第二十二話 緊急事態
願いの叶う宝珠が見つかるどころか、呪いの腕輪を得てしまったゴールデン・ウルフの一行は、補給の必要もあったため、一旦港街、サングリッドに戻ることになった。
元来た航路を来た時と同じく、二週間かけて航行する。
その間、ウィリアムの呪いはというと、ウィリアムの気持ちに気が付いているものが見れば分かる位じわじわと進行していた。
失恋の呪い、それは思い人と微妙にすれ違ったり、何かと邪魔が入ったりと些細なことだったが、自分の想いに気が付いたウィリアムにとっては、春虎の側にいられないことや、折角側にいられても邪魔が入ったりと、ままならない日々が続いたのだった。
ある時は、仕事を片づけて春虎に会いに行くと、他のクルーと楽しそうに話しながら下ごしらえをしていたり、味見と称してあーんしてもらおうとしたら、天候のせいで船が揺れて、口に入る前に床に落ちてしまったりとウィリアムは、呪いが掛かる前と違って、春虎とのスキンシップが上手く行かなくなったことに心の底から、腕輪の呪いを嘆いた。
そんなウィリアムを他所に、あと二日ほどで港に着くというタイミングでそれは起こった。
「船長!緊急通信です!!」
「内容は!」
魔道通信の圏内に入ったとたんの出来事だった。通信士のクルーが声を上げた。
「秘匿通信です。内容を読みあげます!『ラジタリウスのものと思われる艦隊が領海ギリギリのところで停泊中、現在は特に動きはないが防衛行動に入る。領海内にいる私掠船は至急防衛に参加するように』とのことです」
「分かった、速度を上げる。急げば今日中に防衛行動に入れるな。しかし、長引くようだと、食料の問題が出てくるな。まぁ、それは合流してから考えるか」
こうして、ゴールデン・ウルフは進路を変えて進むこととなった。
その日の夕暮前には、防衛中の艦隊と合流することが出来た。
ウィリアムとユリウスは、状況確認のため旗艦に向かった。
船に残った、春虎はとりあえず自分に出来ることをしようと、食事の準備を進めていた。
すると、不安げな顔をしたエルムがキッチンにやってきた。
「ハルハル~、これってラジタリウスの奴らとの海戦になる可能性大っすよね?」
「う~ん。どうだろう?それよりも、食事が出来るうちに食べちゃった方がいいと思うよ?」
「分かったっす。みんなに、食堂に来るように言ってくるっすね」
「ありがとう。お願いするね」
エルムは、春虎がゴールデン・ウルフに入る半年前に入った新人水夫で、歳も近いことからクルーの中でも特に親しくなっていた。
春虎的には、手のかかる弟の様と思っているが、エルム的には、春虎のことをよく出来た弟と思っている節があった。
食事が終わっても、ウィリアム達は戻ってこなかった。
全員が、今後のことに考えを巡らせていると、ラジタリウスの船の方から爆発音が聞こえてきた。
全員が甲板に出て、外の様子を見た。
すると、ラジタリウスの艦隊が火に包まれていたのだ。
しかし、見張りをしていたクルーの話によると、こちらが何かした訳ではなく、向こうの方で勝手に火の手が上がったということだった。
現在の状況が分からずにいたクルー達を落ち着かせるためか、バルドが旗艦に確認を取ると言って、通信士のクルーを連れて船の中に戻って行った。
その間も、ラジタリウスの船は燃え続けていた。
しばらくすると、バルドが戻ってきてクルーに魔道通信で聞いたことを話した。
「旗艦でも状況は掴めていないみたいだ。今、ラジタリウスの旗艦に通信を試しているそうだが、全く応答がないそうだ。俺達は、このまま待機だ」
そう言って、甲板にいるクルーに持ち場に戻るように言った。
春虎は、キッチンに戻ったはいいが向こうの船が気になった。
キッチンに戻る前に見た時も、火は消えることはなくますます強まっていたように感じた。
(なんで、火を消さないの?もしかして、火を消すどころじゃない何かが起こっている?)
どうしても向こうの船の様子が気になって仕方がなかった春虎は、決心した。
(向こうに行って様子を見て来よう。虫の知らせというのか、なんだかあのままにしておいてはいけないような気がする)
影の中から、忍び装束と忍具を取り出し準備をする。本当は、支給されている方の装束を着たかったが、生憎そっちは影の中に入っていなかった。
忍び装束は、弥生特性のため、特殊な生地で作られている。そのため、火や水に強くある程度の刃も防ぐ代物で他の上忍が来ている装束よりもはるかに高性能な物だった。
ただし、春虎はこれを着たのは、貰った日にせがまれてきた一回のみだった。
危険な任務でも、支給されている方の装束を着ていた。
なぜなら、弥生のデザインした装束なので普通のものとはまったく違っていたのだ。
弥生曰く、「はるこの可愛さが際立つデザインにした」と満足げに語った曰くつきのものなのだ。
性能は確かに良いものなのだが、春虎は恥ずかしくて着たくないという理由から着ることを避けていたのだ。
しかし、今回赴く場所は全く情報がなく、その上火が付いている場所なのだ。
普通の服で行ってもいいと思ったが、身を守ることを優先し恥ずかしさは二の次と考え、仕方なく着ることにしたのだった。
春虎は、手早く曰くつきの忍び装束を身にまとって、忍具も装備した。
その姿は、紺色の上衣は肩と背中が剥き出しの状態だった。袴も同じく紺色だったが、内側に大きくスリットが入っていて、内腿が見える様なデザインだった。
通常は、袴の中に上衣の裾を入れるが、袴をはいた上に上衣をきて、帯で腰を縛るような着方をしていた。
そうでないと、下着が丸見えになるからだ。ただし、それを防ぐために、スパッツを着用しているが、それも出来るだけ見えないようにする為に、上衣を上に着るようにしていた。
袴の裾を脚絆にしまい、手には手甲を付けた。
首を守るように、忍び装束と同じ生地を使った黒い布を巻いた。布は長く、剥き出しの背中が隠れるほどだった。
上忍になった時に、専用の装束だと弥生からもらった時は、無言で返却したのだが、すがりつきながら、「これは凄くいい装束なんだよ!!それに、はるこに似合うように頑張ってデザインしたんだよ!!それに、はるこの腕前なら背中とか肩が出てても大丈夫だよ!!可愛いし!!これを着て任務をしてくれないと、もう仕事なんてしないから!!」と、脅されて仕方なく受け取ったのだが、あまりに恥ずかしい恰好に、「大切にしたいから、必要になった時にだけ着るよ」と苦しい言い訳をして、貰った物は影の中に放っておいて、実際は、支給されているものを着ていたのだった。
準備の整った春虎は、何も言わずに行動することでゴールデン・ウルフに迷惑が掛かってしまうことを避けるため、ウィリアムに報告だけはしてから向かうことに決めて、まずは旗艦に向かったのだった。




