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烏は群れを成して劈く  作者: TSK
第二部第2章
27/32

風が靡くがその意志靡かず

まるで一発の銃弾のようだ。

 早朝。時間はまだ午前六時にもなっていない。早く活動するIMIの学生寮はまだ静かだ。そもそも、夏休み期間なのだから当たり前と言うべきか。

 それでも、活動している者達がいた。第一車庫にて防弾仕様のランドクルーザーが二台。その周囲には《特殊作戦部隊:チーム1クロウ》と、招集された中期生達が準備をしていた。

 生徒は制服ではなく私服姿だった。IMIと気付かれない為に制服は着ないが、子供という時点で無理な話だと諦めていた。唯一、身形を整えていたのはIMIに残る琴美と長谷川だけだ。

 そこへ、一人の男性が現れた。ジャージ姿の榊原だった。

「おはようございます、榊原先生。何の用事で?」

「おはようございます。うちの生徒二人、少しだけ話をと。時間は掛かりませんよ。長くて五分。長谷川先生や神原達に迷惑はかけない」

「わかりました」

「水下、ウォーカー。ちょっと来い」

 長谷川の許可を得た榊原は龍とベンを呼ぶ。二人は榊原がいることと呼ばれたことを疑問に思いながら、榊原の下へと歩いていく。榊原は二人を連れて第一車庫の外へと出て、壁に隠れるようにした。これで中からは三人が見えなくなった。

「ちゃんとメシ食ったか?」

「そこそこは」

「ちゃんと食え。これやるから」

 そう言って、持っていたピニール袋を差し出した。中にはコンビニで販売されているサンドイッチと缶コーヒーがあり、龍とベンは戸惑いながらも受け取った。

「食える時にちゃんと食え。頭が働かなくなって死ぬぞ」

「また大袈裟な」

 ベンが笑いながらサンドイッチを食べ始める。龍もだ。二人は同室で、朝食を作れるスキルはない。食パンしか食べていないのでありがたかった。

「食いながらでいい。これ見ろ」

 榊原がポケットから、折られた紙を広げて二人に見せた。何かの書類のようだ。

「作戦参加通知書……ですか?」

「ああ。この作戦における正式な依頼通知だ。お前達の報酬欄、見てみろ」

 更に二人は目を細める。書類の中心あたりに二人の名前があり、隣には依頼の詳細と報酬が記載されていた。

『二週間から《戦闘展開部隊》所属訓練試験の五日前まで、水下龍及びベン・ウォーカー二名を参加させることを命ずる。

 水下龍:《戦闘展開部隊》所属訓練試験への参加資格取得。及びIMIサーバーレベルⅡデータアクセス権限許可。高期授業時における二十単位分の付与。

 ベン・ウォーカー:《戦闘展開部隊》所属訓練試験への参加資格取得。不足している八単位及び高期授業時における二十単位分の付与。

 今作戦へ参加するにあたり、二名の指定口座へ前払金二十八万円を振込。作戦完了に伴い、部隊隊長と副隊長、作戦担当教師の評価により報酬が支払われる』

「なっ……!?」

「前払い二十八万!? Why!?」

 予想以上の報酬内容にベンはおろか、冷静な龍までも驚いていた。榊原は静かに見ている。

 内容にもよるが、普通の依頼なら前払金が発生することはない。依頼完遂による報酬も決して多くない額がほとんどだ。

 しかし今回の報酬は、前払金の時点で桁が違う。完遂報酬も、本来ならば指定してもIMI側が許可しないものばかりだ。特にサーバーアクセスにおける規制解除は、指定部隊に所属して隊長か副隊長にならなければ無理である。

「最低報酬でこれだ。終わった時点では倍以上と考えていい。作戦に関わる経費や準備も、全てIMIが出す」

「報酬金や単位だけじゃない……データアクセスなんて、それこそ部隊に所属してなきゃ無理だ」

「それだけ危険な作戦ってこと何だよ。お前達がやるのは」

 榊原は溜め息を漏らす。いつも以上に真剣な表情をしていたことに、二人は今更ながらに気付いた。

「《特殊作戦部隊》の作戦にでもなれば金の糸目はつけない。だけどアイツらのやることは危険だ。いつも死と隣り合わせなんだよ。水下も、五月に一回神原と作戦に出ただろう」

「はい」

「あの作戦は適性合格者の、言わば選抜だ。神原なのは偶然だけど、偶然じゃないんだ。

 IMIの外にいる時は常に気を抜くなよ。気を抜いたらすぐに死ぬ。頭が働かなくなったら、そうなるんだ」

 榊原の言葉には、どこか重みがあった。まるでどこかで経験してきたかのような、そんな言葉。

 二人の体が強張る。ようやく、《特殊作戦部隊》の人間と作戦を共にするということを理解した。ただの警護などではない筈だ。言っていたではないか。“障害は排除しろ、と”。

 彼は機械的に答えていた。当たり前のように、平然と。

 今まで真剣だった榊原は二人を見て、改めて溜め息を漏らして苦笑した。

「まぁ、なんだ。いつも通りにやればいいんだよ、お前達は。水下はやり過ぎて、ウォーカーが止めてやれ」

「ちょっと励ましが遅くないですか、それ」

「これでも誉めてるんだぞ。四月の模擬戦闘でも、お前達はよくやれた。実戦もだ。だから、いつも通りにやれ。何かあったらいつでも相談しろよ。これでも一応、お前達の担任なんだからな」

 笑っている榊原が、自分達のことを心配しているのだとわかった。そして誉められていたことに、二人は少し驚いていたが嬉しかった。

 龍とベンは姿勢良く気をつけをする。

「ベン・ウォーカー」

「水下龍。二名、作戦行動へと移ります」

「おう。行ってこい」


――――――――――――◇――――――――――――


 龍とベンが榊原に連れられた場面を見て、智和は丁度良いと手を止めた。振り返り、無線機やスマートフォンを調整をしている琴美の下へ行く。

「琴美さん。頼んだ資料のことなんだが」

「ああ、あれね。全員分の資料はできたから、今日の作戦が終わったら渡すね」

「ありがとう」

 笑顔で智和と話しながらも、ノートパソコンのキーボードから手を離さずに調整を続ける。それは正に、どれだけ琴美が部隊の為に裏方をこなしてきたかを物語っている。

 加えて、乱れのない制服。期日まで準備を完璧に行い、サポートに回るのはもはや性格に等しい。実際、彼女の性格なのだろう。

 智和は申し訳なさそうに続ける。

「本来なら隊長である俺がやらなきゃいけないんだが……琴美さんの方が情報量は多い。先輩に雑用みたいなこと頼むのは、本当に申し訳ない」

「なに言ってるの。私は智和君の部隊にいるんだから、隊長である智和君が命令するのは当然のことだよ」

 琴美の言う通りだ。彼女は智和の部隊に所属している。隊長である智和に従うのは当然だと理解している。

 これが北原琴美の適応力の高さだ。例え後輩の隊長だろうが、彼女は忠実に従い、求められた以上の結果を出す。

 智和もそれはわかっていた。だから安心して琴美に裏方全般を任せている。彼女に任せれば安心であり、常に最高の状態になる、と。

 そんな彼女を見て、智和はふと気になったことを口にした。

「琴美さんは、進路って決まっているのか?」

「え?」

 意外な質問だったのか、琴美は思わず手を止めてしまった。表情もぽかんとしている。

 すぐに笑顔になって、少しだけ笑って作業を再開した。

「どうしたの、急に? 智和君がそういうこと聞いてきてビックリしちゃった」

「そんなにか」

「智和はちゃんと考えてるからね。私の進路ってことでいいのかな?」

「ああ」

「うーん。私ねぇ……そんな立派な答えは出せないよ」

 苦笑し、作業を止めて近くに置いていたコーヒーを飲んだ。

「憲兵科以外の科全てを受講して、筆記試験は学年一位。射撃や格闘術、爆破、工作、戦略・戦術立案、運転も並以上。その適応力の高さを持って、琴美さんはどんな進路を?」

「持ち上げ過ぎ。確かに大抵の科は受講して一通り単位は貰ったけど、射撃と格闘は平々凡々。運転もまだ普通から大型トラックまでで、船舶や航空機類はまだだよ」

(平々凡々でも、それだけやってればスゲェよ。というか運転の方は“まだ”なんだな)

 自覚していない琴美の言葉を聞いて、智和は呆れに近い感情を持った。そもそも他の科を受講しながら、というのが難しい。

 それを憲兵科以外を受講し、尚且つ全ての技術と知識を一通り会得しているあたり、平々凡々の分野があろうがプラスに値する。未だ満足していないことを考えると、恐ろしいとさえ思う。

 そんな一種の狂人である琴美は、コーヒーを飲んでマグカップを下ろす。

「私は事務系だよ。誠二さんの会社」

「誠二さんの?」

「誠二さんから声を掛けて貰ってる。事務担当の仕事しないか、って。他のところも視野には入れてるけど、第一希望はそれかな」

 意外と言えば意外だった。なんでもそつなくこなす琴美のことだから、警察官や自衛官など多種多様な分野の道を探すと思っていた。それがまさか、事務系だとは。

「勉強や実戦で得た知識や技術を、生かしたいとは思わないのか?」

「正直言ってしまえば、あまりそういうのは思わないんだよね。確かに多種多様に手を伸ばしてるけど」

「じゃあ何で?」

「うーん……言ってしまえば趣味とか欲求かな? 知っておけば無駄ではないし、意味のない知識と技術っていうのはこの分野ではないと思うから」

 やはり北原琴美も狂っている。智和は改めて思う。

 ただの趣味や欲求で、ここまで登り詰めようとする人間はなかなかいない。殺す技術と知識も混ざったそんなものを、そんなことで知り尽くすなど。

 そして、後腐れもなく切り捨てようとするその躊躇のなさも。

 だから、ある意味では琴美も狂っているのだ。

 琴美はコーヒーを口にして続ける。

「私は、智和君や、皆のようなことはできない。多分、それこそ平々凡々だと思う」

「まさか。そんなことない」

「そんなことはあるよ。智和君達の環境と、私のいる環境には決定的な違いがある。現場じゃ、瞬間的に冷静な判断はできない。司令室のような、張り詰めながらも思考できる環境が、私には合ってる。だから、私は智和君達のようにはなれない」

「……」

「智和君は自覚しているかわからないけど、君は冷静だよ。……いや、冷酷かな。容赦がない。躊躇がない。慈悲がない。加減がない。全力で叩き潰す。どうすればそれができるのか、考えに考え抜いてる。

 それって、考え様によっては凄いよね。瞬間的に変わりゆく状況に対応して、どんな相手にも全力でいけるって、凄いよ。それは長所だよ」

 そんなこと、考えたこともなかった。

 智和にはそれが当然だったのだから。油断が死に繋がることを理解し、冷静でいなければ死に繋がることを理解し。体験したからこそ智和は当たり前にそうしてきただけだ。それが長所などとは、思ってもいなかった。

「ありがとう。考えが広がった」

「一つ年上の先輩だからね、これでも。先輩から履歴書項目の書き方教わったから、もう書けるでしょ?」

「とても書ける内容じゃないな」

「ふふ。そうね」

 二人は笑う。だが琴美は笑みを消し、真剣に、少し悲しみを見せるように忠告した。

「でも、その長所は短所でもあるよ。相手を選ばず全力で行くから、結果は極端にしかならない。智和君、その時の表情を自分で見たことある?」

「え?」

「確認を行う。全員、集合しろ」

 長谷川の招集で意識が削がれる。皆が集まっていき、龍とベンも戻っていた。

「進路相談。また後に話そうか」

 琴美は笑顔でそう言って、長谷川の下へと歩いていく。智和は後を追うように着いていく。

“智和君、その時の自分の表情を見たことある?”

