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スーパーギャラクシーズ 小さな大冒険  作者: モリサワツカサ
第一章 ケントとミカ
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第1章 ミカとケント

ミータッツ太陽系にある惑星パングリオン。水と緑に富んだ星で、住まう種族も多様である。

そうしてそんなパングリオンにある、辺境の街ガガノートのハイスクールで一人の青年が嘆いていた。


「しまった…実にしまった」

 人気のない教室で栗色の髪と瞳をした青年ケントが呟き、奉仕作業の説明書類を読む手が震えていた。窓から覗くいつもの緑色の空には、日暮れを告げる桃色カラスが泣いている。

 ハイスクール卒業を控えた身のケントにとって、この場にいるのは実に危機的状況であった。長期の休暇に入ったはずなのに学校教室にいるのは簡潔に言えば卒業するための単位が足らないためだ。

「なに?サンカイ先生のスパルタ補修の方が良かったわけ?」と、共に教室にいたモグラ族のドリューが問いかけてきた。

彼もまた卒業を危ぶまれている生徒の一人であり、ケントの親友でもあった。モグラ故に地下暮らしの彼は寝る時以外はサングラスをかけており、今もイライラに合わせて小刻みに揺らしている。

「先生ってば、僕が朝弱いの知っててテストや課題を朝の授業に固めるんだ!絶対そうだ!」

おかげで自分はここにいると言わんばかりに机をバン!と叩いた。そのせいで大きな爪が机を引っ掻いて、木製の机は天板がえぐれてしまう。

 だが、不服申し立てだと、頬を含ませる友のモグラもまたケントと同じ書類を持っていた。

「ドリュー?おまえ、この奉仕作業の内容しっかり読んだか?」

「休暇中に奉仕作業を三つ以上しろってやつだろ?スパルタ補習に比べれば楽じゃないか」

 ドリューの応えに溜息混じりのケントは、自分の書類を真っ直ぐ突きつけた。

卒業を控えているが単位の足りない自分たちに学校側は救済措置を施してくれた。休暇の全てを使った超絶補習か、外に出て奉仕活動を行うか、である。

無論、奉仕活動の方が楽であり、上手くやれば内申だって跳ね上がる。が。

「その黒眼鏡を外して、よく見ろ。『職星4以上の者の承認を得ること』って書いてあるだろ?」

「職星4…?!」

書類を奪ってドリューがサングラスを外した。豆のような黒い目で書類を穴が開くほど睨みつける。

 職星とは、この太陽系が制定する職業ランクである。星1つはバイトやフリーターなどで、2つ3つと上がることで職業のランク上がっていく。職星4といえば、惑星政治家、星間警察署長、太陽系議員などなど、一般学生には簡単には手が届かない職業の人々である。これらの者たちにコネクションをとることも去ることながら、奉仕作業を承り、更に完遂するのは困難を極める。

 過去に前例がないわけではないが、それは補習の代わりではなく、始めから星4ランクの仕事に付きたいという優等生がこなした例があるだけだ。(それも完遂した作業をひとつだけである)

「・・・やられた!こんなの無理に決まってるじゃん!」

「だから言ってるだろ?どうせ初めから補習受けさせるつもりだったんだ」

モグラ族特有の長い鼻先をヒクヒクさせるドリュー。

 ケントはあきらめと呆れ顔で空を遠い目で眺めた。はっきり言ってどちらも遠慮し難いところである。しかし、やらねば卒業できないし、何よりサンカイ先生が、あのヒョウ族特有の顔を一杯にキーキー声でまくし立てるのが目に浮かぶ。

「・・・・・・ドリュー、奉仕作業やってみるか?」と、ケントは何か思いついた声で言った。

「やってみるかって、無理でしょ、どう考えても?知り合いに政治家や警察署長がいるのっての?それにそういう人達が出す作業内容なんてとてもまともにこなせるようなもんじゃないよ?」

 ドリューが毛もじゃな体躯を身振り手振りさせて「無理だ」「おとなしく補習を受けるしか無い」「むしろ星ひとつの人たちから100個承認貰うほうが現実味ある」などと、否定の言葉を繰り広げる。

