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003 妹が発情したみたいです

 





 とりあえず落ち着こうと私は自室に戻り、椅子に腰掛けました。

 テーリアは当たり前のように私の膝の上に座っています。


「こうしてお姉さまの膝の上に座っていると、昔のことを思い出しますわ」

「確かによくこうして、一緒に歌ったりしていましたね」


 その間、テーリアのバネみたいなツインロールをいじくったりしたものです。

 試しにやってみると、昔と変わらず、びよんびよんと伸び縮みしてくれます。


『されるがままじゃな』


 むしろ触られるのが嬉しいのか、気持ちよさそうな表情を浮かべています。

 しばらくそうやってじゃれていたのですが――テーリアは、どうして私が魔法を使えるようになったのか、不思議に思ったりしないんでしょうか。

 もしかして、私の説明待ち?


「ねえテーリア、実は私ね……魔法を使えるようになったのには、ある事情があって」

「お姉さま、いいんですのよ、理由なんてどうでも。わたくしはこうして、対等にまたお話できることが嬉しいのです」


 私は正直、別人すぎてちょっと怖いです。

 ですが以前のテーリアに戻ったと考えれば、そうおかしなことでも無いのでしょう。

 とはいえ、私が無能核であるという事実が変わったわけではありません。

 魔法を使えるのも、核の中にスノウさんがいるおかげですし……彼女がいなくなったら、また元に戻ってしまうんでしょうか。

 とりあえず、その辺の事情を説明することも兼ねて、テーリアには一度、私の力を見せたほうがいいのかもしれません。


「私もそれは嬉しいですよ。でも、だからこそ知っておいて欲しいんです。そこでまずは……私の中に入ってほしいんですが」

「えっ」


 テーリアはきょとんとしています。

 確かに、今の言葉は説明不足でしたね。


「私にはそういう力があることがわかって、入れるようになったんですよ」

「お姉さまの中に、わたくしが?」

「ええ、嫌ですか?」

「いえっ! 嫌ではないですわ! むしろ大歓迎! というかわたくしの方に入っていただいて全然いい感じなんですが!」

「……ん?」


 テーリアははぁはぁ言いながら、興奮した様子です。

 私の核はともかく、彼女の核に入ることなんてできないはず、ですよね。

 それとも血の繋がった姉妹だから、実は同じ力があるとかなんでしょうか。

 いやいや、だとしたら私のアイデンティティが完全崩壊じゃないですか!

 無能核だからこそ――魔力が無いからこそ、広いスペースが空いてる、という理屈のはずですし。


「さすがにテーリアの方は狭いので無理だと思いますよ」

「確かにわたくしはまだ幼いですが、お姉さまだったら受け入れてみせましょう!」

「そ、そう? でも今日のところは私のでお願いします。テーリアに知ってもらうために、必要なことですから」

「必要な、こと……」


 ごくり、とテーリアの喉が動きます。

 やけに緊張してますね、ただ核の中に入るだけなのに。

 すると彼女は私の膝の上から降り――上着に手をかけました。


「では、服を脱ぎますね」

「なぜ!?」

「だって服を脱いだほうが……ああそうでしたか、お姉さまは着衣の方がお好きなのですわね! でしたらどうぞ、このままわたくしを好きになさってください!」


 両手を広げ、私を待ち受けるテーリア。

 これには姉もさすがにびっくりです。

 え、なに? この子は一体、なにを想像してるんです?

 まあ好きにしろって言われましたし……私はテーリアに近づくと、核を体に当てました。


「あんっ」


 肩に当てただけでなんでそんな声が出るんでしょう。

 とりあえず軽く念じて、テーリアを核の中にご案内。

 続けて私自身も中に入り、彼女を追いかけました。

 するとすぐに、呆れ顔のスノウさんが目の前に現れます。


「アナリア、お前さんは……」

「私、なにかやっちゃいました?」

「……いや、この場合はおまえさんの妹にも問題がある」


 そういえば、テーリアはどうなったんでしょう――と思って周囲を見回すと、スノウさんの後ろで口に手を当ててあわあわしています。


「お姉さま……その女は誰ですの!?」


 まずは“ここはどこ?”が先だと思いますけど。


「わたくしとお姉さまの間に入り込むなんてふざけた真似を、この泥棒猫ッ!」

「テーリア、落ち着いて」

「お姉さま、この女の肩を持つんですの!? わたくし、お姉さまの中に入れると聞いて喜んでおりましたのに、こんな仕打ちありませんわ!」


 あれ、もしかしてテーリア、勘違いしてます?