 見たことはない。想像はできた。見たくもなかった。

 琴美は見たことがある。無表情で殺していたその姿を、数回だけ見たことがある。恐かった。ただ単純に、恐かった。

 長谷川と智和達はテーブルを囲み、広げられていた地図を見下ろす。

「予定に変更はない。二班に分かれて目標の警護。敵戦力が表れて戦闘になった場合、速やかに介入して障害を排除。目標を保護してIMIへ帰還。

 クロウ1には智和、ララ、瑠奈、ヒルトゥネン、運転手は強希。クロウ2には恵、新一、水下、ウォーカー、運転手は加藤。質問は? ……ないな。開始までもう少しだ。気を引き締めろ」

 確認を終え、また各々が準備に取り掛かる。

「智和」

 恵が話し掛けてきて、智和は振り返る。

「推薦した中期生はちゃんと使えるの?」

「俺の目を疑うのか?」

「疑ってはいない」

 少しだけ不満そうに続ける。

「私の班が中期生ばっか」

「それかよ」

「もしもの時、私以外に班に指示を出せる人間がいない。瑠奈を寄越すか、トレード」

「だったらさっき言えば良かっただろ」

「ミーティングで提案したら拒否された。長谷川先生からは『世話をすることも必要』って言われた」

「長谷川に同意。お前も世話してみろ。苦労がわかる」

「苦労は智和だけで充分」

「おい」

 呆れながらも、恵の意見に一理あったので智和は考える。恵は智和に言えば意見が通るとわかって、わざわざ言ってきたのだ。

 仕方ないと溜め息を漏らす。付き合っていた頃から恵の性格はわかっていた。

「長谷川には開始後に言う。今回だけだぞ」

「ありがと」

「瑠奈、変更だ。恵の班に入れ」

「りょうか~い」

 やり取りを見ていた瑠奈は快く返事した。

「後でジュース奢る」

「ここじゃ奢りになんねぇよ」

 元恋人に、上手く掌で転がされているような気がした智和であった。


――――――――――――◇――――――――――――


 六時にタイム設定したテレビに電源が入り、タカハシは目を覚ました。音楽を聞いて寝た為、イヤホンを着けたままだった。

 体を起こし、側に置いていた煙草をくわえて火をつける。拳銃とナイフをポケットに入れ、朝食を作ろうとキッチンへ。トーストを焼き、小さく切ったピーマンやニンジンを卵で閉じた簡単なものだ。コーヒーを淹れて、テレビ番組を見ながら食事をする。

 朝食を済ませ、後片付けを手早く終わらせる。身支度を整え、スーツに着替える。動きやすさならジーンズとTシャツで充分だが、タカハシにとってはこれが仕事着だ。

 スマートフォンに着信。相手はフランチェスカからだ。昨日のうちに、依頼主から連絡できるようにと渡された。

「もしもし」

『えーと、タカハシだっけか、お前』

「そうだよ、Mrs.アルバーニ。まだ時間は早い」

『そんなつれないこと言うものじゃない。今日からアンタの“目”になるってことは、ある意味今日から一心同体ということだろ?』

「まぁ、一理ある」

『朝飯奢ってくれよ。用意されたホテルの飯、口に合わない。不味い』

「用意されたホテル、二つ星か三つ星の料理店があるぞ」

『アタシにゃジャンクフードが一番なんだよ。という訳で早めの合流しようぜ』

 言うだけ言ったフランチェスカは電話を切った。ミシュランガイドにも載る料理店を、不味いと切り捨てるのはなかなか凄いとタカハシは感心した。

 苦笑し、仕方なく時間を早めることに。拳銃とカランビットナイフを装備し、コートを着る。玄関を出ると、同時にいつものシューティンググラスを掛けてから歩き出した。


――――――――――――◇――――――――――――


 大田区、田園調布。理想的な住宅地を目指して開発された地域であり、大部分が第一種低層住居専用地域、第二種風致地区となっている。そして東京都有数の高級住宅街の一つである。

 街並みを汚さぬよう、白を基調としたモダンの高級住宅。そこに黒井沙耶は住んでいる。宮下千香と、もう一人の使用人の三人で暮らしている。

 午前五時半頃には目を覚ましてしまった沙耶は眠ることもできず、マイクロソフト社製のタブレットPCでメールを確認してから、読書で時間を潰していた。六時半に読書をやめ、シャワーを浴びて制服に着替える。使用人が用意した朝食をゆっくりと済ませ、身支度を整えると八時になろうとしていた。

 沙耶が通う光西女子学院では昨日、終業式を迎えた。部活動に所属していない沙耶が制服を着て出かける必要はないのだが、生憎と学校に行くわけではない。会社に行くのだ。

 使用人に見送られて家を出た沙耶は、用意されていた軽装甲仕様のメルセデス・ベンツの後部座席に乗る。ドアを閉めた千佳は運転席に乗り、運転を務める。

「やはり、この対策は反対です」

 伏し目がちに、沙耶は言う。

「私の代わりになるなんて」

「お気持ちは良くわかります」

 千香は変わらない調子だった。

「お嬢様の身の安全を確保する為です。チーム全員が理解し、覚悟しています。今回、自ら名乗り出てくれました。彼女たちの勇気と行動に、どうかご理解を」

「……わかりました」

 納得などしたくなかったが、納得するしかなかった。

「こちら《エコー》。これより出発する」

『了解』

 車内に設置した無線機のスピーカーから各班の応答が聞こえた。ディスプレイをタッチしてコンピュータを起動させ、車を発進させる。途中、四台の同じメルセデス・ベンツが護衛に加わり、会社のある渋谷区へと向かった。


――――――――――――◇――――――――――――


 IMI。第一司令室。長谷川と琴美、グローバルホークを操縦する輜重・航空科の部隊所属生徒など、十名ほどが司令室にはいた。作戦行動を開始させたが、今はまだ張り詰めた空気ではない。

 ここにいる生徒は、もちろん《特殊作戦部隊》や輜重・航空科で編成された部隊の所属生徒であり、内容を理解している。他言するような口の軽い者は当然いない。

『こちらクロウ。行動開始』

「本部よりクロウ1、2。GPS通信ならびにデータリンクアクセスを開始します」

「IMI衛星通信は良好。クロウ1、クロウ2のGPS正常作動を確認」

「グローバルホーク、異常なし。カメラも良好です」

『クロウ1、データリンクアクセス完了』

『クロウ2、同じく完了』

「本部より。引き続き作戦を続行」

『了解』

 通信を終え、長谷川はコーヒーを飲んだ。ヘッドセットを着けた琴美が、パソコンと向かい合ったまま話す。

「それにしても、よくグローバルホークなんて飛ばせましたね。ミーティングの時は無理かと思っていましたが、まさか本当に使用許可が出るなんて」

「私も少し驚いている。IMI連盟局からも使用許可が降りたばかりか、あちら自らが自衛隊やら航空関係の相手と話をつける、と。おかげで無駄な話をしないで済んだよ」

「意外ですね。連盟局も動くなんて」

「それほど重要視しているのだろうな、今回の任務を。IMIと関係を持っている。みすみす殺させはしないだろうし、後々の為もある」

 海外とはいえ、黒井沙耶はIMIと関係を持ってしまった。その影響力が後に大きく、重要になっていくことを理解できないほど間抜けではない。

 IMIの方針は、黒井沙耶との関係を持つことにしたのだ。殺すのではなく、生かすことに。

 長谷川は再びコーヒーを飲んで大型スクリーンを見る。画面の地図にはチームの位置情報の他、沙耶の位置情報も把握されていた。

「今回の相手、どう思う?」

 長谷川からの問いに、琴美は作業を一旦やめて振り返った。

「強襲のやり口からして、慣れているのだとわかります。警察全体ではなく一部と繋がっていることを考えると、やはりマフィアか暴力団関係かと」

「どこぞの馬鹿のおかげで、都内の関係図をメチャクチャにされたからな。把握できていない」

 どこぞの馬鹿――それがセナのことを言っているのだとわかり、琴美はなにも言わなかった。

 セナがIMIに身を移す前、彼女は好き勝手に暴れ回っていた。本能に従うように、ただ闇雲に殺し回った。相手は底辺の暴力団やマフィアだ。そのおかげで、二組ほどの組が壊滅した。

 底辺だろうとも、組二つが壊滅されれば亀裂が生じるのは当然だ。おかげで現在、東京都内の暴力団やマフィアなどの関係図が変わりつつある。IMIはそれをまだ把握できていなかった。

「……とはいえ、暴力団やマフィアが黒井沙耶さんを狙う理由や必要性がありません。彼女だけでなく家族の周辺状況も調べましたが、これといったものは見つかりませんでした」

「そう考えると、やはり競争企業が狙っているとなる。だが、そうなればあまりにも雑過ぎる。暴力団やマフィアに任せるというのがナンセンスだ」

「工作、という可能性は?」

「そこまで馬鹿ではないと思うんだが……警察と繋がっている暴力団かマフィアを相手にした可能性は、なくはない」

「どのみち、面倒なことになりそうですね。今回の任務は」

「いつも面倒だよ。頭が痛くなってくる」

 スクリーンに目をやる。沙耶を乗せた車が会社に到着している。ここからは、空気を張り詰めさせなければならなかった。


――――――――――――◇――――――――――――


 呼び出されたタカハシはフランチェスカと合流し、要求されていた朝食の奢りを果たすべく立ち食いそば屋にいた。

 みすぼらしい店構えに最初は難色を示していたフランチェスカだったが、初めて蕎麦を食べてみてその味をすぐに気に入っていた。

「最初はなんてとこに連れて来たんだと思ったが……こんなにいい所があるなんて思ってなかった」

「中々に効率的だろう?」

「ああ。オンセンタマゴとやらでタンパク質が摂取できる。まぁ、アタシには興味ない分野だがね」

 出勤前のサラリーマンなどに混じって食べている。スーツ姿のタカハシはまだ馴染んでいるからいいとして、外人のフランチェスカが混じっていることには大いに違和感がある。なにより違和感を強調させていることがあり、タカハシは堪らず聞いた。

「なぁ、Mrs.アルバーニ」

「なんだよ」

「箸の使い方が綺麗なのは凄いんだが、どうせなら椅子に座って食べたほうがいいんじゃないか? カウンター席に届かないからって台座に立つこともないだろう」

「煩ェ。次に身長のことで気を遣ったらケツの穴に銃をぶち込んで引き金引いてやるからな」

「生憎、俺にそんなマゾヒストな趣味はないから他を当たってくれ」

 残念なことに、フランチェスカの身長が低いせいでカウンター席まで届かなかったのだ。この店には腰掛けるタイプの簡易椅子があるのだが、立ち食いということにこだわって――意地でも――台座を借りて蕎麦を食べていた。なんとも悲しい絵面である。

 蕎麦を食べ終わり、店を出た二人は取り合えず煙草を吸う。

「いいね。日本のジャンクフード」

「ジャンクフードじゃないんだが、気に入ったのならそれでいい」

 タカハシは自動販売機でブラックの缶コーヒーを購入。フランチェスカにも聞き、コーラを購入して渡す。

 コーヒーを飲み、煙草を吸う。タカハシは気になったことを聞いてみることにした。

「それにしても、箸を上手く使えていた。中国やその辺りにでも住んでいたのか?」

「いいや。今日初めて」

「初めて? にしては普通に見えたが」

「お前や客の持ち方と使い方を見て真似した。まぁ、最初は上手く使えないで持てなかったが、コツはすぐわかった。下で持つ箸は動かさないで上の箸を動かしてんだろ?」

 まさか見様見真似で箸の使い方を覚えたとは思っておらず、タカハシは少し口が開いてしまった。

 確かに、フランチェスカの行動力と理解力、適応力が人並み以上だとわかっていたが、ここまでのものだと違ってくる。天才と呼ぶべき類いになるのだから。

「君、物凄く頭いいだろう」

「知らない」

 フランチェスカは素っ気なく言う。

「周りの人間はだいたい同じことを言う。だが、アタシにとっちゃ当たり前なんだよ。少し考えればわかる。まぁ、物覚えいいってのは、アタシ自身でも自覚はしてるさ」

「それは羨ましい。俺にも欲しい」

「どうだか。役立つものなんかそんなにない」

 煙草を吸い、飲み物も空にした二人は時間を確認。少し歩き、貸倉庫へと向かう。

 そこにはカワサキ社製Ninja400Rが一台置いてあった。依頼主に要求していた“足代わり”である。この地域の立ち食いそば屋に訪れたのも、この為だ。

 ヘルメットを被り、タカハシが運転する。フランチェスカは後ろに乗ってタカハシに掴まる。

 渋谷区まで移動して、路地裏に入る。朝でも人気がない。雑居ビルの入口があり、バイクを降りた二人はビルに入る。階段を昇って三階へ。

 三階の部屋は、壁を全て取り除いた為に広かった。二十畳ほどのスペースにあるのは大量の機材にモニター、無線機、ノートパソコン、都内の地図。地図は二種類あり、細かく区分された地図とペンで書き込まれた地図がある。

