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烏は群れを成して劈く  作者: TSK
第一部第3章
14/32

三ヵ月前

決意と決心と結束が結ばれて。

結尾なる決壊へと向かっていく。

そうだ。あの男は忘れられぬ。

自分の愚かさを。

 日本IMIの始業式は四月一日であり、その一週間後の四月八日に入学式がある。設立されて活動する際、入学式を九月に設定しようかという案があったが、所詮は建前上の形式のようなものの為、四月に行うことになった。

 話は戻るが、始業式と入学式の間隔が一週間もあるのは理由がある。進級祝いと言う名の模擬戦闘を行う。期末試験ではないが、慣例化した学園行事だ。

 参加するのは普通科だけである。一つの科しかなく侘しく感じるかもしれないが、中・高期生を対象としており、所属生徒が一番多いのが普通科である為に、なかなか大掛かりな行事となるのだ。

 普通科全てのクラスを対象にしている為に、実力と経験で劣っている中期生にとっては地獄である。先輩からの愛の鞭――ストレス発散や嫌がらせとも言える――だから仕方ないが、同情する部分もある。

「皆さん。進級おめでとうございます」

 第一体育館で式を終えて各クラスは教室へと戻る。高期一年A組も教室に戻って、担任の平岡が簡単に話し始める。教室の後ろでは副担任の長谷川が立っている。

「とは言っても、担任と副担任、周りの友達も変わっていないので新鮮味はありませんが」

 苦笑しながらも平岡の笑顔からは優しさは消えず、その笑顔は男子と女子区別なく人気がある。

「それに皆さんは、この後に模擬戦があるからそちらの方が大事ですよね」

「そんなことありませーん。もっと平岡先生の話が聞きたいでーす」

 女子生徒の言葉に大半の生徒が頷き、少しだけ笑いが起きる。

「私も皆さんとお喋りするのは楽しいですが、模擬戦闘があるのでお預けです。ここからは長谷川先生とお話を代わりますね」

 平岡が隅に寄り、今度は長谷川が教壇に立つ。

「まぁまずは進級おめでとう、と祝っておこうか」

「長谷川の賛辞なんて形だけだぞ」

「黙っとけ智和」

 智和の軽い冗談は一蹴され、長谷川はいつもと同じように説明を始める。

「やったことがあるからわかっていると思うが、ペイント弾使用の模擬戦闘だ。場所はO区の訓練施設だがランダム。対戦も抽選で決まる」

「夜戦は面倒臭いよなー」

「暗いし寒いしね」

「中期生だったら楽勝なんだがなー」

「まだ話は続く。静かにしろ」

 日本IMIではクラス替えなどはない。入学してからずっと同じクラスの為、クラス内での結束はかなり高い。おかげで無駄な連携も生まれるがそこは副担任の長谷川。難なく受け流す。

「中期生に勝つなんて当たり前だ。負けたら全員補習と走り込みだぞ」

「えー」

「静かに!」

 生徒全員が反発。静めさせて続ける。

「負けるとは思ってない。智和や瑠奈もいるし、ここにいる半数はなにかしら部隊所属している。お前達、意外と優秀なんだぞ。自覚あるか?

 まぁいい。それで、やる気を出させる為に私と平岡先生からちょっと報酬を与えよう」

「お?」

「高二期生や高三期生のクラスと当たって勝利した場合、二時間焼き肉食べ放題を奢ってやろう」

「よし肉っ!」

「女子はアイスクリームとかクレープがいいでーす」

「煩い黙れ。まだ黙っとけ!」

 騒ぎ立てる生徒を半ば無理矢理に静かにさせる。相変わらずこのクラスは騒がしく、言う事を聞かせるのは手間がかかる、と溜め息を漏らした。

「今回は智和に作戦立案を任せる。いいな」

「異議なーし」

「俺は大いにあるんだが」

「命令だ。これも勉強ということ。真面目にやれ。私は口を挟まん」

「トモ君責任重大だね~」

「……了解」

 本人としては面倒に変わりないが、部隊担当官から命令されてしまえばどうしようもない。従うしかない。

 それに智和は特殊作戦部隊に所属し、正規訓練をパスした実力者。伊達に特殊作戦部隊の証である黒のネクタイピンは付けていない。

「抽選は十時半。第一会議室に集合。智和が行け。残りは自由だが準備を怠るなよ。私からは以上。平岡先生からも一言」

「皆さん、怪我とかしないよう頑張ってくださいね」

「以上。解散」

「起立! 礼!」

 日直の号令で生徒達は起立する。その動きは素早く、まるで軍人のように手慣れたものだ。礼も素早く、頭の下げ方にも統一性がある。

 しかし、終われば途端に騒がしくなる。これが未成年のさがかはわからないものの、和やかから厳かな雰囲気に即座に切り替わる瞬間は“気持ち悪さすら覚える”。

「頑張れよ」

「頑張ってくださいね」

「作戦考えるぞ。まずは班分けだ」

 教師二人が教室から出た後、智和を中心にして部隊編成などが話し合われた。


――――――――――◇――――――――――


「チクショウめ。ファッキン・ジーザス」

「お前キリスト教徒じゃねぇだろ。しかも侮辱じゃねぇか」

 白人ベン・ウォーカーの悪態を、隣に歩く水下龍が静かにツッコミを入れる。

 この春見事に進級して多少浮かれ気味の中二期生が多いものの、この模擬戦闘で一気に挫かれてしまうのだ。おかげで中二期生の春は沈みの春だとか言われている。

 ベンもその中の一人であり、クラス中期二年C組全員がそうである。なんせ実力と経験が不足し、負けるとわかっているのにやらねばならないからだ。

 中一期生のほとんどが実戦はせず、訓練でしか銃を撃っていない。先輩や教師に認められた例外――智和や恵、新一がその部類――もいるがそんなことは稀であり、滅多にない。

 おかげでボロ負けだけでなく、整備やら準備の甘さで手痛い失敗を精神的にも肉体的にも味わう羽目になる。

 先輩からの愛の鞭。教師からは「痛い失敗をして経験を積め」と、最初から勝つことなど期待されていないのだ。屈辱もここまでくれば清々しい。

 かといってやる気を出さずにやると、教師が見抜いて走り込みやら腕立て伏せやらの補習がある。中二期生にとって本当に嫌な役回りだ。

「お前も損な役押しつけられたな。同情するぜ」

「煩い。やる気でも出せ」

「お前じゃあるまいし。あー、春休みに会った女子高生の所に遊びに行きてー」

「本当にそればっかだな」

 入学当時から知り合い、寮でも同居人として一緒にいる。おかげでベンの遊び癖を熟知――知りたくもなかったが――しており、龍は呆れることが多い。

 龍は、訓練でしか実銃を撃てず、任務も授業で指定されたボランティアしかできなかった。中一期生時代は不満の積み重ねばかり。

 ようやく中二期生となり、模擬戦闘のことを知った時は心が踊った。だが冷静になって考えてみれば、これは訓練という名のただのイジメではないか、と思うようになった。

 それでも模擬戦闘をしたい。先輩達と戦ってみたいと強く思い続ける気持ちは変わらない。そんなことを考えているクラスメイトは龍以外におらず、中二期生でそう考える生徒はごく僅かだろう。

 簡単に言うと、龍は“危ない”変り者だ。クラスのムードメーカーであるベンと一緒にいるのでクラスメイトと話すことは話すが、積極的に話し掛けることがなければ関わろうともしない。クラスでの龍は一匹狼なのだ。

 中一期生時代の座学の成績は中の上。戦闘などは学年トップを誇る龍が、中期二年C組の作戦立案を任された。ついでに担任はいつも一緒にいるベンを副リーダーとして任命した。

 ある程度の班分けやらを決めた二人は今、抽選の為に第一会議室へと向かっている。

 普通科校舎の四階に第一会議室があり、普段は教師の会議などしか行われないだだっ広い部屋だ。

「…………」

 中二期生で会議室に行くことなど滅多にない為、重苦しい雰囲気を感じる。さすがのベンも少しばかり緊張している様子だ。

「……なぁ龍」

「なんだよ」

「……可愛い先輩とかいたらメアド交換できると思うか?」

「死ねよ、白人。雰囲気壊すな」

 心配した龍が馬鹿だった。なんとも自分の欲に正直であるが、せめて場違いな発言だけはやめてほしい。リーダーとして恥ずかしい。

 一発殴りたかったが、大きな溜め息を漏らすことでやめておいた。

「マジでやめろよ」

「わかってるって」

「絶対わかってねぇ」

 いつもの会話をしながら、龍は第一会議室の扉を開けた。


――――――――――◇――――――――――


 抽選の十分前。第一会議室には普通科クラスの代表が既に集まっていた。

 教室二部屋分ある会議室の中央には、高級品の楕円形の長テーブルと革製の椅子が占領している。

 高期生達の近寄り難い雰囲気により、中期生の代表達は自然に隅へと寄っている。後輩の心遣いなど知らず、高期生達はテーブル付近にたむろしている。

 中期生達が緊張するのも無理はない。IMIは縦社会であり、上の者には尊敬と畏怖の念を込めて対応し、行動しなければならない。

 しかもここにいる代表の中には、日本IMIが編成した各部隊に所属する生徒もいる。強襲展開部隊は当然、特殊作戦部隊の生徒もいるのだ。緊張するな、というほうが無理である。

「いやー。皆さん久しぶりッスねー」

 ただ一人を除いて、だが。

 中期三年D組の代表となった高橋新一が、一緒に連れていた女子生徒などお構い無しに高期生の群れへと飛び込んでいた。

 新一が飛び込んだグループは智和、瑠奈、高期一年D組代表である恵に、高期二年B組代表の希美と高期C組代表の千里が集まっている。全員が特殊作戦部隊に所属しており、瑠奈と新一を除く四人が特殊作戦部隊の正式訓練をパスしている強者グループだ。

「は、はじめましてっ!」

 おかげで新一が連れていた女子生徒は緊張しっ放しで、眼鏡がズレる勢いで何度も頭を下げていた。

「おい新一。お前は中期生だからな。立場は理解してるのか?」

「いやー、そんなこと今更言ってもッスねー、俺って友達少ないッスから」

「いたんだ」

「酷っ! 姉さん相変わらず酷い!」

「……し、新一君は友達多いですよっ」

 おどおどしながらも、女子生徒は新一の為に反論する。

「成績も良くて、戦闘、とかも部隊に入ってて、クラスの皆とも仲良しです。

 も、模擬戦闘だって、先輩達倒せるように色々考えてくれて、私みたいな運動音痴が副リーダーでも嫌な顔しないでくれてるし……っ。

 と、とにかくっ、新一君は友達、います、よ……」

「…………ぷふっ」

 女子生徒の言葉に耳を傾けていた高期生の五人は呆気にとられ、少しの沈黙を経て千里が吹き出した。他の四人も思わず笑ってしまい、何故か新一まで笑った。

「……え? へ?」

「あっはっはっ! いいクラスメイトだな新一!」

「えと……えーと」

 状況が飲み込めない女子生徒に、瑠奈がいつも通り優しく説明する。

「シー君がいると、いっつもこういう会話になるんだ~。別に馬鹿にしてるとかじゃなくて、わざといじって茶化してるのが定番なんだよ~」

「そうッスよ。俺もこんな感じのが話しやすいしやりやすいッスから、別に馬鹿にされてる訳じゃないッス。あ、でも身長では馬鹿にされてるッスよ」

「そ、そうだったんですか……すいません」

「謝らなくてもいいさ。久々に、笑わせてもらった」

 一番大笑いしていた千里は、すぐ近くにあった革製の椅子に深く腰を下ろした。

「高期生を倒すという意気込みも良い。反抗的な後輩は大好きだ」

「あ、いえ! 相手になれればって私は思ってて……」

「それでもいいさ。中期生が嫌々にやるより、倒してやるぐらいの気持ちで戦うほうが断然いいからな。私達みたいな部隊所属生徒だと、嬉しく思う」

「そういや、他の奴らは?」

 智和の問いに千里は顔を向けて答える。

「特殊作戦部隊の生徒が代表なのは私達だけだ。ほとんど展開部隊の生徒が代表で、前哨狙撃部隊――偵察・斥候・観測なども行う狙撃部隊――は新一だけ。都市部治安維持部隊――建物や人物の警備、護衛などを目的とし、他部隊が干渉できない範囲を担当する部隊――の生徒はさすがにいない」

