002 妹が急激にデレたみたいです
『今、魔術師にはSS級までしかないと思ったじゃろ』
あ、それわかってたんですね。
『つまり、魔王たる我の力は、人間の尺度などでは表現できぬと言いたかったのだ。別に間違えたわけではないぞ?』
「ならいいんですけど」
この人、もしかして天然……? なんて思ってたので、正直安心しました。
そして、いつの間にか傷だらけだったのが元気になってる気がするんですが、魔族パワーでどうにかしたんでしょう。
具体的には残った魔力で回復魔術でも使ったんでしょうね。
話も一段落したところで、私は倒れたゴーレムさんに近づきました。
至近距離で見るとやはり大きいです。
私はその体をよじ登ろうとしたのですが、
『飛べばよかろう』
というスノウさんの提案により、試しにジャンプしてみます。
「うひゃああぁぁぁっ!?」
すると、飛ぶわ飛ぶわ天高くまで。
力加減のわからない私は全力で踏み切ってしまったので、ゴーレムどころか森を見渡せるほど高く舞い上がり――そして、自然落下していきます。
あ、これ飛ぶときより落ちるほうが怖い。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
『落ち着くがよい、我の体はその程度では壊れん』
ズンッ、と両足でしっかりと着地します。
体がバラバラになってしまうのではないかと怯えていましたが、スノウさんの言う通り、無事五体満足のままです。
『やはり魔力だけでなく、身体能力も引き継がれておるようじゃのう』
「はあぁぁ……心臓止まっちゃうかと思いました……」
『くはははっ、愉快な人間じゃのう。まあ戸惑うのも仕方ない、慣れていくしかないじゃろうな』
「慣れるって、そんなに居座るつもりなんですか?」
『当然じゃろう。人間たちは魔族を滅ぼすつもりだからのう、居場所などどこにもあるまい』
王であるスノウさんがこんなど田舎に逃げてくるぐらいですし、かなり追い詰められてるみたいですね。
とはいえ、これだけの力があれば、ゴーレムに攻め込まれても大丈夫だと思うんですが。
「なんで、魔族は負けちゃったんですか?」
『こんな機兵が何百体も攻め込んできて、勝てる国などあると思うか?』
「何百体も……」
確かに魔王の力があっても、それは厳しいかもしれません。
そして私は今度こそ、力加減を調整して、ゴーレムのおなかの上に飛び乗りました。
スノウさん曰く、ここには“こくぴっと”なる人間が乗る部分があるそうなんです。
素手でそこの装甲を剥ぎ取り、パイロットさんとご対面。
乗っていたのは、仮面を被った二十代ほどの男性でした。
『全員仮面などつけよって、まったく不気味じゃ』
つまり、王国が差し向けた、対魔族部隊の軍人さんということですよね。
そんな人を倒しちゃった私って、かなりマズいことをしたような気がするんですが……。
『そう不安がるな』
「ですが……」
『こんな危険な兵器で、おぬしらの領地に無断侵入したのじゃぞ? まともな兵ではない、おそらく王国の誰かに非正規で雇われた傭兵じゃろう』
「正式な軍隊じゃないってことですか?」
『うむ、魔族相手とはいえ汚い手ばかり使ってきおったからな、表に出せん都合でもあるんじゃろ。ゆえに――この機兵をかっぱらっても、何の問題も無いということじゃ』
「かっぱらうって……」
『我が触れるだけで魔力核の中に入れたのだ。ならばこのゴーレムも、核の中に収納することが可能だろう』
いや、私としてはスノウさんが入れたこと自体、偶然じゃないかと思ってるんですが。
とはいえ、試すのはタダです。
パイロットの男の人は、とりあえずそのへんに投げ捨てます。
私の命を奪おうとした人なんですから、多少扱いが雑でもいいですよね。
そして装甲に魔力核を当てて――それだけじゃ何もならないので、試しに『入れ』と念じてみますた。
「うひゃあっ!?」
すると瞬時にゴーレムが消え、上に乗っていた私の体は宙に投げ出されます。
さほど高くないので問題なく着地できましたが、これで核の中に入れられたということなのでしょうか。
『よし、うまくいったぞアナリア。これでにっくき機兵が、晴れて我が軍門にくだったというわけじゃなあ……くかかっ!』
なんだか悪い笑い声が聞こえてきます。
流れでこのまま匿うことになっちゃいましたけど、本当に大丈夫なんですよね、この人。
『ところでアナリアよ、おぬしはこの中に入れんのか?』
「そう何でも中に入れるはずが無いじゃないですか、出る方法だってわかりませんし」
『出る方法なら……ほれ』
突如、肩まで伸びた黒髪を揺らすスノウさんが、私の目の前に現れました。
羽織っているマントの傷はそのままですが、体の方はすでに癒えています。
改めて見てみるとこの人、スタイルいいんですよね。
私も悪いわけじゃないですし、腰まで伸びた金髪とか割と自慢なんですが、さすがに彼女には負けてしまいます。
「普通に出られちゃうんですか!?」
「そのようじゃのう。おそらく、おぬしの意思で出すこともできよう」
