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010 ロマンを求めたみたいです

 





 両親に魔術学園への推薦状が届いたことを告げると、二人はそれはもう大騒ぎでした。

 それだけ滅多に無いことですし、そもそも魔術の使えないはずの私に、なぜその話がやってきたのか、理解が追いつかなかったことでしょう。

 しかし事情はさておき、婚約するはずだったアスフェン卿が亡くなり、宙ぶらりんになっていた私の待遇を決めるいいチャンスです。

 行ってみたいと告げると、二つ返事で許可が出て、あっさりとテーリアとともに魔術学園へ行くことが決定しました。


 しかし、入学式の日取りまではあと一週間もありません。

 日程といい、呼び出し方といい、色々と無理がありすぎるんですよね、この推薦状。

 ヒージュ伯の印が押されているので物自体は本物なんですけど、返事を出して、準備をして、魔術学園に向かって――と順を追ってやっていくと、あっという間に時間は過ぎてしまうことでしょう。

 通常の馬車で魔術学園のあるミーネに行こうとすれば、三日はかかってしまうのですから。

 確かに私の足(・・・)で向かえば数時間で行けてしまうでしょうが、そんな芸当ができること、あちらは知らないはずですし。


 そうして悩みながら荷物をまとめているうちに、一日が終わりました。

 その翌日――ロンラインのど真ん中に、人だかりができています。

 異変を知り、屋敷を出て町へ向かった父。

 私もこっそりとあとをつけてみると、そこには長方形の箱に、車輪を四つ付けた荷車がありました。

 しかし、それを引く馬の姿が見えません。

 だったらどうやって、ここまで来たのでしょうか。

 それを目撃した人々は、みな口を揃えて父にこう言うのです。


「ひとりでに動き出した!」

「俺たちには見えない幽霊馬が引いてるに違いない!」


 仕組みがわからないと、そう思っちゃいますよね。

 父様も似たような認識のようで、「亡霊め現われよ!」なんてかっこつけながら、魔術を唱えるようなポーズを取っています。


『アナリアよ、あれは機兵(ゴーレム)ではないか?』

「ミスリルでできてますしそうだとは思うんですが、人型じゃないのにゴーレムさんって呼んでいいんですかね」

『そのあたりの定義は曖昧じゃからのう。大型魔術具とも呼べるかもしれん』


 そもそもゴーレムさんという存在自体が、超大型の魔術具みたいなものですしね。


『しかし、だとするとあれは、操縦者の魔力を動力として車輪を動かす魔術具になるわけじゃが――無駄が多いように見えるのう』


 確かに、物や人を運ぶためだけにしては、サイズが大きいです。

 かといって荷物を乗せるスペースが確保してあるわけでもなく、移動以外に何か別の機能を隠しているようにしか見えませんでした。

 私は木の陰から観察を続けていると、いきなりドアが開きます。

 取り囲んでいた人たちがざわつき、一斉に距離を取りました。

 そして、中から現れたのは――身長高めで、胸元が開いたぴっちりとした服を着た、大人のお姉さん。

 ウェーブのかかった髪をかきあげると、切れ長の色っぽい瞳で父様を見て、近づきました。


「お、お前は誰だ……っ!」


 父様、めっちゃビビってます。

 ですがそれも当然です。

 得体の知れない箱から女性が出てきて、しかもその手の甲では緑の魔力核が光っているのですから。

 あの色合い、少なくともS級以上の魔術師であることは間違いありません。


「あんたがトルス・アノニスだね。あたいはロゼ・クリムノーズ、疾風核のS級魔術師さ」

「S級! そのような一流魔術師殿が、どういったご用件で」

「手紙が届いてたろう? 魔術学園への招待状。あれの返事を聞いて、あんたたちの娘を連れてくるよう、ヒージュ伯に頼まれたのさ」


 どうやってミーネまで行くのかと思ってましたが、まさかこんなものを用意してたなんて。

 というか、S級魔術師を使ってまでわざわざ迎えに来るなんて、この状況で断れる人なんてなかなかいませんよ。

 最初から、多少強引な手段を使ってでも、魔術学園へ連れて行くつもりだったんでしょう。

 もっとも私とテーリアは自分の意思で承諾したのですが。

 こちらが目当てということなので、私はすぐに木陰から出て、ロゼと名乗った女性へ近づきます。


「私がアナリア・アノニスです。何かご用ですか」

「おや、自分から出てきてくれるとは。あんたがアナリアかい……いかにも田舎貴族のご令嬢って感じの見た目だねえ。手紙は見たんだろう? 返事を聞こうか」


 私は一旦、不安げな父の方をちらりと見て頷き、はっきりと返事をします。


