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若様はだからもてない



「ああ、良かった。やっと起きたんですね」


 ジオラさんと女の子に見つめられながら2杯目のハーブティーを口にしていると、リーゼルトがひょっこり姿を現した。

 ふと気になって私は自分の服装を確認する。誰かが着替えさせてくれたのか、旅行用ドレスは見覚えのない麻の寝巻きに変わっていた。


 寝巻き姿にひどい顔。そしてお風呂に入っていない。


 殿方の前に出てはいけない条件TOP3が揃っていたので、私は慌てて布団をかぶり、姿を隠した。


「おや、どうしたんです」


 布団越しに、不思議そうに訊ねる声が聞こえる。信じられないほど察しが悪い!


「どうした、じゃないわよ! いきなり部屋に入ってこないで!」

「しかし」

「そうですよ、若様。乙女の寝所に勝手に入るなんて、なんてでりかしぃがないんでしょう」


 横からジオラさんの援護が入る。声だけで、彼女がぷりぷり可愛らしく怒る様が想像できた。


「女性は家族でもない男性に、そうやすやす寝起きの顔は見せません。後でちゃんとご報告に伺いますから、お部屋の外で待ってなさいな」

「寝起き? はは、私はそんなこと気にしませんよ」


 貴方が気にするかどうかじゃないでしょう! と私が言う前に、ジオラさんが「んまー!」と声を上げた。


「まったく、若様はいくつになっても女心をちっとも分かろうとしないんですから!」

「先生、そんな大げさな」

「そもそも、若様がお嬢さんをちゃーんと気遣っていれば、お嬢さんもここまで疲弊することはなかったんですよ。ファラさんから聞きましたけど、若様たちはリゼリアから高速船に乗ってきたそうですね。あんな常時大嵐みたいに揺れる船に、どうしてお嬢さんみたいなか弱い女の子を乗せたんです?」

「ゆっくり移動するのも時間の無駄かと思って……」

「それでお嬢さんが倒れちゃったら本末転倒でしょう。んもう、折角メリンダ様によく似た綺麗なお顔をしているのに、そう思いやりがないから若様は女の子にモテないんです!」

「……」


 すごい。ジオラさんの怒涛の攻撃に、リーゼルトが言葉を失うのが分かる。

 モテない若様の敗北を目に焼き付けたくて、私は目元だけ布団から出した。


 小さなジオラさんに詰め寄られて、困ったように頭をかくリーゼルトが見える。その姿にいつもの鼻につく余裕はない。彼は私の視線に気がつくと、気まずそうに瞳を揺らした。


「……確かに、私の配慮が足りませんでした。申し訳ございません、レティシア様」

「……許す」


 頷くとリーゼルトはほっと息を吐く。初めて見せた彼の困り顔に、少しだけ胸がすっとした。

 元の顔がいいので、神妙な顔で謝られて少し絆されたのかもしれない。


「それでは出直すとします。また明日、お会いしましょう」


 リーゼルトはそう言って会釈し、気まずさを噛み締めたような顔で去って行く。

 彼の姿が消えたあと、ジオラさんは私の方へと振り返り、「悪い子じゃないんだけどね」と肩をすくめて見せた。


 







 翌朝は日の出と共に目が覚めた。

 私がごそごそと動き出した音を聞きつけたのか、昨日の女の子とは違う女性の使用人が部屋にお湯をたっぷりと運び込み、身繕いを手伝ってくれた。


「本当は浴場にご案内したいのですが、この時間ですと準備ができなくて」


 私の髪を丹念に梳きながら彼女が言う。


「浴場があるの?」

「ええ、それはもう立派なものが。昼過ぎにはご用意できますので、そちらにもご案内しますね」


 彼女は愛想よく笑う。そして仕上げに、私の首筋にローズオイルを垂らしてくれた。





 汗と潮とゲロの臭いを丹念に落としても、まだ朝食の時間には時間がある。身支度を手伝ってくれた使用人から「若様より、屋敷の中はご自由にお使い下さい、と言伝を預かっております」と言われたので、ご自由に探索させてもらうことにした。


 まずは外を目指すことにする。というのも、部屋の窓から森のようなものが見えたからだ。アルダイの王都に森があるというのもおかしな話だし、私が見た限り屋敷の外観は一面ただの壁で、その周囲に木など一本も生えていなかったはず。真相を確かめたい。

 実はこの話は身繕いの際に例の使用人にしていて、私が言うと彼女はクスクス笑い、「では廊下を出て右に進み、階段を1つ降りてすぐにある扉をお通りください」と道順を教えてくれた。あのクスクス笑いもちょっと気になる。

 彼女の言葉通り進むと、朝も早いのに何人かの使用人とすれ違った。皆、異国の客である私に驚くこともなく、静かに一礼して静かに去って行く。……彼らから全く足音がしないと気が付いたのは、3人目の使用人とすれ違った後だった。そう言えばリーゼルトも足音を立てない男だ。妙に気配を消すのも上手いし。この屋敷の人々は、特殊な訓練でも受けているのだろうか。


