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 自分が自分だと気がついたのは、母親のお乳を必死に飲んでいたときのことだ。


「よちよち、いっぱい飲みまちたね。美味しかったでちゅか」


 母乳を飲みながら、横目で母親の顔を見上げると、聖母のようにこちらに微笑みかけていた。

 直感で分かった。これが俺の母親か、金髪でなかなか整った顔立ちをしていて、幼さが残るものの、十分美女という部類に入るだろう。


「はい、ゲップしましょうね」

「げぇふ」

 背中を結構な強さで叩かれ、喉の奥から湧き上がる息を吐き出した。


「グレイスはママに似て可愛いな」 

 母親の肩ごしに覗いてきたのは、茶髪のチャラそうな男だ。セリフからして、俺の父親か何かだろう。両親とも西洋の顔立ちだ。


「あなた、グレイスと私だったらどっちが可愛い?」

「難しい質問だな。でも、君が世界一かわいいから、僕は花嫁に選んだんだぞ」

「うふふ、ありがとう。あなた……」

「クリスティーナ……」

 両親は数秒間見つめ合い、互いの唇を重ねた。おいおい、子供の前で大胆ですなぁ。

「……あなた、グレイスを寝かさなきゃいけないから、私たちももう寝ましょ」

「ああ」

 両親はそう言うと、俺を揺り篭に寝かせ、仲良くベッドに潜っていった。まあ、仲がいいのはよろしい事だ。


 俺は今ある情報を元に、この世界のことを考えてみた。俺の首がすわっていることから、俺は生後四~五ヶ月程度だと推測される。部屋を見渡してみると、この家はどうやら塗装がなされているが、木造の家らしい。電球や蛍光灯などがなく、さっきも蝋燭が部屋を照らしていた。そのことから考えられる可能性は三つ。この家が電気代も払えないほど貧乏なのか。それともここは電気が通っていない別荘で、家族で滞在しているのか。それか、これがこの世界の平均水準なのか。


 もし最後のが正解だった場合、この世界は不便なことだらけということになる。それだけはやめてほしいものだ。

 そして何より、言葉が通じない。さきほどから何を会話しているのか、全く見当がつかなかった。英語なのか、フランス語なのか、どこの国の言語なのかも分からない。


 分かるのは彼らが両親である、という事実だけだ。



***


 一ヶ月が過ぎた。

 俺の食事は母乳から離乳食へとだんだん切り替わっていく。

 そして残念なことが二つ、分かってしまった。

 一つ、やはり電化製品の類は見当たらず、これが普通らしい。二つ目、これが重要だ。俺は何故か、女になっていた。


 これに関しては、早い段階で分かってしまっていた。だって毎日おしめを変えるんだもん。いやでも見えるんだもん。イチモツをなくした俺には、もう男としての尊厳や誇り、その他もろもろはない。フォルトゥムが言っていた『君は全くの別人となる。何もかもが違うだろう』とは、このことだったのか。

 もう苦笑いしかできない。なんでよりによって女になるんだよ。前世の記憶がなかったら普通に生きていけるんだろうか。とにかく、俺は女としてこの世界を生き抜くことになった。


 祖父らしき人にも会った。威厳を絵に書いたような人で、眉間に皺を寄せていた。それで分かったことだが、どうやらこの家はそこそこの地位を持っているらしい。身なりがちゃんとしていたし、品良く整えられたヒゲがそれを物語っている。

「グレイス。絵本を読んでやろう」


 父親のレオナルドは、よく俺に絵本を読んでくれる。それによって、少しだが字を覚えることができた。物語は勇者が仲間と共に悪の権化である魔王を倒す旅に出る、というありがちな物語だった。まあ最後は魔王と勇者が一緒に消滅するという鬱エンドなのだが。

 母親に抱き上げられて移動することはあるが、俺はまだ自分の移動手段を持っていない。だから、俺の知る世界はこの部屋と、家の一部分だけだ。早くハイハイ出来るようになりたいな。



***



 更に五ヶ月の月日が流れた。


 俺はずりばいからハイハイが出来るようになり、家のすみずみまで探索することにした。ただ、この家はそこそこの地位についてることもあり、家が結構広い。そしてメイドや執事らしき人たちもいて、そいつらに見つかったら最後、揺り篭へと逆戻りだ。

