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012 夢の学園生活は始まらなかったみたいです

 





 レイングスの鎮火を済ませた私たちは、ファイアドラゴン討伐の成果をロゼさんに押し付けて、早々にその場を去りました。

 無論、町の人たちはロゼさんがその場に残ることを望みましたが、任務もありますし、じきにヒージュ伯が救助の派遣した兵士も到着するはずだから――とはぐらかしてもらいました。

 ファイアドラゴンの死体が消えたことや、フェートスがいきなり強くなった理由を問いただされたら、誤魔化しきれませんから。

 幸いにも死者は出ていませんし、全ての建物が破壊されたわけでもないので、あとは放っておいても問題ないでしょう。

 そんなわけで、フェートスを再び車形態に戻し、早々にレイングスを離れたわけですが――町を出てから数分後、テーリアはなぜか座席の後ろの方を睨みつけています。


「何か気になることでもあるのかい?」

「音が、聞こえるような気がするのですが」

「音ぉ? 車輪の駆動音だろうさ」

「いえ、そういうものではなくて、もっとこう……人の声、みたいな」


 なんですか、そのホラーみたいな展開は。

 試しに私も目を閉じて、後ろの方に耳を澄ませてみましたが――


「……ぁ……」


 あ、あれ? 確かに何か聞こえるような。

 ロゼさんも、一旦フェートスを止めて、怪訝そうな顔で後ろを見ました。


「聞こえるねえ」

「聞こえますよね……」

「誰かが中にいるのではないですか?」


 ですが、扉らしきものはありません。

 そこにあるのは、ミスリルでぴったりと閉じられた壁だけ。

 試しにロゼさんは手を伸ばし、コンコンと叩きました。


「ぅ……」


 反応があります。

 それに、叩いたときの音も、中に空洞があるような感じです。


「やっぱり、誰かが入ってるんじゃないでしょうか」

「そんなトイレじゃあるまいし……」

『アナリアよ、一旦こちらに持って来るがよい。我らで開けてみようではないか』


 スノウさんの提案を、私はすぐにロゼさんに伝えます。


「ロゼさん、核の中で壁を開いて、確かめてみませんか?」

「そうだね、このままじゃあたいもさすがに気持ち悪い。それに、核の中とやらも一度確認しておきたいからね」


 今日の夜に見せると言っていたのですが、予想外に早くお披露目となってしまいました。

 魔族がいるということは説明済みですので、大丈夫だとは思うんですが。

 私はテーリア、ロゼさん、フェートスの順で核に収納し――そして最後に自分自身も中に入りました。


「聞いてはいたけど、本当に広いんだねえ……でかい屋敷もあるし、山もあれば機兵(ゴーレム)も並んでる。冗談みたいな光景じゃないか」


 突如変わった景色に、ロゼさんが感嘆の声をあげています。


「画面越しには見ておったが、なるほどなかなかいい女じゃな」

「おっぱいでけーから、スノウさまの好みだな!」

「うむ、まさに!」


 スノウさんとフレイは何やら楽しそうに「あっはっは!」と声を合わせて笑っています。

 初手セクハラは悪手だと思うんです。

 ですがロゼさんは、こういう相手にも慣れているのか、「ふふっ」と軽く微笑むとスノウさんに握手を求めました。


「あたいはロゼ・クリムノーズ。あんたが魔王スノウかい、思ったより若い見た目なんだねえ」

「これでも千年以上は生きておるがな。おぬしには我らのルールに従ってもらうからの。郷に入りては郷に従えじゃ」

「わかってる、それなりの働きはするつもりだよ」

「期待しておるぞ」


 二人の考える“働き”という言葉の意味に微妙なすれ違いがあるような気がするのは私だけでしょうか。

 まあ……どうにかなりなすよね、きっと。


