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こんな時間に投稿してしまって申し訳ないです
「あたしのお父さん、傭兵だったの」
入学式が無事? 終わり、お昼休みに俺はサヴァナと一緒に食堂に行くことにした。
食堂、という名前だが、カフェテリアと言った方がしっくりくるほど洒落た空間だ。
「傭兵?」
「うん。五年前にさ、東の国境辺りで、ちょっとした衝突があったの覚えてる?」
「ああ、ごめん。外のこと、全然聞いてなかったから……」
「そうなんだ。五年前にね、ディーヴァ共和国との国境で、紛争があったの」
「紛争?」
どの世界にも、当然のようにあるんだな。
「うん、まあ、公にはそう言ってないんだけどね。最初は国境を挟んでいる二つの村同士の争いだったんだけど、どっちの国も秘密裏に関与するようになってきて、結構大事になっちゃって」
「へえ」
「そこで、あたしのパパに話が来たの。うち、大きな傭兵団抱えてて、あと他にも、細々とした傭兵の斡旋業とかもやってんの」
「傭兵の斡旋か」
「そう、世界中で仕事してたわ。戦争のあるところならどこでも飛んでって。小さい頃からずっとそんな暮らし」
「へえ、考えられないな。お……私は、自分の故郷から出たこと無かったから」
「俺、でいいよ、本当に」
「え」
サヴァナはニッコリと笑った。
「言ったっしょ。あたし貴族生まれじゃないし、うち荒っぽい連中がいっぱい居て、その口調、逆に安心するの。ここでは、お嬢様が多いじゃない? 肩こっちゃって。二人きりの時は、そのままでいて欲しいな」
心の優しい子なんだな。都会に慣れない俺が、自然でいられるようにしてくれている。本心からの言葉だろうが、俺に対する心遣いが感じられる。
俺は彼女の優しさに、素直に応じる事にした。
「じゃあ、そうする」
「うん……う? どこまで話したっけ」
「ええっと……」
「……ああ、そう、あたしパパが傭兵やってたって説明だよね」
「そうそう、世界中行ってたんだろ? じゃあ、隣国にも?」
「もちろん、パパは自分達のことを【国境の無い戦士】って呼んでた。だから、あっちでも仕事があったよ。というか、元々はその紛争も、共和国側についてたの」
「え?」
「それで、結局そっちを裏切って、王国側で戦ったわけ。もちろん、普通はそんなことしないわ。ただ……」
「ただ?」
サヴァナは苦笑いを浮かべた。
「言ってもしょうがないことなんだけどね。まあ、単純に言えば、共和国の上の方とあたしのパパ、反りが合わなかったのよ」
それだけでは済まされない、何か事情があるのだろう。深く聞くのは躊躇われた。
「うちは小さくない傭兵団だったから、王国側に移るのも難しくなかったみたい。そこで、戦果を上げて、パパは準男爵になったの。今じゃノールズ騎士隊長。ノールズ騎士隊ってのも、元々うちの傭兵団そのままなんだけどね」
「へえ」
「だからさ、ずっと傭兵の娘として旅してきたのに、いきなりこんな学園に準男爵のお嬢様として入るわけでしょ? たまったもんじゃないわ」
そう言いつつも、彼女は器用そうだし、この学園に馴染めたのではないだろうか。
先程から男女問わず、何人もの生徒がサヴァナに話しかけている。その度に、俺を紹介してくれた。
誰とでも仲良くなれる性格なのか、友人が多いのだろう。
「入学式の時は、ごめん」
「え? いいよいいよ、気にしないで」
「俺のせいで、その……マーカスって奴に」
「マーカスって奴……それ、他で言っちゃ駄目だからね?」
「うん?」
彼女はため息をひとつ洩らす。
「マーカス様って、王子様でしょ。しかも、顔も整ってて、品行方正でとても頭が良い方なのよ。しかも、馬術や剣術の腕は天下一品」
「へえ、完璧超人じゃないか」
「そうなの。もちろん、女子生徒からも人気で、みーんな少しでもマーカス様にお近づきになろうと必死なの。呼び捨てになんかしたら、誰に目をつけられるか分からないわよ。というか、マーカス様を呼び捨てにするのなんて、国王陛下を除いたら、親友のフィリップ様かアレン様しか居ないのよ?」
「フィリップか……」
さらさらした黒い髪と、濡れたように光る瞳が、脳裏に浮かんでくる。手袋越しの手の甲に落とされた口付けの感触が、まだ残っている。
あんなことサラッと出来るなんて、考えられんな。恥ずかしくはないのだろう。
「フィリップ様とアレン様は、マーカス様の幼馴染で、初等部の頃から一緒だったらしいわ。この学園のトップ3!」
「アレン様ってのは?」
「近衛騎士団長のご令息。父の仕事の関係で、アレン様とは何度かお会いしたことがあるわ」
「へえ、どんな人?」
「言っちゃ悪いけど、とっても気難しい人よ」
「へえ、どんな感じ?」
踏み込んで聞いてみると、サヴァナはちょっと楽しそうに口元だけを笑わせた。
「んー、何ていうか、他人に興味が無いみたい。マーカス様は頑固で曲がったことが嫌いなお方だけど、アレン様は同じく頑固だけどマーカス様の事にしか頭に無いって感じ。学園でもいつもマーカス様の傍に居てね、近づこうとする者に睨みを利かせるから、マーカス様を狙っている女子生徒も迂闊に近づけないのよ」
「はあ? なんだそれ、まさかホモなんじゃ――」
「――お喋りが過ぎるんじゃねえか」
「ひっ!」
突然後ろから聞こえた低い声に、サヴァナが小さな悲鳴を洩らす。
