四・初めての野宿
《 四・初めての野宿 》
探してきた大きめの石を並べて即席のかまどをつくり、その上に置いた鍋のなかに、水と穀物を入れる。そこに追加投入したのは、乾燥キノコと野草、マタギの男が袋に入れてくれた鹿の干し肉。火炎石と枯れた小枝で火をおこし、薪をくべて、ひたすら鍋をぐつぐつと煮込めば粥の完成だ。
「…なんか、キャンプみたい」
アウトドアなんて小学生のとき以来だと思いながら、くねる炎を見つめる。
(…それにしても、暇ねえ…)
ぼんやりと、火を見つめる以外にやることがない。
いつもなら、ゲームをしているか漫画を読んでいるか、録画した深夜アニメを見ているかのどれかなのに、この世界にはそんなものは存在しない。唯一、歌うことだけはできるが、カラオケの機械がないので、いまいちテンションが上がらない。
(…アニソンの新曲もチェックできないし)
ふとした拍子に思い出すのは、楽しみにしていた新作の乙女ゲーム。
(…ああ、好きな声優さんに最高に美麗なイラストだったのに!)
しかも、初回限定版には、オリジナルドラマCDと設定資料集がついていて、なおかつスペシャルイベントの優先販売申込券まで封入されていたのだ。
「…ああああ、行きたかった! すっごい行きたかった!」
ゲーム自体も楽しみだが、イベントで声優さんに会えることのほうが百倍楽しみだ。大好きな声を直に聴ける機会なんて、滅多にないのだから。
「どちらに行きたかったんですか?」
不意に訊かれて、心の声が出ていたことに気づく。
「あ、ううん、何でもない。そういや、私たち、町に向かってるんだよね? あんたの行ったことのある町なの?」
悶々としてきた心を振りきって、別の話を切り出す。
アレクは薪を放り込みつつ、横目でこちらを見た。
「いえ、行ったことはありませんが、地図は持ってますから場所はわかりますよ」
言って懐から出したのは、一枚の紙。
印刷にしては雑で、どうやら手書きのようだ。
「今、我々がいるのはこの辺りですね」
地図の真ん中くらいをトントンと指差す、アレク。
見やれば、地図の右上から左端までを分断するように川が流れている。彼の指が押さえている現在地は、何故か黒く塗り潰されていた。
「黒いところは森とか林ってこと?」
「はい。視界が遮られて詳細のわからない場所は、すべて黒く塗ってあります。で、自分たちが向かっているのは、この川から離れた場所にある、この町です」
地図の中央からゆっくりと右下へと指をずらして、小さな丸印の描かれた場所を軽く叩く。
「……ねえ、この手前の丸印は町じゃないの?」
丸印が町や村だとすると、目的地の前にもいくつかある。
できれば近場ですませたいと訴える未湖だったが、それは危険だとアレクは言う。
「この周辺の町は、比較的大きくて、結構な数の兵士たちが駐留しています。ですから、自分たちの手配書が出回っているとしたら危険です。よって、なるべく軍事的に重要視されていない小さな町を狙ったほうが安全だと思います」
「…ふうん、ちゃんと考えて動いてるんだ。なかなか、やるじゃないの」
素直に褒めると、彼ははにかんだように笑った。
「もう少しで粥が煮えますよ。救世主様」
鍋をかきまぜながら言う横顔を、未湖が軽く睨む。
それに気づいたアレクは、急いで言い直した。
「ミ、ミラージュ様…」
「よろしい。これからは、私もあんたのことアルベルトって呼ぶから。くれぐれもスルーしないように」
「は、はい。自分はアルベルトで救世主様はミラージュ様ですね」
「そう。あ、そういえば思ったんだけど」
未湖は、ちょいとアレクの隊服を軽くつまむ。
「この服って、ちょっと目立ちすぎない? 私のドレスっぽい服もそうだけど」
もちろん、街で服を買うまではこのままだろうが、手配書に服装を書かれたら、偽名を使ったところで逃げきれないのではなかろうか。
