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前回からようやく本編に入ることが出来て嬉しいです

 入学式の会場は、大聖堂という言葉が似合うような、巨大な建物だった。実際に、何か宗教にゆかりのある場所なのだろう。天井はアーチが組まれ、壁には華美な装飾と共に何かの石像が飾られている。正面に置かれた巨大なパイプオルガン、そしてその背後に浮かんでいるステンドグラスが、数百人の生徒を睨み付けていた。

 席に座る生徒は十人十色というか、とにかくバリエーションに富んでいる。まだほんの子供から、俺よりも歳が少し上の人間も居る。初等部から高等部まで、全ての生徒が集まっているのだろう。


 貴族の者は綺麗なドレスやスーツに身を包むものもちらほらと居るので分かりやすかった。ただ、大多数が濃い灰色のローブを着ている。装飾が人によって違う。工夫を凝らした若者のお洒落ポイントかと思ったが、よく観察するとそうでもないらしい。

 見たところ胸に付けたバッジや、アンダーシャツの色がその人の年齢によって違う。学年の違いを表したものか、それとも身分を明確に分けるものだろうか。


 さて、ほとんどの者がローブを着ている一方、様々な貴族の令嬢が綺麗なドレスを着ている。しかしその中でも確実に他とは違う様相を呈した者が居た。


 そう、俺だ。

 先程の出来事から要らぬ注目を浴び、席についている今も、周りで何かざわざわとしている。そりゃまあ新学期なんだから、そわそわするのは当たり前だ。俺のことを話してるとは限らないんだから、自意識過剰だろう。そう思い、俯いていた顔を少し上げて、チラリと辺りを見渡すと、横に居た少女とバッチリと視線が合った瞬間に目を逸らされた。


 これは、恥ずかしい。淑女諸君が俺について話しているのは確実になってしまった。

 なるべくこれ以上目を合わさないよう、再び顔を下に向ける。

 何故こんなドレスを着てきてしまったのだろう。今まで服装に頓着してこなかったのが恨めしい。というか、こう注目を浴びるのなら、いっそもっと貧相な服装のほうがマシだ。


 視線を感じながらしばらく俯いていると、突然視界が暗くなり、空気が爆発するように膨張した。その空気が鼓膜を圧迫する。俺も咄嗟に釣られて立ち上がり、周りに合わせて拍手をした。

 一瞬、何が起きたのか理解出来ず、キョロキョロと見渡してしまった。

 生徒達の視線は正面のただ一点に向かっていた。例に倣ってそちらを見やると、一人の老人が舞台の上に立っていた。


 白い豊かな髭を生やし、丈の長い服を着ている。拍手が鳴り止むまで、その老人は生徒達一人ひとりに優しげな微笑を浮かべていた。


「おはよう生徒諸君」


 声を聴いた瞬間、ピリッと体に電気が走り、勝手に身が引き締まる気がした。その他の生徒も同様に、針金を通したように背筋が伸びている。

 老人が「座りなさい」と言うと、一斉に着席する音が会場内にこだました。


「今日は良い天気じゃ。このような日に新学期を無事に迎えることが出来て、ワシも嬉しく思う。これも、フォルトゥム様のご加護があってのことじゃろう。

 今日から初中高等部含め、二百七十人余りの新入生が仲間に入ることになった。諸君らは隣に居る仲間達と寝食を共にし、助け合い、励まし合い、時には競い合いながら、卒業まで生活していくことになる。

 本学園は創立から今年で九十八年目を迎えるわけじゃが、永年にわたって優秀な人材を排出してきた。諸君も先輩の功績に恥じぬよう、充実した学園生活を送ってほしい。

 さて、ワシのつまらん話など聞きたくないと思っている者も、諸君の中には少なくないのではないかね?」

 会場が密やかな笑いに包まれる。


 老人はその反応を楽しそうに見ながら、後を続けた。

「若者の正直な答えが返ってきてワシも嬉しい。最近歳のせいか、息も続かなくなってきたのでな、ワシも手短に済ませたいのじゃ。

 ただ、新入生の中には、まだワシの名も知らぬ者も居るじゃろう。じゃから、自己紹介だけ済ませておこうと思う。

 ワシの名前はブライアン・セバスチャン・レスター・フィルポット。この学園長をしている。今日から長い学園生活を、一緒に学びながら過ごしたいと思っておる。よろしく頼む」


