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2019年

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

作者: 深見アキ

 色とりどりのドレスが、楽隊の奏でる調べによってくるくると回る。


 フロアの中心で手を取り合って踊っているのは、ヒロイン・サクラとこの国の第一王子・エリック。

 このスチルは、確か王子の誕生日パーティーイベントの物で、差分があったはず――と、目の前の光景に既視感を覚えたわたしは、ここがプレイしていた乙女ゲームの世界だということに気付く。


 主人公は男爵令嬢のサクラ。

 黒髪に白い肌のサクラは、東の小国の血を引いているという見た目から社交界で異質な目で見られていたが、攻略対象と恋に落ち、徐々に回りの見る目も変わっていくというストーリーだ。

 そしてその攻略対象の一人が、今サクラと踊っている第一王子のエリック。エリックには婚約者がいて、その婚約者がサクラのライバルキャラ、悪役令嬢として立ちふさがるのだが――


(――それがわたし、シェリル・エレノア・フォレスター侯爵令嬢……!)


 ピシャアアアンと目の前に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。なんてことだ。わたしは悪役令嬢に転生してしまった……。


 と、それなりにショックを受けたが、わたしはすぐに立ち直った。大丈夫大丈夫、こういう乙女ゲームに転生しちゃう系の小説はお腹いっぱい読んできた。いわゆる破滅フラグとやらを回避して、あとはどこか辺境の地でのんびり余生を送れば良い。


 そのためには、さっさとこの「悪役令嬢」という役割から降りてしまうに限る。


 悪役令嬢シェリルは、突然ぽっと出てきたサクラがエリックを惹き付けていくのを見て嫉妬にかられ、彼女に意地悪なことをしたり陰口を叩いたりする役どころだ。


 誕生日パーティーで、婚約者のシェリルではなくサクラと踊るエリック。ここまでくればエリックルートで間違いないだろう、とゲームをプレイした記憶を思い起こす。

 他のキャラと同時攻略出来るのはこのパーティーまでだ。同じく対象キャラだった騎士団長や次期宰相が複雑な表情で二人を見ているので間違いない。


(エリックルートではわたしはエリックにダンスすらしてもらえない。これを口実に婚約破棄よ!)


 そしてわたしは自由の身だ! 侯爵家なのだから経済的な心配はないし、田舎に引っ込んでのんびりライフ、もしくはいっそ国外に留学するのもいいかもしれない。


 頭の中で今後の算段をつけているうちに、いつの間にか演奏が終わっていた。すっと目の前に白い手袋を差し出され、顔を上げるとそこにはエリック王子がいた。


「シェリル。待たせて申し訳ない。……僕と踊ってくれるかい?」


 …………おや?

 シェリルはダンスに誘われなかったはずでは?

 疑問に思いつつも、そこはNOとは言えない日本人、「あ、ハイ」とうっかり王子の手を取ってしまっていた。


 エリックの頭越しに、こちらを見ているサクラが見える。


 新しい曲が始まり、わたしの足は慣れたステップを踏んでいるのだが、頭の中は疑問符でいっぱいだった。


「シェリル? 怒っているのかい?」


 黙ったままのわたしの顔をエリック王子が覗き込む。金髪の美形に迫られて、わたしの身体はのけ反りそうになった。


「お、怒ってないです」

「そう? それなら良かった」


 エリックはごく当たり前のようにシェリルに微笑みかける。

 おかしいな、サクラのことが好きになったエリックはシェリルに冷たくあたるはずなのだが、そんなそぶりはまったく感じられない。


「あの、良かったのですか? サクラさんと踊らなくて」


 訊ねると、


「僕の婚約者はシェリルなのだから、君と踊るのが当たり前だろう」


 と返される。

 もしかして、サクラの好感度調整がうまくいかなかったのかしら。思っても見なかった展開に困惑する。


 もう一曲、と言われてエリックと続けて踊る。

 くるくると曲に合わせて踊っているうちに、こちらを見ていたはずのサクラがどこにいったのかもわからなくなってしまった。



 *



(困った。これじゃあ婚約破棄できない)


