第二十七話 うっかりのうっかり
「すまなかった」
そう言って、レオールは春虎、ウィリアム、ユリウスの三人に頭を下げた。
レオールの謝罪に対してウィリアムは顔をしかめながらもそれを受け入れた。
「ふん。それじゃ、さっさとこの仕事を終わらせて、次の航海に行こう」
「もう、船長ってば。それで、これからどうすればいいんですか?」
「ああ、そのことなんだが、借りた施設で長距離通信は出来たのだが、うちの施設の方が低スペック過ぎて、返事を聞くことが出来なかった」
「どういうことだ?」
「本国に通信は届いたのだが、返事がノイズだらけで聞きとることが出来なかった。辛うじて聞き取れたことは、使者を送るというものだった。本国からの使者を待つ間、本来の仕事である交渉をしつつ、彼との交流を図るという方針に決まった。彼の遭遇は、使者の持ってくる返事待ちだ」
「ハルの通訳の仕事は結構かかりそうだな」
「すまないが、力を貸してもらう。ところで、こちらの船に現れた方は?」
「それなら―――」
「その人は、今ここにはいません。俺達もその人の事はよく知らないんです」
ウィリアムが答えようとしたが、ユリウスが遮るうようにして答えた。
そのことに、ウィリアムが何か言おうとしたが、ユリウスがレオールに聞こえないくらいの小声で説明した。
「あれが、ハル坊だと分かったら何かと面倒な事になる可能性があるから、黙っておけ。恐らく、あの場にいたもの全員が同じ考えだと思うが、念のため提督に話は通しておく」
「おぉう。分かった」
「ハル坊もそのつもりでな」
「分かりました」
話が付いたところで、ユリウスは今まで見ないようにしていた盛り上がりについて聞いた。
「あぁ、そのだな。通訳の相手はもしかしなくてもアレか?」
ユリウスの指差した盛り上がりをちらっと見た後に、ため息をついてからレオールは困り顔で言った。
「そうだ。この部屋に通して直ぐに、あの状態になった」
「そうか……。ハル坊、頼めるか?」
「分かりました。とりあえず、ここは安全なところだと分かってもらえるように力を尽くします」
そう言ってから、盛り上がったベッドの側に行き、出来るだけ優しい声を心がけて日本語で話しかけた。
『こんにちは、ボクは―――』
『日本語だーーーー!!』
春虎が、話しかけるとそれを遮るようにして一人の青年がベッドから飛び出して春虎に抱きつこうとした。
しかし、春虎は反射的にそれをかわしてしまい、青年は床に顔からダイブした。
『すみません。思わずよけてしまいました。大丈夫ですか?』
謝罪しつつ、屈んで青年を覗きこむようにして話しかけた。
青年は、床に這いつくばるような格好で、春虎を見つめ言った。
『おぉう。美少女が俺を心配してくれている。ここは天国か?』
『えっと、ここは天国ではないです。イグニス王国という日本とは違う世界にある国の王宮の一室です』
『マジか!!やっぱりここは異世界なのか!やべぇ、ラノベの王道展開キターー!!でっ、俺達で魔王を倒すのか?』
『えっと、魔王はいません』
『そっか、俺の使命は?』
『使命もありません』
『マジか……。じゃぁ、船の上で言われたうっかりでここに呼ばれたっていう……』
『そうです』
『はぁあ、俺の輝かしい異世界ライフが~』
『あの、元の世界に帰りたくはないんですか?』
『う~ん、帰りたいとは思うけど、日本にはない魔法があったり、俺TUEEEしたりってあこがれるだろ?』
『別に思わないです』
『そっか。で、美少女ちゃんのお名前は?』
『その前に、美少女ちゃんってなんですか……』
『えっ、目の前のちょっとボーイッシュな美少女をそう呼んだだけだけど』
『ボクが美少女に見えるんですか?』
『ボクっ子いいね!!ってか、君って女の子でしょ?』
青年の話しを聞いて春虎はあることを思い出した。
無人島について、誰もいないことから変化の術と認識疎外の術を解いたことを。そして、海賊船やゴールデン・ウルフでは全員が髪型から男の子だと思われたことで、現在進行形で素顔のままなことを。
そのことを思い出し、迂闊な自分に頭を抱えてその場に蹲った。
(ああああ!!油断してた!!こっちの人は、髪型で男の子判定してくれてたけど、日本じゃそんなことないってこと。しかも、今まで男の子だと勘違いされていたこともあったし、いろいろ慣れるのに必死で素顔晒していることを今まで普通に忘れてたよ。素顔を家族以外に晒すのって、いつぶり?ああ、もう!!髪のこととかも普通に受け入れられて、すっかり忘れてた!!どうする、今からそれとなく、認識疎外の……、いやいやそれって無駄だよね。もう素顔晒してるし、手遅れだよ。じゃぁ、全員の記憶を消す?それこそ無理。ああああ、やってしまった!!えっ、素顔晒して今まで生活してたの?なんだか急に恥ずかしくなってきたかも……)
急に頭を抱えて蹲った春虎の葛藤を知らない、ウィリアム達は青年が何かしたのかと勘違いし、急激に部屋の温度が下がって行った。
葛藤から何とか自分を取り戻した春虎は、部屋の空気が殺気だっていることに気が付き、慌てて顔を上げた。
その途端、ウィリアムとばっちりと目があってしまったのだ。
春虎は、急に素顔を晒していることが恥ずかしくなり真っ赤な顔で思わず口走ってしまったのだった。
「むぅ。船長……、こっちを見ないで下さい。恥ずかしくて死んじゃいます」
ウィリアムは、真っ赤な顔をした春虎の何気ないその言葉に萌え死ぬとはこの事かと、思いつつもさらに凝視することをやめることが出来なかった。




