007 計画が台無しになっちゃったみたいです
私たちは、救出した魔族とともに囲むようにして、隅に集められた男たちの前に立ちました。
彼らは急所を潰されてすっかり怯えていますが、それでも逃がせば牙を剥いてくる可能性もあります。
以前と同じように顔に『雇い主を裏切った愚か者です』とでも書けばいいと思ったのですが、どうやら魔族のみなさんはそれだけでは気がすまないようです。
「殺そうぜ、どうせロクな連中じゃないんだしさあ」
フレイさんは憎しみに揺れる赤い瞳と、豊満な胸を揺らしながら言いました。
暴力を振るわれた者も中にはいるようですし、気持ちはわかります。
「だが、アナリアはそれを望まぬ」
「……アナリアさまがそう言うんなら、仕方ねーな」
そんなあっさり従っちゃうんですね。
即席の忠誠のわりには、適応力が高いです。
「でもどーすんだよう、アイシャはなんか思いつくか?」
「下半身を潰された時点で、すでに彼らに戦意は無いと思われます」
「ですが、いくら魔族とはいえ、女性を売りさばこうとする男どもをこの程度で許すわけにはいきませんわ」
テーリアもなかなか怒ってますね。
もちろん私も、許すべきではないと思っています。
でも、もう潰すものもありませんしね。
「とりあえず、顔に例の文字を書いてもらってもいいですか?」
「うむ、とりあえずそうするかのう。フレイ、おぬし炎属性は得意じゃったろ」
「ああ、つーかあたしは炎属性しか使えねえって!」
「くかかっ、そうじゃったのう。であれば手伝え、この男どもの顔に屈辱を刻み込んでやるのじゃ」
「がってんしょうちだスノウさま!」
二人は実に楽しそうに、男たちの顔に文字を書き始めました。
苦悶の叫び声が聞こえてきますが、これも命を救うために必要なこと。
問題は、ここからどう追加の罰を与えるかですが――
「アナリア様」
「はい、アイシャさんどうしました?」
「私やフレイに“さん”を付けるのはおやめください、私はあなたの所有物ですので」
「じゃあ、アイシャ」
「はい、ありがとうございます」
「どうしましたか?」
「……言葉遣いはそのままなのですね」
アイシャはがっくりと肩を落としました。
うーむ、そんなしょんぼりするほどですかね。
私としては、呼び捨てにした時点でかなりの譲歩だったんですが。
「これは元からですから、人によって変えられるものではありません」
「それでは仕方ありませんね、諦めましょう。それで、お聞きしたいことがあるのですが――アナリア様はこの男たちを逃がすことで、アスフェンなる男に情報が漏れることを恐れていらっしゃるのですよね」
「そうです、できれば気づかれる前にゴーレムさんの奪取を終わらせたいので」
ここはトレミュラー領ですし、エネミアと連絡を取る手段もあるかもしれませんからね。
アノニス領なら、とっとと逃しちゃっていいと思うんですが。
私としても、こんな汚らわしい男たちはとっとと追い出したいですし。
「でしたら、私が凍らせましょうか」
「ダメですよっ! そんなことしたら死んじゃいますし!」
人間は……というか、魔族も凍ったら死んじゃいますよね?
