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乙女ゲーム? 悪役令嬢? それよりおいしいご飯が食べたいです!

作者: 千条 悠里


 ――まっずうい。舌の上で泥味のスライムが踊ってるみたい。

 母親の手料理を生まれて初めて口にした瞬間、ミリア・エスティルの口内は地獄と化した。

 かろうじて吐き出しはしなかったが、心の中では絶叫が木霊している。

 口に含んでしまったソレを咀嚼しようとするだけで、あまりの不味さに涙がぽろぽろ零れてしまう。


「あらあら、涙出ちゃうくらいおいしかったの?」


 なんて嬉しそうに言うのは、向かいの席に座る母親だった。

 優しい母親であり、娘であるミリアをいつも愛してくれている、素晴らしい母親だ。

 ただし、料理の腕前だけは壊滅的。これは上手い下手という以前に食材への冒涜だ。

 というか料理と呼べない。これは生物が口にしていいものではない。

 しかし、公爵令嬢として礼儀作法を教え込まれてきたミリアには、口にした食べ物を吐き出すというのは在り得ない醜態であった。

 なんとか飲み込もうと無心で口を動かして、頭をがんがん殴られたような痛みを耐えつつ嚥下する。

 その瞬間、ミリアの目の前は真っ黒になって、椅子ごと真後ろへ倒れこんでいた。





 気を失い、高温にうなされながら、ミリアの頭の中には膨大な情報が流れ込んできていた。

 建築物の立ち並ぶ都会、 住宅地の一角にあるこじんまりとした料理店、そこで働く女性の姿――。

 溢れ出るその記憶の数々はミリアにとって、前世にあたる女性の一生だった。

 子供の頃からの夢だった料理店を開いて、そこそこ繁盛もして、これで素敵な旦那さんでも見つかればいいな、なんて。

 明るい未来を夢見ながら、ある日交通事故で命を落とした、高野里美という女性の一生。

 それが自分の前世なのだと思い出した途端、様々なことが頭に浮かんでくる。

 おいしいご飯を作ると喜んでくれた両親の笑顔が大好きで、料理人の道を志したこととか。

 ちょっとゲームで遊んだりはしたものの、夢に向かって一直線に頑張った青春時代とか。

 そしてミリアへと生まれ変わったこの世界が、剣と魔法のファンタジーな世界であることとか。

 けど、それより何よりも気になることがあった。

 ――うわあ。この世界の料理(母親の手料理は論外として)不味すぎ……?

 それが前世と今世の、彼女にとって何よりも大きな違いであった。



   〇



 意識が戻った翌日から、ミリアの世界への挑戦が始まった。

 この世界が生前に遊んでいた乙女ゲームの世界だとか、転生先のミリア・エスティルが悪役令嬢だとか、そういうのはひとまず置いておいて。

 もっとおいしいご飯を! いや、せめて食べられる物を!

 それが、高野里美の記憶を取り戻したミリアの、最優先事項となっていた。

 まずはできることからコツコツと、そう考えて両親に料理をさせてもらえるように頼み込む。

 厨房で確認した感じ、地球の材料とまったく同じでないものの、比較的似通った食材が多いようだ。

 

 エスティル家は海に面した領地を保有しているため、港から運ばれた新鮮な魚介類が多い。

 そのためまずは小手調べに、とエビの殻と頭を剥いて、身から背ワタを取り除く。

 前世の記憶が蘇るまでは疑問を抱かなかったが、この世界では背ワタもそのままで調理して出されていたため、食べる時にジャリっと嫌な感触がしたものだ。

 

 ともあれ、大量に用意したエビの殻と頭は鍋に放り込み、湯の中でことこと茹でる。

 その間にエビの身に、卵と水、小麦粉を混ぜて作った衣をつける。

 付け合せに野菜類もいくつか見繕い、同じく衣をつけて、準備完了。

 それらを植物油をたっぷりと張って、高温に熱した油で揚げる。

 パチパチ、と油の弾ける音と共に良い匂いが香り始めた。

 しっかりと揚げてから塩を軽く振って、お手軽天ぷらの出来上がり!

 そして別の鍋で茹でていた殻と頭から、たっぷりと出たダシを使って、エビの吸い物を仕立て上げる。

 もっと時間をかけて殻を炙るなりすればさらに味を凝縮できたかもしれないが、今回は残念ながら省く。

 

 お次は、コックの人に頼んで混ぜてもらっていた、卵黄と塩にワイン酢、仕上げにオリーブオイルを入れてしっかりと混ぜてたもの。

 所謂マヨネーズの完成だ。これと微塵に刻んだ玉ねぎを混ぜて、魚にたっぷり塗って、パン粉をまぶして窯の中へ。

 しっかり焼き上げれば、魚のマヨネーズ焼きの完成だ。


 そんな調子で前世の知識と経験を生かして、他にも何品か作り上げていく。

 最初は、突然料理をしたいなんて言い出した幼い娘に「あまりの真剣さに思わず許可したが怪我したらどうしよう」と心配そうにみていた両親だったが、味見として出された品を食べて愕然とする。

 ――美味い、美味すぎる!