 またしても煙草を吸い始めた二人。タカハシは“仕事場”である部屋の中央へ。フランチェスカは“仕事道具”が納められているケースへ走り、中身を取り出した。

 ブレイザーR93タクティカル2モデル。弾道を安定させ、射手の用途に合わせ様々な口径に対応させている。338ラプア・マグナム弾を使用する為、バレルは特注品。他にもフランチェスカ好みに隅々まで手を加えている。

「話を戻すけど」

 調整をしている中、タカハシが聞いた。

「日本語も習得できたのか?」

「カタコト程度。ホテルマン英語でしか喋らねぇから、街に出て聞くしかできなかった」

「それでも充分過ぎる。因みに、今話せる?」

「オジサン。テならイチマイ、クチならニマイ、ホンバンゴマイでイイヨー」

「どこの街の売春婦を参考にした」

「同じガキだっつうの。それに、アタシはクズだがヤる時は人を選ぶ。売春婦と一緒にすんな」

「悪かったね」

 調整を済ませ、時間を確認する。まだ予定時間よりだいぶ早い。話し相手もいる。

「四、五本吸って話してもまだ余裕がある。ゆっくりしていこう」

「賛成。喫煙者のアタシ大歓迎」

 買っていた灰皿を間に置き、二人は雑談しながら時間を潰すことにした。


――――――――――――◇――――――――――――


 作戦開始から二時間余りが経過。早朝にIMIを出発したチームクロウは、沙耶の会社から離れた場所で待機していた。

 クロウ1には強希を運転手とし、班長智和とララとイリナの四名。クロウ2は運転手を加藤が努め、恵とした班長に瑠奈、新一、龍、ベンの六名に分かれている。

「動きねェな」

 座席を倒し、強希は暇そうに呟く。

 沙耶達が会社に入ってから一時間は経った。特別動きがなく、緊張の欠片もない。

「まだ予定時間じゃないんだ。諦めろ」

 後ろでスマートフォンを操作している智和が言う。

 沙耶の行動は《諜報保安部》の生徒に頼んだおかげで、だいたいは把握できていた。各企業に赴いての打ち合わせが四件。どれも都内だ。

 智和が操作しているスマートフォンは、琴美が調整していた物の一台。IMI専用の人工衛星と通信し、GPS機能や簡易無線の役割を果たす代物だ。

「今時、どれもこれもコンピュータか」

「発達してしまったからな。当たり前になってる。小さな無人機も、これで動かせる」

 上空を飛行するグローバルホークと回線を繋ぎ、カメラ映像をスマートフォンで確認。会社周辺には特に怪しいところを発見できなかったので、一先ずスマートフォンをポーチに片付けた。

「強希。お前、夏休みには妹と会う約束してたんだろう?」

「覚えてやがッたのか」

 悪態づくように強希は舌打ちし、渋々といった感じに話す。

「そうだよ。妹と会う約束しちまッてるよ」

「悪いことしたな」

「ンなこともない。最近、アイツの対応に悩むんだ」

「あ?」

「どうも、兄貴以上に意識しちまッてる。色々とまずいような気がしてるんだよ」

 強希には美代みよという妹がいる。親は車泥棒を繰り返し、クスリを吸って死んでしまった。美代は普通の中高一貫校に通っている。

 暇を見つけては何度か美代に会いに行き、一日を共に過ごしている。だからこそ、強希には美代の感情がわかる。彼女は兄以上の想いを寄せているのだと。

 母親からは売春婦として勧められ、父親からは性的虐待として見られ、唯一の逃げ道が強希しかなかった。故に辿り着く結果は当然と言えば当然で、兄妹きょうだい以上の関係を迫りたがっているのは必然だった。

 事実、強希は揺れていた。美代のことを思うが故に理解している。理性はあるが、働かせようにも上手く働かない場面があるのも確かなのだ。だから、求められれば妹の処女を奪ってもかまわないと考えるようになってしまっている。

 智和はなにも言わなかった。兄妹の問題であり、他人が口を出すことではないとわかっていたから敢えて言わない。あくまで自分の意見しか言わず、本人がしたいようにすれば良いとしか考えていなかった。逆に言えば、そうとしか言えなかった。

「まぁ、なんと言うか……難儀してるな」

「まッたくだ」

「なに男二人で話してるのよ」

 二人の会話に、後部座席に座っていたララが割って入ってきた。隣にはイリナが、H&K社製HK121軽機関銃を抱き締めていた。

「ただの世間話だ。気にするな」

「その割りには、真剣な表情に見えたけど」

「煩ェな。というか話代わるけどよ、隣の奴は本当に中期生かよ。その体からして高期生だろうに。お前と違って」

「どこ見て言ってる? ん?」

「ふぇぇ!?」

 いきなり話に加えさせられて、イリナは今にも泣きそうになった。対してララは、強希があからさまに胸を見てから発言したことに気付き、笑顔をひきつらせていた。

 智和は呆れて宥めるが、気になっていたことをララに聞く。

「お前が推薦したから疑わないが、本当に7.62mm扱えるんだろうな? 俺、持ってきてないからな」

「私が見たから安心しなさい。彼女、なかなかのものよ」

 ララが推薦するのだから期待はできる。が、態度を見るとどうも信じられない。

 智和は横目でイリナを見る。視線に気付いたイリナは、顔を赤らめて俯いてしまった。

 少しの不安を感じて溜め息を漏らし、智和は前を向く。

「強希。マイク」

「はいよ」

 無線機のマイクを受け取り、クロウ2の車両と通信を行う。

「こちらクロウ1。応答を」

『クロウ2。何か?』

 対応してきたのは恵だ。中期生ばかりということで、不機嫌になっているのがわかった。

「確認だ。全員に聞こえるようにしろ」

『……いい。話して』

「監視及び護衛対象の黒井沙耶は、専属セキュリティポリスに警護されている。ミーティングで話した人数より多い。障害が発生した場合、黒井沙耶と二人の警護しか乗せない。速やかに障害を排除した場合、IMIへと帰還する」

『あの、逃走に使う道ってどうするんでしたっけ。教えてください』

 運転手の加藤が聞いた。強希が答える。

「着いてくりャいい。最悪、高速道路も使う」

『わかりました』

 強希はマイクを智和に返す。

「新一」

『はいはーい。なんスかー?』

『煩い』

『酷い!?』

 恵に罵倒されているが、日常的なやりとりなので智和はかまわず言う。

「戦闘介入の場合、先制攻撃を任せる。殺してかまわない」

『りょーかいッス』

「あと、狙撃の可能性はあると思うか?」

『そこなんスよね。狙い所は真っ直ぐな道の場所で、高い建物がある地域。今日は風がそんなにない。けど、ビル風とかもあるからどうかなー、と。

 ま、市街地の狙撃は近い距離しかやってないから、正直なところわからないンすよね』

「お前なら、どうする?」

『“やるッスね”』

 即答だった。

『大口径の対物ライフルや、長距離狙撃用のラプア・マグナムとかで。1,000メートルなら俺のM24でも当てられる。倍になれば対物ライフルを持ってくる。それで当てる』

「了解。狙撃の可能性も頭の隅に入れておけ。ついでに、そんな化け物現れないよう祈っとけ」


――――――――――――◇――――――――――――


 タカハシとフランチェスカが談笑している途中、スマートフォンに着信が入った。相手はギブソンだ。

「もしもし」

『おはようございます。Mr.タカハシ。今どちらに?』

「Mrs.アルバーニと一緒に渋谷区の拠点だ。準備はできている」

『おや。ご一緒でしたか。交流を深めるのはよろしいことですね。できれば《蜂蜜フォンミィ》とも仲良くしていただきたいのですが』

「仲良くしようとする前に、あちらが嫌悪しているからどうしようも」

『だからと言って、直前に役割変更を提案されても困ります』

「レスリーは了承した。《蜂蜜フォンミィ》もやりやすくなっただろう。それに、対象の状況が些か変化している」

『成程……わかりました。作戦開始前に変更点を私から告げた方が宜しいでしょう』

「ありがたい」

『それと、前以て提案されていた事ですが、やはり“飛んでいる”ことをこちらで確認しました。対処はお任せを。開始直後に処理します』

「ああ。では、また」

『開始まで』

 タカハシは電話を切り、スマートフォンを上着の内ポケットに片づける。

「あの理系メガネ?」

「依頼主だぞ」

 フランチェスカの表現にタカハシは苦笑する。彼女の性格なのか育ちのせいかは知らないが、相手に対しては基本的にふざけて砕けた表現をする。

「いや、そうだろ? ありゃ絶対しつこいインテリメガネだ」

「その依頼主からの連絡だ。やはり“飛んでいた”よ。IMIの関与は間違いない」

「あー。メンドくさ」

 心底嫌そうにフランチェスカはボヤき、煙草の煙を吐いて新しく買ってきたコーラを飲む。

「“飛ばしている”ということは精鋭部隊だろう。おそらく《特殊作戦部隊》が出ている」

「強いのか?」

「ああ、強い。つい先日、品川という地区で銃撃戦をしたばかりだ。雑居ビルにグレネード弾とロケット弾を平然と撃ち込む連中だ。一般市民がいようが躊躇がない」

「うわー、ないわー。そんな野蛮人ありえないわー」

 本気で嫌がるフランチェスカは天井を見上げ、そのまま寝転んだ。「だが」とタカハシが言う。

「“飛ばしている”ということは、広範囲の監視をする為だろう。ということは、IMIの部隊は少人数。元々人数もいないし、規模は一個分隊と考えていいだろう。二班に分かれているのが、理想か」

「何で二班?」

 フランチェスカの問いに、新しい煙草に火をつけてからタカハシハ答える。この数十分の間に、灰皿が二人の吸い殻で一杯になってしまっていた。

「もちろん車両移動だろう。単純な話、一台に全員乗っていたら全滅の可能性がある。三台に分けると三人から四人の班編成。だが、結局は子供だ。運転席に子供がいればIMIだと考えていいし、若く見えればそれもIMIと考えていい。まぁ、それでも面倒なのは同じだけど」

「だから嫌なんだよ、アイツら。今後もあまり関わりたくはないね」

「それは君の腕に掛かってるよ。Mrs.アルバーニ」

「それはまぁ、違いない」

 起き上ったフランチェスカは笑って見せる。それは年相応の少女が見せる笑顔とは掛け離れた、とても邪悪な笑顔だった。目が笑っていない、酷い笑みだ。

 タカハシが続ける。

「それに、依頼主は変更を認めた。レスリー達も。もし損をするなら《蜂蜜フォンミィ》の馬鹿な連中だけだ。賢い奴らはすぐに理解する」

「違いない。違いねぇな。馬鹿が死ぬだけだ」

「ああ。馬鹿が死ねば話がしやすい」

 タカハシは腕時計を見る。予定時刻の数十分前だ。

「さて、そろそろ仕事に移ろう。これを」

 差し出したのはスポーツ店で販売している一般的なリュックだ。中には無線機やスポッティングスコープなどが入っている。

「うーい」

 受け取ったフランチェスカはそのリュックを背負わない。スケボーでも入りそうな長いバッグに自分のライフルを入れて、それを背負った。

「地下二階駐車場に行き、協力者と共に屋上へ。無線機で連絡してくれ」

「オーケー、オーケー。わかってるよ。記憶力はいいんでね」

「それは羨ましい」

「ところでタカハシ、ちょっといいか?」

 ブーツの紐を結び直し、サングラスを掛けたフランチェスカは振り返る。

「アンタ、IMIのこと結構詳しいな。追いかけられてたことでもあったのかい?」

「詳しい、ね」

 タカハシは煙草を口から離し、煙を吐く。サングラスで表情は見えなかった。

「まぁ、昔に色々ね」

「そうか。お互い大変だな」

「まったくだ」

 同じタイミングで笑い、フランチェスカは拠点を出る。残ったタカハシはサングラスを外して、煙草をくわえる。その表情は、誰にも見せられなかった。

 拠点を出たフランチェスカは東池袋へ。複合商業施設のサンシャインシティにある、サンシャイン60の地下駐車場へと向かう。指定された場所に行くと警備員がいた。決められた合い言葉などは特になかったが、相手にはフランチェスカのことが伝えられているらしく、彼女を見ると鍵を投げた。

