第四話 悪魔
目の前に現れた奴は黒いスーツを身にまとい、黒いマジシャンが被ってるような帽子。歳は三十代ぐらいの男だ。男は丁寧に一回お辞儀をする。
「ななな、誰だよ…」
『もう忘れてしまったのですか?』
男はやれやれと首を振る。
こればかりはしょうがない。名前と顔を覚えるのは難しいんだ。
「…あ、もしかして悪魔か」
『確かに悪魔ですが、貴方との契約は別の方です』
「え……じゃあお前は」
『貴方の契約者様の執事です』
なんてややこしい!
というか、契約者本人が来いよ。なんで執事が来る訳!?
「……で、その契約者は」
『呼んだかしら?』
この場に似つかわしくない高い声。口調からお嬢様っぽいな。男が現れた場所から少女…いや、幼女が現れた。見た目は六歳か七歳、というか同い年か。金髪で服はゴスロリ…なんという破壊力だ。
『…ふぅん…この貧弱者が私の契約者か』
「む…」
なんだよ、この幼女。
『…おい、貴様。名前はなんという』
「アレス。アレス・レイグニル」
『ほぅ。覚えておいてやろう! 私の名はパイモン様だ』
パイモンと名乗る幼女はオーホッホッホと笑う。なんという事だ。こんな奴と契約してしまったのか…。
『…さて、人間。いやアレス。私と契約したからには何でもやるぞ。力でもいいし、金でもいい』
「代償は命、か?」
パイモンはポカーンと口を開けたままだ。言い当てた事に驚いたらしい。
『驚いたな……お前、本当に子供か?』
「あ、あぁ」
『…ふぅん……まぁ、いい。確かにその代償は命だ。願うのが怖くなったか?』
確かに代償が命とか言われたら怖い。でも、今の俺に必要なのは何だ…。金? いや、力? そう、力。でもただの力じゃない。
『…誰かを守る力が欲しい!』
「…っ!」
信じられないというような表情だ。まぁ、仕方ないな。
『…貴様もアイツと同じ事を…』
「え、アイツ?」
『いやこっちの話しだ。それより、願いはそれでいいんだな?』
「あ、あぁ。必要な時になったら呼ぶからさ、その時力を貸してくれ」
『貴様も馬鹿な奴だ。このパイモン様と共に生きる事を願うなど……いいだろう。貴様の命はパイモン様のモノだぞ』
…もう誰かが死ぬのはうんざりなんだ。誰かを守れるなら、俺はこの悪魔に命を売ろう。例え、地獄に落とされたとしても。
『レス……ァレス……アレス!』
「ん?」
『貴様、この私を無視するとは万死に値するぞ!』
どうやら考え事に夢中でパイモンの声が聞こえなかったみたいだ。少し涙目になりなっている。パイモンは端から見れば普通の幼女。人差し指を突き立ててガミガミ言っているが可愛いもんだ。
『あ、アレス! 聞いているのかっ!?』
「ハイハイ。聞いてますよ」
『っ〜〜〜!! さっきから馬鹿にしよってっ! 今すぐにでも貴様の命を奪ってやるぞ!』
『パイモン様、落ち着いて下さいませ』
…こんな賑やかなのは久しぶりな気がする。
『ではアレス様、我々は一度帰ります。お呼びであれば名をお呼び下さいませ』
「ありがとう……えっと」
『ご紹介が遅れました。私、パイモン様の執事 ドリューと申します』
『ドリュー。もういい、帰るぞ』
『はっ』
ドリューがスッと手を翳す。すると、ブラックホールのような穴ができた。
『ではアレス様、失礼致します』
「あぁ」
律儀にお辞儀をするとドリューは穴に入って行った。残るはパイモンなんだが。機嫌が悪そうだ。
「あ、パイモン!」
呼び止めると立ち止まってくれた。でも振り向いてこっちを向こうとはしない。
『…何か用か?』
「次こっちに来たら、お菓子を用意しとくから。機嫌直してくれよ」
『え、お菓子!?』
「……え?」
今一瞬、俺が知ってる普通の子供みたいな反応だった。正直、驚いたが言った本人はというと石のように固まっている。
「パイモン?」
『ふ、ハハハハ! お菓子だと? このパイモン様がお菓子如きに釣られると思うか?』
いや、あなた思いっきり食いついて来ただろ。今だってヨダレがダラダラだぞ。
「じゃあ、いらないんだね」
『っ! い、いや。貴様がどーしてもと言うなら食べてやらなくはないぞ…』
チラチラと俺の様子を伺いながら言い放つ。コイツ、素直じゃないな。
「そんなに食べたいなら素直に言えばいいのに……分かった、お菓子用意しておくよ」
『ふ、ふん。私はお菓子が大嫌いだ! いいな、分かったな? お菓子なんて嫌いだぁ〜〜〜』
カッコ悪い捨て台詞を吐きながらパイモンも穴に入って行った。何はともあれ、パイモンの機嫌は直ったかな?
