001 令嬢は婚約破棄されたので魔王を飼うようです
気持ちよく読めるライトなコメディ風味を目指します、一応毎日更新予定です。
よろしくお願いいたします。
「このような役立たずの女を押し付けようとするあなたがたには失望しました」
アスフェン卿は、本人――つまり私の目の前で、容赦なくそう言いました。
「いくらなんでも、魔力すら生み出せない無能核の女を娶ることはできません」
「今日まで順調に話は進んでいたはずでは……!?」
食い下がる父ですが、彼の罵倒が止まることはありませんでした。
「無能核の女と私の子供が生まれて、万が一にでもまた無能核だったらどうするつもりです? 責任を取れるのですか? いくら私が父の領地を継いだとしても、使い物にならないゴミを二人も養うつもりはありませんよ、トルス伯」
「ぐ……それは」
父様、そこはさすがに言い返して欲しかったです。
確かに、無能核である私は役立たずではありますが。
「というわけで、婚約は無かったことにさせていただきます」
アスフェン卿はそう告げると立ち上がり、私と目を合わせることもなく、応接間を出ていきました。
隣に座る父様は頭を抱え、大きくため息をついています。
私のようなお荷物を、ようやく他所にリリースできると思っていたのに――目論見が外れてしまったからでしょう。
アノニス家の恥、稀代の役立たず。
私、アナリア・アノニスは――無能核を持って生まれてしまったために、不名誉にもそんな風に呼ばれていました。
要するに、私には魔力を生み出す力が無いのです。
右手の甲にくっついている水晶体、魔力核。
人なら誰でも持っている、魔力を作り蓄積する、臓器の一つとも言われるこの器官は、色によってその性質が区別されています。
例えば、赤の水晶なら炎の魔術が得意な紅蓮核。
緑の水晶なら風の魔術が得意な疾風核と、使える魔術の属性が違います。
ちなみに私は無色透明。
これこそが、どの属性も使えず、魔力すら生成されない“無能核”の証でした。
強い魔力さえあれば、いくらでも成り上がれるこの世の中。
逆に言えば、魔力が無い私は、いくら伯爵令嬢とはいえ、使いみちがあまりに無い。
そこで『幸いにも見た目はそこそこだし近所の伯爵にもらってもらおう!』とおすそ分けでもするように婚約の話が進み――そして今日の、婚約破棄に至るわけです。
さすがにこれは、私にとってもショックでした。
親の魔力核が子供に影響するという話は聞いたことがありません。
互いにとって悪い話ではなく、ここまで婚約の話は順調に進んでいたはずなのに。
相手も私が無能核だとわかった上で、話を受けてくれたはずなのに――どうしていきなり、こんな。
政略結婚の道具としても使えないとなると、本格的に私の居場所はなくなってしまいます。
頭を抱え唸る父は、おそらく『こいつをどうやって手放そうか』と考え込んでいることでしょう。
◇◇◇
その日から、食卓に私の分の食事が並ぶことは無くなりました。
よもやこんな露骨な手を使ってくるとは思いませんでしたが、どうやら兵糧攻めで私を追い出そうとしているようです。
……いや、家族内で兵糧攻めって。
とりあえず食事も何も置いていない席に座り、私は家族の様子を観察しました。
父と母は気まずそうに私から目を逸らしています。
兄ルクスは、私の存在などはじめから眼中にないように、いつもどおり落ち着いた様子です。
妹テーリアは、時折私の方を見てニヤニヤとしていました。
どうやら、この作戦を考えた犯人は彼女のようです。
金色のツインテールを揺らす妹は、現在12歳。
つまり四歳下なわけですが、光属性を操る神光核を持ち、しかも高い魔力を誇る彼女は、事あるごとに私を見下してきました。
もっとも、無能核である私を見下すのは彼女に限った話ではありません。
領民ですら、時に聞こえるぐらい大きな声で、
『役立たずの伯爵令嬢だ』
『無能核の娘なんて持っちまって、伯爵様もかわいそうに』
と私を罵倒するのですから。
これ以上待ってもご飯は出てこない。
無駄だと悟った私は席を立ち、無言で部屋を出ました。
後ろからテーリアがくすくすと笑う声が聞こえてきました。
いつものことです、気にはなりません……ちょっとだけ、傷ついてますけど。
◇◇◇
そして私は外に出ると、ランプ片手に夜の森へと繰り出します。
危険などと言っている場合ではありません。
このまま行けば私は餓死まっしぐら。
私はテーリアの思惑通りにくたばり、無事にお荷物が消えアノニス家大勝利! な結末を迎えてしまいます。
それはさすがに私でも嫌です。
なので私は――この森で、野草を採取することにしたのです。
雑草の間違いじゃないのかって?
