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烏は群れを成して劈く  作者: TSK
第一部第3章
21/32

烏は群れを成して劈く

其れは全力で鳴いた。

全力で鳴くことしか、できないからだ。

 烏という鳥の特徴をご存じだろうか。

 多くは全身が黒く、ことわざでは白である鷺と対比されることがある。

 烏は、鳥類の中で知能が最も発達している。それなりの社会性を持ち、協力し、鳴き声で意思疏通を行う。電線にぶら下がったりなどの遊戯行動もする。また、人間の個体を見分けて記憶し、植物や、哺乳類、鳥類を区別して認識できる。

 烏は営巣期間中、縄張り意識が強い。不用意に近づけば威嚇や攻撃をする。巣立っても家族で群れを組み、子烏は自ら餌を集め、親烏に与えて独り立ちする。

 成鳥は固定された縄張りを持つが、若鳥は群れを成す。群れは仲間が窮地に陥ると助けにいく。

 ――何故、日本IMIが、一部の関係者から「烏」と呼ばれ、智和を育てた榎本誠二が「烏」と呼ぶのか、だいたい理解できる筈だろう。

 日本IMIは孤立し、その中で一個とした社会性を持っている。全てにおいて社会性はあるが、日本IMIはそこらの学校社会の範疇を越えている。縄張り意識が強く、一部では対抗意識を持っている。知能が高く、仲間意識が強い。

 烏と“忌み嫌われる”のは、雑食性で生ゴミや死骸を食べるような“理解されない”ことを平然と行い、危害を加えた存在には容赦なく攻撃する。烏の雑食性を、関係者は日本IMIの暴力性に置き換えて軽蔑する。若鳥が暴力に身を任せて、孤立することに。

 黒であることを白として、鷺を烏と言いくるめるその狡猾さを恐れている。

 故に彼らは《烏》と呼ばれている。


――――――――――◇――――――――――


 夜になって、台風はかなり弱まった。まだ雨が降り風も吹いているが、交通機関に支障をきたすほどではない。

 午後十一時半を過ぎた辺り。IMIの寮部屋を照らす灯りが疎らになって、一日が終わろうとしている。――だが、特殊作戦部隊だけは違う。彼らが活動するのはこの時間からだ。

 装備を纏めた荷物を持って、各自寮を出ると第一車庫へと集合。すぐに全員集まり、それぞれの準備に取り掛かる。

 夜の市街戦装備として、黒単色の戦闘服に着替える。必要だと思う者は肘や膝のプロテクターもつける。ヘルメットには暗視装置を取り付けており、新しく採用したHK416アサルトライフルや、ベネリM3ショットガンには光学機器が装着されていた。狙撃班の生徒もそれぞれの銃を用意している。他にも各自それぞれの装備を整えていた。

 智和達も同じように準備をしている。智和、ララ、瑠奈、恵、強希の五人は殆ど同じだ。強希は運転手としてあまりハンヴィーから離れられないものの、四人は動きやすさを重視して軽装備である。

 狙撃担当の新一はMk14 EBRライフルを用意したが、もう一丁のライフルを渡された。対物ライフルであるバレットM82A1。これは狙撃班に一丁ずつ渡された。7.62mm弾で申し分ないというのに、長谷川はわざわざ保管所に無理を言って貸し出してもらったのだ。「壁をぶち抜ける」という単純明快な理由で。

 新一としては良かったらしく、自前の対物ライフルを持ってきても良かったが、どうせならマガジンは同じにするべきとしている。M24A3ライフルもあるが、別に長距離射撃する必要ないとのことで持ってきていない。スポッター役の恵もいない――そもそも一人で充分な知識と技術がある――ので、必要はなかった。

 他にもハンヴィーにはM2重機関銃や、自動擲弾発射器のMk19が備え付けられており、突入する際に壁を壊すAT4などを準備。

 このように特殊作戦部隊――というよりIMI自体が――は、一般市民や公共施設への迷惑や被害を全く考慮していない。する必要すらないとさえ思っている。

「改めて見てみると」

 準備をしている最中、ララが思わず口を開いた。

「周りへの迷惑なんてなんとも思っちゃいない、ってわかるわね。グレネード出してるあたり」

「……お前がそれを言うか」

 五月に迷惑をかけたララがそんなことを言うものだから、智和は反射的に口にした。エリク事件に巻き込まれた側としては、「お前が言うな」と言いたい気持ちがあったが、それは言わないことにした。

 智和の真意を即座に理解したララは咳払いする。本人とてあまり触れられてほしくない出来事であり、叩けば埃のようにボロが出るのだから仕方ない。場合によっては、大きな埃の塊さえ落ちてくるのだから尚更だ。

「……本当に気にしないでいいのかしら?」

 わざとらしく話題を変えたことに智和は何も言わず、質問に「ああ」と答えた。

「周辺に住んでる一般人には気の毒だが、理由さえつければ大抵はなにも言えない。ないならでっち上げる。鷺を烏と言いくるめることが得意な連中もいることだしな」

「で、銃撃戦になったシナリオは?」

「『テロリストが潜伏。自爆テロ前に発見し、早急に対処』――こんなものだろ」

「下手な小説家が考えそうなシナリオね」

「そこら辺の奴らより面白くなくて悪かったな」

「おい、イチャイチャしてる二人組。最終確認だぞ」

 千里に呼ばれ、二人同時に「してない」と反論して、全員がいるテーブルに集まった。

 長谷川が、わざわざ普通科校舎からここまで車で来ていた。

「最終確認を行う。スナイパーA、B、Cは狙撃地点に到着次第、ビル内部及び周辺の監視。強襲までは待機だが、問題がない場合や支障を来さない状況ならば発砲を許可する。

 アタック1から4も同じくポイントに到着次第、待機だ。発砲は控えろ。バレたら元も子もない。

 そしてアサルト。速やかに事を運ぶには、チーム1クロウ――お前達に掛かっていると言っていい。移動してビル内部に侵入。電気系統システムを速やかに破壊しろ。障害は速やかに音もなく排除しろ」

「スナイパーの援護は?」

「可能なら」

「ならいい」

「電気系統システム破壊後、作戦通りに遂行。散々言ったが、近隣住民やらデモ隊やら政治家やらの反応は気にするな。お前達には関係ない」

 きっぱりと言い切った長谷川は一呼吸おく。

「これは私達の問題だ。IMIに関わる問題だ。馬鹿が喧嘩を売りにきているのなら、こちらは買ってやることが筋は通る。安くはない喧嘩を買ってやる。

 ――馬鹿共の喧嘩に大金をはたいて買った。売値よりも高い金だ。釣り銭もくれてやる。お望み通りにやってやる。

“だからな、遠慮はしない。お前達の喧嘩を教えてやれ”」

「“了解”」

 ――彼らの喧嘩は野蛮だ。“なんせ殺すことを躊躇わないのだから”。

 長谷川は普通科校舎に戻り、特殊作戦部隊は準備を済ませて出動の瞬間を今か今かと待ちわびる。

『予定時刻になった。出動しろ』

 午前零時。無線越しに伝わる長谷川の指示で特殊作戦部隊が車に乗り込む。M2重機関銃とMk19を備えたハンヴィー二台に、防弾仕様のワゴン車四台。

 ヘルメットを被る。ヘルメットにはバラつきがあり、各々が選んだ結果だ。防弾性よりも機動性・軽量性を重視しており、中にはスポーツで使用するヘルメットを改造して被っている者もいる。

 もっとも、室内戦で、更に相手は7.62mm弾の銃を持っていることを考えると、どこに当たっても致命傷であり防弾なんて意味がないに等しいと思っていた。ボディアーマーはともかく、ヘルメットなんて要らないとさえ意見した者もいた。結局、全員は被っている。

 特殊作戦部隊を乗せた車は正面入口からは出ない。生徒用入口からも、だ。一般公表していない地下通路があり、そこからIMI範囲外へと抜けて地上に出る。範囲外出入口は普段は通行禁止であり、一般人はまず詳細を知ることはない。

 地下通路を通って範囲外へ。四台は途中まで走行を共にして、雨が降る都心の夜に消えていった。


――――――――――◇――――――――――


 イラクでの偵察任務。ゴードン、ジェイコブ、コナーのいつものチームでハンヴィーに乗っていた。

 任務中にIEDを見つけた。移動ルートは毎回違うのだが、必ずIEDは見つかる。テロリストに情報が渡っている可能性もあった。

 解体処理班が来るまで待機していたが、地元住民が集まってくることを考えると待てなかった。コナーとジェイコブが解体処理をしたこともあり、すぐさま解体に取り掛かった。私は建物の屋上に、ゴードンは二人から離れた場所で警戒していた。

 爆弾は車。乗用車の収納スペースに155mm榴弾砲がたんまりと詰め込まれていた。爆発すれば大惨事になるのは間違いなかった。

 映画の『ハート・ロッカー』で似たようなものがあり、それでは解体できていた。だが実際、二人は手間取っていた。コードはラジカセに繋がっておらず、どれに繋がっているかもわからなかった。

 結局二人は諦め、撤退することにした。地元住民に避難を命じて――半ば脅迫に近いが――移動させた。

 その最中に、IEDは爆発した。

 爆弾はうんと離れなければならない。爆発そのものも気を付けなければならないが、爆発による衝撃波や破片も恐ろしいからだ。

 ジェイコブとコナーは隠れそびて、衝撃波と破片に襲われた。ジェイコブは衝撃波で脳をやられ、コナーは大きな岩の破片で左手と左足が千切れかかっていた。

 私は叫ぶコナーを尻目に敵を探した。爆発したということは敵がいるということで、携帯電話やポケベルを持つ現地住民を探したのだ。

 ゴードンは二人に駆け寄った。そこに一台の乗用車が突っ込んできた。私とゴードンは即座に撃ち、運転手を殺した。だが乗用車は止まらず、三人の十メートルほど前で爆発した。また、遠隔操作だった。