聞けば、濃紺と白を基調にした隊服を着ているのは、兵士のなかでもそれなりに上位クラスにあたるらしく、使っている生地は見るからに上質だ。服の上には簡易タイプの革の鎧っぽいものを装着しているのだが、聞けば、アースドラッドとかいう虎っぽい動物の皮を使っていて、特殊な加工を施せば、鋼鉄よりも頑丈でかつ柔らかい素材になるのだという。かなり高価なものだが、太っ腹にも、国からの支給品らしい。対して、救世主である未湖は、やたらとラメの入った、ふわりとした白いドレスを着用している。肩に巻いた水色のストールのような大判の布を丸い宝石のついたピンで留めていて、しおらしくしていれば、深窓の令嬢に見えなくもない。
「確かに目立つかもしれませんけど、まさか裸になるわけにもいきませんしねえ」
アレクの言葉に、未湖が思案顔でドレスをつまんでみる。
「うーん…裸は無理として、こういう場合、ゲームなら衣装交換とかしちゃうトコだけど」
例えば、道行く旅人と交渉して服を交換してもらったり、変装道具を手に入れたり…。しかし、この周辺には、未湖とアレク、マタギの男くらいしかいない。まさか、アレクにドレスを着せるわけにもいかないし、これ以上マタギの男に迷惑をかけるのも可哀想だ。だとすれば、自分にできることは一つしかない。
「ねえ、このドレス、剣で短く切ってくれない?」
とりあえず、可能な限りアレンジしよう。そう決めて、アレクに頼む。何となくだが、アレクの剣の腕は確かな気がする。あの運動神経からして、失敗することはないだろう。
「え、切っちゃうんですか? すごく綺麗なのに」
残念そうにこちらを見つめてくる子犬のような目に、思わず苦笑してしまう。
「あのねえ、綺麗すぎるから目立つんだってば。とにかく、丈を短めにして、ストールは腰にでも巻いて、あとはこの髪ね」
未湖は、無造作に伸びた黒髪をつかんで、
「さすがにショートカットにするのは無理でも、肩の長さくらいなら切り揃えられるでしょ?」
即席とはいえ、これだけのことをすれば、ちょっとは見た目を誤魔化せるだろう。そう思ったのだが、何故かアレクに猛反対されてしまった。
「だ、駄目です、無理です! 自分如きが救世主様に剣を向けるだなんて、そんな恐れ多い真似、できませんっ」
「だから、私は、救世主なんかじゃないってば。っていうか、本人がいいって言ってるんだから、あんたが気にすることはないと思うんだけど」
「気にしますよ! そ、それに、その衣装はきゅ…ミラージュ様によく似合ってますし」
「…え、マジで言ってんの? あんた、目が悪いんじゃない?」
はっきりいって、こういうきらきらしたドレスは美少女が着るべきものである。できれば、ツインテールのツンデレお嬢様、もしくは金髪のうるうるした瞳の天使娘あたりが理想だ。もちろん、恋人役の男キャラは、見目麗しくかつフェミニストでなくてはいけない。
まじまじとアレクを見つめると、彼は不満げに眉を寄せた。
「悪くないですよ。自分、視力には自信ありますから」
「…いや、視力の話じゃないんだけど」
どうやら、アレクは、真面目に未湖に似合っていると思っているようだ。
(……ま、どうでもいいけど)
問題は、アレクがどう思うかではなく、無事に町まで辿り着き、替えの服を手に入れるまでの間、敵の目を誤魔化せるかどうか、だ。
「じゃあ、あんたの案を聞かせてちょうだいよ。ドレスを切らずに服をリメイクする方法なんてないと思うけど」
未湖の提案に、アレクは考え込んだ。そして、完成した薄味すぎる粥を食べ終わるまで気難しい顔をしていたが、名案が思いついたとばかりにこちらを向いた。
「あの、自分、考えたんですけど。ちょっといいですか?」
「え、あ、うん」
アレクは、未湖の背後に回り込んだかと思うと、恐る恐る長い髪を手に取り、一つにまとめてポニーテールにした。
「で、コレが何なのよ?」
「あとは、その肩の布をリボンにして、ドレスは切らずに丈を調整して」
アレクは、手のひらサイズの道具箱のようなものをどこからともなく取り出して、立たせた未湖の周囲をうろうろした。