 いや、思えば最初からおかしかったですし、つまり彼女は“私の中”という言葉を……あー、そういうあれで。

 まだ十二歳なのに、どこで覚えたんですかそんな言葉。


「だから落ち着いてください、ここが私の魔力核の(・・・・)中です!」

「お姉さまの、魔力核……?」

「そしてこの人が、私に魔力を与えている魔王スノウさんです」


 スノウさんは「よっ」と片手を上げてテーリアに挨拶をしました。

 ノリが軽いですね。


「ど、どういうことですの?」

「私自身もまだわかっていないんですが――」


 かくかくしかじか、私は自分の身に起きたことをテーリアに説明する。

 魔力がなさすぎて核の中に広いスペースが空いていたこと。

 偶然にもその中にスノウさんが入り込んでしまったこと。

 その魔力を私自身が使えるようになってしまったこと――すべてを聞いて、辛うじて理解したテーリアは、いきなり私の手を掴んできました。

 そして、目をキラキラと輝かせています。


「つまり、お姉さまは素晴らしい力の持ち主だったということですわね!」

「他の人の力を借りないと、魔法は使えないんですよ?」

「関係ありません。核の中に人が入れるという時点で前代未聞ですわ! やっぱり、わたくしのお姉さまは世界一のお姉さまです!」


 そういえば、小さい頃はそんなこと言ってましたね。

 理想と現実のギャップを知って、いつの間にか使わなくなった言葉でしたが――お世辞だとしても、嬉しくなってしまいます。


「そしてわたくしは今……お姉さまの中にいるのですね」


 なぜか頬を赤らめるテーリア。

 お願いだからその方向性から離れてもらえないでしょうか。

 というか私たち姉妹ですよ!?


「愛の前には血の繋がりなど無力なのじゃな……」


 なに悟ったみたいに言ってるんですか。


「ですが、魔王と言われてもいまいちピンと来ませんわ。本当にこの女性が、魔族の頂点に立つと言われる魔王ですの? お姉さまとさほど年齢も変わらないですわよね」

「実年齢は千を超えておる、人間の基準で我の力を測れるはずがなかろう」

「そうなんですのね。まあ、わたくしとお姉さまの間に割り込んだりしないのなら、別に気にしませんが」


 いつから私とテーリアはそんな関係になったんですかね。

 ですがまあ、スノウさんの存在は受け入れてくれたということで……良しとします、か。


「とは言え、その目的は気になりますわ。何のために魔王が、お姉さまの力を貸していますの?」


 テーリアは鋭い視線でスノウさんをにらみました。

 しかしスノウさんの方は、『人間ごときに睨まれたところで』と全くひるんでいません。


「ここに国を作るだけじゃ。なんならおぬしも民にしてやってもよいぞ」

「国って……お姉さまの中に作るつもりですの?」

「そうだ」

「具体的なプランはありまして?」

「まずは土を敷き詰めて、農業でも始めてみようかと思っておる」


 それって、私が土を集めるんですよね。


「太陽や水がないのにどうするつもりですの?」

「そのへんはどうにかなるじゃろ」


 まさかのノープラン。

 それはさすがに、どうにもならないと思いますよ?


