プロローグ
これから綴り、語るのは――最も古き、最初の〝伝説〟。
太古の昔――。
この世界には、〝三つの種族〟からなる蹂躙される側と、怪物という名の蹂躙する側が存在していた。
三つの種族――、それは姿も形も違う〝同志〟たち。
一つは耳が特徴的であり、魔法を使う種。
一つは獣のような姿をし、身体能力に長ける種。
一つは、前述二種のどれにも当てはまらない種――……。
ここでは、その三つの種族を――〝彼ら〟と呼ぶことにしよう。
彼らは死力を尽くして戦っていた。
その腕から魔法を放ち。
その長けた身体能力で防具を身に着け、武器を手に取り。
しかし、力の差は歴然で、必然だった。
彼らの何倍もの大きさを誇る怪物。
魔法? 小賢しい。怪物は咆哮で彼らを吹き飛ばし。
長けた身体能力など蠅を払うが如く彼らを地に叩き潰し。
足元に群がる彼らは一撫でで血肉と化し。
大地は血の色に染まった。
彼らは目まぐるしく減り、その文明は破滅寸前。
次々へと彼らは唯の血肉か怪物の餌食に。
愛する者を喰われ奪われ。
彼らの思いなど片鱗も知らない、唯々凶悪に、残酷に蹂躙し続ける怪物。
しかし。
彼らは失ったもの、過去から戦う術を身に着ける。
穴を掘って地下に拠点を作り、怪物の嗅覚を躱し欺き。
怪物の眼を穿ち視界を奪い。
餌が転がし、それに齧り付けば怪物は毒で殺られ。
嗅覚を惑わせ聴覚を奪い脚を釘刺し。
しかし、それは討伐と呼ぶには程遠く。所詮、回避や撃退だった。
彼らが渾身の力を尽くしても、全ての怪物の上に立つことは出来ず。
怪物と彼らの差は雲泥の差。
いくら泥を塗り固めても、決して雲には届かない。
どこに逃げてもそこには怪物が口を開けている。
海に逃れれば未知の脅威に闇へと引きずり込まれ。
霊峰の高地はもとより辿り着くことが出来ず。
彼らは地下へ移動し、逃れられた――。そう安堵した次には地ごと焼かれ。
未だ解明できず狭きこの世界を埋め尽くすは怪物。
東西南北、逃げ場が無い。
――そうして。
種の差異などまるで関係なく。
〝生きる〟、それを為さんと願い、想い、死を当たり前のように前提とし闘う者に、姿形言語文化の違いなど関係あるものか、と。
彼らは団結し、最後の砦を築いた。
そう――、その言葉の通り、僅かな生き残りたちの、最後の諍い、闘い。
それは本当に最後のものとなった。
では、――それを期に滅んだか?
否と答えよう。
――それを期に怪物は蹂躙出来なくなった、即ち。
〝彼ら〟の勝利か?
否だ。彼らの力では怪物を超すことは不可能。
ならば。最後の砦を築いた彼らは。そこで何を想ったのか。何をしたのか。何が起こったのか。
ここに。その〝最後の様子〟と〝結末〟を、綴るとしよう。
***
怪物。それは彼らの天敵であり、彼らを滅ぼさんとする生き物。
知能は彼ら程は無く、罠への誘導、自滅への誘導も過去に成功例が幾つかある。
――だが。
目の前にいる〝それ〟は。
彼らを残虐たらしめている怪物、今も砦の外で跋扈している怪物とは違った。
――それはまるで。この世界に〝破壊〟という悪魔、神が降臨したかのように思えた。
彼らの一人は後に語る。
――怪物が酷く拙く、可愛くも思えるものだった。
また別の者は。
――あれは……、間違いなく、もう一つの〝種〟だった。
……三種族からなる〝彼ら〟とも、怪物とも違う、もう一つの〝種〟だと。
果たして。
砦の外壁に身を潜め、その外側を監視していた者たちが視た〝それ〟は。
「オイッ! 何だあれは!?」
「……っ、あんなのは見たことが無い。新種?」
「新種の怪物は鳥のように空を飛ぶのか?」
「いや、あれが他の怪物と同じようには見えない」
「じゃああれは一体何だッ!? え!?」
「怪物とも違うし我々三種族でもない、……あれはどう説明したらいい?」
「……怪物だ」
一人が言う。
「でも今までの怪物とは違う――、バケモノだ」
彼らが知る怪物には見られない、刺々しく、猛々しい外殻で覆われていて。
彼らを蹂躙する怪物を以ってすらそれらが低次元に思える巨躯。
その巨躯を宙に浮かせるは左右に夥しく、煌々しくも生える巨大な翼。
そして。
自らに集る怪物を――魔法で焼き尽す、〝バケモノ〟だった――。
***
――突如として空から舞い降りた怪物。
怪物は我先にへと怪物に群がる。
知的ではない、唯の本能で、喰えそうな獲物が現れた、と。
しかしそれを滅するは――見たことのない、彼らが知らない――魔法だった。
まず怪物はその弩級の翼を軽く一打ち。巨躯が宙を上る。
次に自らを見上げ吼える怪物たちを見下げ――その禍々しい口を小さく開いた。
始め、口の前には淡く滲む魔法陣。
それは次第に濃く、強く、燦然と七色に輝く光に。
――――、
瞬間。それは輝きを増し――
怪物たちを光が薙いだ。
異音。
今までに聞いたことの無い音。
彼らは突然の暴音に耳を塞ぐ。
……果たして視界に残ったのは焦げた死体。
地には魔法の傷跡が。
彼らは己の目を疑った。
怪物だってもともとは怪物のはずだ。
いってしまえば、知的か、そうでないかの違い。
彼らは、砦の外壁に降り立つ、複雑な模様の光を浮かばせる怪物を見て、思う。
――怪物が、魔法を使う?
