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烏は群れを成して劈く  作者: TSK
第一部第1章
2/32

烏と少女

蔑まれる集団と、孤独の存在。

 晴れた土曜日の朝。天候に恵まれた空は青く澄み、雲一つない世界が広がっていた。

 その空の下。IMI敷地内の道を歩く二人の男女。

 黒を基調とした学生服に身を包んでいるのは、IMIに所属している高一期生の神原かみはら・L・智和ともかず。。隣を歩くのは同じ学年で同じ学科、同じクラスの草薙瑠奈くさなぎるなである。

「よく晴れたね~」

「そうだな」

「トモ君素っ気ないな~」

 言葉では不満を表している瑠奈だが、表情を見る限りでは、楽しそうに笑みを見せている。

 甘ったるい、語尾が伸びる口調。幼さが残っているのかと思えば、体はララと同じ年代とは思えない成長をしている。ブレザーの上からでもわかる豊かな胸に、引き締まった太股や腕に腰。腰まである黒髪をツインテールに纏め、柔らかな表情と優しい丸い目をしている少女。身長も女子にしてみれば高い方だろう。

 対して智和も背は高くて細身の体型。瞳が淡褐色ヘーゼルなのは、青色ブルーの瞳を持つアメリカ人の父親の影響だ。唯一、父親から受け継いだ容姿の特徴とも言える。容姿は日本人の母親で、性格は父親から多少引き継いでいる、らしい――姉に言われて初めて自覚した――。

 二人は同じケースを持っていた。黒くて少し丸みを帯びているケースは決して大きいとは言えず、また小さいとも言えない。

 ラベルが貼られていないケースを智和は右手で持ち、瑠奈に至っては学生鞄のように後ろへ回して両手で持っている。

 その中身は彼らだけでなく、ここIMIに属する全ての学生に必要な『ある物』が入っていることは言うまでもない。

「……ん」

 その『ある物』を使う為に施設へと向かっている最中、見慣れない人物がIMI敷地の出入口にいることに智和は気付いた。

 足を止めてどんな人物か確認しようとするが、ここから出入口まで離れていて顔を見ることはできなかったが、性別はなんとか判別できる。IMI指定の学生服を着ており、栗色の長髪と穿いているスカートが風になびいていたおかげで女子生徒だと判別できた。