「とにかく、試してみなければわからんじゃろう。というわけで、土が欲しいのじゃ。いらん山でもそのあたりに転がってないのか?」

「そんな小銭みたいなものじゃないですから!」

「確か、お父様が『あの小山さえなければヒージュ伯の領地とスムーズに交易ができるのに』と嘆いておられましたわ」

「なんだ、あるではないか」


 そりゃあるかもしれませんけども。

 ヒージュ伯というのは、北の土地を統治する大貴族です。

 広さはもちろんのこと、領地内には鉱山があったり、大きな街があったりと、栄え方もこことは比べものになりません。

 一応、今でも交易はしているのですが、山のせいで迂回をせねばならず、必ず別の伯爵の領地を通らなければなりませんでした。

 そこの息子が、先日私と婚約破棄をしたアスフェン卿なわけです。


「ところで、ここに寝ている金属の塊……ゴーレムですわよね。これも、お姉さまが中に入れたんですの?」

「そうですよ」

「すごいですわ、こんなに大きな物がお姉さまの中に入るなんて……」


 テーリア、その言い方どうにかなりませんかね。


「ですがさすがに、山は無理だと思いますわ」

「そうじゃな、我も厳しいとは思っておる」


 あ、さすがにスノウさんもそれは無理だと思ってたんですね。


「“山”といっても、どこからどこまでを指すかわかりませんからね。そう都合よく切り取れるはずがありません」

「まあ、試すだけならタダじゃ」


 それはそうですけど。

 もしできちゃったらと思うと、ためらってしまいます。

 いや、出来っこないとは思いますけどね?