「問題ありません。生かしたままで冷凍保存する方法は心得ております。三日もすれば自然解凍するかと」
「ほ、本当に死なないんですか……?」
「私がアナリア様に虚偽の発言をすることはございません」
アイシャは真っ直ぐに、青い瞳で私の目を見ながら言いました。
誠実さが伝わってきます。
信じて、よさそうですね。
いえ、別にはじめから疑ってたわけではないんですけども。
「三日もあれば我らの目的は達せるはずじゃ。むしろ今日中でも終わるぞ」
まだ昼前ですもんね、ここからエネミアに向かうのなら問題なく日が暮れる前に終わらせられるでしょう。
「わかりました。それでは尋問が終わり次第、彼らを凍らせて放置しましょう。それで、死なないんですよね?」
「ええ、死にはしません」
……言い方が気になりますが、大丈夫、ですよね。
というわけで、拷問大好きスノウさん以外の面々は一旦外に出て、尋問タイムの開始です。
そこで初めて、魔族のみなさんはここがどういう場所なのかを知りました。
「ほえー。どうなってんだこれ、おもしれーな!」
空を見上げながら手を広げ、フレイはくるくると回っています。
「見えないのに床は確かにあるんですね。景色は真っ白で、どこまで続いているのかわかりません」
「これが、アナリアさまの核の中なのか?」
「そうみたいです。未だに実感があんまり無いんですが」
外から見たら、今だってただの無色の核のままですからね。
中の様子が、小さくでも映り込めば……いや、それもそれでちょっと怖い気がします。
「ほほーん。つうかさ、アナリアさまがスノウさまよりすげー力使えるのって、どういう理屈なんだ? さっきはあたしらがここに居るからー、みたいなこと言ってたろ?」
そう言えば、その説明はまだでしたね。
「どうやら、核の中にいる人たちの魔力を合わせた分だけ、私の魔力になるみたいなんです」
「それは、吸収しているということでしょうか」
「違うみたいです。別枠というか、アイシャやフレイは自分の魔力をそのまま使えるんですよ」
「そりゃ不思議だな!」
不思議ですよね。
なんちゃら保存の法則とかどうなってるんでしょう。
「つまり、あたしらがここに住んでる限り、アナリアさまは強いってわけだろ? だったらプラスにしかなんねーな! アナリアさまがあたしらのことも守ってくれるし、あたしらもアナリアさまの力になれるし、最高じゃねえか!」
フレイは満面の笑みでそう言います。
そんな前向きに考えたことなかったので、新鮮だし、嬉しいですね。
「相変わらずフレイは単純です」
「私はいいことだと思いますよ」
「……それは、私も同感ですが」
つまりフレイって、すごくいい人みたいです。
そんな彼女と仲良くしているアイシャも、きっといい人なんでしょう。
「しっかし、ここにあたしらの国ができるわけか、敵もいねーし快適だな!」
「太陽もなければ水もありません、前途は多難です」
「アイシャは深く考えすぎなんだよ、土地があるだけでも十分……っておぉい!? 機兵も置いてあんじゃん! アナリアさま、これどうしたんだ!?」
「敵から奪ったんです、今は私が使っています」
「おおぉ……おぉおおお……!」
フレイは感激のあまり、体を震わせました。
何がそこまで琴線に触れたんでしょうか。
「あのにっくきヴィーリスが、ついにあたしらの手に……!」
「アナリア様のものです、フレイのものでありませんよ」
「細かいことはいいじゃんかよー。ほら、しかも二機もあるし、あたしこっちもーらいっ!」
「そう慌てなくても、まだ増えるので大丈夫だと思いますよ。ヒュンネル伯の領内にはあと十機もゴーレムさんがあるらしいですから」
「十機……全員分あんじゃねーか! よっしゃリベンジだ、あたしらを滅ぼした人間どもをぎっとぎとのべったべたにしてやっからなぁ!」
あはは、フレイってすっごく元気なんですね。
動く度に胸がバルンバルン揺れててなんかすごいです。
「お姉さまが揺れる胸を見てる……あんなものわたくしにはありませんわ。あれが、あの凶器のごとき胸がわたくしにもあれば……!」
そしてテーリアがライバル視してます。
いや、別に私、大きいのが好きなわけじゃないんで。
「テーリアの体も好きですよ」
「お、お姉さま……っ」
