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 ベースキャンプでの説明を終えた俺達一行は、早速森の奥へと入ることになった。

 ミアが先頭を進み、その後ろにフィリップとマーカス、俺とサヴァナと続き、一番後ろに大きな荷物を持ったイーサンとアレンがついてきている。流石二回生と三回生のメンバーは、経験者ということもあって小慣れている。周囲への警戒も怠らないし、食料調達も道すがら行っている。

 かくいう俺とサヴァナも、こういった森の中を進むのはお手の物だった。サヴァナは小さい頃、いつも世界中を移動する父親について回る度に、こんな道なき道を歩いていたそうだ。


 俺は言わずもがな山の中で育ったし、遊びに行くといえば川や森の中で、自然が相手だった。いつもヤンを連れ回して、結構深いとこまで行ったっけ。暗くなって帰ってきたら、しこたまレナータに怒られたけど。

 ……まだあの村を出て数ヶ月だが、若干ホームシックになってきた。

 そういえば、ヤンは今何をしているだろう。別れ際にヤンがくれたあの短剣は、今も俺の腰に差してある。邪魔な木や枝を切る時に、これが意外と役に立った。

 サヴァナは何故かそんな短剣に興味津々だった。


「その短剣、どうしたの?」

「え、ああ、故郷を出る時に、幼馴染から貰ったんだ」

「へえ……ちょっと見せてもらっても良い?」

「良いけど」


 サヴァナは短剣を鞘ごと受け取ると、刀身を光に当ててみたり、鞘に刻まれた模様を指でなぞってみたり、鞘の中を覗いてみたりと、色々いじくりまわした。


「……凄い」

「何が?」

「多分これ、魔法で鍛えられてるよ」

「え、魔法?」

「うん。この短剣と鞘とで、一つの魔法陣みたくなってる」

「何だそりゃ。あいつ、魔法なんて使えたっけ……?」

「私は専門じゃないから詳しくは……でも、結構高度な呪文だよ。綺麗だから一見分からないけど、この短剣自体かなり古いものじゃないかな」

「ふーん」


 そんな短剣、ヤンはどこで手に入れたんだろう。

 まさか、盗んだとかじゃないよな……。


「それにしても、サヴァナはよくそんなこと分かるな」

「うん、まあ。パパが武器マニアでね、前は世界中の武器を集めてたんだ。小さい頃からそんなパパを見てきたから、自然と覚えちゃった」

「へえ、凄いよ」

「えー、そうでもないよ。こういう魔法関連の事なら、多分マーカス様やフィリップ様のほうが詳しいんじゃないかな」

「そうなんだ」

「私がどうかしたか?」


 前を歩くマーカスがこちらを振向いて言った。反応が早い。もしかして聞き耳立ててたんじゃないだろうな……。


「実はこの短剣が――」


 ――剣を抜くような金属音が聞こえてきた。俺の短剣じゃない。

 その長物を抜く音に、班内の空気が硬直した。身体の芯が冷たくなる。

 襲撃されるのか? 頭によぎった瞬間、何かに刃が突き立てられる音が響く。

 サヴァナが短い悲鳴を上げた。


「フィリップ!」

「ふぇ?」


 マーカスが怒鳴る。音の出所を見ると、フィリップが剣を木に突き立てているところだった。


「何をしている!」

「何って、木に印を付けているところだよ。道に迷ったら困るからね」

「紛らわしいことをするな! だいたい、木に印を付けるのに剣を抜く必要ないだろう。ナイフを使えナイフを!」

「ああ、ごめん。ナイフをバッグの底の方にしまっちゃったから、取り出せなくて」


 何と紛らわしい! 心臓が素早く脈を打っている。

 臨戦態勢に入ろうとしていた護衛の三人は、肩透かしを食らって、フィリップを恨めしそうに睨んだ。そんなフィリップは班員の緊張感など気にもしないで飄々として言った。


「もう少しで日が暮れちゃうよ。早くキャンプ地決めて、食料調達しよう」


 黒髪の少年が悪戯っぽく笑った。彼は生徒会の三人の中で、特に幼い顔をしている。他の二人が老けているというのもあるだろうが、こういう空気を読まないところは、そのイメージ通りだ。

 そんなフィリップの様子に呆れながらも、俺達は川の近くの開けた場所で、テントの設営に取り掛かった。

 

「私とアレン、イーサンは食料の調達。他の四人はテントの設営と、薪を集めて火起こしだ。手分けしてやってくれ。では始めよう!」


 マーカスの号令で、班の皆がいっせいに動き出した。


 テントの設営はミアとサヴァナがやることになった。二人とも慣れているのか、流石の手際だ。

 薪を集めるのは俺とフィリップの仕事だ。俺もこういったことには覚えがある。故郷で何度もやったことがある。二人がかりなら、必要な数を集めるのに三十分も掛からなかった。