「珍しいな。出しゃばりだと思っていたのに」

「経験のない生徒にやらせるのが目的だろうな。不満があろうが口には出さないよう言われてる。まぁ作戦に不満を持っても嫌味は言わないし、助けてやるのがあいつらだ」

「感動の仲間意識だな」

「そうなったんだよ」

「なった?」

「今回の模擬戦闘でな――」

 話の途中で会議室の扉が開かれ、生徒全員が直立する。千里もすぐに起立して入口に体を向けていた。

 入ってきたのは長谷川と岡嶋だ。

「楽にしてかまわんぞ」

 長谷川の言葉で生徒全員の雰囲気が一気に緩む。

 が、次に入ってきた人物達を見て、生徒達は怪訝な表情になった。

 まずは林武則はやしたけのりという男性教師。細長い体型の岡島とは違い、筋肉質でいかつい体躯の林は高期普通科の責任教師であり、戦闘展開部隊の担当教師でもある。見た目通りに林の指導は厳しいと評判だ。

 そんな林の後ろには男性二人と男子生徒、女子生徒の計四人。男子二人はスーツを着ており、生徒二人はIMIとは違う制服を着ている。

 見たことない集団に、IMIの生徒はざわつき始めた。

「静かに!」

 林の一声でざわつきがなくなる。楽にしていいのだが、少しおかしな状況に中期生達は戸惑いを隠せない。もちろん高期生も同じだ。

「誰だ」

「防衛省の幹部サマと、国防学校の教師と生徒だよ」

 千里の嫌味な言葉を聞いて、智和は思わず千里に顔を向けた。

「じゃあ、あれが国で設立された国防教育機関が運営する防衛学校ってことか」

「ああ。IMIとは犬猿の仲だ」

 八年ほど前、防衛省が国防教育機関という機関を設立し、同時に少年少女に国防教育をさせる教育機関を設立させた。それが国防学校である。

 IMIと同じ中高一貫で全寮制。違うのは国防目的の教育をしていることだ。現在、設立されている国防学校は北海道に一つ、東北地方に一つ、関東地方に二つ、中部地方に一つ、近畿地方に二つ、中国・四国地方に一つ、九州地方に一つと、計九つある。

 ここにいる教師と生徒は、千葉県いすみ市郊外に設立している第一国防学校の人間だ。その名の通り、最初に設立・開校した国防学校である。

「何でその教師と生徒がいるんだよ。というより防衛省の幹部がいること自体おかしいだろうが」

 テロの打開・打倒のIMIに、国の防衛を学ぶ国防学校。本来なら協力し合って手を取り合う筈なのだが、そういう関係図には残念ながらなっていない。

 防衛省が国防学校の設立案を提出した背景に、IMIへの対抗などが絡んでいるとの噂がある。

 IMIの影響はとてつもなく大きい。軍事大企業《GMTC》の影響も重なり、国とほぼ対等の扱いを受けられる。《GMTC》や各企業がスポンサーとなっており、今のところ資金に困ることがない。

 各国が《GMTC》と離れられない関係を保つ限り、IMIと国も離れられない。テロ打倒を目的としている限り、国は離れられる必要もないと言えばないのだ。

 最初は黙認していた日本政府だったものの、非常時におけるIMIの権力の大きさに異議を申し付けた。国のことまで手を出すな、と。

 しかし日本とは不思議な国で、自衛隊がいるのに国防の役目を果たせていないことがほとんどだった。そこに日本IMIは目をつけた。

 汚れ仕事を全般的に引き受ける代わりに、日本IMIの行動を国が認めさせることを条件にした。

 おかげで日本IMIは警察とも連携できるようになり、かなり自由な行動ができるようになった。重武装での移動も可能となった。

 それから十年ほど経ち、肩身の狭い思いをしてきた防衛省が対抗するかのように国防教育機関を設立し、国防学校を設立した。豊和工業をスポンサーとして国内の重機分野の企業から資金を集めた。

 防衛省から国防教育機関、更には国防学校にまでその心意気が流れている。おかげでIMIに変な対抗心を持っているのだ。

 海外企業に好き勝手やらせない為に、国自らが作り上げた教育機関。それが国防学校の実体である。

 余談だが、少年少女に人殺しの真似事だとIMIと同じ批判を受けているが、当の本人達は全く気にしていない。

「私達にとってはいい迷惑だ。勝手に対抗心燃やされても困る」

「そうだな。で、あの幹部誰か知ってるか?」

「確か防衛大臣補佐官の新田とか言う。国防教育機関を作り上げたうちの一人だ」

 二人がぼやいている間、教師と生徒の三人は空いているスペースに堂々と立つ。林と防衛大臣補佐官である新田は、長谷川と岡島の隣に立った。

「全員こちらに注目」

 林の一言でIMIの生徒は向きを変える。

「模擬戦闘における確認と抽選を行う前に、皆が抱いている疑問について話そう。こちらは防衛大臣補佐官の方、そちらは国防学校の方々だ。

 何故この方々がいるのかという理由だが、至極簡単だ。今回の模擬戦闘、国防学校の生徒も参加することになった」

 中期生が少しだけざわつくが、高期生は別に驚くことはなかった。模擬戦闘の抽選前に堂々とやってきたのだから、だいたいそんな感じなのだろうと思っていた。

「参加するのは高等部から学年一つずつ。一年四組。二年一組。三年三組。ここにいるのは三年三組の担任と生徒だ。これから模擬戦闘の説明を行う。質問は後に受ける」

 少し間を開けて、林は続ける。

「抽選によってクラスを決め、場所と時間はこちらが指定する。夜間戦闘もある。模擬戦闘の回数は三回だ。また、時間によって増減することもある。その場合は担任や副担任、普通科の教師の指示を聞くように。

 装備についてだが、変更点があるもののまず後にする。場所と時間は前以て報告する為、各自状況に合った装備を整えることを許可する。使用する銃も特に制限はしない。

 変更点は、模擬戦闘における閃光手榴弾と煙幕の使用許可だ。煙幕は白を使用すること。赤は緊急事態の伝達用にすること。間違っても焼夷手榴弾など殺傷力ある物を使用した場合、単位減少、謹慎処分など厳しい処分を下す。最悪、退学もある。

 弾薬はペイント弾。シムニッションを使用すること。シムニッションを使用できるならば、銃やエアガンを改造した物でもかまわない。

 説明は以上。何か質問は?」

「戦闘服も各自自由でいいんですね?」

「そうだ。なんなら私服でもかまわない。相手を馬鹿にしてやられない自信があるならな。

 質問は以上か? なければ抽選を始める。順番はこちらが指名するか、早い者順でもいい。どうする?」

「では私が」

 千里が名乗り出て一歩踏み出す。

「波川か。よし、では高三期生から前に出て引け」

 高三期生が前に出て、千里が最終に抽選を引いていく。

 抽選は箱の中からクジを引き、クジに書かれたクラスと模擬戦闘を行うという至ってシンプルな決め方である。クジを引く前に相手が決まったクラスは引かない。

「次、高二期生」

 順調に抽選が進む。智和のクラスや龍のクラス、国防学校のクラスはまだ呼ばれない。

 結局、高二期生の段階では呼ばれなかった。

「次、高一期生」

 高一期生が前に出る。

「じゃあ私から」

 特に相談せず、引きたい者から引いていく。最初は恵から。

「中期三年A組」

 クジを読み、さっさと後ろへ下がる。

 次に智和が特になにも考えずにクジを引く。

「あ。国防学校三年三組」

 引いたクジを見て、間抜けな声を上げてしまった。


――――――――――◇――――――――――


 全ての抽選が終わった。

 高期三年から順に抽選を行い、今度は逆に中期二年から抽選をおこなった。三回目の抽選は挙手制に抽選を行い、ひとまず最低回数の模擬戦闘相手を決めた。後は時間の余りなどや、教師達の独断と偏見でクラスを選出していく。

 そして目玉となる国防学校との模擬戦闘は、智和率いる高期一年A組が三年三組、龍率いる中期二年C組が二年一組、高期一年B組が一年四組という組み合わせになった。

 国防学校はどうやら一日参加らしく、教師と生徒達は微動だにせず抽選を見ているだけだった。

「相手クラスを覚えたな」

 長谷川が黒板に対戦するクラスを板書し、林が確認をとる。長谷川の隣にいた岡島は少しそわそわしており、おそらく煙草を吸いたいのだろうと感じ取れる。

「この後、開始時間と場所を指定するので時間がかかる。開始時間と場所の発表予定時間は十四時とし、それまで各自装備を整えるように。また、開始が遅れる場合は前以て連絡する為、各クラス代表の携帯電話番号とメールアドレスを報告すること。

 私から以上だ。二人からは何か?」

「“殺す気でやれ”。私からそれだけです」

「同じく。それが一番良い。訓練だが実戦と思え、ですか。ああ後、あれだ。痛みは経験しとけよ、お前らー。以上です」

「では携帯電話番号とメールアドレスを報告し、解散とする。各クラスの健闘を祈る」

 なんとも物騒な助言で抽選会を終え、各クラスの代表が携帯電話番号とメールアドレスを報告しに黒板の前へと集まった。

「面倒臭いクジ引きやがって。阿呆め」

「黙れ」

 携帯電話番号とメールアドレスを報告した龍とベンは、互いに愚痴を吐きながら会議室を後にした。

 各クラス代表が報告を済ませては会議室を出ていく。

「貧乏クジだな、智和」

「黙っとけ」

 千里に茶化されながらも澄まし顔の智和だが、内心では面倒臭いと思っている。

 模擬戦闘は、O区に建設したキリングハウスや小規模都市などで行われる。部隊訓練を富士の樹海などで行うこともあるが、その場合では移動など様々な方面で面倒が掛かる。故に日本IMIの敷地内で模擬戦闘で行う。

 その施設には、模擬戦闘の様子を観察できる為のカメラがいくつも設置されている。生徒達の違反行為を監視する目的や、戦闘行動の評価を決定する為である。更にはUAVを使用して上空からも監視するので、かなり大掛かりな学園行事だとわかる。

 見られているということは、おそらく国防学校の教師や生徒、防衛大臣補佐官の新田にも見られるだろう。面倒な対抗意識も相まって、嫌味やらなんやら言われるだろうし、勝手に評価されることも気に食わない。