「従業員と監視カメラの目を気にせず、エレベーターに乗ってそのまま屋上デッキへ向かえ」

「堂々と行けってこと」

 子供が一人で行動することに疑問を抱くだろうが、この身形と堂々とした行動をしていればそれほどバレることはないだろう。フランチェスカは言われたとおりにエレベーターで六十階まで行き、屋上展望台――通称スカイデッキ――へと出る。普段、屋上展望台は閉鎖されている。人が来る心配もない。フランチェスカは一番高い場所によじ登り、池袋周辺の街はおろか遠くまでを見渡した。

 高い場所からの眺めが大好きだ。身長が低いからというコンプレックスではなく、単純に綺麗だと心奪われた。自分だけではなく、他者までもが小さな人間だと感じられる。人など所詮、その程度だと。

 その程度にしか感じないから、フランチェスカは人を殺せる。

 結局、人は死ぬのだ。どんな理由であれ、早いか遅いかの違いでしかない。善人か悪人かの違いではない。ちっぽけな存在なら、誰が死のうが構わない。大物ならともかく、この街を歩く人間を殺したところで、はたして何が変わるというのか。罪悪感などフランチェスカは毛頭もない。それが殺せる理由の一つである。

 その場に胡坐をかいて煙草に火をつける。持っていたリュックからスポッティングスコープを取り出して場所を確認。個人携帯無線機を取り出し、十字アンテナを接続。ヘッドセットも接続し、周波数を合わせてタカハシに通信を行う。

「聞こえるかー?」

『良好だ。ポイントは見えるか?』

「良く見える。ここの眺めはいい」

『気に入ったのならそれでいい、Mrs.アルバーニ。通信はそのままで』

「ああ」

 サングラスをしたまま、背負ってたバッグを下す。中から愛銃のブレイザーR93ライフルを取り出し、五倍から二十倍ズーム可変ライフルスコープを確認。サプレッサーを装着。338ラプア・マグナム弾を使用するが、今回は300グレインサブソニック弾を使う。フランチェスカ本人はあまり使いたくなかったが、減音にこだわった結果だ。

 マガジンを付け、ボルトを前後に動かして装填。バイポットを開き、うつ伏せになってライフルを構えた。スコープレンズに予定ポイントを合わせる。煙草はまだ吸い終わっていないが、地面に押し付けて火を消した。

「さっさと来いよ。暑いんだ」

 ボヤきながらも笑みを浮かべ、ゆっくりと獲物を待つことにした。


――――――――――――◇――――――――――――


 沙耶に動きがあり、クロウ1・2も離れた距離を保って移動していた。とはいえ、グローバルホークという空の目を持っている彼らにとっては例え見失っても問題はない。むしろ見えない位置で沙耶達の車を監視していた。

「にしても、予定表見ればお嬢様は働き者だな」

 車を停車させ、強希は沙耶のスケジュールが記載された資料に目をやる。

「この日で何件打ち合わせするつもりだ?」

「まだ二件目だ。あまり言うと先が辛い」

 智和が自動販売機で購入したコーラを飲み、スマートフォンでグローバルホークからの映像を見ながら言う。強希は資料を片づけ、ハンドルに体を預ける。

「まァ、こんだけ離れててもグローバルホークが飛んでるから楽だな。予備で持ってきたUAVは要らなかッたな」

 グローバルホークに異常が見られた場合、非常用として小型UAV各車両に積んできた。スマートフォンで操作できるよう琴美が調整をしており、場所さえあればすぐにでも飛ばすことができる。

「にしても、渋谷近くまでにお嬢様が足を運ぶなんて考られねェな」

「お前の偏見だろうに、それ。対象が二件目の場所に着いたぞ」

 スマートフォンには小さいながらも五台の車が映し出されている。二車線道路にある雑居ビル前に停車。運転席から降りたボディガードが後部座席のドアを開け、対象人物が降りてビルに向かう。

 その僅かな瞬間。対象が“倒れた”。ボディガードが寄り添っている。

「……あ?」

 様々な状況を経験してきた智和であったが、流石の彼でも画面先での状況を理解するには時間がかかった。

『本部よりクロウ1、2。“目標が撃たれて倒れた”』

 二台の車両に琴美から通信が入る。いつも冷静な琴美の声が、少しだけ慌てていた。

『繰り返す。“黒井沙耶が撃たれた。狙撃された!”』


――――――――――――◇――――――――――――


 何分待ったか。十何分かもしれない。夏の太陽が照りつけてくるものの、フランチェスカは微動だにせず目標の到着を待った。

『Mrs.アルバーニ』

 タカハシからの通信。

『依頼主からの作戦確認だ。回線を繋ぐ』

「チクショウ。インテリメガネめ」

『それと目標が向かっている。到着まで約五分』

「オーケー」

 こんな時に確認などしないでほしいと舌打ちしたが、することは前以て伝えられていた為に聞くしかない。

 タカハシが回線を繋ぎ、フランチェスカにもギブソンの通信が聞こえるようになった。他のメンバーも同じだろう。

『手短に確認します』

 作戦開始が近いとあって、ギブソンはあまり余裕を持たせずに話し始める。

『まずは変更点を。強襲担当であったレスリーとその配下は、タカハシの希望で監視の目として配置させていただきました。つきましては《蜂蜜フォンミィ》だけが強襲を担っていただきます。Mr.陳、よろしいですね?』

『問題ない。我々で充分だ』

『良い返事をありがとうございます。Mrs.アルバーニ』

「中東でも話し掛けてきたな。さっさと言え」

『目標ポイントCを完全通過。到達まで約二分十秒』

 タカハシの報告に耳を傾けながら、フランチェスカはギブソンの声に苛立ちながらも集中する。引き金に指を掛ける。

『実力は充分にわかっています。良い結果が出ることも』

「なら話し掛けんなよ」

『貴方はそんな感じで撃つでしょうに』

 ギブソンが苦笑する。陳が通信に割って入ってきた。

『はたして、本当にその距離で当てられるのか。些か疑問だな』

「ンだと中国人」

『ポイントBも完全通過』

 陳の言い方に思わず苛立ちを表してしまったが、タカハシの声で調子を戻すと深呼吸する。

「決定だ。終わったらテメェの頭ブチ抜いてやる」

『Mr.陳。彼女は最高の狙撃手スナイパーですよ。私が保証します』

『ポイントAの2。カウント三十』

 タカハシがカウントを始める。それ以降、邪魔な声がなくなったのはタカハシが通信を切ったからだろう。

 気配りがわかっている。後で何か奢ってやろうと、フランチェスカは心の中で感謝した。

 距離は約910メートル。秒速4メートルの横風。市街地での狙撃をしたことはあるが、ビルが立ち並ぶ都市部ではしたことはあまりない。

 故にフランチェスカは楽しんでいた。こんな場所で、堂々と銃を持ち込んで狙撃することなどないからだ。

 初めての地で、こんな遠距離狙撃をする。どんな死に様をレンズの先で見れるのかという、この嬉々とした感覚は言い表しようのない興奮を与えてくれる。

 タカハシのカウントが進む。目標を乗せた車が到着。運転手が降りて、後部座席の扉を開ける。黒の長髪。学校の制服を着た女性。目標の人物が降りて、ビルの入口へ歩く。

『撃て』

 合図とほぼ同時に、フランチェスカは引き金を引いていた。

 サブソニック弾だとしても338ラプア・マグアムの威力は凄まじい。撃ち慣れたフランチェスカは上手く反動を抑えている。地上100メートル以上の屋上から聞こえるかは疑問だが、サプレッサーを装着しても完全に消える訳ではない。

 放たれた銃弾は空気抵抗を受けながら山なりに、フランチェスカが思い描いていた通りの軌道で進む。

 吸い込まれるように、300グレイン弾頭が目標の頭部に着弾する。見事に頭半分を吹き飛ばした。頭蓋を粉々にし、血と肉と髪を周辺に撒き散らしながら、頭をなくした目標は倒れる。

“正に完璧な狙撃だ”。

「イェアッ!」

 花を咲かせるような狙撃。あまりにも綺麗だったので、フランチェスカは興奮を抑えきれずに叫んだ。

『命中。都市部で900メートル以上の狙撃。頭部を一発! Mrs.アルバーニ、素晴らしい腕前だ』

 いつも抑えているタカハシの口調が、この時ばかりは少しだけ興奮を含んでいた。

「そうだろう、タカハシ。アタシの腕は超一流だ。惚れさせるには充分だろう?」

『ああ。見事な一撃だ。一目惚れには強烈過ぎる』

「フフンッ」と上機嫌で起き上がり、煙草をくわえて火をつける。後は他のメンバーが仕事をするので、フランチェスカの仕事は終了だ。直後、いつもの調子に戻ったタカハシは回線を繋いだ。

『それでは《蜂蜜フォンミィ》の諸君、頼んだよ』


――――――――――――◇――――――――――――


 IMI司令室。予想もしていなかった事態に全員が驚きを隠せなかった。長谷川と琴美も含めて。

 いや、そもそも狙撃されると誰が予想できたのか。目標が狙撃されたのは渋谷区から新大塚周辺の路地。雑記ビルなどが立ち並ぶ二車線道路。いったい誰が、障害物の多いこの場所で狙うのだろうか。

 いったい誰が、こんな場所でも当てられるのだろうか。

 グローバルホークからの映像。狙撃を合図にするかのように、とある集団が接近。適度な距離を保ち、攻撃を開始した。二台はそのまま応戦。三台がその場から離脱した。

「――クロウ1、クロウ2」

 マイクを握る長谷川は感情を抑え、二つの部隊に指示を送る。

「目標は撃たれた。作戦内容を警護から監視へと変更」

『介入はするな、と?』

「本来の任務は失敗に終わった。私達にはどうすることもできない。更には、その敵戦力と思われる集団が攻撃を開始した。ビルから三台のベンツが離脱している。そのまま敵戦力把握を――」

「グローバルホーク、レーダーに反応あり!」

 グローバルを操縦している生徒からの報告。レーダーには、グローバルホークに急速接近してくる一つの反応。

「まずい……ミサイル反応! 回避行動取れません!」

 次の瞬間、巨大モニターの映像が砂嵐に変わる。つまり、それはグローバルホークに異常が発生したこと。

「グローバルホーク、反応なし……撃墜されました」

 グローバルホークが撃墜された。それも街中で、ミサイルを使った攻撃で。

 気まずそうにしている生徒を尻目に、長谷川は怒りに似た感情を抱いてマイクを強く握り、砂嵐しか映らないモニターを睨み付けていた。


――――――――――――◇――――――――――――


『タカハシ』

 ギブソンからの通信。タカハシは各モニターを見ながら、通信に耳を傾けた。

『IMIの空の目を潰しました。これで、制空権は我々の手に』

 得意気に話すギブソンにタカハシは少々あつかましさを感じたが、ギブソンのおかげで邪魔な物が消えたのは確かだ。素直に礼を言っておく。

「ありがとう。それにしても、問題はなかったのか?」

『無人機のことで?』

「それもだが、街の上空でミサイルを使ったことだ。いくら威力のない物を使用したとしてもミサイルはミサイルだ。後々、面倒になるんじゃないか?」

 彼らはIMIが無人機を飛ばしていたことを知っていた。タカハシが無人機破壊を提案し、ギブソンがその為の準備をおこなった。

 とはいえ、いくら企業の持ち物と言えど、他国の都心で、更にはミサイルを撃つなどという無謀策はできない。下手をすれば航空自衛隊の戦闘機が相手になる可能性もある。

『それについては、というより、無人機に関して心配は要りません。今回使用した無人機は中国の利剣をベースにした、バージョンアップキットを使用したものでして。実は、中国政府から直々に依頼されたキットを開発してテストして頂きたい、と。