 しかし肝心の火起こしに時間がかかった。川原の石を並べ、そこに拾ってきた薪を組み、火打石で火を点けるが、木がまだ乾ききっていないのかなかなか火が点かない。

 もたもたしている間にどんどん日が傾いていく。


「暗くなってきたね」


 そんな暢気なことを、フィリップは空を見上げて言うのだ。流石に腹が立つ。 


「フィリップ様も手伝ってください!」

「そうは言っても、火打石使ったこと無いからなあ……」


 そう言うとフィリップはおもむろに、俺が必死に格闘している横に来て、薪に手を翳した。

 

「イアサネオム」

「は?」


 フィリップが何か言葉を発したかと思うと、視界が真っ白に染まった。顔が痛いほど熱くなる。

 薄暗い景色が急に光に包まれ、何も見えなくなる。しばらくして目が慣れると、薪が勢い良く火柱を上げているのが見えた。

 何が起きたのか、咄嗟には分からなかったが、すぐに合点がいった。


「魔法が使えるなら何で最初から言わないんですか!」

「あはは、ごめん。でも、マーカスに極力魔法は使わないようにって、釘刺されてたんだ。だから、これもあいつには内緒ね?」


 フィリップはまたも、悪戯っ子のような笑顔で言った。


 テントも組みあがり、焚き火も用意が出来たので、食料調達組が帰ってくるまで四人で暖をとることにした。秋も始まりかけの山の中は、日が暮れると少し肌寒い。

 サヴァナとミアは、一緒にテントを設営していて意気投合したらしく、仲良くお喋りに興じている。ガールズトークの邪魔をしてはいけないと思って黙っていると、たまに気を使って二人が話を振ってくるので、適当に相槌を打った。

 元傭兵の娘や、学園唯一の女性騎士候補といっても、中身は都会の女の子だ。田舎者の俺は話に着いていけない。

 

「グレイス、どうしたの? お腹空いた?」

 

 手持ち無沙汰で、木の棒で火を突いてるしかない俺に、フィリップが話しかけてきた。

 お腹空いたって、子供じゃないんだから……空いてるけど……。


「別にそんなんじゃないです」

「ふーん」

「……何ですか、ジロジロ見ないでくださいよ」

「いや、いつ笑うのかなぁって思って」

「はあ?」


 何を言っているんだ、こいつ。 


「来るときの馬車、グレイスでも笑うことあるんだなって、ちょっと新鮮だった。気高い一匹狼みたいなイメージだったから」

「何ですかそれ」

 

 サヴァナにも以前そんなことを言われたような気がする。俺はごく普通に過ごしていると思っているが、周りからはそう思われていないらしい。この顔立ちのせいだろうか……。


「グレイスは笑ってたほうがいいよ。ほら、ニコーって」

「……フィリップ様、変わってるって言われませんか」

「良く言われる」

「というか、生徒会のお三方って、どっか変わってますよね。良く分かんない事で怒ったり、私なんかを林間学校に誘ったり」

「あはは。ごめんね、あいらも悪気は無いんだ。アレンもあの時は、変な噂でちょっと気が立ってて」

「変な噂って?」


 視界の端に居たミアがピクリと反応するのが見え、何となくその理由を察した。

 噂とは、マーカスに関することだろう。今日、あれほど班がピリピリしていたのも、アレンとイーサンがマーカスについて食料調達に行ったことも、何か関係があるのだろう。


「本当はこの林間学校も反対していたんだ。マーカスみたいな存在は王都から離さない方が都合良いんだけど、今回はマーカスがどうしてもって聞かなくて」


 やっぱりどうかしてる。命あっての物種だろうに、危険だと分かっていてこんな場所までくる必要なんてあるのか。


「でもまあ、先輩二人が居れば、たいていの事は安心だけどね。さっきだって見ただろ? 僕がロングソード抜いた瞬間に、二人とも完全な臨戦態勢に入ってた」


 恐るべき集中力だ、とフィリップが言うと、ミアが膨れっ面で言い返した。


「分かってるんなら、木に印つけるのにロングソードなんて使わないでください。私が居れば道に迷うなんてありえませんよ」

「ごめんなさい。分かってたんですけどね」

「じゃあ、何であんなことしたんですか」


 火に照らされていた微笑が、こちらを向いた。


「マーカスとグレイスが喋ってるのが気に食わなかったから」

「え?」


 一瞬か、はたまた数秒の間か、俺はどういう訳か固まってしまっていた。その反応が期待通りのものだったのか、フィリップは満足そうに笑って言った。


「なんてね」

「……やめてくださいね」

「ん、何を?」

「えっと……とにかくそういうのです」

「うん、分かった」


 薪が炎の中で爆ぜる音と、女子二人のトーク、そしてはるか遠くの獣の遠吠え。聞こえているが、耳の奥底の網に引っかからない。俺はただただ固まって、目の前の炎をジッと見ていた。



 ……勘弁してくれ。

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