006 住民が一気に増えたみたいです
翌朝、スノウさんに呼び出された私は核の中に入りました。
そこで見たものは、以前よりさっぱりとした山と、相変わらず不思議な色のない床の上に山積みにされた、丸太の数々。
「……というわけで、とりあえず山の木々を伐採し、木材を作ってみようと思ったわけじゃが」
説明を終えたスノウさんは、じっと私とテーリアを――正確には繋がれた手を、無表情で凝視しました。
そして突然にやっと笑うと、
「昨晩はお楽しみじゃったのう」
と言い……って。
「なんで知ってるんですか!?」
起きる前にちゃんと服は着てたはずなんですが。
「いや、あれだけ盛大にあんあん言っておいてそれはないじゃろ」
「お姉さまの声、すごかったですもんね」
そんな、でしたかね。
いや、そんなだった気がします……兄様や両親にバレてないといいんですが。
というか、この会話をナチュラルに受け入れてるあたり、私の感覚も順調に麻痺してますね。
「まあ、我から言うことは一つだけじゃ」
「なんですか?」
スノウさんはぐっと親指を立て、さわやかに言い放ちます。
「今度は我も混ぜてくれ!」
顔と声がどんなにさわやかでも、言ってることは最低です。
「お姉さまはわたくしのものですわ、あなたには指一本触れさせません!」
「なあに、いざやってみれば案外楽しいものじゃ」
「絶対に楽しくなんてありませんから!」
わきわきと指を動かすスノウさんに、「ふー!」と犬のように威嚇するテーリア。
仲がよさそうで何よりです。
ここでひとまず、昨晩のことは置いといて、丸太に話を戻しましょう。
「スノウさん、この丸太の山は一人で作ったんですか?」
「うむ、これぐらいはな。なんたって我は、全ての魔法を操る魔王じゃぞ」
「前から思っていましたが、魔族の魔法はどうやって使ってるんですの? 人間のように、魔力核があるわけではないのですよね?」
テーリアと同じ疑問を私も持っていました。
人間の場合は、手の甲にある魔力核で魔力が生成され、そして核の色に応じた属性の魔法を使うことができます。
しかしスノウさんの力を扱っている私の場合、特に属性がどうこうとか意識したことはありません。
魔術障壁はなんとなくイメージしたらできたものですし、どちらかと言うとゴーレムさんの武装によく似ている気がします。
「その違いについて説明すると少し長い話になるんじゃが、魔族は魔力核で属性を縛られないので、あらゆる属性の魔術を操ることができる。頭の中でロジックを作り上げるので、人間の魔法と異なり“詠唱”も必要ない」
確かに、そこは人間の魔術との大きな違いです。
つまり魔族の魔術は、人間の魔術の上位互換ということになります。
「しかし、習得が面倒でな。戦いで使えるレベルの魔術を覚えるのに、普通の魔族だと百年以上かかってしまうのじゃ」
「人間だったらとっくに死んでますわね」
「うむ、だから魔族は寿命が長い。我も千歳を超えておるというわけじゃ。一方で人間の場合は、魔力核で属性が縛られる代わりに、習得までの時間が短い。頭で全てを考える必要もなく、詠唱という手順を踏むことで発動に必要なロジックを簡略化しておる」
わかったような、わからないような。
とにかく、詠唱という面倒な手続きがあることで、人間は簡単に高度な魔法が使えるように進化した、ということでしょう。
そこまで聞くと、一長一短です。
「じゃが、詠唱がないという魔族のアドバンテージも、“魔術具”の発展によって薄れてきたのじゃ」
魔術具は、魔力を流し込むだけで明かりを点けたり、火を灯したり、時には銃弾を発射できたりする、便利な道具です。
アイリィス王国では平民にまで普及していて、油を使ったランプや、薪を使った暖炉は廃れつつあると聞いたことがあります。
もっとも、私は魔力がなかったので、それすら使えなかったんですが。
「魔術具さえあれば、自分の魔力核の属性とことなる魔法も使うことができるからのう」
「便利な半面、ちゃんとした魔術を使えない人間が増えてしまうのではないかという懸念もあるようですわね」