 初めは懐疑的だった使用人達も、味見をしてからは美味の虜となり、料理の完成を待ちわびていた。



   〇


 ミリアの料理道は家の中に留まることはなかった。

 公爵令嬢として婚約者候補になっていた王子に手料理を振る舞い、その心を胃袋ごと鷲づかみに。

 素材を豪勢に使うだけでは平民がおいしい物を食べられない、と安価に作れる料理を模索。

 その際にスラム出身の、将来の攻略キャラである男の子にご飯を食べさせて「貴族にも、良い奴いるんだな……」と感動させて。

 お米が食べたいと探し回った結果、余所の貴族の領内でたまたま発見して。

 「これ買い取るから譲って!」と交渉した結果、経営難に苦しんでいたその貴族と領民達に感謝された。その家の息子もまた攻略キャラだった。

 そんな調子でひたすら料理の道を突き進んでいるうちに、あっという間に時は流れて……。


 

   〇



「ふん、あんたは悪役らしく私の踏み台になればいいのよ!」


 成長したミリアは、王都の魔法学院に入学していた。

 その入学式の後、人影のいない中庭に呼び出されて、そんな言葉を投げかけられている。

 ミリアの前世の知識で、目の前で好き勝手に喚いているその少女がこの乙女ゲームの世界の主人公、つまりはヒロインであることを知っている。

 しかしどうやらミリアと同じく、ここが異世界だと自覚している転生者のようだった。

 人目がないのをいいことに自分の欲望をさらけ出しているその少女に、ミリアは。


「そんなことより、ご飯にしましょう!」


「は、はあ? あんた何言ってるの?」


「私ね、今日のために用意していた新メニューがあるのよ」


「いや、ってかあんたは私の敵で……」


「――白ご飯、塩鮭、卵焼き、味噌汁」


 ヒロインの言葉を遮り、ミリアの伝えた献立の内容に、ヒロインの動きが固まる。


「この世界にはまだ存在していない、日本食フルコース、ですわ」


「……ふ、ふん! 何よ、そんな普通のご飯なんて……」


「貴女、料理はできて? もし出来ないなら、私を悪役として蹴落として他国に追放でもすれば、もう二度と日本食を食べられないかもしれないわよ?」


 うぐぐ、と。ヒロインが唸る。

 故郷の味というのは、生まれ変わろうとも、むしろ遥か次元の彼方へ遠のいた今だからこそ、恋しいものだ。


「ちょうどお昼ごろですし、ご一緒にいかがかしら?」


「う、うう……ご、ご飯で誘惑しようたって、そんな策略には負けないんだから!」


 そんな言葉とは裏腹に、ヒロインのお腹がぐう、と鳴った。



  〇




「ご飯には勝てなかったよ……」


 一度食べさせてしまえば、陥落は早かった。

 どうせ不味いに決まってる、なんていいながらぱくりと一口食べてからは、もぐもぐと一心不乱に食べ始めて。

 しまいにはお代わりまでして、今は満腹とばかりに幸せそうに食後の緑茶を味わっている。


「では先程話したように、今後は仲良くやっていくということでいいですわね?」


「ええ……このメシマズな世界で、こんな美味な料理を味わえるのなら、もう逆ハーレムとかどうでもいいわー……」


 ふへー、とだらしなく頬を緩ませているヒロイン。

 エスティル家周辺は早期にミリアの手で食料事情が改善されていたが、他の領内ではまだまだメシマズが続いているそうだ。

 別段秘匿しているわけではないが、テレビもラジオもないこの世界では、料理法が伝わっていくのも時間がかかる。

 美食に慣れてしまった日本人にとって、この世界の料理を食べ続けるのはきつかったことだろう。

 だからこそ、敵意を剥き出しにしていたヒロインを料理で懐柔できたのだと思うと、複雑な気持ちになるが。


「さあ、攻略キャラとかそういうのは置いといて……今はデザートの羊羹でもどうぞ」


「わーい♪」


 食後のデザートに喜ぶヒロインには、既に野望に燃える意志だとかミリアへの敵意なんて、もう宿っていない様子だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >自分で書いていてあれなのですが、この世界の人達の味覚とかどうなってるんでしょうね(汗) 単純に味覚レベルが低いだけだと思います。 味覚レベルは生まれつきではなく、RPGのレベル上げよろ…
[一言] マジメに考えると、流通の関係で香辛料もしくは塩で保存の限界まで脱水しきった元食材につき味がやばすぎるくらい濃いか、細菌どころか味も死ぬほどしっかり火を通した過去のイギリス式か… それは日本人…
[一言] 倒れるほどのマズいものが作れて食べられて倒れる事無く。 主人公が作ったものを美味しいと思える味覚 なのになんで美味いものを作れないんじゃ~。゜(゜´Д`゜)゜。
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