 この半年ほどで分かったことは、この家は小さな領地を任されている貴族であるということ。これはメイドや執事が両親、祖父にとる態度や会話で分かったことだ。爵位は分からないが、領地は小さくて辺境らしいから、男爵か良くて子爵とかだろう。


 と、言うことは、この世界の文明レベルは中世ヨーロッパ程度しかないということなのだろうか。

 中世。地球では戦争や病気の流行、異端尋問や魔女狩りなど、結構治安の悪いイメージがあるけど、この世界は大丈夫なんだろうか。不安になってきた。

「もうすぐグレイスは一歳ね」

「そうだな」

「誕生日プレゼントは何にしましょう」


 少しずつ言葉が理解できるようになってきた。日本語が無いという状況は心細いものだが、否が応でもここの言語の習得を余儀なくされた。ただ、まだ彼らがどういった会話をしているのか、具体的な内容は分からない。


「男だったら模造剣とかだったんだが」

「気が早いわ、まだ一歳よ? それにグレイスは女の子」

「分かってるよ」

「うーん、普通だとお人形さんや新しい絵本とか」

「ゴムボールやパズルなんかもいいかもしれないよ」

「ワンドとかはどう?」

「はは、それこそ気が早いよ、まだ魔力があるかどうか分からないだろ。それは五歳の誕生日にしよう」

「あなたも私も魔法使いじゃない。私たちの娘が魔法を使えないわけが無いわ」

「それもそうだが、今回は違うものにしよう」

「それじゃあやっぱりゴムボールがいいんじゃないかしら。長く使えるものだし」

「そうだな、それにしよう。ベネット」

「はい、ゴムボールでございますね?」

「ああ、グレイスの誕生日までに頼むぞ」

「かしこまりました」


 執事のベネットが現れたかと思うと、レオナルドと二言三言会話してすぐに去って行った。何を話していたのか、まだ良く分からない。聞きなれない単語が多分に出てきていた。ただ、彼らの嬉しそうな表情や声色を聞くに、そう悪い話題でもなさそうだ。



***



 ここに来てからの日数なんて数えては居なかったが、体感ではもう少し経っているように思っていたが、どうやら俺が生まれて今日がちょうど一年らしい。

 でっかいテーブルに、所狭しとご馳走が並んでいる。両親と祖父の他にも、レオナルドとどことなく似ている少年や、おばさま達が席を連ねている。多分俺の親族たちだろう。


「お誕生日おめでとう、グレイス」

「あっとぅ」 

 ありがとうと言いたかったのだが、まだ声帯が発達していないのか、上手く発音できない。だが、今のでクリスティーナはひどく感心したようだ。

「あなた! 今の聞いた!? ありがとうって! ありがとうって言ったのよ!」

「落ち着け落ち着け、意味のない赤ちゃん言葉だよ」

「もうっ!」

「はいはい、プレゼントを開けよう。グレイスも待ってるよ」


 プレゼントはボールだった。黒光りしたゴム製のボールだ。こんな物って中世にあったのかな、文明レベルが分からなくなってきた。俺はおもむろにそれを齧る。何でかは分からないが、齧ってみたくなった。


「私からも祝福させていただきますわ、ブライアーズ男爵」

 話しかけてきたのは初老の貴婦人だった。凛とした雰囲気があり、なんというか、上流階級って感じだ。

「これはこれは、光栄の至りです。アップルガース子爵夫人」

 レオナルドが深々と、その貴婦人に頭を下げる。恐らく、父よりも地位が上なのだろう。


「いえ、主人が来られなくて悔しがっていましたわ。教え子である貴方の娘さんの、最初の誕生日ですからね。ごめんなさい」

「いやぁ、いいんです。本当にあの人にはお世話になりました。しかもこの子の名前まで付けてもらって……」

 どうやらアップルガース子爵という人が俺の名付け親らしい。


「主人からグレイスちゃんに預かっている物があるの、中身が何か私にも分からないんだけど」

 夫人はそう言い、小さな木箱を取り出した。

「わざわざありがとうございます。良かったわねグレイス」

 母がそれを受け取り、俺に見せてきた。豪華な装飾がなされている箱で、高そうな箱だ。


「何が入ってるのかしら?」

「さあ、あの人のことだから……鍵がこれよ」

 小さな金色の鍵だった。……あれ、純金じゃないよな?