試しに手を前にかざして、『ゴーレム出てこい』と念じると、収納したときと同じ姿でそこにゴーレムが現れました。
「これ……もしかして、とてつもなく便利な力なんじゃ」
「もしかしなくともそうじゃな」
とりあえずゴーレムを元に戻して、スノウさんも核の中に入ります。
そして出入りが可能なら――と私は自分の額に核をコツンと当てて、中に入ろうとしてみました。
すると次の瞬間、景色が切り替わり、目の前に横たわるゴーレムと、スノウさんが現れました。
「入れたか。となるとおぬし自身も、いざという時はこの中で隠れられるわけか……」
空は白く、どこまでも高く続いていました。
下を見ても、足が地面についているようには見えないのですが、確かに足の裏に感触があります。
広さの方も、終わりが見えないほど果てしなく――どこまで続いているんでしょうか、歩いて迷ったら怖いので確かめることもできません。
「外はどういう状態なんでしょうか」
「消えておるのではないか? 手には核が残ったままじゃからのう」
手の甲には、無能核が残っています。
てっきり核だけが外に落ちているのとを想像してたんですが。
試しに核をまた額に当てて、その中に入ってみようとしましたが、それはできないようです。
まあ、出られなくなったら嫌なので、出来ても困るんですけどね。
「ちなみに『外が見たい』と強く念じると――ほれ」
空中に窓のようなものが浮かび上がり、外の光景を映し出す。
「私の核の中がトンデモ便利空間になっていく……」
「くかかっ、我もこのような核を見るのは初めてじゃ。しかし悪くない、この広大な土地があれば魔族の国家を再興させることも可能であろう!」
「……え、国家? スノウさん、この中に国を作るつもりなんですか!?」
野望が大きすぎます。
そして私の体はその野望を受け止めるには小さすぎます!
「考えてもみよ、我が入っただけで魔王の力を扱えるようになったのじゃぞ? つまり、人数が増えれば増えるほど強くなれるということじゃ」
「まあ、そうですけど」
「そして、人数を増やすには国を作るのが一番じゃろう?」
「うーん……んん?」
そう、なんでしょうか。
なんだかうまく言いくるめようとしているようにしか聞こえないんですが。
「もちろんここには外敵もおらぬ。広さも十分。他国と貿易をするときも、アナリアが移動するだけで物資の運搬が可能――うむ、完璧じゃな!」
「待ってください、本気で言ってるんですか!?」
「もちろんじゃ、我はここで世界最高の国家を作る! もう決めた!」
えぇ……。
スノウさんはやる気に満ちています。
とはいえ、それが可能かどうかは私のやる気次第です。
「おぬしも、無能核ということは今まで虐げられてきたのじゃろう?」
「そう、ですけども……」
「それがSS級を超える力を手に入れたとなれば、目にものを見せてやることも可能じゃ。それだけではない。おぬしは我と共に一国の主として、巨万の富を手に入れることもできる」
「ぐぬぬ……」
絶対にこれ、悪魔の囁きですよね。
私なんかにそんなこと出来っこないですもん。
「まあ、いきなりこんなことを言われても困るのはわかる。少しずつでよい、我も制御出来ないほど人数を増やされるのは困るからな。ひとまず今は――」
「どうするんですか?」
「水と食料、あとは寝床が欲しい。寝床はベッドでも寝袋でも構わん」
急に現実路線に。
でも、それなら用意できそうです。
私は『出たい』と強く念じ、目を閉じました。
するとすぐに、元いた場所に戻ります。
屋敷に戻れば、スノウさんが求めるものは集められるでしょう。
食事も、野草を使って作れば問題ないはず。
色々と頭は混乱しきっていますが、ひとまず私は落ち着ける場所を求めて、屋敷へと戻ったのでした。
◇◇◇
玄関を過ぎエントランスに立った私を、二階に上がる階段の半ばに立つテーリアが迎えました。
口元に手を当てにやにやとしながら、腰のカゴに入った野草を見ています。
明らかに私を見下す表情に、少しうんざりしてしまいます。
昔はこんな妹ではなかったんですが。
「た、ただいま、テーリア」
「お姉さまったら、また雑草を取ってきましたの? 相変わらず貧乏くさい人ですわ」
またというのは、以前に森に花を摘みに行ったときのことで――そのときも、彼女は貧乏くさいと私を罵りました。
そして決まってこう続けるのです。
「無能核というのは、その人の心まで貧しくしてしまうのですね」
だったらご飯をください! と言っても無駄なのでしょう。
私は妹とのコミュニケーションを、とうの昔に放棄しています。
無視して横を通り過ぎようとすると、彼女は悔しげに唇を?みました。
『よいのか、相手をしないで』
「いいんです、どうせどうにもなりませんから」
私は彼女に聞こえないぐらい小さな声で返事をした。
無能核を見下す風潮は、アイリィス王国全土にあります。
テーリアが悪いわけではなく、そういうものなのですから、私個人が抗ったところで何も変わりません。
いつもなら私が横を通り過ぎて、
「せっかくわたくしが出迎えたというのに、言葉一つ無いなんて……」
いや、挨拶はちゃんとしましたよ?