 私にはどうすることもできなかった。三人は無惨な死に方をしてしまった。上司や同僚は私を慰め、三人の死を悲しんだ。

 ……それなのに私は、三人の死に悲しみも怒りもなかった。

 他の兵士の死もそうであり、三人の死もそうだった。表面上では仲間であったものの、私は彼らを心の底から“想えなかった”。

 そればかりか、私は彼らの死を利用した。

 次の偵察任務で敵の襲撃に合い、なんとか反撃。五人のうち三人を殺し、二人を捕らえて拷問した。

「爆弾で殺した三人を知っているだろう」

「作ったのは誰だ」

「ボタンを押したのは誰だ」

 敵にすれば、知る由もないことを問われても答えることができない。本当に知らなかったかはわからないが、結局敵は答えなかった。二人は死んだ。

 それから毎回、私は敵を捕まえては拷問していた。

 結局、三人を殺した敵の情報はわからなかった。拷問は無駄になり、私の兵士人生を終わらせた。それでも軍は、仲間を失った故に私が愚行を犯したと情けをかけて、名誉除隊させた。

“それで終われば良かったのだ”。

 アメリカに戻り、質素で退屈な生活を送っていれば良かったのだ。

 それなのに私は再びイラクに行った。アフガニスタンに行った。コンボにも行った。傭兵として紛争地を渡り歩いていた。

 私は私を理解したのだ。永久に戦いの中に身を置いていたい、と。それを三人の死で理解しながらも、決して違うと拒否していたのだが、それは変えられなかった。

 私は戦い続けたい。

 紛争地から離れてもヨーロッパで殺し屋を営み、ポールに目をつけられて《アックス》に入社した。中々にいい場所で、私の望みを叶えてくれる。

 私は戦闘狂だ。それ故に、私の望みが叶えてられれば何をしてもいいし何をされてもいいと本気で思っている。

 だから、と言うべきか。私は三人を見殺しにしたのだろう。

“だろう”と言うのは、自覚がなかったからだ。敵を探すことに必死でもあるが、興奮を抑えられなかった。

 私は三人の死を利用して望みを叶えた。だから、だから……“蔑んでいる目を向けられる”。

“夢の中で、完全装備の三人が私を見下して軽蔑している”。

 私は私のしたいことをした。望みを叶えただけだ。なにも間違っていない。――それなのに私は耐えられない。彼らの視線が恐ろしい。私は狂っている屑だと自覚しているのに、私は彼らを恐怖している。

 私は、間違っているのか。

 また暗闇にゴードン、ジェイコブ、コナーが立っていた。軽蔑の眼差しを向け、手にしていた銃で撃つこともせず、罵倒もせず、私を置いて先に逝く。

 私は、何をしたいのだろう。

 私は、死にに逝きたいのだろうか。


――――――――――◇――――――――――


 目を覚ましたマイクは酷い憂鬱感を覚え、近くに置いていたミネラルウォーターを飲んだ。

 悪夢。そう表現するしかない。あの時からマイクは悪夢を見続けている。

「……ああ、クソ」

 悪い目覚めを振り払うように残りのミネラルウォーターを飲み干し、拳銃の確認をして周囲を見回す。

 品川にある七階建ての雑居ビルを、進行不可区域の人間を通じて倉庫用として借りている。周囲は同じようなビルがあるので、逃走する際にも問題はない。

 今このビルには、十九名の《アックス》社員がいる。社長のポールとは連絡がとれず、IMIに襲撃された際に殺された三人以外に、一人が行方不明だった。IMIに拉致されたか、殺害されたと判断した。

 だが問題はない。ポールに用はなく、武器や弾薬もこちらに運んでいる。

 そもそも、よくこんなビルを貸したと関係者に尋ねたことがある。土地区画が多く、跡地再利用で建設されたこのビルは最初、どうやら暴力団やマフィア関係が手を出していたらしい。だが警察やIMIが出てきて結局空きビルのままで、一般企業が入る前に進行不可区域の権力者が買い取った、とのこと。そんなビルを一週間の期限つきで貸し出したらしい。

 この階にはマイクの他に社員数人がいて酒を飲んでいた。ジョンは上の階で治療を済ませ、おそらくコカインを吸っている。アレンとマイケルはどこにいるかわからないが、ビルからは出ていないとわかっていた。

 笑い声が響く中で、マイクの携帯電話が鳴り響いた。誰も気にする素振りすらなく、マイクは拳銃を持ち、部屋から階段に出た。

 マイクは携帯電話をいくつか用意していた。売人から買った携帯電話ではなく、日本に入国した際に準備したプリベイド式の携帯電話。その携帯電話をじっと見て悩み、結局通話ボタンを押した。

「誰だ」

『電話番号を調べるのに苦労した』

 男の声。三十代のような若々しい声に聞こえる。

『社長は随分と手際が良かった。携帯電話などは残さなかった。拉致された者も撃たれた者もなかった。おかげで手間をわずらった』

「貴様、クライアントか」

『お前達のおかげで私の願望は潰えた。本当に余計なことをしてくれた』

「知ったことか」

『ああ、そうとも。お前に関係ない。そして私にも関係ない』

「何だと?」

『……そろそろか。最後にしよう。お前達はもう終わりだ』

 そう言って、相手は勝手に電話を切った。

「終わり、だと?」

 顔も知らないクライアントからの電話。色々と聞きたいことがあったが、マイクは微かな興奮を覚えて笑っていた。

「いいじゃないか。やってやる」


――――――――――◇――――――――――


 ジョンは痛みを忘れる為にコカインを吸っていたが、撃たれたことに対するIMIへの怒りと肩の痛みに耐えきれず、用意していた袋を破ってまた吸い始めた。

 撃たれた肩は肉を抉っただけで、骨に損傷がなければ血管にも損傷がなかった。本当に運が良かったとしか言い様がない。

 それが更にコカインを吸うことになることも、本人や他人も承知の上であり、だからこそ、この階には誰もいない。薬物中毒者には誰も近づきたくないのだ。武器も持たせているなら尚更である。

「クソ……クソ……クソ……!」

 コカインを吸って、瞳孔が開く。もはや目の光はなく、今はコカインで得た高揚感に浸っている。

 だが、それも一時的なものでしかない。やがて高揚感はなくなり、幻覚と幻聴に恐怖して神経を磨り減らし、またコカインに逃げる。負の連鎖ではなく死への連鎖だ。一度手を出しただけで破滅する。

 故にジョンは死ぬ。なにもしなくとも、勝手に死ぬ。

「惨めに死ぬのよ」

 腹を撃ったあの少女の声が聞こえ、中国コピーのM1911A1拳銃を向ける。銃口の先には腹と足から血を流す少女が、無表情でジョンを見ている。

 気付けばそこには誰もいない。なにも聞こえない。ジョンは周囲を見渡し、二度と見ず聞かない為に、またコカインを吸い始める。それが身を滅ぼすとしても、そんなことは当の昔に忘れている。

 既に正気ではないのだから。


――――――――――◇――――――――――


 アレンは自分の置かれている状況に絶望しながらも、なんとか希望を見出だして逃げようと模索していた。マイケルと一緒に、だ。他の連中にはかまっていられない。

 それに、今回の出来事において二人は完全に巻き込まれてしまった形だ。いつもなら悪巧みに加担せず、真面目に仕事をしてきた。学校建設を手伝い、村を襲ったタリバン兵も撃退して村人に感謝もされた。それなのにこの仕打ちは、あまりにも救いようがないではないか、と嘆くしかない。

 なんとしても抜け出す。マイケルを連れて日本を出る。アレンは固く決意していた。

 だが状況は良くない。それどころか最悪に近い。なんせIMIを敵に回した。子供に人殺しを教え込むイカれた組織なら、必ず部隊を送ってくる筈だとわかっていた。二十名にも満たない人数では、いくら子供でも完全武装したIMIの部隊には敵わない。

 逃げなければならない。今すぐに。

 行き先は一応ある。進行不可区域だ。あそこならばIMIはおろか警察も入ってこられず、国も介入しない。

 すぐに行動しなければならないが、《アックス》の目を掻い潜ることも重要だった。逃げることが知られれば無理矢理引き戻す筈。そんなばか騒ぎはやってられないし、喧嘩は余所でやれと叫びたい気持ちになる。

 夜になり、酒を飲んで気が緩んでいた隙を突いて部屋を出た。階段を上がり、暗い廊下を進んで、窓際にマイケルが座り込んでいるのを見つけて駆け寄る。俯いており、仲間が渡したビールには手をつけず横に置いていた。

「クソ、クソ、チクショウ……。俺は死ぬ、死ぬんだ。死ぬんだ、チクショウ」

 ジョンの治療を手伝わされ、状況を理解した瞬間にこの有り様だった。恐怖で体が震え、延々と呟いていた。

「マイケル。マイケル!」

 アレンは駆け寄ってマイケルの肩に手を置く。それでもマイケルが呟き続けていたので強く呼び掛け、ようやく顔を上げた。酷い表情で、絶望に打ちのめされていた。

「アレン……」

「逃げるぞ。今すぐに」

「無理だ」

「無理じゃない」

「無理なんだ。アレンは見たことがないだろう。彼らは恐ろしいんだ!」

 取り乱したマイケルは叫ぶ。声が聞こえているか心配してアレンは見回すが、あいにくと社員達は酒で酔っている最中で気になどしていなかった。

 マイケルは震えながら続ける。

「軍を辞める前に、IMIの派遣部隊と一緒にいたことがある。彼らは、彼らは凄く優秀だった。俺達よりも、本当に優秀で、人を殺していたんだ。アメリカIMI、日本IMIが最後まで残っていた。彼らは本当に狂ってるんだ! 子供なのになんの躊躇いもなく引き金を引いて、仲間を殺されれば殺し返す! まるでアメリカみたいで、理由があれば殺して、なければ作って殺すような連中なんだ! そんな連中は子供なんかじゃない、ただの狂人だ。俺はそんな奴らに殺されるんだ!!」

