表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烏は群れを成して劈く  作者: TSK
第二部第2章
26/32

それはきっと痛みの赤色で

それはきっと、生きてる色の証。

『大統領は退陣しろ! 我ら国民は自由と選択の義務と権利がある!』

『我らには権利がある! 退陣! 退陣!』

 ――遥か前方。およそ800メートル程先で行われているデモは、拡声器を通して破壊された街中に響き渡っていた。

 中東のとある国。太古からの宗教戦争を引き摺ったまま、独裁によって統べられていたその国は、“アラブの春”によって退陣させられた隣国の大統領のように、この国も大統領が退くだろうと奮起し、勇気を振り絞って声を上げ、楽観視していた。

 声明による平和的解決。デモはそれになぞり、愚直なまでに声を張り上げ、未来を担う若者達の熱気に包まれていた。

 なんて眩しい。そしてなんと愚かしいことか――そんなことを思いながら、800メートル先の建物に潜む者がライフルスコープを覗き、活気溢れるデモ集団を眺めていた。

 屋上に潜む狙撃手は、陽射しと土埃を嫌ってから毛布を全身に被っていた。その大きさと僅かに出ている腕の細さから男性ではなく女性、それもまだ年端のいかない女性である。

「暑ぃ」

「自分もですよ。我慢してください」

 うつ伏せに構えている隣で、スポッティングスコープを構える白人の男性が答える。こんなに暑いのにスーツ姿だ。

「まだ撃たないでくださいよ」

「わかってるよ。煩ぇな」

 苛立ちながらもスコープを覗く瞳は、殺気立つ獣以上のものを思わせる。

 デモの先頭に立っている男は、元々はサッカー選手の若者だ。ストライカーであり国の代表となりながら国と争っている。ストライカーの気質か、国民の士気上昇と扇動が上手い。自らも声を上げ、身ぶり手振りで周囲を巻き込むその姿は正に悪と戦う英雄の姿に見えるだろう。

 その後ろには補佐を担う男に、ネットメディアを得意とする数人がビデオカメラで撮影をしていた。国の現実と、英雄と国民の勇姿を伝えるのだ。

『軍は我々を見放した。国は我々を見放した。崩壊を許してはならない。独裁を許してはならない! 我らは立ち上がらなければならない! 大統領は退陣せよ! 国民に選挙の自由を与えよ!』

『退陣! 退陣!』

『皆よ。今こそ自由の歌を歌おう。今こそ声を上げて歌うのだ! 我々は自由を手にするのだと!』

『大統領は退陣せよ。軍は武器を置け。我々は自由を手にする。我々は自由を手にする!』

 太鼓に合わせ群衆は手を叩いて歌う。真の自由を手にする為に歌い、真の自由の為に声を上げて。いつかその日が来ると信じて歌う。

 銃声は、突如として鳴り響いた。

 女性が引き金を絞った。ドイツ製のブレイザーR93ライフルの銃口から338ラプア・マグナム弾が放たれ、800メートルの距離など関係なく扇動する男の頭を弾き飛ばし、粉々になった血と肉をばらまいた。群衆が悲鳴を上げる前に女性はボルトハンドルを引き、二発目を撃っていた。銃の性能が優秀でもあるが、女性の手つきは呼吸するように自然で速かった。

 二発目が補佐役の男の頭を吹き飛ばす。群衆は叫び、慌ててその場から逃げ始める。撮影係は二つの死体をしっかり撮影していた。

「素晴らしい。三、四秒も掛かっていないしどちらも頭だ」

「動いてない。楽なもんさ。アタシ以外でも楽な仕事だろうに」

 まだ幼い声の女性は体を起こして布を取る。――するとそこにいたのは、本当の“幼い少女”だった。まだ十代、それも前半に見える少女。ショートカットの髪は赤く染め、まるで血のように赤黒い。ブルーの瞳は輝いておらず、まるで絶望したような暗い色をしていた。

 タンクトップに短パン姿の少女は、ポケットから『ブラックデビル』と銘打たれた煙草を取り出す。くわえて火を点けると、ココナッツミルクの匂いが漂って実にミスマッチな感覚を思わせた。

「アフリカもそうだが、ここいらの国も革命やら独立やらが好きだね」

「飢餓、難病、独裁、宗教。途上国は素晴らしく人が動く良い国だ。武器が動く為にはこうでなくては」

「アルカイダやらイスラム国の通り道。ロシアやイランやらの武器支援。アンタらのお望み通りに人が動く。――まぁ、平和的解決じゃなく暴力的解決だけどね」

「これでデモ隊は暴力的解決に頼らざるを得なくなった。なにせリーダーを殺されたからね。独裁に戻りたくないから嫌でも銃を取る。そこで安物の銃を売る」

「そして政府軍には航空支援物資を売る、と。泥沼の戦場。魔女の釜の出来上がりだ」

「金の成る木と言っていただきたいね」

「どちらにしろ嫌味だよ」

 呆れながら一本目を吸い終えて投げ捨て、二本目に火を点ける。

「これからはどうするつもりだい?」

「んー。フランスに戻りたいが、あちらのIMIと一悶着あった。しばらくは戻れない。適当に逃げ回る」

「なら、良い場所がある。バカンスにもなる」

「どこ?」

「日本。移動は私達が手引きするし、寝泊まりや資金も用意する。ただし仕事も依頼したい」

「別に。どうせアタシの仕事は撃って当てりゃいいだけだ。やるよ」

「ありがたい」

「ただし条件付き」

「何かな?」

「この煙草を切らさないよう常にカートンで寄越せ。そして私の銃に触るな。銃は私が運ぶ。いいな?」

 初めて少女――フランチェスカ・アルバーニはスーツ姿の男に顔を向けた。


――――――――――――◇――――――――――――


 数日ぶりの日本はなにも変わっていなかった――変わっていたらそれはそれで問題なのだが――。そんなことを思いながら、智和はゲートを通ってきた。

 ノースカロライナIMI地区からIMI専用機でサンフランシスコ空港まで飛び、乗り換えてファーストクラスで日本に来た。用意された席ではあったが、慣れない環境で余計に疲れてしまったような感覚を抱いていた。

 それでも関係なくロビーを進んでいくと、指定された喫茶店に出迎えの人間が寛いでいるのを見つけた。恵と強希である。恵は相変わらず食欲旺盛でサンドイッチを食べていた。

「よく食べるな、お前は」

 店に入って席に行くやいなや、智和は恵の食欲に感心する。

「お帰り」

「アメリカはどうだった?」

「別に。日本語か英語かの違いだった」

「何だソレ。まァいい。長谷川に急かされてる。早く行こう。恵、ちゃんと払えよ」

 強希が席を立ち、サンドイッチを平らげた恵も立ち上がる。その時、智和の近くで数回匂いを嗅いで怪訝な表情を見せた。

「何だ」

「色んな女の匂いがする気がする」

「病んでるのか、お前」

「アメリカンジョークでしょ」

「どこにアメリカン要素がある?」

 恵の冗談に付き合うことなく、さっさと店を出ることにした。

 空港から出て、強希の運転でIMIへと戻る。道中では何をしていたのかと二人から聞かれ、智和は素直にアメリカでの数日間を話した。ジョージア地区での一悶着以外、は。

 日本IMIの敷地内に入り、戻ってきたという実感が湧いた。一先ず寮に戻って荷物を置くことにし、それから長谷川に顔を見せることにした。

「お、戻ってきたな」

 ロビーの受付にいた係員が声をかけた。

「お前に二つほど荷物が届いてるよ」

「荷物?」

「一つはSIG社から。もう一つはアメリカIMIノースカロライナ地区経由の個人宅配か。中身はアッパーと……拳銃本体? 何頼んだ?」

「知らん」

 SIG社からの荷物はメールで確認していたが、拳銃の方はわからなかった。そもそも依頼もしていないのだから。とはいえ、個人宅配と経由地を聞いて大体の察しはついていた。

 係員から荷物を受け取って部屋へ。戻って早々に送られてきたものを開けた。SIG社からは16インチと14.5インチの516アッパー。これは性能の良さに興味を持って前々からIMI経由で依頼していたものだ。そしてもう一つの荷物は――