「どうしたの~?」

 瑠奈も智和の視線を追って女子生徒を見つけた。

「綺麗な髪してる子だね~」

「見覚えあるか?」

「う~ん……顔がよく見えないからわかんないけど多分見たことないよ~。あんなサラサラで長い髪なんてそんなにいないし~、転入生とかじゃないかな~?」

「お前も長いがな」

「たまに髪型変えるのがマイブームで~す」

 瑠奈はその日の気分で髪型を決めることがある。いつもはツインテールだが、ポニーテールもするし時には変な髪型になる日もある。

「にしても五月半ばで転入なんてするか?」

「さぁ~?」

 勝手に探りを入れていると、どうやら女子生徒もこちらに気付いたらしい。

 数秒互いを見つめていると、出入口に一台の車が停車。女子生徒が後部座席に乗り込んで発進し、その場から去っていった。

「待ち合わせだったのかな~?」

「IMIの出入口前で待ち合わせする馬鹿はどこのどいつだよ」

「結構な物好きかもよ~? 私やトモ君みたいに~」

「一緒にするな」

 対象がいなくなり再び歩き始めた二人は、その後も雑談しながら施設を目指した。

 舗装された道を歩くこと数分、目的地となる建物に到着した。

 一階建ての建物は外と内を、白を基調として塗装されており清潔なイメージを持つ。

 数段の階段を上がった入口の先には受付があり、そこには新聞を広げている初老の男性が座っていた。

 男性は二人に気付き、新聞から目を離して折り畳むとテーブルの端に置く。

「毎日毎日、飽きもせず精進するねぇ」

「いつもの装備」

 ちょっかいを受け流した智和の注文を聞き、男性は溜め息を漏らして受付の奥へと消えていく。

 その間、智和は受付から勝手に書類二枚とペン二本を取り出すと、横に並んでいた瑠奈にも渡して書き込み始める。

 書類の一番上には『射撃申請書』と大きく記されていた。

 書類に書かれている内容を見ずに――いや、何度も書類に書き込んでいるので見なくとも内容がわかってしまうのだ。だから注意事項など読むだけ無駄。

 一番下の欄には名前、学年、学科の他にも『使用銃器』と記された物騒なものもあるが、気にもせず書き込み続ける。

「だーかーらー。勝手に書くなと何度言ったらわかる」

 戻ってきた男性は透明なケースを二つ重ね、更に防音用ヘッドホン二つを両手に持っていた。

「手間が省けるだろ」

「係員の許可なしに書類を出すな。書くな。お前達で慣れたからいいが、他人がやったらすぐ教員に通報だぞ。ほら学生証出せ」

 書類と同時に学生証を提出する。

 受け取った男性は呆れながらも置いてあった判子を朱肉に押し付け、『係員』と記されている欄に判を押した。そこには『確認』と押されている。

「時間は三十分。延長や弾なくなったら言え。三番レンジと四番レンジ」

「どうも」

 学生証と一緒にイヤーマフとケースを渡した男性はさっさと新聞を広げ、智和と瑠奈はそれぞれイヤーマフとケースを持ってすぐ横にある鉄製の大きな扉を開けた。

 直後に響く銃声。

 火薬の匂いと立ち込める硝煙。

 連続する発砲音が建物内で反響し、耳から入り体の中が痺れる感覚を覚える。

 この建物はシューティングレンジだ。既に何人もの生徒が拳銃を握り、何十メートルも先に設置されているターゲットに銃口を向けて引き金を引いている。

 一番レンジは扉から近い位置にあり、数字が上がるごとに離れていき奥へと進む。各レンジは左右に薄い壁があり、隣のレンジとは干渉できない。

 指定された三番レンジに智和、四番レンジに瑠奈が立つ。

 二人が持っていたケースの正体はガンケース。中身は勿論のことながら愛用している拳銃。智和の拳銃は諸事情により借り物だ。

 智和はベレッタM92FSを。瑠奈はグロック17を取り出す。

 洗練されたデザインのベレッタは、美しいと称されてドラマや映画などでもよく扱われる。グロックは高分子ポリマーが使用されており、開発当初は外見が玩具のようだと軍関係が嫌っていたものの、今では人気者の代物だ。

 一つのケースにはマガジンが十本。ベレッタとグロック用で分けられていた。

 智和は自前のシューティンググラスをかけてイヤーマフをする。

 ベレッタにマガジンを装填してスライドを引き、離すと勢いよく戻されてマガジン内の9mmパラベラム弾が送り込まれる。後は引き金を引けばいい。

 準備は整った。距離30メートルにある縦80センチ横40センチのターゲットに銃口を向ける。

 その瞬間、智和の目が獲物を狙う狼のような鋭い目へと変わった。

 軽く人差し指に力を入れただけで引き金が引ける。弾丸が発射され、スライドが下がり、熱を持った空薬莢が排出されて宙を舞い、火薬の匂いを感じる。

 反動を抑え込み、銃身と射撃態勢がブレることなく、次々と引き金を引いてターゲットに撃ち込んでいく。

 隣レンジの瑠奈も準備が終わり、グロックで25メートル先のターゲットへ撃ち始めた。


――――――――――◇――――――――――


 国際軍事教育機関(International Military an eduicational Iinstituuion)。通称、IMI。

 二十年余り昔に起こされた世界同時多発テロ《7.12事件》が原因となって、とある軍事大企業が独自に作り上げた教育機関。

《7.12事件》の被害地となった場所、日本では江東区・江戸川区・北区・足立区・墨田区・葛飾区・荒川区の九区。

 墨田区・葛飾区・荒川区は被害が少なかった為に本来の区として機能しているが、北区・足立区は修復不可能と断定され、犯罪者の溜まり場となり独自の『街』を作り上げた。

 IMIが設立されたのは江東区・江戸川区の約89.0k㎡にも及ぶ区域。元江東区には主にIMI施設が集中し、元江戸川区には様々な訓練で使用できるよう建物を極力なくし、野外訓練場として機能している。学生達はここで戦う術を身につけていく。


――――――――――◇――――――――――


十五発と十七発の弾丸は二十秒足らずで撃ち終わった。

 ベレッタを一度テーブルに置いてイヤーマフを首にかけた。穴だらけとなった悲しきターゲットが智和の元へと送られる。

 七発は胸へ。五発は見事に頭を撃ち抜き、三発は頭を掠めていた。

「相変わらずトモ君は凄いね~」

「30メートルでこの条件なら、練習すれば誰だってこうなる」

 ターゲットを足下に置いて瑠奈のターゲットを確認する。

 十発は胸。七発は少し外れてしまっていた。

「昨日より悪いな」

「なんだかやる気が起きないんだよね~」

「真面目にやれ」

 呆れて溜め息をいた時、「あ、そうだ~」と思い出したように瑠奈が話題を振ってきた。

「これ終わったら春奈さんの店行こうよ~。琴美さんも誘ってパフェ食べよ~」

「なんだいきなり。それに放課後だからって琴美さんの予定が空いてるとは限らないぞ」

「え~」

「えー、じゃねぇ」

「……食べたいよ~」

 駄々を捏ね始めた。これでは面倒になりそうだと思い、結局折れることにした。

「……わかった。これ終わったら琴美さんに声かけて行く」

「やった~!」

 呆れる智和を尻目に瑠奈は、物欲しそうな目で懇願していた表情を一変させ、プレゼントを貰ったかのようにはしゃぐ。

 射撃訓練を再開しようとイヤーマフに触れた時、ズボンのポケットに入れていた携帯電話に着信がきた。

 画面には『長谷川浩美』と電話番号が表示されている。

 通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてながらシューティングレンジから離れる。少しでも聞きやすくする策だが、銃声が響くこの建物では気休めにもならない。