「落ち着け、マイケル!」

 アレンとて、噂程度ならば聞いたことがある。IMIの上位部隊は、人を殺すことをなんとも思わない集団だと。“そういった才能”が磨きに磨かれ、開花した人間の巣窟だと。

 そしてIMIの派遣部隊も知っている。最後まで残っていたアメリカIMIと日本IMIは、悉く殺していた、と。

 奴らを子供と思うな。そこいらの兵士としても扱うな。一人一人が特殊部隊員と思え――そんな噂が流れていた。

 噂を噂と流す者もいた。だが元の話がなければ噂自体が流れない。大それた噂だろうとも、こけおどしの噂だろうとも、噂の元があるのだ。

 だからアレンも恐れているし、焦っている。正体の掴めない相手など知ることすらできない。

「マイケル。よく聞け、マイケル。アメリカに行こう。進行不可区域に行って、まず日本を出る。そうすればなんとかアメリカに行ける」

「アメリカに行っても、親になんて言ったら……。仕事もない。それにIMIから逃げられない」

「俺の両親の農場で働けばいい。給料を出せるかはわからないが住み込みで働ける。妻や娘はお前のことを気に入っているし、両親も気に入る。きっとだ。やり直しはいくらでもできる!」

「……こんな俺でもか? ヒーローになれなかったのに?」

「ああ、そうだ」

 アレンの言葉に励まされたマイケルは、深呼吸して落ち着きを取り戻す。

「……わかった。アレンに着いていく。アメリカに戻る」

「よし。早速行こう」

 こんなビルから、そして日本から抜け出す為に二人は立ち上がり、非常階段の方へと向きを変える。

 一歩目を踏み出したか出さなかったの瀬戸際。窓ガラスが割れると同時に、マイケルの体が揺れて急に重くなった。手を引いていたアレンの体に液体のようなものが飛び散った。

 振り返ると、マイケルの頭の半分が弾け飛んでいた。即死である。頭蓋骨が砕かれ、脳みそがぐちゃぐちゃにされていたのだ。飛び散った液体はマイケルの血と肉だった。

 それが狙撃だと理解した瞬間、胸を撃たれて後ろに倒れた。銃弾が肺を貫通した。

 武器など持っておらず、痛みで声も上げられなかった。割れた窓から雨と一緒に黒一色の戦闘服に身を包んだ、完全武装した四人が入ってくる。初めはわからなかったが、髪の長い者や背丈、体型で女性――しかも子供だとわかった。

 IMIの部隊だった。

「腹だったら腸がばら撒かれてたな」

「それでも肺を撃ち抜かれてる。その内死ぬわよ」

 先頭の男女が短く会話する。日本語だったが、アレンは日本語がわからない。

 もう、マイケルを連れてアメリカに行けない。アメリカにいる両親や、妻や娘がどうなるのか心配だった。死にかけている自分より、他人を心配していた。

 意識がなくなりかけて、農場の風景が見える。小麦畑で妻と娘、老いた両親、それとマイケルがいる。アレンはそちらに、ゆっくりと歩き始めた。

「もう、案内できないじゃないか」

 自分にしか聞こえない呟きの後、男子生徒が右のレッグホルスターからサプレッサー付きのコルトガバメントを抜いて、アレンの頭に二発打ち込んだ。


――――――――――◇――――――――――


 特殊作戦部隊の各チームが、品川区の目的地に向かう。

「智和」

 移動途中の車内で、隣に座っていたララが口を開く。

「装備変えたの?」

「ああ。保管所から借りてきた」

 智和の右レッグホルスターには、FN5-7ではなくサプレッサー付きコルトM1911A2が入っている。

「サプレッサーの効果が高い。それに他の奴も使ってるから、もしもの時は共有できる」

 45ACP弾は初速が亜音速の為にサプレッサーとの相性が良い。またFN5-7を使っているのが智和だけだったので、個人行動ならばまだしも部隊行動となれば、なるべく口径を合わせるようにした。

 そう説明したが、ララは不満そうだった。

「ライフルにサプレッサー付けてるのに必要なの? そもそも邪魔じゃない?」

「屋内だったら取り回し重視だろ」

「ハンドガン使う場面なんて切羽詰まる時ぐらいよ。必要ないと思う」

「ライフルでのサプレッサーなんて、屋内だとそんなだぞ。近かったから聞こえる」

「ナイフで殺せばいいじゃない。突っ込むのが貴方の十八番でしょ」

「なんだか馬鹿と勘違いされてる気分だ」

「馬鹿でしょ」

「そろそろポイントに着く。だから二人共黙ってろ」

 同乗者の千里が短く注意する。バラクラバで顔半分を覆っており、彼女の鋭い眼光が印象的だった。

 ハンヴィー二台にワゴン車四台の計六台が、目的地のビルから離れた場所で停まった。そこからスナイプABCの三チームに、アサルトチームが動き出す。

 スナイプ三チームは目的地のビルを囲うように配置。アサルトは目的地のビルではなく、隣のビルに入り、非常階段を使って屋上へ。既にIMIが根回しをしている為、警報装置は鳴らないし警備員もいない。鍵などは問答無用で壊した。

 一気に屋上まで駆け上がり、ロープを使って隣のビルへと移動すると、すぐにまた降下準備に取り掛かる。

「にしてもこのビル、色々と手が加えられてるとはな。まさかヤクザやらマフィアやらの為に買い取ってたなんて」

 見取り図や長谷川からの報告で、このビルは色々と事情があることを聞いていた。進行不可区域の人間が買い取ったことも、だ。

 その為、ビル内には色々と施されており、法律を無視した内部になっている。電気系統の類いも、無理矢理に上の階へ持ってきていた。

「法律無視して手を加えたおかげで、私達はこうやって屋上から侵入できる」

 珍しく恵が口を開いた。任務中は必要なこと以外はあまり話さない。

「だとしても、雨の中の降下は気分のいいものじゃない」

「まぁ、そうだよね~」

 瑠奈とて雨の中のロープ降下は、あまり乗り気ではなかった。それでもやることに変わりはないので、これ以上の愚痴は漏らさなかった。

「聞こえるか、スナイプ2」

『こちらスナイプ2。通信良好ッス。四人もバッチリ見えてるッス』

 無線越しに新一が答える。

 四人が降下し始める。五階の窓から侵入する予定だが、新一が待ったをかけた。

『二名確認』

「奥の方まで見えるか?」

『なんとか。廊下には二人以外いないッスね。どうします?』

「長谷川からの発砲許可は出ている。二人を撃ってから侵入する」

『了解ッス』


――――――――――◇――――――――――


 新一は《アックス》の社員二名を、ダットサイトと暗視スコープ越しに見ている。一人の頭に照準を合わせる。

 急に立ち上がったが焦りはなかった。冷静に対応し、照準は頭を捉え続けていた。子供とはいえ、IMIの狙撃専門部隊に所属しているなら、こんな近い距離ならば当然である。

 引き金を絞る。サプレッサーを装着しているが、完全な消音なんてできない。それでも人が来ることはないので安心だった。

 一発目は見事に頭を撃ち抜いた。弾けた瞬間をスコープ越しで見て、即座に二人目に狙いを定めて絞る。頭ではなく胸だ。外すなどとは思っていないが、念には念を入れて当てやすい胸を狙った。それに智和達もいる。

 二発目は右の胸を貫いた。二人目は倒れ、待機していた四人がビルに入った。

「相変わらず速ぇな」

 隣で見ていた同じチームの生徒がボヤく。

「セミオートマチックだったらこんなモンッスよ」

 特になにも思うことなく、ただ黙ってスコープを覗いていた。殺してもなにも思わない。楽しがることもなければ悲しくなることもない。

 ただ、死んで同然だとは思った。あんな連中の仲間だから、どう足掻いても生き残ることはないだろう、と。


――――――――――◇――――――――――


 窓ガラスが割れ、新一の合図で四人はビルに侵入した。二人の男は倒れ、一人は頭半分を吹き飛ばされ、もう一人は胸を撃たれている。

「腹だったら腸がばら撒かれてたな」

「それでも肺を撃たれてる。その内死ぬわよ」

 智和とララが呟く。男は意識がなくなりかけているのか、反撃を示す動きはしなかった。

 アレン・マイヤー。全員を資料で確認しており、頭を半分吹き飛ばされたのがマイケル・リーヴァーだということもわかった。

 直に死ぬのは目に見えているが、無駄に痛みを味わせることもないだろうと、智和は拳銃の銃口を向ける。うわ言を呟いたアレンの頭に二発撃ち込んだ。

「アサルトより司令室へ。二名排除。支障なくビルに入った。どうぞ」

『司令室よりアサルトへ。そのまま速やかに行動せよ。以上』

「死体はどうする?」

「そのままでいい。瑠奈、恵。あったか?」

「こっちにあったよ~」

 相変わらず間延びした瑠奈の口調に緊張感がないと思いながら、三人はそちらに歩いていく。

 瑠奈が見付けた電力室は狭く、機材がごちゃごちゃしていて物置と化していた。《アックス》ではなく、管理している人間の問題だろうと深くは考えなかった。

「恵、準備しろ」

 電気系統を破壊するべく、恵は大きめのポーチを開く。中にはC4爆弾や起爆装置、ガムテープなどが入っている。壁を破壊する訳でもないので、爆薬の量は少なかった。それでも破壊するには充分だ。