「あれ……そう言えば魔術具って、ゴーレムさんとよく似てますよね」
「うむ、機兵は魔術具の技術の延長線上にあるものじゃ。実際、魔術具を作るときにも少量のミスリルを使っておったからのう」
誰にでも、どんな魔術でも扱える――魔術具がそういった願いを込めて作られたものだとするのなら、確かにゴーレムさんはその理想形なのかもしれません。
たとえB級魔術師でも、あれさえあればS級魔術師と互角以上に渡り合えるんですから。
「でも、魔術具からゴーレムさんって、やけに技術の進歩が早すぎませんか?」
「そこは我も気になっておる。アイリィス内でミスリル鉱脈が発見され、大量発掘が可能になったから――という理屈はわかるんじゃが、大量に取れたからといって、いきなりあのような兵器が作れるはずがないのじゃ」
しかも、それが何百体も攻め込んでくるなんて――スノウさんも、全く予測してなかったんでしょう。
だから、魔族の領地は奪われてしまった。
……ん? そういえば、そこも妙ですよね。
魔族って、別に人間と敵対してたわけじゃないですし、お互いに不干渉を貫いていたはずです。
なのになんで、隣接する国家じゃなくて、わざわざ魔族の領地に攻め込んだんでしょうか。
「どうしたんじゃアナリア、難しい顔をして」
「なんで最初に攻め込まれたのが魔族なんだろう、と思ってたんです」
私の言葉に、スノウさんは顎に手を当てて考え込みます。
「確かにそれは不思議ではある。我も手付かずのミスリルやエーテル鉱山が存在する可能性も考えたが、我らでも知らぬ鉱山を、なぜアイリィスの連中が知っておったのかという疑問は残るからのう」
「謎が謎を呼んでいますわね、できれば関わり合いたくない相手ですわ」
テーリアの気持ちはよくわかりますが、もう手遅れですよね。
「我を匿った時点でもう遅いじゃろ。アイリィスで何が起きているのかは知らぬが、隣のアスフェン卿とやらも関わっておるようじゃからな」
「問題はそこですわよね。お姉さまとの婚約を一方的に破棄した上に、ゴーレムを使って攻め込もうだなんて、腐っていますわ」
「同感じゃな。野郎はやはりクソじゃ」
「下半身でしかものを考えられない獣なのでしょうね、燃やしてしまいたいぐらいです」
「うむ、どことは言わんがアレを握りつぶしてやらんとな」
過激派二人が意気投合してしまいました。
まあ、今回に関しては、領民のみなさんや私の家族も巻き込まれるわけですが、見て見ぬふりをするわけにはいきません。
「ですがゴーレムさんが十体ともなると、一気に相手にするのは大変ですよね」
「では相手をしなければよいだけじゃ」
「と、言うと?」
「忍び込んで、使われる前に核の中に入れてしまえばよい。我が国の戦力も増強できて、一石二鳥ではないか」
私は思わず「なるほど」と手をたたきました。
戦う必要なんて無いんですね、それなら今の私にはできる気がします。
でも、このお話、たぶん私たちだけで止めておかないほうがいいですよね……。
◇◇◇
いざお隣、フュンネル・トレミュラー伯の領地へ――繰り出す前に、私は兄様の部屋を訪れました。
アスフェン卿が企んでいることぐらいは、話しておいた方がいいと思ったのです。
クラースさんはいつ攻め込むか知らなかったみたいですし、私たちが出かけている間に攻撃が始まったりしたら大変ですから。
コンコン、とノックすると、兄様がドアを開き顔を出しました。
私が自分から兄様の部屋を訪れるのは、たぶん小さい頃以来です。
向こうも驚いている様子でしたが、すぐに柔和な表情を浮かべて招き入れてくれました。
そして椅子に腰掛け、テーブル越しに向き合うと、単刀直入に要件を告げます。
「実は昨日のゴーレム、アスフェン卿が仕向けたものだったんです」
「なんだと……フュンネル伯のご子息が? それは間違いないのか」
「はい、ゴーレムさんのパイロットから聞き出したので、間違いありません」
「……どうやって聞き出したのかは、聞かないほうが良さそうだな」