 うーんと頭を悩ませて、バルコニーの方へ足を向ける。自然にまわりに集まってきたのはシェリルの取り巻き令嬢たちだ。


「見ました? 男爵令嬢が王子と踊るなんて」「ええ。シェリル様を差し置いて、分不相応ですわ」と、サクラの悪口を口々に言っている。


 確かゲームではそこにサクラが通りかかり、嫉妬したシェリルが声をかけるのだ。「お待ちなさい」と。

 そうしてサクラをいじめているところをエリック王子に見られ、シェリルは令嬢としてあるまじき行為だと吊し上げをくらう。


 ……わたしは、平和的に婚約破棄がしたいのだ。破滅ルートに行きたいわけじゃない。よって、サクラには声をかけたりしないぞと固く誓う。


 タイミングよくサクラが通りかかり、わたしは無視をきめこんだ。だが、目の前にひらりとサクラのハンカチが落ち、「――あ、サクラさん、お待ちになって?」と声をかけてしまった。


「ハンカチ、落ちましたよ」

「あら、ありがとうございます。シェリル様」


 振り返ったサクラは可愛らしく微笑む。その表情が一瞬醜く歪んだ。


「ごめんなさいね? わたしが先にエリック王子にダンスを誘われてしまって」


 婚約者であるシェリルを差し置いて、と。言外に挑発されている。


 そう、確かにゲーム上のテキストでもサクラはシェリルに謝っている。先にエリックとダンスしてすみませんと。だが、所詮テキスト上の台詞。サクラの表情までは描かれていない――


 呆然とするわたしに代わり、取り巻き令嬢たちがサクラの言葉に反応した。

 男爵令嬢が侯爵令嬢に、しかも、王子の婚約者に対してそんな態度をとるなんて無礼にもほどがある。


「信じられませんわ! 男爵令嬢ごときが、なんて失礼な!」

「シェリル様に謝りなさい!」


 カッとなった令嬢たちが声を荒げ、サクラはきゃっと小さく悲鳴を上げ、小動物のように肩を竦めて怯えてみせた。


「ちょ、ちょっと、みんな、落ち着いて――」

「――どうしました?」


 最悪なことにエリック王子がやってきた。サクラが「エリック王子……」と泣きそうな顔をする。ああ、まずい、これ絶対に破滅コースだ、どうしよう……。

 ぐるぐるするわたしの目の前で、エリックは床を指し示した。


「サクラ、君のハンカチが床に落ちていますよ」


 流れるような動作でエリックがハンカチを拾う。


「落としたことをシェリルが教えたのでしょう? ()()()()()()()()()


 何か問題でも? と言いたげな、無言の圧力を感じる。

 サクラはなんでもありませんわ、と涙を引っ込め、取り巻き令嬢たちもわたしが何も言わないので黙ったままだ。

 エリックが「いなくなったから探したよ」と微笑む先はサクラではなくわたしだ。


(もしかして、庇われている?)


 本当ならここでエリックはサクラを泣かせたシェリルを咎めるはず。

 なのに、どうしてエリックがわたしを選ぶのか、わけがわからない。ただ、この状況では婚約破棄など出来そうにもなくて。再びダンスの輪に連れ戻されたわたしは、婚約者らしく片時もエリックの側から離れられなかった。



(どうしよう、何か婚約破棄できるように考えなきゃ……)