「ここで一つ相談だが」

 作業途中、ふと智和が口にした。

「ここは五階だ。上下階のどちらかを行くのもいいが、挟み撃ちにはされたくないのが個人的な意見だ」

「同感」

 ララが賛成の意を示す。

「下の階に行くのは得策じゃない」

「じゃあ四人で上に行く~?」

「それもアリだが、時間は限られている。他の連中に任せると時間が掛かるし、逃げてきた連中に挟み撃ちされる可能性もある」

「こう言いたいんでしょ」

 作業を終えた恵が呆れて言う。

「さっさと片付けたいし挟み撃ちにされたくないから、二人に別れて上下階に行く。こういうことでしょ」

「流石。わかってるじゃないか」

「普通に考えたら馬鹿以外の何者でもない。愚行」

「殲滅できない、と?」

 わざとらしい智和の発言に恵は溜め息を漏らす。だが顔を上げた時の表情は冷たいものに変わっていた。

「できる。やってやる。全員、殺してやる。千夏を傷つけた奴を見つけ出して、玉を握り潰して殺してやる」

「それでいい。瑠奈、恵と一緒に上を頼む。ララは俺と一緒に下だ。起爆は俺がしよう」

「もう~。長谷川先生怒るよ~」

 苦笑する瑠奈だが、恵の心情を理解していただけに止めはしなかった。

「ちゃんとサポートするから任せてね~」

 瑠奈と恵は電力室を出て、階段の踊り場で待機する。智和とララも安全な場所まで離れる。

「こういう時に恵の性格は役に立つ」

「予定通りにはいかないものね」

「心配か?」

「まさか。二人が強いのは知ってる。私達もね」

「当然だ。こちらアサルトより司令室へ。爆破準備完了。いつでもいける。どうぞ」

『司令室よりアサルト。アタック1から4の準備も完了した。窓から離れろ。巻き沿いを食らう』

「了解。合図を」

『爆破五秒前、四、三、二、一、爆破』

 起爆スイッチを三回ほど素早く押すと、仕掛けたC4爆弾が爆発。電気系統を破壊し、ビルの電気を奪い去る。

 その直後、爆発が連続して起こりビル全体が揺れた。


――――――――――◇――――――――――


 爆発が起きて、電気が消えた。真っ暗闇の廊下の中で、マイクは状況を真っ先に理解した。IMIが仕掛けてきた、と。

 マイクとて聞いたことがある。IMIが所有する最高部隊。それは人殺しをなんとも思わず、ただただ殺し、殺し尽くす死神のような部隊。いや、事実上、死神だ。何をしてでも殺し尽くし、死を生産する悪魔の部隊。

“なんて楽しみなのだろう”。

 迎え撃つ為、マイクは別の部屋へ歩いた。ビルが揺れ、よろめきながら別の部屋へ。その表情は笑っていた。


――――――――――◇――――――――――


 電気が消えて、ジョンは周囲を見渡した。

 まだ周りにはなにもいない。血だらけの少女もいなければ、死へと誘う言葉も聞こえない。

 それでもコカインへ手を伸ばし、慌てる中必死に冷静を保ちながら満喫する。

 果てしない高揚感。心臓が波打つように興奮し、神経が研ぎ澄まされていく感覚を抱く。

 ああ。とてもいい。なんてクレイジーでクールなモノなのか。まるでスーパーマンにでもなった気分のように、ジョンは深く息を吐いた。とてもいい。“本当にとてもいい”。

「殺してやる。殺してやるさ。クソッタレ」

 側に置いたアサルトライフルと拳銃を持ち、ビル全体が揺れてベッドから転げ落ちた。その表情は笑っていた。


――――――――――◇――――――――――


 合図が出され、爆発が起こる。一斉に電気が消えた。

 アタック1から4のうち1と2のハンヴィー組、3と4のワゴン車組がビルから少し離れた位置にいた。

 ワゴン車から降りた部隊は既に武装を整えている。その中にはAT4を構えた生徒もいた。

 AT4を構えた生徒の後ろで、別の生徒が構えた生徒の頭を軽く叩く。簡単な安全確認のようなものだ。耳を塞ぎ、顔を背ける。

 発射されたAST弾薬は、建物の壁に大きな穴を開ける。貫通した内部で爆発し、爆風で丸ごと粉砕する。そんな弾薬が五発、ビルの三階と四階に撃ち込まれた。

 穴が開き、破片と爆風で肉が飛ぶ。悲鳴が谺して、外からでも聞こえてきた。だが特殊作戦部隊の面々は聞く耳持たず、そこをM2重機関銃の12.7mm弾やMk14の40mm高性能炸裂弾がビルに叩き込まれる。

 市街地でなんて恐ろしいことをしているのか、特殊作戦部隊は全員が理解していた。だから尚更達が悪い。開き直っているようなものだ。殺せればそれでいい。惨めに死んでいれば尚いい。自分の手で殺せれば最高にいい。“全員殺すと決めたのだから”。

 殺すと決めた。特殊作戦部隊の表情は笑っていなかった。


――――――――――◇――――――――――


 アタック1と2の絶え間なく続く援護の中、暗視装置を装着したアタック3と4が正面玄関から突入。入口におらず、一階に数人残して二階へ。

 二階に上がりきる前に銃撃された。部屋の入口から銃と頭を出している《アックス》社員が、叫びながら引き金を絞り続ける。

 特殊作戦部隊は身を潜める。手榴弾を投げようとした時、千里は別の提案をした。

「スナイプ1。二階階段から廊下までが見えるか?」

『こちらスナイプ1。馬鹿の頭がよく見える。部屋にも多数確認』

「入口にいる奴を撃て」

『了解』

 次の瞬間、窓が割れて、男の頭が弾けた。それを合図にするように特殊作戦部隊が移動。半分が二階に残り、半分は上に行った。

 千里を含めた数人は三階へ。階段を上がって廊下には誰もいない。四階には行かず、三階を制圧する。

 三階は酷い有り様だった。AT4だけでなく、12.7mm弾や40mmグレネード弾を撃ち込まれた為に壁は崩れ、外から丸見えになっていた。

 千里達が部屋に入ろうとした瞬間、銃撃されて廊下に引き戻した。壁から離れて生き残っていた社員達が、侮蔑を叫びながらアサルトライフルを撃っている。千里達には撃てない。

 千里達“には”。

「スナイプ3。撃て」

『了解』


――――――――――◇――――――――――


 チーム3は応答し、引き金を絞る。壁が崩れたことにより障害物は格段に少なくなり、監視をしている側には好都合だ。もちろん、狙撃でも同じだった。

 丸見えとなった男の頭を捉え、引き金を絞ると頭がトマトのように弾け飛ぶ。引き金を絞った生徒はスコープ越しに見る光景が大好きだった。冷静だが、殺したほんの瞬間は高揚感を覚える。

 男達が叫ぶ。狙撃に気付いて身を隠し始めた。それでも生徒はSR-25の引き金を絞り、隠れそびた敵を撃ち続ける。足を撃たれてのたうち回る者や、爆発によって無惨に死んだ死体を目にしては、いい気味だと思っていた。

 敵は障害物に身を隠した。いくら7.62mm弾でも確実にコンクリートを撃ち抜けるかは不安で、撃つことはしなかった。だがスコープから目を離さず、一言こう口にした。

「“止まったぞ。撃ち抜け”」

「“ああ”」

 隣で対物ライフル――バレットM82A1を構える生徒は答え、撃つ。衝撃波が周囲を泳ぎ、太いマジックペンのような空薬莢が宙を舞う。

 M2重機関銃と同じ12.7mm弾。それはコンクリートの壁を容易く撃ち抜き、後ろに隠れていた敵の体を引き裂き、血と肉をばら撒きながら真っ二つにした。

 これが対物ライフルの真骨頂。コンクリートを撃ち抜き、人間を引き裂くその威力。本当に弾け飛ぶ。

 突然、仲間が引き裂かれたことに男達は状況を理解できず、理解しても恐怖で錯乱して逃げ出す始末。統制もなにもなかった。

 動けない者は12.7mm弾で引き裂かれ、逃げ出す者の背中には7.62mm弾を撃ち込まれ、なんとか射線を出ても千里達が必ず殺した。どこにも逃げ場なんてないのだ。もう、どこにも。そんなものはなかった。


――――――――――◇――――――――――


 六階にいた《アックス》の社員達は電気が消えても何も思わなかった。だがビルに衝撃が加えられた瞬間、異変に気づいた。

 混乱に乗じて、瑠奈と恵が一気に飛び出す。恵が前に、瑠奈が続く。

 最早、恵には彼らを殺す以外に関心がなければ興味もない。殺したくてたまらないのではない。“殺さなければ気が晴れない”。千夏を痛め付けた奴等を殺さなければ、彼女に会う顔がない。

 サプレッサーは外している。銃声が部屋内に谺する。銃を掴む暇もなく、銃弾が肉を裂き、骨を砕く。血を吹き出させても恵は満足などできなかった。全員、殺さなければ。全員、殺さなければ。全員、殺さなければ。

“殺してやらねば報われない”。

 もう戻らない。彩夏は死んだ。千夏の心は死んだ。今までの関係と日常が死んだ。あるのはただの記憶と思い出だけ。他は全て死んでしまった。

 覚悟はしていた。こうなることは経験しており、今更何も責めるつもりも、責める資格もない。恵達の“日常”はこれなのだから。簡単に崩れる脆くて歪な、繊細で硝子の様な綺麗な綺麗な“淀んだ日常”。