兄様にはまだスノウさんのことは話していません。
ゆくゆくは、と思っていますが、色んなことを一気に話すと、兄様も混乱してしまうでしょうから。
「長男である私を狙ったということは、アノニス家の領地が目当てか」
「それなんですが、なんでも他にも十体ほどのゴーレムさんを用意しているそうなんです」
「機兵を十体だと!? どこからそんな金が出てくる! ヒージュ伯か……いや、彼がアスフェン卿にそこまで支援する理由が無い。だとすれば……」
手のひらで顔を覆い、兄様は考え込んでいます。
『我でもわからんのだ、こやつが考えてもわかるものではないじゃろ』
スノウさんの言う通り、情報がなさすぎますからね。
「私たちにもそれはわかりません。ですが事実として、アスフェン卿は十体ものゴーレムさんを使って、ここに攻め込もうとしています」
「いくら力で勝っていても、正当性が無ければ周囲の伯爵がそんなことは認めんぞ」
「実は数日前、領地内に魔族が逃げ込んだという噂があるんです」
「確かにそれは私も聞いたことがある、追跡のための機兵を目撃したという話もな」
噂になってたんですね。
10メートルを超える巨体です、あんなものが動き回れば目立つのも当然でしょう。
「なるほど、我らが魔族を匿ったことを口実にしようしているわけだな」
『ま、事実じゃがな』
そうなんですよねえ。
でも、まさか核の中にいるとは、アスフェン卿も思ってないでしょうし、そこは問題じゃないと思うんです。
「しかし、仮にそれが口実だったとしても、弱いな。アスフェン卿はあれでずる賢い男だ、策は練っているに違いない」
「そこでなんですが、私が単身で侵入して、先にゴーレムを奪取しようと思うんです」
「アナリア……お前は何を言っているんだ、そんなことできるはずがないだろう!」
怒られてしまいました。
そう思いますよね、普通は。
「ですが、今の私にはそれだけの力があります」
「……確かに、私を助けたあの機兵を操縦していたのがアナリアだとしたら……いや、ダメだ。危険すぎる!」
「問題はありません」
「言い切れるだけの、力があると?」
「はい。それに一人ではありません、助けてくれる人もいますから」
誰、とはまだ言いませんが。
「それで許してしまっていいのか? だが、正直アナリアが一人で解決できるというのなら、それに越したことはない。機兵十体に太刀打ちできる戦力はうちにはないんだ……」
眉間にシワを寄せて、ぶつぶつと呟く兄様。
悩ませてしまってごめんなさい。
でも、黙って出ていくよりは、いいと思うんです。
「……はぁ、わかった、気をつけて行くんだぞ。相手もそれだけ派手に戦力を集めたということは、侵入者の可能性ぐらい考えているはずだ」
「アドバイスありがとうございます。肝に銘じて、必ずアスフェン卿の企みを台無しにしてみせます!」
私が軍人さんの真似事をして敬礼をすると、兄様は「ふっ」と苦笑いを浮かべました。
◇◇◇
さて、そんなわけで両親に『外で遊んできます』みたいなノリで「行ってきます」と告げ外に出ました。
実際は『アスフェン卿を潰してきます』なわけですが、さすがに言うわけにはいきませんから。
屋敷から私の姿が見えなくなる場所まで普通にあるくと、そこから加速を始めます。
馬車どころか、猛禽類よりはるかに早く、風を切って前へ、前へ。
幸いにも本日は晴天です。
目まぐるしく移り変わる景色を楽しみながら、トレミュラー家の領地を目指します。
『はぁ……大地を駆け抜けるお姉さまも素晴らしいですわ。昨日の夜とのギャップでいつもよりも輝いて見えます』
私が移動している間、核の中ではテーリアとスノウさんが言葉を交わしていました。
『実際のところ、どうなっておったんじゃ?』
『どう、とは何がですの』
『ネコとタチがどちらだったか、とかじゃな』
『それはもちろんわたくしがタチで、お姉さまがネ……』
「何を話してるんですか二人ともっ!?」
そういうトークは、本人が聞こえない場所でやってください!