「もしもし」

『今は射撃場か?』

「屋内第二射撃場に。何か用か?」

『任務だ。瑠奈もいるか?』

「ああ。内容は?」

『制圧任務。詳しい内容は後で話す。すぐに第一車庫に来い』

「了解」

 電話が気になってずっと見ていた瑠奈に、電源ボタンを押して携帯電話をポケットに片付けた智和は少し笑って見せた。

「長谷川から任務の呼び出しだ」

「え~!?」

「残念。ストロベリーサンデーはお預けだな。すぐ行くぞ」

「は~い……」

 その後の二人の行動は実に早かった。

 拳銃をガンケースに入れ、撃つことのなかった残りのマガジンとヘッドホンを受付に戻して射撃場を飛び出した。

 屋内第二射撃場から第一車庫までは少し離れており、二人は駆け足でアスファルトの道を進んでいく。

「長谷川め。せめて第二車庫にしろよ」

「仕方ないよ~。IMIの敷地が広過ぎるんだから~」

「今度から自転車で移動したほうがいいかもな」

「そうだね~」

 ガンケースを持っての駆け足だと多少息が荒くなってしまうが、二人は訓練を積み重ねてきた学生だ。こんなことで弱音を吐くなんてことはなく、それ以上に過酷な訓練や任務を経験してきている。

 彼らはこのIMIの中でも“特別”な存在なのだから。


――――――――――◇――――――――――


 もう何百メートル走ったかわからないほどの距離にある第一車庫へと出向いた。

 格納庫のような建物内には輸送車や装甲車、ハンヴィーや水陸両用輸送車。挙げ句の果てにはストライカーLAVまであり、一国の軍隊と見間違えるほど装備が整えられている。

 これほどまで充実している理由はIMIの創設が軍事大企業によるものであり、世界に展開するほどの力を持っていることだ。

 軍事大企業が関係する・しないだけで、とある紛争終結に五ヶ月も差が出ると言われるほどの影響力を持っている。その影響力を求めて各国が軍事大企業と連携し、関係を深め、武器を買う。

 IMIの資金も国際連合と同等たる立場にいられるのも、軍事大企業による影響力のお陰と言えるだろう。

「遅いぞお前ら」

 投げ掛けられた厳しい言葉に二人はその方向を向く。

 一般男性とほぼ同じ身長の女性が立ち、腕組みして二人を見ている。

「だったら第一じゃなく第二車庫にして欲しいんだが」

「言い訳は聞かん。さっさとこっちに来い」

「うっわ。相変わらず長谷川先生厳し~」

「鬼め」

 長谷川浩美はせがわひろみ。ショートカットの黒髪に目付きが鋭い。レディスーツを身につけている為にかより一層な厳格を与えており、グラマーな体型とは似つかわしくない印象を持つ。

 余談だが瑠奈の胸は大きい部類だが、長谷川の胸はそれより二段階も上である。

 長谷川の後を着いていった二人は奥の小部屋に連れていかれた。

 八畳あるかないかのスペース中央にテーブルがあり、マーカーで書き足された地図やある建物の見取り図が広げられている。

「今回の任務は単純な制圧任務だ。場所は都心部にある三階建ての建物。ユーティ貿易会社を名乗っているが偽会社らしい」

「らしい?」

「提供された情報だ。提供場所は……まぁ信用していいだろう。中には七名の目標がいる。全てを確認次第、速やかに制圧しろ。殺すな」

「目標は何をやったんですか~?」

「その問いはナシだ瑠奈。IMIを頼っている相手からしては詮索して欲しくないだろう。それと協力者が一名、作戦開始と同時に別行動でつく。協力者はお前達と同じIMIの生徒。服装見ればわかるだろう」