「おお……」

 箱を開けると、手紙と特性ケースに拳銃が入っていた。その拳銃はかの有名な高級カスタムガンメーカーのナイトホーク・カスタム社製、クリス・コスタカスタム1911の45口径――コスタ・リーコンと名付けられたカスタムガンであった。物騒な高級品を前に、智和は思わず声をあげてしまった。それほどの代物だった。

 高級カスタムガンに目を点にさせること数秒。それは呆然とさせるには充分で、手紙の存在を忘れさせるほどだ。ようやく思い出し、折り畳まれた手紙を広げて読む。

『レナードへ。

 本当なら私のガバメントを送りたかったが、父から授かった大事な物の為に渡せないことを謝罪する。古ぼけた物よりも性能の良い物を贈る。お前なら使いこなせるだろうし、私と同じで9mm口径か45口径かと論議するような人間でもあるまい。お前のことだからおそらく外観が気に入らないだろうと思い、パーツも一緒に贈った。好きに使ってくれ。

 短いが、お前が喜んでくれることを願う。同時に誇りに思っている。

 スコット・エヴァンズより』

 父親からの手紙を読み、どれだけ愛されているかを再確認した。でなければ、これだけ興味が湧く代物は選ばない。

 拳銃の他に、手紙の内容通りにパーツが入っていた。スライドやハンマー、引き金、グリップに至るまで、一通りのカスタムパーツが揃えられている。これだけでいったい幾らするのかわかっていた智和は、久しぶりに子供のような興奮を覚えた。

 しかし興奮を抑え、智和は準備を整える。私服からIMIの制服に着替え、ベンチメイドのナイフをベルトに装備。拳銃は装備せず、そのまま部屋を出た。

 寮を出て、強希と恵が待機していた車に乗る。空港の時と今、雰囲気がきっぱりと切り替わったことを二人は察した。切り替えが早いと強希は呆れ、相変わらずだと恵は感心する。

 普通科校舎に到着。職員室に行って長谷川に挨拶する。

「戻ったか。本当に済まないな」

「気にしていない。その分の休養と見返りはアメリカで貰った」

「そうか。早速、本題に入りたいんだが……」

「失礼しまーす。あれ、智和さん達の方が早いッスね」

 職員室に入ってきてそんな間抜けな声をあげたのは、背の低い男子生徒だった。眼鏡をかけ、髪の一部を紫色に染めている少年は中三期生だ。そんな小柄な少年でも、智和の部隊に所属する狙撃手で、日本IMIでも一、二を争う狙撃手の高橋新一たかはししんいちだ。

「遅いぞ、新一。遅刻だ」

「夏休みッスよ? 徹夜でゲームして気持ち良く寝てたッスのに……」

 隠すこともない大きな欠伸をする新一に、長谷川は呆れて溜め息しか出なかった。

「……まぁいい。歩きながら話す。四人は着いてこい」

 長谷川に連れられて四人は職員室を出ると、四階の第一応接室へと向かう。

「iPadに送ったデータは見たな」

「ああ」

 確認し、長谷川は改めて書類を智和に渡す。書類は送信されたデータと同じものだった。

「黒井グループは知っているな」

「ああ」

 黒井グループとは、海運と商事を中心に事業展開した企業だ。現在、生活用品や食品、化学薬品、電化製品など十二社ほどの企業グループとなっている。その中でも黒井商事、黒井化学、黒井ソフトウェアの三社がグループ中核企業となっている。黒井グループのことは当然知っており、日常生活にも黒井グループの商品がある。

「一般的な常識の他に家族構成までデータを送ってくるのは、プライベートの侵害じゃないのか」

「《情報保安部》が情報を洗いざらい探したんだ。今更なことで、それに依頼主の方からの注文だ」

「注文?」

「依頼主は父親だ。娘のことなんだが……あとはまぁ、当人と話をしないとどうしようもない」

 第一応接室に到着し、長谷川が扉を開けた。

 一番広く、上質な調度品を揃えた第一応接室。黒革のソファーには制服を着た女性が座り、その後ろにはレディースーツ姿の女性が姿勢良く立っていた。

 絹のようにきめ細かな長い黒髪。淑やかな雰囲気を漂わせながら、どこか凛と感じさせる顔立ち。背も高く、高校生と言うよりは大学生と言った方が通じる体つきだ。気品ある人間だとすぐにわかる。

 対して、立っている女性からは剃刀のような雰囲気を感じた。極力隠しているのだろうが、智和達には意味がなかった。髪はショートカット。スリムな体には贅肉はなく、服の下には鍛えられた肉体がある。

 制服と左胸の紋章を見て、新一はあることに気づいた。

「うお、光西女子学院の生徒ッスか」

「光西? あのお嬢様学校の?」

 光西女子学院こうせいじょしがくいんとは、《7.12事件》の被害区が復興させたと同時に作られた私立の女子校、小学校も併設されている中高一貫校である。創立十年足らずの歴史のない学校だが、教育の質の高さや規律、学校設備が充実しており、各業界に卒業生を輩出している為にじわじわと名門校入りを果たそうとしていた。

「へぇー。確かに俺達にはない上品さッてのはあるな」

「マジのお嬢様学校の生徒見たのは初めてッスね。萌え要素キタコレッスよ」

「お前ら口を閉じろ。黙ってろ」

 呆れた長谷川は二人に釘を打ち、来客の向かい側に立った。

「待たせて申し訳ありません」

「いえ。出された紅茶が時間を忘れるほど美味しかったです。淹れてくださった方は紅茶を良く知っていることがわかります」

「そう言ってもらえるのは嬉しい限りです」

 そう言って入ってきたのは、通信科に所属し智和の部隊の通信手を担う高期二年の北原琴美きたはらことみだ。トレーにティーポットとティーカップを乗せて持っていた。

 長谷川はソファーに座り、智和と恵にも座るように促す。後ろに立たされた強希と新一はぶつぶつと文句を呟いていた。

「早速、本題に入らさせていただきます」

 琴美が淹れた紅茶を飲まず、長谷川は続けた。

「貴方のお父様から依頼された、貴方の護衛についての件です。黒井沙耶くろいさやさん」

「それについては――」

 黒井沙耶は淹れてもらった紅茶を一口飲んで、ティーカップをテーブルに置いた。

「申し上げた通り、必要ないということです」

「貴方は実際、襲撃されている。二回も。一回目は犬の散歩時。二回目は帰宅途中だ」

「一回目は愛犬とこちらの千香が撃退し、二回目も千香のおかげで難を逃れました」

「スゲェ。召し使いもいる」

「黙ってろチビ」

 短いながら、恵に厳しい注意をされて新一は黙ることにした。長谷川は咳払いして続ける。

「……一回目の暴行犯三名と、二回目の襲撃事件の経過をご存じですか?」

「警察の方々にお任せしました」

「暴行犯三名は忽然と姿を消している。二回目の襲撃事件も、事件捜査は打ち切られました。警察内部に暴行犯と襲撃犯の協力者がいるのは明らかです」

 千香と呼ばれた女性は目付きを鋭く変えた。対して沙耶は表情を変えない。

「本来なら放送されるべきことが、ネットニュースの一つとして処理されてしまっている。警察内部にも協力者がいると知った今、再び襲撃される可能性がある」

「護衛なら、千香と、セキュリティポリスの方々にお任せしています。IMIの皆さんのお手を煩わせるまでの案件ではありません」

「――横から口出して悪いが」

 痺れを切らした智和が溜め息混じりに口を挟む。

「一回目と二回目の詳細を読ませてもらった上で進言したい」

「貴方は?」

「普通科高期一年。神原・L・智和。部隊隊長を任されている」

「そうでしたか。それで、進言したいこととは」

「一回目の襲撃場所の公園は毎回訪れている。人目の少ない時間を狙えば簡単だ。しかし問題は二回目の襲撃事件。タイヤをパンクさせて車体の下に息を潜めるなんて、ヤクザやマフィアみたいなやり方だ。発砲されても当たらなかったのは運がいい。

