プロローグ・救世主様からのありがたいお言葉
こんにちは、谷崎春賀です。今回は、私の趣味の一つ、カラオケをベースにした話を書いてみました。といっても、実際に使用されている曲名だの歌詞だのを出すと面倒なので、その辺は読者様の想像力で補っていただけると幸いです。主人公は乙女ゲー好きで、ストーリーよりは声優とイラスト重視派ですが、私自身はシナリオ重視派です。なので、頑なに二次元美形を追い続ける主人公をいかにしてリアルへ引き戻すかという、ある意味、作者と主人公が対立した形で展開していけたら、面白くなるんじゃないかなーと考えています。少しでも読者様に楽しんでいただけるよう精進いたしますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
《 プロローグ・救世主様からのありがたいお言葉 》
えっとー、いきなり、こんな大勢の前で演説しろとか言われたって、困るのよねー。
っていうかさー、私に言わせりゃ、戦争に負けそうだから救世主を呼んで何とかしてもらおうって考えること自体、間違ってんのよ。国をあげて戦ってもどうしようもない相手を別世界から来た小娘にどうにかしてもらえるとか、おたくら、本気で考えてるわけ? だったら、ご愁傷様。こちとら、カラオケとぐうたらしながら乙女ゲーやるのが生きがいのニート。たとえ、異世界に召喚されたとしても何もできないっつーの。
まあ、魔法とか異世界召喚とか、そういうものに憧れはあったわよ? でも、実際そうなると、マジ、無理。どうやっても不可能だから。たとえ、私に秘められた力とやらがあったとしても、それを使うには過酷な修行が必要ってオチでしょ? 冗談じゃないわ。何で、わざわざ苦労してまで習得しなきゃいけないのよ? それも、自分とは無関係な赤の他人のため、こんな見ず知らずの世界のために。高卒のニート舐めんな。自分のためにしか動かない、努力しないのがニートの誇りなのよ。それくらい常識ってもんでしょうが。
もっとも、親の脛にかじりついて遊び呆けてたから、今回の災難も天罰かなーとか思わないでもないけどさ、これはなくない?
カラオケルームに引きこもること、十二時間。さすがに疲れて家に帰ろうと外に出てみたら、すでに午前様。いやー、我ながら完徹でヒトカラを楽しむ駄目女とか。ちょっと虚しいような、何かやりきった感があるような気もしないでもなかったわよ。まあ、そんな感じで朝の出勤もしくは登校中の人々に押し流されて駅に向かっていたら、これまた、よくある展開よね。青信号で横断歩道を渡っていたところに、一台のトラックが飛び出してきたわけよ。
こりゃ、死ぬなーと思ったね。うん、私じゃなくて、前を歩いてた女子高生がね。
私は安全圏にいたから、寝ぼけ眼でこれから起きる大惨事を想像したわよ。でも、普通、考える? 女子高生を避けたトラックがこっちに急旋回して突っ込んでくるとか。マジ、ありえないでしょ? どんな運転技術してんのよ、運転手。レーサーかっつーの!
迫ってくるトラックを見つめながら、眠気を訴える頭でぼんやり考えちゃったわ。
ああ、ついてない。
私、マジでついてないって。
え? 何がついてないかって?
そんなの、決まってるじゃない。
あの日は、ずっと待ち望んでいた新作乙女ゲーの発売日だったのよ! ネット予約してて、昼には届く予定だったのに! ゲーム到着が楽しみすぎて、溢れる熱情をぶつける相手が欲しくて、カラオケに行くくらい浮かれまくってたわよ。
でも、熱は冷めるどころか、増すばかり。ネットで前情報をあれこれ仕入れていたこともあって、勝手に脳内で物語を展開し始める始末。まあ、歌ったから、ちょっとは熱が別方向に発散されたけど。家に帰れば、また、うずうずしながら商品が届くのを待っていたと思う。あのまま、無事に帰れていたらの話だけどね。
で、トラックに轢かれて死んだーと思って目を開けたら、何やらふかふかのベッドに寝かされてて。一瞬、ここは天国かーと錯覚したわよ。だって、布団もシーツも肌触り最高で、室内には甘い花の香りが満ちてて、ものすごくいい夢が見られそうだったんだもの。完徹の影響もあって、そのままぐうすか眠ってしまったとしても仕方ないわよね。で、夢のなかで新発売の乙女ゲーを満喫してたところに、何か不気味な呪文みたいな声が聞こえてきたのよ。
ちょうど、超絶好みの美形騎士に麗しい声で口説かれて興奮してたトコなのに、変な声が気になってゲームどころじゃなかったわ。私、楽しみを台無しにする要素があったら、速攻で排除する主義だから、犯人を八つ裂きにしてやろうと思ったところで、目が覚めたのよね。
んで、辺りを見回して、あれーと思ったわけよ。
だって、何か、いきなり中世ヨーロッパかよって感じの部屋にいたんだもの。
で、考えたわよ。
何があったんだろうって。
これは、夢――にしては、妙に意識がはっきりしているし、車に轢かれて死んだにしては、身体は傷ついていないし、着た覚えのない純白のネグリジェはかなり高価そうな生地だし。どうなってんの、コレ?