 一通り話し終えたらしく長谷川は部屋を出て、二人もその後を着いていく。

「先程依頼された任務でな、緊急を要しているからお前達に声をかけた」

「まぁ助かった」

「助かったって何よ~!」

「話を続けるぞ。時間が迫っている。部隊装備を整える時間はないから私が選んで車に積んでおいた」

 長谷川が立ち止まった目の前には、開かれたトランクに軽装備が積まれていたブラックメタルボディのランサーエボリューションが駐車されていた。

「……長谷川の車じゃないか」

「そろそろ黙らないとお前の口の中に私の太くて長い“相棒”をブチ込んでブッ放してやるぞ」

 タイトスカートを少し捲り、装着している右太股のレッグホルスターに入っているS&W M19コンバットマグナムをまじまじと見せ付けた。

「もう冗談も通じねぇ。マジで怖ぇ担当だ」

「敬語を使わなくともいいことに感謝して欲しいんだがな。益々お前は誠二に似てきたぞ」

「長谷川の性格も反映されてると思うがな」

「二度は言わんぞ」

 M19コンバットマグナムを抜いた長谷川に、本気の殺意を感じ取った智和は大人しく口を閉じることにした。

「……もういいから乗れ。移動しながら準備しろ」

 突拍子もなく暴露した笑顔の瑠奈と敬語を使わない智和に頭を抱えた長谷川はリボルバーをホルスターに戻して愛車の運転席へと乗り込んだ。

 二人は装備が詰め込まれたバッグを持って後部座席に乗る。

 車内は至って普通かと思われたが、助手席部分に違和感があった。

 無線機が助手席前に、まるでカーナビを取り付けているかのように設置されていたのだ。引き出しは撤去され、代わりに掌サイズのパソコンが取り付けられている。

「もうパトカー買って塗装したほうが早くないか?」

「パトカー買ってもどうせ改造するのだから仕方ないだろう」

「今のパトカーにはポルシェかフェラーリみたいにクソ速いのもあるだろ」

「馬力を改造じゃなくて中を改造する意味だ」

「本当に怖ぇよ。そのうち助手席に軽機関銃積みそうだ」

「それか後部座席にM2重機関銃でもいいな。引き金はハンドルにボタンを付ける」

「やめてくれ。一体何を横薙ぎにするつもりかわからないがやめてくれ」

 呆れる智和を尻目に長谷川は車を発進させる。

 第一車庫から出て道を沿うように進んでいくと、二人が屋内第二射撃場に向かう途中に通りかかった出入口へと差し掛かった。

 この出入口はIMI敷地へ入る、またはIMI敷地から出る為に四つある出入口のうちで最大。車が四台分通れる道路の中央を区切り、赤と白の縞模様色のバーが常時道を塞いでいる。更に両脇には警備施設を置いて常に四人の警備員が、M4カービン銃を装備して仕事をしている。

 それにこの出入口、暴走車がいつでも突っ込んできていいように、侵入防止用の設備と武装も完備している。

 そんな大変物騒な出入口を通ってIMI敷地から出た車は、目的地の建物を目指し都市部へと向かう。

 後部座席にいる二人は到着してしまう前に装備を整え始める。

 バッグの中には防弾仕様のタクティカルベストと通信用のヘッドセット。武器のMP5A5とマガジンが四本入っていた。

「本当に軽装備だな。七人相手じゃ少し分が悪すぎる」

「弱気じゃないか。怖じ気ついたか?」

「そんなことない。ただ最近は実戦してなかったからな。ナイフも持たないのはちょっと怠け過ぎた」

「それをカバーできるかできないか腕の見せ所だ。予備拳銃は足下に置いてある」

 瑠奈が覗いて取り出したバッグにはベレッタM92とマガジン数本が入っていた。

 新たにベルトを着けてから拳銃が入れられたレッグホルスターを装着し、マガジンを二本ずつタクティカルベストに装備。瑠奈はグロックからベレッタに持ち変えた。

「協力者は生徒だが実力は同等と考えていいらしい。部隊に所属しておらず個人で活動し、かなりの好成績を残している。間違えて同士討ちなんて、まずあり得んだろ」

「笑えもしない」

「お前達の実力は充分知っているが、協力者や敵に対して情報が少ないという不安要素がある。何度も言うが油断せず用心しろ。新一と恵もいないのだからな」

「安心しろ」

 マガジンを装填した智和の表情から笑みが消え、射撃場で見せた狼のような鋭い目付きが前方を見据える。

「いつも通りだ」

「なら安心だ」

『――ちら北原。聞こえますか? こちら北原、聞こえたらどうぞ』

 無線機から聞こえてきた女性の声。少しノイズが混じっている音声に、左手をハンドルから離して器材の横に備え付けていた細いマイクを口元に近付けた。

「こちら長谷川だ。どうぞ」

『そちらの現在状況を。どうぞ』

「智和と瑠奈を乗せてポイント2を通り過ぎた。そっちの状況を伝えろ。智和、瑠奈、付けろ」

 言われた通り二人は差し出されたヘッドセットを装着し、無線を使用できるように電源を入れた。

『指示通り協力者との連絡を小まめにしています。が、予想通り情報は提供してはくれませんでした。協力者は既に襲撃ポイントにて待機しています。それと協力者からの伝言なんですが……無駄な行動はするな、とのことです』