「幸いにもすぐそこですし、明日にでも試してみるとよいのでは? そのときは、ぜひわたくしも連れて行ってくださいね、お姉さまっ」

「がっかりさせちゃうと思うけど……」

「ダメで元々ですもの。わたくしはただ、お姉さまとお出かけしたいだけですので」

「我も期待せずに、気楽に見せてもらおう」


 誰にも期待されないというのは、それはそれで少しさびしい気がします。

 しかし、おかげで気軽に試せそうです。

 テーリアの言う通り、お弁当でも持って、ハイキングのつもりでちょうどいいぐらいでしょう。

 こうして私は明日、北にある小山に向かうことにしました。




 ◆◆◆




 アイリィス王国は、ここ数十年、飢餓というものに遭遇したことがなかった。

 肥沃な大地、豊かな水、そして穏やかな気候――他国が羨む要素をいくつも兼ね備えていたのだ。

 さらに王国は、魔力増幅作用を持つ鉱石“ミスリル“を使い、機兵(ゴーレム)と呼ばれる兵器を開発。

 明らかなオーバーテクノロジーである機兵(ゴーレム)を前に、武力の面でも王国は覇権を握った。

 それでも大陸が平和だったのは、アイリィス王国が他国への侵略を行わなかったからだ。


 だが、状況は変わった。

 そんな王国が『魔族を攻め滅ぼした』という報せは、瞬く間に大陸全土に広がっていく。

 そして隣接する全ての国家は、『次は我が身』と戦々恐々とするのだった。


 しかし、光があれば闇がある。

 急速な発展を見せるアイリィス王国。

 その裏側で、蠢く者たちがいた。


 彼らの名は――帝国十二神将。


 王国を影で支配する者たちのくせになんで帝国なの、とか。

 十二人はちょっと多すぎるんじゃないの、とか。

 もう飽きるぐらい言われてきたので、彼らは特に気にしていない。

 アイリィス王国を裏から支配すること。

 それこそが、十二神将の目的であった。


 そのうちの一人――ラート・ネジャンミス。

 髪は短く灰色で、顔色は悪く、体は細い。

 目も細長く釣り上がっており、控えめに言っても目つきが悪い。

 十二神将が共通して纏う黒い衣服が、その不吉な外見をさらに際立たせていた。

 彼は常に親指の爪をカリカリと噛みながら歩く。

 そして――とある山の前で、足を止めた。


「きひひっ、これが高純度のエーテルが眠ってるっていう山かい」


 エーテルとは、ミスリルを超える魔力増幅率を誇る鉱石である。

 純度が高いほど増幅率と希少価値があがる。

 現在の主力量産機兵(ゴーレム)である“ヴィーリス”程度ならば、ミスリルだけでも問題はない。

 だが“第二世代”以降の機兵を作るためには、このエーテルが不可欠であった。


「ボクには信じられないねぇ、こんなクソ田舎の小さな山に、エーテルが眠ってるなんてさ」

「ですがラート様、歴史書にはそう記されております」


 部下らしき男が言った。

 するとラートは、苛立たしげにガリッと強く爪を噛む。


「んなこたぁわかってんだよォ、言わなくたってさあ! 信じられないってボクはそう感想を言っただけだろうが! 歴史書とかどうでもいいんだよ、適当に相槌でもうって同意しとけよてめえはよぉ!」

「も、申し訳ありませんっ!」


 癇癪を起こしたラートは、非常に厄介だ。

 というより、彼は人格に非常に問題のある人物で、すでアイリィス王国に来てから、側近となる兵士が五回も変えられている。

 おそらく今の兵士も、じきに変えられてしまうのだろう。

 だが、人格に問題があろうとも、その実力は紛れもなく本物だ。

 なにせ、“地祇核のSS級魔術師”なのだから。


「とりあえずボクの機兵(ゴーレム)を呼ぶかぁ。来いっ、ムシ――」


 ラートが手を上げ、遠くで待機している機兵(ゴーレム)を呼び出そうとした、その時であった。


 山が、消えた。


 何の前触れもなく、破壊されたわけでもなく、山が綺麗サッパリ消失してしまったのだ。


「……なん、だと」


 唖然とするラート。

 無論、すぐ傍にいた兵士もあんぐりと口を開いて驚いている。


「どうなってるんだ、どうして山が消えた!?」

「わ、わかりませんっ」

「わかれよぉっ! お前それが役目だろ!?」


 突然の事態に錯乱し、部下を蹴りつけるラート。

 あの高純度のエーテルが無ければ、任務を果たすことができないではないか。


「ですがこれはっ……!」


 兵士の方も、蹴られたところで原因がわかるはずもない。


「くっ……なぜだ、なぜこんなことに……!」


 戸惑うラート。

 一方で山の向こう側では――




 ◆◆◆




「……できちゃいましたね」

「できてしまいましたわ」

『できてしまったのう』


 私たちは、消えた山の跡地を見ながら、呆然と立ち尽くしていました。

 今になって思うと、あの『できるわけがない』という会話が前振りにしか思えません。

 私は核の中がどうなっているのか確認すべく、テーリアとともに中に入ります。

 すると目の前に、先ほどまで地上に存在した山がそびえ立っていました。


「うわぁ……」


 驚くというより、引いちゃいますね。

 いや、自分でやったことなんですけど、実際にできちゃうと……ねえ?


「それで、これを崩して、土壌にするんですの?」

「スノウさんはそう言ってましたね。頑張ってください」

「え、我が一人でやるの?」


 私とテーリアは同時にうなずきました。

 それはそうでしょう、国を作るっていうのもスノウさんの野望ですし。


「いや……無理じゃろ、これ」

「魔王なんですからできますよっ」

「言ったからにはちゃんとしてくだいませ、ここはお姉さまの中なのですから……ぽっ」


 テーリア、だからなんでそこで赤くなるの。


「いや無理じゃし! いくら魔王でも限界あるじゃし!」


 スノウさん口調が崩壊してますよ。


「まあ、時間はあるんですし、ゆっくりやってください。気が向いたら手伝います」

「う……うむ。できればもっと人手が欲しいがのう」

「それも考えてみます。私たちはとりあえず、屋敷に戻りますので」

「ごきげんよう」


 そう言い残し、あっさりと核から出る私とテーリア。

 そして改めて、綺麗さっぱり無くなった山の跡地を見て――


「これ、マズイですよね」


 私はテーリアに尋ねました。


「そう、ですわね。今ごろお父様たちは大騒ぎだと思いますわ」


 冷や汗が額に浮かびます。

 でも、まさか私がこれをやったとは思わないでしょうし。

 とりあえずは黙っておこう、と心に決めるのでした。






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