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第一二話 買い物

 数時間後、ウィリアムとユリウスが待っていた一室に現れた春虎は、憔悴しきった声で戻ったことを伝えた。


「ただいま戻りました……」

「えっと、大丈夫か?凄く疲れた顔をしているが?」

「何も言わないで下さい……」

「そうか……」


 心配をして声を掛けてくるウィリアムには悪いと思いつつも、これ以上心の傷を広げたくないと思い、言葉少なく返した。

 何があったのか心配しつつも、春虎の心情を考え別の話題を振ることにしたユリウスは、いつもよりも優しい声音で話しかけた。


「そうだ、お前を待っている間に話していたんだが、三日で準備を整えて、地図の島に向かうことになったから、明日から忙しくなるぞ」


 ユリウスの言葉を聞いて春虎は、表情を明るくした。その表情を見て安心したユリウスは、無意識に春虎の頭を撫でて、優しい表情をした。

 春虎は、ユリウスの気遣いに気が付き感謝の気持ちを込めて、返事をした。


「はい!」


 そんな、二人の何気ないやり取りを見ていたウィリアムは何故か胸がもやもやとした。


(なんだ?腹でも減ったからか?なんかもやもやするな……。確か前にもこんなことがあったような?どうしたんだ俺は?)


 そんなことを考えつつ、城を後にした。



 ◆◇◆◇




 次の日、春虎はユリウスに連れられて服屋に来ていた。ただし、ウィリアムも付いて来ていた。ウィリアム曰く、「監督役が必要だろう?」とのことだった。

 ユリウスは、「何に対しての監督だ!」とウィリアムを船に戻そうとしたが、何としても付いていくというウィリアムに負けて一緒に行動することになったのだった。


 服屋に着くと、春虎はサイズの合う安い服を見繕って買い物を終了しようとした。


「副船長、これでいいです」

「これって……」

「何ですか?」

「いや、もうちょっとだな」

「別に、サイズが合っていれば何でもいいですし、別に組み合わせも悪くないと思いますが?」

「ああ、そうなんだが。全部地味すぎじゃないか?」

「?」

「ほら、これとかどうだ?」


 地味目だが、シンプルなシャツとハーフパンツを数組持った春虎は、ユリウスに差し出された色鮮やかな紅い腰布を見比べた。


「組み合わせても問題なさそうですが、別にこれだけで良いです」


 ユリウスは断られてしまった布を元に戻そうとしたが、その布をウィリアムが横から奪って行った。


「ハルトラ、海の男は恰好にも気を使って、常に紳士でいなければならない。なので、もう少しお洒落に気をつかう必要があると俺は思うぞ」


 ウィリアムにそう言われて、彼はいつもお洒落だったなぁ、と春虎は思った。しかし、ユリウスはお洒落というよりは、実用性重視の恰好で、他のクルーに至ってはいつも同じような服装で、お洒落とは言い難い。


「船長……。船で服装に気を使っているのは船長だけだと思います。なので、これだけでボクは十分です」

「だめだ!!」

「どうしたんですか?」

「おい、ウィル?お前変だぞ」

「べっ、別に俺は変じゃない。ということで、これをやる」


 そう言って、春虎に大きめの包みを渡した。そして、春虎が手に持っていた購入予定の服を奪って元の場所に戻し始めた。


「えっ、船長困ります。ボクはそれを買うつもりで―――」

「服は、俺がさっき全部選んでおいた。これからはそれを着ろ。これは、うちの船に入った祝いのプレゼントだ」

「えっ?」

「はぁ?」


 思わぬウィリアムの行動に春虎と、ユリウスは戸惑った声を上げた。

 ユリウスは、ウィリアムに近寄りどういうつもりか問い詰めた。


「おい、今まで新人にこんな事したことないだろう?どういうつもりだ?」

「別に、そういう気分だったんだよ」

「いやいや、ないから。おい、もしかして提督が服を贈ったこと本気で気にしてたのかよ……」

「そ、そんなんじゃないし……」

「はぁ、これはもう、手遅れなのか……」

「なにがだよ」

「いや、まだそうと決まった訳じゃないか」

「だから、何がだよ」

「はぁ」


 二人が言い合っている間、どうしていいのか分からず様子を窺っていた春虎は、おずおずと声を掛けた。


「あの……」

「すまない。それは、日ごろ旨いものを作ってくれる事に対しての、感謝の気持ちだ。受け取ってくれ。見ればわかると思うが、ウィルは見た目だけはいいからな、センスは間違いない」

「でも、食事を作るのは仕事ですし」

「いや、仕事だとしても、お前の料理は旨いからな」

「そうそう、ハルトラの飯は旨い!!一生食いたいと俺は本気で思ってるぞ!!」

「そう言うことで、受け取っておけ」


 春虎は、困惑しつつも二人の、特にウィリアムの勢いに押されて受け取ることにした。

 二人に、仲間だと言ってもらえて嬉しい気持ちが大きく、いつもは押さえている感情が溢れそうになり、受け取った包みをギュッと抱きしめて気持ちを落ち着かせた。

 元の世界では、感情を抑えることは何と言うことはなかったが、こっちに来てからは、ふとしたことで、感情が動いてしまうようになって、春虎は戸惑っていた。


(どうしたんだろう、こっちに来てから直ぐに心が動く。でも、船長達と過ごした時間は短いけど、仲間と思ってくれたり、私の作ったご飯を美味しいと思ってくれることが素直に嬉しい)