「ティサよ、中の様子は確認できそうか?」


 いつの間にかフェートスの中に入り込んでいたティサ。

 彼女は口をへの字に曲げて、首を横に振りました。


「工具もありませんからな。アナリア様やスノウ様なら力づくで開けることはできるでしょうが、戻すのが難しい」

「そこの壁が無くなったぐらいで動かなくなるわけじゃないんだろう? じゃあやっちまっておくれ」

「いいんですか?」

「いいもなにも、フェートス含めてとっくにあんたたちの所有物なんだろう? だったらあたいに文句を言う権限は無いのさ」


 こういうの、忠誠って言うんでしょうか。

 ヒージュ伯を裏切った人に使うのは正しいのかわかりませんが、彼女なりに私たちの信頼を得ようとしているのかもしれません。

 許可ももらったところで、私はティサに変わってフェートスの中に入り込み、指でミスリルの壁面をなぞっていきます。

 指先からは熱線が放たれています。

 フレイの炎の力をお借りして、ミスリルを溶かし、その一面を正四角形に切り取っていきます。

 そして、がこんっ、という音ともに壁が外れると――


「こ、これって……!」

「ふむ、なるほどそういうカラクリか」


 中には、苦しげな表情を浮かべた、青い髪の女の子が入ってました。

 全身をケーブルに繋がれて、汗だくで、かなり衰弱している様子です。


「アイシャ、その娘の介抱をしてやれ」

「かしこまりました」

「いえ、だったら私がっ」

「アナリアはこちらに来るんじゃ、エルプティオと二機のプレティオーサの中も開くぞ!」


 珍しくスノウさんが真面目な表情をしています。


「それってまさか……」

「あちらの中にも女の子が入っている可能性が高い、というわけですわね」

「時間が経っておる、衰弱も激しいじゃろう。早く助け出すぞ!」


 私とスノウさんは手分けして第二世代ゴーレムさんの中から、女の子を探しました。

 二機のプレティオーサのうち、一機は完全にバラバラにされてしまいましたが、その場所を見極めるために必要なことです。

 そして操縦席の下あたりに、私と同世代ぐらいの女の子が入っていることがわかると、その子を引きずり出し、ロゼやテーリア、その他の魔族に介抱を頼みます。

 さらに私とスノウさんは、残りのプレティオーサとエルプティオからも追加で二人の女の子を救出。

 奇跡的に、息はまだあります。

 ですがエルプティオの方に入っていた、少しぽっちゃりとした茶髪の女の子の衰弱は激しく、全身に汗を浮かべ、浅い呼吸を繰り返していました。

 計四人の少女はすぐに屋敷内のベッドに寝かされました。

 徐々に状態は快方に向かっているようですが――どうしてあんな場所に、女の子が閉じ込められていたんでしょう。

 あのまま気づかなかったら、死んでいたかもしれません。


「第二世代機兵(ゴーレム)は、第一世代機兵(ゴーレム)であるヴィーリスと比べて、搭乗者のイメージをよりダイレクトに反映した動きを実現している――じゃったな」


 スノウさんはティサに尋ねました。

 彼女は頷き、こう付け加えます。


「おそらくは彼女たちの肉体、主に脳を演算処理に使っていたんでしょうな」

「ヒージュ伯がそんな非人道的なことを? そんなものに乗せられてたなんて冗談じゃない! しかもこの制服……ミーネ魔術学園の生徒じゃないか!?」


 ロゼさんは、フェートスとエルプティオから救出した少女二人を見て、声を荒らげました。

 二機のプレティオーサから出てきた銀髪の、おそらく双子と思われる少女たちは、また別の、灰色のローブを纏った不思議な格好をしています。

 それはさておき、ゴーレムさんを動かすための道具として使われた割には、全員がやけに綺麗な格好をしているとは思いましたが――まさかこの服が、私の通う予定の学園のものだったなんて。