正面に座るサヴァナの目は恐怖に染まり、私の後ろをジッと見つめて動かない。
嫌な予感がする。むしろ確信に近いかもしれない。
恐る恐る後ろを振り返ると、銀髪の青年が鬼の形相で仁王立ちしていた。
「あ、アレン様」
「あー、やっぱり?」
「サヴァナ・ノールズ、ずいぶん楽しそうに話してたな」
「も、申し訳ありませ……」
「随分、舐めた真似してくれるよな。一介の騎士の娘がよ」
ドスの聞いた声で威圧され、サヴァナは涙目になっている。
アレンという青年は、大きな体躯をもった偉丈夫だ。あの長身のマーカスよりも若干大きい。ローブの上からでも分かる鍛えられた体。遠目からでは細身に見えるだろうが、近くで見れば明らかに肉が詰まっている。
サヴァナはすっかり萎縮し、思いつく限りの謝辞の言葉を並べていた。大男に凄まれるのが今日二回目とあっては、流石に可哀想である。
元凶は全て俺なのだが。
アレンは不思議なほど気が立っているようだ。言葉の怒気がだんだんと強まり、ギャラリーも増えてきている。彼の牙がこちらへ向くのもすぐだった。
「おい、お前も何か言ってたよな」
「何か?」
「すっとぼけてどうにかなると思ってんのか」
「じゃあ、お前は俺達をどうにかするのか」
「……なんだと?」
周囲がざわつくが分かる。
俺は椅子からゆっくり立ち上がった。とにかく偉そうに、対立の姿勢を明確にするために。
村に居た時、男友達と喧嘩する事は日常茶飯事だった。女子にしては比較的体の大きい俺は、取っ組み合いでも負けたことは無い。まあ、まずガキに負ける訳が無いのだ。
しかし、立ってみればより分かるアレンの巨躯。全身からの圧力は半端なものではない。荒事に慣れている体つきだ。
だからこそ、女の子を脅すなんて許せん。力を持つものは、それだけで責任が伴うのだ。
「何だよ、大の男が女の子相手にムキになっちゃって。もしかしてホモってのも図星だったかぁ?」
「この俺にそんな口のきき方して良いと思ってんのか? 男爵令嬢風情が」
「ああ? だからどうした木偶の坊」
「てめぇ、ただで済むと思うな」
「やってみろ、返り討ちだ」
喧嘩に限ったことではないが、勝負事で重要なのは先手だ。そこはアレンも分かっているだろう。どちらともなく戦闘態勢に入った。
俺は凶器になりそうなものを視線を一巡して探すと、今まで座っていた椅子に手を掛けた。最も近く、最も攻撃力がありそうだから選んだのだが、手から伝わる意外な重量感に焦る。
アレンは俺に向かって右手を翳していた。
魔法?
考えていなかった。そう、魔法だ。
俺が椅子に手を掛ける一瞬のうちに、こいつは既に攻撃できる状況にあるらしい。
アレンの周りが光りだした。
悲鳴が聞こえる。サヴァナか、周囲の女子生徒か、その両方かもしれない。
視界が狭まったかと思うと、肺の空気が外部からの衝撃によって強制的に吐き出させられた。
後方へ吹き飛ぶ。
体が床と平行になったかと思うと、そのまま下に落下し、背中を強打した。
「うっ……く、はあっ……」
「グレイス!」
サヴァナが駆け寄ってくるる。来るなと伝えようとするが、上手く声が出ない。
「……や、やりやがったな」
やっと出た声は、相手に対する恨み節だった。
「女が勝てるわけがねぇだろ」
「面白ぇ、ぶっ殺してやる」
何とか立ち上がり、自分の腰を探る。硬いものが手に触れた。
ヤンに貰った短剣を、一応忍ばせておいたものだ。ただ、ドレスの下に隠れ、容易に取り出すことが出来そうも無い。
しかもこっちがドレスの中から短剣を出し、間合いを詰め、斬りつけるまでに、相手はワンアクションであの魔法を放てる。
間に合わない。
実は魔法というものを初めて見たので、その実態が分からないのだ。あんな魔法が連続してポンポン撃てるとしたら、こっちに勝ち目は無い……。
「どうした、こないのか」
もう一度此方に向けられる右手。
アレンの周囲が淡く光りだす。
「くっ」
駄目だ、勝てない。
あいつが普段やっているのは、単なる喧嘩ではないのだ。魔法を用いた、戦闘訓練。
認識が甘かった。
「失せろ!」
「サヴァナ! どけ!」
魔法が放たれる寸前で、サヴァナを横に突き飛ばす。
さっきは近すぎて見えなかったが、右手から放たれる魔法は紫色の光を放ち、一直線にこちらに飛んできた。
俺に出来るのはもはや衝撃に備えることだけだ。
「ッ……!」
目を瞑り、衝撃を待つ。
……来ない?
周囲のざわつきが心なしか大きくなった。
目を瞑ってたが一瞬だったのか、それとも数秒のことだったのだろうか。俺はゆっくりと目を開けた。
灰色のローブを着た何者かが、すぐ目の前にいた。体温を感じるほど近く、視界が全て灰色の背中で埋まるほどだ。
「何のつもりだ?」
アレンのイラついた声が聞こえる。
「それは僕のセリフだと思うなぁ。こんな公衆の面前で、女の子をいじめるなんてさ」
アレンのドスの利いた声とは対照的に、中性的で優しげな声が鼓膜を震わせた。
一歩後ろに下がると、黒髪の後頭部が見える。
「しかも、グレイスは僕の友人なんだ」
「え?」
フィリップ・コンラッド。黒髪の青年は、こちらを振り返り、パチリとウィンクをかましてきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
明日の19時にもう1話更新します。よろしかったら、読んでください!