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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある古兵の独白

作者: 神無月 郁

初投稿です。生暖かい目で見ていただけると、幸いです



この場所はあの青空から見たらここはどんな景色になってるのだろう?


塹壕は遥か彼方まで続き、そこらかしこに砲撃跡がある。そして機銃弾が飛び交い人間を挽肉に変え、両軍の火砲が鳴らす轟音と共に人をゴミの様に吹き飛ばす。ここは戦場。1917年西部戦線、くそったれな塹壕の中だ。


男は塹壕の壁を背に座りながらのんびりとタバコを吸っていた。しかし手には使い込まれているが整備がきちんとしてあるライフルがしっかりと握られていた。


頭の上を弾丸が通り抜けても、隣の待避壕が砲弾で潰れても、隣で必死に隠れていた戦友が唯の肉の塊に変わっても、相も変わらずタバコを吸っていた。


他の仲間達は言うだろう"あいつは気が狂っている"と、そして"ここは戦場だまともなヤツはいない"とも言うだろう……






───俺の名前はローデリヒ・カチンスキィ、他のヤツからはローと呼ばれていた。ドイツ軍第8師団第108連隊第三大隊第二中隊所属だ。階級は伍長勤務上等兵。


俺の仕事は至って簡単、塹壕に籠って敵を迎え撃って、敵の陣地に侵攻して敵を殺す。他にも補給部隊の護衛や地雷の設置などが有るが基本は塹壕に籠っている。


俺は戦争が始まる前は兵隊では無く唯の学生だった。


それは1915年の夏に入る前の事だった。俺はまだ学生でそして最後の学生生活だ。その日俺と同じクラスだった奴等はアードルフ・フリックに教室に呼び出された。アードルフとは俺達の担任教師だ。


「……諸君!諸君らも我等が祖国が現在大いなる困難に直面しているのを知っていると思う。そこで今回は祖国とは──愛国心とは道徳的な義務とは何なのかを教えてたいと思う。そもそも愛国心とは─────」


始めは真面目に聞いているヤツは少なかっただろう。だれもが何時もの堅苦しい話だと思っていた。俺だってそうだった。


だがアードルフの話が進むに連れて一人また一人と目の色が変わっていった。へらへらと笑いながら聞いていたフリッツが変わり真面目なギードが変わり、そしてまるで海を泳ぐ魚の群れのように全員がアードルフを見ていた。


「───つまり!崇高なる任務のために決死の覚悟で望む者は真の英雄である。そして!義務を放棄して逃げる者は末代まで卑怯者のレッテルが貼られるだろう!……諸君!諸君らは義務を放棄する卑怯者か!?」


「…………否!断じて否だ!俺達は卑怯者では無い!」


一人の生徒が口を開くと次々に口を開いた。


「そうだ!俺達は祖国のために義務を遂行する!」


「俺達は祖国のために軍に志願する!ここで戦わないのは男じゃない!」


「俺も戦う!」「俺もだ!」


一人の熱気が他に伝わりまた他にも伝わる。まるで熱に侵される感覚だった。だが気分が悪い物じゃ無い逆に高揚する心と興奮する身体はまるで本当に英雄にでもなるのではと錯覚していた。


だが一人だけその中に入らない奴がいた。ヨハンだ。アイツは人一倍怖がりで気弱な奴だった。


「…………どうしたのか?ヨハン君、皆のように君は志願しないのかね?」


「先生…俺は……志願したくない……俺には無理です!」


するとニコニコと笑っていたアードルフの顔が一瞬の内に憤怒の形相に変わった。


「……貴様は!学友達が自ら祖国のために志願しているのに、貴様は銃後で一人ぬくぬくとしているつもりか!貴様は卑怯者だ!恥を知れ!」


その後アードルフの罵声が入り交じった説得によって結局はヨハンは口説き落とされ志願することになった。


それから俺達はクラス全員で徴兵所まで行ってクラス全員で志願届けを出した。


こうして俺は兵士になったのだが。不思議な事に俺達クラスの中で一番最初に戦死をしたのはあのヨハンのヤツだった。


俺達がまだ新兵でクラスのヤツらとも散り散りになる前の事だ。まだ実戦の経験もなく人も殺して、無かった。古参兵の後ろをアヒルの子ども見たく必死に付いていくのが精一杯だった。


