014 色々ありましたがようやく私の出番のようです
技術科教員、ターティ・マーブルダスト。
寡黙で、細く、肌も白く、猫背で、さらに目つきの悪い彼に、生徒たちが付けたあだ名は『スケルトン』。
ただの悪口のようにも聞こえるが、授業中の声も小さいし、質問をしても『面倒だ』と一蹴するような人間なのだから仕方ない。
おまけに白衣も常時着用していたものだから、どこからどう見てもマッドサイエンティストにしか見えないともっぱらの評判だった。
実際――学園でこっそりと行われている禁じられた研究に、自らの意思で参加しているのだからその印象は間違っていないのだが。
第二世代機兵開発計画。
そして、大型破壊兵器『セカンド・サン』の製造。
そのためには非人道的な方法に手を染めることにも躊躇はない。
全ては己の知的好奇心を満たすために。
計画に“ラート”という謎の男が関連していることも知っていたが、政治的な陰謀など彼にとってどうでもいいことであった。
さて、そんなターティが夜の技術科棟にやってきたのは、別に研究に関連した用事があったからではない。
三階の部屋に、忘れ物をしてしまったのだ。
それを取りに来た彼は、偶然にも魔術科の教員であるスフラ・フォロックスと遭遇し――そして彼女が連れている生徒を見て、目を剥いた。
退学になったはずの、ジェインだったからだ。
成績や素行の悪い学生を拉致し、第二世代機兵の実験に利用する――そう発案したのは、他でもないターティ自身だった。
そんな彼に、スフラは高慢な笑みたたえて言い放つ。
「“計画”は順調に進行しているようですね。彼の処分は私が行います、あなたは自分の役目を果たしてください」
計画――第二世代開発のことか、あるいはセカンド・サンのことなのか。
どちらを指しているのか、ターティには全くわからなかった。
だが、これまでの言動から察するに、スフラは自分より計画に深く関わっているはず――少なくとも彼はそう思っていた。
ゆえに、このジェインの件についても、深く追求はしない。
無言で見送り、彼女の姿が見えなくなったところで、ぼそりと呟く。
「ジェインが無事だと? ならばエルプティオの中には、誰が入っているのだ?」
ターティは、ジェインをエルプティオの中に設置し、塞ぐ瞬間までしっかりと見ていたはずだ。
あの状況から外に引っ張り出すには、力づくで破壊するか、特殊な工具がなければ不可能である。
だが、アスフェン卿に引き渡されたエルプティオには異常は無かった。
つまり、代わりの誰かが、中に入れられたとしか思えなかった。
「まさか、ラーシュナ・ラナケリア、か?」
エルプティオが引き渡されたタイミングからして、ジェインの代わりを務めることのできる人間は、彼女しかいない。
事実、なぜラーシュナが失踪したのか、ターティは知らなかった。
ちなみにターティは『スフラなら理由を知っているのだろう』と思っているが、当然、彼女は何も知らない。
それっぽくふるまっているだけである。
「となれば、ロゼという女に使わせているフェートスも怪しいものだな。もっとも、あれは実験的な色合いが強く、元から欠陥品ではあるが――」
フェートスの中には本来、退学になったもう一人の生徒、ソーン・ロスヴァイゼが入っているはずだった。
しかし実際は、ターティの読み通り、中に入っていたのはシレーネの友人である青い髪の少女――パーシカ・カガリビバナである。
彼は研究さえできれば、陰謀云々に興味はない。
だがその影響が自らの作り上げた機兵にまで及ぶのは、さすがに不愉快なようであった。
◆◆◆
ミーネ魔術学園の理事長室で、二人の男が向かい合っていた。
一方はテーブルに足を置き、酒を片手に大きな態度で相手を見下す、帝國十二神将のラート。
そしてもう一方は、この学園の理事長であった。
逆らうことのできな相手を前に、ちょび髭を生やした理事長はすっかり萎縮している。
力関係は、明らかにラートの方が上であった。
「ミーネ周辺で、機兵が謎の消失を繰り返している、と」
「は、はいそうです。奪われた中にはプレティオーサも何機か……」
「チィッ、あれほど警備を強化しろと言ったはずだろうがッ!」
ラートはかかとでテーブルを叩いた。
理事長はびくっと肩を震わせる。
学園を牛耳ってきた権力者が、今では得体の知れぬ年下の男を前にこのザマだ。
彼は自分がみじめでしょうがなかった。
「エルプティオも奪われるしさァ、学園では鬱陶しく嗅ぎ回ってる連中もいるんだろ? ほんとどうなってんだよ!」