そんなバカげた話あるか。
この怪物は、今までの怪物と根本的に違う。
ありえない。ありえないありえない!
〝魔法〟は、彼らのうち一部が使う特殊な力。それ以外の彼らには使うことも出来なければ理解もできないもの。
それを――、怪物が!?
……後に、彼らのうち魔法を使うその種族を――〝エルフ〟といった。
「――ははッ、……このデタラメが」
彼らは眼前の、複数の怪物に絶望する。
終わりだ。何もできない、諍えない。死ぬ。
何をしても、怪物を前にしては何も意味を為さない、と悟る。
――それが自然の摂理であるかのように。
ふと横で、複数のエルフが腕を怪物に向かって突き出し、逆手を利き腕に翳す。
エルフのその姿勢は魔法を放つ攻撃態勢。
止めとけ、もう――、無駄だ。
絶望――、全てを諦めた眼で。あとは目の前の死が魔法を放つのを待つだけの表情が、横から撃たれた魔法の行く先を見つめる。
膨張し続ける魔法陣。その中心へと進む複数の魔法。
その間にも、横で魔法をひたすら打ち続ける。投げやりに力を尽くす。
しかし弾幕と化した魔法は、他の怪物のブレス攻撃によって無にされる。
魔法陣の光は増す。燦然と。七色に。死の光。死の刻が着々と近づいている。
彼らは唯後ろへ走り出す。無駄だというのに。
彼らは唯その場に立ち尽くし首を擡げ、七色の光を静観する。もう、何をしても無駄だろう。
さらに眼前の光が増す。
そこに昼も夜も関係なかった。
目の前を、異質な光と音を散りばめる、死の太陽が、全てを死の色に照らしていた。
瞬間――。
彼らの眼前に巨大な爆発が起こる。
怪物の魔法陣が爆発したのだ。
後方からの、白い光によって。
謎の白い光と発射直前の魔法陣の衝突。
音が割れ、煙が立ち込める中、七色の魔法陣は薄れ、灰色の煙の中ぼんやりと光る。
彼らは背後の空を見上げる。
果たして――、突如絶滅直前に現れ、怪物の魔法を不発にしたのは。
怪物とは反対の空――、その空は白い光で溢れていて。――そこで漂うのは。
魔法陣をその両腕に展開させ。光の刃を手に持ち。
天から現れ、彼らを怪物から救う、正しく神からの――天からの使い――、
純白の翼を背中から生やした、――天使だった。
絶望。死。――そこに一筋の白い光が差す。
次に空を裂くは怪物の咆哮、翼で空を大きく一打ち、煙を切り払い、再び姿を現す怪物。
そこには再び七色の輝きを放つ魔法陣が。
翼を数回打ち魔法陣を伴いながら空へと舞い上がり、標的を彼らから天使に移す。
天使は怪物と対峙し、エルフとは異次元の魔法を紡ぎ、放っていく。手に持った光の刃で敵を切り削る天使もいた。
天使からの魔法が怪物めがけて降り注ぐが、翼で身と自身の魔法陣を包み防御する。
刹那――、
怪物は翼を後方へと流し――、姿を現したと同時突如膨らんだ七色の魔法陣。
咆哮と共に、魔法を放つ。
それは黒々しく太い光線。
縦横無尽に広がる衝撃波。
たったのそれが、彼らをどのくらい死なせたのか、見当もつかない。
黒い魔法は天使らを穿たんとする。
――敵、天使集団に直撃。
吹き荒れ爆散する煙。
――手応え無。
怪物は自身の魔法が防がれたと推察。
次に現れるのは七色の魔法陣とは違い比較的小さめの――薄い赤い魔法陣。
それが口元に出現すると同時、発射。
光線ではなく赤い弾のような魔法はもくもくと立ち込める煙の中に消え――、破裂。
煙は切り裂かれ、巨大な魔法陣を正面に展開する天使らの姿が現れたのを――視認する。
――敵の魔法、戦闘力――未知。我単騎での敵殲滅は不可能と断定。
――全に告ぐ。我の支援、補佐を。前方方向に二重の防壁魔法の展開。後衛、前衛中衛の上を行き、短縮攻撃魔法で敵の攻撃の分散、相殺を――
瞬間、目の前の光景に言葉を失う。
