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005 兄もデレましたが妹に襲われてそれどころじゃないみたいです

 





「……クラースが消息を絶っただと?」


 兵より報告を聞き、屋敷で葡萄酒片手に上機嫌だったアスフェンの表情が一変する。

 ルクスを仕留めるために出撃させていたのだが、まさか彼にやられたというのだろうか。

 いや、それはありえない――と彼は即座に否定する。

 ヴィーリスであれば、A級魔術師程度ではたやすく葬れるはずだ。

 たとえパイロットがB級魔術師であったとしても。

 誰もがS級以上の力を発揮することができる、それが機兵(ゴーレム)の恐ろしさなのだから。


「ルクスを守るように別のヴィーリスが現れ、邪魔をしたところまで随伴していた別の兵が目撃しております」

「別のヴィーリス……まさか」


 アスフェンには心当たりがあった。

 彼は向かいの席で偉そうにテーブルの上に足を乗せる、細く目付きの悪い男を睨む。

 帝国十二神将の一人、ラート・ネジャンミスだ。

 黒いコートを纏った彼は、アスフェンの視線を受けて「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「魔王追跡中に消息を絶ったうちのヴィーリスだって言いたいワケ」

「王国と十二神将の管理外にある機兵(ゴーレム)が、それ以外にあるか?」

「つまり、お宅に貸し出したうちのヴィーリスも、同じように謎の敵に奪われたってことかなぁ」

「わからん。少なくとも私の知るルクスにそのような力は無い」

「……送還者(ディポーター)


 ラートはぼそりと、聞き慣れない単語を発した。


「ディポー……なんだそれは」


 アスフェンは聞き返す。

 するとラートは目を細め、語りだした。


「我々放浪者(トラベラー)と対を成す存在だよ。その存在だけは示唆されてきたけど、実在が確認されたことはなかった」

「そいつなら、山を消すこともできると?」

「理論上は。にわかには信じがたいけどねえ、でもそうじゃなきゃ、十メートルを越すデカさのヴィーリスや、それ以上にドでかい山が忽然と姿を消すなんてこと、ありえないだろ?」


 無論、そんなものは存在しない。

 山を消したのも、ヴィーリスを奪ったのも、アナリアたちなのだから。

 しかし、まさか無能核の彼女にそんな力があると思っていないアスフェンとラートは、見えない強大な敵に恐れおののく。


「で、も。いくら送還者(ディポーター)でも、ボクらの存在には気づいてないみたいだ」

「なぜそう言い切れる?」

「きひひっ、気づいてるならとっくに、直接潰しに来てるって」

「……確かに」

「一番心配なのは、捕まった可能性のある……えっと、誰だっけ」

「クラースだ」

「そう、クラース。B級魔術師のクラース君!」


 明らかにB級である彼を見下すような言動に、アスフェンは顔をしかめた。

 だがラートは気にする様子はなく、不愉快に口角を歪めたまま話を続ける。


「その彼がさあ、うっかり情報を話しちゃわないか、不安なワケよ」

「心配無用だ、あなたのことを知っているのは私と、ここにいる兵の二人だけだからな」

「だとしても、繋がるような情報が漏れちゃう可能性はあるわけじゃん? だから自爆魔術を仕込んどけって忠告したんだよ」


 どうあってもクラースを信じようとしないラート。

 しかしアスフェンは、よほど信頼を寄せているのか、不敵な笑みを浮かべてこう反論した。


「クラースが情報を漏らすわけがない。彼はプロフェッショナルだ、生半可な拷問ごときで口を割るほどヤワな男じゃない」

「信じていいワケ?」

「ふっ、私が保証しよう。クラースは何があっても、私のことはおろか、一切の情報を漏らすことは無いとな!」


 自信に満ちた表情のアスフェン。

 それを見たラートは、釣られるように「きひひ」と笑った。




 ◇◇◇




「ごめんなさい私はアスフェン様の命令でルクス様を襲いました、だからもう許して下さあぁぁぁいッ!」


 核内空間に、クラースさんの情けない叫びが響き渡りました。

 見事な土下座です、十点をあげたいぐらい。

 彼の顔は、スノウによる度重なる痛めつけによりボコボコになっています。

 ちょっとかわいそうかも。


「あっさりゲロったのう」


 そもそも、顔見知りを送り込んだ時点でバレバレだったわけですが。

 ゴーレムさんの中身を見られるはずがないって高をくくってたんですかね。


「スノウさんの拷問が激しすぎるだけです……うっぷ」


 思い出すだけで、お腹のあたりから何かがせり上がってきそうです。

 テーリアに至っては、怯えた様子で私の胸に顔を埋めています。

 十二歳には、刺激が強かったですよね……よしよし、いい子いい子。


「あれでも加減したつもりだったんじゃが」

「魔族怖いです……」

「我から言わせれば、人間の方がよっぽど恐ろしいわ。で、どうするんじゃ。今なら何でも聞き出せそうじゃが」


 私はしゃがみ込み、クラースさんに近づきます。

 すると彼は「ひっ」と声を引きつらせて怯えました。

 いや、私は何もしてないんですけど。

 濡れ衣なんですけど!