「物騒な話ですわね、まさかお姉さまのこともこうするつもりだったのでしょうか」

「そんな……ミーネの魔術学園で、いったい何が起きてるんです?」


 そしてそこにいる人間たちは、生徒の命を危険に晒してまで何を企んでいるというのでしょう。

 ただならぬ事件の予感に、私の胸は不安に高鳴っていました。




 ◆◆◆




「みなさんに残念なお知らせがあります」


 本日の授業は終わり、最後のホームルーム。

 教室に並ぶ二十人分の席には、十九人の生徒が座っていた。

 教壇に立つ、眼鏡をかけた、鋭い目つきの女教師は、生徒たちを見回しながら告げる。


「数日前から学園を休んでいたパーシカさんですが、体調不良で休学することになりました」


 パーシカ・カガリビバナ。

 海のように深い青髪を長く伸ばした、小柄で気弱な、十六歳の少女である。

 流水核のS級魔術師であった彼女は、この“一組”においても上位の実力を有していた。

 そしてパーシカは――窓側の席に座る、シレーネ・グラヤノートの親友であった。

 休学(・・)の報せを聞き、シレーネはオレンジ色の髪を揺らしながら、勢いよく立ち上がる。


「どうせあんたたちがやったんでしょ!? ラーシュナだけでなく、パーシカまで……絶対に許さない。あんたたちの企みは、あたしが絶対に暴いてやる!」


 そう声を荒らげて、教室を出ていくシレーネ。

 担任であるスフラ・フォロックスは、「あっ……」と声を出して手を伸ばしかけたが、彼女を呼び止めることはできなかった。


 シレーネには、ここミーネ魔術学園に、同じタイミングで入学した幼馴染がいた。

 その名はラーシュナ。

 髪は茶色。

 タレ目で、食いしん坊で、ちょっと丸くて。

 気の抜けた口調でしゃべって、性格も穏やかで、一緒にいると癒やされる。

 そんな少女だ。


 彼女はシレーネの通う“魔術科”ではなく、機兵(ゴーレム)や魔術具の整備や製作に関して学ぶ“技術科”に通っていたため、学園内ではあまり顔を合わせることは無かった。

 だが、同じ寮に住んでいたため、放課後は毎日のように部屋に入り浸り、故郷ですごていた頃と変わらない関係を続けていた。

 最近ではそこに、学園で出会ったパーシカも加わり、三人で楽しく日々を過ごしていたのだ。


 だがそんな日常は――ラーシュナが行方不明になったことで、全て崩れ去った。


 何の前触れもなかった。

 ある日の放課後、彼女は寮に帰ってこなくなり、それっきり姿を消した。

 翌日、学園は『体調不良による休学』と発表。

 無論、そんな話は聞いたことがなかったし、なぜ行方不明ではなく“体調不良”と断言できたのか――シレーネはもちろん、真っ先に学園を怪しんだ。


 そこから、学園の“暗部”を探るため、シレーネとパーシカは調査を始めた。

 しかし、思うように情報は集まらない。

 学園の裏に“何か”がいることはわかっても、それ以上は踏み込めない。

 だが数日前、パーシカは何かを掴んだのか、『ラーシュナの居場所がわかったかもしれない』という置き手紙を、寮のシレーネの部屋に残して、どこかへ向かった。

 それきり、彼女が戻ってくることはなかった。


 得体の知れぬ何かに大事な友人を二人も奪われ、シレーネはすでに我慢の限界であった。

 廊下を大股で歩き、職員室へ向かう。

 学園が二人をどこかにさらったことはわかっているのだ。

 ならば、教師たちはもちろん事情を知っているのだろう。

 知った上で、みな隠しているに違いない。

 そう決めつけて、冷静さを失ったシレーネは、職員室にカチコミをかけた。

 そして部屋に入るなり、大声で叫ぶ。


「ラーシュナとパーシカの居場所を教えなさい! 教えないなら……この場で、自爆してやるんだからッ!」


 シレーネは、紅蓮核のS級魔術師。

 彼女が本気で自爆魔術を発動させれば、職員室は一瞬で火の海と化すだろう。

 いくらエリート教師と言えども、その直撃を食らえばタダでは済まない。

 だがその場にいる誰もが、シレーネが何に対して怒っているのか理解できていなかったし、本気でそのような魔術を発動するとは思っていなかった。


「世界を焼き尽くす熱さをこの身に! 集いし地獄の炎は我が怒りを具現化する! 命を燃やし魂を捧げ灰すら残さぬ必滅の魔術――」


 詠唱はまだ続く。

 五文詠唱の最上級魔術――彼女は、本気なのである。

 慌てて教師たちがその体を押さえつけ、詠唱を中断させる。

 結局、なんやかんやで自爆魔術は発動せずに済んだわけだが、二人の居場所が明らかになることもなかった。

 さらに、シレーネは三日間の謹慎処分を言い渡され――これでもかなり情状酌量されているのだが――学園での情報収集すら不可能となる。

 彼女は下手に閉じこもり、ベッドの上で膝を抱える。


「絶対に……許さない……」


 怒りに燃える少女が、謹慎処分程度で止まるはずもない。

 深夜になると、彼女は無断で寮を抜け出し、学園に侵入した。

 全ては、この学園の裏でうごめく陰謀を白日のもとに晒し、ラーシュナとパーシカを救うために。

 だが彼女はまだ知らない。

 確かに学園の裏では、巨悪がうごめいているかもしれない。

 しかし、そのさらに裏(・・・・)で――


「ここ、ゴーレムさんがいっぱいありますね。どうせ碌なことに使われないでしょうし、もらっちゃいましょうか」

『うむ、問題なかろう』


 もっとやばい連中が、好き放題に動き回っていることを。






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