私に話しかけようと思わなければ、中での会話は聞こえないんですから。
『でも隙あらば攻めてこようとしていたので、今度は私がネコに……』
『ほほう、どちらも行けるのか、興味深いのう。俄然我も参加したくなってきたぞ!』
「だから外でそういう会話はやめてくださいよぅ……」
思わず涙目です。
たぶん私、からかわれてたと思うんです。
だって二人ともいじわるなんですもん。
そろそろ、心優しい人が住人として加わってくれてもいい頃だと思うんですが。
二人のくだらない話を聞いているうちに、あっという間に目的だった領地の境まで到着しました。
私は山のてっぺんの木の上に立ち、街道の様子を眺めます。
街道は山の谷間を縫うように作られており、人通りはまばらですが、何台かの馬車が見えます。
そのまま道なりにずっと進むと、エネミア――アスフェン卿の住む屋敷のある町に出ます。
婚約の話が進む中、何度か訪れたことがありますが、私の住む町、ロンラインとさほど規模は変わらない、のどかな場所でした。
素敵な場所で、領民のみなさんも優しかったのに、彼は何が不満なんでしょう。
そもそも、アスフェン卿の名前ばかり出てきていますが、父親であるフュンネル伯はそれを知ってるんでしょうか。
私の父とも、仲が良かった記憶があるのですが。
どれぐらい仲がいいのかと言えば、互いの領地を行き来する商人からは、関税すら徴収しないほどです。
『のう、アナリアよ』
「なんですかスノウさん」
『あそこにおる馬車、やけに大きいが、何を運んでおるのだ?』
目を凝らしてみると、確かに一台だけ荷車が大きな馬車があります。
四頭立てで、黒い幕で覆われていて中身は見えません。
道幅もギリギリで、本来ならこんな田舎道を通る馬車ではないのでしょう。
どこかからアノニスの領地を通って、トレミュラーの領地に何かを運んでいるようですが、かなり怪しいです。
「後をつけてみます」
『それがよかろう』
私は木々の上から上へと飛び移り、高所から馬車の監視を続けました。
山を抜け、平地に出ると、丁字路をエネミアとは逆の方向へと進みます。
『あれだけ大きな馬車ですのに、目的地はエネミアではないのですね』
あちら側には小さな集落しか無いはずです。
ますます怪しくなってきました。
御者も、その隣に座る傭兵らしき男も、なんだか目つきが悪いです。
馬車はそこからさらに進むと、途中で街道を抜け、草むらへと突っ込んでいきました。
しかしその草むらは何度も馬車が行き来しているのか、踏み固められて道のようになっています。
そして森へと入っていき、奥へ姿を消しました。
気付かれないように距離を取っていましたが、追跡はたやすいです。
地面についた車輪のあとを追いかければいいだけなのですから。
ここからは徒歩で、森の中を歩いていきます。
二十分ほど進むと、開けた場所に出ました。
そこには、森の奥には似つかわしくない、真新しい木造の平屋が建っていました。
例の馬車はその横に止まっており、中から複数人の男たちと、苦しげな女性の声が聞こえてきました。
私は建物の外壁に耳を当てます。
すると会話の内容をさらに鮮明に聞き取ることができました。
「大人しくしろ、汚らわしい魔族が!」
「まあ落ち着けって、どうせ役目が終われば、足を開いて男を誘う以外に脳のない奴隷になるよう、薬でぶっ壊されちまうんだからよ」
「……んなもん、あたしがなるかよ」
「なるんだよ、フレイ・ガランサスッ! 他の魔族連中と一緒になぁ!」
これって……魔族の人たちが、捕まってる?