「ちょっと待て」

 発表まで昼食を済ませようかと、お馴染みのグループ内で相談しながら会議室を出ようとした矢先、国防学校の男子生徒が声を掛けてきた。隣には女子生徒もいる。

「……何の用事だ」

 小さく溜め息を漏らして振り返るが、無視してしまえば良かったと後悔した。二人の瞳には、明らかな対抗意識がある。

「特に用事があるという訳ではない。ただの挨拶だ」

「その割には喧嘩吹っかけに来てるようにも見えるがな」

「そう見えても仕方ない。実質、クラスの中にはそういった連中も多い」

「お前達はどうなんだ」

「その類の連中さ」

 表情を変えずに続ける。

「俺達はIMIに喧嘩を売りに来た」

「……へぇ」

「野蛮な暴力集団に、国の未来を潰されるのをただ黙って見ている訳にはいかないんだよ。これ以上、好き勝手やられるのは国も迷惑してるんだ。

 だから、な。喧嘩を吹っかけてきたよ。宣戦布告だ」

「宣戦布告、ね」

 国防学校の大層な大義名分に、智和は鼻で笑う。

「何がおかしい」

 鼻で笑われたことが癪に触ったのか、今まで冷静を装っていた生徒二人は眉をひそめる。教室の奥にいた教師や新田も、智和を睨みつけていた。

「宣戦布告と言ったな」

「ああ。それがどうした?」

「戦争をするつもりで挑むなら、俺達もそれ相応に戦争するつもりで挑もう。それこそ“殺すつもり”で、お前達を“潰すつもり”でやらせてもらう」

「何を今更――」

「それにお前達は勘違いをしている。俺達は確かに暴力集団だが……国のことなど最初から眼中に入れていない」

「何だと……?」

「聞こえなかったか“ド素人”。俺達IMIは国のことなんか一切考えてねぇんだよ。ただの暴力集団が、そこまで考える必要ないだろうが」

「お前っ……!」

「それにだな」

 あからさまな挑発に怒鳴り上げようとした男子生徒の会話を遮り、智和は薄笑いを浮かべて告げる。

「雑魚にかまってる暇はない」

 この発言に生徒二人はもちろん、教師と新田も怒りを抱いていた。対して長谷川、岡島、林の三人は、何が面白いのか笑みを見せている。

「言わせておけば……! ただの野蛮な集団がっ!」

 馬鹿にされて、ただ引き下がる訳にはいかない。

 しかし智和は更に続ける。周囲にいる千里や希美だけでなく、恵や新一も薄ら笑みを見せていた。瑠奈は苦笑いし、新一と同じクラスの女子生徒は困ったように新一の後ろに隠れていた。

「訓練でしか引き金を引けなくて国防? はっ! 馬鹿言うな。汚れ仕事をたらい回しにしてるだけだろうに」

「そこまで言うと、こちらも国防学校の生徒として黙っていられないわよ!」

「事実だろう。殺したこともない癖に。だからな、俺なりの条件を出したいんだよ」

「条件?」

 今度は智和も笑みを浮かべる。

「十人。こっちが十人やられたら負けでもいいさ」

「ふざけるなっ! 馬鹿にするのも大概にしろ! 吠え面かかせてやるっ……!」

 生徒二人は怒りを抑えられないまま会議室を後にする。教師と新田もあからさまに睨み付けて、生徒二人の後を追うように出ていく。


――――――――――◇――――――――――


「模擬戦闘の詳細が決定したようです」

 異常に白い肌の吉田千早は冷淡に告げた。

 学園長室にいるのは秘書の吉田と学園長である如月隆峰の他、日本IMI連盟局局長の内藤拓也も同席している。

「そうか」

 吉田はコーヒーを淹れたカップをテーブルに置く。秘書という割には随分と動きが機敏で、まるで強者の兵士だ。

「高期一年A組と三年三組、中期二年C組と二年一組、高期一年B組と一年四組。このようになります」

「場所と時間は?」

「十五時三十分に高期一年A組と三年三組が第三屋内訓練所。一時間後の十六時三十分に中期二年C組と二年一組が第二屋内訓練所。二十時丁度、第二仮想都市――訓練用に作り上げた小規模の町――で高期一年B組と一年四組が模擬戦闘を行います」

「高期一年A組……特殊作戦部隊の神原・L・智和と草薙瑠奈がいるクラスか。なんとも、面白い組み合わせになった」

「どんな生徒だ?」

 内藤がコーヒーを飲み、如月は杖を手にしたまま口を開く。

「神原・L・智和は特殊作戦部隊の正規訓練を中二期でパスした。あの榎本誠二の弟子、とでも言うべきか」

「榎本誠二……テロリストの息子か」

「随分と手塩をかけられたようだ」

「IMI所属時の行動は知っている。随分と、紛争地帯を歩き回っていたらしいな」

「あの時代は些か仕方ないと言えるな。《狂信の者達》の残党狩りに勤しんでいた時代だ。各国のIMIが初めて協同任務を遂行させた時代でもある」

「その中でもあの男の活動は異常だ。戦場から戦場へ。死地から死地へ。巡り巡っても地獄しかない。私達が経験した以上の死を経験している」

「それが榎本誠二という“在り方”ということだ。あの男には、それしかない」

「そんな男の下にいた生徒が相手ならば、国防学校の生徒がどうこうしても勝てる訳がない」

「どうこうしなくとも、彼らはIMIには勝てぬよ。中二期生となら良い勝負になるだろうが」

 この場にいる三人が、どうやっても国防学校がIMIに勝てるとは思っていない。そもそも、実戦をしたことのない訓練生が、百戦錬磨の強者に勝てる要素がない。

「今回、あちら側から申し込んできた。おそらく《7.12事件》の追悼式に国防学校も介入させたいんだろうな」

「結局はマスコミへの宣伝とIMIへの対抗か。私は別に、どうでもいいんだがね」

「お前がどうでも良くとも周囲がそうではない。私にしてみても同じだ」

「ならば何故断らなかった?」

「私は国との繋がり役を担っている。そう簡単なことでもないんだ」

「だろうな。それで、防衛大臣補佐官の相手はしなくて良いのかね?」

「今から向かう。お前は?」

「私はここで見ている。相手とあまり話したくもないのでな。あちら側もそうだろう」

「だと思った。そろそろ時間だな」

「そうか。千早、彼を第一司令室へお送りしろ」

「了解しました。ご案内します」

 時間を確認した内藤が荷物を持って立ち上がり、吉田が案内となって学園長室を出ていった。


――――――――――◇――――――――――


 予定通りに十四時――午後二時に、模擬戦闘の時間と場所が発表された。今の時代は便利なもので、連絡は携帯電話やスマートフォンで伝えられる。

 模擬戦闘の様子を監視する為に、数ヶ所の司令室ではモニターの接続やカメラの最終確認をおこなっている。カメラやモニターの準備から最終確認は通信科生徒が担当している。

 この他にも各科が関わっている。模擬戦闘を行う訓練所の設計から建設に至るまでを輜重科が春休みから担当。衛生科は治療担当として待機している。また生徒会も監視する側として、各司令室で準備を手伝っているのだ。

 それ以外の生徒はやることがない。だが、そこはIMIの生徒と言ったところか。寮一階のロビーに機材を運んで、司令室のモニターを勝手に接続して見ていることが主流となった。

 教師達はそこまで目くじらをたてることもなく、むしろ接続などに協力している。数年前に機材を提供してモニターの数を倍に増やした。

 そういうこともあり、広々とした寮のロビーがこの一週間騒がしくなることは最早名物だ。受付の係員も模擬戦闘が気になるようで、注意するどころか生徒に混じって観戦している。

 普通科で模擬戦闘が行われる為、他の科の生徒は一週間することがない。「普通科より春休みが一週間分ある」という認識であり、観戦している生徒が多数を占めているが、個人によっては依頼を受けたり室内射撃場にいたりする。科によってもやることがある為、観戦しない生徒もいる。

「おい強希ー。そろそろ上がるぞー」

「ンー。もう少しやってくから先上がってくれ」

「そうか? じゃあ先に上がって準備しとくわー」

「ああ」

 輜重科の拠点とも言える第三倉庫。倉庫の中では一番広大であり、ハンヴィーやストライカーLAVだけでなく、貸し出し用の一般車両も保管している。

 第三倉庫の一画であるBエリアにて、二人を除いた生徒がハンヴィーの整備を終えて帰っていった。

 まだ整備しているのは輜重科高期一年B組の神崎強希と、同じく輜重科の中期三年A組の加藤穂乃香かとうほのかだ。二人は学生服でなく、輜重科が指定している作業着を着ている。

「今日って、何かありましたっけ」

 早めに切り上げていく様子に加藤は訝しむ。頬にオイルがついていたが全く気にしていない。

「あれだよ。普通科の模擬戦闘。生徒のほぼ全員が観戦してるンだから、まぁ一つの学園行事だな」

「……あー。そういや毎年やってましたね、そんなの」

「そういう訳だ。お前も早く切り上げていいぞ」

「……あー、いいえ。もうちょっとやってます」

「つってもな、倉庫閉まるの早ぇぞ。係員も見てるンだしよ。俺も上がる」

「はぁ……だけど、これ以外やることないですし」

「いやいや、寮に帰れば何かやることあるだろ」

「いや、まぁ……私、友達いないんで」

「は?」

 その言葉に強希は思わず手を止めて顔を出す。

 加藤は少し恥ずかしそうに、レンチを触りながら続ける。

「見た目も結構派手な方で、ちょっとキツい性格なんで……。それに、輜重科で女子って極端に少ないじゃないですか。私のクラスなんて私以外に三人しかいないんで。それも三人一組なってるっぽいんで、話し掛けづらいというか……。

 寮の部屋の同居人も科違いますし、雰囲気が合わないというか……私がKYみたいな感じなんで。だから寮に帰っても話すことないですし。いわゆる……えーと、ぼっち、ってやつです」

「……へー。お前友達いないのか」

「なんかムカつくんですけど。実際そうなんですけど、先輩の言い方にムカつきました」

 間違っていないのだが、強希の感情のない言葉が馬鹿にしているように思えた。

「いや間違ってねぇンだろ」

「間違ってないですけどムカつきました。そして先輩の根性がひん曲がってることも再確認しました」

「喧嘩売ってンのかコラ」

 互いに挑発じみた会話をしているが、先程からの会話を聞いている限りでは仲が悪いということはない。むしろ、小馬鹿にした会話を含んでいるこそ関係は良好なのだ。

 強希は加藤を真面目な後輩とし、加藤は強希を尊敬している。中一期生で試験をパスし、輜重科で設立された部隊にも所属していることから、強希に対する憧れが強い。

「それじゃあよ」

 整備を終え、工具を片付け始めた強希が口を開く。

「男子寮来るか?」

「はい?」

 思わぬ提案に加藤の手が止まる。

「どうせ暇で部屋戻ってもKYなんだろ。だったら知ってる奴と絡む方がよっぽどいい」

「……別に行ってもいいですけど、オイル塗れですよ? というか受付見てるでしょ」

「同じオイル塗れの連中だ。それに、この一週間は受付も煩く言わねぇし、平然と女がいる。逆は知らねぇ。俺の知り合いじゃ、受付と仲良く麻雀とかしてやがる。塗れてるのが嫌ならシャワーも貸す。

 という訳だ。とっとと片付けろ」

「はぁ……」

 半ば強引に事が進められた気がしないでもないが、どうせ部屋に帰っても自分の存在が浮くだけだと確信している加藤は、特に断ることもなく工具を片付け始めた。

 模擬戦闘が開始するまで、残り三十分ほど前のことである。


――――――――――◇――――――――――


 時間と場所の発表直後、智和の召集を受けた高期一年A組の生徒は、ある程度の準備を済ませて教室にいた。教室の後ろには長谷川もいる。

 全員がカーキ色の戦闘服を着用し、銃の最終確認をしている。中にはバックパックを持ってきている生徒もいた。

「全員、一旦手を止めてこっちに注目」

 全員の視線が集まったことで智和は続ける。

「事前に連絡したように相手は国防学校三年三組、総勢三十八名。三時半に第三屋内訓練所で行うことになった」

「というか、屋内訓練所って言えない広さだよね~」

 遮った瑠奈の言葉通り、屋内訓練所と言ってはいるものの、六十人強から七十人弱の人数が模擬戦闘を行う為に結構な広さが必要となる。

 対処としては、小規模都市訓練場の一区画と、屋外射撃場に作った簡単設計の建物を併用して行うという、とても曖昧かつ複雑な境界線を用いることで解決させた。

 小規模都市訓練場も使用するおかげで、屋内訓練所は名ばかりの、障害物のある広い訓練場となっている。言わば急拵きゅうごしらえの小規模都市訓練場だ。

 曖昧な境界線は毎年適当に線引きされるので、広さや使用する建物は違うし数も変わる。今回は屋内訓練所が三つ作られ、あとは二つある小規模都市訓練場で行われることとなった。

