耳-3
次の日も彼女に話しかけられた。
内容は連日ニュースで報道される猟奇事件だった。 犯人は夜遅くに歩いている女性を襲い、 その耳を切り落とすというものだった。
被害者たちは誰も死んでいないが、 犯人の姿を見ていないというのも共通点だった。
更に、 被害にあった現場は僕たちの通っている学校のすぐ近くなのだ。
そのため学校ではいつも教師たちが「夜遅くに出歩かないように」と口を酸っぱくしながら言っていた。
「ねえ、 貴方はこの事件についてどう思うの?」
すぐにこの話になったのもうなずける事だった。
「そうだね、 耳というのは音の振動を聞き分ける身体の重要な器官だ。 だから、 それを奪われた人たちはさぞ困るだろうね」
「そういうことじゃな……!」
「犯人を捕まえたいのかい?」
「……!」
やはり図星だったようだ。 まあ、 彼女じゃなくとも気にはなるだろう。 捕まえる、 という発想になるものは少数だろうが。
「……ええ、 そうよ」
「なんでだい? こういう事件は警察に任せるべきだと思うけど?」
「そしたら、 犯人の動機がわからないわ。 わたしは聞きたいの、 そしてやっぱり興味があるわ」
「今動いたとしても意味は無いと思うよ? プロの警察でも難航している事件なんだ。 それに僕たちが襲われるんじゃ本末転倒だ、 第一、 君は標的になりうる女性なんだから。 捜査には反対だ」
「……」
心のうちから納得することは有り得ないからこれでいい。
しかし、 自分も確かに気になる。
犯人はどういう人物なのか。
一二三は笑顔だった。 大量の耳を目の前にして嬉しそうに唇の端を歪ませていた。
読み方としては「ひふみ」という苗字だが、 同僚には名前のカズミを使っている。
一二三は昔から耳が大好きだった。 耳かきも好きだったし、 耳に息を吹きかけられるのも好きだった。
だが、 それより何より耳自体が好きだった。
耳というのは生物が音の振動を聞き分けるのに必要な身体の器官だ、 人間のような形から一見耳とは思えないような形をしている生き物も多い、 一二三は耳こそが生き物としての本質を教えてくれるものだと信じていた。
お世辞も愚痴もなんでも聞ける耳。 もちろん音楽なども聞ける耳。 耳とはその本人が、 一体何を聞いて生きてきたのかがわかる器官だ。 だから好きだった。
動物園に行っても見るのはやはり、 いろいろな形をした耳だった。
一回、 外に捨てられていた着替人形の耳を誰にも見られないように切り取ったことがある。 その耳を触ると凹凸があり、 ひんやりしていた。
安心した、 この人形は幸せな人生を過ごしてきたのだとわかった。 一二三は常に耳を持ち歩いた。 時には切り取ったほかの人形の耳もポケットに入れて歩いた。
それだけでも自分の気持ちを落ち着かせることも出来たし自慰行為にも困らなかったが、 家の窓を開けた際に部屋の中に猫が入ってきた事がある。 その時、 一二三はなんとなく猫の耳を切り取ってみた。
使ったハサミは昔、 趣味に使っていた華鋏だ。
猫は驚いて血を出しながら何処かへ走って行ったがそんなのはどうでも良かった。 それよりも、 初めて手に持つ耳に好奇心が行った。 耳は毛がフサフサしており、 とても小さい。 人間のとはまるで形が違うがそれでも耳だ。
三角形の形をしていてとても可愛らしかった。 別の日には近所の犬の耳を切った。 こちらの耳も別の進化をしていて愛らしかった。
耳が腐ると行けないので物置から引っ張り出した冷蔵庫に入れた。
この前はとうとう人間の耳も手に入れた。 元気に走り回っている小学生が転んだ時に駆け寄り、 心配してる振りをして建物の影に誘い出し、 気絶するまで石で殴った。 そして両耳を切り落とした。
この時の小学生も女の子だった。 やはり自慰行為をするには女でなければならなかった。
耳には耳紋というのがあり、 指紋と同じく個人を識別出来るものだ。 耳に同じ形というものは存在しない。
ならば、 すべての耳が自分に語りかけてくれる言葉も違うだろう。 そう思ったので次々に人を襲って耳を切り落とした。
あとから気づいたのだが耳を根元で持って思い切り引っ張ると簡単に引きちぎれた。 その痛みで相手が意識を覚ますといけないので出来る限り痛めつけた。
もちろん、 耳を傷つけないように。 そして、 持って帰った耳は一つずつ皿に乗せて冷蔵庫に入れた。
時には耳を出して自分の耳と合わせた。 そうする事で耳と会話出来た。
一二三にとって耳を切るというのは他者との会話だ。 それが出来ないというのは他者と会話できないという意味だ。
口は信用出来ない。 口は脳で考えた言葉を吐き出すため、 脳で嘘をつくとそれを言葉として出すからだ。
その反面、 耳は全てを受け入れてくれる。 自分の考えを否定しない。
最近ニュースでは「イヤーカット事件」と呼ばれてるそうだが、 自分の行為がテレビで報道されるのは意外に気分が良かった。
嫌だったのは自分が「悪」だと報道されることだ。 他者との会話を「悪」だと言われれば誰でも気分が悪くなるだろう。
その不満を耳に耳から伝えると
「正にそのとおり、 人の価値観は押し付けるものではないよね」
と帰ってきた。 それだけでもう満足なのだ。 他に何も要らない、 必要なのは他者との会話だけだ。
一二三は耳にキスをした。