 うちで開発したキットをテストという形で、他国上空飛行を中国政府から直々に許可を頂いています。――もちろん、日本上空において』

「成る程。無人機を持ち込めたのはそういう訳か。まぁ国絡みのことは関係ないから聞かないよ。とはいえ、ミサイルを使うのは勘弁して頂きたいね」

『実を言うと私もですよ。私は使う側ではなく売る側なので、こういったことは慣れていない』

「武力行使に慣れた商人がいてたまるか」

 とはいえ、障害を排除できたことには違いない。IMIの目を潰しただけで相当の価値がある。

 目を潰したところで、タカハシはハッキングした街の監視カメラの映像を見る。

 ビルに車二台残り、数名が強襲した《蜂蜜フォンミィ》と交戦。離脱した三台はそれぞれ別れて逃走している。

「ギブソン。無人機にカメラは?」

『ついています』

「無人機飛行時間は?」

『後数分で離脱させなければいけません』

「かまわない。カメラ映像をこっちに繋げるか?」

『わかりました』

 何かがおかしいと異変を感じたタカハシは、即座に行動を開始した。


――――――――――――◇――――――――――――


「撃墜されただァ?」

 状況報告は長谷川の通信によってクロウ1、クロウ2に伝えられた。内容を聞いた強希は呆れた様子だ。

 智和はスマートフォンを眺める。グローバルホーク撃墜の為に通信が途絶され、監視カメラ映像は映らない。

 ララの表情が変わり、智和の後ろからスマートフォンを覗き込む。隣のイリナは困惑した様子でじっとしていた。

『現在、確認作業と同時に《諜報保安部》への協力要請をしている』

「先日の事件がまだ影響してる。当てにならないわ」

 ララの言う通り、《諜報保安部》は民間軍事企業アックスによる事件の影響がまだ残っている為、動かない可能性が高い。

 だからと言って、他の部隊に要請したところでもう遅い。

「なぁ、長谷川」

 智和はララからマイクを取り上げ、スマートフォンから顔を上げた。

「どうして三台は離脱した?」

 報告を受けた時から気になっていた。

 沙耶が撃たれ、見計らったかのように強襲された。一番効果的な、混乱に乗じた最適なタイミングで。

 それなのにボディガード達は警護対象が撃たれたにも関わらず、混乱せずに反撃へと転じた。三台は混乱したのか離脱したものの、二台は残り、七名もの人数で応戦していることを確認。そこでグローバルホークは撃墜された。

 何故残った。

「二台が残る必要はない。死体を乗せて一目散に逃げれば良かった。三台が正しい選択をしたんだ」

『……つまり、三台は混乱した故の離脱ではなく、選択した故の離脱だと』

「ボディガードの人数が多くなっている。武装して徹底抗戦している。三台は離脱。二台はその“足止めでわざと残った”」

『それは何故か……成る程』

 複数の予想を立てていくと、一つの可能性に辿り着く。

「離脱した一台に黒井沙耶がいる。まだ死んでいない」

 撃たれた黒井沙耶は囮。本物の黒井沙耶は車内にいて、危機を察知して離脱した。

『だが、可能性の話だろう。確証はない』

 冷たい長谷川の言葉だが、まさしくその通りだ。今までの意見は全て智和の推測でしかない。

 もしかすれば、撃たれたのが沙耶本人かもしれない。残って応戦している者達は気が動転したか、一時の感情でそうしているだけかもしれない。三台の各運転手は、恐怖で離脱しただけかもしれない。

 推測でしかない。しかし、それら全ても推測の域から出れないのだ。結局、智和達の立場では真実を見つけられない。

「可能性の話だ。確かめる価値はある」

『その価値と、お前達の命の価値は対等か?』

「釣り合うどころか、あちらに天秤が傾く程に」

 もし、まだ間に合うのなら。推測を推測だと終わらせない為にも。溜め息を漏らして終わらせたくはない。

 常に考え抜いて行動してきた。先日の一件も、智和達は最良の選択をしたつもりだ。それで彩夏が死んだ。千夏が精神不安定になった。“悲しみはする。だが悲しみ続けない為に、後悔しない為に行動した”。それ故の結果だから、前を見ていられる。

 だから行動する。行動するべきだと提言する。今しなければならないと、智和は無言で訴え続ける。

『…………はぁ』

 数秒の沈黙を経て、スピーカーからは長谷川の呆れた溜め息が聞こえた。

『そこまで言われてしまえば、私はお前達を信じるしかない』

「感謝する」

『予備の無人機は出せない。状況確認はそっちで行え。UAVを使ってもかまわない。《戦闘展開部隊》の出動要請は要るか?』

「やめた方がいい。白昼堂々と襲ってくる奴らだ。標的は絞らせて、少ない方がいい」

『お前らしいな』

 相変わらずのことではあるが、長谷川は部隊に絶対の信頼を寄せている。故に止めはしない。

『クロウ1、クロウ2。作戦続行をせよ』

「了解」

『了解』

「これより作戦変更。部隊内の通信は車両搭載無線機ではなく、個人用の小型無線機で行う。チャンネルは打ち合わせ通りだ。また、戦闘になる可能性が多いにある。各自、戦闘準備。安全装置は解除しろ」

 用意していた個人用の小型無線機の電源を入れ、チャンネルを合わせてヘッドセットを装着。そして銃撃戦が予想される為、ボディアーマーの上にタクティカルベストを着た。

「新一」

『なンすか?』

「UAVを持って俺に着いてこい。三台を見つけるぞ」

『了解。それじゃ瑠奈さん、ちょっと手伝って。あ、恵姐さんは班長だから居残りッスね』

「聞いたなララ、着いてこい。各車両は待機」

 智和とララは車を降り、後ろのドアを開ける。大きなコンテナボックスを二人で持つ。新一と瑠奈も同じようにしており、二組は近くで一番高いビルに入った。

 受付嬢はいきなり入ってきた子供四人を見て怪訝な表情をする。とりあえず対応しようとした矢先、智和が先に口を出した。

「日本IMIです。訳あって屋上を借りたい」

 同時に学生証を提示。IMIと聞いた受付嬢は困惑を隠せず、近くを通り掛かった警備員に助けを求めた。

 警備員も同じような表情をしたので、智和はもう一度名乗って用件を伝える。

「管理者に聞いてみなければ……」

 確かに警備員の言い分は正しい。だが智和は退くことはせず、時間が惜しいので押し急ぐことにした。

「この機会を逃せば多大な被害が出る。その時、協力を受け入れなかったこのビルの評判は右肩下がりでしょう。死者を出していながらも協力要請を受けなかったこの管理者へ批判が相次ぐ。

 インターネットが普及した今の時代は恐い。簡単に路頭に迷うことになる。“そうなりたくなければエレベーターの場所を教えろ”」

 最後の一言を“脅迫”だと受け取った警備員だが、智和の言葉を見過ごせる訳がない。なんとか決まった安月給の仕事を、今更辞めさせられる訳にはいかない。

「……そこの通路を右に曲がってすぐに」

「協力感謝します。IMIと警察に連絡してもかまいません。後程、IMIから謝礼を送らせます」

 学生証を片付け、四人は通路を右に曲がってエレベーターに乗る。

「智和さん相変わらずキツイッスねー」

「時間が惜しい。本当なら無視していきたい」

「暴力的な貴方がわざわざ学生証持ち歩く意味がよくわかったわ。トラブル回避の為なんて流石ね。賢い選択よ」

「ララちゃん、それ誉め言葉になってるかな~?」

「なってないッスよ。まぁ、智和さんってこんな感じッスよね」

「煩いぞ。お前も、後で恵に殴られても知らないからな」

 緊張感があるのかないのか微妙な中、エレベーターを降りて階段を使い屋上へと出る。

「長谷川。三台はどの方向に向かった?」

『渋谷方面に二台、大塚方面へ一台』

 ケースを下ろし、中から取り出したのは飛行機型の小型UAV。小型と言えど全長は50センチ以上、翼長30センチ以上の大きさだ。

 合計で二機のUAVを取り出し、一緒に入っていたノートパソコンを開いて起動する。専用のプログラムを開けば、前方に備え付けた視界カメラ映像に切り替わって操縦可能となる。

 操縦方法は至って簡単。ゲーム機のコントローラだ。

「本当にゲーム感覚ね、これ」

「ホントだよね~」

「覚えやすい道具でしょ? それに簡単。複雑な操作もない。まぁ、操縦事態が慣れるまで難しいッスけど」

 ララと瑠奈がコントローラを握る。智和と新一がUAVを構え、助走をつけてから投げ飛ばす。その勢いのままUAVは一段と高く飛んでいき、すぐに小さな点となった。

 小型UAVにも監視カメラが搭載されている。グローバルホークに搭載されているカメラ程に高機能で画質は良くないが、そんな文句は言ってられない。ケースに入っていたスマートフォンを起動して、カメラ映像に切り替えて車を探す。

 小型UAV、ノートパソコンやスマートフォンの設定やプログラムは、全て琴美が準備してくれていたものだ。彼女が手を加えていなければ今の行動はできず、そもそも、始めの段階でお手上げ状態だった。

 UAVを飛ばしてすぐ、三台を見つけることができた。

「見つけたッス」

「けど本命がわからないわ」

『それについてだ』

 長谷川からの通信。

『《諜報保安部》の生徒が協力してくれた。グローバルホークからの映像を元に、使用している車両を特定してハッキングしている。とはいえ限界がある。車両操作まではできない』

「判別はできるか?」

『GPS機能を利用してこちらでも確認できるようにはした。そのうち二台は離脱しているようで、実はあまり進んでいない。そして一台は狭い路地を通り、やはり離脱した』

「ということは、それが本命だな。二台はやはり足止めだ。時間稼ぎでわざと目立っている」

『こちらで位置を報告する。クロウ1、クロウ2は速やかに追跡を再開。あと、《戦闘展開部隊》を編成して出撃させることを決定した。足止めしているボディガード達を救出しなければならない』

「また騒がしくなるぞ」

『気にする必要はないと言った筈だ。お前達はお前達のことを考えろ』

「了解」

 車両の位置を伝えてもらい、UAVを戻して素早く片付ける。エレベーターで降り、何事もなかったかのようにロビーを出て車に乗り込む。

 二台は移動を開始。迷惑を考えずに車を追い越し、逃げ続ける車両を追い掛けた。


――――――――――――◇――――――――――――


 一台のメルセデス・ベンツは大通りからすぐ路地へと入り、人目を避けるように進んでいた。

 その一台にこそ、黒井沙耶が乗っていた。運転席には千香もいる。

 こうなった状況に備えての四台は足止め。沙耶を乗せた車が安全な場所に到着するまでの時間稼ぎ。

 沙耶が命じたことではなく、そもそも彼女自身知らない。ボディガード全員が望み、覚悟した故の作戦だ。

「千香」

 後部座席で頭を低くしていた沙耶は、わかりきっていたことを聞いた。

「広永さんは、死んだの?」

 広永とは、囮役となった女性ボディガードのことだ。背丈や体型が沙耶と似ており、自ら志願して囮の役目を果たした。同じ制服を着て、カツラをつけ、敵の目に映る場所を堂々と歩いた。