 だが、ケントは友の声を割ると、鼻で笑って彼の喋りを止めた。

「俺に考えがある」

ドンっと力強く机を叩いて、ケントは言ってのけた。

 が、ドリューは半信半疑。というよりはほぼ信じていないような目で見返すと、口を滑らせた。

「どうせまた、お姉さん頼みでしょ?」


                    ※


「ドリューのやつ信用してないな」

 ドリューと口喧嘩しながら「明日、結果を見せてやる」と啖呵をきってケントは帰宅した。

住まいととしている『ソーン流武術道場』の勝手口を開けて「ただいま」と告げるも返事はない。聞こえるのは霞むようなテレビの音声ぐらいである。

この道場は孤児院も兼ねており、ケント自信も出身で、道場主でありオーナーのソーン大師範によって育てられた。もちろん共に暮らしているのはケントと師範だけはない、まだ幼年の子供たちが何人かと、全員をまとめあげる門下生筆頭がいる。

「スタア姉ちゃんいないの?」

返事のない道場にあがって奥へと進むケント。すると唯一聞こえていたテレビの音がはっきりとしてきた。

『古代人が生み出した万能エネルギー技術、ヒィアート!ありとあらゆるものに応用でき、宇宙生活にはなくなてはならない存在!しかし!そんな万能ヒィアートを超えるものがあるとすれば・・・・・・』

 甲高い音声を聞き取ってケントは溜息をつく。「またか」呟いて、足取りは稽古場の方へと向かった。

バン!と稽古場の引き戸を開ければ、天井隅に置かれた古テレビを見上げる女性がいた。

『・・・・・・それこそ!この万能ダイエット食品!ベルベロベッロ!です!!』

「ベる、べろ、べっろ・・・えぇと電話番号電話番号」

女性は稽古場を掃除していたのか箒を手にしていたが、どう見てもテレビの通販番組に夢中で手が止まっている状態である。なおかつ連呼されている電話番号をメモに取ろうと用紙を探していた。

「姉ちゃん!!」

「っ!!」

 ケントが声を大にすると、驚いた女性がビクリと背筋を伸ばして振り返った。

「ケ、ケント!・・・帰ってたの?」

 長い黒髪を揺らして、門下生筆頭で姉弟子のスタアは恐る恐る声を漏らしたが、即座にテレビの電源をリモコンで切ると、本来のキリッとした目つきと、真っ直ぐな姿勢を作っては、さも何事もなかったように繕った。

 だが、通販番組に夢中になっていた彼女を見るのはケントにとって慣れたもので、何度かは『わけのわからん商品をわけのわからん個数注文するな』と叱ったこともある。

ケントはやれやれと顔に表してスタアに歩み寄ると『奉仕作業』の相談をしようと口を開いた。

「あのさ、ラージ兄ちゃんってど」

そこまで言ったとき、稽古場の奥から子供たちの可愛い声が飛んできてケントの言葉をかき消した。

「おかえりケント!」「おかえり!」「お姉ちゃん、お腹すいた」

道場に住んでいる子供たちだ。奥で遊んでいたのか、玩具をもったままの子もいる。子供たちもまた種族は多様で人間族の他に、ネズミ族、リス族、コオロギ族なんてのもいる。と、子供たちは、ちょっとだけケントに挨拶すると一斉にスタアに群がって晩御飯を要求した。

「はいはい、わかったわかった」

稽古着を引っ張る子供たちに急かされながらに、スタアは台所へと向かっていく。しかし、ちょっと足を止めてケントを見やった。

「そうだ、師匠探してきてよ。晩御飯すぐできるしさ」

「またいないの?」

またまた呆れ声のケントは道場内を見渡す。どうやらスタアの言うとおり、ソーン師範はここにいないようだ。そしてそれもまたよくあることであった。

「どうせいつものところだろうからさ、ちゃちゃっと行ってきてよ」スタアが言い終えるのが早いか子供たちに引っ張られて台所に消えてしまった。

「帰ってきたばかりだってのに」

ガクッと肩を落としたケントが不満げに呟く。まぁ、しかしこれもまたいつものことである。さっさと見つけてスタアに奉仕作業の相談をしよう。そう決めたケントは戻ってきたばかりの道場から出ると、日の暮れ出した街へと向かった。