「作戦会議をする前に、ちょっとした話だ」

 袖を捲り上げていた智和は続ける。

「今回の模擬戦闘。国防学校の他に防衛省の人間も来ている」

「それが?」

「宣戦布告だとよ。上は上の目論みがあるんだろうが、少なからずあっちは俺達を敵視して明確な宣戦布告をしてきた」

「言われっぱなし?」

「まさか。雑魚に構ってる暇はないと言ってやった」

「違いねぇ」

 少しの笑いが起こるがすぐに静まり、再び智和は口を開く。

「俺として乗り気はしない。だが、こうまで喧嘩を売って買って欲しいと言ってるんだから、俺は買うことにする。皆は?」

「いいなその喧嘩。面白そうだ」

「素人に負ける要素はねぇ」

「別にいいんじゃない?」

「女子もやる気はあるな。という訳で、全員がやる気になった。だから“殺すつもり”でいく。いいな」

「異義なし」と生徒達が口を揃えて了承した。

 智和はクラスメイトから長谷川に顔を向ける。

「満場一致だ。多分、そっちも面白くなる」

「多分じゃないな。まったく、お前らは……」

 やる気があるのは良いことだが、変な方向に向かっている気がして長谷川は呆れて溜め息を漏らす。

 が、その表情はすぐに嫌らしい笑みへと変わる。

「殺してやれ」

「了解」

「相手は一応防衛省の人間だが、私は一度役人を怒らせたかったんだ」

「嫌な願いだな、おい」

「あちらには私から挨拶はする。ガキはガキに挨拶しろ」

「わかってる。それじゃあ作戦会議をしよう」

 教室にいる全員が、長谷川と同じ笑みを見せていた。


――――――――――◇――――――――――


 模擬戦闘開始まで残り十五分ほど前に、長谷川は第一司令室に到着した。

 クラスが“殺しにいく”つもりでやる気を出し、作戦会議の内容を聞いていたが、なるほど智和らしい“酷い内容”だった。戦争を経験した智和らしいモノだ。

 中に入ると、会議室と同じぐらいの広さである司令室は薄暗かった。カーテンが締め切られ、唯一の光源は前方に並べられた数多いモニターと、通信科生徒が扱っている電子機器の輝きだけ。中央付近にはテーブルとパイプ椅子が、一定間隔で並べられている。

「……ん」

 既に先客がいた。担任の平岡と岡嶋、それにIMI連盟局局長の内藤が離れた位置に座っている。

「あ、長谷川先生」

「どうもー」

「おい岡嶋。部屋入っていくら煙草吸った? 臭い酷いぞ」

 岡嶋の目の前にある灰皿には、既に吸い殻の山ができつつあった。岡嶋や長谷川がいいとしても、平岡や内藤の他に生徒もいる。あまり良いことではない。

「これで最後ですよ、最後。あとは換気して消臭スプレーかけますから。それに二人からは許可貰ってますんで」

「お前なぁ……」

 岡嶋のヘビースモーカーぶりに長谷川は呆れることしかできない。以前に居酒屋など行った時、酒は飲むが食べる代わり煙草をかなり吸っていた。

 とにかく吸う速度が異常だ。たった二時間で二箱消費していた。本人曰く、「酒を飲めば倍になる」らしい。

 溜め息を漏らし、内藤に向きを直すと一礼する。

「お久しぶりです内藤局長。この馬鹿が迷惑をかけたようで」

「私は別にかまわない。客人が来るまで臭いをなんとかできれば尚良いがな」

「という訳だ。さっさと処理しろ」

「わかってますって」

 悪戯を叱られた子供のような困った表情をうかべる岡嶋は、灰皿を窓際に寄せていたテーブルに置き、窓を開けて換気。消臭スプレーで臭い消しに励んだ。

 開始十分前を過ぎた頃に、学園長秘書の吉田が国防学校三年三組の担任と防衛大臣補佐官の新田を連れて司令室に入ってきた。

 吉田は冷たい表情のままだったが、二人は顔をしかめた。どうやら煙草の臭いがまだ残っているらしい。

「私、一年A組の担任をしています平岡と申します」

 即座に席を立った平岡が挨拶して一礼をするが、相手からはなんの反応もない。逆に重い雰囲気に包まれてしまった。

「あ、あれ? 私、変なこと言いました……?」

 沈黙に戸惑いを隠せない平岡は苦笑しながら、長谷川や岡島を交互に見ては助けを求めていた。

 彼女は対立関係を知らない。喧嘩を売られて買ったことなど知る訳ないのだ。迷惑極まりないことこの上ない。

 長谷川が一歩踏み出て、丁寧な態度で挨拶する。

「一年A組副担任の長谷川です。軍事科目全般を担当し、各部隊責任者も兼ねています。今回は生徒の喧嘩を売り買いして頂き、ありがとうございました」

 遠回しな挑発を受け、話すべき相手を明確にしたことで、担任も口を開く。

「国防学校三年三組の担当教師の広山だ。今回、希望を叶えて頂き感謝する」

 どうやら話の通じる相手ではあるが、広山という男とはあまり話したくなかった。

「どうぞ席に」

 吉田に言われ、二人は席に座る。

 模擬戦闘開始まで、三分を切っていた。


――――――――――◇――――――――――


 模擬戦闘開始十分前。第三屋内訓練所にて。

 第三屋内訓練所は小規模都市訓練場の半分と、第一屋外射撃場の半分を利用したスペースだ。L字型の建物や、突貫工事で建設した平屋の建物などがある。

 高期一年A組は小規模都市訓練場側から、国防学校三年三組は屋外射撃場側からのスタートとなる。

「いいか。よく聞け」

 カーキ色の戦闘服に、ペイント弾を発射できるように改造した89式小銃やMINIMI機関銃などを装備した国防学校三年三組の生徒三十八名。代表生徒として選ばれた男子生徒が口を開く。

「俺達にとって相手がどこだろうが、IMIを相手にしていることに変わりはない。俺達は成すべきことをやらなければならない」

 生徒全員が対抗心を剥き出しにして、バラクラバで口元を覆い戦闘準備に移る。

 彼らは負ける訳にはいかない。国防と暴力が違うことを証明し、IMIの存在を今一度確かめる機会を設ける為の手段となる。

 そして彼らもまたIMIに対する思いは強く、憎悪的なものに近い。

 国内におけるIMIの行動を、“ただ”許せないのだ。

「戦闘準備! 各自、速やかに任務を遂行せよ!」

「了解!」


――――――――――◇――――――――――


「よし。準備はいいか?」

「いいよ~」

「こっちもだ」

「大丈夫だよ」

 智和率いる高期一年A組の生徒三十六名は、最終確認に各々返事をする。

 M4A1コルトカービン小銃やMINIMI機関銃を持っている他、大きなバックパックを背負っている生徒もいた。

「今頃あっちは、俺達を倒そうと張り切っているところだろう」

 智和は小銃にマガジンを差し込み、装填させる。

「あっちが全力で潰しに来るなら、俺達も全力で相手をしなければならない。だが、国防学校の全力とIMIの全力が違うことを思い知らせてやる」

 自然と笑みがこぼれる。それにつられて、生徒達も笑みを見せる。

 その笑みは決して気持ちの良いものではなく、不気味で悪寒を感じてしまうような不愉快な笑み。

「徹底的にやろう。徹底的に殺してやろう。屑だ卑怯だ、極悪非道だ言われようが関係ない。それがIMIのやり方で、俺のやり方だ。

 各自、戦闘準備。標的を殲滅する」

「了解」

 冷たい一言を最後に、彼らの雰囲気は機械的なモノへと変化した。

 IMIと国防学校との決定的な差を思い知らせる。戦闘が何たるかを教育させる。詰めようにも詰められない実力を叩き込ませる。

『戦闘開始まで残り十秒』

 所々に設置されたスピーカーからカウントダウンが始まる。

 この一戦がどれだけ注目しているのか、両チームは知っている。また、この一戦で計り知れないほどの価値を植え付けることになることも。

 負けは許されない。

 勝てば良い。

 勝者のみが正義なのだ。

『三、二、一。戦闘開始!』

 サイレンと共に、両チームは行動を開始した

 国防学校の生徒の行動は速かった。六つの班が一斉に行動。二班ずつに別れ、迅速に動く。

 対してIMI高期一年A組は途中まで前進したが、少し進んだところで半分の生徒が停止した。

「準備ができるまで足止めしろ」

「了解」

 残りは再び前進する。智和と瑠奈を含めた生徒は、指定範囲の中で一番大きな建物へと入る。

《7.12事件》の際に損傷した建物だが、補強して使用可能とした四階建てのI字型とL字型の建物。中は埃に塗れてかび臭い。備品はなく、ただ剥き出しのコンクリートで作られた床と壁と天井は無機質極まりない。

 この建物にも監視カメラは設置されている。智和達の行動はモニター越しの人間に見られていた。

「さてと……後が面倒だな」

 これからやることは、正直見られたくない。別に他人の評価を気にせず、手の内を見られたくないということもない。だが、見て不快になる人物がいることは確かだろう。画面向こうで騒がれても困る。