「もちろんお受けします。私のような者が魔術学園に入学できるだなんて、夢のようなお話ですから!」


 するとロゼさんは少し驚いた様子でした。

 ヒージュ伯に、抵抗する可能性があるとでも聞かされていたんでしょうか。

 しかし私があっさりと学園行きを決めたのなら、彼女の仕事は楽になります。

 すぐに不敵な笑みを取り戻すと、私に言い放ちました。


「……なら、準備が出来次第出発だよ。早く荷物を持ってきな」

「お、お待ち下さいっ、いくらなんでも急すぎます!」

「父様、私は平気です。むしろ、私のために送迎まで用意してくれたヒージュ伯に感謝しなければなりません」

「だが……」


 父様の不安もよくわかります。

 だって、迎えが馬車でなく金属の箱な上、わざわざS級魔術師をよこすなんて、明らかに怪しいですもんね。

 というかヒージュ伯も、よくこんな露骨な罠をしかけられましたよね!

 せめて、もうちょっと包み隠せなかったんでしょうか。

 いえ、ですがその露骨さすら罠かもしれません。

 気を引き締めて、私は屋敷からテーリアを呼んできて、荷物も持ってきます。

 屋敷を出る直前に母様と兄様に挨拶をして、心配する二人に「平気ですっ」と笑顔で伝え、軽くピクニック気分で箱に乗り込んだのでした。




 ◇◇◇




 ブロロロ……と聞き慣れない音を発しながら、金属の箱は走り出します。

 車輪が付いてるので、とりあえず車とでも呼んでおきましょうか。

 中には椅子が二席と、荷物を置くスペースが少々。

 場所がないので、私はテーリアを膝の上に乗せるしかありませんでした。


「ロゼさん、もしかしてテーリアまで付いてくるとは思ってなかったんですか?」

「……まあ、ね」


 彼女は気まずそうに認めました。

 まあ、テーリアは私とくっつけて嬉しそうに足をぱたぱたさせてるので問題はなさそうです。

 しかし、こう、色々と作戦がずさんすぎません?


『これも油断させるための狙い……かもしれんが、それにしてものう』


 スノウさんも困惑気味です。

 そしてロゼさんも困惑中。

 これ、完全にヒージュ伯が悪いですよ。


「あんたが妹とそんなに仲がいいだなんて情報もなかった。むしろ邪魔者扱いされてるって聞いたんだけどねえ」

「あら、見ての通りわたくしはお姉さまのことを愛していましてよ?」


 手を握り、頬ずりをするテーリアを見て、ロゼさんは大きくため息をつきます。


「色々と予定通りにはいかないものさね……」


 諦め混じりにそう言うと、再び前を見て、運転に集中しはじめました。

 運転席にあるあの二個の水晶、どう見てもゴーレムさんの中にあるあれですよね。

 指摘したら、私がゴーレムさんに乗ったことがあるってバレちゃいますし、黙ってますけど。

 ヒージュ伯がこんな形のものまで作ってたなんて……これが物の運搬に使えるようになれば、馬車に変わる新たな乗り物として普及していくことでしょう。

 それは素直に、いいことだと思いました。


『これも欲しいのう』


 スノウさんは物騒なこと考えてるみたいですが。

 今のところはロゼさんからこれを奪う必要性もありませんし、そのつもりもありません。


「お姉さま、はいどうぞ」

「んー?」


 テーリアはおもむろに手元に持っている麻袋の中から緑色の棒を取り出すと、私の口元に持ってきました。


「ポリル草じゃないですか、どうしたんですか?」

「例の小山で取れたそうなんです。お姉さまが好きだと言ったら、たくさん分けてくださいましたわ」


 なるほど、あそこに生えてたんですね。

 ポリル草が栽培できれば、小腹が空いた時なんかに便利だと思うんですが――やっぱり水と太陽が問題です。

 代わりになるようなもの、何かあるんでしょうか。

 いや、というか太陽の代わりになるようなものが地上にあったら、周囲を焼き尽くす兵器になっちゃいますよね。

 ひとまず私はポリル草を口に加え、“ポリポリ”と言わせながら前歯でかじっていきます。

 この音が、名前の由来だったりします。

 味はほんのり塩味で、草特有のクセはあるので人は選ぶものの、おやつ感覚で食べられる野草として私のお気に入りでした。

 テーリアも珍しくポリポリとかじっています。

 野草、苦手って言ってたと思うんですけど……。


「美味しいですわね、これ」


 ふっふっふ、テーリアもついにその魅力に気づいてくれたんですね。

 やっぱり野草ってポテンシャルは強いと思うんです。

 山の中で、野生で生きてきたこともあって生命力も高いですし、栽培にも向いてるはずなんです。

 せっかくスノウさんが国を作るわけですし、特産品とかも欲しいところ。

 そこで野草を大々的に宣伝するのはどうかなと……いや、むしろ野草の国とか名乗っちゃったりするのもアリなんじゃないかと!