世の中、食べられる草なんていくらでもあるんです。
そのあたり、屋敷にある本を読み込んで勉強済みなのでご安心を。
なぜ夜なのかって?
“夜光草”という野草があるんです。
普段は透明なので見つけにくいんですが、これが夜になると薄っすらと緑に光りだします。
この夜光草、甘みのある味もさることながら、薬草にも使われるほど体にいいのです。
町で普通に買えば値段もそこそこします。
つまり――屋敷でのうのうと食事を摂る家族よりも、お高い食事がしたい!
そんなしょうもない欲求が、私を夜の森へと駆り立てたのでした。
確かに私は無能核で、役立たずかもしれません。
ですがそれ以前に、一人の人間なんですから、プライドぐらいあります。
婚約破棄されたぐらいで、家からも捨てられてたまるもんですか。
「軽く茹でてサラダに……いや、炒めものも捨てがたいですね……」
私はレシピを考えつつプチプチと野草を引っこ抜き、森の奥へと進んでいきます。
もちろん野生動物に襲われる危険性はありますが、対策はしています。
腰に下げている袋には動物が嫌いな匂いを発する野草が入れてありますし、さらに小さな布で包んだこの野草の粉末は、鼻先に投げつけると動物をひるませることができるスグレモノです。
……野草に頼り過ぎな気がしないでもないですが、無能核の私には、これぐらいしかできることが無いんです。
それに、父の領地は良く言えば自然に恵まれた豊かな大地で、素直に言うと何もないド田舎でした。
なので子供の頃から、私たち兄妹は、この森で駆け回って遊んできたのです。
つまり、ここは私たちの庭のようなものでした。
夜であろうと、私が迷うことはありません。
そんなこんなで森を奥へ進んでいた私は、ある場所で足を止めました。
ガサッ、ガサガサッ。
何者かが近づいてくる音がします。
野犬でしょうか。
それよりは大きい気もしますし、かといって熊でもない。
野草の粉末を、いつでも投げられるように私は握りしめました。
「う、っぐ……」
声が聞こえてきます。
ということは、人間?
しかも、やけに苦しそうです。
私は慌てて、声の主に駆け寄りました。
「ううぅ……は、あ……っ」
するとそこにいたのは――頭の両側から山羊のような角の生えた、私と同い年ぐらいの女の子でした。
腕には何かで切られたような傷があり、血を流しています。
私はその生々しさに、思わず目を逸らしてしまいます。
「人間……女、か……」
「あなたは、魔族ですか?」
手の甲に魔力核がなく、その代わりかどうかはさておき、角が生えている――それこそが魔族の特徴です。
「いかにも。我は、魔王スノウ……魔族の王だった、者だ……」
ここアイリィス王国の南には、魔族と呼ばれる者たちが暮らす土地があります。
最近、王国は適当な理由をつけてそこに攻め込んでいると聞いたことがありますが――まさか、そこから逃げてきたんでしょうか。
しかも魔王と言えば、魔族でも最も強い力を持つと言われる大物じゃないですか。
「……無能核、か」
スノウさんはがっかりしたように、そう言いました。
魔力核ナシで魔力を扱う魔族ですら、そういう目で見てくるんですね。
「女よ、名は……?」
「アナリアです。アナリア・アノニス」
魔王相手に名乗っちゃってよかったの? と言ったあとに思いましたが、もう手遅れです。
「そう、か……アナリアよ、早くここから逃げるがよい……」
「なぜですか?」
「奴らが……我を殺しに、来る。情けないことに、我の魔力は……尽きようとしていてな。もはや、太刀打ちできんのだ」
奴らって――と聞き返そうとしたところで、ずしんと何かが地面を揺らしました。
ずしん、ずしん。
それはまるで足音のように規則正しく繰り返され、私たちの方に近づいているようでした。
「ほれ、機兵が来たぞ。早う逃げぬと、おぬしまで巻き込まれる」
スノウはすっかり固まってしまった私の手を掴み、逃げるように促します。
ですがその瞬間――
「お?」
「あれっ?」
彼女が、目の前から姿を消してしまったのです。
伝説と言われる転移魔術でも使ったのでしょうか。
はたまた、ゴーレムとやらの攻撃で消滅してしまったとか?