そう耳元で囁くと、彼女はぼふっと一気に赤くなって、にへらっとだらしない笑みを浮かべました。
ちょろ……いや、かわいらしいですね。
「うちのフレイがうるさくて申し訳ございません」
「いえいえ、いいんですよ。元気なことはいいことだと思いますから」
あ、ちょっと年寄りくさかったですね。
でも、彼女を見てるだけで私も元気がもらます。
落ち着いてるアイシャと、落ち着きのないフレイ。
一見して真逆に見える二人ですが、うちのなんて言葉を使うということは、仲がいいんでしょう。
魔術もそれぞれ氷と火を得意としているようですし、二人合わせてバランスが取れてるんでしょうか。
「アナリア、終わったぞ」
言いながら、スノウさんが建物から出てきました。
「早かったですね」
「元から手痛いダメージを受けておったからの、さほど脅さずとも全て吐いてくれたわ。ひとまずここの北側に一機、護衛用のヴィーリスが隠してあるらしいぞ」
「これで残り九機ですか。そちらの居場所は?」
「全てはわからんかった、じゃがエネミアの町周辺にあるのは間違いないと言っておったよ」
「つまりお姉さまが近くにあるヴィーリスを回収して、そのままエネミアに向かえば問題ないということですわね」
「エネミアって言ってもそこそこ広いですけど、勘付かれないように探すのは大変だと思います」
「ならば探知魔法を使えばよかろう。ティサ!」
スノウさんは、一人の魔族を手招きしました。
十二歳であるテーリアより少し小さな女の子が、とてとてとこちらに近づいてきます。
紫色の髪は両サイドで三つ編みにされており、やけに分厚いレンズのついた眼鏡と相まって、非常にインテリ感が出ています。
ぶかぶかのローブを纏い、奔放なフレイとは対象的な印象を受けますが――スノウさん趣味なのか、やっぱり胸はとても大きく、移動するだけで揺れていました。
それを見て、スノウさんは満足げに頷き、テーリアはまた自分の胸を気にしていました。
色々と困った人たちです。
「私を呼びましたかな、スノウ様」
「うむ、ティサの探知魔術の使い方を簡単にアナリアに教えてやって欲しいのじゃ」
「なるほど、確かにあれはコツがいる魔術ですからな。ただ“使えるようになった”だけでは扱うのは難しいかもしれませんな」
ティサは、くいっくいっとしきりに眼鏡を上下させています。
口調も変わってますし……それを言い出したらスノウさんの口調も相当独特ですけども。
「それではアナリア様、私が探知魔術のノウハウについてあれこれ教えてあげましょうぞ」
「よ、よろしくお願いします」
緊張して始まった、ティサの探知魔術講座でしたが――彼女の解説は非常にわかりやすく、すぐに習得してしまいました。
ほんと、学校の先生とかになれそうなぐらいです。
確かにこの、頭の中に周囲の地形や物体が浮かぶ状態というのは独特で、慣れるまでは大変そうですが、おかげである程度は自在に使えるようになりました。
この魔術さえあれば、エネミア周辺全域をカバーすることも可能でしょう。
では準備も整ったところで――ゴーレムさんを、頂きにいきますかっ。
◆◆◆
結局、クラースがアスフェンの元に帰ることはなかった。
優秀は兵士だった彼を失うのはかなりの痛手だ。
しかし、おかげで誰かが自分の計画に気づいていることがわかったのだ、その死は無駄ではなかった――とアスフェンは考える。
実際は死んでいないのだが、まあ死んだようなものである。
「計画の前倒し、か」
ふてぶてしく、テーブルの上に足を起きながら、灰色髪で痩身の胡散臭い男――ラートが言った。
彼の手には琥珀色のブランデーが入ったグラスが乗っており、時折それを口に含んでいる。
非常時だというのに上等な酒を要求する彼に、アスフェンは呆れ返っていたが――ラートの力が無ければ、計画を思いつくことさえなかった。
つまり立場は、圧倒的に彼の方が上である。
逆らうことはできなかった。
しかし、田舎伯爵とはいえ、トレミュラー家の長男として生まれたアスフェンにもプライドというものがある。
「んだよ、こっち睨むなって。ボクの力なんて無くたって平気だって言ったのは、アスフェン君だろぉ?」
アスフェンは二十一歳、ラートは見たところ二十代半ばほど。
おそらくあちらの方が年上だろう。