そして、五分ほどあれこれ作業して、満足げに息を吐いた。
「ふー、これでどうですかね」
そう言われても、鏡がないのでどうなっているのかわからない。
とりあえず、足首まであったドレスは膝丈くらいにまで短くなり、まくりあげた布は何ヶ所かで小さくまとめてピンでとめてある。ポニーテールにはストールのリボンが巻かれ、動くたびに首元を掠めてくすぐったい。ストールを留めていた宝石のついたピンは胸元に飾られ、木漏れ日を反射してちかちかと輝いていた。
「…うーん、これで誤魔化せるかなあ?」
せめて、化粧でもできればいいが、道具自体持っていない。まあ、あったとしても技術がないので、うまく変身できる自信はないが。
「とりあえず、全体的なイメージは変わった気がするけど――あんたのほうはどうするの?」
「え、自分ですか? そうですね…」
訊かれたアレクは革の鎧と上着を脱いで、大きめの麻袋に突っ込んだ。上着の下に着用していた黒いタートルネックのシャツには、兵士だと特定されそうなデザインは見当たらないが、ズボンとブーツは国から支給されたものなので、見る人が見たら兵士だとバレてしまう。
しかし、何故か、アレクはやりきったという顔つきで胸を張った。
「自分は、これでいこうと思います」
「…いや、駄目でしょ。バレバレだから、それ」
吐息した未湖は髪に巻いてあったストールを外して、アレクの腰に巻いた。女物とはいえ、余計なレースやリボンなんかはついていないシンプルなものなので、男が装着しても不自然ではない。何といっても、パッと見、物騒な剣が隠れるのがいい。お洒落な布一枚つけているだけで、兵士っぽさが軽減された気がする。
「あとは、髪型を変えて、と」
ぐしゃぐしゃとアレクの短髪を掻き乱して、毛先を遊ばせる。癖のつきやすい髪質なのか、ワックスがなくてもいい感じに定着してくれた。
「…ま、今はこんなトコでしょ」
少しは雰囲気が変わった――と、思う。隊服のズボンとブーツは、他に替えになるものがないので、着用したままだ。念のため、アレクの道具箱にあった糸でブーツの上部をアレンジして固定してみた。これでちょっとは誤魔化せるだろう。
「うん、しばらくはこれで行きましょ」
「……きゅ、じゃなくて、ミラージュ様。何か布がヒラヒラして気になるんですけど。剣も抜きにくいですし…」
アレクは、腰に巻いたストールが気に入らないらしく、つんつんと不満顔で引っ張ってみせた。
その様は、まるで小さな子供がいじけているように見えて、ちょっとだけ微笑ましい。
「そんくらい我慢しなさいよ。さて、と。それじゃ行きましょうか」
「…うう、はい」
アレクが、手早く調理器具を片づけ、荷物を大きな麻袋にまとめる。それを器用に馬にくくりつけると、手慣れた動作で未湖を馬の背へ持ち上げてから、ひょいっと馬に跨った。こういう一連の動作は流れるようにスムーズで、インドア派で運動音痴の未湖にしてみれば、普通に格好よく映る。これで未湖好みの美形キャラだったら、速攻で惚れているところなのに――残念ながら、アレクは頼れる人物ではあってもそれ以上ではなかった。
(…こういう、ちょっとした場面で萌えポイントをチェックしてしまうところが、乙女ゲー脳の欠点よね…)
素直に感謝すべきところなのに、ついつい、別のことを考えてしまう。相手がもっと自分好みだったらいいのに、とか。もっと萌えるセリフやシチュエーションを求めてしまったり…。現状はかなり恵まれていると思うのに、ついつい夢見がちな乙女の不満が脳裏を掠めるのだ。
「行きますよ、ミラージュ様」
アレクの声を合図に、馬がゆっくりと歩き出し、だんだんとスピードを上げる。
馬が懸命に走っている間、未湖にできるのは、激しく上下する振動と胃袋を揺さぶられる不快感に耐えることしかない。
ときどき休憩を挟むものの、尻は痛いし、全身が妙に強張ってしまって肩が凝る。
そうして日暮れまで走っても、まだ町は見えなかった。