「も、申し訳ございませんっ」
「特にうざいのがシレーネだったっけ? さっさと他の二人と同じように消しなよ。あのラーシュナとかパーシカって女と同じようにさあ、スフラに任せときゃいいじゃん」
「は、スフラに……?」
「二人をやったのはあいつなんだろ?」
「え、いや……そ、そうかもしれません……」
てっきり理事長は、ラートがあの二人を始末したのだと思っていたのだが。
ラートがそう言うのなら、そうなのだろう。
「煮え切らないなぁ、何か不都合でもあるワケ?」
「いえ、わかりました、ではそのように。ですが、警備については……きょ、強化はしていたのです。ですが為す術もなく……」
言い訳をする理事長を、ラートは睨みつける。
だがすぐに「はぁ」とため息をつき、天井を見上げた。
「ま、あれに関してはあんたに当たっても仕方ねえか。どうせ送還者の仕業だろうしな。ファイアドラゴンを撃破したってのも、十中八九あいつだろうねェ」
「ですが、レイングスの住民たちは、両手にドリルを装備した機兵が倒したと……」
「フェートスのスペックであんな化物を倒せるわけないでしょォ?」
「では、彼らの証言は」
「記憶操作じゃないかな」
そんなことが可能なのか、と目を見開く理事長。
だがラートは、
「送還者ならそれぐらいのことが出来て当然だ」
といい切った。
無論、何度も言うが送還者など存在しないし、ファイアドラゴンはアナリアの操縦したフェートスが撃破しただけなのだが――フェートスの性能を知っている彼らだからこそ、『そんなことは不可能に決まっている』と先入観にとらわれ、送還者を犯人だと決めつけてしまうのである。
「ロゼからの報告は?」
「明後日にはこちらに到着するとのことです」
「つまり、まだまだミーネにはたどり着いていないと。やはりアナリア・アノニスと送還者は無関係かな。いや、でも――」
“歴史書”に記されていた情報では、アナリアは無能核などではなかった。
それがどうにも引っかかる。
あれは自動的に記録するもので、間違いなどあるはずがないのだ。
しかし彼女が送還者では無いとわかった今、対処は後回しである。
「まあいいか、セカンド・サンさえ完成すりゃあいいわけだし。あっちの進捗はどうなってる?」
「順調そのものです、コアの収集も……ですが、その」
「どうした?」
「犠牲者が増えすぎて、ミーネの町にも不安が広がっています。場所を変えなければ、“コアハンター”の存在に気づかれてしまう可能性が」
「不安とか気にすんなよ、あんたの力さえありゃあ、どうにでもなるでしょォ?」
理事長の額に汗が浮かぶ。
こうして無茶振りをされるのは、もう何度目だろうか。
ヒージュ伯さえ無事なら、このような男に従う必要は無かったはずなのだが。
「あの、ラート様」
「んー?」
「私は未だに信じられないのですが、その、ヒージュ伯が死んだというのは……」
「マジだよ、ボクが嘘つく必要がないじゃん? あいつはもうボクらの操り人形。中身が腐ってちょーっと匂いが気になる頃合いだけど、セカンド・サンさえ完成すれば用無しだからノープロブレーム」
それが終われば、理事長も、この学園もラートから解放される。
しかしヒージュ伯が死んでしまった以上、今までのように存続するのは難しいだろう。
これから自分たちはどうなってしまうのか。
見えない未来。
だが必死で生き延びるために、今は従うしかなかった。
「まァ、悪いようにはしないって。どうやら今のところ送還者もセカンド・サンの存在には気づいてないみたいだしね。見つかる前に完成させて……その力で、奴を潰すんだ」
◆◆◆
「人工太陽、ですか」
私はフェートスから救出され、意識を取り戻したパーシカさんの話を聞いて、目をまん丸くしました。
そんなものを、学園の地下で作ってるだなんて。
「先ほどお話したコアハンターが、町から人間の手首を集めてくるです。そこから切除した魔力核を大量に使って、大規模なエネルギー体を作り出すのです。エネルギー体は長期間その場に留まって、一帯を破壊するだけでなく、その土地を使えなくしてしまい、周囲の地域にも高温による被害を生じさせるです」
「それがセカンド・サンと呼ばれる兵器なのですわね。第二の太陽とは、大きく出たものですわ」
でも聞く限りでは、あながち言い過ぎでもなさそうです。
完成すれば、王国はさらに大きな力を持つことになります。
なんて恐ろしいのでしょう。
「くかかかかっ!」
ですがスノウさんは、急に笑いはじめました。
そんなにおめでたいこと、ありましたっけ?