 という訳で、生徒は準備を始める。

「壊すなよ。後で費用負担させられるんだから」

 智和の注意に頷いた生徒達は、天井の隅にある監視カメラに手を伸ばした。


――――――――――◇――――――――――


「あの生徒達は何をしている?」

 指令室にて、防衛大臣補佐官の新田が疑問を投げる。

 前面にある数多くのモニターの一部分。今まで建物内を映していたのだが、IMIの生徒が向きを変えたことによってなにも見えなくなってしまった。

「見られたくないのでしょう。ルール違反ではないですから問題はないですが」

「だとしても、こうもわからないとは面白味に欠ける」

 広山に対する新田の言葉に、平岡以外の人間が表情を厳しくする。

 いくら模擬戦闘とはいえ、これは訓練である。彼らの意地のぶつかり合いをそんな言葉で表されて、不愉快な気分になったのだ。

「ポイントDにて、両チームまもなく接触します」

「UAVの映像を出せ」

 長谷川の指示で、一番大きなモニターがUAVの映像を映し出される。

 上空から監視している映像は白黒で映し出され、あと少しで両チームによる戦闘が行われようとしていた。


――――――――――◇――――――――――


 小規模都市訓練場と屋外射撃場との境目付近。

 銃声が、響いた。

 先に仕掛けたのはIMIの生徒だった。足止めという命令を受け、国防学校の生徒をこれ以上進ませない為にあえて気付かせた。ここに敵がいるぞ、と。

「こっからが最低ラインだ! 絶対進ませんなよ!」

「いきなり崖っ淵かよ半端じゃねぇな!」

「いいから喋らず撃ちなさいよ! 数が圧倒的に不利なんだから!」

 小規模都市訓練場側の建物を拠点としたIMIだが、数はあちらに分がある。なんせ全てを止めなくてはならないのだから。

「真正面はともかく左右から挟まれんなよ!」

「やらせるか馬鹿が!」

 互いが互いを罵倒しながら引き金を絞る。しかしそこに侮蔑はない。ただ信頼しかない。故に罵倒する。

 それが彼らのやり方なのだ。彼ら“しか”理解できぬ表現だ。“彼らと同じ”でなければ無理なのだ。

 故に罵倒する。故に引き金を絞る。なんの躊躇いもなく。なんの容赦もなく。

「仕掛けてきたぞ。応戦しろ!」

 建物の陰に身を隠した国防学校の生徒達は、銃の安全装置を解除して応戦する。

 真正面からのぶつかり合いとなり、激しい銃撃戦が開始された。

 いくらペイント弾だろうが、当たればそれ相応の痛みを感じる。下手に肌が見えている箇所に当たった場合、少しばかり肉が抉れる可能性もあるのだ。

 その為、模擬戦闘では最低でも眼を保護することが義務付けられている。国防学校の生徒はゴーグルを、IMIはサングラスをつけていた。

「こちらで引き付ける。左右から回り込め」

『了解』

 代表生徒の指示に従い、左右に散開していた計四班は更に距離を広げ、大きく回り込んでIMIの拠点を目指す。

 しかし前進しようとした瞬間、先程よりも撃ち込まれて阻まれてしまった。

「その距離ならこっからでも届くんだよアホが! オラ撃ちまくれぇ!」

「イェェヤァァーーッ!!」

 軽機関銃の弾幕によって釘付けにし、動けなくなったところを他が確実に仕留める。

 そんな作戦を考えていたが上手くはいかない。さすがに国防学校の生徒は馬鹿ではなく、一度身を隠して銃撃の間を狙う。

 軽機関銃の銃撃が止み、機会を伺う。

「出させるかバァカ!」

「くっ!」

 だが簡単に頭を出させてもらうわけにはいかず、すぐ引っ込める羽目になった。

「ねぇ! これずっと撃ってんでしょ!?」

「それがどうした!?」

 周りが撃ち続けるせいでIMIの生徒は負けじと大声で話す。

「このペースじゃ弾なくなるって! ヤバイわよ!」

「知ってんだよそんなこと! だから智和の連絡待ちやがれ!」

「いつになんのよ!?」

「知らねぇ!」

「ふざけんなっ!」

 二名の男女生徒は半ばやけくそになりながら、こちらに向かおうとしていた国防学校の生徒を窓から狙う。

 全ては後方の準備次第で決まる。早く連絡が欲しいと思ったのは初めてだった。


――――――――――◇――――――――――


 激しい銃撃戦の場面は監視カメラで撮影されており、司令室や他の場所に設置されているモニターなどでしっかり映されていた。

「おーおー。撃ちまくってるな、おい」

 男子寮一階ロビーの一画にあるソファーに座る千里が、ポテトチップスを食べながら観戦している。その周囲には特殊作戦部隊のいつもの面々が。その中には恵や強希、加藤もいた。

 因みに男子寮に女子生徒がいることなど、他の生徒は全く気にしていない。特に千里や恵などは頻繁に出入りしている為、今更言うこともなかった。

「撃ち過ぎ」

 後ろでソファーに肘をつき、チョコレートを食べていた恵が言う。

「前線維持できなくなるでしょ」

「後々、な。だが、アイツらは前線維持というより、時間稼ぎをしているんだろうな」

「智和は何やってるんだか」

「すぐわかる。多分」

 生徒達はモニターに注視し続ける。


――――――――――◇――――――――――


 国防学校の代表生徒は焦っていた。

「何で押し切れない!?」

 数では圧倒的に勝っている。なのに押し切れないのだ。

 真正面から制圧射撃を行い、左右から挟み撃ちを仕掛ける簡単な作戦。だというのに押し切れず、半分以下の人数で抑えられている。

「どういうことだ! 状況を説明しろ!」

『敵の制圧射撃が的確過ぎる! 動けない!』

「クソッ!」

 苛立ちを抑え切れないまま通信を終え、隙を見つけては89式小銃を構える。

 しかし二発ほど撃ち、IMIの制圧射撃によって頭を引っ込めるということを何度もする羽目になっていた。

 これほどまでストレスの掛かる状況は初めてだった。絶え間なく銃撃され、近くでペイント弾が破裂していく。いつ当たってもおかしくない。

 加えて、作戦通りに進まない状況下。人数は勝り、能力的には上であるという自負、またIMIに負けてはならないという執念と意地が余計に焦りを掻き立てる。

「クソッ!」

 もう一度だけ悪態をついて引き金に人差し指を掛けるが、到底頭を出せる状況ではなかった。

 対してIMI側は、絶え間なくペイント弾を浴びせている。鉛の雨ならぬペイントの雨である。

 建物を拠点とし、徹底した面攻撃により、国防学校の生徒を完全に押さえ込んでいた。

 が、弾薬の数が問題だった。

 絶え間なく撃ち続けている為、相手を釘付けにできている。人数で負けている状況下でよく戦っていると言えるだろう。

 しかし、いつまでも釘付けにできる訳ではない。時間稼ぎの為に軽機関銃組を引き連れているが、そろそろ弾薬が尽きようとしている。尽きた瞬間、戦線は維持できない。

 また、当初の目的は後方が準備を終えるまでの時間稼ぎだ。連絡がない限り、撤退することは許されない。

「まだ連絡ないの!?」

「ねぇよ! さっきも聞いたぞソレ!」

「ちょっとマジでヤバイんだけど、ヤバイんだけど! 煙幕とか使っちゃう!?」

「馬鹿かお前!? 煙幕使ったら見えねぇよ! それこそ数で負けてんだから分かれよ馬鹿!」

「馬鹿はアンタでしょ!」

「黙って撃てよアバズレ!」

「誰がアバズレだ!」

「おいこっちの弾なくなるぞ!」

「「うっさいッ!!」」

 二人の生徒は現状報告をした男子生徒に八つ当たりし、鬱憤を晴らそうと再び引き金を絞った。

『――ちら後方。聞こえるか前方組。聞こえるか!?』

 ようやく通信がきた。喜びのあまり歓喜したかったが、内容によっては落胆するので、心を落ち着かせて対応する。

「クソ忙しいんだが!?」

『朗報だ。全て準備できた。前方組は速やかに撤退しろ。

 あと智和からの命令で、弾切れになったから仕方なく撤退。気付かれないようポイントCまで引き付けろだと』

「難易度高ぇなおい!」

『国防連中に気付かれたらお前達お終いだぞ。上手くやれ。それから前以て指定したルート以外通るなよ。罠にかかるから』

「了解了解! 喜べお前等、撤退命令だ!」

 撤退命令と聞いた瞬間、生徒達は歓喜の叫びをあげる。延々と撃ち続ける作業から解放されるとわかり、安堵する者もいた。

「前線維持が不可能になって仕方なく撤退する。そのシチュエーションでポイントCまで下がる! 各チーム連携して動けよ、こっから数の不利が効くからよ!」

 二チームが三方向に制圧射撃をしている間に、残りの生徒は素早く撤退を開始した。

 IMIの生徒が撤退を始めたことは、国防学校の生徒もすぐに気が付いた。

「IMIが撤退を始めたぞ。左右から回れないか?」

『難しいな。うまく散開して全方位をカバーしてる』

「IMI側は半分の人数しかいない。残り半分が何かしていることは明らかだ。ここからは注意していけ」

『追うのか?』

「当たり前だ。合流させるな。一気に分断させたままにさせる。合流されたら厳しいぞ。左右に展開する班はそのまま挟め。追撃する!」

 国防学校の全班が、散開した位置を維持したままIMIを追撃する。

「来たぞ来たぞ、ゾロゾロと来たぞ!」

 飛来するペイント弾が真横の木に着弾した。本格的に危険を感じ、反射的に撃ち返す。

 数で圧倒的に劣っており、前と左右に敵が散開して追ってきているこの状況は絶望に等しいものだった。

 更に弾薬も少ない。やむを得ず撤退するシチュエーションなのだが、シチュエーション通りの危険な状況だ。このままでは全滅もあり得る。

「思ったより速いなコンチクショウ! 左右から回り込まれるなよ!」

「そんなこと言っても、ねぇ! もう無駄弾撃てないし!」

「クソ! 各チーム聞け! 敵の追撃は速い。纏まるといい的だ。障害物も少ない。迅速に動いて連携を強めろ!」

「それ根本的な解決なってないって!」

「煩ぇな! 他にどうしろっつうんだよ!」

『聞こえるか前方組。応答しろ!』

 今まで怒鳴り散らしていた男子生徒に、後方組からの通信を受けた。

「何だ!?」

『ポイントDを通過したら一度停止しろ』

「ああっ!? 俺達に的になれってか!?」

『近い表現だが違う。とにかくポイントD地点で一度停止しろ。そこまで来たらなんとかできる』

「わかったよコンチクショウ! 全員聞いたか!? ポイントDで一旦停止! まずはそこまで移動しろ!」

 後方組が何をしようとしているのかさっぱりわからないまま、前方組は必死に撤退し続ける。

 ペイント弾が空を裂いて飛び交う中、前方組は指定されたポイントDへと到達した。

「来たぞ! どうする!?」

『ご苦労さん。まぁ休んどけよ』

 意味のわからぬまま、取り敢えず障害物の陰に隠れて反撃する準備を行う。

 直後、国防学校の動きが止まった。


――――――――――◇――――――――――


 おかしい。国防学校の代表生徒は思う。

 IMIは撤退していた。弾薬が尽きかけ、仕方なく撤退していた。少なくともそう見えていた。

 だからおかしい。何故彼らは静止してそこにとどまった?

「全員警戒を強めろ。何かある」

 何か仕掛けるつもりだとすぐにわかったが、それが何かはわからない。だから何に警戒すれば良いかわからない。

「前進する。そのまま左右から――」

「あぐっ!?」

 全員が改めて動き出そうとした瞬間、一名の生徒が頭に衝撃を受けてよろめいた。軽い衝撃だったが、バランスを崩すには丁度良い小突かれた感覚。

 その場にいた全員、何があったのかわからない。もちろんバランスを崩した生徒も。

「……なっ」

 よろめいて尻餅ついた生徒のヘルメットには、ピンク色のペイントが付着していた。ペイント弾が直撃して破裂し、中身がぶち撒けられたのだ。

“と、いうことは”。

「“敵の別動隊だ! 身を隠せ!”」

 敵の範囲内にいるということをすぐに理解し、代表生徒の声で反射的に木の陰へ身を隠した。

 しかし完全に隠し切れていない生徒や、反応が遅れた生徒のヘルメットやベストにペイント弾が着弾。

「どこからだ……!?」

 撃たれた生徒の立ち位置や障害物の位置、ペイント弾の着弾から考えた結果、ほぼ真正面から撃たれたことは間違いない。

 問題なのは敵が見えないことだ。IMIの前方組が固まって待機し、反撃もしている。しかし彼らの攻撃によってやられた訳ではなかった。

 考えられる選択肢として。

「…………狙撃?」

 まさか、と代表生徒は否定感情を抱く。

 確かにペイント弾を撃てるよう、銃を改造していれば狙撃銃でも可能だろう。

「だとしてもどこだ……?」

 しかし、いくら狙撃銃でも射撃距離には限界が生じる。狙撃に必要な距離だと、傷を与えられる程度のペイント弾では届かない。

 あくまで国防学校側の考えだ。試したことはないし、試す機会なんてなかった。ペイント弾の性能など、訓練用としか思っていない。

「くそ……!」

 把握できない敵。これが実戦だったらどれだけ恐ろしいことかと、今更ながらに考えてみた。


――――――――――◇――――――――――


「敵の停止を確認」

 IMIの前方組が待機しているDポイントより更に後方周辺。三階建ての屋上に二人のIMI生徒がいた。

 うつ伏せの状態で、一人はスポッティングスコープを、もう一人はM24の標準ライフルスコープを覗いている。

「こっちから見えない。村中、そっちは?」

『こっちも駄目ね。見えなくなった。広瀬君が二人やったみたい。そっちは何人?』

「三人」

『じゃあいいんじゃない? 今のうちに前方組を撤退させましょ。国防の生徒も、私達がいるから無闇に出てこれないでしょうし。それにこれで数はいい感じでしょ』

「だな」

 もう一組の足止め役との話し合いで前方組の撤退を決めると、スポッティングスコープから別の無線機に持ち変えた。

「にしてもよく当てれたな」

「俺もそう思ってるよ。改造してペイント弾ってあんなに飛ぶんだな」

 実戦でもM24を使用しているこの男子生徒は、感覚が狂うことを危惧して訓練用にもう一つのM24を改造してペイント弾を撃てるようにした。実際より飛ばないで、ガスボンベを繋げて更に改造していた。それが思った以上に飛ぶものだから、実戦とは違った喜びを少しだけ感じている。