で、悩んだ結果、私は一つの結論に至ったわけ。
きっと、これはアレよ!
俗にいう、臨死体験! もしくは、走馬灯! って、いや、走馬灯はちょっと違うか。
でもまあ、こんな非現実すぎるシチュエーションも、死の間際に見る幻だとしたら、納得いくわよね。昔から、一度はヨーロッパ風のお城でお姫様体験してみたいなーなんていう乙女な願望を密かに抱いていたから、死の直前に神様が叶えてくれたに違いないわ。だって、それ以外に考えられないじゃない?
親不幸なニートの私に慈悲をかけてくれるなんて、神様って何て素晴らしいのっ!?
マジで感謝します!
生まれ変わったら、修道女になって、毎日賛美歌とか歌います!
約束はできないけど。
一人で感動して部屋をうろついてたら、急に誰かがドアをノックしたのね。
おやおや、使用人、もしくは執事でもやってきたのかな?
やや浮かれ気分でドアを開けた私は、がっかりしたね。
だって、やってきたのは、白くてだらだらしたローブを纏ったタヌキ腹のおっさんと、カエル顔のおっさんだったんだもの。はー、空気読めよ。ここは、美少女とか美少年、もしくは美青年の出番だろうがよ。ゲテモノはお呼びでないっつーの。
で、不満タラタラな私に、奴らは言ったね。
救世主様、どうか、我が国をお救いください!
は? 救世主? 何それ、どういう設定?
というか、おっさんたち。ネグリジェ姿の年頃の娘を前に無反応ってのも、ちょっと失礼じゃない? 普通は、事前に着替えているか確認するとか、侍女を寄こすとか、顔を赤らめるとかするでしょ? っていうか、臨死体験中の私に国を救えとか、どういう仕様ですか、神様?
で、わけもわからず、事情もろくに聞かされないまま、私は『救世主』とやらにまつりあげられたわけよ。
は? 国の平和?
知るか、そんなもん。
国のために粉骨砕身頑張ってくれ?
嫌だ。私をニートと知って言ってるのか、おたくら?
私に国を任せるくらいなら、そこらの野良猫にでも預けたほうがマシってもんじゃないですかね。
とか好き勝手に発言しても、連中は知らん顔でいいように解釈して、いつの間にやら本物の救世主にされちゃったわけよ。
あー、どうなってんのよ、私の臨死体験。
いつになったら、天国に逝けるわけ?
でも、地獄に行くくらいなら、こっちのほうがいいかも――って、いや、待って?
この、私が最も嫌うシチュエーション……嫌でも行動しなくてはいけない切羽詰った事態とクソ重いだけの現実。これこそ、地獄じゃないの?
しまった! これ、神様の温情なんかじゃないわ!
ニートで親の脛ばかりかじってきた馬鹿娘は、いつの間にやら地獄行きになっていたのよ!
何という、卑劣なやり口!
夢を見させておいて、一気に絶望の淵に追い詰め、突き落とすなんて!
神様なんて、もう信じない!
くたばれ、神仏!!
っていうかさ、ここが地獄なら、救世主なんかいらなくない? 最初からどん底なんだもの。これ以上悪くなるとは思えないしね。
というわけで、私は、天国に逝けるまで、自由に生きることに決めたわ。
だって、地獄で救世主やれとか言われても、まったくやる気が起きないんだもの。せめて、乙女ゲーにありがちな、美形の王子なり騎士なりが出てきてくれたら、ちょっとは気持ちが揺らぐのに、そういう要素も皆無となれば――もう、好きにやってくれって感じよね。
ま、そういうわけで、国民のみなさん。
強く生きてください。生き延びたければ、荷物まとめて、さっさと逃げたほうが賢明ですよ。最終的に、自分の生命を守るのは自分です。私は、誰も助けませんし、自分のため以外に動かないと決めていますので、その点、お忘れなく。
あ、そうそう。言い忘れるところだった。
私、マジで救世主じゃないから。たぶん、人違いだと思うのよね、それ。じゃ、そういうことなんで、さようなら。せいぜい頑張ってね。
以上。
救世主様のお言葉でした――。
それを聞いた国王を含めた国民の誰もが自分の耳を疑い、そして――絶望したのはいうまでもない。