 ウィリアムは、包みを大切そうに抱きしめた春虎の姿に、心の底から何かが溢れるのを感じていた。

 その感情がなんなのか、この時のウィリアムには分からなかったが、とても温かい気分で悪い気はしなかった。


 なんやかんやあったものの、無事に服を買うことが出来た三人は、このまま航海のための物資を購入する為、商店街を回ることにした。


 そこで、食材や魔道技術を使用するのに必要な魔道燃料、医療品といった物を購入し、船に届けてもらうように手配をしていった。


 食料以外のことは、全く分からなかった為、春虎はただ二人についていった。

 二人について回っていると、ここが別の世界だと改めて実感した。

 特に、魔道屋と呼ばれる魔道技師の店は不思議な物で溢れていて、いつもは感情を抑えるように努めている春虎ではあったが、興奮を抑えるのに苦労したほどだった。

 中でも、魔道燃料の元になる魔石の数々の美しさに心を惹かれたのだった。

 魔石を興味津々に眺めている春虎に、魔道屋の主人は楽しげにいろいろ教えてくれたのだった。

 主人によると魔石とは、魔力を持った動植物の死骸が結晶化したもので、さらにその結晶化した物を、研磨師が独自の技術で磨き上げた物が最上級の魔宝石と呼ばれるようになると。また、魔道技術の燃料として使用されるのは、動植物の死骸の結晶化した物の方だということを教えてくれた。


 夕暮れ前には、すべての物資の手配を終えたため、ウィリアムの提案で、三人で夕食を食べて帰ることになった。


 向かったのは、二人の行きつけの店だった。

 店内には、同業者と思われる人たちで溢れていた。

 慣れた様子で、席に着いたウィリアム達に、酒を片手に近づいてきた男がいた。


「よう、狼。今日は、ゴツイ嫁以外に、可愛い娘も連れてるんだな」

「あ?」


 からかうように話しかけてきた男に、ウィリアムは春虎が今まで聞いたことのないような低い声を出した。


「おいおい、もう怒ったのかよ?」

「――じゃない」

「は?」

「この子は、娘じゃない」

「は?そっちかよ!」

「ついでに言うが、ユーリは嫁じゃない」

「女房役だろ?」

「嫁じゃないし、娘じゃない。食事の邪魔だ。失せろ」

「この!」

「おい、ジョナサン。いい加減にしておけ。あまり、ウィルを怒らせるな」


 ウィリアムに絡んできた男は、ジョナサンといい事あるごとにウィリアムに突っかかってきていた。

 ゴールデン・ウルフの副船長のユリウスのことをゴツイ嫁と呼び、いつも喧嘩を売ってきていたのだ。

 実は、ジョナサンはドレイクに心酔をしている船乗りの一人で、ドレイクに気にいられているウィリアムとユリウスのことが気にいらないと、いつも突っかかってきていたのだった。

 いつもは、二人で行動しているが、今日は珍しくもう一人、見たことのない美少年を連れていたので、娘とからかったのだが、いつものウィリアムと今日は様子が違った。

 いつもなら、「嫁じゃないし、うるさいからあっちに行け」と、半笑いで返しているところが、今日にいたっては、半切れの状態だった。


「はっ!提督に気にいられているからって、調子に乗りやがって!!」


 そう言って、ジョナサンは拳を振り上げた。

 しかし、その拳はウィリアムに届くことはなかった。

 しかも、その拳を止めたのは、ウィリアムではなかった。

 ジョナサンが拳を振り上げた瞬間に、春虎はついいつもの要人警護の癖で、間に入り、拳を片手で受け流して、その反動を利用して足払いと同時に、ジョナサンを床に転がしたのだった。

 つい、ジョナサンを転がしてしまった春虎は、やってしまったと顔を青くした。

 転がされた、ジョナサンは何故自分が床に寝転がっているのか理解できなかった。

 ウィリアムとユリウスも気が付いた時には、ジョナサンが床に寝転がっていた事に驚き、それをしたのが春虎だとは考えもしなかった。

 その場の凍りついた空気を壊したのは、この空気を発生させた原因の春虎だった。


「ご、ごめんなさい!!お怪我は?痛いところは?」


 春虎の謝罪の言葉で、その場にいた者達は現実に引き戻された。

 ただし、ジョナサンはある意味夢を見ているような気持だった。なぜなら、見たことのない珍しい髪色の美少年が、少し涙目になりながら自分のことを心配しているのだから。


「だっ、だいじょうぶだ……」

「本当ですか?無理はしてませんか?」

「いや、こっちが先に手を出そうとしたんだ。悪いのは俺だ。すまなかった」

「いえ、でも……」


 春虎と、ジョナサンがそんなやり取りをしていると、ユリウスが間に入ってきた。


「はいはい。それじゃ、お互いに謝りあったってことで、これでおしまいだ。注文した物も届いたし、飯にしよう。ジョナサンも、これに懲りたらもう、突っかかって来るなよ。それに、ウィルも落ち着け」


 春虎は、ジョナサンの方を向いていたため、鬼のような形相のウィリアムの顔を見ていなかったが、ユリウスの言葉でウィリアムの表情を見てしまったジョナサンは顔を青くしてその場を去って行った。

 慌てて去っていくジョナサンを不思議に思っていると、ユリウスは、ため息ながらに言った。


「はぁ、無自覚のようだけど、手遅れみたいだ……」

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