「…ねえ、まだ着かないの? いい加減、横になって休みたいんだけど」
運動不足の身体には、乗馬での長距離移動はキツイ。
ごろごろするのが日課になっている未湖にとって、長時間、馬に乗っているなんて耐えがたい苦行だ。
文句を言い始めた未湖に、アレクはきょとんとした。
「今日中には着きませんよ? あの地図は簡略化したものですから」
「……え、じゃあ、あとどれくらいで着く予定なの?」
そうですねえ、と呑気な声が答える。
「早くて、二日くらいでしょうか。なるべく兵士に遭遇しないルートを選んで迂回していけば、もっとかかるかもしれません」
「ふ、二日か、それ以上ってことは――もしかして、野宿とかすんの?」
一応、その展開も想像してはいたが、いざ現実となると、マジ勘弁してほしい。
ふかふかの布団に慣れた身には、あまりにも厳しすぎる。
ショックで目の前が真っ暗になっている未湖に気づかず、アレクは力強い声で言った。
「もちろん、そうなりますね。ですが、ご安心ください。ミラージュ様が眠っている間は、自分が責任を持って見張っていますから」
「…いや、そういう問題じゃないから。っていうか、あんたもちゃんと睡眠とっとかないと駄目よ? 睡眠不足は事故の原因になるんだからね」
草や土を大自然のベッドと思えば熟睡できるかもしれないが、あいにく、そこまで想像力が豊かではない。しかし、未湖がどう思おうと、そのときはやってくる。
日が落ちきってしまう前に、とりあえず身を休められそうな場所を確保し、火をおこす。幸い、周りを木に囲まれている場所なので、薪に困ることはなさそうだ。
「…お風呂には入れないし、寝転んでも全然気が休まらないし、晩ご飯は木の実だし。最悪だわ…」
水場が少し離れた場所にあるので、なるべく水は使わないようにしている。そのため、食事内容がしょぼくなるのは仕方がない。それに、これから先の道のりを思えば、食糧を切り詰めるのは当然のことといえた。夜を減らしたぶんは朝食に回すという話でまとまったものの、まったくもって腹立たしいったらない。
(…あーもう、何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ…?)
救世主? そんなもんになりたいと誰が言った?
世界を救え? 自分の人生すら救えないニートに、何を期待しているのか。
前線で戦え? できるわけないだろう、自らの未来を切り拓く力もないのに。
考えれば考えるほど、むしゃくしゃしてきて、ぼりぼりと音を立てて木の実を噛み潰す。
「ミラージュ様、これも食べてください」
言って差し出されたのは、干し芋だった。
どうやら、アレクは、不機嫌な未湖を見て、空腹のあまり苛立っていると勘違いしたらしい。
否定するのも文句を言うのも何だか面倒くさいので、未湖は大人しく受け取り、それを口に入れた。
「……はあっ。惨めだわ…」
まあ、干し芋は、ほどほどに甘くて美味しいといえば美味しいのだが――何とも、切なくなってくる。
まさか、平和な日本生まれの自分に、こんな日が訪れるとは思わなかった。しかも、ビニールシートどころか段ボールすら敷けず、闇のなか、小さな炎を前に干し芋をしゃぶって野宿するとか――数日前までの自分には考えられなかった事態だ。
夜の闇に促されるようにして、沈黙が満ちる。
バチリとやけに大きく木の爆ぜる音がして、何となく空を見上げた。
ここには、明かりとなるものは焚き火だけ。細く伸びて消えていく煙の先には、無数の星々が瞬いている。普通の女の子なら、キラキラした瞳で「素敵な夜空ね」とか感想を述べるところだが、未湖は違った。
「……はーっ、絶好の萌えシチュエーションなのになあ」
野宿はともかく、星々が瞬く夜空の下、焚き火を囲んでいる相手が気に入らない。
(…どうせなら、美形キャラと逃避行したかったわー)
たとえば、やり損ねた新作乙女ゲームのあのキャラクター。
(そう、私の大本命! 黒騎士、アルベルト・ホルス様とかね!)