 フィルポットが優雅に一礼すると、会場中の拍手が彼に送られた。

 

 ゆっくり舞台を降りるフィルポットとすれ違うようにして、次に現れたのは金髪の青年だった。歳は俺よりも一つか二つ上、恐らくさっきのフィリップとかいう男と同じくらいの年齢だろう。とは言え、中性的な顔立ちのフィリップよりも、男らしく角ばった男らしい顔立ちをしているため、実年齢よりもいくらか上に見える。

 そう思った矢先、視界に彼を捉えた。

 フィリップは舞台の袖に立ち、上がってくる金髪の青年を見守っている。


「マーカス様だ」


 漏れ出したように出たその声に、思わず声の主である横に居る少女を見てしまった。

 何を感じたのか、その少女も此方のほうを振向いたせいで、またも視線がカッチリと結びついてしまった。

 長い間見つめ合っていた。いや、一瞬のことだったかもしれない。両者同時に目を逸らし、前を向くが、またどちらからともなく、また向き合ってしまった。

 今度は錯覚でもなく、本当に何秒か黙ったまま目を合わせ続けた。


「な、何?」

 いたたまれなくなり、自然とそんな言葉が口から出た。

「え?」

 おそらく、あちらも同じ感想だったのだろう。あと一秒俺が黙っていたら、何? と聞かれたのはこっちだったかもしれない。とにかく、早いもん勝ちだ。

 先手を取られ、少女はただ口をパクパクさせている。


 何となく悪いことをした気になり、続きはこちらが受け持つことにした。


「あー、ごめん。あの……マーカス様って、あの人のこと?」

「……え、あ……え? 知らないんですか?」

「う、うん」

 信じられないものを見るように、少女の顔に怪訝な表情が浮かんでいた。

「本当?」

「ごめん、俺……じゃない、私田舎育ちだから」


 少女の眉間に寄った皺がよりいっそう深まる。

 やっぱ駄目だ。この俺が急に口調かえるなんて出来っこない。


 両者とも二の句を次げずにいると、登壇を済ませた青年の挨拶が始まった。


「やあ、諸君。おはよう!」

 明るく活発な声が会場に響いた。

「私は高等部二回生のマーカス・パーシヴァル・サミュエル・イングラムだ。知らぬものは居ないと思うが、この度学園の生徒会長に就任することになった。

 さて、新学期となり、新たな仲間達も増え、諸君らの学園生活も変わっていくだろう。より高度なことを学び、より難しい問題に取り組むことで、より仲間達の絆も深まる。希望に満ちた学園生活が待っていることだろう。

 しかしその中でも、学園で生活していくうちに、不安や悩みも出てくることだと思う。そんな時は、ここに居る我々生徒会に頼ってほしい。諸君らの仲間として、最大限の力を貸そう!」


 話している本人が、希望と自信に満ちた声をしている。周りに居る人間が彼へ向ける羨望の眼差しから、単なる思い上がりなどではないことは分かる。それなりの地位に居て、それなりに功績のある人物のだろう。


「彼は何者なんだ?」

 思いきって横の少女に聞くことにする。

「あなた、本当に知らないんですか?」

「さっきからそう言ってる」

「不思議。凄くキラキラしたドレスを着ているのだから、マーカス様と面識あるくらいの方だと思ったのに」

「こ、この服は事情があって……じゃあ、あの人は偉い人ってこと?」


 呆れたようなため息が聞こえた気がした。


「マーカス殿下、この国の皇太子よ」

「皇太子……」

「次期王様。あなた本当に何も知らないのね」

「何度も言うなよ」

「その口調といい、どこの家の子?」

「ブライアーズ男爵家。名前はグレイス・ブライアーズ」

「え、ブライアーズ男爵? 子供居たんだ」

「さっきもあいつに言われた」


 俺は壇上のフィリップを顎で指した。フィリップも生徒会の一員なのか。舞台袖に並んでいる何名かのメンバーと一緒に、揃ってお辞儀をしている。


「あ、あいつって……フィリップ様よ? フィリップ・コンラッド。エンチャント卿」

「はあ、偉い人なの?」

「呆れた」


 んなこと言われても、これまで王都なんか話でしか聞いてなかったんだから、仕方ないじゃないか。社交界のことも教わってないし、野山を駆け回るのに必死だったし。


「なーんか、見た目と全然違うのね、あなたって」

「俺ってどういう見た目してるの」

「荒野に咲いた一輪の薔薇って感じ」

「何それ」

「今まで見たことも無かったし、異国から来たお姫様だって、皆で噂してたわよ」

「偏狭から来た小娘だよ」

「ふふっ、あなた面白いのね」


 少女は栗毛の髪がかかった肩を震わせて、押し殺すように笑った。良く見ると、彼女は美人ではないが愛嬌のある可愛らしい顔をしている。クリッとした丸く大きな目と、対照的に小さな唇。眉が太く、おでこが広くて、元気で賢そうな見目をしている。