 壊れるのは当たり前だった。時間の問題だった。

“それでもコイツ等が許せない”。

 単純かつ明解な意思。子供であるが故に純粋な意思。それが恵を支配する。敵を殺す為に支配する。

 突っ込みながらも敵を撃ち抜く技術は、素質と訓練の賜物だ。殺すか、行動不能にさせる。行動不能にさせた敵を、瑠奈が確実に仕留めていく。

 敵の一人が飛び掛かって銃を掴んだ。銃口を上に向けさせ、恵の首を掴みにかかる。

 だが恵はそれより速い。咄嗟に銃を離すと一歩引いて間合いを図り、左手で男の手を弾いてから右の掌底を顎に打ち込む。よろけた隙に金的。玉が潰れ、男は断末魔に似た叫びを上げて悶える。

 その頭に肘を打ち込んで倒すと、手刀で喉を突き刺す。これで仕留めることはできたが飽き足らず、血に濡れた右の拳で顔面を殴り続けた。数発で顔が潰れ、外見での判別が難しくなるほどに。

「メグちゃ――」

 声を掛けようとした時、足音を聞いて二人同時に飛び込んだ。次の瞬間、銃弾が飛来した。

 七階にいた《アックス》の社員だ。たった二名だが、二人を動けなくさせるには充分な距離だ。

 それでも、二人が同じ場所に隠れていないのが救いだった。恵がハンドサインで回り込むことを伝え、瑠奈は頷いて援護する。恵はライフルを持たず、瑠奈が撃っている間に隣の部屋に走る。

 とても静かな印象だった。それは死体がなかったせいもあるが、今更ながら、あまり人が入っていないことを思い出した。

 そんなどうでもいいことを頭の中から追いやった恵は、ホルスターから9mm口径のUSP COMPACT拳銃を抜く。暗闇を歩く、その数歩目だった。

「ハハアッ!」

「っ!?」

 決して油断していた訳ではなかった。暗視装置に頼りすぎていたことと視界の悪さで、隠れていた敵――ジョン・アンダーソンを見つけることができず、真横から飛び付かれた。

 拳銃を構えるが既に遅い。タックルされて体勢を崩された。いくら恵でも体重と勢いのあるタックルを防ぎきるのは難しい。不意打ちや格闘経験者なら尚更。

 故に、すぐに状況を判断した。

 拳銃は捨てる。後ろに倒されなければいい、と。左足でほんの一瞬なんとか踏ん張り、体勢を崩されながらも力任せにジョンを振りほどく。これだけでも恵の身体能力は異常だ。

 床を転げ回り、ジョンは立ち上がる。笑いが止まらない。生気のない瞳が獲物を睨む。犯したい、殺したいと本能が叫ぶ。

「お前じゃない」

 恵は呟く。それは呆れと失意に満ちていた。

「お前みたいな薬物中毒者は、犯して殺すしかない。千夏を傷つけた奴じゃない。私が本当に殺したい奴じゃない。でも――」

 両手を顔の前に、ボクシングのように構える。

「殺してやる」

「やってやる。ああ、やってやるさ。俺は今、最高に気分がいい。ハッピーだ。何でもできる。お前みたいなガキの穴を突きまくって、泣き叫ばせながら首を折ってやる。その時の感触と興奮は最高だ。穴が引き締まって気持ちいい。最高にクールでクレイジーだ……」

 不気味に笑いながらジョンは呟き、ただ本能に従って襲いかかる。恵の目はゴミを見るような冷たさで、向かってくる薬物中毒者に反応した。


――――――――――◇――――――――――


 四階にいた社員達は上の階から伝わった衝撃と停電、ビルの壁が砕けたことに混乱していた。アルコールの酔いは嫌でもさめた。

 爆発や破片、または12.7mm弾や40mmグレネード弾に巻き込まれて体の一部を吹き飛ばされる者がいた。叫んで助けを求めるが、彼らは簡単に見捨てて奥へと走る。

 暗闇から二つの人影が浮かび上がる。立ち止まった直後、銃口から火を吹いて5.56mm弾が発射。社員達の体を貫いていく。

 二つの影――智和とララは、素早く、確実に胸と頭を撃ち抜いていく。まるでその作業を行う機械の如く、淡々と、冷酷に。

 例え敵が傷ついていようが関係ない。寧ろ手間が省けた。“動く的”が動けないなら都合が良い、ぐらいにしか思っていない。

 飛び散った瓦礫に巻き込まれ、体の半分を失った男が弱々しく助けを乞う。だが智和とララは無表情で、背中を向けると次の部屋を探索し始めた。仕留めることすらしない。ただ黙って苦しんで悶え死ね、と。

 それが二人の共通の考えだ。彼らはそれだけのことをしたのだと。彼らが理解できていなくとも、彼らはただ死ぬだけでは済まされない。それだけのことをしたのだから、楽に殺すことは考えていなかった。

 ――ああ。声が聞こえる。殺せ、殺せ、と谺する。思考を支配して智和を支配する。

 殺さなければ。殺さなければ。殺さなければ。

 ――殺戮を求めている。血に飢えている。悲鳴を聞きたがっている。彼は、智和は、殺したがっている。

 殺さなければ。殺さなければ。殺さなければならない。殺したい。

 ――快楽は求めていない。ただ殺戮を求める。ただただ殺戮を求める。それのみしか求めていない。

 殺したい。殺したい。殺したい。

 ――この瞬間、智和にはそれしかなかった。復讐などとは考えていない。“ただ殺すことしか考えていなかった”。

 殺す側に回りたい。殺すことしか頭がない。殺したくてたまらない。“何故かは知らないが殺したい”。

 対してララはそう思っていない。殺さなければならない任務だから殺す。任務を遂行することしか考えていなかった。

 そして、普段に感じなくなっていた恐怖を感じていた。常に誰かに見られている、狙われているような視線。恐怖が少しずつ増していく。警戒も比例して強くなる。悪寒を感じて気持ち悪い。

“確かに、狙われている感覚を理解した”。

「智和、待って!」

 叫び、智和も理解して足が止まる。それも原因の一つだが、全てにおいてほんの少しだけ遅かった。

 銃声が幾発も響き、智和の体に衝撃を与えた。防弾装備のベストに四発、ライフルに二発。ライフルは使い物にならなくなり、撃たれた智和は後ろに倒れた。

 撃たれたが、穴は空いていない。四十五口径の為に貫通していなかったのだ。銃弾は全て防がれた。しかし、衝撃は防げない。智和の体に、ハンマーで叩きつけられたような衝撃が襲う。骨にヒビが入り、息が詰まる。

 後ろにいたララは一瞬、智和が死んだと愕然した。だが、ベストが銃弾を防いだと知ってすぐに正気を取り戻すことができて、撃ってきた方向にライフルを構え直す。

 銃口を構えた時には、既に懐へと潜り込まれていた。《アックス》の社員であり、元凶である男――マイク・ボーンは奇襲を完璧に成功させたのだ。

 拳銃を放り投げ、タックルしたマイクはララを掴み、そのまま壁に叩きつける。背中を強打され、ライフルを落としてしまったララを、何度も壁に叩きつけた。

 叩きつけられたララは何もできず、無防備のまま顎に掌底を打ち込まれて意識を失った。マイクは、腕を離して床に崩れたララの拳銃を見る。レッグホルスターに入れていたワルサーP99を手にすると、初弾が送られていることを確認してララに銃口を向けた。

「“やめた”」

 一言呟くと、掛けていた引き金から指を離し、スライドを引いて弾丸を全て排出。マガジンも抜いて放り投げ、拳銃も別方向に放り投げた。ライフルも拾い上げ、マガジンを抜いて捨てる。ライフルからも弾丸を排出すると投げ捨てた。

「こんなのじゃないだろう、お前達は。俺を楽しませてくれ。“満足させて死なせてくれ、IMI!”」

「煩ぇなぁ……!」

 付き合いきれないといった風に吐き捨てた智和は、ホルスターから拳銃を抜く。だがマイクは見逃さずに拳銃を蹴り飛ばすと、智和の腹にも蹴りを入れた。骨にヒビの入った状態では、とても効いた一撃だった。

「どうした!? 俺を殺しに来たんだろう。殺したくて堪らないんだろう! かかってこい!」

「ごちゃごちゃと煩い野郎だな。資料と違うじゃねぇか、クソ」

 深呼吸して、痛みが消えないまま立ち上がる。上半身が痛み、呼吸がしづらい。

 相手は丸腰。拳銃もない。付き合う道理はなにもないのだが、あれだけ舐められては自分のプライドが許さなかった。

 意味を成さないベストを脱ぐと、いくらか呼吸が楽になった。ヘルメットも外し、ナイフも外した。

 それを見たマイクは、とても嬉しそうにしていた。

「そうだ。かかってこい。同じ屑同士だ。屑でもプライドはあるだろう」

「プライドもクソもあるかよ」

 久々の英語を話す智和は髪を掻き上げ、ボクシングのように構える。

「殺してやる」

「殺してみせろ」

 直後、二人の男がぶつかり合った。


――――――――――◇――――――――――


「メグちゃん!?」

 明らかに遅い行動に瑠奈は痺れを切らして叫ぶが、恵からの応答はなく、ここで異変が起きたことを察した。

 とはいっても、二人から撃たれて釘打ち状態にされていては動くことすらできない。マガジンはまだあるが、真正面からの二対一では勝ち目はない。

 顔を出そうにも撃たれて見れない。鏡を出しても撃たれると思い、出していなかった。それでもこのまま待つつもりはない。状況を打開して、恵を助けなければ。

 ポーチからスモークグレネードを取り出す。ピンを抜いて投げると、瞬く間に部屋の中を白い煙が埋めていく。

 マガジンを交換し、制圧射撃をしながら一気に飛び出し、二人の元へと駆ける。

 僅かな隙を着いて辿り着く。マガジン交換をしている暇はなく、手放してグロック17拳銃に持ち変えた。呆気に取られている二人の距離は二メートルもなく、迷うことなく引き金を絞った。