 撃たれたのは、広永だ。

 少し離れた場所にいた為に沙耶は直接見ていない。だが千香の無線のやり取りを聞く限り、そうなってしまったのだとわかってしまった。

 それなのに、未だ実感がわかない。死をまだ直視していない故に、沙耶はそんなことを聞いてしまった。

「撃たれたのは確実です。油断していました」

 千香にとっても信じられない出来事である。襲撃されることは予想しており、狙撃されることも想定していた。しかし、実際には想定外でノーマークに近い場所で狙撃された。

 これでは何もかもが台無しになった。油断をしていたのではない。あんな無茶苦茶な狙撃をできる人物を用意してきたなど、用心していてもわかる訳がない。

 再び路地裏から大通りへと出て左に曲がるが、直後に急ブレーキを掛けた。

 反対斜線を走る大型トラックが突如横転し、道が封鎖されてしまった。幸いにも衝突することはなかったが、これでは進むことができない。

 偶然の事故ではなく、これも敵の作戦だと判断した千香は来た道を戻ろうとする。

 しかし、車体に衝撃が与えられて揺れた。何かが炸裂したかのような衝撃と風圧。窓ガラスにヒビが生じ、沙耶の悲鳴が上がる。

「お嬢様!」

 振り向いて千香が叫ぶ。どうやら沙耶に怪我はない。

「平気よ。驚いただけ……」

 なんともないことに千香は安堵し、すぐさま状況を把握する。タッチパネルには車体の損傷具合が表示されており、右の前輪と後輪に異常が出ていた。

 メルセデス・ベンツは軽装甲仕様。7.62mm弾まで耐えられる防弾車。だが、車体が防弾というだけで防爆の機能は一部分しかない。例えば、車体の下などはなにもない。

 おそらく、車を停めた隙を突かれて手榴弾か何かの爆発物を投げられた。爆発でタイヤか関係する部位がやられてしまった。

 なんとか走行できないか模索する。その考えを邪魔するように、今度は連続して車体に衝撃が与えられる。

 離れた位置で車が停車しており、十数人もの男達がアサルトライフルを持ってこちらを撃ってきているのだ。

「くそ……!」

 7.62mm防弾仕様と言えど、徹甲弾や12.7mmを使われれば車体は紙同然である。避難する際の走行能力を考慮して軽装甲にしたのが間違いで、重装甲にするべきだったと千香は後悔して舌打ちする。

「千香……」

 後部座席で頭を下げ、不安そうに見る沙耶。大切な人を守る為に自分がいるのだと思い出した千香は、微笑んで口を開く。

「ご安心を。祐一様の御自宅に待機している応援を呼びます。その間、そうやって頭を下げていてください。お嬢様を必ず守ります」

 運転席から後部座席に移動し、椅子を倒して荷台からケースを引っ張り出す。中には光学機器を装備したMP7と替えマガジンが入っている。

 応援を呼び、銃とマガジンを持って車外へ。訓練通りタイヤの後ろに隠れ、少しでも時間を稼ぐ為に引き金を引いた。


――――――――――――◇――――――――――――


『クロウ1、クロウ2へ』

 長谷川から部隊への通信。

『目標の位置を特定。データを送信した。また、周辺の監視カメラ映像から戦闘になっている模様。ただちに急行せよ』

「了解。頼むぞ、強希」

「任せろ。飛ばすぞ加藤。しっかり着いてこい」

『はい!』

 加藤の力強い返事を聞いて安心した強希はスピードを上げる。実戦での運転経験がなかろうが、加藤は必死に先輩の後を追い掛けた。

「お嬢様、何でこの道行ったのかしら?」

 後ろでララが呟く。

「目立たないようできるだけ遠回りして、高速に乗るつもりだったかもしれない。もしくは自衛隊基地へ。最悪、IMIに」

「IMIはわからないけど自衛隊基地、ね。確かに敵も手出しはできないでしょう。打ち合わせの予定も入っているのだから」

 強希の中では近道として捉えている狭い路地を進んでいく。また長谷川から通信が入る。

『クロウ1、クロウ2。前方に障害がある。乗用車が二台。武装四人。大通りは大型トラックが横転して通行できず、目標が動けない』

「了解。強希、乗用車を吹き飛ばして目標の壁になれ」

「了解」

「聞いただろう、新一。出番だ」

『了解ッス』

 クロウ2。車の天井を開けてそこに新一は座るように出ると、Mk14 EBRバトルライフルの安全装置を解除する。市街戦で部隊行動する時は常にこの銃を選ぶ。

「揺らさないでくださいよ。ぼっちさん」

「振り落とすわよ!」

 加藤に怒鳴られながらも新一は笑って気にしない。

 しかし、ライフルを構えた瞬間に目が変わる。雑音が消え、風圧の感覚が消える。あるのは引き金に掛かる人差し指の感覚。スコープのレンズに見える人間を、どうやって狙えば殺せるかを一瞬で理解する。

 瞳は空虚になる。憎悪はない。悲哀はない。歓喜はない。ただ、空虚である。瞳は死なない。“虫のような目になる”。

「完了」

『撃て』

 智和の命令で引き金を絞る。7.62mm弾が男の腰を撃ち抜く。周囲が気付く前に同じように撃つ。頭は狙わない。時速100km近い車に乗りながらそんな馬鹿はしない。――それでも当てるなど、それだけでも異常なのだが。

『完了ッス』

 外すことなく、四人の男を撃った新一が車内に戻ったことを確認した智和は告げる。

「戦闘準備。目標右側。二時から五時の方向」

『大雑把』

「それだけ多いってことだ」

 恵のボヤきに返答しながら、智和も開けた天井から上半身を出す。イリナが軽機関銃を持って同じように体を出した。

「イリナ、訓練を思い出しなさい」

「は、はい!」

 ララに勇気づけられ、イリナは安全装置を解除した。

「加藤。ぶつけんなよ」

『そんなのわかってます!』

「必死だな、おい」

『先輩が速いんですから!』

「はいはい」

『敵部隊の射線介入まであと50メートル』

 琴美が縮む距離を読み上げる度、全員の緊張が高まっていく。その高まりは中期生達にとって、初めて感じたに等しい緊張だ。

 その緊張。その経験。“決して許されてはならない殺しへの歩み”。既に龍とベンは自らの手でそうしたことがある。それでも、この高鳴りは心臓に響く。

 あと20メートルをきった。全速力で先頭を走るクロウ1のランドクルーザーが、壁代わりの乗用車を軽々と弾き飛ばして道を作る。

「ブレーキ!」

 強希は合図を叫び、通信を聞いたままの加藤は反応して急ブレーキを掛ける。

 強希は急ブレーキを掛けながらも車体を無駄に揺らすことなく、沙耶と千香の壁になるよう狙った通りに停めた。対して加藤は少し揺れ、クロウ1の車体を少しだけ小突く結果に。

『戦闘開始』

「戦闘開始!」

 その時は来た。

 長谷川の指示を智和が伝えた直後、二台のランドクルーザーから猛烈な鉛玉の雨を敵へと降らしていく。

 敵の数は数十人へと増えていた。乗用車やミニバンが壁にされ、道路が封鎖されている。それでもお構い無しに引き金を絞り続ける。

「銃撃を絶やすな。顔を出させるな!」

「イリナ、遠慮なく撃ち込みなさい!」

「りょ、了解!」

 響く銃声に負けじと声を張り上げる。無線機をヘッドセットにしておいて良かったと、智和達は少しだけ安堵した。これでは耳が聞こえなくなる。

 絶え間なく銃撃を浴びせ続ける。一番重要なのはイリナだ。彼女は唯一、軽機関銃を持っていた。弾幕射撃を行えるのは彼女だけである。

 故に、イリナには働いてもらわなければならない。働いてもらわなければ数で劣るこちらが不利なのだ。ララが隣で細かい指示を出しながら、イリナは必死に狙う。

 弾幕射撃を浴びせ、敵の動きを完璧に封じ込める。

 その時、新一は車から降りていた。タイヤに身を隠し、反対側のタイヤと直線になるように体を寝かせる。自分の体をいかに障害物で守るかの手段の一つだ。

 ライフルを車体の下から構え、スコープを覗く。敵は車に身を隠しているが、完璧に隠れているわけではない。それこそ車体の下から足などが見えてしまっていた。

 距離は近いが問題ない。連続で引き金を絞れば、足を撃たれた無能な敵が傷口を押さえながら転がり回る。そこを更に撃つ。

 弾幕射撃の間、新一の的確な射撃が効果的に働く。こういった都市戦闘において、新一の能力はとても役に立つのだ。

 突如現れた救援に、沙耶と千香は目を丸くしていた。要請していたものではなく、まさか拒否していたIMIが真っ先に駆けつけてくるなど予想していなかった。

 指示を伝えた智和は車を降りて、体勢を低くして二人のいる車に回り込んだ。

「黒井沙耶は?」

「車内に」

「今すぐここを離れ、IMIへと行く」

 一度は拒否をした取引相手。だが現状は、二人にはどうすることもできないところまできてしまっていた。

 悩む暇はない。「わかった」と答えた千香は後部座席のドアを開けた。

「お嬢様。彼らと移動を共にしてIMIへと避難します。私の傍を離れないように」

「他の方々はどうなるの?」

 そんなことを気にする暇はないと思った智和だが、苛立つこともなく淡々と答えた。

「IMIの別部隊を編成して出撃させる。足止めとして残っているボディガードには、もう少し辛抱してもらう」

 沙耶を降ろし、智和はタイミングを見計らってライフルを構えて引き金を絞る。

「行け!」

 智和の援護射撃。千香は沙耶の頭を低くさせながら素早く移動。ララが手を伸ばして二人を後部座席に乗せた。撃ちながら智和も車に戻り、助手席に乗って通信をする。新一も戻っている。

「クロウ1より司令室。目標を保護した。これよりIMIへ帰還する」

『了解。すぐに離脱しろ』

「飛ばせ強希。“ぶっ飛ばせ”」

「着いてこいよ加藤!」

『は、はい!』

 指示を受けた強希はハンドルを切って、あろうことか敵の方へと向かった。アクセルを踏み込み、一番脆い箇所を見つけてそこから脱出。加藤も後を追い、二台はその場から離脱した。


――――――――――――◇――――――――――――


 遅かった。タカハシは舌打ちして、苛立ちを隠さずにモニターの映像を見ていた。

 ギブソンが飛ばした無人航空機の回線を繋ぎ直し、数分間の時間制限で離脱した三台を追っていた。二台はすぐに見つけられたが、残り一台をすぐには見付けられなかった。

 発見し、急いで《蜂蜜フォンミィ》の攻撃部隊を向かわせた。間に合ったのは、テルフォードの監視部隊のおかげでもあり、使用するルートは大体絞り込めた。

 だが、それでも黒井沙耶を殺害するまでにはいかなかった。発見するのが遅かった自分に対する苛立ちもあるが、なにより《蜂蜜フォンミィ》のやり方も気に食わない。

 警察と繋がってある程度の自由が利くとはいえ、これ程までに騒ぎを大きくしてしまえば限界が生じてしまうのは明白だ。彼らはそれがわかっていない。

 もっとも、IMIに追い付かれ、逃げられた時点で負けたことには代わりない。試合にも勝負にも負けた。無線機のマイクに手を伸ばす。

「こちらタカハシ。IMIが介入し、目標を保護して離脱した。もう戦うことは無意味だ。離脱せよ」

『離脱だと? ふざけるな』

 案の定、陳が怒りを表しながら答えた。

『たった数人のガキ共だぞ。ここまで来て、引き下がれと言うのか』

「そのガキ共にやられた訳だろうに」

『黙れ。部下を殺され、みすみす逃がせだと? 屈辱以外の何物でもない!』

 ここまできてまだ戦局が見えていないことに、タカハシは呆れを通り越して哀れに思えた。

「じゃあ勝手に戦って勝手に死ね。馬鹿が」

 通信を切って、後悔した。思わず罵倒しただけで、他の者達に指示を与えていない。

 溜め息を漏らし、とりあえず煙草を吸うことにした。

 半分ほど吸ったところでフランチェスカが戻ってきた。

「いい返答だったな。あのクソジジイはさぞ頭に血を上らせただろ。おかげで他の人間に指示忘れてるぞ」

 入ってくるなりそんなことを言うのだから、タカハシは苦笑する。なにも反論できないのだから仕方がない。

 煙草をくわえながらスマートフォンを操作して、まずはギブソンに電話をかける。

「全員、離脱させる。IMIが出てきた以上、作戦を練り直さなければならない」

『致し方ないですね。目標がIMIにあるということは、もはや私達にはどうすることもできない』

「こっちで全員下がらせる。処分次第また連絡する」

『お願いします。貴方とフランチェスカもお早めに』

 次にテルフォードへ電話をかけた。

「監視はもういい。離脱させろ。意味はなくなった」

『そのようだが、数は少ないが《蜂蜜フォンミィ》は追撃に向かったぞ』

「死にたい奴らは死ねばいい」

『同意件だが、死なれては困ることもあるだろう。目標の襲撃事件の犯人が死体になって出てきたとなれば、もはや言い訳は通じない』

「そんな馬鹿はしないと思いたい。ここに掃除係を呼んでほしい」

『既に向かわせた』

「わかった」

 数分して、私服姿の外国人数人が部屋に入ってきた。手慣れた手つきで配線コードやモニター、無線機、地図など全てを片付けていく。

 あっという間に拠点となっていた部屋は藻抜けの空となり、貸し部屋のような状態へと変わってしまった。

「ボロ負けだな」

 バイクに跨がるタカハシの後ろにフランチェスカが乗り、ヘルメットを被って言う。

「ああ。途中までは良かったんだがね」

 残念そうに呟いたタカハシはバイクを走らせる。二人はその場から離脱して《ロウヤード社》へと向かった。


――――――――――――◇――――――――――――


 沙耶と千香を保護したクロウ1、クロウ2は現場から離脱してIMIへと向かっていた。

「高速を使う」

「街中行った方が良くないか?」

「目標の車が破壊されていた。爆発物を街中で使われてみろ」

「どっちにしろ面倒だよ。一方通行だし」

 渋々と強希は加藤に無線で連絡し、首都高速道路へと向かう。

 このまま街中を使っても良かったが、大型トラックを壁代わりに使うような連中だ。そもそも周囲に民間人がいる時点で不利である。高速道路を使っても不利に代わりないが、こちらの方がまだ周囲の状況を把握できる。