「どうしてアスフェン卿は、兄様を襲うように命令したんですか?」

「いずれトルス伯の領地をトレミュラー家のものにするために、優秀な人間から殺そうとしていたんですっ、だからもう脳内に直接痛みを送り込むのはやめてください!」

「私はしませんから!」

「やめてというのは“もっとやってくれ”ということではないのか?」

「ひぃぃっ!?」

「スノウさん脅すのはやめてください、ショックで死んじゃったらどうするんですか!」


 スノウさんって、どこまでもサディスティックですね。

 私とお話してるときは、割と優しいんですけど……もしかして、男性が相手だから?


「しかし、兄様を襲った目的が領地を奪うためとなると、そもそも婚約の話を進めたこと自体が……」

「……わたくしたちの領地を取り込むため、だったのかもしれませんわね」


 私の背中に抱きつくテーリアが、捕捉するように言いました。

 そう、最初から彼はそのつもりだったのです。

 そして婚約破棄したのは、婚約などせずとも、領地を奪える算段がついたから、でしょうか。


「お姉さま、ゴーレムの出処を聞いていただいてもよろしいですか?」

「出処を?」

「アスフェン卿の父親、フュンネル伯はうちより少し裕福ですが、全身ミスリルでできたゴーレムを購入できるほどとは思えませんもの。しかもそれを、アスフェン卿の私兵が扱っている。奇妙だと思いませんか?」


 ミスリルは、採掘量こそ多いものの、需要も高いためそこそこ値段が張ります。

 確かにテーリアの言う通り、これだけのミスリルの塊を買おうとすれば、未だ家を継いだわけではないアスフェン卿の財力だけでは難しいでしょう。


「そういうわけです、クラースさん。教えてもらってもいいですか?」

「それは……俺にも、わかりません」

「聞き分けの悪いやつじゃのう」


 そう言って、スノウさんが手をかざしました。

 するとクラースさんの表情が恐怖に歪み、頭をかばうように抱え込みます。

 完全にトラウマになってますね。


「ち、違うんですっ、本当に知らないんですぅっ! アスフェン様が怪しいやつらと繋がってることしか」

「スノウさん、たぶんウソはついてないと思います」

「……そのようじゃな。その怪しいやつらの正体は?」

「わかりません。ただ……王国でないことだけは」

「王国とは別の勢力か、妙なやつらが暗躍しておるようじゃのう」


 闇の組織とか、想像の中の存在だと思ってました。

 本当に実在するんですね。


「もうひとつ聞くが、アスフェンとやらが持っておるのはこのヴィーリス一機だけか?」

「いえ、残り九機のヴィーリスと、赤い機兵(ゴーレム)が一機、領内に配備されています」

「十機もいるなんて……! まさか、そのゴーレムさんの力で、アノニス家を潰すつもりだったんじゃ!?」

「野蛮な男ですわ」


 だからアスフェン卿は、自信満々で婚約を破棄したんですね。

 でもひどいです、昔から仲良くしてきたお隣さんなのに、いきなり武力で制圧しようとするなんて。

 しかも、兄様が一人になったところを狙って襲いかかったり、卑怯な手まで使って!


「クラースよ、他になにか我らに話すことは無いか?」

「いえ……俺、ただの雇われ兵士なんで、そんな重要な情報は与えられてないですし……」

「そうか、ならば死んでもらおう」

「ひえっ!?」

「待ってくださいスノウさん!」


 スノウさんは人の命を軽く扱いすぎですって。

 まあ、自分たちを滅ぼした存在ですから、仕方ないのかもしれませんけど……私は、誰かが死んだりするのは、ダメだと思います。

 テーリアだって、たぶん同じ気持ちです。


「生かしておけば、こやつは必ずおぬしのことを主に話すぞ。殺して口を封じるのが一番じゃろう」

「そうかもしれませんけど……もっと、別の方法は無いでしょうか」

「我には思いつかん」

「そうですね、例えば――」


 私は必死で頭をフル回転させて考えます。

 要は、クラースさんがアスフェン卿のところに戻らないようにしたらいいんですよね。

 たぶん、情報を漏らしたことがアスフェン卿にバレたら、処分されるはず。

 だからクラースさんは、『自分は拷問を受けたけど何も喋らなかったぞ!』とアピールしようとでしょう。

 それさえ封じてしまえば――


「スノウさん。この人の顔に、文字を刻んだりできますか?」

「焼けばできるぞ」


 痛そうですけど、死ぬよりマシですよね!