「聞いたかアナリアよ、"セカンド・サン”じゃぞ!?」
「はあ、それがどうかしましたか?」
「どうかするも何も、太陽じゃよ、太陽! この核の中に足りなかったものが、そこにあるではないか!」
「まさかスノウさん、セカンド・サンを太陽の代わりにしようとしてるんですか!?」
いや、第二の太陽っていうのはあくまで比喩であって、それが太陽と同じものとは限らないんですから。
それを代用品として使うには無理があります。
「そう難しく考える必要はなかろう。どのみちそんなものを使わせるわけにはいかん、となれば我らで奪うしか無いわけじゃ」
「そんな兵器を体の中に入れるなんて、ちょっと怖いですね」
「なあに、パーシカが言うには威力は町を一つ消す程度だそうではないか。ならば平気じゃ、おぬしの核内はそこらの町よりはるかに広い」
それを喜んでいいのかがわからないです。
ですが何にせよ、スノウさんの言う通り、学園の地下を調べる必要がありそうですね。
「シレーネは私とラーシュナを探してるに違いないです。危険な目に合う前に、助けてあげて欲しいです」
「もちろんじゃ、女子ならば我らが必ず助ける!」
パーシカさんいわく、シレーネさんはなかなか美少女らしく、それからスノウさんの鼻息が荒くて仕方ありません。
テーリアも「やれやれですわ」と呆れてます。
かくいう私も、冷めた視線を彼女に向けていたりします。
「しかし問題は、学園地下への入り口がどこにあるか、じゃな。パーシカもそれは知らぬのだろう?」
「はいです。私は、校舎でセカンド・サンの情報を見つけて、部屋から出た途端に意識を失ったです。最後に見たのは、知らない女の子の顔だけです」
「そちらのラーシュナという女の意識が戻れば、もっと詳しい情報が得られるかもしれんが……」
パーシカは意識を取り戻したものの、ラーシュナと、残り二人の謎の少女はまだ昏睡状態のままだ。
エルプティオとプレティオーサの中にいた時間が長いため、脳にかかった負荷が大きいらしい。
システムを調べたティサいわく、あれは人間を使い捨てにするシステムらしく、死んだら別の人間に取り替えることが前提になっているらしい。
乗せられた人間の生死など、はじめから考慮されていなかったのである。
『生きて助かっただけ幸運ですな。あと一度でも戦闘していれば、命は無かったでしょうからな』
――とも、ティサは言っていた。
人間の手首を切り取り、魔力核を集めるセカンド・サンといい、非人道的行為のバーゲンセールである。
いつもは温厚なアナリアも、こればかりは怒りを覚えずにはいられなかった。
「お姉さまなら学園に侵入するのは楽勝でしょうけど、謎の少女の存在が気になりますわね」
「まずは周囲から固めてみるっていうのはどうですか? たとえば、コアハンターって人を捕まえてみるとか」
「危ないです! もう何十人も殺されてるですよ!?」
心配するパーシカに、アナリアは微笑みかけ、その頭を撫でた。
ほぼ同い年だが、小柄なのでどうしても妹のように扱ってしまう。
一方で実妹は若干不機嫌そうな顔をしていたが。
「私なら平気ですよ」
「ええ、お姉さまなら何の問題もありませんわ」
「アナリアならば一瞬でその男の股間を潰し、一切合財を吐かせてくれるじゃろう」
「そんな下品なことしませんから! とにかく、その方針でいいですか?」
「ああ、我もそれがよいと思っておった。学園に侵入するよりは、リスクも少ないからのう」
方針が決まると、私は一旦核から外に出ます。
そこはすでに、ミーネの町の中。
ロゼさんはまだ道中をフェートスで走っており、そちらには私とテーリアに変装した魔族の方々が乗っています。
これで敵の目を欺きつつ、私は自由にミーネを探索しようという作戦です。
相手もまさか、私がすでに町に到着しているとは思ってもみないでしょう。
時刻は日付が変わる直前。
そろそろ眠い時間ですが、パーシカが言うには、コアハンターが最も現れやすい頃合いなんだとか。
さらに私は最も目撃情報の多いミーネの端っこまで移動し、一般市民を付け狙う不審者がいないか探しました。
そして、あっさりと偶然にもそれっぽい男を発見。
全身黒尽くめで、逃げ惑う女性を追いかける彼に瞬時に正面から接近すると、股間に膝をめり込ませました。
「ほぎょおっ!?」
コアハンターの口から、人間のものとは思えない苦悶の声が溢れます。
……あ、やっちゃった。
下品だからやらないって言ってたはずなんですが、勝手に体が動いてしまったんです。
『くかかかかっ、痛快じゃのう!』
核の中から、スノウさんの上機嫌な笑い声が響きました。
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