その日は夜に前線で鉄条網の設置作業をしていた時の事だ。俺と学友そしてヨハンは古参兵達と共に鉄条網を設置していると────空が真昼のように輝いた。照明弾だ。


「伏せろ!砲弾が飛んでくるぞ!」


古参兵の一人が叫んだ瞬間、周囲に砲弾が着弾し土くれを巻き上げていた。


俺は必死になって小さな窪みに隠れた。この時は、何時もはおざなりに祈っていた神の名を必死に唱えた。土くれが顔に当り砲弾の破片身体を掠めるとが母や父の顔が脳裏に浮かんできた。


そんな砲撃の嵐の中、俺は誰かの叫び声が聞こえた様な気がした。だがその声も砲弾の嵐の中では掻き消えてしまった。


永遠に続くと思えた砲撃が終わると周囲は見るも無惨な有様だった。さっきまで生えていた低木は根本ごと掘り返され、鉄条網はバラバラ、地面は砲弾の着弾によってまるで空に浮かぶ月の表面のようだった。


古参兵が点呼をすると一人足りない…………ヨハンだ。周囲を探すと…………いた。無事だった鉄条網に引っ掛かる様に倒れている、ヨハンだったモノがあった。


それは見るも無惨な有様だった。下半身は無く内臓が中から見えていた。上半身も傷だらけでむせ返る様な血の臭いが辺りを漂っていた。そしてなりよりも頭部だ。あの気弱なながらもやさしい顔立ちは歯が折れ鼻はひしゃげ頭蓋骨が割れ脳ミソが飛び出していた。


俺は吐いた。自分の学友が戦友がそして俺もこうなってしまうのだろうかを想像すると吐き気が止まらなかった。


だが古参兵はさっきまで人間だったモノそれを荷物を運ぶ様に運んでいった。俺はなぜそんな物見たいに運ぶんだ!と古参兵に食って掛かった。そうすると古参兵は俺を殴りつけた。


「お前らよく聞け。ここじゃあ死はとても近い存在だ。昨日喋った戦友が、朝に合った上官が、そして目の前にあらわれる敵が……ここじゃあ全てが平等に死が舞い降りる。」


「……じゃあどうすればいいんですか!?……こんな場所でどうやって生き残れば良いんですか?!」


俺は泣きながら古参兵に問いかけた。


「…………死に慣れろ。生き足掻け。その足りない頭を全て使え。そして古参兵から学べ戦場では古参兵が正義だ。俺達はそうしてきた。…………もうすぐ夜が明けるそうなりゃあ機銃の格好のエサださっさと塹壕に戻るぞ。」


そうして俺は今もこのくそったれな戦場に居る。もうクラスの三分の二の仲間が物言わぬ骸となり、残りの三分の一は今何処の戦域に居るかさえ知らない。何そして今も殺し殺される戦場はアルプスの裾野から遥かイギリス海峡まで続いている。


もう何で、戦場に居るのか、さえ考えなくなった。ただ今は生き残るそれだけを考えている。







───それはある日の事だ。今の階級では無かったがそれでも、もう古参兵と言われる分類になっていた。その時は両軍が昼夜問わず大砲が撃ち鳴らしていた。


この狭く暗い待避壕に隠れているとだんだん昼夜の感覚がなくってくる。そして砲撃の爆音が眠りを妨げ頭をおかしくしてくる。


身体を伸ばしたい!


静かな場所で眠りたい!


新鮮な空気を吸いたい!


青空を見たい!


