第十九話 鍵と扉
鉄の扉の先には、神秘的な地底湖が広がっていた。
なんとその地底湖は、美しく光り輝いていたのだ。
「綺麗だな」
「ああ、これほどの物を見るのは初めてかもな」
あまりにも美しい光景にその場にいた者は全員が見とれていた。どの位そうしていただろうか、春虎の小さなくしゃみで全員が我に返った。
「っくし」
「ハル、大丈夫か?」
「はい、ちょっと冷えただけです」
地下は、地上よりも気温が低かったのだ。そのことに今更ながらに気が付いたウィリアムは、自分の上着を脱いで春虎に着るように言った。
「これ、着てろ」
「えっ、でも船長が冷えちゃいますよ。ボクは大丈夫ですから」
「いや、俺は結構着てるから大丈夫だ。それに、お前に風邪をひかれる方が大変だからな」
「たしかに、船内で風邪が流行ったら大変ですもんね。それに食事のこととかもありますもんね。すみません、お借りします」
「いや、別にそう言うことじゃ」
「船長、ありがとうございます。とっても温かいです」
「おっ、おおう。それなら、いい」
ウィリアムの上着は、ハルトラには大きすぎて前のボタンを閉めるとぶかぶかのワンピースでも着ているかのようないでたちに見えなくもない。
「ぶかぶかだぁ~」、といいつつ何度も袖を折る姿がウィリアムの心の柔らかいところを刺激した。
そんなところに、笑顔でのお礼がとどめとなった。
(俺の上着……、ぶかぶか。かわいい。す、す?俺は今、いったい何を考えた?)
一人、悶々としているウィリアムを放って、ユリウスは周辺の調査を指示した。
ウィリアムが我に返るころには、あらかたの調査は完了していた。
発見したのは2つ。
一つは、地底湖の側にあった小さな祠。そこには、何かの鍵が納められていた。
もう一つは、地底湖の中央にある直径二メートルほどの小さな浮島。
しかし、浮島までは距離があり、この寒い中泳いでいくしかたどり着く方法がなかった。
近くには、船もなくユリウスはどうしたものか考えていた。
すると、春虎が何でもないことのように提案した。
「あの、浮島にいく方法で提案が……」
「おっ?何かあるか?船もないし、この寒さの中、寒中水泳は出来れば避けたい」
「走っていけばいいと思いますよ?」
「はしる?」
「はい。こう、右足が沈む前に左足を出して、左足が沈む前に右足を出す。これを素早く繰り返せば、直ぐに到着です」
そう言って、「こうですよ!!」と、春虎はその場で足踏みをして見本を見せた。そして、いい案でしょう?とでも言うように笑顔で言った。
「とっても簡単です」
「いやいやいやいや、普通に無理だから!!」
「う~ん、それじゃぁ、ボク一人で行ってきますね?」
「えっ?おい!!」
そう言うや否や、春虎は浮島に向かって走り出した。
そう、水の上を本当に走って行ってしまったのだ。
ユリウスや、他のクルーはその姿に唖然とした。
―――人って、水の上走れたんだな
春虎はあっという間に浮島にたどり着いた。
そして、浮島を見回した後に、再度水の上を走って戻ってきた。
息一つ乱さずに戻ってきた春虎は言った。
「浮島にも小さな祠がありました。そこに扉が付いていました。恐らく、先ほど見つけた鍵で開けられるようになってるみたいです」
「なるほど、今度は俺も一緒に行く。ハル坊は先に行って待ってろ」
「はい。でも、さっき走るのは無理って?」
「ああ、俺は仕方ないから泳いで渡る。何があるかわからないから、一人で鍵を開けさせるわけにはいかない」
「そうですか」
そう言ってから、春虎はユリウスの全身を観察した後に、言った。
「ちょっと、重そうだけど持てないことはなさそうですね。よし、それじゃ失礼しますね」
そう言って、ユリウスの背中に手を添えて、膝裏に腕を通して身体全体を持ち上げた。
そう、所謂お姫様的な抱っこである。
ユリウスも含め、その場にいた全員が声を失くした。
小さな春虎が、自分よりもがたいのいい男を簡単に抱えてしまったのだ。
「副船長、いきますよ。しっかり掴まっててくださいね」
「えっ?ちょっ!!!」
そう言って、あっという間に浮島に走って行ってしまった。
これには、我に返っていたウィリアムも流石に叫び声を上げた。
「ちょっ!!ハルーーーーーーー!!!!何でユーリなんだ!!」
「「「「そっちかよ!!!!」」」」
浮島に着いて、そっと地面に下ろされたユリウスはへたり込んで両手で顔を覆った。
(こんな小さい子供におっ、お姫さま抱っこされてしまった……)
精神的ダメージを負ったユリウスを心配するように、春虎は声を掛けた。
「副船長ごめんなさい。驚かせてしまいましたよね」
「いっ、いやそうじゃない。いや、そうなのか?すまない、少し時間をくれ」
「分かりました。それじゃぁ、船長も連れてきますね」
「えっ?ちょっ!!!」
そう言って、春虎はあっという間に向こうに行ってしまった。
そして、戻ってきた時には真っ赤な顔をしたウィリアムを抱えて戻ってきたのだった。




