聞いてみることにした。
「船長、地図って?」
「ああ、これは宝の地図の可能性を秘めた地図だ」
「宝の地図?」
「そう。俺達の本業は宝探しなんだよ。たまに国の依頼で動くが、基本は宝の地図を探して、地図が見つかったら、その場所に行ってみるんだ」
「へぇ」
「おいおい、少年。宝探しは男の浪漫だろ?」
「はぁ」
「まぁ、いいさ」
そう言って、ウィリアムはキッチンを出て行った。残された春虎は、宝探しよりもどのようにして元の世界に戻るのかのほうが重要だった。
しかし、元の世界に戻るも何も、こちらの世界に来てしまった原因すら分からないのだから、調べようもなかった。
そうするうちに、港まで一日の距離まで来たタイミングで転機が訪れた。
次の日の昼には港に着くということで、材料を気にせず料理をしてもいいということになり、春虎は大いに腕を振った。
その日の食事は宴会となり、その時にウィリアムが今回見つかった地図について乗組員たちと熱く語り合っていた。
ワインを飲み全員が口が緩くなっていたこともあってか、全員が饒舌になっていた。
「船長~、今回こそ願いの叶う宝珠だといいっすね~」
「そうだなぁ、でも見つかっても何を願えばいいのか、思い付かねえ」
「船長は無欲っすね~。俺なら……、俺も思い浮かばねぇっすわ」
「ぶはっ!!お前も無欲だな!」
「でも、何でも叶うなんてどんな魔法が掛かってるんっすかね~」
「うむ。精霊とかか?」
「妖精とかっすかね!!」
酔っ払い達の話を、なんとなく聞いていた春虎は、「願いの叶う」という、言葉に思い付いた。その願いを、元の世界に戻る事に使えないかと。この世界は魔法があるのだから、元の世界に戻る魔法もあるのではないかと。
「船長……」
「何だ?」
「あっ、あの。厚かましいのは承知ですが、お願いが……」
「ん?お願い?言ってみろ」
「その、さっき話していた願いの叶う話です」
「おっ、少年も宝に興味が出てきたか?」
「はい。もし、船長に叶えたい願いが無いのでしたら、ボクにその権利を譲ってください」
「ふむ。少年は何か叶えたい願いがあるのか?」
願いを叶える権利を譲って欲しいといった春虎に、ウィリアムは思いの外真剣な表情で、聞き返してきた。
「故郷に帰りたいんです」
「故郷に?」
「はい。ボクは、気が付いたら無人島に流れ着いていて、実はここがどこなのかすら分からないんです。なので、その願いを叶えるという力を故郷に帰ることに使わせて欲しいんです」
「気が付いたら、無人島ねぇ」
「はい。海に落ちたことは確かなんですが……」
「ちなみに、お前の故郷はなんて言うんだ?」
「日本です」
「聞いたことないな。まぁ、お前がこことは別の遠い所から来たのはなんとなくだがわかる」
「信じてくれるんですか!」
「今のところは、半信半疑な。でも、魔道技術を知らないとなると、世界の果てから来たと言われてもなんとなく納得はするかな?」
「半分でも信じてもらえただけで今は十分です。それで、権利は!」
「それは、保留だ」
「保留?」
「そう、願いを叶える権利があるのは、うちのクルーだけだからな」
「!!」
ウィリアムに言われて、春虎ははっとした。確かに、何の苦労もせずに宝だけかすめるなんて、海賊にも劣る行為だ。
そこで春虎は、さらなるお願いをウィリアム言った。
「すみませんでした。改めて、お願いします。ボクをこの船に乗せてください」