 民間人が巻き添えになっても仕方ないと割り切るしかない。

 要は敵が襲って来なければいい。

 そもそも、絶好のタイミングで武力介入をし、圧倒的な実力を見せつけた。すぐに動けるような傷でもない。無理に襲う必要性があるならば話は別だが、戦力のわからない相手には深追いをしないのが当然である。

 ――それだけの状況判断能力があるか、頭に血が上っていなければ、の話ではあるが。

 高速道路を使い、IMI方向へと走る。今のところ追っ手は来ない。

「ねぇ智和。追ってくると思う?」

 後ろでララが聞いてきた。正直に話す。

「馬鹿でなければ深追いはしないかと思う。こっちの無人航空機を撃墜した奴らだが、都市上空でミサイルを撃つなんて馬鹿げてる。ミサイルを撃てるなら、目標に撃てば良かったんだ」

「でも撃たなかった」

「少なくとも、目標達成後のことも考えてる奴なのは間違いない。それなら今は無理に追ってこない」

 沙耶を殺害して目標達成とするなら、手段を選ばず殺害すれば良い。所在を突き止めて、車を突っ込ませて爆破させれば済む話なのだ。それこそ、ミサイルを撃てば良かった。

 だがミサイルを撃たなかった。目標殺害とはいえ、ミサイルを撃つリスクを考えられる相手なのだ。住宅街へのミサイル攻撃は立派なテロ行為だと理解している。

 IMIのグローバルホーク撃墜でしか使えなかった。領空侵犯ではあるが、人的被害は少なく――破壊された部品による落下事故はあるだろうが――、根回しによってはその場を乗り切れる。

 無人航空機を使えるのに、あえて使わないような相手だ。おそらく、沙耶の競合企業であることは間違いない。故に相手は軍事企業だ。

 ならば、ここは退いてくれると思いたい。いや、退く筈なのだ。軍事企業と言えど一企業に代わりなく、野蛮ながらも“常識”がある。襲うなら準備を整えてからだとわかる筈。余程、政府やら何やらまで根回ししている大企業や狂人、馬鹿でなければ。

「グローバルホークを撃墜したってことは、それだけ用意周到な連中」

「もしくはただの馬鹿ってことね」

「そうなる」

『智和』

 恵からの通信。

『後方から三台、猛スピードで接近してくる。白のワゴン車二台に黒のセダン』

「追っ手か?」

『判断は出来ない。あんな連中だから威嚇なんて意味はないから、仕留める必要がある』

「来てほしくない輩が来たな。チクショウ」

 珍しく舌打ちして苛立ちを表した智和はマガジンの弾数を確認。それを見たララも溜め息を漏らして確認。イリナは急いでマガジンボックスを交換する。

「クロウ1より司令部。敵の追っ手と思わしき車両を確認。戦闘許可を」

『司令部よりクロウ1。確かか?』

「可能性が高い。威嚇は意味がない」

『了解。戦闘を許可する。既に首都高速道路の通行禁止を促しているが、走行中の車両はどうにもならない』

「了解。クロウ2へ。発砲許可。及び戦闘準備。弾数を確認せよ」

『了解』

 智和の命令を聞いた強希は「ああ、クソ」とボヤき、舌打ちすると加藤と通信を始めた。

「聞いたな加藤。走りながらドンパチする。正直、お前をサポートする余裕はほとんどねェ」

『マジですか』

「マジだよ」

 無線の先で、加藤が溜め息を漏らしているのが容易に想像できた。

 強希とてあまり無理はさせたくなかった。そもそも加藤はまだIMI指定の運転免許証を持っていない。試験さえしていない。つまり、正式な運転手ではないのだ。

 今回の任務において、運転許可の書類や根回しなどをしているとはいえ、加藤の技術は未熟である。それでも適性はあり、度胸の強さを見込んで強希は推薦し、自らを抜擢した。

 運転の練習に使用したのはセダンだ。SUVなんて半日運転しただけである。不安どころの問題ではなく、無謀に近い。

「必死に着いてこい」

 こんなことしか言えない。誰にも頼ることはできないのだ。

「やれるか?」

『“やります。できます”』

 それでも加藤は断言する。期待に応えることもそうだが、加藤は負けず嫌いで、車が好きだ。そうでなければ力が要り、オイルに汚れる輜重科にはいない。所属しようとも思わない。

「了解だ」

 頼りになる後輩の力強い返事に、強希は笑みを浮かべた。

 クロウ1・クロウ2の車両に近付いてくる車両に、充分に引き付けてから攻撃するタイミングを見計らって待つ。

 戦闘許可は既に出されているので、自己判断で攻撃してもかまわない。周囲には一般車両が走行しているが、かまっている余裕はなかった。

 黒のセダンが強引に車を追い越し、速度を落とすことなくクロウ2の車両へと接近してきた。“危険あり”と判断するには充分だ。

「撃て」

 恵の短い命令。窓からは恵と瑠奈が、新一と龍とベンは天上から身を乗り出し、惜しむことなくセダンに銃弾を浴びせた。

 銃弾は容易くフロントガラスを粉砕し、運転手もろとも乗っていた人間を撃ち抜いた。ボンネットを貫いてエンジンを破壊し、タイヤをパンクさせると、セダンは左右に振れ、ガードレールに突っ込んだ。

 突然の銃撃と車両大破に一般車両は混乱していた。ある車はその場で停車、またある車は猛スピードでその場から離れていく。どのみち、少しでもいなくなるのはありがたかった。

「一台撃破」

「今のは斥候だね~。次から本番かな~」

「だろうね」

 恵と瑠奈のやり取りのように状況が変わった。一台大破させられ、離れた位置にいたワゴン車二台が速度を上げて接近してくる。

 案の定、窓から男達が身を乗り出して銃を構えた。“当たり”だ。

「戦闘開始!」

 智和の命令の直後、クロウ1からも攻撃が行われた。相手に撃たせまいとイリナによる弾幕射撃を行い、残りが的確に撃つ。

 あっという間にワゴン車二台は蜂の巣にされ、互いに激突してセダンと同じように大破した。

 智和は撃破を確認すると車内へ体を戻した。ララとイリナは天井から身を出し、引き続き周囲の警戒を行う。

「斥候の数が多い。相手は人数に余裕があるぞ」

「チラッと見たがアジア人のつらだったな。日本人か?」

「最近の暴力団にしちゃ騒がしい。セナの件もあって、派手な行動はできないだろう」

 相手が暴力団関係だとは思えなかった。そもそも、都心にはIMIがいる。そればかりか警視庁も目を光らせて監視しているのだ。あまり派手な動きは出来ない。

 そもそも、以前にセナが暴力団を二組ほどを壊滅させ、海外マフィアの支部一つを殲滅してしまったばかりだ。いくら少人数しかいない弱小組織と言えど、各暴力団は都心の動きに敏感になっている。

 となれば、考えられる予想もある程度は絞られる。

「海外マフィアか、民間軍事企業か。軍事企業が雇った可能性も考えられる」

「まァた民間軍事企業かよ。洒落にならねェ」

 強希がボヤくのも無理はない。全員が溜め息を漏らしたくなる展開になりつつあるのだ。

 無人航空機を出した時点で、それ相応の相手なのは判断できる。それに雇われた傭兵と考えれば合点もできる。それにしては強引過ぎるのだが、今は深くまで考える余裕はない。

『後方から三台を確認。距離は200メートルを切ってる』

 恵の通信により思考を一端切り替える。マガジンを交換する。

『一台がハンヴィーで来た。速いよ。M2重機関銃武装を確認』

「撃たせるな新一」

『わかってるッスよ』

「左から新手が来てるわよ智和!」

 ララの声に智和は振り向く。乗降口から車両が飛び出してきた。いち早く、イリナが車外に構えている人物を見て叫んだ。

「す、“SMAWロケットランチャーっ”!」

 警告を聞いた直後、強希は反射的に急ブレーキを掛けた。突然のことで対ショック姿勢を取れず、智和や沙耶や千香は車内で揺らされる。ララやイリナは天井にしがみつくように衝撃に耐えた。

 速度を殺したクロウ1の車両は、乗降口から現れた車両の後ろへ。車両の天井からは男が身を乗り出し、SMAWロケットランチャーを右に――まさしく出会い頭のタイミングを狙い、発射。

 HEAA(対戦車)弾は本来いた筈のクロウ1の車両ではなく、ガードレールに直撃して爆発。爆風で車両が揺さぶられ、破片が直撃して所々凹み、ライトが割れた。

「クソッタレ! ロケット弾ブチ込みやがったぞアイツら!?」

「ララ、次弾撃たせるな。イリナは続いてきた二台に弾幕射撃。援護させるな。一発も撃たせるな!」

 智和の指示を聞く前に、ララはSMAWロケットランチャーの射手に狙いを定めていた。放たれた銃弾は迷いなく、吸い込まれるように射手の胸、首、顔を撃ち抜いた。

 そのまま車両を撃つが、装甲でもつけているのか止まる気配はない。マガジンを交換するが、通常弾ではなく徹甲弾のマガジンを交換して再び撃つ。すると先程とは嘘のように銃弾が貫通する。

 銃弾は車体や人を関係なく貫き、車内を血で真っ赤に染め上げた。コントロールを失った車両はガードレールに衝突し、そのまま動かなくなった。

 クロウ1が乗降口から現れた車両数台と撃ち合っている中、クロウ2は後ろからやってくる三台の車両と交戦していた。

 一台がM2重機関銃を備えたハンヴィー。二台がセダンだ。

「ちょっと退けてくれッス」

 装甲仕様に改造されているとはいえ、12.7mm弾はさすがにまずい。新一は龍とベンを座らせ、天井に出た。

 上半身を天井に寝そべるようにし、ストックを掴みしっかり固定させてライフルを構える。

 まだ撃たれていないのはカーブと障害物によるおかげだ。直線になれば容赦なく撃たれる。しかし、言い換えれば撃たれるタイミングを見計らうのは容易い。位置だけを把握すれば良かった。距離はもう150メートルもない。風も心配はなかった。

 クロウ2の車両がカーブを曲がり、敵車両も曲がりきった。障害物はなにもない。

 先に撃ったのは新一だった。

 タイミングと位置は完璧。スコープに男の頭を捉えた瞬間、迷うことなく引き金を絞った。完璧を求めて自作した精巧なライフル弾は、男の頭蓋と脳髄を掻き回し、後頭部を吹き飛ばして血肉を撒き散らした。

