第二十話 腕輪
浮島に着いた春虎は、そっとウィリアムを地面に下ろした。
そして、地面に座り込んでぼんやりしているウィリアムに声を掛けた。
「船長?大丈夫でしたか?もしかして、水掛かっちゃいましたか?」
声を掛けられたウィリアムは、慌てて否定した。
「大丈夫!!何も問題ないから!!」
「本当ですか?でも、顔が赤いですよ?上着お返しした方が―――」
「本当に大丈夫!!それじゃ、祠の扉を開けよう!!」
無理やり話を逸らして、扉に鍵を挿したウィリアムだった。
カチっと音を立てて扉は開いた。そこにあったのは、残念ながら願いの叶う宝珠ではなかった。
中にあったのは、銀色に輝く腕輪だった。その腕輪はシンプルながらも凝った意匠が施されていた。
ウィリアムがその腕輪を手に取り観察していると、ユリウスが扉の内側に文字が書かれていることに気が付いた。
「おい、これを見ろ」
そう言って、開いた扉の内側を指差した。しかし、何と書かれているのかユリウスは読むことが出来なかった。
「俺の知らない文字だ。ハル坊は分かるか?」
「いえ、ボクも見たことない文字です」
「これは、お手上げか?おっと」
文字を見ながら、文字を読めないと一同が諦めかけた時、ウィリアムは持っていた腕輪を取り落としそうになり慌ててキャッチしたが、キャッチした時に偶然腕にはめてしまったのだ。
すると、腕輪はウィリアムの手首のサイズに合うように輪が縮まったのだ。
ウィリアムは驚いて、二人に腕輪の事を言おうとしたが、扉の文字が目に入った。
不思議なことに、先ほどまでは読めなかった文字が読めるようになっていたのだった。
「読める……」
「なんだって?」
「いや~、腕をを落としそうになって、慌てて受け止めたらこうなった。そしたら読めるようになった」
そう言って、手首にピッタリのサイズになった腕輪を見せるため、腕を二人に見せた。
「はぁ。ウィル。お前ってやつは……。まぁいい。で、なんて書いてある?」
呆れた表情のユリウスではあるが、文字が読めるなら何でもいいといった様子で、書かれている内容を読むよう言った。
「えっと、『この文字が読めるということは、お前は腕輪をはめた間抜けだな。最高だな。普通は、効果とか分かってから装備するものだが、アホの子はどこにでも存在するんだな。』おい、なんか凄く失礼なことが書かれているぞ。」
「いや、うっかりで、どんな効果があるのかわからない物を付ける者は、アホの子で十分だ。それよりも、続きを読め」
「ユーリ、それは酷いぞ。今回のは事故だったんだ。進んではめたんじゃないから」
「はいはい」
「もういいです。大人しく読みます。『おっと、話が逸れた。ここからが本題。その腕輪は、妖精の輪の模倣品の出来そこないさ。本来の力はないけど、妖精言語を理解できるようになるすぐれものだ。ただし、副作用が―――』……」
そこまで読んだウィリアムは、青い顔をして固まった。
何が書いてあったのか気になりつつも、ウィリアムの様子が心配になった二人は無言で様子を伺った。
すると、掠れた声でウィリアムは言った。
「『副作用があって、腕輪を付けた人間は必ず今の恋が失恋に終わる。でも、現在好きな人がいなければ、副作用は発動しないし、腕輪を付けてからの恋愛も同様。副作用は現在進行形の恋愛だけだよ。それと、この腕輪は、他の妖精の輪の模造品の共鳴効果が無いと外れないよ。もし、腕輪をしている人間がいたら可愛そうな気もするから、地図を置いておくね。君の恋愛を応援しているよ。頑張ってその恋を成就させてね』……。終わった。始まる前に何もかもが終わってしまった……」
ウィリアムは、副作用の効果を読んだ時に春虎の事が頭に浮かんだ。そして、いままで感じていたもやもやが春虎を好きという気持ちということに、失恋の呪いが掛かってから気が付いたのだ。
(ハルのこと好きだと気が付いた途端にこれか……。でも、男同士だし、恋愛も何もないよな。ははは、はぁ……。この腕輪が無くても、失恋は決まってたさ。何も嘆くことはない……)
そんなことを考えながら、春虎の笑顔や、困り顔、嬉しそうな顔、寝顔、真剣な顔、といった今まで見たいろいろな表情、料理をする姿、美味しそうにケーキを食べる姿、贈り物を喜ぶ姿、恰好良く戦う姿、自分よりも大きな男を腕に抱えるその横顔。今までに見た、さまざまな春虎を思い出し、ウィリアムの胸の中はいっぱいになった。
すると、今まで静かに見守っていた春虎が声を掛けてきた。
「探しましょう!!船長の、恋が成就するようにボク応援します!!だから、諦めないで下さい」
「ハル……、でも無理だよ。この副作用の呪いが解けても俺のこの思いは……」
「船長……」
(船長……、まさか、人妻とかに恋を?いや、それなら、お互いに好きなら相手の女性には旦那さんと別れてもらって……。って、これくらいは考えるよね。そうなると、身分的に難しい人?っ!!もしかして、女王陛下?想っても届かない人を前にするのが嫌で、女王陛下が苦手な振りで誤魔化しているんだきっと!!こっちの世界だと、身分違いの恋愛ってどうなるんだろう?でも、船長はいい人だし陛下もきっと好きになるはず)
一瞬のうちに、自分の中で答えを出した春虎は再度ウィリアムに言った。
「この世界に、届かない想いなんでないです。きっと船長の思いも相手の方に届きます。だから、何もしないうちに諦めないで下さい。探しましょう、腕輪の呪いを解くための呪いの腕輪を!!」
「ハル……。ありがとう。俺、この呪いが解けたら想いを伝えるよ」
「はい!!」
いつの間にか、腕輪は呪いの腕輪となっていた。しかし、副作用的に呪いの腕輪といっても間違いではなかったので、ユリウスはそこには突っ込まずに話しをまとめた。
「それじゃ、次の目的は呪いの腕輪探しってことで良いか?」
「ああ、頼んだ」
「はい」
「それで、地図はどこにあるんだ?」
そして、三人は思いだした。中には腕輪しかなかったことを。
ウィリアムは、絶望し叫びながら祠の扉、正確には『地図を置いておく』と書かれた文面を殴りつけた。
「ちくしょう!!!地図なんてないじゃないかーーー!!!」