「まぁ部隊入ってる俺なら当然だがな」

「新一と比べたら智和から厳しい評価貰うだろうな」

「比べるなよ。アイツ後輩だけどおかしいんだよ。1kmスナイパーと比べんな」

「え、アイツ1km当てられんの?」

「M24で1,160メートル当てやがった。ボブ・リー・スワガーもビックリだよ。チェイタックなら2kmいけるだろうな」

「無理だな。ボブ・リー・スワガーはM70で1,280メートル当てられるからな。それも相応のストレス状況下でも」

「原作の読み過ぎだろソレ。まぁアイツもボブ・リー・スワガー目指してるけど、無理だっつってる」

「何で?」

「視力が悪いからだと」

 そんな他愛ない雑談をしながら、撤退命令を支持した二人はレンズの先を覗き続けた。


――――――――――◇――――――――――


「止まったな」

 狙撃組からの通信を聞き、智和は地図を見ながら呟く。

 準備を終えた後方組は後退して、各自の持ち場で待機している。智和と瑠奈、一人の男子生徒は司令塔として更に奥で待機中だ。

 そして今、通信を終えて地面に広げている地図と睨めっこしている。

「あと数分で前方組が来る」

「誰かやられちゃった~?」

 呑気な口調の瑠奈が話すと、その場の雰囲気が和むか壊すかのどちらかになる。仲間内で行う活動では問題ないのだが、知らない人間だと間違いないなく勘に触る口調だろう。

 実際、智和は初めにそう思ったのだ。今は慣れており、大体の人間も聞き慣れてしまっている。

「被害はない。狙撃組が五人やった」

「となると、あと三十三人か。二人のハンデがもうなくなっちまったな」

「二人増えてもハンデになってるか微妙だがな」

「言えてる」

「それで、次はどうするの~?」

「決まってる。誘い込むさ」

 再び通信機を口元に近付けて全員に告げる。

「クロウ1より全部隊へ。前方組がDからBへ移動開始。弾薬を再分配してから予定通りに行う」

『了解』

「さて、俺達も移動するぞ」

「りょうか~い」

「相変わらず間延びしてる声だな、草薙は」

 素早く片付けた三人はその場を離れ、予定通りに指定した建物へと移動した。

 三人が移動した場所は、IMI側が待機していた地点に近い建物の屋上だ。前へ出ていたのは準備を行う為で、終えた後は下がって戦況を把握し、そしてまた下がった。

 智和と瑠奈はIMIが誇る最高部隊に所属し、もう一人の男子生徒は戦術と戦略などの作戦立案や指揮に長けていた。

 三人は言わば司令塔だ。司令塔は前線ではなく、全てを把握できる場所で戦況を覗く。

 着いて地図を広げる。敵と味方がいる位置に、そこら辺から拾ってきた小石を置く。

『こちら前方組』

 無線機から報告が聞こえる。

『撤退が完了した。弾薬を分配して、今から配置に着く』

「了解。被害は?」

『狙撃組のおかげで助かった』

「あいつらに感謝するんだな」

『飯でも奢っとく』

 通信を終え、地図に目線を落とす。前方組が戻ってきたことで整った。後は国防の生徒を引き込むだけだ。

 ここからは誘導組の働きと、狙撃組からの報告が重要となってくる。


――――――――――◇――――――――――


 音がない。国防学校の代表生徒は、空のマガジンを木の陰から出して様子を窺う。狙撃組がいる以上、不用意に頭を出せない。的確に狙ってくるなら尚更で、仕方ない方法だった。

 反応はない。ただ相手が様子見しているだけかもしれないが、ここで止まっていては時間の無駄だ。

「追撃はなし。前進を再開する。敵の反撃に注意せよ。かなり時間を無駄にしたぞ。急げ」

『了解』

 少し焦る理由として、模擬戦闘には時間制限がある。

 数の多い普通科で、更に国防学校の三クラス分が合同で行う為、時間を指定しなければ最後が夜中になってしまう。今後の予定にも支障をきたすので、当然と言えば当然だ。

 その際の勝敗方法は単純に生存者の数で決まる。三十八人で始まり、五人やられて三十三人。三十六人であるIMIが優勢だ。

 前方組に時間稼ぎをされて十分程度、狙撃組に足止めされて十分程度。もう少しで三十分近くになろうとしている。

 当初の予定ならば決着が着けられる筈だった。それが時間に追われ、五人も退場させられてこのザマ。後で担任と防衛省補佐官から何を言われるか、考えただけで頭が痛くなった。

 警戒を強めつつ前進するが、特に攻撃されるということはなかった。前方組と狙撃組は撤退したと思われる。

 この先は小規模都市訓練場区域だ。形の違う四階建ての建物が一番大きく、特徴的である。IMIの拠点に比較的近い。

 その手前、百メートルもない距離でIMIの生徒を発見した。

「前方に敵を発見。撃て!」

 構えて躊躇なく引き金を絞り、IMIを追い立てる。

「うわマジで撃ってきた!」

「時間に余裕なしってとこだな!」

「いいから“釣る”ぞ! 左右囲まれたらお終いだからさっさと動け!」

 六人によるチームは狙いを適当に定めて撃ち返しながら後退する。別に倒すつもりがなければ戦うつもりもない。この人数で真正面から正々堂々と戦っても負けるだけだ。

 国防学校の生徒が左右に展開していることも耳に入れており、囲まれる前に撤退する。

 だが、ただ撤退するのではない。彼らには国防学校の生徒を、“釣る”という任務が課せられているのだ。

 後方組が準備した場所まで誘い込むことは、そんなに簡単なことではない。目的に気付かれず、相手に有利だと完璧に思い込ませる。その為の少人数設定だ。

 しかし、いくら少人数で迅速な行動ができようとも、数にまさっている国防学校もなかなか速い。真正面ならまだしも、左右から挟み込まれてしまっては意味がない。それどころか全滅させられる可能性もある。

「おお怖ぇ! ヒュンヒュン飛んでくるな!」

 IMI生徒達の近くをペイント弾が着弾したり、飛来していく。

 風を切り裂くような鋭い音が、耳栓をしていてもよく聞こえる。

「うわスゲェ、撃ち過ぎだろアイツら! これヤベェな!」

「足止めるなよ! まともにやり合うなんて馬鹿のすることだ!」

「逆に釣ってるわけだな! 走れ走れェ!」

 IMI生徒は適当に撃ち返しながらも、全力で撤退していく。

 真正面だけで対応するのが精一杯だ。更に左右どちら側から攻撃されてしまえば半分はやられ、両側から攻撃されれば全滅される。

 故に彼らは全力で逃げる。全力で指定ポイントまで駆けていく。敵の状態から考えて、釣るのは比較的容易に進んでいる。だからあとは逃げて釣るだけだ。

「クソ、速い……!」

 追い掛ける国防学校の代表生徒の言葉通り、IMIの行動は迅速だ。照準を合わせようにも、小動物並みに動き回る為に狙えない。

 距離を詰めようにも、おそらくは適当に撃ってきてるであろう射撃が的確で、近付こうにも近付けない。

 更に言うなら、左右から挟み込めない。撃っているものの回り込めていない。

 そして何より決定的な違い。彼らは笑っていた。

 ペイント弾を撃ち込まれ、追われているこの状況。一つ間違えば全滅の危機だ。圧倒的に不利である。

 なのに彼らは笑っている。銃撃の間に聞こえる笑い声は実に楽しそうで、訓練とは思えぬ雰囲気を持っていた。

 狂気だった。

 ストレスの溜まるこの状況下で、何故そんなにも楽しそうに笑っていられるのか。彼らの心理状態はわからないし、わかりたくもなかった。

 IMIの六人にしてみれば、ストレスしか感じられないこの状況。笑っていなければやってられなかっただけである。紛らわす為だけに笑っているのだ。

「クソッ!」

 代表生徒は苛立ち混じりに撃つが、狙いを定めても当たらない連中にそんなもの当たる訳がなかった。

 それでも引き金を絞り続ける。数秒で撃ち切り、素早く弾倉を交換してまた絞る。

 だが当たらない。それどころかペイント弾は明後日の方向に飛んでいく。

「苛立ってんなオイ! 全然違う方だぞ!」

「つっても危ない状況だからな!? とっと足動かして走れ! どうせお前の射撃なんざ移動だと当たらねぇんだよ!」

「ウッセェんだよバァーカ! テメェも下手くそだろうに!」

「ああぁっ!? テメェより上手いし! 当てれるし!」

「じゃあ当ててやれよ下手くそ!」

「相変わらず煩いんだよお前等! こんなクソ煩いのが何で誘導組に選ばれたんだか!」

「智和に言ってやれよ! というか、もう少しで着くぞ! トラップに引っ掛かんなよ!」

 笑いながらそんなことを言っているが、彼らとて怖くない訳ではない。訓練なので少ししか感じないが、実戦と同じ緊張感で挑んでいる。

 笑わなければやってられない。

 そしてIMIの六人は指定ポイントまで到達し、一番大きな建物――後方組が準備を施した建物へと入っていく。


――――――――――◇――――――――――


 智和の無線機に報告が入れられる。

『こちら狙撃組。六人は指定ポイントに入った』

「了解。国防は?」

『手前で合流して二手に別れ、正面と裏から入った』

「誘導は成功したな。簡単に入るなんて思ってなかったがな」

『焦ってんだろ。誘導組に撃ちまくってたし』

「いい兆しだ。そのまま狙撃組は監視ポイントへ。各自の判断で攻撃していい」

『了解。つっても、引き金は引かないだろ。指は掛けっぱなしだが』

「だろうな。まぁ高見の見物でもしてればいい」

『そうする。オーバー』

 通信を終え、智和は改めて地図に目を向ける。

「何を使ってもいいと言われた。装備も各自で準備。何をしても文句は言わないだろ」

「さすがに大丈夫でしょ~」

「文句言うのは国防連中と、あとは生徒会ぐらいか。多分カメラを壊したとか聞いてくるぞ」

「ああクソ。生徒会を忘れてたな。……まぁそれはいい。今はこっちを優先だ」

 三人は双眼鏡を持ち、国防が入っていった建物を見る。智和が全部隊に通信を始める。

「全部隊へ。指定ポイントに国防が入った。こっからはIMIのターンだ。じっくり追い詰めるぞ」

『了解』


――――――――――◇――――――――――


「…………あー。そういうことか」

 男子寮ロビーに設けられているソファーに座っていた恵は、そう呟いてポテトチップスを口に運んだ。

 十八もあるモニターの一つ。今まで追い掛けていた国防学校の生徒が一度合流し、二手に別れて大きな建物に入った場面が映っていた。それを見て、智和が何を企んでいたのかようやくわかった。

 元恋人の恵なら、智和の考えを見抜くのは簡単だ。伊達に体を預けていた訳でもない。ここまでわからなかったのは、単純に何をしようとしているのかわからなかっただけである。