しかし、いつもはここで睨まれて終わりなのですが、今日は少し様子が違うようです。
腹の虫がおさまらないと言いますか。
かなり疲れているしお腹も空いているので、早く行かせて欲しいのですが。
「お姉さまは、いつからそんなに偉くなりましたの? 無能核のくせに、役立たずのくせにっ! 神光核のB級魔術師であるわたくしに失礼ではないですか!?」
「……なら、どうしたら満足してくれますか?」
「っ……! その言い方が、生意気と言っているのです!」
何が逆鱗に触れてしまったのか、まったくわかりませんが――テーリアは、とても怒っています。
顔を真っ赤にして、歯を食いしばりながら、私ですら見たこと無いほどに。
いや、本当になんで怒ってるんです? 受け答えは普通でしたよね!?
「だから……そんなだからわたくしは、お姉さまをッ!」
テーリアは突き出した手のひらを私の方に向けて、何かをつぶやいています。
「神に祝福されし核より与えられし聖なる力。今こそ断罪の剣となりて我が敵を切り裂かん!」
そ、それって魔術の詠唱ですよね。
しかも二文詠唱ってことは、そこそこ威力があるやつ!
「ダメですテーリア、魔術は人に向かって打ってはならないとお父様からっ!」
「お父さまなんて関係ありませんわ! 何もわかってくださらないお姉さまなんて……死んじゃえばいいのよぉ! セイクリッドスピア!」
テーリアの放つ光の槍が、私に向かって飛んできます。
反射的に腕で体をガードしてて……あ、なんかさっきもこれと同じシチュエーションがあった気がします。
ということは――
ガギンッ!
ああ、やっぱり。
意識せずに展開された魔術障壁が、私を守ってくれました。
でもこれって、無能核の私がテーリアの魔術を防いじゃったってことは、色々とマズいことになるんじゃ……。
「お姉さま、今のは……」
本当は、気付かれないようにしばらく隠し通すつもりだったんです。
しかしこれは、さすがに誤魔化せないですよね。
「魔法を……お姉さまが、魔法を使って……!」
「待ってくださいテーリア、今のには深い理由が――」
こちらに駆け寄ってくるテーリア。
まずい、殺られるっ……と思ったんですが。
「って、あれ?」
彼女はなぜか、私の胸に顔を埋めて、抱きついてきました。
いや、私を嫌ってるテーリアが、どうしてこんなことを。
まさかこのまま両腕で私を絞めてしまうつもりなんでしょうか。
「お姉さま……お姉さまぁ……っ」
「テ、テーリア?」
テーリアはぐりぐりと私の胸に顔を押し付けています。
その甘えるような声を聞いて、私はふと、昔の彼女を思い出しました。
まだ私とテーリアが仲睦まじい姉妹だった頃――彼女は非常に甘えん坊で、いつも私の後ろをついて歩き、事あるごとに私に抱きついては笑っていたものです。
今の状態は、それによく似ていました。
つまり、この子は私が魔法を使えるようになって、喜んでいる?
「お姉さまが魔法を使えるようになったということは、わたくしと対等ということですよね?」
「それはよくわかんないけど……」
「もう、他人みたいに扱われずに、昔みたいに姉妹として一緒にいてもいいということですよね?」
「あの、待ってくださいテーリア! 私よくわかっていないんですが……その、魔法を防がれて、怒ってるわけじゃないんですか?」
「怒るわけがありません! だって、わたくしはずっと……無能核のせいでお姉さまと仲良く出来ないなら、いっそ消えちゃえばいいって……でも、本当は嫌で……っ!」
衝撃の展開です。
完全に嫌われてると思ってたのに、テーリアは私のことが好きだったと?
でも無能核のせいで一緒にいるのは難しいから、逆に遠ざけてた……ってそんなのわかるわけないじゃないですか!?
「ぐすっ……お姉さま……うぅ、お姉さまぁ……っ!」
「よしよし、ごめんねテーリア、寂しい想いをさせて」
とりあえず抱きとめて、あやしてみました。
すると彼女はさらに体を密着させて、顔を押し付けてきました。
その行動から嫌でも愛情が伝わってきて、『もしかしたらからかわれてるのかも?』という疑念は吹き飛んでしまいました。
うーん、それにしても急展開。
『かなりハイレベルなシスコンじゃな』
「……そうみたいですね」
スノウさんの一件だけでもいっぱいいっぱいなのに、まさかテーリアがデレるなんて。
しかしこの程度、私の生活に起きた異変の、ごく一部に過ぎないのでした。