 死体も引き金を引いていたが、数発発射された12.7mm弾はあらぬ所に飛んでいき、クロウ2の車両は無傷だった。

「射手を排除」

 M2重機関銃を使わせない為、新一はそのまま構え続ける。その間、恵達は二台のセダンに銃撃を浴びせた。

 新一は落ち着いたまま、今度は運転手に狙いをつけて撃つ。貫通したフロントガラスは全面にひび割れ、運転手の頭を吹き飛ばした際に窓が赤く染まった。

 冷静に、的確に。新一は銃弾を撃ち込んでいく。これが新一のスタイルで、狙撃手スナイパーの本質だ。レンズに写る死体に感情を抱かず、純粋な殺意を持って死を生産する。

 運転手を失ったハンヴィーは蛇行し、ガードレールにぶつかりながらそのまま停止した。

 セダン二台にも激しい銃撃が浴びせられており、クロウ2の車両には簡単に近づけるものではない。

 だが、次の乗降口から昇ってきた大型ピックアップトラックに意表を突かれ、真横から押されるように接触された。

 窓から身を乗り出していた恵と龍は車内に避難して無事だったが、気付くのが遅れた新一はバランスを崩した。瑠奈とベンが足を引っ張って車内に戻した為、危うく放り出されるところだった。

「“取り憑かれる”な!」

「わかってますっ!」

 恵の怒号に対抗するように加藤も叫ぶ。ガードレールに挟まれる前に急ブレーキを掛け、ピックアップトラックの後ろへ回る。

 ピックアップトラックの荷台は厚い鉄板で壁と、一部に天井を作っていた。後部部分に覗き穴がある。足回りやエンジン、排気系統、サスペンションなど全てが改造されていて桁違いの馬力と走行機能を持っていた。

 とりあえず難は逃れたが、ピックアップトラックと二台のセダンに挟まれた形になってしまった。

 追い抜こうとするがピックアップトラックが前を塞ぎ、中々追い抜くことができない。その間、セダンからは反撃と言わんばかりの銃撃が浴びせられる。

「重装甲でも長く持たない」

「わかってますって」

「じゃあ早くして」

 恵の威圧的な態度に苛立ち、状況の悪さに焦りを覚えた加藤は舌打ちする。

 追い抜きたいのは山々だが、改造されたピックアップトラックは簡単には追い抜けない。むやみやたらにやっても同じ。

 加藤は深呼吸して落ち着かせる。集中を切らすなと、強希に教えられた。

 IMI指定免許を取得した訳でも、運転技術などでも運転手に抜擢された訳ではない。認められたのは度胸だ。何があるかわからない一瞬の出来事に、飛び込むことができること。

 何より、このままでは尊敬している人物の期待を裏切る。それだけは決して駄目だ。

 意を決して、ピックアップトラックの後方にピッタリとついた。

 覗き穴から銃撃され、防弾仕様のフロントガラスに亀裂が走る。だが加藤は臆せず走り続ける。恵が9mm口径のSIG SAUER P229拳銃で牽制し、銃撃は少し止まった。

 アクセルを吹かし、左から追い抜こうと車体を動かす。が、ピックアップトラックはすかさず左へ寄せた。

 その一瞬を加藤は見逃さなかった。

 左へ寄ると見せ掛け、右から追い抜こうとアクセルを踏み込む。するとクロウ2の車両のランドクルーザーが、するりとピックアップトラックの横と並んだ。

 スリップストリームと言う現象がある。

 走行している物体は空気抵抗を常に受ける。ある程度の高速域まで達すると速度が空気抵抗に制限されて頭打ちとなってしまう。その時の真後ろ近辺では空気を押し退けた分気圧が下がり、空気の渦が発生して吸引効果を生む。また、空気抵抗が通常より低下した状態となる。

 この現象を利用すれば追い抜きが容易となるのだ。F1などのモータースポーツなどでも使われる技術。

 もちろん、これだけで抜けるとは限らない。加藤はピックアップトラックの運転手が、無駄に車体を揺らして前を塞ぐことに気がついた。おそらく、荷台などの改造で重くなった為だと。

 機敏に動けないならと、加藤はこの追い抜きに勝負を賭けた。そして勝ったのだ。

 とはいえ、横並びになっただけでまだ追い抜いていない。ピックアップトラックの運転手は抜かれまいと、必死にアクセルを踏み込む。

「“させるかクソッタレ”!」

 追い抜けないと判ったのか、それとも意表を突いたのか。加藤はハンドルを切り、ピックアップトラックに激突。そのまま押しきり、ガードレールに挟み込んだ。

 ピックアップトラックの運転手は慌ててハンドルを切るが、抜け出すのは困難だった。同じようにランドクルーザーも改造されたものであり、重装甲における重量と馬力は並大抵のものではない。

 そうこうしていると、ランドクルーザーの助手席の窓がゆっくりと開いた。

「上出来」

 恵が、拳銃の銃口を向けていた。

 運転手が気付いた時には遅かった。恵は躊躇なく拳銃を撃ち、四発の銃弾が運転手の頭を撃ち抜いた。

 助手席にいた男は反撃しようとしたが、ランドクルーザーが離れたことでピックアップトラックが解放された。運転手が死に、男は仕方なくハンドルを握って制御だけする。その間にランドクルーザーは前へと抜き出た。

「やれば出来るじゃない」

 追い抜き中も撃っていた恵は、マガジン交換しながら言った。対して加藤はなにも言わず、少し深呼吸して自分を落ち着かせていた。

 拳銃をホルスターに片付け、恵は後ろを向く。

「何でアンタ達撃たなかったのよ」

「いやいや、鉄板はさすがに。跳弾怖いッス」

「当たらなければいい」

「超理論過ぎる」

 苦言を聞き流した新一は呆れ、瑠奈は苦笑する。その時、恐れもせず龍が聞いた。

「あの三台、どうします?」

「片付ける。クロウ1も戦闘中だから、手は借りれない」

「それならちょっとお願いが」

「弾でもなくなったの」

「そういうことではなく」

 全員が注目する中、ベンただ一人が真意を理解していた。そんなことを知らず、龍は続ける。

「あのトラックに、近付いてもらえれば」

 龍の発言に訝しみながらも、彼の目を見て懐かしさを抱いた恵は了承して加藤に指示する。

 僅かだが、智和と同じ瞳だった。

“イカれた部類の人間の目をしていた”。

 ベンは呆れ、「あーもー。あーもー」とかボヤいていた。それでもマガジンの弾数を確認して交換し、龍の準備を手伝っている。

 龍はM4カービンライフルをベンに渡し、マガジンも全て渡した。あろうことかベスト類も脱いだ。手にしているのはグロック17拳銃、タクティカルペン、それに予備として車両に積んでいたスリング付きベネリM3ショットガンのポンプを引き、肩から下げた。拳銃はレッグホルスターに入れる。

 何をするのか不思議に思いながら、窓から身を乗り出して援護射撃を行う。加藤はピックアップトラックの真正面に移動させ、タイミングを窺ってブレーキをかける。そのままピックアップトラックにぶつけた。

 天井から身を乗り出していた龍は、ランドクルーザーとピックアップトラックが衝突したと同時に飛んだ。着地すると同時に左手に握っていたタクティカルペンで屋根を突き刺した。肩にかけていたショットガンを右手に持ち、ストックを脇に挟んで、運転を代わっていた男に向けて発砲。

 散弾銃の恐ろしさは、パチンコ玉のような鉛玉が何十もの放たれることだ。それだけ範囲が広いということ。密集したままでも恐ろしい。

 男の頭に散弾が密集したまま直撃。頭が弾けて“消し飛んだ”。

 龍の右腕に、ショットガンを撃った衝撃が伝わって激痛が走る。肩が外れたかもしれない。それでも関係無く、ショットガンから拳銃に持ち替えて車内の敵に向けて全弾を撃った。

「この野郎、帰るぞ!」

 拳銃がスライドオープンした時、ベンが龍の首根っこを掴んで車両へ引っ張る。新一も手を貸し、龍は無事に車両へと戻った。

「馬鹿かお前。普通に撃ちゃあいいんだよ普通に!」

「あれが手っ取り早い」

「手っ取り早い? あれは死に急ぎって言うんだ。良かったな。日本語一つ学べて」

「どういたしまして」

 言い回しに少し苛立ちを覚えながら、ショットガンのポンプを引いて次弾装填。拳銃の空マガジンを交換。とりあえず、二台のセダンにシショットガンを撃つ。散弾だから適当に撃っても、何かしら当たる。とはいえ、外れた散弾が道路やガードレールを傷つけるものだから、弾切れになると使うのはさすがにやめた。

 ショットガンによりタイヤをパンクされ、更にはエンジンをも損傷された一台のセダンはスピードが遅くなる。そこを瑠奈と龍の銃撃で撃たれ、殲滅。もう一台のセダンも恵とベンの弾幕射撃で撃たせず、新一が仕留めていくことで殲滅。

 ピックアップトラックに手こずったものの、車両の損傷だけで済んだのは幸いだった。

「水下龍、だっけ」

 マガジンを交換し、警戒したまま恵は口を開く。

「あんな馬鹿なことしたの久しぶりに見た。今度からちゃんとしたやり方でやるべき。じゃないとただの死にたがりよ」

「ほら見ろ」

「……すみません」

 冷静に考えれば、あの行動は本当にただの馬鹿で無駄なことだと龍本人も確信した。意味のない行動は死に直結する。死ななかったのは、ただ運が良かっただけである。

 それでも、今の興奮はとても良い感じだった。どんなになじられようが罵倒されようが、あの感覚は“たまらない”。

「まぁ、その度胸は評価する。使い所、間違えないように。加藤も、良くやった」

 だから、恵の評価には静かに驚いた。称賛と言えるほどではないが、評価はされた。意外に思いながらも龍は礼を言い、加藤も同じく静かに礼を言った。

 そしてクロウ1。二台の車両を相手にしているが、イリナの弾幕射撃によって一台は穴だらけになって走行不能。中の乗員も撃たれていた。もう一台も、智和とララの射撃で反撃もできなかった。

 そこへトドメと言わんばかりのイリナの射撃。7.62mm口径の銃弾が容赦なく襲いかかり、たまらず高速道路の降り口へと方向を変えて離脱した。

 撃ち方をめ、三人は離脱した車両を見送ると周囲を警戒。

 一人で何百も撃った為に、イリナが構えている軽機関銃の銃身からは煙が上がっていた。

「逃げられたわね」

 仕留め損ねたことにララは舌打ちして悔しがり、マガジンを交換する。

 それを聞いたイリナは、先程まで“シャキッと”していたのが嘘のようにおどおどし始めた。

「ご、ごめんなさい……。仕留められませんでしたっ」

 もっと的確に狙っていれば、運転手を殺れた筈だと。

 イリナの謝罪を不思議に思ったララはその真意を汲み取ると、笑みを浮かべて首を横に振った。

「イリナの責任じゃないわ。貴方の役割は援護に弾幕。きちんと役目を果たしたのよ。それに命を救われた」

 イリナが気付いて叫んだおかげで、クロウ1はロケットランチャーの餌食にならずに済んだ。

「ああ。イリナが気付いたおかげで反応できた。礼を言う。ありがとう」

 そう言って智和は助手席に乗り込む。強希は窓から手を出すと、握り拳を作って親指を上に向けて立てた。

「貴方は私達を救った。ほら、今までの訓練は無駄じゃない。貴方は変われるのよ」

 初めてララと会った時の言葉を思い出す。惨めに生きるか、生まれ変わるか。泣きながら変わりたいと口にしたことは鮮明に覚えている。

 彼女に従い、結果が伴った。これは誰のものでもない、イリナ本人が手にした結果である。

「はいっ」

 まだ未熟だが、その結果が嬉しく、思わず涙を浮かべてイリナは返事をする。おどおどした様子はなかった。

『こちらクロウ2。追っ手は排除した』

「こちらクロウ1。こちらもだ。クロウ1より司令部へ。敵勢力を退けた。目標も無事だ。IMIへと帰還する」

『司令部よりクロウ1、クロウ2へ。警戒を怠らず速やかに帰還せよ。よくやった。流石だ』

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