 数発の9mm弾が一人目を撃ち抜く。だが二人目には当たらない。そればかりか、男は死体となった仲間をあろうことか足蹴りして蹴飛ばした。

 蹴飛ばされた男が瑠奈にぶつかる。慌てながらも冷静に横に飛ばす。

 再び拳銃を構えようとしたが、男がナイフに持ち変えて刃を突き出していた。切っ先が胸へと一直線に向かう。

 撃つのは間に合わない。

 判断し、咄嗟に手から拳銃を離すと、そのまま広げた手で男の手首を掴む。足に力を入れ、体を半回転させる。もう片方の足は男の足を刈るように払い、勢いも利用して、瑠奈は見事な投げで男を床に叩きつけた。

 瑠奈とて特殊作戦部隊の生徒だ。彼らの中では見劣りがちになってしまうものの、他の者達からすれば優秀過ぎるほどだ。射撃や格闘もそつなくこなし、遥かに上手くやる。特殊作戦部隊に所属するということはそういうことであり、端から見れば瑠奈も異常者の一人に過ぎなかった。

 背中を叩きつけられた男は悲鳴を漏らし、息が詰まるような感覚と痛みに襲われる。瑠奈は容赦せず、掴んでいる腕の肘を反対方向に無理矢理へし折る。掴んだまま膝を胸に打ち込み、掌底を顎に打ち込む。悶える男から離れ、転がっていた拳銃を手にして頭に二発撃ち込んだ。

 瑠奈は優しい。それはセナに対しても世界に対しても、彼女自身の思想故に成り立っている。そんな彼女が、なんの躊躇もなく人を殺した。

 結局は矛盾しているのだ。

 瑠奈は全員救いたいと願っている。だが、それは結局、瑠奈が見ている者にしか抱かない感情なのだ。でなければ、アレンやマイケルを殺す前に何か言っていたであろうし、簡単に人を殺すこともしない。そもそも、特殊作戦部隊にすら入る必要はなかったのだ。

 そんな矛盾に気づかぬまま、装弾数を確認した瑠奈はマガジンを交換して拳銃をホルスターに片付け、ライフルを拾ってマガジンを交換。恵が走っていった部屋に駆けていく。死体などは気にもせず。


――――――――――◇――――――――――


 向かってくるジョンに構えている恵は、前に出している左足に力を込めて右足を振るう。鞭のような蹴りがジョンの左脇腹にめり込む。

 が、ジョンは止まらなかった。少しよろけた程度で、間合いを詰めて手を伸ばしてきたのだ。痛みを感じないほどに神経がやられており、恵の隙を作る羽目になってしまった。

 右手に捕まらない為に、手で弾きながら横に飛ぶ。片足で飛んだ為に体勢は悪いがすぐに立ち上がる。

 邪魔なヘルメットを脱いで投げつける。スポーツ用の軽量ヘルメットだが硬い物は硬く、武器にもなる。それでもジョンは手で弾いた。拳の痛みは感じておらず、ただずっと笑っていた。

「ジャンキーめ……!」

 痛みを感じないメリットとはこれほどのものか、と痛感しながらも鬱陶しさも抱く。更に言えば恐怖もない。自分が負けることなど微塵も考えていないのだ。

 ジョンの頭の中にあるのは、どうやって犯すか、どうやって殺すか、程度のものだ。自分が気持ち良くなればそれで良く、本能のままに動いている。犯して殺そうが、殺して犯そうがかまわないのだ。

 だが、恵とて負ける気など全くなかった。薬物中毒者の相手も手慣れたものであり、既にいくつか対策は考えていた。

 再び構える恵に、ジョンは相変わらず笑っていた。“何が面白いのか全く理解できない”恵は、一気に踏み込んだ。

 体を低くさせ、沈むようにジョンの懐に潜り込む。あまりにも速い踏み込みに余裕を見せていたジョンは反応できない。

 まずは腹に拳をめり込ませるように打ち込む。一瞬だけだが、体を浮かせられるほどの衝撃。それでもジョンは左の拳を振るう。

 まさか反撃するとは思ってもいなかったが、単調な攻撃で容易に躱して体の左側に回り込む。先程振るったジョンの左腕上腕を右手で、下碗を左手で掴むと、無理矢理に肘をへし折った。それでもジョンは悲鳴を漏らさない。

 逆に雄叫びを上げながら、ジョンは右足で力任せに蹴る。恵は躱さず、脇腹目掛けて飛んできた右足を掴む。右手で太股を掴むと、またも力任せに膝を逆方向に折り曲げた。

 さすがに状況を理解したジョンだが、既に遅かった。恵の拳が顔面に二発、上半身に三発の計五発。終いには右足の突き蹴りが腹部に深く突き刺さり、ジョンの体は後方へと蹴り飛ばされた。

 左肘と右膝を折られ、更には上半身と顔に打撃を貰った。骨にヒビが入り、折れていても不思議ではない。鼻は潰れて鼻血が止まらず、歯も折られて床に転がっている。

 恵は構えを解く。必要ないとわかったからだ。

「――――あー……クソ」

 だが、ジョンは間抜けな声を出してゆっくりと起き上がった。体が不自然な方向に曲がっていようがお構い無しに、壁や窓枠を使って立ち上がる。

「おおっと」

 上手く立てず、結局転んだ。原因が膝だとわかるとジョンは右足を掴むと、何気ないことのように折れた足を戻してしまった。嫌な音がしても気にせず、左肘も同じように戻した。

 無理矢理に戻した為、歪なままだった。それでも本人は良いらしく、溜め息を漏らして俯き、笑う。

「生意気なクソガキめ。糞を食わせてやる。殺してやる。殺してやるぞクソガキィッ!!」

 顔を上げて睨み付ける。その目に生気は当の昔からなく、あるのは恵に対する怒りだけ。

 こうなってしまっては抑えられない。殺すか、殺されるかで解消する他ない。

「殺す。殺す。殺す。殺すゥ。殺す殺す殺すゥブチ殺してやるからなァッ!!」

 叫び、自制出来ないジョン。だが恵は構えることはなく、ただ哀れに思って溜め息をいた。こんな奴のせいで死んだ彩夏と、心と体を痛めた千夏が本当に可哀想だと。今までも、ほんの僅かな瞬間でもジョンには殺意しか向けていない。