 その印象が正しいということが分かるのに、そう時間も掛からなかった。


「あ、ごめんなさい。あたし自己紹介してなかったね。あたし、サヴァナ・ノールズ。中等部からこの学園に居るの。よろしくね」

「う、うん。よろしく」

 サヴァナは大きな目で、見上げるようにこちらを見つめた。座っているので確かなことは分からないが、背は俺よりも十センチ前後低い。

「あたし、実は元は貴族の生まれじゃないからさ、あなたみたいな喋り方、懐かしくて好きなの」

「へえ、じゃあ何でこの学園に?」

「実はうちのパパ――」


「――おい、お前ら! 何を話している!」


 心臓が跳ね上がる。ビクッと肩を震わせて、俺はサヴァナとは反対方向を向き、声の主を確かめた。

 短い金髪に青色の目をした大柄な青年が、厳しい表情で遥か頭上から俺達を見下ろしている。

 ついさっきまで壇上に立っていた人間が、俺のすぐ横に居た。


 入学式の最中、突然放たれた叱咤の声に、会場が静まり返った。

 学園の生徒会長であるマーカスは、青い瞳でこちらを睨みつけている。


「マーカス様……」

「今は神聖な入学式、そしてコンラッド伯爵が話しをしている最中だ! 私語は慎め!」


 そんなことを言いに、わざわざここまで来たのか? 舞台からかなり離れた、会場の隅の席だぞ……。

 マーカスは厳しい表情のまま、俺の隣に居るサヴァナの方へ目を向けた。


「君はサヴァナ・ノールズだな。高等部一回生の」

「は、はい!」

「中等部からここの学生だというのに、このような行いは余りにも不誠実ではないか」

「も、申し訳ありません」

「新しく高等部に入るものとして、下級生の手本となるような行動を示せ」


 サヴァナはマーカスの迫力に、すっかり萎縮してしまったようだ。身を縮めこみ、涙目になっている。

 そりゃあ、こんな大男に凄まれれば、普通の女の子は萎縮するだろう。しかし、彼女が最も畏れているのは、マーカスの大きな体躯ではなくて、その権力にだろう。


 マーカスは次に俺を睨みつけた。

「君は、見ない顔だな。名は何と言う?」

「グレイス、グレイス・アップルガース」

「そうか、グレイス。君は高等部からの新入生だね」

「はい」

「この学園は勉学を学ぶ機関だが、貴族として相応しい振る舞いを身に付ける場でもある。このような式典でもそうだが、人の話をしっかりと聞くというのは、貴族として当然の事。そのことを重々、頭の中に入れておけ」


 頭の固い奴だ。とはいえ、ここでは彼の言うことは正論なんだろう。生まれてこのかた、形式ばった事などほとんどしたことはない。

 大体、そのコンラッド伯爵とか言う奴の話がつまらないのが悪い。


「そしてそのドレスだが……」

 やっぱ来たか。

「……そ、そのようなドレスは、厳粛な式典には、相応しいとはいえないな。ローブはどうした」

「えと、まだ用意できてなくて」

「そうか。新入生だから仕方ないのは分かる。だが次からは……そ、そんな派手なドレスではなく、この国の淑女として相応しい装いをしろ」

「はい」


 マーカスは仰々しく頷くと、すぐさま壇上に向き直った。


「話の腰を折って申し訳ない、コンラッド卿」

「いいえ、構いませんよ。もう宜しいですかな?」

「ええ、続けてください。学生時代に北の帝国へ留学した件からです」

「あ、ああ、ありがとう。えっと、そう、あれは高等部へ進学する前の事で……」


 微妙な空気の中、なんとか話を続けようとするコンラッド卿は、ちょっと可哀想に見えた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます

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