 扉はすぐに見つかった。部屋の窓と同じで木彫りになっており、切り抜かれた草花の模様から陽の光が漏れている。まるで木枠に、光の紋様が浮かび上がっているように見える。

 シンプルな見た目ながら、手の込んだ扉だ。

 このお屋敷、貴族の家にしては質素かしら、とも思ったけれど、よく見ると各所に細かなこだわりが見える。屋敷の内装を手がけた人はかなりの洒落者と見た。


 当初の目的を忘れてしばらく見事な扉を眺めていたが、そう言えば外を探索するつもりだったと思い出して、扉に手をかける。


 現れた光景は、私の想像と全く違っていた。


 扉の先は屋敷の外ではなく、中庭を囲む回廊へと通じていた。私が見た味気なく無骨な壁の姿はない。


 薄明に染まるオレンジの木々が、風に木の葉を揺らしている。小鳥の鳴き声を乗せて、枝葉がさらさらと涼やかなに奏でる音が耳に心地よい。

 足元には磨かれたような石材が敷き詰められ、木漏れ日を映して輝いている。

 左右を見渡せば真白いアーチを連ねた回廊が長く伸びていて、その随所にはレースの如き見事な彫刻が施されていた。


 私は、すっかり惚けて回廊から中庭へと足を踏み入れる。


 砂漠をさまよっていて、突然緑と水溢れるオアシスを前にしたような。美しさに感嘆するより、驚きの方が勝ってしまってぽかんとするしかない。これがあの、煤けた壁の館の中庭?

 

 よく見ると庭園の随所には長椅子が置かれている。その1つに、リーゼルトが腰かけていた。手には分厚い本がある。白磁のお屋敷の中庭で、朝から優雅に読書する若様。なんて絵になることでしょう。モテないくせに。


 私が近づくと、リーゼルトが顔を上げる。そして少し遠慮がちに笑って、「おはようございます」と言った。


「早いですね。もう体調は問題ありませんか」

「ジオラさんのお陰でもうすっかり良くなったわ。……迷惑をかけたわね」

「いえ、私の配慮が足りないばかりに、貴女には多大な負担をおかけしてしまいました」


 心底申し訳なさそうに、リーゼルトは首を振る。


「……貴女が深窓の令嬢だということを、すっかり失念していた」


 ……は? 今なんて言った?


 応戦体制に入ろうと私は口を開けたが、すぐさまリーゼルトが次の言葉を続ける。


「王妃選定会はもう3日後です。あまり時間がない。今日は朝食後に打ち合わせをしましょう」

「それって、貴方の親戚の子も参加するの?」

「勿論です。彼女、随分とやる気に満ち溢れているようですよ。貴女にも頑張って頂かなければ」

「やる気ねぇ」


 まだ顔も知らない王様と、いじめる予定の哀れなお嬢さんに思いを馳せる。

 全くもって気は進まないけれど、いつの間にか海を越えてここまで来てしまった。夢を掴むためにも、この茶番劇に身を投じるしかない。


 ——しかし。

 ちょっと気になることがある。


「一応聞くけど、貴方はどうして王とその子を結婚させたいの?」

「勿論、政治的有利を得るためです。身内を王の側に据える——それがどれだけの権益を生むか、貴女にも想像がつくでしょう」

「……素朴な疑問なんだけど。貴方が王になるっていう選択肢はなかったの?」

「……」


 予想外の質問だったようで、リーゼルトは言葉が詰まったように沈黙する。


「現アルダイ王って、お若いのでしょう。貴方とそんなに年齢は変わらない気がするんだけれど」

「……私は20。王は21です」


 げっ、この男年上だった。……いや、そんなこと今はいい。

 やはり私の予想は当たっていた。


「そんなに権力が欲しいなら、自分が王様になるのが一番手っ取り早かったんじゃない?嫁に身内を仕込むよりよっぽど好き勝手できるし。前王には子供がいなかったから、五名家のダイウォン家から現王が選ばれたと聞いたけれど……貴方はそのとき、王座を狙わなかったの?」

「狙えたら良かったのですが」


 リーゼルトは苦笑して首を振る。


「生憎、私では現王の才覚に到底及ばず、張り合うことすらできませんでした。ですからこうして、謀略を張り巡らせるしか方法がないのです」

「ふーん、じゃあ王位を狙ったことはあるんだ……」

「どうしたんですか。今日は随分と絡んできますね」

「確認したかっただけよ。私の働きによっては、アルダイの政治バランスが大きく変わってしまうかもしれないし」

「是非そうなって欲しいものです」


 そこで会話を切り上げるように立ち上がり、リーゼルトは肩を払った。緑の葉が一枚、はらりと落ちる。


「さあ、そろそろ朝食の準備ができる頃です。食堂に向かいがてら、屋敷をご案内しましょう」

「そうね、お願いするわ。——貴方はともかく、このお屋敷は素敵ね」

「ありがとうございます。この屋敷は、私の祖母が手を入れたものなんです。そう言って頂けると、きっと彼女も喜びます」


 言って、リーゼルトは少し誇らしげに笑う。その笑顔に、企みの色はない。初めて見る彼の素の顔のような気がした。


 私は、歩きながら嬉しそうに庭について解説を始めるリーゼルトの背中を見る。


 ——この男、言うほど権力に拘りがなさそうに見えるんだけどな。


ここまでご覧頂きありがとうございます。

4/27 勇者様は嘘がつけない https://ncode.syosetu.com/n7587fl/ も最新話投稿しました。

あわせてよろしくお願いします。

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