アレクに与えた偽名は、まさにその名前である。ちなみに、ミラージュというのは主人公の名前で、他の名前にも変更可能らしいのだが、デフォルトのままプレイするとキャラが名前を呼んでくれるのだ。そして、愛しのアルベルト様は、設定が公開された段階で一番人気だったキャラで、未湖は一目で惚れた。
さらりとした白金の髪に、深緑色の神秘的な瞳。肌は白く、指先はすっと伸びていて、いかにも優美だ。声は未湖の一押しの男性声優で、最近になって人気が急上昇してきた人物。甘く囁けばあまりの色気に鳥肌が立ち、ニヒルに喉の奥で笑う声すら、きゅんと胸を締めつけるほどの美声っぷり。それが地声だというのだから、もうたまらない。
(…声もいいけど、設定も私好みなのよねえ)
主人公のミラージュは、田舎農家の娘で、父親とは死別したと聞かされていたが、母親の死後、実の父親を名乗る貴族の男から、王都へと呼び寄せられる。しかし、父親は仕事人間でミラージュを構うことはなく、歳の近い二人の姉たちからは生意気だと執拗な苛めを受けるようになり、すっかり自分に自信をなくしてしまう。そんななか、ミラージュの元にとある貴族から茶会の招待状が届く。物語は、そこから始まる。
ネットに明かされていた前情報はそこまでで、茶会で何が起こるか、それからどうなるかは一切書かれていなかった。ただ、その茶会がきっかけで主人公は素敵な貴族、騎士、果ては王子様と出会い恋をするのだ。
その恋愛ターゲットは六人で、アルベルトはその一人である。
戦いの際には黒く輝く鎧を身に纏い、稀有な黒い妖剣を持つ彼は、黒騎士と呼ばれて国内外にその名と実力を知られた人物だ。王子の護衛役であり、眉目秀麗で公爵の爵位を持つ、二十五歳。性格は温厚とされているが、敵とみなした相手には容赦しない。恋人はいないものの、どんな女性にも紳士的で優しいという。
しかし、未湖はその設定には裏があると見ている。
(…隙のない美青年ほど、面倒くさい過去とか裏の顔を持ってるものよね)
だから、あれこれ想像を逞しくしてしまい、未湖のなかではまったく別の、オリジナルな設定が追加されている。
(…どんな女にも紳士的に振る舞うのは、きっと、過去に恋人を失ったショックで、特別な相手をつくるのが怖くなったからに違いないわ!)
ありがちな設定だが、その展開が一番未湖の好みだ。眉目秀麗な紳士が抱える悲恋の傷。それを癒す過程と、攻略したときの達成感が気に入っている。本心を隠していた相手が心を開いた瞬間に見せる微笑みや涙は、こちらの胸を熱くする。
アルベルトのことを想うだけで、荒んだ心がみるみるうちに潤っていくのがわかった。
うん、これなら、野宿でも少しは眠れそうだ。
「…今日は、もう寝よっと」
他にやることもないので、その夜は草の上にアレクの上着を敷いて、身体を丸めて眠ることにした。
「おやすみなさい、ミラージュ様」
「…ん、おひゃすみぃー」
アレクの声にあくびまじりに頷いた未湖は、慣れない長時間移動の疲れもあって、すとんと眠りに堕ちたのだった。