 しかし、国防学校の生徒が建物に入った時に、どこか見覚えのあるシチュエーションだと頭に引っ掛かり、そしてすぐに思い出した。

 となると、やはり智和の性格はかなりひん曲がっていると再認識した。

「何がそういうことなんだ?」

 千里がコーラを一口飲んでから聞き、恵は素っ気なく応える。

「すぐわかる。というより、智和はよく昔を掘り起こす気になったわね」

「……何の話だ?」

「私達の中東派遣経験をそっくりやるつもりよ、智和は。国防連中はもう無理ね。負け確定」

 苦い、などではない。それは屈辱で、悲哀で、憎悪しかない経験だった。智和や恵もそうで、言われた千里も理解したらしく無言でモニターを見る。

 そんな出来事を、智和はそっくりそのまま国防学校にやろうとしていた。


――――――――――◇――――――――――


 建物に突入した国防学校の生徒達は一階を制圧した後、二階へと上がっていた。

 四階建てI字型とL字型の建物は渡り廊下で繋がれており、入るにはL字型建物の正面入口か裏口しかない。

 後は封鎖されていて使用できなかった。板を張りつけた程度だったが、剥がす手間や必要性はない。

 彼らは無駄なく的確に、素早く制圧していく。訓練されていることがよくわかる。

「……B棟――I字型建物の呼称。L字型はA棟――二階に来る」

『了解』

 三階のB棟の一室。数名のIMI生徒が装備を整えて待機していた。そのうちの一人がノートパソコンを操作しながら交信している。

 ノートパソコンの画面には、仕掛けておいた小型カメラの映像が映っている。そして交信の相手は智和だ。

『準備は?』

「できた。階段も封鎖できたし、襲撃組も待機させてる。入口も封鎖させた」

『よし。隙を見て撤退しろ』

「了解。全員撤退するぞ。ラベリング準備」

「あいつら、外に見張り置かないんだな」

 ノートパソコンを閉じ、バックパックに片付けた生徒はロープを取り出す。他の生徒達も同じようにラベリングの準備をする。

 後は襲撃組と、建物周囲に待機している人間に任せればいい。


――――――――――◇――――――――――


 国防学校の生徒は二階の制圧を続けていた。

 なにもない。なにもなかった。それが逆に不気味で恐ろしい。

 普通ならば待ち伏せやら仕掛けられて良い筈なのだ。だが今のところなにもない。それが不気味に思えてどうにも気を緩められない。

 だが、それはすぐにやってくる。

 国防学校の背後から音がした。それは何かが投げ付けられる音。最後尾の生徒が振り向いても誰もおらず、あるのは煙が上がる棒状のモノが数本。

「なっ……!?」

 棒状のモノからモクモクと白い煙が上がり、瞬く間に国防学校の生徒達の視界を塞いでいく。

「煙幕だ! 煙幕を張られたぞ!」

 正体は煙幕だった。国防学校の生徒が慌てて態勢を立て直す。

 煙幕を用意したのはIMIの、ラベリング途中の生徒だった。撤退した部隊とは別の者達だ。彼らはラベリングしたままずっと渡り廊下の壁に潜み、タイミングを見計らって煙幕用のグレネードを放ったのだ。

 国防学校の生徒達の視界が煙幕で遮られていく。

「煙幕から離れろ、迎撃用意!」

 煙幕で視界を奪われてしまえば対応が難しい。突っ込む訳にもいかず、距離を置いて迎撃の準備をさせる。

 その直後。対応を読んでいたかの如く、今度は隊のど真ん中に煙幕が投げ込まれた。

(まだいたかのか!)

 訓練場の建物に窓はない。窓ガラスだけでなく窓枠ごと撤去している。それはこの建物も例外ではなく、窓は全て撤去されてただの四角い大きな穴となっている。

 そこにもIMIの生徒がラベリングしながら待機し、国防学校の生徒が後退を始めたタイミングに煙幕を投げ入れた。

 視界ゼロの状況で挟まれた。

 いや、それよりも。

「窓に敵がいるぞ伏せろ!」

 代表生徒の一声で大半はその場で伏せるか、壁際で伏せた。だが反応が遅れて立ち惚けていた生徒達は、ラベリングして窓に立つIMIの一斉射撃のまととなる。

 三秒も掛からない僅か時間。フルオート射撃で適当にバラ撒かれたペイント弾が、立っている生徒達に次々と直撃する。

 そして声を出すことなく、IMIの生徒はそのままラベリングして素早く移動。最初からこれを狙っていたらしく、合図もなにもなかった。

「くそ! 連中め……!」

 一人が立ち上がり、撤退するIMIを狙い射とうと窓から身を乗り出す。

「頭を出すな馬鹿!」

 代表生徒は怒鳴るがもう遅い。89式小銃を構えた直後、頭に衝撃を受けて尻餅をついてしまう。ヘルメットにはペイント弾の跡がしっかり残っている。

「な、何で……」

「狙撃されたことをもう忘れたか馬鹿が! 監視してるに決まってる!」

 作戦を効率良く進めるには直接、現場に居合わせるべきだ。だが把握できる情報には限りがあり、全てを把握するには迅速な情報伝達が必要である。

 建物内にいる国防学校の行動を把握する為に、おそらくは監視組を幾らか設置している筈だ。その中には狙撃組も混ざっているだろう。

 もしくは、誰か一人は顔を出す馬鹿がいると見込んでわざと狙っているのかもしれない。どっちみち国防学校の行動は制限されているのだ。

『こちらB班、聞こえるか!?』

 裏口から回り込んだB班からの通信。慌てている様子から、内容は大体予想できた。

「聞こえる。何だ」

『待ち伏せされた! くそ、奴ら窓からグレネードを……! 視界がない状態で外から撃ち込まれてる。動けない! 釘付けにされた!』

 B班はB班で忙しい状況らしい。

 勝負を急ぎ、全員を建物に入れたのは大きな間違いだった。これは完璧なミスであり、対応もできていない。IMIの思うがままにされている。

「何人やられた?」

『まだ確認できていない!』

「移動してかまわない。態勢を立て直せ。被害状況を明確にしろ」

『了解!』

「私達は?」

 隣にいた副隊長役の女子生徒が問う。

「動ける奴は匍匐でこちら側に来い! 絶対に立つな!」

 まずは煙から脱出する。視界がないので声を出して知らせるしかなく、立てば撃たれる可能性が少なからずあるので匍匐前進で進む。

 I字型建物のB棟まで来れば煙幕から抜けられた。代表生徒と副隊長が制圧を行い、安全な部屋を確保してそこに呼び寄せる。

 全員集まったらしく、被害状況を確認する。

「十人か……減ったな」

 三十三人の状況からA班十六人、B班十七人に別れて行動。そして六名が減った。

『こちらB班。被害状況は九名が戦闘不能。残り八名だ』

「A班は十名になった」

 国防学校の戦力は十八名。対してIMIの人数は未だ無傷の三十六名。二倍もの差がある。もはや負け戦だ。勝ち目はない。

「どうする?」

「B班と合流して建物を抜ける。B班聞こえるか、今どこだ?」

『L字型建物の二階階段付近だ』

「来れるか?」

『狙われてる可能性はある。時間がかかるが、煙幕がまだ残ってるから――何だ!?』

 何か甲高い音が響き、唐突に叫び声が谺する。

「どうした?」

 直後、いくつもの銃声が連続して響いた。呻き声の中には、近距離で数発のペイント弾に当たった者もいるらしく、痛みに耐えれず悲鳴を上げている。

『クリア』

『ソイツらの無線切っとけ』

 知らない人物の声。数人の足音が聞こえる中、無線機の電源を切られて通信できなくなってしまった。

 B班は全滅したと考えていいだろう。

「……B班から応答が途絶えた。全員やられた」

 残るはこの場にいるA班十人のみ。

「建物内にIMIがいる。見つかる前に移動するぞ」

「どうやって?」

「煙幕を利用して突っ切る。真正面からやっても不利だ。早くしろ」

「……了解」

 不服に感じながらも従うしかない。IMIの生徒と真正面に戦闘しても勝てないと、既に気付いているからだ。つまり、どうやっても勝てない。

 見えていた結果だが敢えて誰もなにも言わないまま、国防学校の生徒は煙幕を利用して渡り廊下を走る。

 煙幕は広がり、L字型建物のA棟二階階段前まで視界を遮っていた。

「くそ、見えねぇ……」

 先頭に立つ生徒は壁に触れながらゆっくり階段を降り、後ろもそれに続く。一階降りて左に少し進めば、そこに正面入口がある。

 降りた時に襲撃されるかと思い警戒したが、特になにもなかった。

「くそ……」

 もはや悪態づくことしかできない程に苛立っていた先頭の生徒は、正面入口の取っ手を掴んで押す。

 三分の一押すと、天井から乾いた音が小さく響く。そして気付けば、取っ手を掴んでいた生徒の右半身にペイントがべったりと着けられていた。

「…………え?」

 軽い衝撃に尻餅をつき、何が起こったのか理解できず呆然としていた。

 後ろにいた生徒が扉を押すが、それ以上は開かない。代表生徒が周囲を見ている時、天井にある物を見つけた。

「…………クレイモア? いや、玩具か」

 天井の右片隅にクレイモアが仕掛けられていた。本物ではなく、サバイバルゲームに使用する玩具の類だ。それを扉が開けば暴発させるよう改造させたのだろう。簡易なブービートラップだ。

 だが問題は。

「いつ仕掛けた……」

 こんな物、初めはなかった。仕掛けたとするなら二階での制圧中だが、そんな短時間でできるのか疑問である。

 そして、もしかするとこの階全域で仕掛けられたかもしれないのだ。それを考えると背中に悪寒が走った。


――――――――――◇――――――――――


 残り十人。強襲組や監視組からの報告を受け、情報を整理した結果、国防学校の残存勢力である。

 その人数であの建物内に閉じ込めた。勝利は決まったに等しい。残り時間もあと僅かだ。なにもしなくて良い。

「正直なところ」

 地図を眺めていた男子生徒が状況を整理しながら、戦闘開始前から思っていたことを口にする。

「トラップ設置は必要なかったんじゃないか? これだったら真正面からやってた方が早く終わっただろ」

「駄目だ。徹底的に潰す。徹底的に潰す為には、肉体的にも精神的にも追い詰める必要がある」

 智和は即答する。双眼鏡を下ろして振り返る。

 しかし男子生徒は訝しみ、問いを続ける。

「何でそこまで潰す必要がある。国防連中相手にムキになってるのか?」

「いや。ただ、IMIと国防学校の立場を明確にしたかった」

「は?」

「本来、IMIは国と強く結び付いてる。だが日本は知っての通り、致命的な確執がある。その為、国防学校なんてのが生まれた」

《7.12事件》の犠牲を糧にして生まれたに等しいIMIの設立。《7.12事件》の首謀者である《狂信の者達》に対抗するべく人材発掘が目的であるが、テロの打倒という根本的性質は、軍事国家ならば容易に思い描くことだ。

 その為、IMIは国との結びつきが深く、強い。主要国では積極的に警察や軍と連携して、技術や知識の共有を行う。対価はIMIの上位立場である《GMTC》からの恩恵だ。

 おかげで各国のIMIは充実しており、特色もその国の警察・軍と似ている。事実、智和が所属していたアメリカIMIジョージア地区は、第75レンジャー連隊と協力することが多々あった。

 だが日本となると話は変わる。何故なら非核三原則を有し、軍隊を持たず、戦争を行わない国。完全なる銃規制を用いている島国に、戦争をする為の施設を作るなど前代未聞だ。

 案の定、設立反対派も出た。議員からも反対派は出現し、一度は設立反対になろうとした――のだが、主要国に深く根付いた《GMTC》は“国の力”を存分に行使。結局、日本にIMIは設立された。

 日本IMIは東京都元江東区・江戸川区の二区で設立。また、設立から八年を経て全地方にも設立した。

 マスコミからの批判やデモ運動がありながらも、国から独立した日本IMIは自由に行動できた。また、国と関係を持てないことで各国の機関と繋がりを持ち、独自の成長と拡大をしていた。これは各国IMIにも注目されている。