 問題は襲撃場所と襲撃犯の行動。夜に街中でサプレッサーを着けたマイクロウージーを撃つなんて考えられない」

「サプレッサー……とは、なんでしょうか?」

「失礼。銃声を抑える減音器のことだ。

 狭い上に狙いがつけられず、フルオートで撃ったから当たらなかった。報告書では、その後襲撃犯が煙幕を使用して逃走……これだけ見ると間抜けな襲撃犯にしか思えない。

 が、同時に危険な襲撃犯だ。白昼堂々と襲撃はして、短機関銃を撃つ奴らだ。しかも装備は充実している可能性はあるし、警察と繋がっている。これだけ考えれば、貴方は相当まずい状況下にある」

 智和は続ける。

「暴力団や海外マフィアの武装は年々強化されている。装備だけを見れば軍隊だ。貴方の襲撃事件はそれと同じような感じがする。ただわからないのが、貴方が狙われる理由だ」

 沙耶と千香は喋らない。変わりに長谷川が口を開く。

「こういった場に、本来なら生徒は立ち会わせません。依頼を受け、ミーティングを行う際に伝えるからです。今回の場合、貴方の父上から依頼されました。言い方を変えるなら、父上は“IMIに頼る”しかなくなったとも考えられる」

「……申し訳ございませんが」

 沙耶は少し迷い、しかし曲げずに言葉を放つ。

「お断り頂けるようお願いします」

「生徒が言ったように危険な襲撃犯です。次の機会があった場合、殺される可能性が高くなる」

「そうはさせません」

 初めて千香が話した。雰囲気通り、はっきり凛とした調子で自信に満ち溢れている。

「私と、専属のセキュリティポリスの方々でお嬢様をお守り致します。現段階ではIMIの力添えは不要かと」

「わざわざ話し合いの場を設けて頂いて恐縮ですが、本日はこれでお仕舞いにさせてください。私用があるのです」

「……わかりました。琴美、入口まで案内を」

 溜め息混じりに長谷川は指示。琴美はトレーを置き、沙耶と千香の二人をIMI出入口ゲートまで案内する。

 三人が応接室から出ていき、足音が遠くなる。聞こえなくなった時に残った人間は溜め息を漏らし、長谷川は項垂れて頭を抱えた。

「何だ、アレは」

「どうもこうも、最初からあの調子だ。頭が痛くなってくる」

「当人が必要ないと言うならそれでいいんだが、依頼人が父親ということと襲撃事件の内容を見る限りじゃ状況的にまずい」

「わかってる」

「それに今更だが、新一は何でいる?」

「新一、説明しろ」

 長谷川は任せると、新一は間抜けな返事をする。スマートフォンをいじりながら話す。

「先日、黒井グループの数社に侵入クラッキング行為があったンスよ。まぁ、万全のセキュリティで何事もなかったンスけど。された企業がソフトウェア、化学薬品、電機と――“軍事産業”」

「あ?」

「正式公表されてないッスけど、小さいながら黒井グループは軍事産業企業を設立してるッス。ソフトウェア、化学薬品、衣料品系企業から社員を集めて設立されたッスね。軍事産業と言っても防弾・防刃着、電子回線、専用ソフトウェア、衣料品といった民間でも販売可能な商品ッスけど」

「商売相手は?」

「これ調べてみて自分もビックリ。海外もそうだけど、なんと日本IMIにも商品を届けてるンスよ。十代に着れる防弾・防刃着や、女子生徒の体格に合わせたベストが主な感じ。それと電子回線や専用ソフトウェアもッスね。

 いやー、まさか自動販売機の認証システムや、訓練で使う位置測定システムって黒井グループなんだなーって。マジでビックリッスよ、マジで」

 IMI内の全自動販売機には、マネー機能の付いている学生証で支払えるシステムが備えられている。また、軍事訓練では生徒の位置を把握できるように小型GPS端末を持たせ、遠く離れてもノートパソコンで確認することができる。その専用ソフトウェアや支払機能を開発・提供しているのが黒井グループである。

 新一が説明した他にも、寮のオートロックシステムなどがあり、黒井グループの軍事産業企業はIMIと深い関わりを持っている。

「なるほど。黒井グループの企業がIMIと関係を持っているというのはわかった。だが、狙われるような理由にはならないんじゃないか?」

 問いかけた智和に、新一は操作していたスマートフォンを見せた。

「黒井グループの商品が日本だけじゃなく、海外のIMIにも評価されて取引契約を結んだのがいくつかあるッス。黒井沙耶って人、高校生だけど社員の一人として働いて、IMIの契約に結びつけてるッス。他にも本格的に展示場で出展して、警備会社にも売り込んでる。

 これ、他の取引相手にしたら結構“ムカつく”ッスよねぇ」

「……そういうことか」

 黒井グループが海外のIMIと取引契約し、契約解除した企業もあるということ。

「今までウチの商品使ってたのに、いきなり他の商品に変えて契約解除? しかも日本の女子高生? 馬鹿と短気なら間違いなくキレるッスよ。ナメるなよテメー、みたいな感じに」

 それに、と新一は続ける。

「黒井グループには二つのポイントがあるッス。一つは無人航空機の開発をして、民間販売にも向けた動きを見せていること。もう一つは大元である黒井商社の海運ルートが増えたこと」

「無人航空機まで手を出してるのか」

 意外な動きに智和は少し驚きながらスマートフォンを操作する。画面には小型無人航空機の画像がスライドされ、スマートフォンで操作している画像もあった。

「まだ試作段階らしいッスけど、出来はなかなかいいッスよ。更に小型化されれば作戦行動中にでも問題なく使えるッスから、IMIだけじゃなく本当に軍でも採用されるかもしれない」

「とはいえ、法律整備中に民間企業からの販売声明を出すなんて、あのお嬢様は肝があるというか怖いもの知らずだな」

 無人航空機の開発・導入は世界中で行われているが、航空法という法律では基本的に人が乗るものと捉えている。もしくは農薬散布での大型ラジコンヘリ、程度の認識でしかない。その為、世界中で法律を整備している最中だ。

 そこに大手の防衛企業とハイテク企業とのいざこざや、法律制定による牽制が加わってくるとなれば、なかなかシビアな問題にもなってくる。

「黒井商社は自社の商品の他にも、各国IMIの運搬作業にも関わってきてるッス。これだけみれば、黒井グループのご令嬢が狙われる理由がごまんと出てくるッスよね」

「他企業による武力的排除。海運ルートの奪取。商品情報の奪取。考えれば色々出てくる。IMIと関わるだけでどれだけ面倒事になるのか知らなかっただろうな」

 溜め息を漏らし、長谷川がわざわざ呼び戻した理由を完全に理解した。これは黒井グループだけの問題ではなく、IMIにも関わってくる問題だ。

 真意を理解してもらった長谷川は紅茶を飲み、持ってきていた書類の中から地図を取り出してテーブルに広げた。

「お嬢様がなんと言おうが父親からは依頼され、前金も貰ってしまった。それにこの問題は見過ごせない」

「街中で平気に銃を撃つ連中だ」

「だから護衛は行う。監視し、追尾しろ。強希」

 呼ばれた強希は新一のスマートフォンを手に取り、画面と地図を見ながら話し始める。

「新一と《諜報保安部》に調べさせて、ここ数日のお嬢様の予定は把握してる。とはいえ、使うルートを完全には把握できない。だから俺の予想したルートで提案する。

 二チームでお嬢様を監視、追尾。問題が発生した場合は対処する」

「チーム数は増やせないの?」

「悪いが難しい。千里達に頼みてェが、生憎と就活やら試験やらでそれどころじャない。そもそも数を増やせばバレる」

「二チーム分。人を集めるか……」

「俺から運転手を一人推薦したい。実戦経験はないが技術は確かで、それ以上に度胸がある」

 長谷川が口を開く。

「この話は瑠奈やララにもした。ララから一名、推薦したい生徒がいる。少なくとも後二名は欲しい」

「考える。期限は?」

「明日の午後から作戦開始とする。夜までに探し出せ。最悪、私の方でなんとかするしかないだろう」


――――――――――――◇――――――――――――


 夏休み期間に入ったこともあり、都心には十代の少年少女の姿が増えていた。学校生活から解放される僅かな期間を楽しむ為に。

「いやー。何でこう、日本の女性ってこうも幼く見えるのかねぇ」

 一層騒がしくなってきた街中に二人の少年はいた。一人は白人で、短髪のブロンドに碧眼、十四歳にしては大人びている。手すりに乗り掛かり、歩いている女性を観察しては呟いていた。