『フレイ、生きておったのか!』
「どなたですか?」
『我の側近じゃ。魔族領から逃がすために、身を挺して守ってくれたんじゃが……』
そのときに捕まって、アスフェン卿の命令でここまで連れてこられたみたいですね。
そして――奴隷同然の扱いを受けているようです。
アスフェン卿、人身売買にまで手を出していただなんて。
魔族だからという言い訳など通用しません、絶対に許しませんから。
『聞いているだけでムカムカしてくる会話ですわね』
「私も同じ気持ちです」
『潰すか』
「そうしましょう」
これ以上、聞くに耐えません。
私は軽く息を吐いて、コツンと透明の核を建物の外壁に当てました。
◆◆◆
あれだけの数の女が目の前にいるというのに、手を出すことすら許されない。
アスフェン卿は『時期が来たら』と言っていたが、いつになったら自分たちは甘い蜜を吸えるのか。
魔族の運搬を任された傭兵のうちの一人は、施設の片隅でため息をついた。
任務自体はそう危険じゃない。
魔族たちには“アブソニム”なる、魔力吸収作用を持つ鉱石で作った拘束具がはめられている。
どこからもたらされたものか、傭兵は知らなかったが、そのせい彼女らは魔術を使うことはできなかった。
とにかく、あとは適当に仕事を終えて、最後にあの体だけは上等な魔族を抱いて、金を貰って退散。
もし誰かの襲撃があったとしても、周囲に隠しておいたヴィーリスを使えば問題なし。
モンスターを狩るよりは、遥かに楽な仕事だった。
しかしどうにも、この施設は息が詰まる。
欲望を持て余した男ばかり集まっているせいだろう。
「ふうぅ……」
大きく息を吐いた傭兵は、気分転換のために外へ出た。
周囲は森に囲まれていて、空気が澄んでいる。
退屈ではあるが、嫌いな場所ではない。
しかし――今日は何かが違う。
外に一歩出た瞬間、彼はその異変に気づいた。
空は白く、下も白く。
床らしきものは見えないのに、なぜか立つことができている。
そして目の前には謎の山と、積み上がった丸太、さらにヴィーリスが二機。
「なんだこりゃ……」
呆気に取られる傭兵の前に、スカートを履いた育ちの良さそうな金髪の少女が現れた。
彼女はニコリと笑ったが、その目はてんで笑っていない。
彼は即座に『殺られる!』と感じ、少女から距離を取ろうとしたが――アナリアの方が、遥かに速い。
目にも留まらぬ速度で、彼女は傭兵の股間を蹴り上げた。
「はぐおぉっ!?」
打撃――ではなく、潰撃。
衝撃と、何かがひしゃげた感覚。
軽く浮き上がった傭兵は、股間を抑えながら地面に倒れた。
◆◆◆
傭兵さんは口から泡を吹き、白目を向いて意識を失っています。
まさか自分のいた建物が、気づかないうちに核の中に入れられた、なんて思いもしなかったでしょうね。
「お姉さま、ナイスキックです!」
「いい一撃じゃな」
観戦者二人は満足してくれたようです。
私も正直スカッとしましたが、まだ中には男たちがわらわらといます。
「ならば、残りは我が貰おう」
スノウさんが一歩前に出ました。
魔王としては、魔族をぞんざいに扱う彼らを許すことはできないでしょう。
私は彼女の力を手に入れましたが、彼女は自分の力を失ったわけではありません。
つまり現状、私たちの戦力は魔王二人分プラスのテーリア。