『なんじゃ、これは。どうなっておる!?』
すると、どことからともなくスノウさんの戸惑う声が聞こえてきます。
「スノウさん、どこですか?」
『アナリアか。我にもわからん、この空間はなんじゃ? やけに広いが何も無いぞ、おぬしの姿も見えぬ』
「でも、声は聞こえるんですよね。ちなみに私は、まださっきの場所にいます」
『我だけ移動したのか……しかし、おぬしの声はまるで空から響くようじゃな。手に触った瞬間、この何もない広い空間に転移……これではまるで』
スノウさんは心当たりがあるようです。
そして彼女は言いました。
『魔力核の中に、移動したようではないか』
まさかそんな、と苦笑いしてしまうようなトンデモ説。
ですがスノウは、本気でそれが有力説だと考えているようです。
私たちがそんなやり取りをしている間にも、ゴーレムはこちらに近づいてきます。
ずしん、ずしんと地面を揺らしながら――ついにそいつは、私の前に姿を現しました。
見上げるほど大きな、十メートルほどの銀色の体。
人型の、のっぺりとした金属で作られた化物は関節を軋ませながら、握った右拳を私に向けます。
頭部に取り付けられた光る目と、手首に取り付けられた大砲のような三つの筒が、不気味にこちらを見ています。
『女、魔王を見なかったか?』
ゴーレムから声が聞こえてきました。
しゃべったということは……このゴーレムというのには、意思があるのでしょうか。
つまり呼び捨てではなく、ゴーレムさんと呼んだほうが良いようですね。
『アナリア、機兵はどうなった?』
「目の前にいます」
『そいつらは、我を狙っておる。話が通じる相手でもない。早く逃げるのじゃ!』
逃げるもなにも、そもそも私が狙われる理由がありません。
彼らも、まさか探している魔王が魔力核の中にいる――ってまだ私にも信じられませんけど――とは思ってないでしょうし。
とりあえず私は両手を上げて、敵意がないことを示しました。
「私は何も知りません! ただ、ここで野草を取っていただけです」
『……そうか、ならば死ね』
「ええぇぇええっ!?」
いくらなんでも問答無用すぎます!
『だから言ったではないか、あやつらは普通の兵士ではない!』
そうは言いますけど、まさかいきなり殺しに来るとは。
でも逃げろって言われても、相手があんな大きな体じゃ、走ったってすぐに追いつかれてしまいます。
かといって魔術も使えないし……とりあえず私は、動物用に作っておいた野草ボムを投げつけました。
「えいっ!」
ぽふっ。
粉末が飛び散り、装甲を汚します。
当然、効果はありません。
『何をしておるのだ!?』
怒られてしまいました。
というか、スノウさん外の様子が見えてません?
『魔術砲が来るぞ、避けるのじゃ!』
ゴーレムさんの手首についた筒が、きゅいいいい――と音を立て始めました。
なんかやばそうです。
というかやばいです。
でも避けるって言われたって、一体どこに!?
『無能核など、死んだところで誰も困るまい』
ゴーレムさんからそんなド失礼な言葉が聞こえてくると――どかん、と光の珠が放たれました。
私は反射的に、自分の体をかばうように両手を前に突き出します。
こちらに飛んでくる魔術砲が、スローモーションに見えました。
蘇る記憶たち。
完全に走馬灯です、ありがとうございました。
ろくな事のない人生でしたが、まさか雑草むしってる途中で死ぬとは思いませんでした。
せめて来世は、令嬢とかじゃなくてもいいので、もうちょっとマシな魔力核をください神様――!
「いやああぁぁぁぁあっ!」
断末魔(予定)の叫び声をあげる私。
しかし、魔術砲が私の体を木っ端微塵に吹き飛ばすことはありませんでした。
ガギンッ!
私を守る何かが、それを弾いたのです。
「……へ?」
『これは……機兵の攻撃を防ぐほどの、魔術障壁じゃと……?』
目の前で起きた超常現象に、スノウさんはもちろんのこと、
『馬鹿な、無能核の女があれほどの障壁を展開だと!? 魔王でもない生身の人間が、そのようなことできるはずがない!』
ゴーレムさんも、驚いています。
そして私もびっくりです。
でも、これが魔術だってことは、なんとなくわかります。
ひょえー、魔術ってこんな感じで使うんですね。
初体験ですよ、初体験!