「……あくまでも個人で制圧する気か」

 舌打ちする長谷川に琴美は続ける。

『正直なところ待機させているのが精一杯な感じです。なので早く来てくれれば私も嬉しいんですが……』

「その出しゃばりをもう少し押さえ付けてろ。今ポイント3を通り過ぎた。数分で到着する」

「琴美さん。これ終わったらトモ君と一緒に春奈さんの所行きませんか~?」

『……うーん。お誘いは嬉しいんだけどね瑠奈ちゃん、任務終わっても報告書とかあるから。それに今は任務中だから、そういう話はあまりしないほうがいいと思うよ?』

「そうだ瑠奈。少し弁えろ」

「……はぁ~い」

 琴美と長谷川のダブルパンチが余程効いたらしく、しょんぼりして肩を落とした。

 そんな瑠奈を哀れに思ったのか、琴美は救いの言葉をかけた。

『代わりに今週の休み。土日のどちらかのお昼頃に行きましょう? そっちのほうが時間はあるし話もできるから』

「じゃあ土曜日に行きましょう~!」

 立ち直るのが早過ぎる瑠奈と琴美の優しさに、長谷川は頭を抱えた。これで二度目である。

「……優し過ぎだぞ琴美」

『これが性格ですから仕方ないです。……ん、ちょっと待ってください』

 無線の向こう側が突然、張り詰めた空気へと変わった。

『……ですからまだ到着していませんし、そもそも作戦開始時間にもなっていません。もう少し待ってください。……元は貴方達が緊急に申したのでしょう? 準備がかかるのは当然です。

 ……え? ちょっと待ってください、まだ駄目です。まだ突入は…………聞こえていますか? 聞こえていますかララ・ローゼンハイン!』

 常に落ち着いている琴美がここまで慌てるのは珍しい。今まで口を閉ざしていた智和は顔を上げる。

 琴美の台詞からして長谷川は既に予想していたのだろうが、そうではないと願いながら聞いてみた。

「どうした?」

『協力者側がこちらの到着と時間を無視して突入した模様です!』

「……馬鹿者が。これだから名無しの任務は信用できないんだよクソ!」

 都市部だろうとお構いなしにアクセルを踏み込んでスピードを出し、狭いスペースを電光石火の如く通って見事に追い抜いていく。

「指揮権はこっちに任せただろうが……琴美、依頼者に繋げろ」

『わかりました』

 赤信号を無視して交差点を左に曲がり、更に左に曲がって細い路地裏へと入る。

 車一台がやっと通れる狭い幅だが、スピードを緩めることなく突き進み、ひらけた場所に出ると急停車した。

「着いたぞ」

 長谷川の目線を追って右隣を見れば、目標となる建物の裏口があった。

 二人は車を降り、安全装置を外していつでも発砲できるような状態にする。

「聞いた通りに協力者は余程の馬鹿で一匹狼だ。もしかしたらかまわず攻撃してくるかもしれん。注意しろ。非常階段を上って二階から侵入して打ち合わせ通りに進め。琴美の指示を聞く為に無線は外すな」

「了解。瑠奈、準備はいいか?」

「いつでもいいよ~」

 智和が先頭となって非常階段を駆け上がり、入口手前で壁に張りつくように立ち止まる。ドアノブを左手で掴んで回すが鍵がかかっていた。

「瑠奈、援護準備。鍵を撃って突き破る」

「りょうか~い」

 智和は扉と向かい合い、瑠奈は先程の智和の位置へ。

 鍵部分に狙いを定めて9mm弾を数発撃ち込み、蹴りで扉を突き破った。

 勢いよく開かれると同時に智和はMP5A5短機関銃を構え直し、瑠奈も身を隠しながら短機関銃を構える。

 真っ直ぐな廊下には誰もいなかった。右には窓、左には壁だけである。

 足音をたてず壁沿いに進んでいく二人。角で止まり、少し頭を出して確認する。

 そこから先は少し広い部屋で、喫煙スペースも設けられていた。

 危険がないことを確認し、二人は横に並んで部屋を進んでいく。

「今更だが、何で二階から突入なんだ?」

 ふとした疑問に琴美が答える。

『作戦予定では協力者が一階、二人が二階という内容だったの。建物の設計を見て、本当なら逆にしたかったけど変更する暇がなくて、協力者を中心に作戦を考えたの。もう、全て無駄になってしまったけど……』