 IMIに遅れる形で国防教育機関が誕生し、国防学校が設立。『国防』を掲げて生まれた背景には、IMIへの対抗が存在している。

 だが、『国防』意識は持っている。自分の国、故郷、祖国という意識を持ち、平和団体からの非難対象となりながらも彼らはその道を選んだのだ。

 IMIと国防学校。二つの選択肢があり、どちらかの道を選んだ。

『暴力』を象徴するIMIと、『国防』を象徴する国防学校。自分の為か、国の為か。ただそれだけの違いしかない。

 本当に、それだけなのだ。

「――国防学校にも大儀はある。国を守る。確かにあるんだ。だったらそれはアイツらに任せればいい。国防学校は国防学校の仕事、IMIにはIMIの仕事をする」

「それと今回の模擬戦闘、何の関係が?」

「先人の知恵、とでも言っておくか。真正面から撃ち合うだけが戦闘じゃない。極限のストレス状態を与える為、肉体的・精神的に負荷を与える。今回はそれに打ってつけだ。なんせ俺や瑠奈が体験した“同じこと”ができたからな」

 ――数年前、各国IMIが平和維持軍などと協力してテロリスト殲滅作戦を強行していた。

 当時、《狂信の者達》の情報が少なくなっており、目撃証言のあった地域には取り敢えず軍隊を差し向けるということをしていた。IMIも参加し、初のIMI連携部隊なるものが誕生した。

 智和や瑠奈、恵や千里などの現高期生組部隊所属生徒や、卒業した部隊所属の生徒が派遣された。日本IMIは中東に飛んだ。

 彼らはそこで地獄を見て、経験した。

 民間人に紛れるテロリスト。IED(即席爆弾)の恐怖。様々だ。様々な恐怖を叩きつけられたのだ。更に恐怖によるストレスや、銃声や砲撃によるノイローゼ。言葉が通じず、一時は民間人でさえ敵。基地にいても攻撃されることがあり、休まる時間などなかった。

 それを十代の少年少女が体験した。不眠症やノイローゼはまだマシで、中には発狂して頭を打ち付ける者もいた。

 死んだ者もいた。仲の良い生徒や、協力していた兵士がバタバタと死んでいく。IEDの巻き添えになり、重度の火傷を負いながら金属片が突き刺さり、足が切れかけながらも生きていた兵士を智和は見た。瑠奈は基地の医療チームとして働き、数多くの死を見てきた。

 彼らは戦争を知っているのだ。いや、それまで知らずに初めて理解した。

 IMIから死者が出たことで現在は派遣していない。各国も控えている。

 今回のブービートラップは、智和達が実際に経験した最悪のシチュエーションを再現した。突入した建物は囮で、至るところにトラップが仕掛けられていた。十五人で突入し、基地に帰ってきた時五人は死体袋に入れられていた。

 では何故、智和はそのシチュエーションで模擬戦闘に挑んだのか。それは初めの会話に少なからず関係している。

「戦争を知る知らないじゃ大きな違いがある。撃ち合うだけが戦闘じゃない。真正面から殺し合うんじゃなく、あらゆる手段で殺し合う。その場にいないかもしれない。スイッチ一つで殺せる。それを教えてやっただけだ。“なにをしてもいいのが殺し合いだ”。アイツらにはそれを理解させなきゃならない」

「そんなものかね」

「そんなもんだ」

「そんなもの……だしね~」

 唐突に、訓練場全体にサイレンが鳴り響く。模擬戦闘終了の合図だ。

『時間制限により終了! 高期一年A組の勝利!』

「終わったな。全員で片付けよう」

「目一杯時間使っちまった。これじゃラスト組は夜だな」

「私達は今日もうなかったよね~」

「ああ。ゆっくりできる」

 雑談しながら荷物を纏め、仕掛けたブービートラップを回収すべく全部隊に無線で連絡した。


――――――――――◇――――――――――


 当然の結果だと、第一司令室で模擬戦闘を見ていた長谷川は思う。岡嶋や内藤も同意見だ。

 経験があるかないか。その一言に尽きる。才能や努力ではなく、実戦を経験したからこその結果。事実、国防学校の生徒達は何度もミスを犯している。

「何だ、これは」

 そんな時、新田の一言が第一司令室を沈黙させる。模擬戦闘が単純に気に食わないのだ。

 結果もそうだが、IMI側の作戦に不満を隠し切れない。長谷川は、国防学校を不憫だったなどとは全く思っていない。寧ろ馬鹿ではないかと呆れていた。

「こんなものッ――」

「“こんなもの”が戦争なのですよ」

 新田の言葉を遮ったのは内藤だった。

「殺し合いにルールなんてない。一区画ごと爆撃されるなんてもある。理不尽などとは思わぬことだ補佐官殿。“理不尽こそ戦争の醍醐味だ”。核兵器を使えば、いくらか理解していただけるかと」

「ッ……予定がある。私はここで失礼する」

 内藤の最後の台詞はあからさまな挑発と侮辱だ。なんとか表情は静かに保っていた新田だが、出ていく時に扉に八つ当たりするかのよう力任せに閉じた。

 まだ国防学校の代表である広山が残っていたが、その場にいた平岡や係の生徒達は、緊張が解けて安堵の溜め息を漏らす。

「生徒を迎えに行かなければならない。私も失礼させて頂く」

 広山が立つとほぼ同時に長谷川も立った。対立関係であるとしても、戦った相手に対するそれなりの誠意の証だ。

「惨敗だ。足下にすら及んでいなかった」

「私の予想では全滅。しかし六人生き残っている。これは事実です」

「一人も落とせなかったことも事実。やはりIMIは恐るべき存在だ」

「その認識で合っています。以後お忘れなきようお願いします」

 嫌味を含めた丁寧な言葉で締めくくった長谷川は浅く礼する。

「ところで、貴方とはどこかでお会いしたことはないか?」

 広山からふとそんな質問が投げられ、頭を上げた長谷川は表情を変えずに答える。

「いえ。申し訳ないが私は覚えていません。記憶違いでは」

「そうか。……だが、どうしても引っ掛かるのだ。習志野駐屯地で貴方とすれ違った記憶がある」

 今度こそ、長谷川の表情は敵意を示した。睨みはしないものの、無表情で広山を見つめる。広山は顔を背けない。

 深呼吸し、長谷川は口を開く。

「――確かに自衛隊にはいましたが、千葉ではなく北海道です。見当違いでしょう」

「……そうか。いや、問いただしてすまなかった」

「いいえ」

 軽く礼をした広山は吉田の案内を断り、第一司令室から出た。

(嘘をつくのが下手だな)

 廊下を歩きながら、広山は先程の会話を思い出す。そして、ようやく全てを思い出した。

(長谷川浩美。女性初の特殊作戦群に在籍した人間で、“あの事件”の生き残りか)


――――――――――◇――――――――――


「うっわ。智和さん相変わらずえげつないッスねー」

 教室で銃の点検をしていた新一は、持参したノートパソコンで模擬戦闘の一部始終を見ていた。

「す、すごいね……一人も欠けないで勝っちゃうなんて」

 隣には、覚束ない手つきでショートバレルのM4小銃の点検をしていた副隊長の女子生徒――佐藤がいた。

「まぁ六人残ったのは予想外だったッスけど、当然ったら当然ッスよねー」

「しょ、勝負になるのかな……? 私達の相手、高三期生の先輩達だし……」

 新一率いる中期三年D組は高期三年の相手になってしまった。

 多少の経験を積んだ中三期生といえど、高三期生ともなれば話は別。十人減らせれば良いとまで言われる実力を持ち、大方の場合は短時間で終わる。

 そんな心配の他に、副隊長に任命されてしまった責任に佐藤は不安を隠し切れない。

「なに言ってるンスか。勝つッスよ」

「えっ……!?」

 平然と言い切った新一の言葉に佐藤は目を丸くする。

「高三期生? 負けるのが当たり前? そんな常識なんて誰が作ったッスか? 殺し合いに常識なんてないッスよ。それに、先輩達の泣き面見たいじゃないッスか」

「…………」

 佐藤は、新一の無邪気な笑顔を見て怖いと思った。

 まるで殺し合いを遊びに考えているように思えて、いつもの新一と思えずに怖かった。


――――――――――◇――――――――――


 全てのブービートラップを回収した智和率いる高期一年A組は、歩いて普通科校舎を目指していた。

「だりー。なげー」

「片付けたらどうするー? 遊びに行くー?」

「クレープ食べに行こうよ。ほら、お台場辺りに出てる移動販売の」

「アレ美味しかったよねー。いいね、行こうよ行こうよ」

「飯食いに行こうぜ」

「食堂でいいだろ。それよりゲーセン行かね?」

「俺は模擬戦見るからパスな」

 今日はもう模擬戦闘はない。時間に余裕があり、高期一年A組の面々は何をするか話している。

 この光景だけを見れば、一般の学校となんら変わらない。戦闘服と銃という格好を除けば、本当にただの学生なのだ。

「ト~モ君っ」

 今まで女子グループと話していた瑠奈が、グループから離れて智和の後ろから声をかけた。

「何だ」

「皆とクレープ食べに行こ~。美味しいって評判だよ~」

「パス」

「え~」

 即答で拒否されると瑠奈はわざとらしく声を上げた。

「整備とか、明日以降の作戦考えなきゃならない。それ以前に男の俺が行くとつまらなくなるぞ。女子グループで行って来い」

「そんなことないよー?」

 話を聞いていた女子グループの一人が口を開く。

「滝口君とか男子も五人くらい行くよー。神原君も来なよー」

 すると他の女子も口を挟む。

「それにつまらなくなったりしないよ? 逆になんか得してる気分なるし」

「そこら辺の男子連れても……ねぇ?」

「滝口達が可哀そうだろ」

 滝口とは、智和・瑠奈と一緒にいた男子生徒である。

「ね~? 一緒に行こっ」

 瑠奈が笑顔で誘い、智和は溜め息を漏らす。別に急ぐ用事ではないし、相手が決まっている訳でもない。

 それに、智和は意外にお人好しなのだ。加えて、瑠奈に頼まれれば大抵は断らない。それを見越して女子グループは瑠奈を差し向けたのだろう。もちろん、瑠奈も知っている。

「…………わかった」

「五時ぐらいに女子寮前に集合だからね~」

 折れた智和の姿を、瑠奈は本当に楽しそうに見ていた。


――――――――――◇――――――――――


 吉田に第一司令室から出入口まで案内された内藤は、秘書の岡田に普通科校舎前まで来させ、防弾仕様のメルセデスベンツSクラス――大型高級乗用車――の後部座席に乗ってIMIを後にした。

「どうでしたか? 防衛省と国防学校の方々は」

「補佐官に核を持てと言ってやった」

「それはまた」

 岡田は苦笑しながら、正門で停車。IMI連盟局局長とその秘書だとしても、証明する物がなければ通行できない徹底的な警備は、流石IMIといったところである。

 IDカードを見せ、ようやくゲートが開く。IDカードは連盟局とIMIで共用できる。

 突入防止用に設計された円状の道路を進み、国道に入って東京駅の近くにあるIMI連盟局へと向かう。

「で、エリクは何と言っていた?」

「武器に関しては、日本に持ち込む数は少ないです。あちらもなにやら忙しい様子で焦っていましたが」

「正体を化かされそうになっているからな。人員は?」

「エリクの私兵。と言っても小さな民間軍事企業です。武器も彼らの数しか運べないと」

「要求には答えず空港の許可は出せ、か。つくづく苛立たせる奴だ」

「気長に待つしかありませんね。進行不可区域内の状況どころか、地理すらわからないというのは些か不便過ぎるでしょう。こちらで人員を揃えたほうが手っ取り早いです」

「それが賢明か。人員についてはお前が探してくれ。ある程度の数でいい。条件もつけない」

「わかりました。今週中に提出します」

「……爆撃して吹き飛ばしてしまいたい。あのゴミ蓄めを」

 内藤の最後の台詞には、抑えきれない明確な憎悪が含まれていた。

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