って、浮かれてる場合じゃありません。
『そうか、魔王が人間に化けたのだな? ならば魔術剣で叩き潰す!』
とんだ濡れ衣です。
魔術砲じゃダメだと考えたゴーレムさんは、腰からこれまた謎の筒を剣のように引き抜きました。
そして構えると、ヴゥンと光の刃が伸び、夜の森を照らします。
『何が起きているのかわけがわからんが、気をつけろアナリア、剣の方は砲撃よりも威力が高い!』
「そう言われても、ど、どうしたらいいんですか?」
『避けるのじゃ、そしてすぐさま攻撃を叩き込んでやれ!』
「避ける!? 攻撃!?」
戦闘のド素人である私に、そんな判断ができるはずもありません。
けれどあたふたしている間にも、ゴーレムさんは剣を振り上げて、攻撃を仕掛けようとしています。
「とりあえず、よくわかんないけど――えーいっ!」
避けると攻撃、そんな二つのことを同時にできるはずがありません。
私はとにかくがむしゃらに、目の前に展開した障壁とやらを相手に投げつけるように、腕を振りました。
『障壁が飛んできただとっ!?』
ゴーレムさん、またもや驚いてます。
なんだかうまくいったみたいで、障壁がゴーレムさんの体に叩きつけられて、ばちん! とその巨体を吹き飛ばしました。
ずうぅん、と木々をなぎ倒しながら、金属の体が倒れ込みます。
あぁ、貴重な自然が壊されていくぅ……でも生き残れたみたいだから、まあいっか。
「こ、これでよかった、ですか?」
念の為スノウさんに聞いてみると、彼女は呆れたように「はぁ」と息を吐き出しました。
確かに呆れられるのには慣れてますけど、露骨にため息をつかれるといたたまれなくて、胸がぎゅーってなっちゃいます。
『障壁を投げ飛ばして機兵を倒すなど、滅茶苦茶じゃ……』
よかった、そういう意味で呆れてただけだったんですね。
「結果オーライってことですよね!」
『そうじゃな、ダメージもでかいだろうし、しばらくは起き上がれんだろう。今のうちにパイロットを始末するぞ』
「……しまつ?」
聞き慣れない言葉に、首をかしげる私。
『殺すということじゃ、でなければこちらが殺される』
「いやいやいや、待ってください! 無理ですよそんなの!」
さすが魔王です、発想が恐ろしい!
『ふぅ……そう言うとは思っておった。見たところ、ごく普通の人間の女のようじゃからな。無理にとは言わん。まあそれだけに、なぜあれだけの魔力が使えるのか疑問ではあるが』
「私にもそれはわかりません。だって私、無能核なんですよ?」
『じゃな、我もそれは知っておる。少し考えて、一つの説を思いついたのだが』
スノウさんのその説に、私は真剣な表情で耳を傾けました。
ぜひ知りたいです。
魔術を使えるのは嬉しいけど、理由がわからないのは気持ち悪いですから。
『おぬしの魔力核は、無能っぷりが極まりすぎて、中に広いスペースが出来てしまったのではないか?』
「極まっちゃったんですか」
『うむ、極まっておる』
何もその方向性で極まらなくても……。
『ゆえに、我を核の中に匿うことができた。そして魔王たる我が核に入ったことで、おぬしは我と同等の魔力を扱えるようになったのじゃ』
「つまり……今の私はすごく強いってことですか?」
『ふっ、シンプルな言い回しじゃがそのとおりじゃ』
正直、実感はないですけど、これで役立たず扱いされずに済むってことでしょうか。
お家で普通にご飯も食べられるってことでしょうか!
テーリアに馬鹿にされずに済むってだけでも、私、すごく嬉しいです。
『人間は魔力の強さによってE級やD級といった等級付けをするらしいな』
「そうみたいですね」
私には縁のないお話ですが、テーリアは現在B級で、兄様はA級だと聞いたことがあります。
非常に優秀らしいですよ、私には関係ないですが。
『その基準を使うのなら、さしずめ今のおぬしは――』
スノウさんはたっぷり溜めて、
『無能核のSSS級魔術師と言ったところじゃな』
なぜか得意げに、そう言いました。
決め台詞のつもりだったんでしょうか。
SSS級、ですか。
なんだかかっこいい響きですけど……魔術師って、確かSS級までしか無いですよね。
先が気になる! と思っていただけたら、上のボタンからブックマークをお願いいたします。