「とはいえ、何で髪を茶色やら金色やらに染めるのかねぇ。日本人には日本人に合った色ってのがあるのに。勿体ないねぇ。龍もそう思わないか?」

「煩い。黙れ。知るか。文句言うなら見なきゃいいだろ」

「無理」

 白人に名前を呼ばれた少年は日本人。同じ十四歳とはいえこちらはまだ幼さが残るものの、服の下は鍛えられて別物だ。目つきも些か鋭く、身長もまだ伸び盛りである。

 二人の少年――水下龍みずしたりゅうとベン・ウォーカーは、私服で暑くなってきた街中にいた。

「やっぱりどこの国も夏はいいね。薄着で、ミニスカートで、透けて」

「本当に黙れよ。お前誘ったの間違いだった」

「無理して誘っといてそれかよ。泣けるわ」

 相変わらずの言動に龍は溜め息を漏らし、自動販売機で購入したコーヒーを口にする。

「夏休みだって言うのに、年頃の女性と遊ばず龍と任務だなんて……」

「授業サボってナンパしてホテル行きまくって、進級できなそうな奴が何を偉そうに」

「“行く”と“イク”を掛けたのか。ジョークのセンスがあるぞ」

「殺すぞ。先輩の任務付き添いで授業足りない分をなんとかしてもらおうってのに」

「わかってるよ。助かってる。確かに無事に進級したいんでね」

 二人は遊びに街へと来ていた訳ではない。上級生の任務に同行していた。

「にしてもストーカーねぇ。警察に届けた方がいいだろ、普通」

「届けても対応しないからIMIの知り合いに泣きついたんだろ」

 上級生の知り合いが、悪質なストーカー被害に遭っていた。自宅や学校、アルバイト先まで把握されて影響が出てきた。本人に直接「迷惑」だと告げたら、首のない猫の死骸を玄関に置かれた。首は学校の下駄箱の中に入っていた。ストーカーは被害者の担任教師だった。

 警察に相談し、厳重注意で済んでしまった。学校側は担任教師を停職処分にしたが、ここ最近ストーカー被害が悪化してきたらしく、被害者はIMIの知り合いになんとかして欲しいと連絡してきた。

 その知り合いが上級生であり、上級生はIMI側と相談して任務として受理。警察とも話を通し、上級生と被害者、警察官がストーカー犯と話し合う為に場所を設けた。

 今がその話し合い真っ最中であり、龍とベンはその監視の役割として待機していた。

「というか、本人交えた話し合いって状況的にまずくないか?」

「本人いなくてもまずいだろ。そのうち刺殺でもされかねない」

「おっかないねぇ。逮捕しちまえよ」

「IMIに逮捕権ないし、書類審査は時間が掛かる。警察も動くとは限らない。犯罪者に甘過ぎる」

 ボヤいて飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。ベンは相変わらず街行く女性を観察しては、好みの女性を目にする度に口笛を吹いている。

 ベンは授業欠席分を任務で補っているが、龍は授業は毎日出ている為に進級は確実だ。こんな任務をする必要はない。それでも任務に同行した理由は、規定任務数に到達しなければならない為だ。

《戦闘展開部隊》。日本IMIの部隊訓練が夏休み後半に行われる。その訓練参加条件にて、『規定以上の任務数をこなし、且つ成功していなければならない』という項目がある。成功の基準は任務によって違うものの、龍はあと数回でその規定をクリアできる。

 本来なら、訓練が夏休み前半である為に参加は絶望的だと思っていた。しかし例のIMI生徒死亡事件により、訓練は後半へと延ばされた。確かにIMI生徒が死んだことに何かしらの感情は浮かんだが、所詮、龍にとっては赤の他人でしかなかった。訓練の先延びを喜んだ。

《戦闘展開部隊》の訓練参加締め切りはあと少し。任務に問題がなければあと数回遂行させるだけで規定条件を達成できる。

 だから、あまり興味のないこんな任務でも龍は喜んで行う。

「ちょっと、こんなところで何してるのよ」

 最初、ベンが声を掛けられたと勘違いして振り向いた。本当は龍に掛けられたもので、本人は声を聞いた瞬間嫌な表情を見せた。

 声がした方を向けば、制服姿の二人の女子生徒がいた。一人は快活そうなショートカットの少女、もう一人は眼鏡を掛けていかにも大人しそうなセミロングの少女。

「……何してる」

「いや私が質問してるんだけど」

「……水下君。やほ」

「どうも棚原さん。それと沙希」

「私は呼び捨て……まぁいい」

「おい。おい、龍」

 興味無さそうにしていたベンだが、あることに気づいて驚き、慌てて龍を引き寄せて確認した。

「あのシャツの紋章。あの二人、光西の生徒じゃねぇか」

「光西?」

「光西女子学院。私立女子校の中高一貫。各業界に卒業生出してる名門だぞ。噂じゃ、国内有数の金持ちの令嬢もいるって話だ」

「へぇ」

「へぇ、じゃねぇよ! 何でお前が光西の生徒と知り合ってるんだよ!」

「知るか」

 無理矢理引き離して、取り合えず礼儀として紹介することにした。

高井沙希たかいさきと、棚原弥生たなはらやよいさん。この白人はベン・ウォーカー」

「初めまして、高井沙希です」

「……棚原弥生」

「初めまして。ベン・ウォーカーです。以後お見知りおきを」

 礼儀正しい挨拶をしたベンの変わり様があまりにも気味が悪く、龍は呆れて溜め息を漏らしていた。沙希はなんとも思っていないが、弥生に至っては怖がっているのか沙希の後ろに隠れてしまった。

「龍の友達?」

「ええ。同じ部屋で同じ釜の飯を食べる親友ですよ。ハハハ」

 何が同じ釜の飯を食べる親友だと、笑顔でアピールを始めたベンに龍は阿呆らしくなってきて溜め息を漏らした。一日に何度溜め息を漏らしているのかわからない。

「二人は龍のことを?」

「ええ」

「……助けてもらった」

「助けてもらった?」

 いったい何のことかとベンは振り向き、龍は渋々と話す。

「……警察との共同任務で電車の痴漢の発見と監視をしていたら、棚原さんが痴漢に遭っていた。助けたらコイツが、俺が痴漢だと勘違いされた」

「人を指差すな」

「事実だろ。無罪の人間を社会的抹殺しようとしたんだから」

 警察とIMIの共同にて、電車内での痴漢撲滅を目標とした任務がある。龍はそれに参加し、弥生が痴漢されているのを発見。助けた矢先、沙希に痴漢だと勘違いされた。最悪の出会い方だ。