そういう意味では、“君”づけで呼ばれることはそう不自然ではなかったが、アスフェンは思わず顔をしかめてしまう。
「まあまあまあ、そう苛立たないでよ。色々あったけど、昼過ぎには出撃して、ちゃちゃっとアノニス家を潰してしちゃえばハッピーエンドなワケだしさ」
「敵の正体もまだわかっていないんだぞ?」
「それをあぶり出せればボクたちからしてみれば万々歳……だから睨むなって、ちゃあんと援軍も呼んでるからさ」
「援軍? 私は聞いていない!」
「第二世代量産型が二機。第一世代のヴィーリスとは比べ物にならない代物だよぉ」
それを聞いたアスフェンの顔色が一変する。
「なんだと……待て、話が違うぞ! 預かっている第二世代試作型が最新鋭機であるはずだろう!?」
「そうだよ」
「だったらなぜ、第二世代の機兵に量産型などが存在する!」
王国の工場で、そのようなものが作られているなど、彼は聞いたことがなかった。
いや、そもそも第二世代機兵を作るにはエーテルや餌が必要だ。
それほどの貯蔵量のエーテルを、まだ王国は魔族領から発掘できていないはずである。
「それには色々と都合があるんだよねぇ。ま、戦力が増えると思って素直に喜びな」
「喜べるものか! そんなものを国家でもなく、組織単体で所持しているなど……貴様ら、一体何者なんだ!?」
鋭い視線でにらみつけるアスフェン。
ラートは軽くそれを受け流すと、残るブランデーを一気に煽った。
そして「くはぁっ!」と気持ちよさそうに酒臭い息を吐き出し、にやりと笑う。
「だからぁ、帝国十二神将だって」
「この世界にテイルフェン帝国など存在しない!」
「でもボクらは帝国軍なんだ。そうとしか言えないし、全てを話せるほど、アスフェン君とは深い間柄でもありませーん。きっひひひっ!」
ふざけるな、と怒鳴りつけたいアスフェンだったが――無駄だと悟り、言葉を飲み込む。
いや、彼が悪魔だろうが死神だろうが、どうでもいいのだ。
もはや後戻りはできない。
明日、日付変更と同時に作戦は決行される。
そして彼は、欲しかったものを全て手に入れる。
「これだけ万全を期すれば、いくら送還者でも止められない。あとは雑魚しかいないアノニス家を全滅して、任務は完了する」
「A級を雑魚扱いか、世界中の魔術師が泣くぞ」
「機兵さえいれば、S級ごときはねぇ。残りも確か、次女が神光核のB級、長女が確か……えっと、なんだっけか」
「アナリアなら無能核だ」
「そうそう、無能核……って、ん? いや待ってくれよ、確か彼女は流水核のE級だって。だって歴史書に――」
怪訝な表情を浮かべるラートの言葉を、部屋に入ってきた兵士が遮った。
勢いよく開かれたドアに、二人の視線が集中する。
「ノックぐらいしろ、この愚か者が!」
「も、申し訳ございませんっ! しかし緊急事態でして!」
相当な事態であることは、彼の顔色と、浮かぶ汗の量を見ればわかる。
アスフェンは、猛烈に嫌な予感がした。
そしてその予感は、直後の的中することとなる。
「エネミア周辺に配備していたヴィーリスが全機、姿を消しました!」
その報告に、アスフェンは固まった。
余裕をかましていたラートですらも、この事態には困惑せざるを得ない。
「ば、馬鹿なことを言うなっ、ヴィーリスの居場所を全て知っているのはごく一部の人間だけだぞ!?」
「……アスフェン」
「なんだラート、今はッ!」
「エルプティオの格納庫に急ごっか」
「なに?」
「送還者が、あれを見逃すはずがないだろう?」
「まさか私からエルプティオまで奪うというのか!? それだけは絶対に許してはならん!」
アスフェンに切り札として与えられた、第二世代試作型機兵“エルプティオ”。
ヴィーリスはともかく、あれまで奪われれば、彼だけでなくラートの立場も危うい。
二人は立ち上がり、屋敷の地下に作られた格納庫へと急ぐ。
だが彼らはまだ知らない。
ヴィーリスを奪ったのが、送還者なる正体不明の存在ではなく、無能格のアナリアであるということを。
そして、奪われたヴィーリスが――
「おぉ、大した力を使わずとも丸太が一気に運べるぞ! これは作業が捗るな!」
「アナリアさま、スノウさま、こいつ山も簡単に崩せるぞー! すげーなー!」
「便利ですね、ゴーレムさんって!」
――早速、土木作業に使われていることを。