                     ※


日の暮れたガガノートの街には人工的な明かりが、わんさか灯っていた。

飲食店の並びを、ほんの少し駆け足のケントが行く。この時間になると仕事帰りの人が多くなり、人探しも大変さを増してしまう。

雑居ビルの屋上には、タバコ休憩しているタヌキ族がいて、一吐きするごとにポコンとお腹を鳴らしている。バスの停留場にはドドメ色の背広を来た人間族の中年男性が、電話越しにヘコヘコと何度も頭を下げている。ゲームセンターへ向かう女学生。「新しい台が入った」と、へんてこなギャンブル場へ入っていくペンギン族のコンビ。

あちこちを『いつもと変わらぬ光景』だと見渡してケントは足を推めていく。


「ん?」と、『ヒノトリヤキトリ』の屋台の前まで来た時ケントは足を止めてしまった。

 なにやら、向こうの通りが騒がしいのに気がついたからである。悲鳴か、なにかが崩れる音か、とにかく騒ぎになっているように聞こえた。

そしてその音はこっちへと近づいていているようだった。

「待ちやがれ!!」

「…だから!謝ってるでしょ!!」

音の正体であろう二人がケントや騒ぎを聞きつけた野次馬の前に現れた。

キャップ帽をかぶった少女が、マントを羽織ったオオカミ族の大男に追いかけられているようで、周りは狼男を見た瞬間、ヒソヒソと話し始めた。

「ならず者のワンバゥだ…」とか「あらくれウルフのワンバゥだ…」とか「ふとっちょワンバゥ」「痛風ワンバゥ」だとか、狼男のことを悪名名高いワンバゥだと口々に告げていた。

 そんなならず者相手に、謎の少女は怯まずに言葉を返していた。

「あんたの義手のパーツだなんて思わなかったの!道に落ちてたもんだから!親切心でリサイクル業者に渡しただけよ!!」

「そんなこと知るか!おかげで調子が悪くて仕方がねぇってもんだ!!」

 怒鳴るワンバゥのマントが翻って、中から機械じかけの片腕が覗いた。

「あのパーツは高かったんだ!きっちり弁償してもらうぜ!!」

 そう言って機械の腕を少女に向けたワンバゥが備え付けられた小さなスイッチを押した。

同時に腕の先が変形してクロスボウへと変わった。そうして、そのまま少女目掛けて矢が発射させられた。

「ひ!?」

思わず身を返した少女。

 ビュン!と矢が自分の側面を掠めて、後ろの雑居ビルの壁に突き刺さったのに血の気が引けた。こんなのをまともに喰らえばひとたまりもない。少女は急いで違反駐車してる車の影に隠れた。

周囲は「警察を呼べ」と騒ぎ出している。

そんな声にバツの悪そうな顔を見せた少女は「こうなったら」と呟いて腰部に手を伸ばした。が。

「あれ?ない!」そこにあるべきものがなかった。

「なんで?!」

とパニックの少女は辺りを見渡した。

 すると先程立っていた位置に目当てのポーチが落ちていた。先程の矢で腰部から下げていたベルトが切れたに違いない。

「しまった!」急ぎ拾おうとするが、なんとワンバゥによって先に拾われてしまった。

「へっ、なんか金目のもんでも持ってんのか?」

「ちょっ、ちょっと!!」

 問答無用にポーチを開けたワンバゥは、乱暴に振って中から何かを取り出した。

「…ほぉ、こいつはなかなか」

 雑誌や携帯食料に混じって出てきたのは小さな銃であった。

「しかも改造済みで、れっきとした違法モンときた!」

「触るな!私以外が触ると――…」

瞬間、小さな銃口は少女に向けられた。

「――お前が以外が触ると、どうなるって?」

ワンバゥが義手から、細いアームを出して動すと小さな引き金に当てた。

同時に周りからは「銃を持ってるぞ!」「危ない!」などの声が上がるが、ワンバゥと少女の間には凄まじいほどの緊張の糸が張られていく。

 そうしてワンバゥが嫌な笑顔を見せると共に引き金を弾くことで、糸は来られた。

「やめ――!!」

「んな!?」

 少女の制止の声とワンバゥの驚きの声が上がった。

引き金を引いたことで銃は発砲するどころガタガタと震えだし、更には緑色に輝き出したのだ。まるで膨張を続け、今にも爆発してしまいそうに輝きを増していく。

そして―――――。


バン!!