 琴美の溜め息が無線越しに聞こえ、二人には協力者とのやり取りに苦労したことが充分伝わった。

「それで琴美さん。どうすればいい?」

『長谷川先生から聞いた通りに行動して。二階に部屋は一つしかない。出会い頭に注意』

「了解」

 部屋を通って再び廊下に差し掛かる。一度立ち止まってから廊下に出ると、その先にある光景が広がっていた。

 男性が赤い水溜まりの中へと倒れている。

 駆け寄って瑠奈が安否を確かめるものの、全身を撃ち抜かれて蜂の巣状態となり、銃創から溢れ出た血の池に転がっていた男性は既に息絶えていた。

「……駄目トモ君。死んじゃってる」

「一階もだ。念の為確認してみれば三人死んでる」

 智和は男性が握っていたトカレフの銃身に触れる。

 銃身は冷えきったまま。発砲された形跡はない。

「……冷たいな、撃つ前に撃たれたか。琴美さん聞こえるか?」

『聞こえています。会話の内容も』

「完璧な違反行為だぞ。馬鹿じゃなく脳みそがイカれてるとしか思えない」

『でしょうね。二人は三階へ行ってください。これでは目標の制圧ではなく保護任務ですよ。もう……』

「了解。行くぞ、瑠奈。これ以上好き勝手されるとムカついてくる」

 協力者を止めるべく二人は急いで駆け上がった。

 廊下へと出て先に進んでいく。

 更に奥へと続く扉は何者かによって突き破られた形跡があり、それが協力者によるものだと確信した智和は突入する。

「あら。意外と早いのね」

 が、部屋の現状を見て構えてい銃をすぐに下ろし、瑠奈にも攻撃態勢解除を手で示した。

 二人の男性が肩や脚を撃たれて蹲り、もう一人は腹部と胸部に傷を負っている。

 その中心に、ワルサーP99とMP7を持つ少女が立っていた。

 絹のような長い栗毛色の髪を持つ碧眼の少女は、二人と同じIMIの学生服を身に纏い、偶然かIMI施設の出入口前で佇んでいたあの少女だった。

「……こちら智和。制圧任務完了。目標の七名と協力者を発見した。重傷者が三名、そのうち一人は危険な状態だ。救急車と衛生課に治療要請を。あと死体袋を四つ準備」

『わかりました』

 多少驚いた智和だが表情には表さないよう冷静を保ち、任務完了の報告を告げる。

「……あ、ぅあ」

 少女がワルサーP99を右のレッグホルスターに入れた時、彼女の足下に転がっている重傷の男性が少しだけ声をあげた。

 まだ意識があることに希望を持った瑠奈は急いで応急措置しようと駆け寄ろうとするが、少女が男性の腹部を蹴り上げて仰向けにしたことで足を止めてしまった。

「案外しぶといのね」

 踏みつけ、ゴミでも見るような冷たい瞳で男性を見下ろす少女は、マガジンを交換したばかりのMP7の銃口を向けて引き金に指ををかける。

「二人話せればいいの。三人目は必要ない」

 銃声が鳴り響く。

 なんの躊躇いもなく引き金を絞ったが、智和がMP7を横から蹴り飛ばして致命傷は避けられた。

 少女の左手を離れたMP7はそのまま壁へと叩きつけられ、男性は更に右足にも傷を負ってしまっていた。

「何か?」

 その場で睨み合いを続ける中、智和は瑠奈に対して静かに口を開いく。

「瑠奈、応急措置しろ。早く」

 智和はネクタイをほどき、受け取った瑠奈は自分のリボンも外すと、男性の脚と腕の付け根を強く縛る。瑠奈は更にタクティカルベストと上着を脱ぎ、上着でまだ血が溢れ出る傷口に押し当てる。