 *~*~*~*~*~*





「エリック王子と踊れるなんて、夢みたい」


 頬を染めてこちらを見つめる少女の顔に既視感を覚え、エリックは瞬きを繰り返す。


 今、自分と手を取り合って踊っているのは男爵令嬢のサクラ。身分は低いが、異国の血を恥じることのない凛とした少女で、自分は彼女を好ましく思っていて――


 そこまで思い出して、エリックはこの光景が「二回目」だと気付く。

 自分はサクラと恋に落ち、結ばれた。幸せな結婚生活を送っていたのはほんの少し。ある日、エリックは暗殺されたのだ。


『ごめんなさい、エリック。わたし、本当は……』


 泣きじゃくるサクラの声。斬りかかってきたのは信頼していた騎士団長のヒース。手引きをしたのは幼い頃から共に育ってきた宰相のギルモア――


 そこまで思い出して、エリックは背中に嫌な汗が伝うのを感じた。


(時間が、巻き戻っているのか?)


 わからない。しかし、このパーティーは二度目だ。神が自分にやり直しの機会を与えてくれたのか?


 視線を動かすと、熱っぽい視線でサクラを見る騎士団長ヒースの姿と、どこか冷ややかな顔でエリックとサクラのダンスを眺めている次期宰相のギルモアの姿がある。そして目の前にいるのは、いとおしいと思っていた少女……。

 その可憐な微笑みが急激に色褪せて見える。彼女は、これまでもエリックだけでない別の男たちにも同じように親しげな態度をとっていた。


 はじめの一曲が終わる。

 このあと、以前の自分はねだられるままにサクラと再びダンスをした。しかし……。


「ありがとう、サクラ。楽しかったよ」


 失礼に当たらないように礼を述べ、サクラの手を離す。サクラはきょとんとしていた。まさかエリックがこのまま去っていくなんて考えもしていなかったという顔だ。


 サクラは危険な女だ。

 その魅力で、多くの男を惑わせる。


 エリックもその一人だった。サクラはこちらが欲しい反応を、まるで「正解」を選ぶかのようにきちんと返してくれる。だが――


(このままサクラと結ばれれば、俺は死ぬ)


 エリックが向かった先は、婚約者であるシェリルの元だ。幼い頃から決められた縁談。それに反発するようにサクラを選んでしまったが、あの時の自分は本当に馬鹿だった。


「シェリル。待たせて申し訳ない。……僕と踊ってくれるかい?」


 自分が死ぬ未来を回避するためには、絶対にシェリルと婚約破棄するわけにはいかない。


 僕の差し出した手を見て、シェリルはわかりやすく困惑していた。

 当然だ。婚約者を放っておいて、別の女性とダンスしていたのだ。怒っても無理はない。


 しかし訊ねると、怒っていないという。むしろ、サクラのほうを気にするそぶりを見せていた。


(ずいぶん寛容だな。それとも、もう僕に愛想を尽かしているのか?)


 だとしたらまずい。僕は二度目のダンスをシェリルに申し込んだ。

 なんとしてもシェリルの心を取り戻さなくては。この先何があろうとも、シェリルに寄り添うような言動をしていこうと心に誓う。



 *



 そうしてシェリルの側にいるうちに、徐々にシェリルへの見方が変わっていった。


 サクラと親しくしていた頃、シェリルは僕に気付かれないところでサクラを貶めるような立ち回りをしているのだと思っていた。

 しかし、実際のシェリルはかなり粗忽で、どちらかというと周りの令嬢たちの過激な意見を抑えられていないだけのように見える。


 そして何より、僕への態度だ。

 僕が親が決めた結婚相手だからと、これまでシェリルに愛を囁くようなことはなかった。親密になる気はなかったのだから当然だ。


 だが、僕が優しくすると、信じられないと言わんばかりに目を白黒させる。手を握ると硬直し、口付けを迫れば激しく動揺する。うぶな反応はとても新鮮で僕を楽しませた。こんなに可愛い一面があったなんて、これまで全く気がつかなかった。