劈くような音をたてと光が弾けると、超高速のビームとなって撃ち放たれた。それはまったく照準など定まっておらず、少女の頭上をかすめると背後の雑居ビルの一部をえぐり取ってしまった。

一瞬にして周りが静まり返る。が、すぐにも今度は先程よりも大きな騒ぎとなってしまった。

「離れろ!崩れるぞ!」「警察はまだか!」などなど人々はビルの瓦礫が落ちてきそうなところから離れてはごった返した。


「…なんだ今の?」

 そんな光景を人混みの後ろから見ていたケントは呟いた。

何かが光ってビルが抉れたのがわかった。だが、それだけで、人混みの向こうでなにが起こっているのかわからまい。

 首を傾げるケントだったが、ちょうど何人かが「逃げるぞ」と言ってその場を離れていってしまった。それによって前がひらけて騒ぎの中心を見ることが出来た。

 そこに見えたのは倒れた太めの狼男、そろりそろりとそちらに近寄っていくキャップ帽の少女であった。

「…だから言わんこっちゃない、まぁ気絶ですんで幸運だったわね」

 あまりの銃の反動衝撃でワンバゥが仰向けに倒れていた。グニャリとヘシ曲がった義手にはまだ銃が握られたままである。少女がそれを回収しようと手を伸ばした。

その時。

「やば!まだ動いて――ッ」

銃は再び輝いた。少女が抑えようと手を伸ばすが、間に合わず、二発目の高速ビームが発射されてしまった。

ビームは少女の顔面スレスレを撫でて背後へと飛んでいく。

まだ騒ぎ立てている野次馬へ。そして、ひらけた位置に立っていたケントへと。

「ん?」

「避けて!!」

刹那、ケントの目の前にビームが迫った。少女が声を大にして叫ぶが、ビームは止まらず残酷なイメージを連想させる。このまま彼もまた、さっきのビルの壁のようになってしまうのか、周囲の皆がそう思う中、ビームは容赦なく彼を飲み込んだ。

「……ッ?!?!」

 はずだった。

少女は声を失っていた。なんとビームが止まっていたからである。

否、正確には男が『止めていた』。

「どうなって…?」少女は驚きで顎が外れそうだった。

 目の前の男はまるで飛んできたボールをキャッチするかのようにビームを片手で掴んでいる。

 よく見れば掴んでいる腕から赤い炎のような靄が昇っている。

「む!」

と、ケントは腕に力を込めた。同時に腕を通して赤い炎がビームを包み込み、球体と化すとそのままガラスを割ったように砕けってしまった。跡には何も残らず炎も光も掻き消えてしまった。

「…ふぅ、さてと師匠迎えにいかなきゃ」

軽く腕を振ったケントは、まるで何事もなかったように言った。少女が驚きっぱなし一方で周りからは「なんだケントか」とか「なんとか武術のやつか」とか、見慣れたような感想が聞こえてきた。

ビームをかき消したのが珍しくないのか、周囲は離れていくケントを止めもせずようやく聞こえてきたパトカーのサイレンに「やっときたか」と悪態をつくぐらいであった。

「…ま、まずい!」

 いつまでも呆然としていた少女だったが、サイレンの音に動揺した。

あわてて銃に触れると、暴れていた銃は沈黙し輝きも消え失せる。それを急いでワンバゥの義手から引っこ抜いて、拾い上げたポーチに詰め込んだ。

「と、とりあえず…逃げよう!」

 心で叫んで少女は一目散に駆け出した。サイレンがどんどんと近づいてくる、今ならまだこの人混みを利用して逃げることもできるだろう。警察の相手はこの白目を向いた太っちょ狼男に任せることにしよう。

少女はちぎれたポーチを握りしめて、ざわつく人混みの中へと消えていくのだった。


                ※

「えーと…」

 騒ぎの通りを離れてケントは街のハズレにいた。屋根の付いた奇妙な小さな建設物に明かりが灯っている。屋根の下には小さな浴槽があり、横には「足湯」と書かれた看板がある。