「じゃあ、ごにょごにょ……」


 私はスノウさんの耳に口を近づけ、こっそりとそれを教えます。

 テーリアも寄ってきて、興味津々に私の話を聞いています。

 すると二人は頬を引きつらせ、若干どん引いた表情で私の方を見ました。


「お姉さま、えげつないですわ」

「おぬし、それ……死ぬよりひどいぞ?」

「そうですか? でも私、目の前で人が死ぬのは耐えられませんから」


 死ぬより残酷なことなんてありません。

 私が笑顔でそう言い切ると、スノウさんは盛大にため息をつきました。

 うーん、そこまで酷いですかね。




 ◇◇◇




 私たちは尋問を終えたクラークさんを山の中に解放しました。

 もちろんヴィーリスはもう私たちのものなので、彼は体一つです。

 でも命があればなんでもできる。

 これからは卑怯なことはせずに、強く生きて欲しいものですね。


「お、おい待ってくれ……待ってください! こんなこと書かれたんじゃ、俺もう生きていけないです!」


 そうやって目をうるませるクラークさんの顔には、


『私は敵にアスフェン卿の情報を漏らした腰抜け野郎です』


 と刻まれていました。

 確かに消えない文字かもしれませんが、死ぬよりはずっとマシだと思うんですが……スノウさんとテーリア、今も引いてるんですよね。

 そんなですか? 私の感覚がおかしいだけ?