 殺意は向けている。だが恵が殺す必要はない。本当に殺したい奴じゃない。

 そう。恵が手を下さずとも、“勝手に死ぬのだ”。

 ジョンの後方に位置する窓ガラスが割れ、飛び出した彼の体に衝撃が加えられた。耐えきれずに転んだ。

「何だ。これ」

 顔を下に向けると、何故か自分の体が濡れていることに気がついた。腹部からじわりと赤い染みが広がっていく。

 呆気に取られ、濡れている腹部に触れる。赤い染みは自分の血だった。

 簡単な理由だ。ジョンは後ろから狙撃された。

 新一のいるスナイプ2から見えており、おそらく二人の戦闘も見ていた筈だ。撃たなかったのは二人が近すぎた為である。

 体が千切れていないことを見るに、撃たれたのは7.62mm弾である。

「……何だ。俺、いつ撃たれた?」

 もはや理解できない思考。血を吐いて顔を上げると、血まみれの“あの少女”が立っていた。存在しない、ただの幻影が見えていた。

「貴方は死ぬの」

「死ね」

 二人の言葉が重なって聞こえた数秒後。呆然としていたジョンは頭を7.62mm弾で撃ち抜かれ、脳髄を吹き飛ばされて絶命した。

 目の前で頭を撃ち抜かれたジョンの返り血が体に付着し、あからさまに嫌そうな目で血を拭う。

 特になにも指示はしていなかった。なので撃とうが撃つまいがどうでも良く、撃たなかったとしたら恵が殺していただけ。それだけに過ぎない。

 そもそも、恵が本当に殺したい人間は他にいる。自滅するような、こんな中毒者が本命ではないのだ。心残りはそれだけである。

 今から探そうにも、下の階は智和やララ、それに突入組がいる。大方は既に決着がついている筈であり、殺しに行くには遅すぎる。

 足音がして、警戒もせず顔を向けた。走ってきたのは瑠奈だった。息を切らしていた瑠奈は心配していたが、ジョンの死体を見て安堵する。

「大丈夫~?」

「無事。瑠奈も大丈夫そうで良かった」

「まぁね~」

 抜けているような瑠奈も、特殊作戦部隊の一員だ。実力があるのは智和と同様に理解しており、心配するだけ無駄なのでしていなかった。

「ライフルを取りに行く。それから下に行こう」

「わかった~」

 頭が弾けた死体を残し、二人は部屋を後にした。


――――――――――◇――――――――――


 覗いているスコープの視界から恵と瑠奈が消えて、新一は溜め息を漏らすように小さく息を吐いた。

「いつもあんなだと疲れるな」

「本当ッスよ。ああいうので指が掛かりっぱなしなのは、本当に疲れるッス」

 恵の心境を思えば、目の前で殺すのは気が引けた。だから引き金は絞らなかった。格闘もしており、撃つタイミングもなかった。

 それを恵は、最後の最後で放り投げた。今に始まったことではなく、何度も経験していたことであり、新一は特に文句はない。ただ、疲れることだけは確かだ。

 この場所からだと、他の階の様子は確認できない。だが、作戦が終了しつつあるのは僅かながらに感じており、警戒を解くこともなくスコープを覗き続ける。


――――――――――◇――――――――――


 智和とマイクは、互いに向かって全力で駆けていた。全身全霊、己の全てを出しきるつもりで。

 マイクは強く踏み込んで右フック。それを智和は潜り込むようにして躱し、胴体に手を回す。タックルか打撃かの二択と割り切っていた智和は打撃に賭けていた。

 結果、智和はマイクを床に押し倒すことができた。マウントを奪えば、後は殴るだけの簡単なことだ。

 だが、マイクは慌てなかった。タックルで倒されながら自分も智和の胴体に手を回し、巴投げのように智和を投げ飛ばしてしまった。

 二人は素早く体勢を立て直して立ち上がり、再び構え、間合いを見計らって足を踏み出す。

 今度は先に智和が仕掛けた。顔目掛けての右左のストレートをマイクは難なく捌き、脇腹を狙う左のボディフックも捌いた。

 それでも智和の打撃は続いた。二発のストレート、ボディフックからの右ローキックだ。これにはマイクも予想していなかったらしく、反応できず貰ってしまう。

 十代とは思えないパワーとスピード。キレのあるコンビネーションに的確な攻撃。成る程、これは確かにIMIの人殺しだ。才能がある。一撃のローキックでこれほどダメージを感じるとはただ事でないと、マイクは心の底から“素晴らしい”と歓喜していた。

 感じる痛みに歓喜し、苦痛ではなく笑顔で表情が歪む。

「いいぞ、もっとだ。まだ足りない!」

 叫び、智和の左フックを躱すと、マイクは攻撃に転じた。

 同じように左右のストレート。もちろん智和は捌くが、隙を突く間がない為に防御するしかなかった。その間にもボディの至る所を拳が狙い、捌くことで精一杯だ。

(力も強いが速ぇ!)

 IMI特殊作戦部隊として鍛え抜かれ、心身どちらとも強くなったことを自覚していた。それでも十代の子供と大人の差が存在する。どちらも人殺しの経験は数え切れないが、純粋な腕力としてはマイクが有利だ。

 繰り出される攻撃に捌く反応が少し遅れ、マイクはそれを見逃さない。繰り出した左のミドルキックが智和の脇腹を叩きつける。

 完全にミスをした。いくらパンチに意識がいっていたとしても、キックには対応できなければならなかった。それもミドルキックを完璧な形で食らってしまうとは、自分が情けなく思えて仕方なかった。

 太い木で殴られたような衝撃は筋肉を無視し、骨と内臓にダメージを与えた。一発二発ならまだ良いが、この力は何発も貰っていい攻撃でないことは充分身に染みた。骨が折れて内臓に突き刺さりたくはない。

 苦痛で一瞬表情を歪ませるがすぐに戻り、マイクの左足を抱えるように掴んだ。空いている片方の手で鳩尾に拳を入れる。黙って見ている訳もなく、マイクの肘が智和の頭に直撃。

 その衝撃で手を離し、二人は離れる。智和の目蓋の少し上が肘によって切れて、大量に出血していた。鳩尾に貰ったマイクは咳き込んでいるが、ただそれだけで済んだ。

(右目が……)

 腕で血を拭うが意味はなく、止めどなく流れては右目の視界を悪くする。

 呼吸を整えたマイクは一度強く息を吐き、構えると間合いをジリジリ詰めてきた。視界が悪いまま、智和は間合いを詰められないよう移動する。

 マイクは再びパンチで牽制。智和はそれを捌き、三発目の左ストレートを躱す。カウンター気味にストレートを放つが、読まれていて躱されただけでなく手首を掴まれた。

 引き込むように智和を引き寄せ、膝を腹に打ち込む。体重のある智和でも一瞬浮くほどの力に息が詰まり、動きが止まる。更にボディフックを打ち、強引に振り回して投げ飛ばした。

 床に叩きつけられ、全身に痛みが残りながらも、意識を集中させる。案の定、マイクが追撃をしようと蹴る直前だった。

 蹴り出された右足を転がって躱し、手で床を押し退けるように立ち上がる。あんなサッカーボールキックが決まれば、頭蓋骨が割れて脳震盪になってしまう。

 危機を回避してもまだ終わらない。マイクが間合いを詰めてくる。

 左ストレートを捌き、右フックも捌く。右前蹴りを受け止めるが掴めず、体勢が崩れる。左のボディフックに対応しようと身構えた。

 が、違った。腹への一撃かと思った攻撃は顔が狙いだった。血によって視界が悪くなり、見えづらくなっていた故の失敗。

 見事なフックが決まり、智和は飛ばされる。倒されなかったのは見事だが、立っているだけで精一杯だ。意識は朦朧としつつある。

 右ストレートを放つが攻撃にもならず、簡単に躱される。そればかりか顎に掌底を貰い、持ち上げられて壁に叩きつけられた後、床に倒された。馬乗りだけはなんとか避けたが、片足に乗られてしまった。

 マイクは拳をハンマーのように振り下ろす。智和は防ぐものの、顔から出血して赤く染まっていく。それでも意思は折れていなかった。

(何て奴だ。こうまでしても殺しに来るか!)

 自分が圧倒的優位に立ち、手も足も出ない状況下。それでも尚萎えることも臆することもなく、手を払いのけては今か今かと逆転を狙っている。

 素晴らしい闘争心と執念。そんな人間と戦っていることにマイクは心の底から喜びを感じた。だからこんなことはやめられない。笑顔になるなと言う方が無粋だった。

 だが、どうしてもわからないことがただ一つ。死にかけているというのに、“何故この少年は笑っている”のか。

「“何笑ってる”?」

 殴り続けられる少年は“笑って”マイクに問いかけ、断言した。

「“下だろうが骨は折れるぞ、馬ァ鹿”!」

 なんのことだと、マイクが意味もわからず拳を振り下ろす。その拳を智和は右手で手首、左手で肘を掴み、力一杯押して腕を折った。

 高揚感。マイクは知らず知らずのうちに、振り下ろしていた拳が大振りになってしまっていたのだ。今までは的確に目を狙っていたが、いつの間にか素人のように大振りしていた。それを智和は見逃さずに掴み、骨を折って使えなくした。

 折られた痛みに耐えるように唸るが、拘束を解いてしまうには充分なものだった。智和は乗られていた片足を引き抜くと、“掴んでいた腕を離さず両手でしっかりと伸ばし、片足を脇の下、もう片足を首を刈るように振り上げる”。

“体重を掛け、勢いでマイクをうつ伏せに倒し、腕挫十字固めを極めた”。

 そのまま、更に腕を折り、指も全て折った。耐えきれずにマイクは悲鳴を上げた。

 これは、格闘訓練にてララにやられたことを、そっくりそのままやっただけだ。状況が似通っており、受けた側である智和だからできたとも言える。――尤も、受けただけで同じことをできるなど、普通の人間ならば難しい。故に、智和には才能があったのだ。

 人を殺す才能が。

 マイクが暴れ出し、智和は手を離して間合いを広げる。バラしたクリップのように歪んでいる右腕を垂らすマイクは、荒い呼吸を必死に整えていた。

 まさか逆転されるとは思っていなかった。いや、考えようによっては片腕で済んだことを吉としなければならない。

 コイツは間違いなく、人を殺すことが自分より恵まれている。マイクでさえ感服し、恐ろしいとさえ思う。

 だからこそ、笑いが止まらなければ歓喜も止まない。これは最高に素晴らしい。“こんなことができるから、楽しいに決まっている”。

「これだ。これなんだよ。俺が求めてたのはこれなんだよ! こうやって死にたいんだ!」

「“だったら死んでろ”!」

 予想もしていなかった第三者が叫び、手にしていたヘルメットを全力でマイクの頭に殴り付けた。脳天に直撃し、脳震盪を引き起こして倒れたマイク。

 その後ろには、殴るのに使用した自分のヘルメットを捨てたララが、息を切らして立っていた。

 意識が戻ったばかりで、まだ足下は少しふらついていた。一度大きく息を吐いて、正気を強く保った。

「挑発に乗ってるんじゃないわよ」

 馬鹿にするように、拳銃を投げ渡す。それは蹴り飛ばされた智和のコルトガバメントだ。

 受け取り、拳銃を眺める。それから倒れているマイクを見て、再び拳銃を見る。

 そうだ。智和は彼らを殺すことが任務だ。誇りも大切だが、それは今は関係ない。個人が優先されることは許されない。

「――ああ。そうだ。そうだな」

 自嘲気味に呟き、スライドを引いて弾丸を確認。

 マイクが頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。頭から血を流しており、まだ視界が揺れる。

「なんてことだ。台無しだ!」

 邪魔されて、一気に気持ちが削がれた。それだけでなく、今まで欲していたことをようやく理解したというのに、ララが横槍を入れたせいで叶わなくなってしまった。

 このままでは死にきれない。これでは意味がない。高揚したまま死にたいのだ。

 それでも智和は、銃口をマイクの頭に向けて、引き金に掛けている人差し指に力を入れる。サプレッサーを付けたままで、とても小さな作動音と、頭を撃ち抜く音、空薬莢が床に落ちて転がる音がした。