「お姉さまと同じものを食べている……お姉さまと同じもので体が作られている……ふふ、うふふふふ……」


 テーリアの笑い声を聞いて、私ははっと正気に戻りました。

 そして気づいてしまったんです。

 この子は――野草の虜になったんじゃない。

 私が食べているものだから、美味しそうに食べているんだ、と。

 がっくりと肩を落とす私と、怪しげに笑うテーリアを、ロゼさんは横目で若干怯えながら眺めていました。




 ◇◇◇




 そんなこんなであっという間にヒージュ伯の領地へ到着。

 馬車よりも遥かに早いスピードです。

 このまま行けば、明日の朝にはミーネに到着するでしょう。

 しかし長時間運転したからか、ロゼさんの表情には疲れが出ています。

 これがゴーレムさんと同じ仕組みで動いてるんだとしたら、かなりの魔力を消耗しているはずでしょう。


「この先、レイングスって町で今日は泊まることになってる」


 目的地が近づいてきたからか、少しずつロゼさんの口数も増えてきました。


「うえぇ……」


 一方でテーリアはどんどん死んでいきます。

 馬車は平気だったのに、この車だと酔っちゃうんですね。

 私は逆に、馬車はちょっと苦手だったりするんですが。

 心配して指を絡めながら手を握ると、少しだけ表情が楽になりました。


「あんたたち、本当に仲がいいんだね」

「愛し合っておりますから」

「ちょっと、テーリアっ」

「姉妹愛ってやつかい、あたしにゃ兄妹がいないからわかんないねえ」


 焦っているのは私ばかりで、ロゼさんは微笑むだけ。

 ……案外、露骨に言っちゃっても平気なものなんですね。

 というか、姉妹で本当に愛し合ってるなんて、誰も想像しないんでしょう。


「さて、そろそろレイングスが見えて――」


 丘の頂上へと到達すると、町が一望できるはずです。

 しかし、頂上から見える景色は、ロゼさんが想像していたものとは全く異なっていました。

 空まで立ち上る黒煙。

 建物を焼く炎。

 そして、暴れまわる巨大な赤竜。


『お、お祭りか?』


 スノウさんは呑気なことを言っています。


「本当に賑やかですわね、あれはどういった催しでして?」


 テーリアは冗談混じりに尋ねましたが、ロゼさんからの返答はありませんでした、

 彼女は青ざめ、目を見開きながら、その光景に釘付けになっていたからです。

 確かにショッキングな光景ですよね。

 あんな大きなドラゴンなんて見たことありませんし。

 S級……いや、SS級のモンスターでしょうか。


「火炎吐きの……ファイアドラゴン……!」


 ロゼさんはそう呟きます。

 一瞬だけすごく強そうに聞こえましたが、冷静に考えるとネーミングセンス皆無じゃないですか!?

 火炎吐きのファイアドラゴンって、ファイアドラゴンだけでなんとなく火を吐くのはわかりますし!


「歩く天災とも呼ばれる、伝説のSS級モンスター! まさかアイリィスに来てたなんて!」

「強いんですか?」

「強いに決まっている! あいつは数十年に一度、住処から気まぐれに出てきては、人間たちを食らっていくんだ。襲撃にあえば、必ずその国は滅びる……!」


 うわあ、大変ですね。


「……仕方ない、見せるなとは言われていたけど、あれを使うしかないようね」


 真剣な表情のロゼさんは、「ふぅ」と息を吐き出すと、目を閉じて両手に魔力を集中させました。

 そして水晶にその魔力を全て流し込み――高らかに言い放ちます。


「フェートス・モードチェンジ! ヒューマノイドフォームッ!」


 ガゴンンッ!

 私たちの乗っていた席がいきなり大きく揺れたかと思うと、徐々に上へと持ち上がっていきます。


「え、え、ええっ!?」

「一体、何が起きていますの……?」


 ファイアドラゴンの襲撃より驚きです。

 席からでは外の景色ぐらいしか見えませんが、どうやらこのゴーレムさんは変形しているようです。

 席の下から足が伸び、腕が生え、そして顔が現れ――車だった形状は、人型へと変わっていきます。

 そして、気づけば他のゴーレムさんと同じような形になり、車輪だった部分はその回転力を利用したドリルへと生まれ変わりました。


「相当揺れるわよ、しっかり席に捕まってなさい!」


 ロゼさんがそう勇ましく言うと、フェートスと呼ばれたゴーレムさんは、高々と跳躍。

 ひとっ飛びで、ファイアドラゴンの暴れるレイングスへと突っ込んでいきました。






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