 いくら急ぎの任務だとしても医療道具を準備していないのは迂闊だった。今は応急措置すらも怪しい措置しかできない。

 その間も、智和と少女は睨み合ったままだった。

「……何か言いたそうな表情ね」

「ああ。時間は守らないし作戦は無視。挙げ句の果てに目標は殺す。何やってるのか自分でわかってるんだろうな?」

「任務よ。銃口を向けられたら先に引き金を引くのは当たり前でしょう」

「殲滅任務じゃなく制圧任務だろうが。余計な手間を増やすな」

「任務にトラブルは付き物でしょう。それとも、こんな撃ち合いもしたことない簡単な任務ばかりやっているのかしら?」

「自分勝手な我が儘をトラブルにすり替えてんじゃねぇよ西洋人」

「……はぁ」

 呆れたように溜め息を漏らした少女は智和に背中を向け、床に落ちたMP7を拾い上げて左のレッグホルスターに入れた。

「ここで口論しても仕方ない。どうせ理解し合えることないし、まだとやかく言うなら後で聞いてあげる。現場維持とこいつらの搬送はそちらに任せるわ」

 智和の横を通り過ぎた少女は平然と血溜まりを踏んでいき、赤い足跡を残して去っていった。

 態度や性格はともかく、決められたルールに従わない西洋少女に、智和は覚えた苛立ちを顔には出さず舌打ちで誤魔化した。

 本当なら拳や蹴りの一つや二つ出したかったが、相手は依頼してきた側が提供した協力者。手を出せば話がこじれる可能性がある。だから行かせた。

 それよりも怪我人の心配先だ。例え制圧目標でも死なせてはいけない。ましてや、みすみすと死なせる訳もない。

 上着を脱ぎ、ワイシャツの袖を力尽くで引き裂くと、まだ肩や脚を撃ち抜かれただけの男性二人の応急措置を始めた。


――――――――――◇――――――――――


 智和と瑠奈が任務を終え、長谷川の車でIMIへと戻った。

 目標である七名中四人は死亡。二名は肩や脚を撃ち抜かれたが命に別状はなく、もう一人は意識不明の重傷で病院へと搬送された。

 IMI第一倉庫へと戻り、智和と瑠奈の二人は装備を隣の第一武器保管所へと返しに行く。長谷川はここで装備を借りていた。

「智和、瑠奈。ちょっといいか?」

 装備を返却し、購買で購入したワイシャツに着替えた矢先、長谷川に声をかけられた。

「この後、あの協力者が取り調べをするんだがお前達も私と一緒に同伴してくれ」

「あ? 警察に引き渡したんじゃないのか?」

「依頼人の要望でな。おかげで今回は全てIMI側に権利がある。現場維持も普通科と諜報科にやらせてるし、重傷者にも衛生科の生徒を付き添わせている」

「そこまでする価値があるのか?」

「知らん。依頼人は話したがらない。まぁ、“あんな仕事”じゃあ話したくないことは沢山あるだろう」

「あんな仕事?」

「気にするな。そろそろ時間だ、早く行くぞ」

 二人は長谷川に連れられていく。

 IMIの敷地は広い。なんせ元東京二十三区である江東区と江戸川区の二区を丸々使っているのだ。IMIはだだっ広いこの面積を思う存分に利用している。

 施設が集中している元江東区、野外訓練場に指定されている元江戸川区の二つには呼称がある。別に難しい呼称や暗号などではない。

 元江東区は施設の意味を持つFacilitiesの頭文字の『F』。同じく元江戸川区は野外の意味であるOutdoorの『O』。これらの頭文字を使って『F区』と『O区』と学生や教師達は呼んでいる。

 とはいえ、別に決まっている訳ではない。在籍していた誰かが言い出して広まり、それが定着し、今も一部の生徒や教師には呼ばれ続けているのだ。

 F区に集中している施設は様々である。中・高の学生が学ぶ為の校舎や体育館の他に居住地として使われる寮。車庫や屋内射撃場、武器保管場などは複数存在し、各科ごとに使用する施設もある。

 その中で諜報科という、情報収集に長けて諜報戦に強い学科――簡単に言えばスパイ養成学科――で使用される校舎に三人は入った。

 公共機関ではないので当前だが、IMIの学生や教師に逮捕権はない。しかし逮捕権を警察庁に前以て申請すれば逮捕状が発行され、指定された任務で逮捕権を得ることも可能だ。

 逮捕した容疑者を一時的に拘束する為に拘留所も存在し、尋問を担当するのが諜報科の生徒や教師である。

 諜報科の校舎から数十メートル離れた場所に拘留所がある。先程の制圧任務で確保した二人も、おそらくはあの拘留所で治療された傷に少し痛みを感じながら、鉄格子に囲まれた部屋で座っていることだろう。