 しかし、不穏な影は常にちらついていた。

 サクラが次期宰相のギルモアと密会しているところを見たり、騎士団長のヒースに至っては「サクラの気持ちを弄んだのか」などと言ってくるようになった。


 とんでもない。

 僕はサクラに一度も愛を囁いたことはない。


 サクラと共に行動したり、同じ時間を過ごすことはあったが、全てはあの誕生日パーティーの日に「サクラがシェリルに泣かされて」いるのを見た僕が「シェリルの身分を剥奪」し、「サクラを守ると誓う」はずだった。

 その後、サクラと親密になり、彼女と愛を育み……あの結末になったのだ。


 誕生日パーティーから心を入れ換えた僕は、すでにサクラとの連絡も絶っている。気持ちを弄んだといわれるような真似もしていない。


 しかし、その話が耳に入ったのか、シェリルまでサクラと一緒になったほうがいいのではと言い出す始末だ。


 ――侯爵家令嬢として見聞を広げるために留学したいと思っていて。

 ――長期間この国を不在にするとなると、王子の公務に同伴することも叶わなくなる。

 ――婚約者としては宜しくないだろうから、これを機にサクラを迎え入れてはどうか。


 まるで自分が身を引くと、遠回しに婚約破棄をちらつかせるシェリルの手を握る。ここでシェリルと離れたら最後、自分には良くない結末が待っている。なんとしても婚約破棄は避けなければ。


 ……しかし、国外に留学か。それはいい考えかもしれない。


 父はまだまだ元気だし、この国をしばらく離れていればサクラも別な相手を見つけるだろう。シェリルと距離を縮めることができるいい機会にもなるはずだ。


「……僕も常々広い視野が必要だと思っていました。素晴らしい考えです」

「ありがとうございます。では、わたしとの婚約は」

「ぜひ、僕も一緒に留学させてもらいたい。共にこの国のために見聞を広めよう」





 *~*~*~*~*~*





 ガラガラと走る馬車の中、隣に座るのはエリックだ。窓の外にはエリックの臣下やわたしの両親が見送りに来ている。

 わたしとエリックは、数年間勉強のために諸外国を回るのだ。


(留学を機に婚約破棄を申し出るつもりだったのに……)


 なぜだか王子は目を輝かせてその話に乗ってきた。どちらに留学されるのです? と問われ、何も考えていなかったわたしは答えにつまった。


「この国は法整備がとても整っているようです」と名を出された国名に、なるほどそれは勉強になりますね、と返し。


「しかし、こちらの国は公共事業が盛んなようです」と別な国を出され、ほうほうなるほどと頷く。


「いっそのこと、数ヵ国を回ってじっくり学ぶのはどうでしょう」と問われ、それはいい考えですね、と返した……ところで。


(あれ? ということは婚約破棄は出来ないのでは?)


 留学中も王子とずっと一緒ではあまり意味がない気がしてきた。しかし、ノープランのわたしの前に王子が次々と新しい提案をするものだからついつい話を聞いてしまう。


 王家の伝手を使って、あれよあれよという間に留学の準備が整えられ、送り出されることになってしまった。


(ま、まあいいか……。カップルだって、旅行中の喧嘩が原因で破局……なんて話は聞くし)


 ずっと一緒にいれば、エリックもわたしに愛想を尽かすような出来事が起こるかもしれない。あるいは、もの凄い美人のお姫さまとの出会いだってあるかも……。


 目指すは平和的な婚約破棄。焦らずに頑張ろう。


 そんなわたしの手をエリックが握る。ところで今夜の宿なんですが、と微笑んだ。


「少々手違いで、僕と君が同室になってしまったようなのです」

「……へっ?」

「ふふ。すみません。でも、僕たちは将来夫婦になるのだし、……構いませんよね?」



(……どうしよう、これも婚約破棄できる理由になるのかしら?)

お読み頂きありがとうございました!


☆宣伝☆

連載中の「エーデルシュタインの恋人」もよろしくお願いします(笑)

呪いの宝石を巡る王道恋愛ファンタジーです。

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