――前言撤回、全告。
――死力を尽くして我々の存続を維持。敵殲滅を目標。撤退――否定。
果たして。怪物が天使たちを前にして〝死力を賭して〟と告がせた、その光景。
怪物にすら、自身の死を感じた、その存在――……。
これはこれよりずっと後に知られるようになったことだが、怪物には知性が存在していた。
彼らを凌駕する知的生物。
そしてそれは、怪物は一つの〝種〟と認知され。
後に、魔法を使う怪物を――、〝龍〟といった。
天使と対峙するは龍。
その戦いは流れ弾や衝撃によって地に深く傷を残し、彼らを死なせ、短期的に終わった。
――龍は全滅した。
一匹残らず、白い光に焼き尽され、命を落とした。
対して天使側の損害、約三分の二。
その大半が、龍の力尽きる直前、断末魔と共に放たれた魔法によるものだった。
――――………………。
そして、彼らと天使たちは共に暮らした。
天使たちは空を駆け怪物を討伐し、彼らは地で農作や酪農を営んだ。
天使は翼を有し、彼らは翼を持たず。
この翼の有無を――。
〝翼有りし者〟、〝翼無き者〟と呼んだ――。
これは、この世界の最も古い、最初の――〝伝説〟。
***
そして、現在――。
この世界には、〝モンスター〟と呼ばれる存在があった。
それを討伐し、生業とする者たちの集団――、
これを、〝ギルド〟という。
モンスターが跋扈するその世界は、未だ大陸の形すら把握できておらず、常にモンスターとの攻防が起きている。
その大陸の西側にあると考えられている一国、フィーア共和国。
解明されている唯一つの大陸の一部、その半分以上を領土とする国。
そこには、三つの種族が存在していた。外見文化違えど、そこでは種の壁など存在しなかった。
――ここで、この世界における最初の伝説を既に知っている者ならば、気が付くことがあるだろう?
そう、〝三つの種族〟。
伝説に登場した〝彼ら〟と、似ているだろう?
――そう、全く同じではない。
〝彼ら〟は、三種族ではなく、〝四〟種族だ。
龍と呼ばれる、知的で、魔法を使い怪物を超越する怪物は滅び、新たに天使という種が加わったからだ。
しかし現実、この世界には。
翼を持った種族、天使だけがどこにもいなかった。
それは前述の過去を示す〝伝説〟に誤りがあったからか? 誤説が加えられていたからか?
――分からない。肯定も否定も断定できない。
〝伝説〟――、それは過去。
しかし今も尚人々が言い伝え、記憶に宿っている物語。
親が子に、その子は自分の子に。
しかし、あまりにも時間が経ちすぎて。次第に記憶の辻褄が合わなくなり。
その物語を否定、改竄されることもある。
幾多の者によって受け継がれていく?伝説?。
やがてそれは。
受け継ぐ者がいなくなり、信じる者がいなくなり。
終いには完全に忘れ去られ、消えてしまうものもある。
人々がそこに存在するならば、伝説は生まれる。
伝説とは、過去の産物。
文献を開けばいくつもいくつも出てくる遥か昔の出来事や、その時を生きた者の功績。
伝説となるほどまでに人々に称賛され、星になっていった者らの生涯。
しかしそれらは今となっては追記などされず、一冊の本として終わりを告げ、人々の記憶の中で止まっている。
そしてこの国フィーアにも、また一つの伝説が生まれた。
――否。生まれ続けている。
それは過去の産物では決してなく。
その伝説を綴り記録する本のページは今も増え続け。
次第に一冊に留まらず、その筆は二冊目の本へ。
止まらない、更新し続ける伝説。死なない伝説。
では紹介しよう。
さしあたり、その本の題名を。その人物の名を。
太古の昔――、本当にあったかもわからない、誰かの空想かもしれない伝説に沿って。
〝翼無き者〟は、彼を――、〝生ける伝説〟と呼んだ。