「あのあとマジで最悪だったんだぞ。駅員や警察官には勘違いされるわ騒ぎになるわで、危うく犯人を取り逃がすところだった」

「本当にごめんって。疑いは晴れたんでしょ?」

「当たり前だ」

「……ごめんね」

「棚原さんが謝ることはない」

「私との対応に差があるんだけど」

「おい、龍」

「何だよ」

「どさくさに紛れて触ってないのか?」

「本当に殺すぞテメェ。なに残念そうに聞いてるんだよ」

 いちいち勘に触るような聞き方に龍は苛立つを隠さない。ベンもそんな言い方に慣れている為、冗談だと笑っている。

 そんな時、スマートフォンに着信がきた。龍は電話に出る。

『水下。おい水下!』

 声の主は先輩。どういう訳か切羽詰まっている。

「何ですか」

『ベンを連れてちょっと来い! クソ、コイツ暴れんなっ……!“痛ぇ、クソっ”!』

 何やら騒がしく、誰かが叫んでいる。先輩が叫び、携帯電話が落ちたような音がした。

「先輩。先輩? 何かあったんですか?」

『クソ。水下、被疑者が今出ていった! クソッ、アイツ“刺しやがった”!』

 先輩の叫びと同時に、話し合いの場として協力してもらっていたビル――正確には雑居ビル二階の個室喫茶店――から、スーツ姿の男が転がり出た。

 何事かと通行人が奇怪な目を向ける。男が顔を上げ、持っている物を見て通行人が悲鳴を上げた。

 右手には真っ赤に濡れた、刃渡りの短いナイフが握られていた。

 男が立ち上がり、全力で逃げる。その先には龍とベン、沙希と弥生がいた。

「被疑者だ。武器を持ってるぞ!」

 龍が叫び、ベンも反応する。迎え撃つか一瞬考えたが、沙希と弥生もいた。龍は沙希、ベンは弥生を庇うようにその場を躱した。

 案の定、男はナイフを振り上げたが、振り上げただけだった。そのまま四人を通り過ぎた。

「お前は先輩の所に。俺が追う」

 そう言い残し、龍は沙希を離して男を追い掛けた。

「“狂犬”言われねぇようやり過ぎるなよ。聞こえてねぇな、クソ。大丈夫か?」

「……うん」

「龍!」

「おい馬鹿。追うな!」

 沙希は体を起こし、龍の後を追った。ベンが叫ぶが聞いていない。庇われた弥生は何が起こったのかまだ理解できていなかった。

 龍は男を追い続ける。二百メートルも走ったところで、男は振り向き様にナイフを振るった。ただ水平に切りつけるだけだが、走ってる最中の不意打ちならば充分。

 だが生憎、龍は違う。彼はIMIの生徒だ。格闘術、ナイフコンバットなどを身に付け、対処も理解している。

 振り向いた時点で予想し、体勢を低くして懐に潜り込んだ。がっしりと腰に手を回し、力任せに押し倒す。倒されたことで男はナイフを手放し、背中や頭をコンクリートに打ちつけられて意識が朦朧とする。

 本来ならここまでで充分だ。だが龍は違う。IMIだろうが、彼はまだ満足しない。

 犯罪者は犯罪者。襲った時点で、襲い返してもかまわない。それが龍の捉え方。龍を突き動かす原動力の一部。

“こんな度に、昔を思い出す。憎悪と悪夢が甦る”。

 左手は首を掴む。右の拳を真上から、男の顔面に振り下ろす。一撃目で鼻を折り、二撃目は右目、三撃目は左目へ。何度も振り下ろし、男の顔は瞬く間に腫れ上がる。血が滲み、至る所が切れて出血する。

 殴り続ける右手も出血しようが痛もうが、龍は構わず振り下ろす。そんなことを感じない程、闇雲に。

「水下。やり過ぎだ」

 いったいどれ程殴ったか。先輩に手を掴まれて正気に戻った龍は、誰かわからなくなった男から顔を上げる。先輩は掌を刺され、ネクタイで応急処置をしていた。

 周囲には野次馬が出来ていた。先輩の隣にはベンがいて、龍に手を貸した。少し離れたところに、沙希と弥生がいた。


――――――――――――◇――――――――――――


「やり過ぎだっつっうの。この馬鹿」

 任務を終了し、IMIへと戻っていた。普通科校舎職員室、中期生担当職員の一ヶ所で、龍とベンは男性教師に静かに説教を受けていた。

 何故に自分もかと不満そうなベン。隣の龍は、自分でもやり過ぎたとわかっていたのでなにも言わない。

 二人の目の前に座っているのは担任教師だ。まだ三十代と若い男性教師の榊原さかきばらは、溜め息を漏らして続ける。

「確かに武器を持ってた。IMI生徒も刺して逃亡した。一般人への危害もあった。だからって顔を潰して良い訳じゃないんだぞ」

「はい」

「タックルで倒したなら、そのまま拘束すれば良かったんだ。警察官も同行していた」

「その警察官は、あの時何もしていませんでした。突っ立っていただけです」

「確かにそうだが一言多いし、やり過ぎ」

「何もしないよりは……」

「水下ぁ。一言多いっつうの」

 反省しているのかしていないのか、榊原はまた溜め息を漏らして頭を抱える。

「お前、そういうの多くて注意されまくってるぞ。任務同行者や他の教師から苦情が俺にくる。苦情がくるのは俺の生徒だから別にいい。だがお前の今後が限られるぞ。煙たがられて独りになる」

「別にそれでもかまいません」

「最近のお前の行動は明らかな過剰攻撃だ。お前、影で“狂犬”なんて呼ばれてんだぞ? 何を思ってやってるのか詮索はしないが、そういうのは止めた方がいい」

「……心得ておきます」

「どうだか。取り合えず、今回の評価は最低評価だ。単位なんて与えられない」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 予想外の台詞に龍は慌てて声を出してしまった。

「評価なしはないでしょう!?」

「ある訳ないだろうが。公衆での過剰攻撃で被疑者が被害者だ。それにお前、前回の痴漢対策やらの任務でも同じようなことしてる。今までのこともそうだ。もう目を瞑れない」

 正論過ぎて龍はなにも反論できない。

「本来なら謹慎処分ものだが、なんとかして評価なしでお咎めなしになったんだ。俺の顔に免じて耐えてくれ。それと当分は任務には参加できない」

「……それじゃ《戦闘展開部隊》の訓練参加規定をクリアできない」

 龍の呟きに榊原は意外そうな表情を見せた。

「水下、訓練に参加したかったのか?」

「なんとしても」

「極端な任務参加はその為、か。心意気は立派だが今回は見送れ。中期二年で参加できるのはなかなかいない」

「過去には中期一年で受けた人もいます」

「そういう奴らは“異常”だからカウントするな。今年は諦めろ。来年もある」

「……“諦められるか。そんな簡単に”」

 目の前の榊原でさえ聞こえない小さな呟きには、龍の心情が含まれていた。思わず手に力が入る。

「お前。訓練に参加したいのか」

 だから、隣から聞こえたその言葉に思わず顔を向けた。

 そこにいたのは智和だ。五月の任務で行動した以来の再会である。

「どうした、神原」

「水下龍に用事がある。お前、訓練に参加したいのか?」

「はい」

 迷いのない即答に智和は考える。

「榊原先生、さっきのことは聞いていた。急用で人手が足りない。こっちでしばらく二人を借りたい」

「任務で?」

「ああ。いつまでか明確にはわからない。だから任務終了時には、水下龍には《戦闘展開部隊》の訓練参加への推薦を、ベン・ウォーカーには必要以上の単位を与えて欲しい」

 まさかの展開に龍とベンは顔を見合わせた。対して条件を聞いた榊原は顔を渋って腕を組む。

「まぁた無茶苦茶な話を持ってきやがったな」

「推薦は俺と長谷川で出せる。単位は部隊任務遂行での内容になる。悪くない話だ」

「部隊任務、ねぇ……」

 その言葉で智和の真意と大体の内容を察知し、横目で龍とベンを見る。やがて諦めたように溜め息を漏らした。

「断ったら今度は長谷川先生が来るんだろ、きっと」

「頼んではいた」

「やめろよ、そういうの。中期生巻き込むなよ」

「実力が伴えばいいだけだ」

「わかった、わかった。水下とウォーカーの二人を貸す。後で書類持ってこい、くそ」

 了承を得た智和は二人を連れて、上の階の第一司令室へと向かう。詳細は着いてから話すことにした。

 そこにいたのはララと瑠奈、恵に新一、強希と琴美に長谷川のいつもの面々。加えてイリナと、輜重・航空科中期三年A組の茶髪でピアスをつけている、加藤穂乃香かとうほのかもいた。

「来たな。全員集まれ」

 長谷川の言葉を聞いて部隊の面々は椅子を持ってきて座る。連れてこられた四人は少し戸惑い、適当に椅子を持ってきて同じように座った。

 琴美は資料を全員に渡し、部屋の灯りを消す。前方のスクリーンに、プロジェクターに繋がれたノートパソコンの画面が写し出される。

「事情を知らない四人もいる。琴美、改めて説明を」

「先日、黒井企業グループの黒井商事代表取締役社長の黒井裕一くろいゆういち氏から警護依頼を受けました。警護対象は裕一氏の身内である次女、黒井沙耶氏」

 父親の裕一と沙耶の画像がスクリーンに写し出された。

「光西女子学院高等三年。十八歳。彼女は生徒でありながら、黒井グループ系列の《ディ・マースナーメ》という軍需産業を運営している歴とした社員の一人です。近いうち、彼女の社長就任に際して場所を設ける予定だということです」

 沙耶の画像がいくつか写し出された後、一件目と二件目の襲撃事件現場の画像が写し出された。

「これは沙耶さんが襲撃された現場の写真です。一件目は愛犬の散歩でいつも立ち寄る公園にて、三人の男に襲われました。付き人の宮下千香みやしたちかさんと愛犬が撃退し、三人は逮捕され身柄を拘束されました。