「こっちだって台無しなんだよ」

 死体となった男が床に崩れ落ち、今まで感じていた楽しさや音がなくなって虚しくさえ感じた。


――――――――――◇――――――――――


 残ったのは静寂と死体だけだった。ビルの一部は見るも無惨に破壊され、周囲に瓦礫が散らばっていた。

 民間軍事企業アックス十九名の死亡を確認した特殊作戦部隊は、速やかに撤収する。先程までの銃声が嘘のように無音で、遠くからサイレンの音が響いてきた。

 銃撃戦は十分にも満たず、負傷者を出しながらも全員が無事に作戦地域から離脱。智和の傷は目蓋を切り、肋骨にヒビが入っていただけ。ララもなんともなかった。

 朝になり、世間とマスコミが騒がしくなってきた頃の早朝ニュースにて、大久保俊明首相による緊急記者会見が生放送された。

「今回の品川区における銃撃戦は、日本IMIとテロ組織によるものと断定。日本IMIは未然に危機を回避すべく行動したと、我々は決断した。

 しかし、人口中心部における銃撃戦は国民を恐怖に陥れ、テロ組織同様の危険を与えたということであり、我々は日本IMIの行動が正しいと断定はせず、批難すべき行動であり、遺憾の意を表明する。

 今後もこのような行動を選択する場合、我々は日本IMIへの対応を考えなければならず、厳しい処罰を国として与えることを考えている。日本IMIの暴力的行動は許されるものではなく、また、見過ごすこともできない。

 今一度、ここに私の意を表明する。“日本IMIの行動は許されない”」


――――――――――◇――――――――――


 IMIにて、佐々木彩夏の葬儀と告別式が行われた。通夜には祖父と祖母、彩夏と一緒だった六人と、長く付き合っていた生徒達が出ていた。

 IMIで執り行うことにしたのは、祖父母の願いからだった。親戚がいなければ両親もいなくなってしまった彩夏の為に、IMIで行ってくれないかと。IMI側は快く引き受けた。

 学年学科を問わず、全生徒と全教師が整列。記念碑の前に置かれた、彩夏が眠る棺桶に向かい合う。

 灰色の曇り空はぽつぽつと雨が降っていた。まるで神様さえ泣いて悲しんでいるかのような天気だ。

 IMIの学生は制服を乱すことなく着用し、各部隊に所属する者は証であるネクタイピンをつけて、列を乱さず並んでいる。

 この日は、彼らにとって大切な一日となるだろう。それは名誉なことでもなければ不名誉なことでもない。どのようにして生きるかという、IMIに所属する以前の問題を再確認させる大切なことであった。

 ここには素晴らしい人材が集い、切磋琢磨し、恋をし、怒り、笑い――そんな優秀な者がいることを。

 嘆く者がいる。黙して見送る者がいる。思わず目を背ける者がいる。泣き崩れる者がいる。

 生徒が、教師が、家族が、友が、後輩が、恋人が、仲間が――皆全てが、悲しんでいる。

 儀仗隊がM1ガーランドを灰色の空に向け、一発、また一発撃つ。IMIでは学年や経歴を問わず、通う筈だった六年分の数――六発の弔銃を行う。

 泣いている空に銃声がむなしく響く。

 灰色の空は相変わらず灰色のままで、むしろ雨脚は強まっていった。彼らの感情と同じように、強く降り続けていった。

 棺が運び出され、全生徒は今一度姿勢を正して見送る。敬礼はない。IMIは軍隊ではない。

「佐々木」

「先輩!」

「佐々木さん!」

 姿勢を正しても、仲の良かった者の目の前に棺が通ると声が出た。本当にいなくなってしまうと理解し、また泣き崩れる者が出た。

 智和達は静観して見送った。涙は出なかった。瑠奈と希美は俯いたが、見送らねばと顔を上げて見届けた。千里や大輔、竜崎も同様に。

 大輔はなにも言わなかった。ただ黙って、彩夏の棺を見ていた。千里は棺が通る際、「さようなら。彩夏」と別れを交わした。その一瞬、泣きそうになった。

「……彩夏、さん」

 車椅子に乗った千夏は呟く。両手両膝に巻かれた包帯は痛々しく、まだ痛みが残る為に自分で車椅子を動かせない。恵が隣に立っている。

 千夏の目は死んでいた。彼女にはもはや生気がなく、ただの脱け殻でしかない。恵はそれを知っていても、なにも出来なかった。なにも話せなかった。口をきかなかったのは、入学式以来だった。

 棺が運ばれて、IMIから火葬場へ。正面入口にはマスコミがいたが、警備員達が確保していたおかげですんなり通れた。

 その後、火葬され、遺骨を祖父母が持って帰宅した。もう誰も帰ってこない家に、孫の骨を持って帰って来た。

 祖母は再び泣いた。我慢していた祖父だが、耐えきれずに泣き出した。一緒に写っていた写真で彩夏の笑顔を見て、泣いた。

 ――これは単なる復讐の結果であり、単なる殺戮の結果である。

 それでも彼らは選択し、編み出した単調な答えを悔いることはない。胸に刻み、永遠に残す。

 彼らはIMIの生徒であり、蔑まれるべき集団なのだから。

 故に、烏は鳴いたのだ。

“他者に憎まれようが蔑まれようが、それが彼らの責任であり等価である”。

“暴力の、代償である”。


――――――――――◇――――――――――


 一人でIMI連盟局を出た内藤は、宿舎には戻らなかった。行き先は準進行不可区域の瀬戸際だ。

 車を降りて、夕日が沈む中で瓦礫の世界を眺める。その目の先に、二十年も憎み続けた進行不可区域があった。

 一台の車が、少し離れた位置で停車する。運転席からは吉田、後部座席からは如月が出てきた。二人を見て、内藤はすぐに顔の向きを進行不可区域に戻した。

「この眺めは良いだろう」

 内藤は静かに口を開く。

「あの街が燃えているようだ」

 如月と吉田はなにも言わない。内藤の心境を理解していたからこそ、あえてなにも言わなかった。

「ずっと、ああなって欲しいと願った。炎に包みたいと望んだ。あらゆる手は尽くし、あらゆる代償を払った。それでも私の願望は叶わなかった。私には最早なにもできない。私には最早、どうすることもできない」

 握り締めていた動かない腕時計を見つめ、深く溜め息を漏らす。それは安堵したように穏やかにも思え、心底残念にも思え、呆れにも思えた。

「私の終結は私が決める。私の救済は二人が決める。私は、最早救われない。救われる価値もないのだ。二人を守れなかった。私は、二十年前に死ぬべきだったんだ」

 答えを見出だしたように呟き、上着の下に手を伸ばす。手を出した時、護身として装備していたベレッタM8000拳銃を握っていた。

 安全装置を解除し、最期に笑みを浮かべて二人を見た。初めて見た笑顔だった。

「さらばだ。千早。隆峰」

 銃口を上に向け、口に近づける。

 乾いた銃声が、響く。

 火を吹いたのは、内藤の拳銃ではなかった。吉田が構えていた拳銃だ。

 内藤が口に銃口を入れる前に抜いて、撃った。引き金を絞らせない為に人差し指の付け根を弾き飛ばし、頭を吹き飛ばせないようにした。それでも内藤の拳銃は暴発し、左胸の少し上を貫いた。

 拳銃と腕時計が落ち、内藤は膝から崩れ落ちる。

「何故だ、隆峰。何故私を生かす。答えろ隆峰ェ!」

 死にかけながら叫ぶ。視界が暗くなり、意識が遠退いていくのがわかる。

 吉田が駆け寄り、応急処置を施す。如月は杖をつきながら、ゆっくりと近づいていく。

「死なせん。死なせんよ、拓也。お前をみすみす死なせん。死んでも二人には会えんのだ」

 内藤の意識がなくなる。

「腐れ縁なんだ。私と千早、お前。どれだけ永い月日を共にしたか。ああ、充分に理解しているとも。“だからこそ、だ”。お前の願望は必ず叶える。必ず、叶う。近いうちに、全て滅ぶ」


――――――――――◇――――――――――


 内藤拓也が何者かに撃たれたことはニュースになった。“迅速な対応”で命に別状はないものの、職務遂行は不可能とIMI本部は判断。

 よって、日本IMI学園長如月隆峰とIMI本部が審議した結果、副局長である零条哲也をIMI連盟局局長に任命した。

 内藤は日本IMIと連携している病院に入院。秘書が常に付き添っていた。


――――――――――◇――――――――――


 まだ処理が完了していないが、時浦は責任者として彩夏の自宅を訪れた。諜報保安部に所属していることは知られていないが、関係者としての立場で足を運んだ。

 インターホンを押しても反応がない。玄関には鍵がかかっておらず、窓にカーテンは閉じていなかった。新聞紙がポストに数日分入っている。

 不審に思い、玄関を開けて中に入る。綺麗にされていた。玄関を閉め、靴を脱いで廊下を進む。

 原因はすぐにわかった。祖父母が死んでいた。寝室では祖母が介護用ベッドに横たわり、手を組んで白布が被せられている。同じ部屋で、祖父が首を吊っていた。

 ベッドの横にある小さな棚には、治療用の薬と手紙が置かれている。鞄から出した手袋を嵌めて手紙を手に取り、中身を見た。

『生きることに疲れました』

 簡潔な一言だった。

 隣の部屋は仏壇があった。彩夏の遺骨と、彩夏と祖父母の三人が笑顔で写っている写真があった。


――――――――――◇――――――――――


 二人は葬式の翌日に死亡したと判明。死因は祖父が首吊り、祖母が心臓発作だった。筆跡は祖父のものと判明。孫が死に、妻も死んだことによる自殺が可能性として最も高いとされた。

 だが、治療用の薬の摂取量が多かったことや、二人の死亡時間がそれほど大差ないことなどから、祖母が薬を多く飲み、死んだことを見届けてから祖父が首を吊った可能性も少なからずあった。心中の可能性も、考えられた。

 結局、真相は判明しなかった。

 それでも、二人は死んだことには違いない。

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