カミソリと令嬢②
「そもそも、その若様は本物なの? 秘密サロンに潜入して、あんたのどうしようもない秘密を暴くなんて、ゴシップ記者か余程の暇人でもなきゃ、やってられないと思うんだけど」
「そこは……確証はないけれど。でも、アルダイに王妃がいないことは事実だし、嘘ならもう少しましな嘘をつくと思うのよね。それにあの男、魔術録音を使っていた。魔術記録装置って、確か馬一頭が買えるくらい高価な代物のはずよ。それを用意できるってことは、あの男がそれなりの財力の持ち主だってことになるわ」
「危機感がないわね。侯爵令嬢を国外に誘拐するための壮大な計画かもって考えないの?」
「どんな目的があっても、あの証拠がある限り、私は逆らえないわ。それに……正直なところ、提示された成功報酬が、非常に魅力的だったりする」
「目先の欲に駆られると、痛い目見るぞ」
「背に腹は変えられないもの。コラムの掲載料だけじゃ生活できないし」
「……それについては、悪いと思っているんだけどさ」
人気といえど、たかがコラム。コラムのために少女たちはリリローゼを購入しているわけではない。あくまでメインは甘く可愛らしいファッション情報なのだ。
故に、これまでコラムの著者に支払われてきた報酬は、ちょっとしたお小遣い程度にしかならなかった。
「とにかく、私はアルダイに行って、王妃選定会に参加する。そしてさっさと仕事を終わらせて、そのままアルダイに残ろうと思うの」
「リゼリアには帰らないの?」
「この国にいては、試験勉強すらろくにできないもの」
学穴に篭る、という言葉がある。これは大陸学院の受験勉強に専念しようと1人穴に篭った人物が、勉学に励むあまり時を忘れてしまい、穴から出てきた時には何年も経過していた上に、既に学者並みの知識を得ていたという逸話から生まれたことわざだ。
実際にそんなことが出来るわけないし、ただ穴に篭って勉強するだけで学者になれるのなら苦労はしない。けれど、大陸学院を志す人間はそれぐらいの覚悟でもって受験勉強にあたらなければならないことは事実である。実際、受験生は皆、専門家レベルの知識が要求されるとか、されないとか。
入学試験には筆記試験の他に前もってのレポート提出、面接もあるから、筆記の成績だけで全てが評価されるわけではないけれど、とにかく試験には万全の状態で臨みたい。必要なら、アルダイの穴に篭ってやる。
「そっか……。そうしたら、最悪あんたとは何年も会えなくなるわけだ」
「そうね。だから、コラムも次の号分で最後になるわね」
「は?」
「え?」
何を言っているのだ、と言いたげなブレアを、私も首を傾げて見返す。
噛み合わない空気が数秒流れたあと、先に口を開いたのはブレアだった。
「いやいや、いきなりコラム中止は困るわ。レディ・ローズが消えたら、うちに問い合わせが殺到するわよ」
「適当な理由を書いておけばいいじゃない。レディ・ローズは食中毒で死にました、とか」
「うちの読者はね、“真緑色のふわふわドレスが今っぽい!” なんて書いたら、パセリみたいなドレスを揃って着始めるような、素直で純真な女子ばかりなのよ。レディ・ローズの訃報なんて掲載したら、信奉者たちが蝋燭片手にマルゴット社を取り囲んで追悼式をおっぱじめかねないわ」
本気なのか冗談なのかいまいちわからない調子でブレアは言うが、その目は真剣だった。
「でも私、アルダイに行くのよ? どうやってコラムを継続するつもり?」
「最近は魔獣を使った郵便サービスがあるのよ。それを使えばどうにかなるわ。この前海外へ取材に行ってた先輩とも、それでやり取りしたし。アルダイならそんなに離れていないから、手紙も一週間くらいで届くと思う」
「……そこまでしなきゃだめ? 必要なら、急いで数回分の原稿を用意するけど」
「書き溜めしておくってこと? 絶対だめ。レディ・ローズの恋愛お悩み相談室は、乙女の新鮮な生の声に答えるってところが売りなんだから」
そんな、魚じゃあるまいし。
と思ったけれど、ブレアに駄目と言われては、それ以上食い下がることも出来ない。
ひょんなことから始まってしまった恋愛お悩み相談室。アルダイへ赴く際に、その重責ともオサラバしようと考えていたが、結局断ち切ることは出来なかった。
こうして私は、海を挟んだ異国の地でも、乙女の悩みと向き合う羽目になるのだった。
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4/21短編『勇者様は嘘がつけない』 https://ncode.syosetu.com/n4805fl/ を投稿しました。
こちらはちょっと恋愛しています。お暇な時ご覧いただけると嬉しいです。