「せめて兵士として名誉の死を!」

「大丈夫です、世の中には優しい人がたくさんいますから」


 スノウさんと出会えたように、きっと誰かが手を差し伸べてくれることでしょう。

 私は爽やかな笑顔で手を振りながら、崩れ落ちむせび泣くクラースさんから離れていきます。


 これにて一件落着――と行きたいところですが、アスフェン卿の野望はまだ止まっていません。

 十体ものゴーレムさんが攻め込んできたのでは、スノウさんの力があったとしても、被害をゼロに抑えるのは難しいでしょう。

 ひとまず、屋敷に戻って作戦を考えなければなりません。

 兄様の様子も気になりますからね。




 ◇◇◇




 私が全速力で屋敷に戻った一時間後、兄様が馬車で戻ってきました。

 その表情は暗く、明らかに落ち込んでいます。

 迎えた両親は心配しながら駆け寄りました。

 いつもなら兄様は『放っておいてくれ』手を払い除けるところですが、力のない笑みで「大丈夫だよ」と返事をしています。

 私とテーリアは、並んで二階の窓からその様子を見ていました。


「お兄さま、落ち込んでますわね」

「いきなりゴーレムさんに襲われましたからね、仕方ありません」

『己の無力さを知ったのだろうよ』

「でもモンスターの討伐には成功したんですし、やっぱりすごいと思います」


 家族としてはあまりいい思い出はありませんが、兄様のおかげでアノニス家は将来安泰なんです。

 だから、素直に尊敬しています。




 ◇◇◇




 それから二時間後――自室で読書をしていた私のもとに、兄様がやってきました。

 いつもは言葉すらかわさない相手ですから、もちろん私の部屋に来ることなんてありません。

 ノックのあとに続けて聞こえてきた低い声に驚きながら、私はすぐに部屋に招き入れました。


「とりあえず、座ってください」


 私が椅子を用意すると、兄様は「ありがとう」と言って腰掛けました。

 うわあ、お礼とか言われたの初めてです。


『……嫌な予感がするのう』


 私も同感でした。

 道具の整備と片付けが終わってすぐに私の部屋に来た――それほどまでに急がなければならない理由があったということですから。


「同じ屋敷の中に住んでいるのに、こうしてアナリアの部屋を見るのは初めてだな。思えば私は、お前のことを何も知らない」

「仕方ありません。無能核の私では、政略結婚の道具として、兄様を支えることすらできないんですから」

「アスフェン卿のことか……あれはお前の責任ではないだろう。あの男が、自分の都合で身勝手に放り出しただけのことだ」


 兄様、それわかってたんですね。

 父様の方は単純に無能核だから捨てられたと思ってたみたいですけど。


「実はな、今日のモンスター討伐途中で、私は機兵(ゴーレム)に襲われたのだ」

「えぇっ! あのゴーレムさんに!?」


 私は大げさに驚いてみせました。

 すると兄様は、「ふっ」と吹き出すように笑います。

 ちょっとわざとらしかったですかね……。


「アナリア、お前には兵器の知識など無いはずだと思っていたが、どこで機兵(ゴーレム)のことを知った?」

「へ? えっと、それは……書物、で……」

「そうか、書物か。だが機兵(ゴーレム)の記載があるということは、魔術に関する書籍だろう? 無能核のアナリアが、なぜそのようなものを読んだのだ」


 確かに私は、実際に見るまでゴーレムさんの存在を知りませんでした。

 ですがテーリアが知っていたので、私が無知なだけで当たり前のようにみな知っていると思っていたのですが――私は魔術書を読まなかったから知らなかったんですね。


『アナリアよ、この男はカマをかけてきたのだ』


 それは、さすがに私もわかっています。

 そしてまんまと自分が引っかかってしまったことも。


「そう緊張するな、別に責めようというわけではない。むしろ、今日は礼を言いに来た」

「……もしかして、気づいてます?」

「ああ、あの機兵(ゴーレム)に乗っていたのはお前なのだろう?」


 兄様の鋭さを侮ってました。

 ですが、姿は見せてないはずですが――どうしてでしょう。


機兵(ゴーレム)というのは、搭乗者が頭の中でイメージした動きをトレースするんだったな。つまり、動きにアナリアらしさが出ていたんだよ」

「それだけで?」

「テーリアとお前が外出していたことも聞いた。それに、山が消えたことも含めて、どうも我が家にとって都合が良すぎると思ったんだ。益するために、誰かが動いているとしか思えないほどに」

『そしてカマかけにまんまとおぬしが引っかかったがゆえに、疑惑が確信に変わった、と』


 ううぅ、結局は私のせいなんですね。

 でも仕方ないじゃないですか、そういう駆け引きって苦手なんですよ。


「いつからそのような力が使えるようになった?」

「ここ数日です」

「テーリアの態度が変わったことも関係が?」

「あります」

「これからどうするつもりだ」

「……詳しくは、考えてません。でも、私の力でみんなが幸せになるなら、それが一番いいと思います」

「ふっ、そうか」


 兄様の真剣な表情が、一瞬にして緩みました。


「そうだな、アナリアはそういうやつだった。ならいいんだ」

 

 若干馬鹿にされてるような気もしますが、兄様はどうやら納得してくれたようです。


「父様たちには言わないんですか?」

「その様子では、私が言わずともいずれ気づかれるだろう」

『まあ、そうじゃろうな』

「うっ……」


 確かに、隠し通せる自信はありません。


「アナリアが魔力を得ることで、アノニス家のマイナスになることは無い。ならば私が止める必要もない。いや、むしろ礼を言うべきだな」

「兄様……」


 椅子から立ち上がった兄様は、深々と私に頭を下げて言いました。


「ありがとうアナリア、私の命を救ってくれて」

「あ、頭を上げてくださいっ! 私はそんな、大それたことをした覚えはないというか、勝手に後をつけてごめんなさいといいますか……」

「お前がいなければ私は死んでいたのだ、差し引いてもなお感謝しか残らんよ」


 ぐぬぅ、顔が熱くなってきました。

 感謝されるのに慣れてないんです。

 それが兄様相手となるとなおさらに、絶対にありえないことだと思ってましたから。


「本当に、怖かったのだ。あのような経験は初めてだった。見た瞬間に、『ああ、自分では絶対に敵わない相手だ』と頭が理解し、体が動かなくなった。迫る死を前に、自分はこんなにも脆弱なのかと知ったよ」