「しーしょー」やる気のない声でケントが言う。

 すると浴槽の中からうめき声のようなものが聞こえた。

「やっぱりここにいたか」

 ケントは浴槽を覗き込んで言った。足湯と書かれているゆえ、膝にまで届かないほどの湯が張られている。しかしそこに、『全身』を浸からせた年寄り猿がいた。

「フホホ」と、極楽気分の猿は、しわくちゃの顔を更にしわくちゃにして笑っている。

 この年寄り猿こそケントの探していた大師範ソーンであった。

「ほら、帰ろう」バシャーと足湯から猿をつまみ上げたケント。

 ソーンは吊るされたままで身を振るって身体についた水滴を飛ばした。

「あぁ、もう」と飛び散る水滴に嫌な顔を見せて、ケントはそばに脱ぎ捨てられてあった師範の服をとって渡した。

「さっさと着替えて」

 普段から赤い顔をもっと赤ら顔にしてソーンが着替える。

いつものように酔っ払っているなと、溜息のケントはもたつく着替えにイライラを積もらせるた。と、そこへ。


「…見つけた!あんた!あの…手の赤い…あの、赤オーラの人!」

 大きな声が飛んできた。何事かと思い振り返ったケントは、そこにキャップ帽の少女が息を切らして居るのを見た。手にはちぎれたポーチを握りしめている。

「……あぁ、さっき、なんか揉めてた」

 ポカンとした顔のケントが呟くが、すぐに関係ないと顔を戻して師範の方へ向く。

「ちょ、ちょっと!人が追っかけてきたんだから、話を聞こうとしなさいよ!」

「なに?なんか俺に用なの?」

 またしても素っ気のないケントに、少女は僅かにを怒りを増した。

「用だから来たの!――・・・さっきの!あのビームをどうやって止めたのよ!」

「どうやってって……飛んできたから危ないなと思って、んであんまり強くなかったから消した」

「あんまり強くないって…そもそもビームなのよ?ビーム!物理的にどうやって触ってんのよ?!まさか魔法使いとかじゃないわよね?」

「はぁ?あれはウチの流派の技で――…って、説明するのめんどいや」

 そこまで言ってケントは「気合だよ気合」と適当に付け加えると、ようやく着替えを終えた師範を確認して、帰宅方向へと足を向けた。

「ちょっと!ちょっと待って!お願い、私に協力して!」少女が叫んで引き止めた。

 酔っ払って暴れる師範の首根っこを掴まえてケントは、何を言ってるんだと思いながらに振り返った。少女は真剣な眼差しをしていた。

「…いや、あのさ、師匠連れて帰らないと姉ちゃんに怒られるし…それに俺、学校の」

 何か訳ありかなのかもしれないが、自分にも都合があると、断るために説明しようとしたケントだったが片手が軽くなったのを感じた。

 師範が逃げたのだ。

「あ!」ケントが叫んだ。ソーンは猿の本能を全開にケントとは反対方向に駆け出した。

 が、それもすぐに止められてしまった。

「んが!?」「ふふん」

 なんと、少女がソーンの尻尾を踏みつけてしまったからだ。ガツンと頭を地面にぶつけて目を回すソーン。

今度は少女がソーンの首根っこを掴んで持ち上げた。

「形勢逆転ね。このお猿さんを返してほしかったら私のお願いを聞きなさい!それと寝床も用意しなさい!」

 さっきの眼差しはどこへやら、悪い顔をして少女が言った。

「…なんなんだよ、いったい」

 ケントは心底めんどくさそうに溜息をついた。


             ※


「ただいまー」

 道場に帰ってきたケントが玄関から言うと、ちょうど晩御飯の支度ができたところのスタアが奥からやってきた。

「おかえり…って、あら?お客さん?」

「えへへ、お邪魔します」

 ケントの横でスタアは笑顔を見せた。背にはソーンを背負って、後ろからケントを小突いている。

「…え、えと、師匠を介抱してくれてさ、御礼に御飯でもって思って」

「そうなの?それは、どうも有難うございます」

 ペコリと礼儀正しく頭を下げるスタアに、少女は罪悪感に冷や汗をかきながらに「とんでもない」と焦って返す。