 二件目は仕事での移動する前、車のタイヤがパンクしていることを不審に思った運転手が車体の下を覗こうとした時、車体の下に隠れていた襲撃犯が短機関銃にて発砲。煙幕を使い、逃走しました。運転手は足を撃たれたものの命に別状はなし。沙耶さんは無事でした。

 しかし問題が。一件目の襲撃犯三人は警察に身柄を渡した後、忽然と姿を消しました。また二件目の襲撃犯が残した武装を考える限り、個人ではなく同一組織による反抗を考えるべきかと。また襲撃犯が消えたことと放送されていないことから、警察内部に襲撃犯の協力者がいるかと思われます」

「それにより裕一氏は我々IMIに依頼してきた。頼りたくとも警察は頼れず、民間警備も心許ない。故にIMIに依頼してきた」

「沙耶さんは警護を拒否しています。しかし状況を考える限り、対応するべきだと判断。今回の任務は沙耶さんの警護及び障害対象の排除となります」

 琴美はプロジェクターに蓋をして、スクリーンを片付けて部屋の灯りをつける。長谷川は地図を貼り付けたホワイトボードを前に出した。

「裕一氏の協力によって警護対象の動きは大体把握できている。今日は会社に立ち寄って会議をした後、帰宅する。

 我々が警護するのは翌日の朝から。八時頃に警護対象は出発し、会社へと向かう。それまでの移動ルートは目的地によって数ルートにまで絞ったが、臨機応変に対応しろ。ここまでで質問は?」

 足と腕を組んでいたララが、小さく手を上げて問う。

「そのお嬢様は拒否しているのなら、ボディーガードはつけていないの?」

「いいや。一応セキュリティポリスがいる。このセキュリティポリスは裕一氏が信用できる者達を選抜している。総勢六名。付き人の宮下千香を入れて七名になる」

「じゃあ、私達は警護するけど気付かれないようにってこと?」

「ああ。気付かれてもいいが、場合と言い方によっては尾行とも捉えられる」

「まるでストーカーね」

「それでもやるしかない。他に質問は? ないな。次に移る」

 長谷川は、琴美が用意していたミネラルウォーターを飲んで一息入れる。

「部隊編成についてだ。二班に分かれ、共に行動する。戦闘になった際、速やかに障害を排除し、警護対象を保護して離脱。IMIへ帰還するように」

 智和が口を開く。

「武装の指定は?」

「特にないが、爆発物はさすがに駄目だ。服装は制服ではなく私服にしろ。車もバンなどを用意させる。細かな武装は好きにしろ。また、監視として無人航空機グローバルホークを飛ばす。こちらも細かに情報収集して伝達する」

 今度は恵が質問する。

「敵の武装は?」

「詳細は不明だ。しかし用心しろ。警察と繋がっている犯罪組織はロクなものじゃない。大口径も考えた方がいい。そもそも、敵の詳細がわからない」

 故に、と。

「手加減する必要はない。戦闘開始になれば容赦なく叩き潰せ。遠慮も要らん。必要なだけ殺してその場を離脱しろ。いいな?」

「了解」

《特殊作戦部隊》の面々が静かに返事をする。後ろに座っていた四人はようやく事の大きさを理解して、各々が違うことを考えていた。

 一通りの説明を終え、その場で一度解散となった。

「加藤。車、見に行くぞ」

「あ。はい」

 軽い返事で加藤は強希の後を着いていく。二人が出ていき、恵と新一も出ていく。

「聞いた通りだ」

 龍とベンに智和は言う。

「夜までには準備し終えろ。装備の指定はしないから好きにしろ」

「わかりました」

 そう言って龍は、準備をする為に早速出ていく。後を追うベンが愚痴をこぼした。

「酷い状況になってきた」

「とてもいい状況になってきた。あの部隊と一緒に任務ができる」

「最悪の状況に喜ぶのはお前だけだよ」

 司令室。智和も準備をするべく出ようとした時、ララに声をかけられた。

「アメリカはどうだった?」

「いいお休みだった~?」

「ああ。良かったよ」

 ララと瑠奈の問いに答えた智和は、二人の後ろに隠れていたイリナを見つけた――隠れるとは到底言えないが――。

「……高期二年か三年か?」

「ち、違いますぅ! 中期三年のイ、イリナ、ヒルトゥネンです……!」

「中期三年? 一つ下?」

 一つ下の後輩だと知り、改めて体を見てしまう。しかし、身長や体型を見る限りではやはり後輩には見えない。クリスティーナより大人のような気さえする。

 イリナも気にしてか、顔を赤くして俯いたままだった。

 見兼ねたララが苦笑の表情を見せる。

「あまりからかわないで。彼女、恥ずかしがり屋だから。その代わり、実力は保証する」

「……まぁ、この場にいて、ララがそう言うなら期待はしているが」

 言葉を濁すように智和は頭を掻く。正直、イリナの見た目からではわかりかねる。ララが太鼓判を押すのだからそうなのだろうが、本人にそんな力があるのか疑問に思ってしまう。

 ララと瑠奈、そしてイリナも智和の心境を理解していた。そしてなにも言わない。本当かどうかはその場で示せばいい。

「そうだ。智和」

 片付けていた長谷川が意地の悪い笑みをしながら続けた。

「お前、古巣で随分とやらかしたみたいじゃないか」

「ネット見やがったな。コンチクショウ」

 ジョージア地区IMIの一騒動。長谷川はIMIのホームページニュースを見たと理解し、智和はあからさまに嫌な顔をした。

 瑠奈とイリナはなんの話かわからずきょとんとし、琴美は苦笑。ララは長谷川に乗っかるように嫌な笑みをした。

「貴方の連れって相変わらず野蛮よね」

「お前がそれ言うか。ララも充分野蛮だぞ」

「あら。私は子供の喧嘩みたいに挑発なんてしないわよ? 況してや、戦意喪失の相手にサッカーボールキックをお見舞いするような友人は持っていないし」

「えげつない尋問行為をする奴の言葉とは思えない」

 民間軍事企業アックスの騒動にて、ララのした行為を思い出す。それを悪びれることもないララを見て、智和は呆れて溜め息を漏らした。


――――――――――――◇――――――――――――


 赤い髪の少女――フランチェスカ・アルバーニは、東京の街中を堂々と歩いていた。

 貨物船に揺られながら横浜港に入港。手筈通りに警備もなく、楽に日本へと入ることができた。着替えなどの荷物は用意されたホテルに置き、必要な物を持って歩いている。

 デニムのホットパンツ、タンクトップの上に薄いパーカーを着て、サングラスをかけている。ゴアテックスのブーツを履いていた。身長こそ低いが、見た目と態度が子供とは思えない。

 身長と同じような大きさのバッグを縦に背負っていた。中身は大切な“仕事道具”が入っている。これは決して手放せない。

 指定された場所はそれなりに大きなビルだ。成る程。こんなオフィス街に堂々とあれば逆に知られないと、フランチェスカは適当に思い、見上げていた顔を前に戻して中に入った。

 広いロビーの奥にある受付スペースへ。白人の受付嬢がフランチェスカを見つけた。

「どのようなご用件で?」

「ミスターギブソンのセミナーを受けに来た。カルメンで予約してる」

 受付嬢は端末で予定を確認。参加者であることを確認すると、ゲストカードをフランチェスカに渡してエレベーターの場所と階数を教えた。

「相変わらず趣味の悪ぃ名前」

 ボヤいてエレベーターに乗る。カルメン。フランス歌劇オペラにて男を惑わす魔性の女。

「刺し殺されるじゃんか。怖っ」

 そんなことを言いながらも鼻で笑い、九階のボタンを押して扉が閉まった。

 九階に到着。エレベーターを降りて廊下を進むと、突き当たりに黒人が立っていた。

「ようこそ。既に揃っています」

 黒人の言葉を聞き流してフランチェスカは角を曲がる。すぐある扉を開くと、広々とした部屋にいくつもの椅子とテーブルが狂いなく規則的に並べられていた。八十人は入れる広さなのに、そこにいたのは僅か五名だけだった。