仮に一人だけだったとしても、寄せ集めの傭兵程度で、勝てるはずなど無いのでした。
「な、なんだお前、まだ捕らえられていない魔族が――んごぉっ!?」
「おいロバーツ!? てめえ、よくもロバーツのこか……おっぶ!」
「ひいいぃっ、やめてくれ、俺のは潰さ……はぎゃあんっ!」
「なんだよ騒がしいな……なるほど敵か、助けに来たわけだな。だが俺は他の奴らとは違う、流水核のS級魔ちゅっ……ち……おごっ!」
次々と、施設の中から断末魔が聞こえてきます。
殺しはしていないようですが、おそらく男性としては死んでしまったはずです。
「ざまあみろです」
「ざまあみろですわ」
おっと、テーリアとセリフが被ってしまいましたね、さすが姉妹です。
なんだか嬉しくて、私たちは互いの顔を見てくすくすと笑っていると――声が聞こえなくなりました。
全員の始末が終わったのでしょう。
私は建物の中に入り、股間を抑えて倒れている男たちを引きずり、一箇所に集めました。
本当はとっとと外に出したいんですけど、襲撃をアスフェン卿に報告されたら厄介ですから。
さて、男たちの始末を終えたスノウさんは、建物の一番奥にある部屋に足を踏み入れました。
そこには鉄格子のついた檻がいくつも設置してあり、十人ほどの魔族が閉じ込められています。
中には、明らかに虐待を受けた形跡のある者もいました。
「スノウさまっ!」
真っ先に気づいたのは、先ほど中から聞こえてきた声の主――フレイさんでした。
肌は褐色で、髪は短めの赤色。
八重歯がチャームポイントの人懐っこい顔をしていますが、胸は大きいし、スタイルもいい。
大人の女性の雰囲気も纏っています。
彼女がスノウさんの名前を呼ぶと、うつむいていた魔族たちの視線が一斉に彼女に向きました。
そして目を輝かせながら、
「スノウ様が来てくださった!」
「やはりスノウ様は生きてらっしゃったんだ!」
「スノウ様、スノウ様ぁっ!」
と中には拝む人もいるほど、みな大喜びしています。
「本当に魔王だったんですのね」
ちょっと失礼かもしれませんが、私もそう思いました。
こうもみんなに慕われている姿を見ると、素晴らしい王様だったんでしょうね。
「みな、辛い思いをさせたな。すぐにそこから出してやる。アナリアとテーリアも手伝ってくれぬか」
「わかりましたっ」
私たちは手分けをして、十人全員を檻から救出します。
そして腕に付けられた拘束具を外そうとしたのですが――触れると、魔力が座れるような感覚がして、うまく魔術が発動できません。
「なんじゃこれは」
「あたしもわかんねえよ、いきなり付けられたら、魔術が使えなくなっちまったんだ」
「アイシャはわからぬか?」
「いえ、私にも。申し訳ございませんスノウ様」
アイシャと呼ばれた女性は、しゅんと沈んだ様子でそう言いました。
白い肌に青い髪、そして落ち着いた様子にと、彼女からはフレイさんとは間逆な印象を受けます。
でもスタイルはとてもよくて――と言いますか、捕らえられていた魔族たちは、みな胸が大きいのです。
あと女性しかいません。
スノウさんもそこそこ大きいですけど、彼女たちに比べるとそこまでではありません。
そう言えば、確かフレイさんは側近って言ってましたよね。
距離の近さから言って、アイシャさんも似たような立場……だとすると……胸が大きいのって、もしかしてスノウさんの趣味だったり?