「……レオナルド、儂も贈り物を用意しておるんだがな」

 母が箱を開ける前に、そう切り出したのは俺の祖父である、ライオネル・ブライアーズ元男爵。家督を息子のレオナルドに譲ってからも、領地経営に多大な貢献をしているスーパーお祖父ちゃんだ。

 ブライアーズ男爵家は、数百年前からこの領地を任されている、古参の貴族であり、他の男爵家とは一線を画す一族となっている。そんなブライアーズ男爵家も、五十年ほど前に財政難に苦しんでいた。そんなブライアーズ領を、このスーパーお祖父ちゃんは一代にして立ち直らせたのだ。

 ぶっちゃけ子爵位を貰ってもいいほどの貢献をしたのだが、理由は分からないが本人が辞退したらしい。勿体無いことをしたと若いメイドが言っていたのを覚えている。執事のベネットはそんなこと言わないんだけど。


「え? 父さんが? 珍しいな、僕らにくれたこと無かったろ。どういう風の吹き回しだ?」

 確かに、頑固でなんだか厳しそうなお爺ちゃんが孫へのプレゼントなんて。いや、祖父母は孫に弱いって言うしな、このご老人も孫の可愛さにノックダウンしたのだろう。

「やかましい。孫に贈り物をしてはいけないという条例でもあるのか?」

「いや、そうは言ってないけど……」

「ありがとうございます、お養父様。グレイスも喜びますわ」


「うむ」

 お祖父ちゃんがくれたのは図鑑だった。正確に描写された絵に、びっしり詰まった手書きの字。あれ? ここには印刷の技術があったはずだよな。いつも読み聞かせしてもらっている絵本の字は、すべて同じ大きさ、同じ字体で、大量に印刷されたものとしか思えない物だった。しかし、この図鑑は手書きだ。まだ印刷技術はあまり広まっていないのか?

「『魔法動物・植物大図鑑』? 父さん、グレイスは一歳なんだよ? まだ字も読めない」

「今から覚えさせれば良かろう。図鑑を小さい頃から読んでいて都合が悪いことは無い」

「それはそうだけど……」

「いいじゃないの、お義父さんがせっかくくださったんだから」

 うん。正直この世界のことを知ることが出来る図鑑などは大歓迎だ。そしてなにより題名に惹かれるわ。やっぱりこの世界には魔法なるものがあるらしい。せっかくそんな世界に生まれたんだから、魔法使ってみたいな。


「次は僕だね」

 次に出てきたのは父によく似た、十代の少年だ。


「コーネリアス。帰ってたのか、ずっと旅に出てたけど、汚れた手で娘を触るなよ?」

 口調から冗談を言ったのだろうと分かった。

「いいじゃないか、僕も可愛い姪のために、心ばかりの祝福と贈り物をしようと思う」

 コーネリアスと呼ばれた少年は、父の弟らしい。つまり俺の叔父にあたるのだが、会ったのは今日が初めてだ。彼はおもむろに、どこからともなくギターのようなウクレレのようなマンドリンのような弦楽器を取り出した。


「なんだ、お前まだ吟遊詩人みたいなのをやってるのか?」

 ぎんゆうしじん。また聞きなれない言葉だ。しかし、楽器を演奏しようというのだから、音楽家か何かなのだろう。


「みたいなのじゃない、これでもこの二年くらいで名の知れた吟遊詩人になったんだ」

「全く聞き及んでいないが」

「こんな偏屈な田舎に居たんじゃ、流行に後れるのは仕方が無いだろうさ。それより、これは僕がグレイスのために手作りしたんだ。聞いてくれるかな……」


 叔父は目をキラキラさせながら俺を見下ろしている。可愛い奴だな。


 コーネリアスが歌を歌っている合間にも、色々な人物が俺のところへやってきては挨拶していたが、いつの間にか自分でも気づかぬうちにうとうとと船を漕いでいたらしい。俺はしばらく我慢しようとがんばったのだが、睡魔の誘惑には勝てず、とうとう意識を手放すことにした。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

主人公は女の子と認識して貰った方が、違和感無いかもしれませんが、現時点ではどちらでも構いません。

今後その辺を曖昧にならないよう、書いていくつもりです。

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