 ホワイトボードを背にして立つ白人は知っている。彼の依頼で中東の国へ行き、デモ隊のリーダーと副リーダーを撃った。彼がこのセミナー――という名の依頼説明――を開催するルーカス・ギブソン。細身で眼鏡をかけた彼はいかにも生真面目そうな人間だった。その横には対照的な白人が立っていた。ギブソンの護衛だ。

 他の三人は知らない。一人は黒人で、髪は短く刈り揃えていた。ジーンズとTシャツのラフな格好。だが目付きは一般人とは違い、妙な鋭さを持っていた。

 二人はアジア人。分かりづらいが一人は目付きで中国人だ。小太りで高級スーツを身に付けている。目付きは黒人のそれと似ているが、中国人の方が威圧的だった。わかりやすく言うなら、柄の悪い人間。

 もう一人はわからなかった。室内なのにESSの黒いシューティンググラスを着用していたのだ。身形みなりもなかなかおかしい。夏なのにスーツの上に薄いコートを着ていた。かといって、靴はフランチェスカと同じゴアテックスのブーツを履いている。

 フランチェスカは、あからさまにおかしい人間には近づかないようにしている。だがそのアジア人が唯一煙草を吸っており、灰皿もあったので、自分も歩きながら煙草に火をつけ、アジア人の隣に座った。アジア人も了承したらしく、灰皿をフランチェスカに寄せた

「さて、皆さんお揃いになったところでセミナーを開催したいと思います」

 ギブソンが銀縁の眼鏡を指先で直す。

「レスリー・テルフォード。陳大人チェン・ターレン。タカハシ。フランチェスカ・アルバーニ。貴方達と、レスリー、陳が率いる組織の力がどうしても必要です。

 我々《ロウヤード社》は軍需産業を担う企業であり、主に東欧を専門にしていましたが拡大していき、今では全世界にまで発展しました。これも皆様のご愛好のおかげです」

「ご託はいい。内容の続きを」

 黒人――テルフォードに促され、ギブソンは説明を続ける。

「私は主に航空分野の販売を担当しています。無人航空機の類いです。今の市場はとても競争が激しい。これから主力になる分野です。我々は自慢の無人航空機を定期的に販売し、そのグレードアップ商品も開発中です。

 しかしそんな中、お得意様からの発注が次々と減っていく。何故なのかを辿れば、《ディ・マースナーメ》という会社に行き着いた。従業員数十名の、日本の会社です。そこも我々と同じく無人航空機を販売していた」

「アンタらの商品が売れなくなったと」

「正確には取り扱いが減ってしまったんですよ。《ディ・マースナーメ》社は小型無人航空機を開発した。私は実際に見ましたよ。小さく、安価。カメラ性能もよく飛行時間も長い。愕然としましたよ」

「何で取り扱いが減るんだ?」

「我々は大型の無人航空機を扱っています。性能の良さは実績がありますが、米国軍需産業には追い付かない。東欧でさえ米国製を使う。対して《ディ・マースナーメ社》は小型。分隊行動においても性能は申し分なく価格も安い。生産面を補えば各国が欲しがるのは目に見える。“それだけならばまだ良かった”」

 少しずつギブソンの口調が強くなる。

「奴らは無人航空機の研究開発・販売権利を公開するよう呼び掛け、市場での自由競争をも呼び掛けた。“ふざけている”。誰がみすみすと金のなる権利を渡すものか。渡してはならないし、《ディマースナーメ社》の市場拡大は我々の障害になる。いずれ、我々のお得意様も離れていく可能性がある。

“させるものか”。我々の権利は奪わせない」

「売ることを自由にして何が問題なんだ?」

「全てだよ」

 フランチェスカの問いに隣にいたアジア人――タカハシが答える。

「販売感覚や顧客層、出席する会合など全てが違うんだ。それを上手くやれていたのに無人機の新規則策定に影響されている。互いが自己的になり、権利を取りたがっている」

 ギブソンは頷く。

「《ディ・マースナーメ社》はその策定にて、民間への販売を可能とするよう呼び掛けている。一般人にも無人機を飛ばせるように、と。人を殺すことができる物を一般人に持たせることを」

「そう言って、本当はアンタら大手の地位を保護してもらいたいから対立するんだろ?」

「フランチェスカの言う通り。しかし、我々とて売っている物がなんなのか理解している。空の目となる鋼鉄の鳥を大量生産して一般人に渡るのは避けたい。これには他の企業も手を貸して頂き、今回の為に資金援助もしていただいています」

「今回の依頼目標は?」

「交渉の余地はなくなった。《ディ・マースナーメ社》の次期社長である黒井沙耶。彼女を拉致し、強制的交渉へと移るのが一番の目標でしたが……そんな生温いことは言っていられません。

 依頼目標を黒井沙耶の殺害へと変更。障害は排除していただき、問題発生はその場にて対応する形となります。何か質問は?」

 レスリーが口を開く。

「日本の、東京で殺せと?」

「方法と場所は任せます。やりやすいようにお願いします」

「ここにはIMIがいる」

 タカハシが割って入る。

「今までの失敗を考えると、IMIの耳に入っている可能性が高い」

「失敗ではない」

 タカハシの言葉を強く否定した中国人――陳は眉間に皺を作る。

「武力的偵察だ」

「言い様の問題か」

「我々だけで目標は達成できる」

「達成できていないのが現状だろうに」

「黙れ日本人」

「ミスター陳」

 言い争いを咎めるようにギブソンが話しかけた。

「貴方達《蜂蜜フォンミィ》には少々失望しました。いくら勢力と権力を広げていこうが、二回の失敗は状況が悪い」

「我々の後始末は完璧だ。取引先の警察もちゃんと働き、我々が商品を渡している間は安全だ」

「警察ではない。IMIが問題なのですよ。日本のIMIは独自に行動する。いくら公的機関を味方につけようが、彼らはそれに食いついてくる。武器も渡しているのだから気をつけて頂きたい」

「理解している。次は必ず果たす」

「そうしてください」

「で、どうすんだ?」

 一本目を吸い終えたフランチェスカが煙草を灰皿に押し付け、二本目をくわえて火をつけた。

「充分な準備はしてきたつもりです。東京の地理はタカハシが把握しており、警察や消防などの行動も把握可能。《蜂蜜》による取引で警察も動きが鈍る。だが止まる訳ではありません。更にはIMIの駆け付けも視野に入れなければなりません。速やかに事を運ぶのが道理かと」

「その意見賛成。IMIは面倒臭い」

「タカハシには目標の把握と行動指揮を。フランチェスカにはタカハシの“目”となる役割を。レスリーと陳の組織には目標の殺害を」

「日本人が指揮をするというのか」

「ミスター陳。今この状況で日本人や中国人という垣根を無くしていただきたい。我々はビジネスをしている。ビジネス対象として捉えていただきたい」

「俺は別にかまわないよ」

 タカハシは静かに答える。

「聞いても聞かなくても、勝手に死んでも困りはしないんだ」

「私達が困りますがね。作戦の詳細は後程伝えます。必要物資も送ります。作戦実行は明日。セミナーはこれで終了します。皆さん、お疲れ様でした」


――――――――――――◇――――――――――――


 作戦内容を把握した智和は部屋に戻り、装備を整えて射撃場へと足を運ぶことにした。スコットからの銃と、SIG社からの部品を試したかった。

 スコットの考え通り、智和は拳銃の外観が気に入らなかった。スライドの刻印が気に入らないので、一緒に送られてきたスライドに交換。グリップも交換した。SIG社から送られたアッパーは、M4A1カービンと交換。

 第一屋外射撃場へと出向き、射撃場練習を行う。三十メートルの的で拳銃を撃つ。智和にとって四十五口径の衝撃は撃ちやすく、適度に重い方が反動も制御しやすかった。弾詰まり(ジャム)もなく、実戦を考えられた銃だ。なにより、初めてプレゼントされたもので嬉しかった。今後、この拳銃しか使わないと思った。

 ある程度撃って、今度はライフルの試射を行う。距離は三百メートル。撃ってみて感触は変わらない。スポッティングスコープで確認すると、全弾が的に命中。更には右寄りだが中心に近い着弾。