「御飯でいいなら、遠慮なくどうぞ。ちょっと騒がしいかもしれないけど」と、頭を上げたスタアが少女からソーンを預かる。

 そして奥へと進むよう促すと、食卓の方からは元気な子供たちの声が聞こえた。

 スタスタと奥へと戻っていくスタアを見て、少女がひそひそ声で言った。

「これで追い出すわけにはいかないわね?」

「…わかったよ。話だけなら聞いてやる」

 面倒くさくなり、半分あきらめて言ったケント。しかし、少女は「勝った」と言わんばかりの顔を見せていた。


 食卓には多くの料理が並んでいた。ペンシル人参入りの真っ赤なサラダ、スタア特製ハンバーグ、ジェウェ風パスタなどなど、主に子供たちに合わせて献立となっていた。

 ケントは子供たちと同じく黙々と食べていたが、少女があきらかに人参を避けているのがわかった。

「それで、ミカちゃん、だっけ?旅してるんだ?」

「は、はい。始めたばかりですけど」

 食事の席でようやく帽子を脱いで、名を『ミカ』と名乗った少女。スタアの丁寧な言葉づかいが移ったか、なぜだか敬語になっている。

 いや、好き嫌いをしているが悟られそうになって焦ってるに違いないと、ケントは呆れた目を送っていた。

 そうしてスタアと子供たちの質問攻めに四苦八苦で応えた少女・ミカ。食事が終ってスタアが子供たちを寝かしつけるために寝室の方へと消えて行く頃には、頭から煙をあげて机に項垂れていた。

「恐るべし子供パワー…」ミカが疲れ切った声で言った。

 そんな哀れな少女にケントは「お疲れ様」と心無くなだめると、食後のコーヒーを一口すすった。

「…で、『協力』しろってのは、どういう意味だったんだ?」

「そ、そうだった!」

 ガバッと顔を上げてケントを見やるミカ。まったく興味無さそうな目を向けるケントに対して眉間にしわを寄せる。

「その前に!もう1回詳しく聞かせて。どうやってビームを止めたの?」

 またそれかと、ケントは更に一口コーヒーを啜ると、コトンと机にカップを置いた。

「・・・・・・誰の中にもある自然エネルギー、ヒィアートは分かるだろ?」

「当然よ。古代人の偉大な発見と発明だわ」

 ケントの目が一度、チラリとポーチの方へと移る。

「この道場ではそのヒィアートを操る武術を教えている。と言っても護身術程度のもんだけどな」

「操るって…具体的にどういったことできるのよ?」

「身体や触ったものを硬くしたり、ちょっとだけ身体能力を向上させたりぐらいかな」

 言いながらにコーヒーを飲み干したケントは、腕に力を込めた。すると腕から赤い炎のようなオーラが溢れて、それは持っていたカップにまで及んだ。

 あの時のと同じだ、と、ミカが感慨深く眺めていると、次の瞬間、ケントはカップを手から離した。床に落ち行くカップ。

ミカは「割れる!」と思って耳を塞いだ。が、カップは割れること無く床にころがって、数滴染みを作っただけだった。

「こういうこと。これを拳に込めたり脚に込めたりすれば護身のタシになるってわけ」

 カップを拾い上げたケントが言う。既に腕からは赤いオーラが消え去っている。

「すごい…。じゃ、じゃぁ――」「その銃もツールなんだろ?」

 ミカの問いより先にケントが応えた。

 銃をしまってあるポーチを握って、ミカはケントの目が少しだけ怖いと思った。

「そっから撃ち出されたビームもまたヒィアートだった。ソーン流武術だから触ることも出来たし、威力もそこまでたいしたことなかったから破壊もできた」

「たいしたことないって…、ビルの壁まで削っちゃうぐらいなのよ!」

「だったら被害がなくてよかったじゃないか」

 ミカは言い返された事に、ちょっとだけ口を結んでしまった。

 ヒィアートツールとは自然エネルギー・ヒィアートを動力源とする道具の総称である。あらゆる生活用品や果ては軍事用品にまで使われており。ミカのもつ小銃もまたこのヒィアートツールであった。