壕から出たい衝動を我慢しながら砲撃が止むのを待つ。昼が来ても止まらない、夜が来ても止まらない、朝が来ても止まらない────そしてその日、戦場の女神はその息吹きを止めた。


「敵の突撃が来るぞ!全員、外に出ろ!」


この待避壕を任されている先任伍長の声と共に戦友達と待避壕から外に出る。


外に出ると眩しくも温かい日の光が身体を包み込む。何日も浴びて無かった日の光をずっと浴びていたい衝動を押さえながら周りを見渡す。


その場所は数日前に自分が見た景色とは全く違う景色が広がっていた。


そこはまるで人が見棄てた荒野。


そこはまるで人が踏み入れるのを禁じられた場所


そこはまるで地獄。


もうこんな所には人など存在しない。もう敵は砲撃で全て死んでしまった。そう思っていると。敵の陣地で一人また一人と顔を出すヤツらが表れた。


そして敵の突撃が始まった。


敵は一塊の一団となって此方に突っ込んでくる。俺達はそこに持てる全ての兵器を使って迎撃をする。


遠ければ砲撃で敵を土ごと掘り返し、距離が迫ると機関銃で敵を薙ぎ倒し、さらに迫れば手榴弾と小銃で殺す。


────最後に白兵戦が始まる。


小銃に銃剣を取り付ける。俺に有るのは機械の様な冷たい感情だけだ。


怒号と共に塹壕に入ろうとした敵の腹に銃剣を突き刺す。人間と小銃の重さが合わさった突きは見事に敵の腹を突き破った。手にはナニカ柔らかな感触とナニカ硬いものに突き当たる不愉快な感触が伝わる。それを無視しぐりんと小銃ごと回しながら引き抜こうとすると。


「ッッ!がぁぁぁぁ!」


しかし敵は小銃の銃身を掴みながら必死に抵抗する。必死の形相、正に死に物狂いと言った感じだった。しかし俺はソイツに躊躇無く小銃の引き金を引いた。密着した状態で放たれた銃弾は妨げるものも無く敵の腹を蹂躙する。


抵抗が無くなったので銃剣を引き抜くと、銃剣の刃がポッキリと真ん中辺りで折れてしまっていた。


「くそ!やっぱりこの銃剣は使えないか!」


俺はそう言い捨てて小銃を背に回しシャベルに持ち変えた。一見するとシャベルを使うと言うのはバカみたいに見えるが、シャベルは塹壕では無類の強さを持っている。

突いても殴るのも良し、上手いこといけば、肩から胸まで切り裂くことも出来る。塹壕戦では古参兵は大抵シャベルを愛用している。


俺はシャベルをしっかりと握ると眼前の敵に向かって振り上げた……───────






─────そうして未だに俺は戦場にいる。


最近では後方からの増援は十代後半にやっと入ったばかりの少年兵か四十代後半か五十代のよぼよぼの老兵ばかりだ。


補給も滞り始めている。砲火を上げるのが数門の内に一門などがざらに有る。


特に酷いのが食糧だ。


敵の支給品にはコンビーフと言う缶詰が有る。これは全線で評判で、敵の陣地に突撃する重大な原動力になっている始末だ。


それだけ俺達の食糧は粗悪になっている。


それなのに未だに戦争は続いてる。いや、さらに激化を増していると言えるだろう。機関銃、毒ガス、戦車、戦闘機。人を殺すためだけの兵器はどんどん全線に行き渡る。


ああ何故こんな事が起こるのだろう?



あぁ我が偉大なる主よ。我々を天高く見ている主よ!


なぜ貴方は我々の言語を分けて仕舞われたのですか?


なぜ貴方は国を幾つも造ったのですか?


なぜ貴方は我々に武器を持つことを許されたのですか?


なぜ貴方は幼い少年達を戦いに出すのを許しているのですか?


なぜ!貴方は同じ人間同士で殺し合いをしなければならないのですか!?


──────貴方は本当に要るのですか?



自問自答の様な問は学友が戦友が死ぬたびに何時もしている…………答えは出ない。


最近じゃあもう自問もする事が少なくなってきた。その代わり死んだヤツがいると決まってタバコを吸っている。


仲間の弔いの為に上げるタバコなのか、それとも自らの精神を安定させるものなのかは…………



────それは俺にも分からない。



誤字、脱字、不審な点等が有ったら、教えていただけると嬉しいです。

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