 兄様は、声を震わせてそう言いました。

 それは、初めて見る彼の“弱さ”でした。

 完璧だと思ってた兄様にも、そういう一面があったんですね。


「……すまない、情けない声を出してしまった。そろそろ行かせてもらう、邪魔したな」

「まだお茶も出してませんが……」

「家族なのだから、そのようなことを気にするな。それに、できるだけ早く父様とも話しておきたい。私の頭が冷えている間にな」


 そう言って、兄様は優しい表情で部屋を出ていきました。

 まるで憑き物が落ちたようです。

 結果的に、ゴーレムさんに襲われたことが、プラスに働いたんでしょうか。

 初めて交わすことのできた家族らしいやり取りに、私の胸には温かいものが溢れています。

 そんな余韻をぶち壊すように、スノウさんが言いました。


『おぬしの家族、総じてチョロいな』

「素直って言ってください!」


 いや、確かに……ちょっとチョロいかな、とは私も思いましたけど。




 ◇◇◇




 さて、そんなチョロい兄妹の片割れ、テーリアは、今日も今日とて枕を持って、私の部屋へやってきました。

 数日前まで食事すら出さないレベルでツンツンしてたことを考えると、確かにとんだ豹変っぷりです。

 スノウさんは核の中ですでに寝ているようで、静かなものでした。

 布団に潜り込んだテーリアは、持ってきた枕をほぼ使わずに、私に抱きついてきます。


「お姉さま、お姉さまっ」


 子供のころを思わせる甘えっぷりに、私の頬も緩んでしまいます。

 ツインロールも捨てがたいですが、こうして髪を下ろして、寝間着姿の無防備なテーリアもかわいらしいです。

 まあ、抱きつくのに足まで絡めているのは気になりますが……抱きまくらみたいなものなんでしょうか。


「はあぁ、こうしてお姉さまの匂いを嗅ぎながら同衾するこの瞬間のために、わたくしは生まれてきたんですわね……」

「大げさですよ、テーリア」

「いいえ、そうに決まっています。わたくしはこうするために、お姉さまと同じ産道から生まれてきたんですわ」


 産道って。

 いや産道って!

 色々とぶっ飛んでるテーリアですが、これもまあ、好意の表現だと思えばかわいらしい……ええ、かわいらしいものです。


「はあぁ……お姉さま。好きです、超好きです。心臓が止まっちゃうぐらい愛していますわ」

「心臓が止まったら、私が悲しみますよ」

「止まっても幽霊になってお姉さまに取り憑くので問題ありません」


 ジョークに聞こえないのがテーリアのすごいところです。

 でもできれば、まっとうに生きていて欲しいものですね。


「お姉さまぁ……キス、しませんか?」


 ゾクリとした寒気を背筋に感じた私は、予防線を張るように先手を打ちます。

 抱きしめたテーリアの額に、口づけしたのです。


「これでいいですか?」

「ダメです」


 予防線は無残に引きちぎられたようです。

 とんだパワーファイターですねこの子。


「口と口をつけて、濃厚に舌を絡めるのがキスだと聞いたことがありますわ」

「どこでその間違った知識を仕入れたんです……?」

「お兄さまが給仕の女性としていました」


 まさかの目撃談。

 あの真面目な兄様が、まさか給仕に手を出していたなんて……これかなりショッキングな事実ですよ。

 というか十二歳になんてもの見せてるんですか、兄様ー!


「わたくしも、お姉さまのことを愛しています。ですから、濃密なキスを……」

「い、いや、私たち姉妹ですし」

「血縁者が交わってはならないのは、子供を作るときだけですわ。女同士ならなんら問題はありません」

「問題しかありませんよ!?」


 声を荒らげても、テーリアの接近は止まりません。

 吐息が当たるほど近くまで、顔が近づいています。

 うわあ、まつげが長くて目もぱっちり、唇も柔らかそう……じゃありません、止めないと、今すぐ止めないと!

 そもそもこの子、十二歳ですよね。

 なんで私より年下なのに、こんなに積極的で知識豊富なんですか!?


「嫌なら突き飛ばしてください、お姉さまにはそれができる力があるはずです」

「そ、それは……」

「そうしないということは、わたくしを受け入れてくださるということですよね?」


 受け入れるというか、拒絶できないというか。

 だって、妹ですよ?

 大事な大事な妹なんですよ?

 それを悲しませたくないと思うことは、姉として当然であって――あ。


「ん……っ」


 うあ、唇、当たっちゃってます。

 しかもテーリアは、半開きの唇から舌をちろっと出して、私の唇をなめてきたりして。

 くすぐったくて、ぞわぞわして……これは、やっぱり、姉妹でやることじゃないですよぉ。


「ふふ……ファーストキス、お姉さまに捧げてしまいました」


 顔を離したテーリアは、舌なめずりしながら妖艶に微笑んでいます。

 私の心臓がどきりと跳ねて、金縛りのように固まってしまいました。

 たぶん、彼女に、取り憑かれてしまったんだと思います。


「求めていただかなくても構いません。受け入れてくださるのなら、それだけで」


 そう言って、テーリアは肉食獣のように私に覆いかぶさってきました。

 私は為す術もなく、そのまま――食べられてしまって。

 いや、なんか途中で食べちゃってた気もしますが、たぶんそれは夢の中の話で。

 とにかく、その夜に私は、実の妹と……とんでもないことを、してしまったのでした。






アナリアがテーリアに何されたか気になる! って方は下の『当小説のノクターン版について』↓へどうぞ。ノクタ版について説明した活動報告に飛びます。

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