「ただの銃にしては威力がありすぎるとは思うけど、そんな危ないもの何で持ってるんだ?」

「…ご、護身用よ。それに私用にチューンナップされてるから勝手に触ると暴発するのよ」

 ポーチを後ろに隠してミカが口早に説明する。コホンと一度咳払いをして息を整えた。

「――そこでよ、あんたがいれば、もしまた暴発しても被害を防げるでしょ?」

「協力ってのは、そのことか?そんなの銃に触らなければいいじゃないか」床の染みを拭き取りカップを洗いながらにケントが素っ気なく言う。

「それだけなわけないでしょ。人探しよ人探し、私の先生を探して欲しいの」

「人探しぃ?」

 カップを片付けてケントが首を傾げた。するとちょうどそこへ、子供たちの相手を一段落させたスタアが戻ってきた。

「あら?なんの話し?」

「はい、ちょっと人助けの相談を」ミカがニコリと言った。

 おい。と突っ込むケントだったが次にはスタアが「相談といえば」と思い出して手を叩いた。

「そういえば、ケント、学校から帰ってきた時なにか私に言おうとしてなかった?」姉弟子が思い出したと同時にケントもまた思い出して「そうだった」と声を漏らした。

 今度はミカが首を傾げる。そこへケントがテーブル越しに迫った。

「おい聞け、暴発女。俺は卒業のために奉仕作業を行わければいけないんだ。それも職星4以上の承認を3つも付けてだ!」ケントがミカに向けてまくし立てる。そのままスタアへと顔を向ける。

「そこでさ姉ちゃん。ラージ兄ちゃんって、たしかどっかの偉いさんのところで働くって言ってなかった?」

「あぁ、なるほどね」再びスタアが手を叩いた。

 ダイニングの壁にコルクボードが掛けられている。そこには多くの家族写真が貼られており、先程の子供たちやケントにスタアに猿の師匠。そして、その中に混じってこの家にいない人間が映っている写真がある。シルバーブロンドのハンサムな男性である。彼と一緒に少年少女時代のケントとスタアも映っている。

一度、スタアがそちらに目をやったのを追って、ミカはこのハンサム男がラージなる人間だとわかった。


「だからさ、ラージ兄ちゃんの伝手で四つ星の人達をなんとか…」

「けど、だいぶ前に連絡あってから、それっきりなのよね――忙しいんだと思うけど」

 スタアの残酷な言葉にケントは青ざめて肩を落とした。これで超絶スパルタ補習決定である。ドリューに啖呵をきったのを今すぐにでも取り消したかった。

 しかし落胆のケントとは反対にミカは広角を釣り上げていた。

「ふふん。勝負あったわね」

「なんのだよ」

 なぜだか自信満々のミカにケントが、つまらなそうな声で返した。

「たしか職星4以上って言ったわね?任せなさい!私のお父さん、ちょっとだけ偉いんだから!四つ星くらい楽勝よ!」ミカが腕を組んでふんぞり返る。

「だから!承認ぐらいなんとかしてあげるから私を手伝いなさい!あんたは卒業できる、わたしは先生を探せる!どう?いい条件でしょ?」

 言いながらにミカは交渉成立のための握手を求めた。

 しかし、ケントはあからさまに疑いの目を向けていた。

「―――お前みたいな頭の軽そうな奴が言っても、とても信じるなんてのはなぁ」

「失礼ね!それに偉いのはお父さんだから!」

 握手を受け付けないケントにミカは噛み付くように吠える。何度か悪態の付合を繰り広げて二人が騒ぐ。

 スタアは気にせず、お気に入りのトクメィ紅茶を一口流し込んで「ふむ」と一息ついてから仲裁に入った。

「はいはい、そこまで」手を広げ身を乗り出していた二人をストップさせる。

「ケント、手伝ってあげればいいんじゃない?どっちにしても補習を受ける気ないんでしょ?」「そ、それは…」ケントは言葉が続かない。

「それに…、卒業できなかったら……一生、ヘドロラクダの世話係よ」

 その言葉とスタアの漆黒の眼光にケントは血の気が引け「それだけは勘弁」と頭を下げた。

 ヘドロラクダとは、いくつか背負ったコブの中にヘドロを持っていて、ものすごく臭うラクダである。体臭も吐息も、抜け落ちた体毛でさえヘドロ臭く、その世話についたものは生涯ヘドロ臭い人生を歩まねばならない。

 さすがのミカも、哀れんだ目で見て「わたし絶対無理」と呟いた。


「わ、わかった。手伝えばいいんだろ?」

 納得いかないと顔に表してケントがミカを見れば、またしても勝ち誇った顔をしていた。

 ゆっくりと握手をかわして、交渉成立と、ミカは満面の笑みを作る。

 しかしケントは黙っておわれるものかとミカを睨んだ。

「待て!こっちからもひとつ条件がある!」

「なによ?」

握手を終わらせたミカが偉そうに聞き返す。


「もうひとり追加だ!!」

ケントは人差しを突き立てて、無理やり笑顔を作った。

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