「スゲェ。よく当たる」

 思わず言葉を漏らしてしまう。ホロサイト装備ながらもこの着弾なら素晴らしい結果だ。SIG社製品の質の高さを改めて実感した。

「あら、智和もいたの」

 そこへララと瑠奈が銃を持ってやって来た。

「あれ、トモ君新しいのにしたの~?」

 早速、瑠奈が智和の銃に気がついた。いつも智和を見ていることはある。そこでララも目を向ける。

「アッパー変わってるわね。それに……ちょっと、Nighthawk Customナイトホークカスタムのカスタムガンじゃない。コスタ・リーコンモデルの」

「よく見ただけでわかるな。スライドとグリップ変えてるのに」

「ノーマルモデルでも高いって言うのに……そんな高級品どうやって買ったのよ」

「いくらぐらいするの~?」

「最低で二十万から三十万以上するわよ」

「えっ!?」

「後でサイト見せてあげる。智和には事情聴取が必要ね」

「意味がわからねぇ」

「それで、アッパー何と変えたのよ?」

「SIG社の516アッパー。撃ってみるか? よく当たるぞ」

 差し出されたライフルを手にしたララは、怪訝な表情をしながらとりあえず三百メートル先の的を狙う。

 数発撃ってみて、性能を実感した。

「凄い。よく当たる。凄い!」

 珍しくはしゃぎ気味のララは下ろしたライフルに目を向けた。

「SIG社のライフルを使ったことがあるけど、ほとんど同じ性能で撃ててる。よく当たる」

「こんな都市部じゃあまり意味ないが、遠くから狙えるならそれはそれでいい」

「いいわね、これ。注文できるの?」

「注文は時間が掛かる。なんなら一本やるぞ。同じ物をいくつか注文したからな」

「このサイズだけ?」

「14.5インチと16インチ」

「どっちも欲しい」

「かまわない」

「ありがとう。やった」

「ララちゃん嬉しそ~」

 約束を取り付けたララは上機嫌で智和にライフルを返す。その後、三人は一時間ほど射撃をしていた。


――――――――――――◇――――――――――――


 陽が落ち、ネオンサインが輝くようになる街の中。通行人が増え、活気ある街が更に賑やかになる。

 その中を、スーツの上に薄いコートを着た男性――タカハシが歩いていた。キャッチなどには目もくれず、彼は路地裏へと入っていった。

 ネオンサインの輝きが届かず数メートル先が暗い。雑多な音も聞こえなくなり、別世界と思えるような道を躊躇することなく進んでいく。

 着いたのは一軒の店。小さなクラブを経営していたらしいが潰れてしまい、今ではお尋ね者の温床となってしまった場所だった。

 タカハシはその店の前に立つ。コートの中からkel Tec社製のPMR-30拳銃を取り出す。装弾数が多く、使用弾薬は22口径のマグナム弾である。

 もう一つ。コートから閃光手榴弾を取り出し、安全ピンを外して店内に投げ込む。そしてすぐに店内へ入り、仕事を開始した。

 店内には八人の男と五人の女がいた。男は皆、Tシャツやバンダナなど何かしら一つの赤い物を身に付けている。

 十三人の男女が、閃光手榴弾によって視覚と聴覚をやられてしまった。レゲエの曲が大音量で流される中、タカハシは片手で構えることなく銃口を向けた。

 まずは出入口近くにいた男二人。頭に一発ずつ確実に撃ち込んだ。次にカウンターに座っていた男二人に女一人。背中を向けてうずくまっていたが、また頭に一発ずつマグナム弾を撃ち込む。これで八人。

 広い中央のスペースにいた残りを、タカハシは的確に頭と胸を撃ち抜いていく。女だろうが問答無用に撃っていく。マグナム弾を使っている為、頭だろうが胸だろうが致命傷だ。

 撃ち尽くしてスライドオープンした時、最後の一人がよろめきながらも力任せに椅子で殴り掛かる。しかしタカハシは簡単に躱す。撃ち尽くした時、最後の一人の手応えを感じていなかった。

 半歩下がって躱し、右手に拳銃を下げる。躱し際、コートの中に入れられていた左手が抜かれた。左手には折り畳み式の小さなカランビットナイフが握られていて、男の肘を切り裂いた。

 椅子を落とし、痛みに喘ぐ男の後ろに回り込んだタカハシは両膝を切りつける。膝をついた男の後頭部に蹴りを入れた。

 数十秒と掛からず、店内はあっという間に血の海と死体の山になってしまった。

 カランビットナイフをコートの下に片付ける。空マガジンも一緒に片付けた。店内に流れるレゲエの音楽が大音量で煩い。

「煩いな」

 床に置いていたスピーカーや機材をブーツで踏み潰す。一瞬で静けさが戻り、苦痛にもがく男の声が聞こえた。

「誰だ、テメェ。何者だ」

「殺し屋だよ」

 呆れたように答え、新しいマガジンに替えて銃口を男に向ける。

「見ればわかるだろ」

 引き金を絞る。至近距離で発砲されたマグナム弾は男の後頭部だけでなく、半分も吹き飛ばしてしまった。

 タカハシは拳銃をコートの下に納め、取り出した煙草を口にくわえて火をつける。そして何事もなかったかのように店から出ていった。

 先程来た道は戻らない。別の道を使い、大通りへと出た。雑多な人が流れている。その流れに逆らわずに歩き、ネオンサイン輝く場所から離れていく。周囲には住宅が多くなる。

 近くにある公園へと入る。街灯はあるが薄暗い。ベンチに座り、吸い終えた煙草を捨てて踏みつける。

 時間が経って一人の男性が歩いてきた。男性は距離をあけてタカハシの隣に座った。

「見事な、仕事だった」

 不馴れなのか、日本語が少し片言だった。

「皆殺しで良かったのか。関係なさそうなのもいたが」

「奴等は、俺達の縄張りを邪魔する。そこにいたということは、関係があったということ。殺して良かった」

 男は煙草を取り出してライターに手を伸ばす。その前にタカハシがオイルライターを差し出した。男は礼を言い、煙草に火をつけた。

「《レッド・グループ》は俺達――《蜂蜜》の敵だ。邪魔でしかない。大きな顔で《蜂蜜》の島で商売する。だから、見せしめとして殺した」

「アンタ達のリーダーは、俺をきらっているんだが」

「ボスは日本人が嫌いだ。家系もそうだ。だが日本での勢力拡大は必要。それに俺はお前を嫌いとは思っていない」

「ありがたいね」

「今後も、いいビジネス関係を築きたい。『それではまた今度』」

「『さようなら』」

 最後に男が中国語で挨拶をしたので、タカハシも中国語で返した。二人は正反対に歩いていき、公園には誰もいなくなった。

 先程の男は、香港黒社会――所謂チャイニーズマフィア――の《蜂蜜フォンミィ》に所属するリーという男。《蜂蜜》の幹部であり、陳の右腕的存在だ。

 彼が今回の仕事を依頼してきた。日本への勢力拡大に伴い、殺した男達のグループ――通称、《レッド・グループ》と敵対している。数年前までは《レッド・グループ》が勢力を伸ばしていたが、ある時期から縮小するかのように弱まっていった。

 それでも、今ここでは《蜂蜜》と《レッド・グループ》の抗争が起こっている。

 そんなこと、タカハシには関係なかった。関係あったとしても、彼は何も変わらない。

 拠点の一つとして使っているマンションに帰る。《ロウヤード社》から提供された拠点もあるが、安心することはできなかった。

 3LDKの部屋で、タカハシはようやくコートを脱いだ。丁寧にハンガーに掛ける。スーツからジーンズとTシャツに着替える。拳銃とカランビットはジーンズのポケットに入れた。小腹が空いたのでカップ麺にお湯を注ぐ。テレビをつけ、バラエティー番組を見ながら食べる。

 タカハシはこの時間が好きだ。くだらない、面白くないと言うテレビ番組を見ながら食事をする一時が大好きだ。これが、あるべき日常だと思う。仕事の自分と、今この瞬間の自分は紛れもなく違う自分。だから好きだ。いや、好き“だった”というべきか。

 誰もが面白くないと言うバラエティー番組を見て、小さく笑う。そしていつも泣きそうになる。それに気づかないままタカハシはシャワーを浴びて、ウォークマンで河島英五の『てんびんばかり』を聞きながら横になる。そしていつの間にか眠る。

 その間も、拳銃は近くに置いていた。カランビットナイフは折り畳まれたまま、常に右手の中にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