「…………あ?」

 諜報科の建物に足を踏み入れた時、おかしいことに気付いた智和は長谷川に問う。

「尋問なら拘留所だろう」

 情報収集という面において尋問もしている諜報科。ここにも尋問室はあるのだが、わざわざ容疑者を移動する手間をかけない為に拘留所にも尋問室はあるのだ。

「あっちはここの尋問室を指定してきた。防音で録画録音できる部屋をな」

「ただの尋問だろ」

「それで済めばな」

 諜報科が管理する尋問室は設備に力が入っているが、拘留所の尋問室は閑散していると言っていい。防音や録画録音の機能はない。

 ただの尋問でそんなに環境を整えるほどの必要性は皆無と考えたが、あの協力者の性格や行動を思い返した結果、なにやら危なっかしいことをしでかすのは容易に想像できた。

 長谷川も智和と同じ考えに辿り着き、釘を刺す役割として二人を参加させたことだろう。

 三人に一人の女子生徒が駆け寄ってきた。おそらく諜報科の生徒だろう。

「早かったですね」

「まぁ色々と問題があるからな」

「後ろの二人は?」

「同伴だ。私が許可する」

「わかりました。五番のBです。既に準備はできてますから、すぐ始められます」

 女子生徒に案内される形で廊下を進んでいき、階段で二階を目指し、角を曲がってすぐある部屋に入った。

 幅は狭いが奥に広がる無機質な部屋。片面には隣室の様子が見えるようマジックミラーが張られ、その下には様々な機器が置いてある。

 マジックミラー越しには八畳ほどの部屋。中央には脚を床に固定されたテーブルと椅子の尋問室が見える。その椅子には任務で確保した男が手錠をされて座っていた。

「機器は準備したので、始まったら録音録画を。扱い方は大丈夫ですね?」

「ああ。ご苦労」

 女子生徒が部屋から出ていき、智和と瑠奈は隅にあるパイプ椅子に座り、長谷川は機器を前にして立ったまま傍観する。

 また扉が開き、先程の女子生徒とは別の生徒が入ってきた。

 腰まである長い黒髪と物静かな佇まいが印象的な生徒は、任務で無線機越しに指示を出していた通信科の北原琴美きたはらことみである。

「琴美さん久しぶり~」

「お久しぶり瑠奈ちゃん」

 実際は数十分前に無線で話しているし、智和はその場にいなかったから知らないが昨日も廊下で会ったらしい。

 しかし琴美は面倒臭いと感じることなくやり取りし、母性溢れる優しい性格だとわかる。

「七名の身元はまだ判明していないので諜報科の生徒に調査してもらっていますが、協力者はわかりました。と言っても、IMIの人間だったので情報は取り寄せれば簡単でしたけど」

 持っていた書類を三人に回す。

 書類には、あの碧眼少女の顔写真とプロフィールがぎっしり書き込まれていた。

「ララ・ローゼンハイン。ドイツのIMI普通科に所属の十五歳で高一期生です。成績は非常に優秀で同学年には対抗できる生徒はおらず、また部隊などには所属していません」

「全部一人でしてるってことですか~?」

「そういうことね。68の任務数のうち57の成功。80前半の成功率です。11の失敗ですが、これは協同した者のミスと報告書にあったので、彼女の実力はかなり信頼できます」

「性格に難ありだがな」

 智和が茶々を入れた。

「部隊への加入も推薦されたりしてるようですが、彼女は片っ端から断ってるらしいです。父・母・兄・弟・妹の六人家族で、父親はドイツ陸軍コマンド特殊部隊KSKに所属しています」

「智和みたいな父親もいるんだな」

「やめてくれ」

 長谷川の意見が嫌味に聞こえた直線、尋問室に協力者だったララが足を踏み入れた。

『じゃあ始めるわ』

 天井の両隅に取り付けてあるスピーカーからララの声が聞こえ、開始の合図を受けた長谷川が二つの赤い開始ボタンを押す。

 録画は尋問室にある監視カメラ四台。録音は監視カメラの機能で行われ、尚且つ四人がいる傍観室でも録音される。つまり音声は監視カメラで映像と一緒に、傍観室の機器で音声と二種類の録音で行われている。

 立ったままテーブルに手を置いて睨むララの目を男は直視できず、顔を横に向けなるべく視線を合わせないようにした。

『初めに言っておくけど、私はどんな手段でも使って聞き出すから。それ以上傷を作りたくないなら質問に答えなさい』

『……黙れ人殺しが』

『慣れてるわ。あと、黙って聞いて、答えろ』

 声が低くなって男の頭――細かく言えば髪を掴み、勢いよく引き寄せると顔面をテーブルに叩きつけた。

 鼻を折ったらしく鼻血が垂れ流しとなり、男の口元とテーブルを赤く汚した。

 お構い無しにもう二回叩きつけ、痛みに悶える男の顔を上げて自分へと引き寄せる。

『今度は歯を折るわ』

「ゲシュタポのやり口か、余程の短期だな」

 強引に聞き出す“それ”はもはや尋問の域を越え、拷問とも言えるやり方に智和からは溜め息が漏れた。

 瑠奈と琴美はスモークガラスの向こうで行われている尋問改め拷問に顔を引きつらせ、反対に長谷川は表情一つ変えることなく一点を見続けていた。

『手短に済ませたいの。聞きたいのは一つだけ。レオンハルトに関する情報を全て話しなさい』

『レオンハルト……だと?』

『ええ』

『知らん。誰だ』

しらをきっても無駄よ』

『地獄に堕ちろ糞野郎』

 罵倒した瞬間、男はまたも顔面を強打する羽目になった。

 今度は止まることがなかった。何度も何度も顔を叩きつけられたことでテーブルと男の顔が血で真っ赤になり、歯が数本折れてテーブルの隅に散らばっていた。

 見兼ねた長谷川は近くのマイクを手にして警告を与える。

「そこまでだ、ララ・ローゼンハイン。それ以上そいつの顔をジャガイモみたいに潰すなら、貴様を人権無視と拷問未遂とその他諸々でIMI本部に差し出さなければならない」

 マイクで呼びかけられたララは後味悪そうにスモークガラスを睨み付けてきた。あちら側からは見えない筈だが、偶然にも目線上に長谷川がいる。

『後片付けよろしく』

 ゴミのように男を投げ捨て、ララは尋問室から姿を消した。残ったのは哀れにテーブルで伏す男だけ。

 死んではいないようだが、どうやら気を失っているらしくピクリとも動かない。

 歯ばかりではなく意識も失うこととなった男に同情の意を捧げた智和は、面倒極まりない後始末をやらされる諜報科の生徒にも同様の意を捧げていた。


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