「ううむ、悔しいが我には壊せぬな。アナリアはどうじゃ?」
「スノウさま、あいつは?」
「我を……いや、我らを救ってくれる恩人じゃ。我と並んで、次なる魔族の国の支配者となる者よ」
国を作るとは聞いてましたけど、私、そんなものになっちゃうんですか。
「次なる、魔族の国? スノウ様、それは一体……」
「おぬしらにはあとで説明してやろう。今は拘束を解くのが優先じゃ」
「でも私、スノウさんと同じ魔力しか使えませんよ?」
「そんなはずはあるまい、ここにはテーリアもおるし、我よりも少し劣るが優秀な魔族も揃っておる」
私はてっきり、スノウさんの魔力しかコピーできていないと思ってたんですが……全員分、使えるんですかね。
だとしたら、とんでもない魔力量になっちゃうと思いますけど。
とりあえず私としてもあの拘束は解いてあげたいので、改めてフレイさんの拘束具に魔術を叩き込みます。
それは魔術障壁と同じく、いつの間にか私の頭の中に知識として存在したもの。
スノウさんが千年以上をかけて習得したものを、こうも簡単に使えると申し訳ない気もしますが――今は魔族を救うため、です。
その魔術の名は、ショックバースト。
魔力をそのまま“衝撃”に変換し、対象に打撃を与える単純明快、かつ破壊力に特化した魔術でした。
するとバキィッ! と金属の拘束具は砕け、フレイさんの両手は自由になります。
「すげえ、スノウさまでも無理だったのに、マジで壊しちまった……」
私も、ちょっとびっくりです。
でも驚いている暇はありません。
私は続けて残り九人の拘束具も破壊していきます。
そのたびに尊敬の眼差しを向けられて、実はちょっぴりいい気分だったり。
「これがアナリア様のお力ですか、素晴らしいです」
「アナリア、様?」
アイシャさんにそう呼ばれ、私は首を傾げました。
「スノウ様が認めたお方なら、私たちはたとえそれが人間であろうと忠誠を誓います」
「うんうん、スノウさまが認めてる上に、こんな力を見せられちまったら、従うしかないって!」
「えっと……スノウさん、それでいいんですか?」
私は助けを求めるように、彼女の方を見ます。
「問題なかろう、核の中を使っておる以上、おぬしこそが真の王なのじゃからな」
「真の王って……なんかすっごく偉そうですけど、そんなの私には無理ですよ?」
「大丈夫じゃ、我が支える」
それもそれで不安です。
でも、今の魔族たちには居場所がないですし、救出した人たちも核の中で過ごすことになるんでしょう。
でしたら多少は、敬われても……いいんです、よね。
とはいえ、やっぱり“様”付けには慣れませんが。
無能核の私なんかが、そんな風に呼ばれちゃっていいのかな、と思ってしまいます。
そんな私の不安を察してか、アイシャさんとフレイさんは柔らかな微笑みを私に向け、言いました。
「力を持つ者に従うことが私たちの幸せです」
「そうだぜ。戦闘はもちろんのこと、家事全般から夜のお供まで、何なりと任せてくれよな!」
「いや、夜のお供はちょっと……」
ほら、テーリアが「ふーふー!」言って威嚇してますし、どうどう。
「しかしアナリアよ」
「なんですか?」
「そやつらも一人の魔族じゃ、あまり相手をせずに放って置くと、欲求不満で襲われるからのう。適度に発散させてやった方がよいぞ」
「まっさかぁ。アイシャさんもフレイさんも優しそうな人ですし、さすがに襲ったりするなんてことは――」
言いながら二人の方を見ると、意味深ににっこりと笑われてしまいました。
「そうですか、あるんですね」
「うむ、よくあるぞ」
しかもよくあるんですか。
あと周囲の残り八人の魔族たちもニコニコしてます。
そう言えば、スノウさんって毎晩女性に溺れて寝てたみたいなこと言ってましたし……そういう人たち、なんですかね。
いわゆる、ハーレムみたいな。
ううむ、テーリアも含めて、これから大変なことになりそうな気がします。
……まあ、その問題は後回しにするとして。
今は潰した男たちから情報を聞き出さなければなりません。
アスフェン卿と繋がり、ゴーレムを与えたのが一体誰なのか――それを知るために。
この話の前にアナリアがテーリアに何をされたか気になる……という方は、↓の『当小説のノクターン版について』へどうぞ。ノクタ版について説明した活動報告に飛びます。