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あけましておめでとうございます


 本格的に呪術の授業が始まった。

 早く魔法を学びたいのに何で呪術なんか、とも思ったが、話を聞いてみるとこれが意外にも面白い。

 

「呪いには大きく分けて二つある。特定の相手を呪うものと、物・範囲を呪うものだ」


 既に呪われているんじゃないかと疑ってしまうほど、モーペス自身は暗い雰囲気を身に纏っているが、何故か声が若々しい。三半規管がやられそうなほどのギャップだ。

 呪術の授業は基本的に彼がただただ喋るだけで、板書もせず、教科書も持ってきてはいるが手に取る気配が無い。生徒達はモーペスが話している内容のページを開いているが、急に話題が変わったりするので、全員ページを追うのに必死である。


 呪術の授業では実際に何か呪い(のろい)呪い(まじない)を行うということはしないらしい。一年間ずっとモーペスが喋るのを聞いているだけということだ。クラスの皆は退屈そうにしているが、自分でも意外だったが俺はこういうのが好きなようだ。


「特定の相手を呪うにしても、直接相手に呪いを掛ける方法と、物を介して呪いを掛ける方法がある。

 そういった呪術のほとんどに、呪術を成立させる条件というものが存在する。簡単なものだと、対象と言葉を交わす・対象が物に触れる・対象の名前を聞く・呪文を唱える。とまあ、そんな感じだ」

「そんな簡単な事で良いんですか?」教室内から声が上がる「それだと誰でもすぐに人を呪えちゃいますよね」

「今のはほんの一例だ。実際に人を呪うにはもっと複雑な儀式が必要になってくるし、最後の呪文を唱えるというのにも様々な条件を満たさないといけない。

 だがまあ、確かに呪い(まじない)というのはそう珍しいことじゃない。そうだな、【痛いの痛いの飛んで行け】ってあるだろ? あれも、広い意味で言えば呪いだ。治癒魔法ではない、精神的な暗示で子供をなだめる。こういうのも呪いの一種だ」


 呪術にも魔力を使うものがあるらしいのだが、基本的に呪術は魔法や魔術と違った、別の力で効果をもたらすらしい。魔力ではなく神通力を使ったり、催眠や暗示を使ったり、神に祈って力を借りたり、色々な力を使って発動するらしい。モーペスに言わせれば「呪術と一くくりにすべきではない」らしい。

 もはやオカルトの類だ。実際に呪いを見たことが無いから、何か都市伝説の話を聞いている気分になる。クラスの皆はそんな彼の話を、いかにも胡散臭そうに聞いていた。彼らの中では魔法は日常に存在するが、呪術はそうお目にかかれるものじゃないらしい。この授業に実技がないのも、彼らがその存在を疑う要因だった。

 何か簡単なものでも見せてくれれば良いのにな。


 そんな疑念を感じているのかいないのか、モーペスは胡散臭い雰囲気を纏いながら、胡散臭い話を妙に快活に話していた。

 


***



 それに気付いたのは、ダンスホールへと続く渡り廊下を歩いていた時。

 舞踏の授業に必要な、ドレスや靴などを一式全て寮に置いて来てしまったのだ。

 教室からここまで、何故気付かなかったのか分からない。隣に居たサヴァナも、俺が言うまで全く気付かなかったようだ。

 

「もうすぐ始まっちゃうよ? 先生に言って、ローブのままやらせてもらえば?」

「うーん」


 とは言っても、ここから寮までは別段遠い距離じゃない。渡り廊下を戻って階段を下りれば、すぐに裏口があり、そこから寮まで三分も掛からない。ダッシュで行けば半分で行けるだろう。


「やっぱ取りに行ってくる」

「そう、分かった。遅れるようだったら、先生には言っとくよ」


 短くお礼を言って、俺は来た道を逆に走った。


 カツカツと、俺の靴が床を叩く音だけが廊下に響く。もうほとんどの生徒が次の授業のために教室に入っているため、無人の廊下は気味悪く寒い。

 明かりは渡り廊下の入り口から入ってくる僅かな日の光だけ。十メートル間隔で並べられた燭台は夜にしか点けられないので、この城は昼よりも夜のほうが明るいのだ。


 だからこの薄暗い中、階段の踊り場で人とぶつかるのは仕方ない。


「いてっ……!」


 目前に迫る黒い影に気付いたときには、既に俺はその黒い影と衝突して弾き返されていた。

 十四の少女の体はなんと軽いことか。物体同士が衝突したとき、軽いほうが弾かれるのは道理だ。


「大丈夫か? すまない、気付かなくて」

「いや、こっちこそ。最近よく人にぶつかってて……」


 相手の正体を知るのは二人同時だった。僅かな日の光で、金髪が照らされている。青い瞳と目が合った。

 マーカスだ。生徒会長であり、この国の皇太子。


「グレイス・ブライアーズ? 何故こんなところに」

「いや、まあちょっと」

「君は次に舞踏の授業だろう。ダンスホールは逆方向だぞ」

「寮に忘れ物を……というか、何で私の次の科目知ってるんです?」

「え……」


 おかしな沈黙が流れた。暗い中で青色の瞳が若干泳いでいるのが見える。

 どういうことだ。生徒会長だからといって、全クラスの時間割を把握しているわけがない。把握しているなら、そう答えるべきだ。そこまでうろたえる必要は無いだろ。


 流石にこの気まずい静寂に耐えられなくなった。


「あの、マーカス様?」

「あ、ああ、君のクラスにね、私の友人が居るんだ。その人に聞いたんだよ」

「……へえ、どなたですか?」

「あ、えっと。えっとね、誰だったかな。えっと」


 嘘下手すぎませんかね? こんなことでオロオロしてて、大丈夫なのか?

 まあ、見るからに育ちが良さそうだし――実際良いのだが――嘘がつくのに慣れてないのだろう。そんなんで皇太子務まるのか?


「いや、そ、そんなことよりだ」


 露骨な話題変えだな。


「近々、高等部全学年合同の林間学校があるのは知っているか?」

「いいえ、まだ聞いてません」

「そうか。毎年の恒例行事でな。高等部全学年合同で数名の班を作り、東の森まで遠征を行うんだ。そこでキャンプをして、学年の垣根を越えた友情を育むというものだが」

「は、はあ」


 マーカスは頭を掻いて明後日の方向を見ながら言った。暗がりだけど、冷や汗をかいてるのが分かる。

 何の話してんだこいつ? 林間学校? てかまず俺の質問に答えろよ。


「生徒の参加は自由だが……どうだ? 参加してみないか?」

「ええ。そうですね。私も参加してみよう、かな」

「そっ、そうか! そうか……じゃあ、あー……今日にでもクラスに通知が来るだろうが、そうだな。お前の申し込みは、こっちで済ませておく」

「え? あ、ありがとう……?」

「ああ」


 話が読めん。林間学校があって、今日クラスで通知されるんだけど、俺の参加の申し込みはマーカスがやってくれるってことか? ……いや、何で?

 

 ゴーンゴーン


 授業開始を告げる鐘が鳴った。ああ、遅刻だ。またあの眼鏡貴婦人に金切り声で怒られるだろうな。

 心の中で舞踏教師の顔が浮かんでは消え、俺の意識がマーカスに取られる。


「じゃあ、私はこれからまだ用事があるから、ここで失礼する」


 明るく弾んだ声でそう言うと、これまた弾んだ足取りで去っていった。

 鐘の音が完全に鳴り終わるまで、俺はその場に立ち尽くした。



「…………キモッ」

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