「……そうだ、エリゼはどうなったんだ?」
急に不安になる。『アレクストリア』の男は死んだと言った。でもドリューは生きてると言った。怪我させた張本人がお見舞いに行くのは礼儀知らずだけど、行かなきゃ!
ーーーーー…
無我夢中で走る。俺の家は村を見下ろせる少し高台にあって階段が続く。階段を降りると民家が沢山並ぶ、その中にエリゼの家がある。
トントン
ドアを叩くと女性が返事をする。足音が近くなりガチャという音と共にドアが開いた。出てきたのはエリゼの母だ。
「あら、アレス坊ちゃん」
「…あ、あの。エリゼは?」
「あの子なら自分の部屋に居るわよ。どうぞ、入って」
お言葉に甘えてお邪魔する。部屋に通されながら母親にエリゼの状況を聞く。
「あの、エリゼの怪我は大丈夫ですか?」
「傷?……あぁ、あんなの擦り傷みたいなもんさ。そんな事で心配してくれるなんて、領主様と似て優しいねぇ」
擦り傷?
いや、俺が見た時はそんな傷じゃなかった。それがこんな軽傷って事はあの『アレクストリア』の男かドリューがやったのか。
「はい。ここがエリゼの部屋だよ! エリゼ〜、アレス坊ちゃんがわざわざお見舞いに来てくれたよぉ」
「ふぇっ? アレスが!? ちょちょ、ちょっと待っててね」
元気そうな声を聞けて安心する。
部屋の中が慌ただしいが気にしない事にしよう。
暫く待つと部屋の中から許可が出た。女子の部屋に入る事は初めてだったりする俺は心臓バクバクだ。部屋に入ると女子特有の甘い匂いが鼻につく。ピンク系の壁紙に可愛らしいぬいぐるみ。まさに女子。
「あ、アレス。急にどうしたの?」
パジャマ姿でベッドに腰を下ろすエリゼは苦笑いだ。でも元気そうで良かった。
「いや、あの時の事を謝ろうと思って」
「…アレスが魔法を暴走させた事?」
「うん…」
やっぱり怒ってるのか。エリゼは俺から目を逸らす。怒ってるなら尚更、謝らないと。
「危険な目にあわせてごめん!」
「…………謝るのは私の方だよ」
「…へ?」
エリゼは悲しい瞳をしている。いつも明るいエリゼからは想像できない。エリゼはゆっくり近づくと俺の左頬を優しく撫でる。
「エリゼ?」
「……アレスは魔法の才能がある、って出会った時から思った。アレスだったら大魔法使いになれるって思って応援してた。でもその才能を私が奪ってしまった…」
「エリゼ…何を言ってーー…!?」
そこまで言って気付いた。
もしかしてエリゼは俺が『アレクストリア』に目を付けられ、悪魔と契約した事を知ってた?
「…もしかして全部、知ってた?」
「うん。ほんとは…私軽傷だったの。でも『アレクストリア』が現れて、身体が急に動かなくなって…」
なんて事だ。
エリゼは全部見てたんだ…。気を失ってると思ったのに本当は起きてた…。
「ほんとにごめんなさい……ごめんなさい…」
「エリゼは悪くないよ! 謝らないでっ」
エリゼを救いたくて悪魔と契約までしたのに。結果としてエリゼを傷つけてしまった…。
「僕は大丈夫。だからいつもみたいに笑ってよ」
「うっ…アレス」
もう涙をみたくない。
悲しい顔をみたくない。
…誰かが死ぬ所をみたくない。
ーーーーー…これ以上は、もう。